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603 :Tシャツゆいあず1/4:2009/08/29(土) 15:22:43 ID:CS4v7SDV 「前々から思ってはいたんですが…」 ベッドサイド、ふかっとするマットレスに頬杖をつきながら、私は相も変わらずゴロゴロし続ける唯先輩を眺めつつ、そう声をかけた。 折角の日曜日、お呼ばれして遊びに来た人を前にゴロゴロし続けるのはどうなんだろう、と思わなくもないけど、唯先輩だから仕方がない。 「んぅ…?なあに、あずにゃん?」 唯先輩はゴロゴロを一時中断。ひょこっと首を上げると、ふにゃりとした瞳を私に向ける。 幸せそうに溶けきった表情が可愛いというか、愛らしいというか、食べちゃいたいというか―とにかく、いい。 初めのころはギャップを感じていた憂の感性に、今の私なら全力で同意できる。 「あずにゃーん?」 「…はっ、すみません…ぼーっとしてました」 話しかけておいて呆けるなんて―それは、あんな先輩を目にしたら仕方がないことなんですけど。 首だけ上げて私に応えていたはずの先輩は、私の反応がないことを怪訝に思ったのか、今は完全に身を起こしベッドの上に座り込んでいる。 「それで、どうしたの?」 「えーっと」 先輩のその体勢は、まさに私が話題にしようとしていたものを、思い切り私に突きつけるもので。 思わずそれをマジマジと凝視してしまう。 「…あずにゃん、なんか目がエッチだよう…」 「…へ?」 気が付くと、唯先輩は少し頬を染めて、僅かな上目遣いの視線を私に向けていた。 「でも…あずにゃんが望むなら…私、脱ぎます!」 「だ、だだだ、だめです!」 ぐいっとTシャツのすそに手をかけたその仕草に、私は瞬時にその先の行動を察し、あわてて唯先輩を制止する。 ―私を出血多量で殺す気ですか! 「えー?」 ―何でそこで不満そうな顔なんですか!…うぅ、頑張れ私の毛細血管…ここで鼻血出したら、ムギ先輩二号です。 「それに、誤解ですから」 つまり先輩は、私の視線、その意味を取り違えたんだろう。半分は正解だけど、今の本題はそれじゃない。 「ごかい?」 ふにっと先輩が首を傾げて見せる。 「見てたのは、そのTシャツですよ」 「あ~、これ可愛いでしょ!」 私の言葉に、ピンっと胸を張って見せる唯先輩。ええ、確かに少し控えめですけど形がよくて可愛い―じゃなくて。 危うく脳内で構成されそうになった3D映像を振り払う。 今の話題はそれじゃなくって。ぐいっと無理矢理にその起伏から、プリント文字へと焦点を切り替える。 「えっと…私はちょっと…変かなと…」 可愛いと思うより先に、何故そのフレーズ?と普通の人なら首を傾げるところだと思う。 ―そもそもなんですか「ラブハンター」って。 その脈絡のなさが唯先輩らしいとは思うけど―確かにトータルで見たら可愛いとは思うけど。 それ単体にだけ言及すれば、やっぱり変だと思う。 「ええ~可愛いのにー…」 「あ、ええと…そ、そうですね、そう思わないこともないですけど…」 ぷうっと膨れた先輩に、私は慌ててフォローの言葉を探す。 さすがに完全同意というわけには行かないから、言葉を濁す形にはなっちゃうけど。 そんな態度で、唯先輩が納得してくれるはずもない。 「むー…そうだ!」 膨れ続けていた先輩の頭上に、突然ぴかーっと電球が輝いた。疑問の余地もない、唯先輩的閃きの表現。 先輩のことだから、ろくでもないことだと思うんだけど― 「あずにゃんも着てみようよ!そうすればきっとこの可愛さがわかると思うんだ!」 ―ほら、予想通り。 先輩は私の返答なんて待とうともせず、素早くベッドから飛び上がると、箪笥に一閃。 一瞬後、どさっとベッドの上にTシャツの山が出来上がる。 「好きなの選んでね~」 「…これ、全部そんなのなんですか?」 「うん!」 先輩はいい笑顔を返してくる。そのどこを探っても、拒否権なんてないよ!って書いてある。 こうなったら…もう着るしかない。というかこんなにいっぱい、一体どこで買って来てるんだろう。 604 :Tシャツゆいあず2/4:2009/08/29(土) 15:27:46 ID:CS4v7SDV 「はやくはやくぅ…」 ―何でそんなにワクワクしてるんですか。 ええと…「ミルクガール」…意味がわからない。「アイス」…唯先輩らしいけど、パス。「チャンピオン」…なんの? やばい、あまりにカオス過ぎて選択基準が見出せない。なんでもいいや、とかすると、先輩そういうのには変に目ざといから、突っ込まれそうだし… 「先輩は、どうやって選んでるんですか?」 「選ぶ?」 「ええと、いろんな言葉が書いてあるじゃないですか」 「ん~そうだなぁ…気分!」 「気分、ですか」 「そう、気分だよ、気分!」 ―気分って言われちゃいましたよ。つまりフィーリング―ああ、もうとりあえず片っ端から見ていって、何かピンと来るのを― 「あ」 わさわさコットンの山をかき分けていた私の手がぴたりと止まる。 「決まった?」 すかさず向けられる、キラーンとした先輩の笑顔。 「え、えっと…」 決まった、というか気になった、というか。確かにピンと来るもの、今の気分―気持ちという意味ならこれはぴったり当てはまる。 ううん、今のって意味だけじゃなくて、それに気付いてから、おそらくはそれに気付く前もずっと胸に抱いていたもの。 だけど、この流れでこれを着てしまえば―つまりはそういう意味になってしまうということで。 「ん~?」 逡巡する私に、先輩はにこっと笑う。優しくて柔らかな笑顔。裏表のない、真っ直ぐで―好意をそのまま差し出してくるような、そんな笑顔。 いつもそんなのを向けられてるから、私は気付けばそうなっていた。それを、期待してしまうようになっていた。 そんな想いを、胸に抱くようになっていた。 それを表に出せる為の勇気なんて、私にはきっと持ち得ないと思っていたけど―だって、そうして、それが受け入れられなかったら―私は。 ―だけど、これはチャンスだ。読み取られて、受け入れられれば儲けもの。そうでなくても、その反応で今後の指針が立てられる。 ずるくて、後ろ向きな発想だけど…今の私にはそれが精一杯。 「じゃあ、これで…」 山からそのTシャツを抜き出す。ピンと広げ、形を整え、その胸にかかれた文字へと目を落とした。 「なんて書いてあるの?」 先輩はのそのそこちらに近付いてきて、それを覗き込もうとする。その距離に応じて、きゅうっと体が硬くなっていく。 実行って決めたのに、やはりそれが実際に形になろうとすると―怖い。 今なら、やっぱり違うのにしますって山に戻してしまえば―誤魔化せるけど―でも。 「アイラブユー?」 「は、はい」 先輩の声が、私の手にした文字を読み上げた。 どくどくと私の胸が高鳴る。賽は投げられた。もう後戻りは出来ない。 先輩は今どんな顔をしてるんだろう。視線が上げられない、上げてしまえば、それに出会ってしまうから。 でも、それを知るために、私はこれを手に取ったんだから―もう少し、頑張らないと。 頑張れ、自分。 きゅっと唇を噛んで、その感覚で奮い立たせるように、私は顔を上げた。 「あずにゃんは今、そんな気分なんだねぇ」 そこには、いつもどおりのふんわりした先輩の笑顔があった。 そう、本当にいつもどおりの―何らかのリアクションを読み取ることが出来ない― ―やっぱり、そうですよね。 かくんと頭が下がりそうになって、すんでのところでそれを押し留めた。 つまりこの反応は―脈無しってことなんだろう。 ―でも、マイナスじゃ無かっただけ、よかったです。 例えれば「もっと頑張りましょう」の印をぺたりと押された感じ。 実際その通りだと思った。だって私は、まだ全然頑張れてない。今も、こんな消極的なアピールをとるのに、こんなに精一杯になって。 これで振り向いてもらおうと、気付いてもらおうと―振り出し付近からいきなりゴールにいっちゃおうなんて、そんな都合のいいことを期待して。 ―もっと頑張らなきゃ駄目ですね。 605 :Tシャツゆいあず3/4:2009/08/29(土) 15:31:11 ID:CS4v7SDV 「あずにゃ~ん…」 「あ、はい?」 呼びかけに、意識を視界に戻すと、またゴロゴロモードになった唯先輩がベッドの上にいた。 「またゴロゴロですか…」 「ゴロゴロ、気持ちいいんだよぅ…ほら」 ふいっと、先輩の手がこちらに伸ばされる。私も一緒に、ということなんだろう。 いつもの自分なら―私はいいです、それよりそろそろしゃんとしてください―とでも返すところなんだけど。 「わかりました、お邪魔します」 今はそれに応えようと思う。もちろん、暫くしたら引っ張り上げて、きちんとした日曜を過ごしてもらおうとは思うけど。 少しくらいなら、一緒にゴロゴロ時間を過ごすのも、きっと先輩に近付く為に必要なことだと思うから。 ―それに、さっきから我慢していたことでもありますし。 ぽすんとベッドに身を横たえると、予想通りきゅうっと唯先輩が抱きついてきた。 これじゃゴロゴロじゃなくてギュウッですよと突込みが浮かんだけど、いつものことだし、それに心地いいのは確かだから、敢えて口にしたりしない。 「先輩はあったかいですね」 代わりに、いつもは絶対に口にしない、そんなちょっぴり素直な感想を呟いてみたりした。 「えへへ、そうかなぁ」 ふんわりとした、少し嬉しそうな先輩の声が返ってくる。 そして、ぎゅうっといつもより少し強い力で、先輩が私を抱きしめて―押し付けられる先輩の全てに、頭がぼうっと溶かされていく。 そのまま、ふんわりとしたものに意識が溶け込んで行って― ―あれ? 不意に、何か違和感を感じた。ぎゅっと先輩に抱きしめられて、それはいつものことなんだけど。―何かが違う。 寝転んでるせいかな―いつもは立った状態でだし。脚まで絡められてるから、そんな風に思うのかも。 ―それにしても、先輩の太腿、やわらかくてあったかくて、気持ちいいな。 「あれ?」 ふと視界の端っこに何かが映る。寝転ぶ私たちのすぐ横、ぽんと置かれた見覚えのあるもの。うん、見覚えがあって当たり前。 だってそれは―私が今まで着ていた筈のシャツで― 606 :Tシャツゆいあず4/4:2009/08/29(土) 15:32:40 ID:CS4v7SDV 「えええ!?」 慌てて自分の上半身を確認する。とはいえ、ぎゅうっと覆いかぶさる先輩に体のほとんどは隠れているから、見えるのは少しだけだけど。 いつの間にか私が着てたのは、さっき手にしていた「アイラブユー」Tシャツ。 「えへへ、着せてあげたよ~」 「な、な…?」 得意げに笑う唯先輩。つまり私はいつの間にか先輩にシャツを脱がされ、そしていつの間にかさっきのTシャツを着せられていた― つまり、ええと、見られた―っていうか、本当にいつのまに!!?? 真っ赤になればいいのか、驚けばいいのか―もう、私はどうすればいいんですか! 「ねえ、あずにゃん」 混乱する私に、唯先輩の声が降ってくる。気付けばちょこっとだけ腕を立てて、少しだけ距離が開いた先輩の顔が私を見下ろしている。 「そういうことで、いいんだよね?」 そういう先輩の笑顔は―瞳は、いつものふんわりしたものじゃなくて、確かな熱のようなものが篭ったもの。 それは、それを見せた瞬間私が返して欲しかった表情。つまりは、スタート直後の私を、一気にゴール寸前までワープさせてくれるすごろくのコマ。 それが不意に目の前に差し出されたものだから、私の思考は全然それに追いついてくれない。混乱は加速するばかり。 ただわかるのは、私の返事も待たずに近付いてくる先輩の顔だけ。だけどそれは、更に私の思考を溶かしてくれて―もうどうしようもなくなる。 ―そこでふと、先輩のTシャツ、その胸の言葉が浮かんだ。今なら、その意味がわかる。だって私は、こうして狩られてしまったのだから。 出来ればそれは私限定にして欲しいけど。うん、今度上に「あずにゃん専用」と書いておかないといけない。 ひょっとしたら、最初からそのつもりだったのかな?なんてそんな疑問が浮かぶ。だとしたら鈍かったのは私ということになるけど。 ―でももう、そんなことはどうでもいいです。 今の私は、そういう意味でちゃんと先輩に抱かれているから。そしてもうすぐ、そのゴールへとたどり着けそう。 それを待ちきれず、私はきゅっと先輩を抱き返した。その弾みで、もう少しかかるはずだったその距離が、一気にゼロになる。 先輩は少しびっくりしていたけど―最後まで先輩におんぶに抱っこで楽したままじゃ、なんか嫌だから。その距離くらいは、踏み出させて欲しいと思う。 その瞬間から、そんなことを考える余裕なんてなくなってしまったけど。 ―次は「ハネムーン」ですね。ああ、「ウェディング」の方が先ですか。なかったら、買ってこなきゃですね。 そんなことを思いながら、私はぼうっと私を溶かそうとするその想いのまま、意識から―理性と名の付く何かからぱっと手を離した。 (終わり) すばらしい作品をありがとう
このSSは『【けいおん!】唯×梓スレ 2』というスレに投下されたものです http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1247988782/l50 603 :Tシャツゆいあず1/4:2009/08/29(土) 15:22:43 ID:CS4v7SDV 「前々から思ってはいたんですが…」 ベッドサイド、ふかっとするマットレスに頬杖をつきながら、私は相も変わらずゴロゴロし続ける唯先輩を眺めつつ、そう声をかけた。 折角の日曜日、お呼ばれして遊びに来た人を前にゴロゴロし続けるのはどうなんだろう、と思わなくもないけど、唯先輩だから仕方がない。 「んぅ…?なあに、あずにゃん?」 唯先輩はゴロゴロを一時中断。ひょこっと首を上げると、ふにゃりとした瞳を私に向ける。 幸せそうに溶けきった表情が可愛いというか、愛らしいというか、食べちゃいたいというか―とにかく、いい。 初めのころはギャップを感じていた憂の感性に、今の私なら全力で同意できる。 「あずにゃーん?」 「…はっ、すみません…ぼーっとしてました」 話しかけておいて呆けるなんて―それは、あんな先輩を目にしたら仕方がないことなんですけど。 首だけ上げて私に応えていたはずの先輩は、私の反応がないことを怪訝に思ったのか、今は完全に身を起こしベッドの上に座り込んでいる。 「それで、どうしたの?」 「えーっと」 先輩のその体勢は、まさに私が話題にしようとしていたものを、思い切り私に突きつけるもので。 思わずそれをマジマジと凝視してしまう。 「…あずにゃん、なんか目がエッチだよう…」 「…へ?」 気が付くと、唯先輩は少し頬を染めて、僅かな上目遣いの視線を私に向けていた。 「でも…あずにゃんが望むなら…私、脱ぎます!」 「だ、だだだ、だめです!」 ぐいっとTシャツのすそに手をかけたその仕草に、私は瞬時にその先の行動を察し、あわてて唯先輩を制止する。 ―私を出血多量で殺す気ですか! 「えー?」 ―何でそこで不満そうな顔なんですか!…うぅ、頑張れ私の毛細血管…ここで鼻血出したら、ムギ先輩二号です。 「それに、誤解ですから」 つまり先輩は、私の視線、その意味を取り違えたんだろう。半分は正解だけど、今の本題はそれじゃない。 「ごかい?」 ふにっと先輩が首を傾げて見せる。 「見てたのは、そのTシャツですよ」 「あ~、これ可愛いでしょ!」 私の言葉に、ピンっと胸を張って見せる唯先輩。ええ、確かに少し控えめですけど形がよくて可愛い―じゃなくて。 危うく脳内で構成されそうになった3D映像を振り払う。 今の話題はそれじゃなくって。ぐいっと無理矢理にその起伏から、プリント文字へと焦点を切り替える。 「えっと…私はちょっと…変かなと…」 可愛いと思うより先に、何故そのフレーズ?と普通の人なら首を傾げるところだと思う。 ―そもそもなんですか「ラブハンター」って。 その脈絡のなさが唯先輩らしいとは思うけど―確かにトータルで見たら可愛いとは思うけど。 それ単体にだけ言及すれば、やっぱり変だと思う。 「ええ~可愛いのにー…」 「あ、ええと…そ、そうですね、そう思わないこともないですけど…」 ぷうっと膨れた先輩に、私は慌ててフォローの言葉を探す。 さすがに完全同意というわけには行かないから、言葉を濁す形にはなっちゃうけど。 そんな態度で、唯先輩が納得してくれるはずもない。 「むー…そうだ!」 膨れ続けていた先輩の頭上に、突然ぴかーっと電球が輝いた。疑問の余地もない、唯先輩的閃きの表現。 先輩のことだから、ろくでもないことだと思うんだけど― 「あずにゃんも着てみようよ!そうすればきっとこの可愛さがわかると思うんだ!」 ―ほら、予想通り。 先輩は私の返答なんて待とうともせず、素早くベッドから飛び上がると、箪笥に一閃。 一瞬後、どさっとベッドの上にTシャツの山が出来上がる。 「好きなの選んでね~」 「…これ、全部そんなのなんですか?」 「うん!」 先輩はいい笑顔を返してくる。そのどこを探っても、拒否権なんてないよ!って書いてある。 こうなったら…もう着るしかない。というかこんなにいっぱい、一体どこで買って来てるんだろう。 604 :Tシャツゆいあず2/4:2009/08/29(土) 15:27:46 ID:CS4v7SDV 「はやくはやくぅ…」 ―何でそんなにワクワクしてるんですか。 ええと…「ミルクガール」…意味がわからない。「アイス」…唯先輩らしいけど、パス。「チャンピオン」…なんの? やばい、あまりにカオス過ぎて選択基準が見出せない。なんでもいいや、とかすると、先輩そういうのには変に目ざといから、突っ込まれそうだし… 「先輩は、どうやって選んでるんですか?」 「選ぶ?」 「ええと、いろんな言葉が書いてあるじゃないですか」 「ん~そうだなぁ…気分!」 「気分、ですか」 「そう、気分だよ、気分!」 ―気分って言われちゃいましたよ。つまりフィーリング―ああ、もうとりあえず片っ端から見ていって、何かピンと来るのを― 「あ」 わさわさコットンの山をかき分けていた私の手がぴたりと止まる。 「決まった?」 すかさず向けられる、キラーンとした先輩の笑顔。 「え、えっと…」 決まった、というか気になった、というか。確かにピンと来るもの、今の気分―気持ちという意味ならこれはぴったり当てはまる。 ううん、今のって意味だけじゃなくて、それに気付いてから、おそらくはそれに気付く前もずっと胸に抱いていたもの。 だけど、この流れでこれを着てしまえば―つまりはそういう意味になってしまうということで。 「ん~?」 逡巡する私に、先輩はにこっと笑う。優しくて柔らかな笑顔。裏表のない、真っ直ぐで―好意をそのまま差し出してくるような、そんな笑顔。 いつもそんなのを向けられてるから、私は気付けばそうなっていた。それを、期待してしまうようになっていた。 そんな想いを、胸に抱くようになっていた。 それを表に出せる為の勇気なんて、私にはきっと持ち得ないと思っていたけど―だって、そうして、それが受け入れられなかったら―私は。 ―だけど、これはチャンスだ。読み取られて、受け入れられれば儲けもの。そうでなくても、その反応で今後の指針が立てられる。 ずるくて、後ろ向きな発想だけど…今の私にはそれが精一杯。 「じゃあ、これで…」 山からそのTシャツを抜き出す。ピンと広げ、形を整え、その胸にかかれた文字へと目を落とした。 「なんて書いてあるの?」 先輩はのそのそこちらに近付いてきて、それを覗き込もうとする。その距離に応じて、きゅうっと体が硬くなっていく。 実行って決めたのに、やはりそれが実際に形になろうとすると―怖い。 今なら、やっぱり違うのにしますって山に戻してしまえば―誤魔化せるけど―でも。 「アイラブユー?」 「は、はい」 先輩の声が、私の手にした文字を読み上げた。 どくどくと私の胸が高鳴る。賽は投げられた。もう後戻りは出来ない。 先輩は今どんな顔をしてるんだろう。視線が上げられない、上げてしまえば、それに出会ってしまうから。 でも、それを知るために、私はこれを手に取ったんだから―もう少し、頑張らないと。 頑張れ、自分。 きゅっと唇を噛んで、その感覚で奮い立たせるように、私は顔を上げた。 「あずにゃんは今、そんな気分なんだねぇ」 そこには、いつもどおりのふんわりした先輩の笑顔があった。 そう、本当にいつもどおりの―何らかのリアクションを読み取ることが出来ない― ―やっぱり、そうですよね。 かくんと頭が下がりそうになって、すんでのところでそれを押し留めた。 つまりこの反応は―脈無しってことなんだろう。 ―でも、マイナスじゃ無かっただけ、よかったです。 例えれば「もっと頑張りましょう」の印をぺたりと押された感じ。 実際その通りだと思った。だって私は、まだ全然頑張れてない。今も、こんな消極的なアピールをとるのに、こんなに精一杯になって。 これで振り向いてもらおうと、気付いてもらおうと―振り出し付近からいきなりゴールにいっちゃおうなんて、そんな都合のいいことを期待して。 ―もっと頑張らなきゃ駄目ですね。 605 :Tシャツゆいあず3/4:2009/08/29(土) 15:31:11 ID:CS4v7SDV 「あずにゃ~ん…」 「あ、はい?」 呼びかけに、意識を視界に戻すと、またゴロゴロモードになった唯先輩がベッドの上にいた。 「またゴロゴロですか…」 「ゴロゴロ、気持ちいいんだよぅ…ほら」 ふいっと、先輩の手がこちらに伸ばされる。私も一緒に、ということなんだろう。 いつもの自分なら―私はいいです、それよりそろそろしゃんとしてください―とでも返すところなんだけど。 「わかりました、お邪魔します」 今はそれに応えようと思う。もちろん、暫くしたら引っ張り上げて、きちんとした日曜を過ごしてもらおうとは思うけど。 少しくらいなら、一緒にゴロゴロ時間を過ごすのも、きっと先輩に近付く為に必要なことだと思うから。 ―それに、さっきから我慢していたことでもありますし。 ぽすんとベッドに身を横たえると、予想通りきゅうっと唯先輩が抱きついてきた。 これじゃゴロゴロじゃなくてギュウッですよと突込みが浮かんだけど、いつものことだし、それに心地いいのは確かだから、敢えて口にしたりしない。 「先輩はあったかいですね」 代わりに、いつもは絶対に口にしない、そんなちょっぴり素直な感想を呟いてみたりした。 「えへへ、そうかなぁ」 ふんわりとした、少し嬉しそうな先輩の声が返ってくる。 そして、ぎゅうっといつもより少し強い力で、先輩が私を抱きしめて―押し付けられる先輩の全てに、頭がぼうっと溶かされていく。 そのまま、ふんわりとしたものに意識が溶け込んで行って― ―あれ? 不意に、何か違和感を感じた。ぎゅっと先輩に抱きしめられて、それはいつものことなんだけど。―何かが違う。 寝転んでるせいかな―いつもは立った状態でだし。脚まで絡められてるから、そんな風に思うのかも。 ―それにしても、先輩の太腿、やわらかくてあったかくて、気持ちいいな。 「あれ?」 ふと視界の端っこに何かが映る。寝転ぶ私たちのすぐ横、ぽんと置かれた見覚えのあるもの。うん、見覚えがあって当たり前。 だってそれは―私が今まで着ていた筈のシャツで― 606 :Tシャツゆいあず4/4:2009/08/29(土) 15:32:40 ID:CS4v7SDV 「えええ!?」 慌てて自分の上半身を確認する。とはいえ、ぎゅうっと覆いかぶさる先輩に体のほとんどは隠れているから、見えるのは少しだけだけど。 いつの間にか私が着てたのは、さっき手にしていた「アイラブユー」Tシャツ。 「えへへ、着せてあげたよ~」 「な、な…?」 得意げに笑う唯先輩。つまり私はいつの間にか先輩にシャツを脱がされ、そしていつの間にかさっきのTシャツを着せられていた― つまり、ええと、見られた―っていうか、本当にいつのまに!!?? 真っ赤になればいいのか、驚けばいいのか―もう、私はどうすればいいんですか! 「ねえ、あずにゃん」 混乱する私に、唯先輩の声が降ってくる。気付けばちょこっとだけ腕を立てて、少しだけ距離が開いた先輩の顔が私を見下ろしている。 「そういうことで、いいんだよね?」 そういう先輩の笑顔は―瞳は、いつものふんわりしたものじゃなくて、確かな熱のようなものが篭ったもの。 それは、それを見せた瞬間私が返して欲しかった表情。つまりは、スタート直後の私を、一気にゴール寸前までワープさせてくれるすごろくのコマ。 それが不意に目の前に差し出されたものだから、私の思考は全然それに追いついてくれない。混乱は加速するばかり。 ただわかるのは、私の返事も待たずに近付いてくる先輩の顔だけ。だけどそれは、更に私の思考を溶かしてくれて―もうどうしようもなくなる。 ―そこでふと、先輩のTシャツ、その胸の言葉が浮かんだ。今なら、その意味がわかる。だって私は、こうして狩られてしまったのだから。 出来ればそれは私限定にして欲しいけど。うん、今度上に「あずにゃん専用」と書いておかないといけない。 ひょっとしたら、最初からそのつもりだったのかな?なんてそんな疑問が浮かぶ。だとしたら鈍かったのは私ということになるけど。 ―でももう、そんなことはどうでもいいです。 今の私は、そういう意味でちゃんと先輩に抱かれているから。そしてもうすぐ、そのゴールへとたどり着けそう。 それを待ちきれず、私はきゅっと先輩を抱き返した。その弾みで、もう少しかかるはずだったその距離が、一気にゼロになる。 先輩は少しびっくりしていたけど―最後まで先輩におんぶに抱っこで楽したままじゃ、なんか嫌だから。その距離くらいは、踏み出させて欲しいと思う。 その瞬間から、そんなことを考える余裕なんてなくなってしまったけど。 ―次は「ハネムーン」ですね。ああ、「ウェディング」の方が先ですか。なかったら、買ってこなきゃですね。 そんなことを思いながら、私はぼうっと私を溶かそうとするその想いのまま、意識から―理性と名の付く何かからぱっと手を離した。 (終わり) すばらしい作品をありがとう

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