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216 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:00:52.83 ID:iytu5xOE0 はるおん!第二部 『ディストーション・シミュレーション』  イベント――――そう聞くと何故だかわからないが人は心が躍るものであり、もちろん俺もそんな一人であった。  であった……すでに過去形として表現しているのは誤字でも誤植でもなく、ましてや俺の日本語力がとうとうカマドウマ並になっちまったからでもない。  もっとも国語の成績は下降の一途をたどっているのであながち間違いでもないのだが、それは別の話である。  そう、イベントと聞いて心躍るどころか心を大暴走させやがって周囲に甚大な被害を与える唯我独尊団長のストッパーという貧乏クジを引かされて以来、俺にとってのイベントはもはや死と同義なのだ。  そんな団長様が百万カラットの笑顔とともに持ち込んだ今回のイベントも例外に漏れず俺を疲弊させることとなった。  いや、今回に限っては俺だけでなくこのけったいな何を目的に活動しているのか忘却の一途にあるSOS団メンバー全員に関わることである。  しかも俺が普段から頼りっぱなしのこいつからすれば必ずしも問題ではないようで、それがさらなる悩みの種となって俺の頭を痛ませた。 「なあ、本当に問題ないのか?」  春先の並行世界がどうのだこうのだアニメや漫画にありがちな、けれど実際起きると解決策が思いつかない事態の際にはゆっくり休んでもらっていたが、さすがに今回はそうもいかない。  俺が一縷の望みを込めて再び聞いてみたが、 「ない」  ばっさり一言で返されてしまった。どうやら対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・ インターフェース長門有希の親玉の情報統合思念体にとってはそういう事態らしい。 「私このままじゃ……」  もはや放心状態の我が愛しのラヴリーエンジェル、俺達をあのけったいな並行世界から救ってくれた最近やたらに頼れる朝比奈さんがぽつりと呟いた。相変わらずその全てが愛くるしい。  万が一朝比奈さんが包丁を持って強盗にやってきてもその可愛さで許してしまいそうだ。いや許すね俺は。 「なのでまずは現状の整理と今後の対応策を考えるべきですね」  俺が「おっお金を出してくだっ、ください!」と舌足らずに金を要求する世界一守ってあげたくなる強盗犯朝比奈みくるを想像していると相変わらずのすましニヤケヅラ野郎の古泉が当たり障りないことを言ってきやがった。  どうしてお前はいつも俺の邪魔ばかりする。 「それは失礼をしました。しかしながらこの状況下です。もう一度全てを整理することも大事ではないかとね」  少しばかり真面目顔に面を変える古泉に促され、俺もこれまでのあらましを思い返すことにした。そのためにはあいつがいつものように部室へ飛び込んできた2週間前まで遡らなくてはならない―――― 218 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:07:24.24 ID:iytu5xOE0 「みんな! 我がSOS団はライブに参加するわよ!」  開口一番、チラシを配りながらSOS団団長の涼宮ハルヒは目を爛々と輝かせ九月中旬の残暑を吹き飛ばすかのように宣言した。そんなハルヒからチラシに視線を移すとそこには“参加バンド募集”の文字が書かれている。  どうやら他校の軽音楽部が主催した高校生バンドだけで行うライブイベントらしい。しかしバンド活動はいつぞやの常時電波キャッチ状態以来ご無沙汰であり、あれから俺達がバンド活動をしたことはない。  そもそもこいつの脳みそからはとっくに欠落していたと思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。 「おいハルヒ、俺達はもう楽器なんて弾けないぞ。大体あの時だってまともに弾けちゃいなかったぜ?」 「バカねキョン。一週間みっちり練習すれば二曲ぐらいどうにかなるわよ」  この会話で果たしてどちらがバカであるのか、読者の皆に問いたい。 「二曲ですか? あの時僕たちが練習した曲は一曲だけでしたが新たに曲を作られたのですか?」  聞かんでもいいことを古泉が聞きやがった。そもそも俺はまだ参加すると一言も口にしていないのだが。 「ううん。もう一曲はENOZから借りるわ! 本当はオリジナル二曲でいきたいところだけど作る時間もないしね!」  おまけに我が校の軽音楽部の曲を無断拝借するらしい。 「無断なわけないでしょ! ちゃんと許可は取ったわ! 最近ジャスラックだかなんだかがうるさいからね。その辺り抜かりないわ!!」  ジャだかカだかはしらんが。よくよく話を聞くと我が校の軽音楽部も参加するようで、しかもライブの話を取り付けてきたハルヒに楽器の貸し出しも行うそうだ。  昨年の文化祭以来どうやら軽音楽部もハルヒ的SOS団支部になっているらしくアホの谷口が「涼宮が軽音楽部を牛耳ってるって噂だぜ?」と聞きたくもない情報を俺に仕入れてくれたぐらいだから、たぶん間違いないのだろう。 「そういえばどこでライブの話を手に入れたんですかぁ?」  間延びした口調でSOS団専属メイドの朝比奈さんがハルヒに尋ねていた。 「主催学校の軽音部と少し縁があってね! 去年の文化祭で彼女たちのライブを見て気に入ったのよ私! もうみんな無茶苦茶可愛いの!!」  気に入ったのは演奏じゃないのかよ。 「それでね、是非とも我が団の参考にしようと思ってコンタクトを取って話を取り付けたのよ! みんな感謝しなさい! 私の広ーい顔のおかげでライブできるんだからね!」  全くもって感謝したくないのはいつものことである。 219 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:14:20.74 ID:iytu5xOE0  当然一週間で俺達の演奏技術が向上するわけもなく、しかも過去にハルヒが作った曲はともかくENOZの『God knows…』とかいう曲はビックリするぐらい難しく、言う易し行う難しのように聴く易し弾く難しのような曲だった。  しかし日に日にイライラが募るハルヒ様のご機嫌を損ねると予期せぬ事態が発生すると長門の親玉もわかっているようで、俺達は長門の不思議パワーで演奏技術を一時的に伸ばすことで事なきを得たのだった。  そうこうしている内にライブ当日。俺達はテキトーに演奏して拍手喝采を受け、そのままステージを去り明日以降はバンドもしていると周囲から噂されることになるのだ。だが、それで終わっていればどんなによかっただろう。  週明けの月曜日、再びハルヒがドアをぶち破る勢いで部室に入ってきた時、既に異変は起きていた。と言っても俺はおろか朝比奈さんや古泉でさえ異変には気付いていなかった。だってそうだろう。  昨日の今日でそこまで事態が急展開しているなどと誰が信じられる。散々実弟から迫害され島流しにされた悲喜劇の主人公魔法使いでさえ信じることはできないだろうよ。 「さ! 今から出発よ!!」  当然どこへ行くかの説明はない。慣れてしまった自分が嫌だがさすがに聞かねばならないだろう。 「待てハルヒ、普通どこに、何をしに行くかを先に言うだろう」  俺の言葉を聞いたハルヒは的を射てない答えをのたうち回っている小学生をさげすむかのような視線で俺を射抜いた。 「はぁ、本当にアホキョンね! 昨日の今日よ! 行く先は一つだけでしょう」  昨日のライブハウスか。 「大ハズレ。何もなければ校庭をムーンウォークで10周してもらうぐらいに不正解よ!あんたね、昨日の演奏で何か感じたことない?」  感じるも何も長門のチートで弾きまくっていた俺達に楽器や歌へ込める魂など微塵もない。しかしそんなことは当然言えないので古泉に話を振る。 「わからんね。古泉はどうだ?」 「こらキョン! わからないからってすぐ人に頼るのは悪い癖よ!! 主催者たちの演奏聴いてなかったの?!」  聴いてたとも。おまけに見ていたとも。いやはや、目の保養になったぞ。 「いいキョン? 私たちに欠けているものは確かな演奏力なの。こんなんじゃ今年の文化祭で笑いものにされちゃうわ!!」  すでに昨年の映画上映で笑いものだと思うんだが。 「だから教えてもらうの! 彼女たちに演奏のなんたるかをね!!」  つまり指導を仰ぐというわけか。色々突っこみたい部分はあるのだが、とりあえず確認しておこう。 「ハルヒ、今年の文化祭はバンドをするのか?」  去年は映画の続きがどうの話していたはずだ。 「あんた……本当に記憶力悪いわね。その物を忘れる速さは逆に感心するわ」  そんなものを誉めるな。さっさと質問に答えてくれ。 「両方よ。映画はもちろんだけどバンドもするわよ! そのためにも文化祭までに必要な技術力を付けて本番でSOS団らしい恥のない演奏をするの!!!!」  つまり、俺は今年も絞り粕にされるまでこき使われるわけなんだな。やれやれ。 220 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:20:40.85 ID:iytu5xOE0 「さ、アホキョンにも理解してもらえたことだし出発よ!」  いや待てハルヒ、とりあえず理解したか否かは保留としておくがこのまま出発はできないだろう。 「おや、まだ長門さんがいらっしゃらないようですが構わないのですか?」  俺の聞きたいことを古泉が代弁してくれた。そう、珍しく長門が部室にいないのだ。あいつが部室の片隅で本を読んでいないと一抹の不安に駆られる。 「有希なら先に行ってるのよ。あの子は私が言わずとも行動してくれる不言実行派よ!」  あんたも見習いなさいと付け足すハルヒに無精ながら返事をしておいた。これ以上不毛な争いは避けたいからな。自分への被害がなさそうだと判断してか、朝比奈さんは嬉しそうに、 「あ、それじゃあお茶も持っていきますね~♪」  など遠足気分であった。また古泉も、 「大変よろしいではないですか。涼宮さんがこれほど健全な高校生らしい活動をしてくれると機関も助かります」  ハルヒに聞こえないよう小声でこんなことを言ってやがる。のんきなものだぜ。 「それじゃあ行くわよ! 桜が丘高校へ!!」 229 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:04:56.11 ID:iytu5xOE0  電車に揺られ桜が丘高校、通称桜高へ俺達はやってきた。我が北高と比べるのが申し訳ないほど綺麗な造りの校舎、守衛さんがいる校門、セキュリティが行き届いた造りに感心する。  これが同じ高校だとは格差社会もとうとう教育の場にまで迫りこんできやがったか。 「キレイな学校ねえ。私ももっと近ければ志望校に入れていたかも」  ハルヒが辺りを見回しながらそう言うのも納得できる。俺も桜高が女子高じゃなけりゃ選択肢に入れてたぜ。 「アンタの成績じゃ入れないでしょ。桜高は進学校よ?」  まるで俺が中学から成績の低空飛行を続けていたかのような台詞だな。 「だってそうなんでしょ?」  そうだ、だから異論はないぜ。 「それで佐々木さんに色々教えてもらって」 「何か言ったか?」  ハルヒの聞き取れない微細な声に問いかける。 「なっ何も言ってないわよバカキョン! あ、ほらあそこ!」  急にご機嫌を悪くしたハルヒは再びご機嫌を急激に良くしながら俺達へ駆け寄る人物に手を振った。その切り替えの早さを見習いたいもんだ。 「こっちこっちー! いやーわざわざよく来てくれたねー!」  元気良く俺達SOS団の面々に挨拶をしてくれたのはこれからお世話になる軽音部の部長さんだ。えーと…名前はなんだったか。 「やっほーりっちゃん! それじゃあ早速私たちを部室まで案内して頂戴!」  りっちゃん、田井中律さんだっけ。カチューシャをつけた鶴屋さんみたいに元気が良く似合う子だ。  ハルヒはどうも威勢の良い人間なら男女問わず気が合うようで鶴屋さんと話しているときと同様くだらない話で田井中さんと盛り上がっている。  ほどなく案内された先は音楽室兼軽音部の部室である。これまた我が北高の音楽室とは月とスッポンを通り越し月とミジンコ並の差があった。 「ハルにゃん達がきたぞーー!!」  豪快に扉を開き部員達に俺達の登場を告げる田井中さん。鶴屋さんもそうだがこういつもハイテンションな人はどこで休憩してるんだろうな。 「あ……待ってました……ようこそ…………」  長身でモデル体系、黒髪をなびかせる朝比奈さんに負けず劣らずの美人秋山澪さんがおどおどしながら俺達に声をかけた。  秋山さんは人見知りが激しいそうだがその姿は昨年の朝比奈さんを彷彿とさせるビクビク具合だ。やはり可愛い人はどうしようと可愛いものだ。 「それじゃあ、え~と四人分ね♪皆さんお飲み物は何がいいかしら?」 「琴吹さん、私も手伝いますね♪」  テキパキと俺達の飲み物を用意してくれているのはお嬢様の風貌漂う琴吹紬さんである。桜高軽音部のお茶担当らしく、そこにシンパシーを感じた朝比奈さんが手伝いへ加わった。 230 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:16:05.62 ID:iytu5xOE0 「それじゃあせっかくだし休憩にしようよー!」  お茶とお菓子の匂いにつられ、抱えていたギターを長椅子に置き茶髪の少女がこちらへ駆け寄ってきた。 「唯ちゃん今日は宜しくお願いね!!」  人様に物をお願いしている珍しいハルヒとそのお願いの相手、平沢唯さんを眺めているとあいつが視界に入った。 「……」  まるでここはSOS団の部室なんじゃないかと錯覚を覚えるほど長門が音楽室に溶け込んでいた。もちろんその視線には分厚いハードカバーがあるだけだ。やっぱり先に来ていたのか。  長門を眺めているとハルヒの明朗快活な声が音楽室に響き渡った。SOS団の部室と違い防音設備も備わっているのでこいつがアホのようにがなり立てても外に音が漏れることはない。 「一息したら早速軽音部の人たちに教えてもらうわ。いい? 遊びに来たわけじゃないんだからみっちり教え込んでもらうわよ。特にバカキョン! 指導者が可愛い澪ちゃんだからって鼻の下伸ばしてたら即死刑よ!!!」  早速名指しで釘を刺されちまった。俺が朝比奈さん以外の女性に鼻下を伸ばした記憶がお前にはあるのかと逆に聞いてやりたい。  にしても我がSOS団の女子部員に引けを取らない美人ぞろいである。この状況下で冷静と情熱の間を保つことが出来る男はハルヒ的数割に含まれるそっち方面の人間だけじゃないんだろうかね。  今更だがバンドSOS団のメンバー紹介をしてみようと思う。ボーカル&ギターはもちろん涼宮ハルヒ団長である。  もう一人のギターはどんなテクニックもその場で覚える長門有希、それでもってベースは俺、ドラムスはさわやかエスパー古泉一樹だ。  ちなみに朝比奈さんは後ろで踊っていればいいとハルヒ直々のお達しにより今まで担当楽器がなかったが桜高軽音部にキーボード担当の琴吹さんがいるのでキーボードを弾いてみることにしたらしい。  そんなわけでそれぞれが桜高軽音部の面々に楽器の指導を受けている。まずハルヒであるが平沢さんとにこやかに談笑してやがる。おいハルヒ、遊びに来たわけじゃないと言ってた数分前の自分をもう忘れたのか。  長門は相変わらず本を読み耽っている。教わる気ゼロだな。もっとも長門に楽器の指導など必要ないのだが。 「と……とりあえず簡単な曲を練習したらいいかなぁ……。スジはいいからうん」 「お褒めの言葉ありがとうございます田井中さん。あなたのような素敵なドラマーにご教授頂けるとは夢にも思っていませんでした」 「いや、そのぉ……わっ私なんかがさつでドラムも雑だって……」  男の俺にとってはうっとうしいことこの上ない古泉スマイルも女子にとっては効果絶大のようだ。田井中さんは顔を赤くしながら古泉に接している。ツラがいいだけでそいつは赤い玉で飛び回る変態ですよと伝えてあげたくなる。 「えっとぉこの白い板と黒い板を叩くと音が出るんですね!」 「うん! ゆっくり覚えていきましょうね!」  北高のおっとり美少女と桜高のおっとり美少女がふわふわしながら楽器練習に励んでいる。時折お茶やお茶請けについての話もまぎれている。  桜高の高級茶葉に感嘆の声を上げていた朝比奈さんであるから、たぶんウチのお茶にも取り入れようと考えているに違いない。  朝比奈さんが淹れてくれた飲み物なら雨水だろうが泥水だろうが俺は飲むけどな。ちなみにそれを差し出してきたのがハルヒだったら即殴るが。 233 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:25:38.28 ID:iytu5xOE0 「あの……きっ聞いていますか?」  ハルヒとの茶をめぐる激闘を脳内で繰り広げていた俺は透き通った声に振り返る。しまった、俺も楽器の練習中だった。  ベースを担当している俺は当然ながらベース奏者にご指導ご鞭撻をお願いしているわけだが、いやはや今日ほどベース担当でよかったと思える日はないね。 「すみません秋山さん、どうぞ続けてください」  俺のその言葉に安堵の表情を浮かべ、すぐにおどおどし目を逸らしてしまった。可愛い。単純にそう思える。  十人が見たら十人全員が可愛いと認めるだろうし、その内八人はお近づきになれるならなりたいと思うだろうな。残りの二人は知らん。  とは言っても会話があまり弾まない。俺も特別おしゃべりじゃないが指導の合間合間で会話の一つもないと寂しいからな。しかも周りは(長門以外)それなりに談笑しながら和気あいあいムードだし。  決して俺が出来ることならここで秋山さんと距離を縮めてどうのこうの思っているわけじゃないぞ。 「そういえば、今日は1人お休みですか?」  確か軽音部にはもう一人ギターの子がいたはずだ。その姿が今日は見えない。 「あ、梓のことですか? 今日は用事があって休んでるんです。明日は来ると思いますが」  そうそう、中野梓さんだ。後輩の一年生部員だったかな確か。ハルヒが「猫耳似合いそうね!」と朝比奈さん感覚の視線を送っていたので覚えている。 234 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:33:18.43 ID:iytu5xOE0  ある人たちは適当に、またある人たちはテキトーに練習を続けていると音楽室の扉が開いた。 「遅れちゃったわ~ごめんねみんなー!」  眼鏡をかけたとても美人な人である。軽音部の顧問だろうかね。 「お、きたなさわちゃん! SOS団のみんな! 紹介遅れたけどこの人がウチの顧問山中さわ子! 通称さわちゃんだよ!!」  田井中さんがハルヒと俺たちに教えてくれたのでどうやら俺の予想通りみたいだ。ハルヒは行儀よくお辞儀をすると、 「私は県立北高SOS団の代表涼宮ハルヒです。本日より桜高軽音部の皆様にご指導ご鞭撻を頂きたくお邪魔させていただいております。ご迷惑おかけするかと思いますが宜しくお願いいたします」  なんて言いやがった。相変わらず外っ面だけは整えているヤツだ。常にそうしてくれてりゃ俺も楽だし朝比奈さんにだって対抗できると思うんだがな。ところがハルヒの合格点に相応しい挨拶を聞いた山中先生はひどく驚いた表情を浮かべている。 「あら、りっちゃんから聞いた話と違う子ね。こうもっと部員にコスプレさせたり面白いことをしたり私と重なり合う部分があると聞いていたんだけど」  この言葉を聞いた瞬間、朝比奈さんと秋山さんが同時にビクっとしたのはどういうことだろうね。 「あら、そうなの? それより同じって何々!? 私すごく興味あるんだけど!」  そしてハルヒが食いついてしまった。 「それじゃあせっかくだしハルヒちゃん! そちらのマスコットはどなた?」  ノリノリの先生に、 「みくるちゃんいらっしゃい!」  ノリノリのハルヒが答え、そのまま続けて、 「さわちゃん先生、もしかして軽音部にもマスコットがいるのかしら?」  と先生に尋ねると、 「ウチのマスコットはもちろん澪だぜー!!」  先生ではなく田井中さんが答えた。 「ひい! あのあの涼宮さん、いいい一体何がはじっはじ……」 「ちょっと律! って先生まで……」  同時に二人の美少女が生贄として差し出される。 「ハルヒちゃん、せっかくだし交流の証としてお互いのマスコットを着飾るのはどうかしら? うふふふ」 「いいわね! それじゃあさわちゃん先生澪ちゃんは借りるわね!」  同時に二人の悪魔が生贄に手を掛ける。  俺と古泉はそのまま自主退場。場が静まるまでいつぞやの情景をそれぞれに思い描いているのであった。 235 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:39:40.20 ID:iytu5xOE0 「いやー! 北高にもさわちゃん先生みたいに話のわかる先生がいれば少しは面白くなるのにー!」  大満足のハルヒがいつも朝比奈さんの着ているメイド服を着た秋山さんを舐めるように見回したながら言った。どうして朝比奈さんの服を持ってきているんだお前はと突っこみたい気持ちはあるが、それ以上に目をそそられる。 「うう……」  秋山さんはサイズが合わないためつんつるてんになっている。スカートをぎゅっと握り締めたまま俯いている秋山さんは申し訳ないけどグレートに可愛い。 「澪ー! いいじゃん似合ってるぜ~!」  相変わらず元気な田井中さんに、 「うん! 澪ちゃん可愛い!!」  これまた元気な平沢さん、二人の励ましだかなんだがわからん声も今の秋山さんには届いてない様子だ。 「澪ちゃんもいいけどみくるちゃんも負けてないわねー! 何を着せるか迷っちゃったわ!!」  山中先生の声とともに視線を移す。秋山さんほど恥じらいもなく着こなしている感じもある朝比奈さんは所謂ゴスロリ風の服に身を包んでいる。こちらも美しく可愛い。さすが北高の天使だね。 「恥ずかしいですけどお人形さんみたいで可愛らしい服ですねぇ♪」  ハルヒによりすっかり危ないコスプレ慣れした朝比奈さんにとってはこれぐらいの衣装なら余裕なのだろう。 「それじゃあみんな揃ったしお菓子食べましょう!」  琴吹さんが大き目の鞄からクッキーやらケーキやらを取り出す。 「あ! ムギちゃん私も手伝うね♪」  すっかり琴吹さんと仲良くなった朝比奈さんもいそいそと取り皿を俺たちに配って回る。 「わーおいしそうなプリンだー! プリン食べたいって思ってたんだ~!」  のほほんとした平沢さんは自分の望んでいたお菓子の登場に高揚している。 「じゃあ軽音部のみんな! これからもよろしくね!!」  ハルヒの号令により親睦会をかねたお茶会が始まった。どういう場所にいてもハルヒはハルヒである。こいつ自身のやる気があればどんな時でもリーダーとして頂点に君臨しているに違いない。  結局この後は下校の時間までこのままお茶会でべしゃくるだけのSOS団の日常と変わらぬ放課後となった。 237 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:44:10.30 ID:iytu5xOE0  翌日、相変わらずUnknown同然な授業を受け流している内に放課後となり俺は部室へやってきた。扉をノックすると舌足らずな朝比奈ボイスが聞こえてくる。  着替えも終わりメイド姿の朝比奈さんは昨日教えてもらったお茶を早速試しているらしく真面目な顔で茶葉の配合やら何やらをメモした紙と睨めっこしていらっしゃる。  このお姿を一日一回はこの目に焼き付けないと俺の一日は無駄を積み重ねた無駄ミルフィーユと化す。そして俺は誰も邪魔のいない二人っきりの部室で朝比奈さんを眺め続けていたせいであることに気付くのが遅れた。  二人っきり、そうだ長門がいない。 「朝比奈さん、長門はまだきてないんですか?」  気になったので朝比奈さんに尋ねると、 「はい、私が一番でした」  こう返されてしまった。昨日は軽音部に出向いたので先回りしていたらしいが今日はどうしてだろうな。何かあったのだろうか。  しかし思慮をめぐらせようとしたところでハルヒがやってきたため俺は深く考えずその日を一日過ごすことになった。  水曜日、珍しくハルヒが「今日は自主休業よ!」と朝一番でSOS団の団活休止を伝えてきた。  何やら本格的にバンドをやるに当たって機材を揃える必要があると一昨日の桜高訪問で感じたらしく俺は放課後と同時に首根っこをハルヒにつかまれそのまま楽器店のハシゴに連れまわされてしまった。  しかも晩飯まで何故か俺がおごる羽目になっちまったので疲れたぜ。 238 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:48:58.37 ID:iytu5xOE0  木曜日、二日振りのSOS団である。ノックすると可愛らしい声と共に朝比奈さん登場。まだ着替えてないので制服姿だ。  しかし、また長門がいない。間に休みがあったがこう何日もあいつの顔を見てないと言葉で言い表せない不安に駆られる。ハルヒもさすがに心配するんじゃないかと思っているとその当人がやってきた。 「いやー今日は暑いわねー! もう10月も近いってのにどーなってんのかしら!」  セーラー服をパタパタしながらウチワを道具箱から取り出したハルヒはPCの電源を入れていつも通り朝比奈さんにお茶の要求をしている。ここまで長門のなの字もハルヒは発していない。  まさかあらぬ敵により長門の記憶がハルヒの頭から抜け落ちているんじゃと心配になり、俺は単刀直入に聞いてみることにした。 「なあハルヒ、長門がここ何日か部室に顔を出してないんだが」  俺の質問にハルヒは「はぁ?」なんて表情を向ける。まさか俺の考えが現実のものに、 「バカね。有希がここにくるはずないじゃない。何よ、こないだ帰り道で珍しくまともなこと言ってたからあんたもやる気を出したのかと思ったのに」  ならなかった。とりあえずハルヒの記憶から長門の存在が零れ落ちているということはなさそうだ。しかし気になることを言っている。  まず俺が帰り道にわざわざこいつに話しかけた記憶はないし損得で考えずとも話しかけて良い事があったためしがない俺がこいつに自ら話しかけるわけはなく、これはこれで気になる案件なのだが今は脇に置いておこう。  そう問題はその前の言葉だ。くるはずがないだと?どういう意味だ。 「だから有希なら桜高でギターの練習してるのよ。あの子口にはしないけどギターをもっと練習して上手くなりたいみたいなの」  ギターの練習?あいつにそんなものはいらないだろうと思ったがハルヒの言い分をまとめると長門が桜高に毎日出向いていると一昨日田井中さんから連絡が入ったそうだ。  長門は軽音部の問いかけに何も答えなかったため困り果てた田井中さんがハルヒに聞いてきたらしい。  ハルヒは長門と会話をした結果ギターの練習がしたいのだろうと判断、しばらく桜高に長門を預けるつもりだと俺に答えてくれた。  長門がハルヒと会話を成立させたとは考えにくいので、多分ハルヒが自分の都合いいように解釈しているだけなのだろう。その話を聞いているうち俺と朝比奈さんは顔色が優れなくなっていく。  経験上、どう聞いても何かが起きたのだろうとわかるからだ。またハルヒのアホみたいな力が暴走したのかどうかは現状では不明だが、おそらく桜高軽音部にご迷惑おかけする事態を長門が未然に防ぐため向こうにいるに違いない。  古泉も部室に顔を出さず加えてハルヒはバンドのことで頭が一杯だったようで団活はすぐに終了した。そしてもちろん、俺と朝比奈さんは用意を早々に済ませ桜高へ向かう。  長門に事の真相を聞き、場合によっては行動しなければならないからな。毎度の事ながらわけのわからんなんたら素子だかがやってきたのか、ハルヒの魑魅魍魎な力が暴走しているのか、はたまた――ああ面倒くせぇ。長門に聞けばすぐわかることだ。  俺は深く考えず電車に乗り込み目的地へと急いだ。 240 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:55:17.61 ID:iytu5xOE0  電車に揺られ到着した桜高の校門前で思わぬ人物たちと出会った。いや、まるで俺達の到着を待っていたかのようだ。 「やあどうも」 「こんにちは」  両名はそれぞれ俺達へ挨拶を済ます。とりあえずこいつに声をかけにゃならんだろう。 「おい古泉、部活に顔を出さずどうしてここにいる?」  まさかお前までバンド練習のためにきたとか言う気じゃないだろうな。 「いえ、田井中さんから興味深いお話を伺ったのでね」  そう隣にいる桜高軽音部の部長さんに視線を送った。 「二人はどうしてここに?」  その視線を受け田井中さんは俺と朝比奈さんに質問をしてきた。しかし目的をそのまま一般人であるこの人に教えることは出来ない。 「いや、長門の様子が気になりまして。あいつは無口なんで困ってないかなと」  嘘ではない。苦しい言い逃れには聞こえないだろうし実際怪しまれずに済んでいるようだ。俺の言葉に、 「ゆきりんなら部室で今日も本を読んでるよー! 面白い子だよね~~」  と田井中さんは答えてくれた。いつも通りなら急ぐような事態ではないのだな。それならばいくらか気持ちも楽になる。 「それも込みでお話したいことがあります。すみませんが長門さんを呼んできてもらえないでしょうか?あと、軽音部の平沢さんもね」  そこまで言うと珍しくまじめ風な顔つきになり、 「おそらく僕の推測が正しければ平沢さんも連れてこないと長門さんはきてくれないでしょうからね。あなたが呼び出したとしても」  俺の安堵した気持ちを逆なでするように長門召喚を命令してきた。おいおい、どうして長門を呼び出すのに平沢さんが必要なのだ。大体平沢さん含めた軽音部一同に聞かれちゃまずい話満載だろ俺達の話は。 「ふふ、それについては問題ありません。田井中さん、平沢さんをお借り致します」  俺の疑問を一蹴した古泉は田井中さんに向き直る。 「はっはい! 他の人には私から伝えておくんで!」  どうも古泉が含みを持って俺に語りかけてくるときはロクなことがない気がしてならない。これが朝比奈さんだったら全肯定でほいほい言われた通りのことをしちゃうんだけどな。  とりあえず音楽室に置物のように鎮座していた長門に事情を話し平沢さんにも伝える。 「わかった」 「はい。よろしくお願いします……」  それぞれ承諾してくれたところで俺たちは桜高を後に駅前の喫茶店へ移動した。ハルヒ以外のSOS団の面々プラス軽音部の平沢さんを加えた五人は喫茶店で注文を済ませ現在飲み物をすすりながら沈黙を守り通している。 242 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:06:11.30 ID:iytu5xOE0  結局ハルヒがいないときは俺がしきる手はずになっているらしい。しかし平沢さんに電波話を聞かせるのはまずい。古泉は問題ないと言っていたが信用ならんので、信頼できる奴に確認を取ることにした。 「長門、そのまあ色々な話があるとは思うのだが……平沢さんに聞かれても問題はないのか? ああいや、お前にとっては誰に聞かれても問題ないのだろうが、そのだな……俺たちは困るんだが」 「問題ない」  ううむ、我ながら拙い質問文を送ってしまったが長門がそう言うのであれば信じよう。 「長門、何が起きているんだ?」  直球で聞く。回りくどく聞いても意味がないことをこの一年半あまりで知ったからな。しかし俺はこの時ほど直球で聞くべきでなかったと心の底から思うのであった。 「涼宮ハルヒの力が平沢唯に移行した」  ………………全員硬直である。その姿を見て説明不足だと感じたのか、 「涼宮ハルヒが平沢唯との入れ替わりを望み、力が移動した」  付け足した。 「待ってくれ長門、何を言っているのかさっぱりなのだが」  俺の脳みそでは到底理解できない。 「つまりこういうことですよ。現在涼宮さんには何の力もありません。あなたと同じ一般人です。そして現在ここにいる平沢さんが涼宮さんに代わって世界の中心に存在しているのです」  さも当たり前のように古泉がさらっと言いやがった。俺も長門がそう言ったことぐらいわかっている。朝比奈さんもだ。問題はその答えではない。 「やっぱり私に変な力が…………」  平沢さんが俯いたままぽつりとつぶやいた。そう、たとえそれが本当のことだとしてそれを本人に言ったらやばいんじゃないのか。 「そうですねぇ、それに関しては特に問題ありません」 「どうしてだ、世界の再構成だのなんだのを恐れていたじゃないか」 「いえ、平沢さんには涼宮さんのような閉鎖空間は存在しません。よって僕も現在は一般人ですね」  一方長門も、 「情報統合思念体も問題ないと判断している」  古泉と同じ意見らしい。 「そもそもですね、既に平沢さんはご自身の力に気付いていらっしゃいますからね。隠し通すことは不可能なのですよ」  古泉の言葉に俺は平沢さんへ向き直る。そうだ、確かに彼女は俺達のやり取りを電波話としてではなく真面目な話として会話についてきている。 243 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:11:52.06 ID:iytu5xOE0 「平沢さん、本当なんですか?」  ほぼ確定的なのだが念のため聞いてみた。 「はい」  どうやら俺が思っていた以上に事態はまずいらしい。俺が頭を抱えていると平沢さんがこれまでの不思議体験を話し出してくれた。 「その、なんかアイスが食べたいな~って思うと憂がアイスを丁度買ってきてくれたりーこのギターソロをミス無く弾けるようになりたいな~って思ったら練習してないのに弾けるようになったり」  淡々と平沢さんは語り続ける。 「最初は偶然かなぁって思っていたんだけどあまりにも思ったことがそのままになるから試しに……絶対叶わないだろうってお願いをしたんです。でもそれも叶っちゃって……怖くなって…………」  そのまま平沢さんはまた俯いてしまった。何を願ったのかは気になるがそれは置いておこう。 「様子が違う平沢さんを心配した田井中さんは長門さんがやってきた日から平沢さんが不調だったので僕に相談してきたんです。そこでピンっときたのですよ。ちなみに平沢さん以外の軽音部の方々にはまだ知られていません」  平沢さんもそれを望まれているようですので、と古泉は付けたし話を区切った。助かる。平沢さん一人であればまだしも、それが四人、五人と伝え広がっていったら大変なことになるからな。 「もしみんなに知られたら……きっ嫌われちゃうと思って。それに迷惑もかけちゃうかも……そう思って言えないんです」  いつも元気そうな平沢さんがこんな調子じゃそりゃみんな心配するだろうね。それにしても他人に力を擦り付けるとは迷惑極まりないヤツだ。さっさと平沢さんの力をハルヒのド阿呆に戻さないとな。  しかし長門は予想外の一言を口にする。 「その必要はない。情報統合思念体は観察対象を既に涼宮ハルヒから平沢唯に移している」  なんだと。どういうことだ。 「自律進化の可能性として涼宮ハルヒを観測していたがそれが平沢唯に移ったから」  いや、だからな、それはわかるのだが。 「……私は今後、平沢唯の観測をする」  長門はそう言うと珍しく俺から視線を外した。  今の言葉を俺の頭でもわかるようにまとめると、力自体はハルヒだろうが平沢さんだろうが同じなのでそれを自分達の手で入れ替える必要性はない、そして観察対象が変わったので長門が――って待て。 「長門、まさかお前SOS団に顔を出さないつもりか?」 「そう」  どうにかなりそうだ。意識がふらつく。 「お前やお前の親玉はともかく、それじゃあハルヒが黙ってないぜ?」 「構わない。涼宮ハルヒの不安定な意識は既に観測対象外」  無能力のハルヒがわめきたてようが情報統合思念体は怖くないってことか。ちくしょう、今の俺が切り札の“ジョン・スミス”を使ってもまるで意味がないってことか。 244 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:20:42.13 ID:iytu5xOE0  長門がいなくなっちまったら問題が発生した瞬間SOS団は空中分解必至だ。他の奴の意見はどうなんだ。 「おい古泉、お前はいいのか?」 「超能力者個人としてはよろしいのですが、どうも機関では意見が二分しているようです。いかんせん巨大な組織です。利害関係がいたるところで発生しているようなんですよ」  くだらん。 「ええ、僕もそう思います。しかしながら、僕としましても長門さんが顔を出さなくなるのであれば困りますね。涼宮さんが悲しむでしょうから」 「別にあいつがおかしくなっても神人は出ないしお前は困らんだろう?」 「では、逆にお伺いしますがあなたは涼宮さんの悲しむ顔を見ていたいのですか? そうであればその思考は非常にサディスティックですね」  意味のない質問だ。そんな答えはSOS団の人間なら全員一致で既に出している。 「ふふ、簡単な理由です。もっとも、僕と違って朝比奈さんはそうもいかないようですね」  古泉の真剣な言葉につられ朝比奈さんを見ると、未だかつて見たことない顔で凍り付いている朝比奈さんを確認できた。 「あ……朝比奈さん……?」  その顔が衝撃シーンを見せ続けられた人のような顔だったため、俺も思わず声をかけるのに躊躇した。 「涼宮さんに力がなくなったら原因が禁則のまま……わっ私たちはずっとここから三年前に禁則事項で私も責任で禁則に……うう、うえぇぇぇん」  俺の声に少しだけコチラの世界に帰ってこられたようであるがこれ以上の言葉は発しても全て『禁則事項』になってしまうようなので口をパクパクしているだけだった。  ――――そして冒頭のシーンに戻るわけだ。今現在、朝比奈さんと平沢さんは憔悴した表情でこれ以上会話に参加できそうもない。一方長門もいつも通りの無表情であり、かつ長門の親玉も困ってないらしいので頼れそうにない。 「ふふ、困りましたねぇ」  古泉がまるで困ってないような爽やか&健やかスマイルで俺に声をかけてきた。顔が近いぞ気色悪い。 「失礼しました。しかし手詰まりですね。念のため確認しましたが、平沢さんが力を涼宮さんに戻したいと願っても移すことはできないようなんですよ」  やっぱりそうなのか。そうじゃなきゃとっくにそうしているはずなので薄々気付いてはいたが。 「現在涼宮さんは長門さんがいない理由をバンドのためと勘違いされていらっしゃるようなので幸い不審を抱かれる心配はありません。しかしそれももって一週間でしょうね」  そりゃそうだ。一週間部室に顔を出さなきゃいくら長門であろうとハルヒ的始末書ものだろう。むしろ一週間も保てば僥倖だ。俺がそんなことをすれば即効で斬首間違いナシだぜ。 「とりえあずこれ以上意見は出なそうですし皆さんお疲れです、今日のところは解散にしましょう。具体的な対応策は明日以降に」  古泉の一言により今日は解散の運びとなった。 「そうしよう。平沢さん心配しないでください。必ずあのボケにその力を戻しますから。だから変なことだけは願わないで下さいね」 「うん……ありがとうキョン君」  俺の励ましの言葉に少しだけ元気になった平沢さんは、そのまま俺たちにお辞儀をすると家路へと向かって歩いていった。というかあなたも俺のことをそう呼ぶのですね。 「私も……できることがあればなんとかしてみます」  すっかりミイラのように干からびた表情の朝比奈さんもとぼとぼ駅の方向へ歩いていった。 245 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:21:48.27 ID:iytu5xOE0 「長門、一つ確認していいか?」  帰りの電車で俺は長門に尋ねた。声が返ってこないのはいつものことなのでそのまま聞き続ける。 「俺達がどうにかして平沢さんに移っちまった力をハルヒに戻したらまた戻ってくるのか?」  妨害されたりまさか戻しても戻ってこなかったり情報改変したり…そんな心配が俺にあった。情報統合思念体に俺たち人間が敵うはずもないので重要なポイントだ。  そもそも俺は長門とは敵対したくない。長門は俺の顔を電池が切れた携帯電話のディスプレイのような黒い眼でじっと見つめ 「戻る。情報統合思念体も観察対象を涼宮ハルヒに戻す」  この日唯一俺が安心できる言葉を伝えてくれた。さらに長門はぽつりと俺に聞こえない声でこう呟いていた。 「私もそう望んでいる」 続き [[ディストーション・シミュレーション2]]
この作品は続きものです ↓前作 [[はるおん!第一部 『涼宮ハルヒの余波』 なめたん]] 216 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:00:52.83 ID:iytu5xOE0 はるおん!第二部 『ディストーション・シミュレーション』  イベント――――そう聞くと何故だかわからないが人は心が躍るものであり、もちろん俺もそんな一人であった。  であった……すでに過去形として表現しているのは誤字でも誤植でもなく、ましてや俺の日本語力がとうとうカマドウマ並になっちまったからでもない。  もっとも国語の成績は下降の一途をたどっているのであながち間違いでもないのだが、それは別の話である。  そう、イベントと聞いて心躍るどころか心を大暴走させやがって周囲に甚大な被害を与える唯我独尊団長のストッパーという貧乏クジを引かされて以来、俺にとってのイベントはもはや死と同義なのだ。  そんな団長様が百万カラットの笑顔とともに持ち込んだ今回のイベントも例外に漏れず俺を疲弊させることとなった。  いや、今回に限っては俺だけでなくこのけったいな何を目的に活動しているのか忘却の一途にあるSOS団メンバー全員に関わることである。  しかも俺が普段から頼りっぱなしのこいつからすれば必ずしも問題ではないようで、それがさらなる悩みの種となって俺の頭を痛ませた。 「なあ、本当に問題ないのか?」  春先の並行世界がどうのだこうのだアニメや漫画にありがちな、けれど実際起きると解決策が思いつかない事態の際にはゆっくり休んでもらっていたが、さすがに今回はそうもいかない。  俺が一縷の望みを込めて再び聞いてみたが、 「ない」  ばっさり一言で返されてしまった。どうやら対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・ インターフェース長門有希の親玉の情報統合思念体にとってはそういう事態らしい。 「私このままじゃ……」  もはや放心状態の我が愛しのラヴリーエンジェル、俺達をあのけったいな並行世界から救ってくれた最近やたらに頼れる朝比奈さんがぽつりと呟いた。相変わらずその全てが愛くるしい。  万が一朝比奈さんが包丁を持って強盗にやってきてもその可愛さで許してしまいそうだ。いや許すね俺は。 「なのでまずは現状の整理と今後の対応策を考えるべきですね」  俺が「おっお金を出してくだっ、ください!」と舌足らずに金を要求する世界一守ってあげたくなる強盗犯朝比奈みくるを想像していると相変わらずのすましニヤケヅラ野郎の古泉が当たり障りないことを言ってきやがった。  どうしてお前はいつも俺の邪魔ばかりする。 「それは失礼をしました。しかしながらこの状況下です。もう一度全てを整理することも大事ではないかとね」  少しばかり真面目顔に面を変える古泉に促され、俺もこれまでのあらましを思い返すことにした。そのためにはあいつがいつものように部室へ飛び込んできた2週間前まで遡らなくてはならない―――― 218 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:07:24.24 ID:iytu5xOE0 「みんな! 我がSOS団はライブに参加するわよ!」  開口一番、チラシを配りながらSOS団団長の涼宮ハルヒは目を爛々と輝かせ九月中旬の残暑を吹き飛ばすかのように宣言した。そんなハルヒからチラシに視線を移すとそこには“参加バンド募集”の文字が書かれている。  どうやら他校の軽音楽部が主催した高校生バンドだけで行うライブイベントらしい。しかしバンド活動はいつぞやの常時電波キャッチ状態以来ご無沙汰であり、あれから俺達がバンド活動をしたことはない。  そもそもこいつの脳みそからはとっくに欠落していたと思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。 「おいハルヒ、俺達はもう楽器なんて弾けないぞ。大体あの時だってまともに弾けちゃいなかったぜ?」 「バカねキョン。一週間みっちり練習すれば二曲ぐらいどうにかなるわよ」  この会話で果たしてどちらがバカであるのか、読者の皆に問いたい。 「二曲ですか? あの時僕たちが練習した曲は一曲だけでしたが新たに曲を作られたのですか?」  聞かんでもいいことを古泉が聞きやがった。そもそも俺はまだ参加すると一言も口にしていないのだが。 「ううん。もう一曲はENOZから借りるわ! 本当はオリジナル二曲でいきたいところだけど作る時間もないしね!」  おまけに我が校の軽音楽部の曲を無断拝借するらしい。 「無断なわけないでしょ! ちゃんと許可は取ったわ! 最近ジャスラックだかなんだかがうるさいからね。その辺り抜かりないわ!!」  ジャだかカだかはしらんが。よくよく話を聞くと我が校の軽音楽部も参加するようで、しかもライブの話を取り付けてきたハルヒに楽器の貸し出しも行うそうだ。  昨年の文化祭以来どうやら軽音楽部もハルヒ的SOS団支部になっているらしくアホの谷口が「涼宮が軽音楽部を牛耳ってるって噂だぜ?」と聞きたくもない情報を俺に仕入れてくれたぐらいだから、たぶん間違いないのだろう。 「そういえばどこでライブの話を手に入れたんですかぁ?」  間延びした口調でSOS団専属メイドの朝比奈さんがハルヒに尋ねていた。 「主催学校の軽音部と少し縁があってね! 去年の文化祭で彼女たちのライブを見て気に入ったのよ私! もうみんな無茶苦茶可愛いの!!」  気に入ったのは演奏じゃないのかよ。 「それでね、是非とも我が団の参考にしようと思ってコンタクトを取って話を取り付けたのよ! みんな感謝しなさい! 私の広ーい顔のおかげでライブできるんだからね!」  全くもって感謝したくないのはいつものことである。 219 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:14:20.74 ID:iytu5xOE0  当然一週間で俺達の演奏技術が向上するわけもなく、しかも過去にハルヒが作った曲はともかくENOZの『God knows…』とかいう曲はビックリするぐらい難しく、言う易し行う難しのように聴く易し弾く難しのような曲だった。  しかし日に日にイライラが募るハルヒ様のご機嫌を損ねると予期せぬ事態が発生すると長門の親玉もわかっているようで、俺達は長門の不思議パワーで演奏技術を一時的に伸ばすことで事なきを得たのだった。  そうこうしている内にライブ当日。俺達はテキトーに演奏して拍手喝采を受け、そのままステージを去り明日以降はバンドもしていると周囲から噂されることになるのだ。だが、それで終わっていればどんなによかっただろう。  週明けの月曜日、再びハルヒがドアをぶち破る勢いで部室に入ってきた時、既に異変は起きていた。と言っても俺はおろか朝比奈さんや古泉でさえ異変には気付いていなかった。だってそうだろう。  昨日の今日でそこまで事態が急展開しているなどと誰が信じられる。散々実弟から迫害され島流しにされた悲喜劇の主人公魔法使いでさえ信じることはできないだろうよ。 「さ! 今から出発よ!!」  当然どこへ行くかの説明はない。慣れてしまった自分が嫌だがさすがに聞かねばならないだろう。 「待てハルヒ、普通どこに、何をしに行くかを先に言うだろう」  俺の言葉を聞いたハルヒは的を射てない答えをのたうち回っている小学生をさげすむかのような視線で俺を射抜いた。 「はぁ、本当にアホキョンね! 昨日の今日よ! 行く先は一つだけでしょう」  昨日のライブハウスか。 「大ハズレ。何もなければ校庭をムーンウォークで10周してもらうぐらいに不正解よ!あんたね、昨日の演奏で何か感じたことない?」  感じるも何も長門のチートで弾きまくっていた俺達に楽器や歌へ込める魂など微塵もない。しかしそんなことは当然言えないので古泉に話を振る。 「わからんね。古泉はどうだ?」 「こらキョン! わからないからってすぐ人に頼るのは悪い癖よ!! 主催者たちの演奏聴いてなかったの?!」  聴いてたとも。おまけに見ていたとも。いやはや、目の保養になったぞ。 「いいキョン? 私たちに欠けているものは確かな演奏力なの。こんなんじゃ今年の文化祭で笑いものにされちゃうわ!!」  すでに昨年の映画上映で笑いものだと思うんだが。 「だから教えてもらうの! 彼女たちに演奏のなんたるかをね!!」  つまり指導を仰ぐというわけか。色々突っこみたい部分はあるのだが、とりあえず確認しておこう。 「ハルヒ、今年の文化祭はバンドをするのか?」  去年は映画の続きがどうの話していたはずだ。 「あんた……本当に記憶力悪いわね。その物を忘れる速さは逆に感心するわ」  そんなものを誉めるな。さっさと質問に答えてくれ。 「両方よ。映画はもちろんだけどバンドもするわよ! そのためにも文化祭までに必要な技術力を付けて本番でSOS団らしい恥のない演奏をするの!!!!」  つまり、俺は今年も絞り粕にされるまでこき使われるわけなんだな。やれやれ。 220 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 19:20:40.85 ID:iytu5xOE0 「さ、アホキョンにも理解してもらえたことだし出発よ!」  いや待てハルヒ、とりあえず理解したか否かは保留としておくがこのまま出発はできないだろう。 「おや、まだ長門さんがいらっしゃらないようですが構わないのですか?」  俺の聞きたいことを古泉が代弁してくれた。そう、珍しく長門が部室にいないのだ。あいつが部室の片隅で本を読んでいないと一抹の不安に駆られる。 「有希なら先に行ってるのよ。あの子は私が言わずとも行動してくれる不言実行派よ!」  あんたも見習いなさいと付け足すハルヒに無精ながら返事をしておいた。これ以上不毛な争いは避けたいからな。自分への被害がなさそうだと判断してか、朝比奈さんは嬉しそうに、 「あ、それじゃあお茶も持っていきますね~♪」  など遠足気分であった。また古泉も、 「大変よろしいではないですか。涼宮さんがこれほど健全な高校生らしい活動をしてくれると機関も助かります」  ハルヒに聞こえないよう小声でこんなことを言ってやがる。のんきなものだぜ。 「それじゃあ行くわよ! 桜が丘高校へ!!」 229 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:04:56.11 ID:iytu5xOE0  電車に揺られ桜が丘高校、通称桜高へ俺達はやってきた。我が北高と比べるのが申し訳ないほど綺麗な造りの校舎、守衛さんがいる校門、セキュリティが行き届いた造りに感心する。  これが同じ高校だとは格差社会もとうとう教育の場にまで迫りこんできやがったか。 「キレイな学校ねえ。私ももっと近ければ志望校に入れていたかも」  ハルヒが辺りを見回しながらそう言うのも納得できる。俺も桜高が女子高じゃなけりゃ選択肢に入れてたぜ。 「アンタの成績じゃ入れないでしょ。桜高は進学校よ?」  まるで俺が中学から成績の低空飛行を続けていたかのような台詞だな。 「だってそうなんでしょ?」  そうだ、だから異論はないぜ。 「それで佐々木さんに色々教えてもらって」 「何か言ったか?」  ハルヒの聞き取れない微細な声に問いかける。 「なっ何も言ってないわよバカキョン! あ、ほらあそこ!」  急にご機嫌を悪くしたハルヒは再びご機嫌を急激に良くしながら俺達へ駆け寄る人物に手を振った。その切り替えの早さを見習いたいもんだ。 「こっちこっちー! いやーわざわざよく来てくれたねー!」  元気良く俺達SOS団の面々に挨拶をしてくれたのはこれからお世話になる軽音部の部長さんだ。えーと…名前はなんだったか。 「やっほーりっちゃん! それじゃあ早速私たちを部室まで案内して頂戴!」  りっちゃん、田井中律さんだっけ。カチューシャをつけた鶴屋さんみたいに元気が良く似合う子だ。  ハルヒはどうも威勢の良い人間なら男女問わず気が合うようで鶴屋さんと話しているときと同様くだらない話で田井中さんと盛り上がっている。  ほどなく案内された先は音楽室兼軽音部の部室である。これまた我が北高の音楽室とは月とスッポンを通り越し月とミジンコ並の差があった。 「ハルにゃん達がきたぞーー!!」  豪快に扉を開き部員達に俺達の登場を告げる田井中さん。鶴屋さんもそうだがこういつもハイテンションな人はどこで休憩してるんだろうな。 「あ……待ってました……ようこそ…………」  長身でモデル体系、黒髪をなびかせる朝比奈さんに負けず劣らずの美人秋山澪さんがおどおどしながら俺達に声をかけた。  秋山さんは人見知りが激しいそうだがその姿は昨年の朝比奈さんを彷彿とさせるビクビク具合だ。やはり可愛い人はどうしようと可愛いものだ。 「それじゃあ、え~と四人分ね♪皆さんお飲み物は何がいいかしら?」 「琴吹さん、私も手伝いますね♪」  テキパキと俺達の飲み物を用意してくれているのはお嬢様の風貌漂う琴吹紬さんである。桜高軽音部のお茶担当らしく、そこにシンパシーを感じた朝比奈さんが手伝いへ加わった。 230 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:16:05.62 ID:iytu5xOE0 「それじゃあせっかくだし休憩にしようよー!」  お茶とお菓子の匂いにつられ、抱えていたギターを長椅子に置き茶髪の少女がこちらへ駆け寄ってきた。 「唯ちゃん今日は宜しくお願いね!!」  人様に物をお願いしている珍しいハルヒとそのお願いの相手、平沢唯さんを眺めているとあいつが視界に入った。 「……」  まるでここはSOS団の部室なんじゃないかと錯覚を覚えるほど長門が音楽室に溶け込んでいた。もちろんその視線には分厚いハードカバーがあるだけだ。やっぱり先に来ていたのか。  長門を眺めているとハルヒの明朗快活な声が音楽室に響き渡った。SOS団の部室と違い防音設備も備わっているのでこいつがアホのようにがなり立てても外に音が漏れることはない。 「一息したら早速軽音部の人たちに教えてもらうわ。いい? 遊びに来たわけじゃないんだからみっちり教え込んでもらうわよ。特にバカキョン! 指導者が可愛い澪ちゃんだからって鼻の下伸ばしてたら即死刑よ!!!」  早速名指しで釘を刺されちまった。俺が朝比奈さん以外の女性に鼻下を伸ばした記憶がお前にはあるのかと逆に聞いてやりたい。  にしても我がSOS団の女子部員に引けを取らない美人ぞろいである。この状況下で冷静と情熱の間を保つことが出来る男はハルヒ的数割に含まれるそっち方面の人間だけじゃないんだろうかね。  今更だがバンドSOS団のメンバー紹介をしてみようと思う。ボーカル&ギターはもちろん涼宮ハルヒ団長である。  もう一人のギターはどんなテクニックもその場で覚える長門有希、それでもってベースは俺、ドラムスはさわやかエスパー古泉一樹だ。  ちなみに朝比奈さんは後ろで踊っていればいいとハルヒ直々のお達しにより今まで担当楽器がなかったが桜高軽音部にキーボード担当の琴吹さんがいるのでキーボードを弾いてみることにしたらしい。  そんなわけでそれぞれが桜高軽音部の面々に楽器の指導を受けている。まずハルヒであるが平沢さんとにこやかに談笑してやがる。おいハルヒ、遊びに来たわけじゃないと言ってた数分前の自分をもう忘れたのか。  長門は相変わらず本を読み耽っている。教わる気ゼロだな。もっとも長門に楽器の指導など必要ないのだが。 「と……とりあえず簡単な曲を練習したらいいかなぁ……。スジはいいからうん」 「お褒めの言葉ありがとうございます田井中さん。あなたのような素敵なドラマーにご教授頂けるとは夢にも思っていませんでした」 「いや、そのぉ……わっ私なんかがさつでドラムも雑だって……」  男の俺にとってはうっとうしいことこの上ない古泉スマイルも女子にとっては効果絶大のようだ。田井中さんは顔を赤くしながら古泉に接している。ツラがいいだけでそいつは赤い玉で飛び回る変態ですよと伝えてあげたくなる。 「えっとぉこの白い板と黒い板を叩くと音が出るんですね!」 「うん! ゆっくり覚えていきましょうね!」  北高のおっとり美少女と桜高のおっとり美少女がふわふわしながら楽器練習に励んでいる。時折お茶やお茶請けについての話もまぎれている。  桜高の高級茶葉に感嘆の声を上げていた朝比奈さんであるから、たぶんウチのお茶にも取り入れようと考えているに違いない。  朝比奈さんが淹れてくれた飲み物なら雨水だろうが泥水だろうが俺は飲むけどな。ちなみにそれを差し出してきたのがハルヒだったら即殴るが。 233 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:25:38.28 ID:iytu5xOE0 「あの……きっ聞いていますか?」  ハルヒとの茶をめぐる激闘を脳内で繰り広げていた俺は透き通った声に振り返る。しまった、俺も楽器の練習中だった。  ベースを担当している俺は当然ながらベース奏者にご指導ご鞭撻をお願いしているわけだが、いやはや今日ほどベース担当でよかったと思える日はないね。 「すみません秋山さん、どうぞ続けてください」  俺のその言葉に安堵の表情を浮かべ、すぐにおどおどし目を逸らしてしまった。可愛い。単純にそう思える。  十人が見たら十人全員が可愛いと認めるだろうし、その内八人はお近づきになれるならなりたいと思うだろうな。残りの二人は知らん。  とは言っても会話があまり弾まない。俺も特別おしゃべりじゃないが指導の合間合間で会話の一つもないと寂しいからな。しかも周りは(長門以外)それなりに談笑しながら和気あいあいムードだし。  決して俺が出来ることならここで秋山さんと距離を縮めてどうのこうの思っているわけじゃないぞ。 「そういえば、今日は1人お休みですか?」  確か軽音部にはもう一人ギターの子がいたはずだ。その姿が今日は見えない。 「あ、梓のことですか? 今日は用事があって休んでるんです。明日は来ると思いますが」  そうそう、中野梓さんだ。後輩の一年生部員だったかな確か。ハルヒが「猫耳似合いそうね!」と朝比奈さん感覚の視線を送っていたので覚えている。 234 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:33:18.43 ID:iytu5xOE0  ある人たちは適当に、またある人たちはテキトーに練習を続けていると音楽室の扉が開いた。 「遅れちゃったわ~ごめんねみんなー!」  眼鏡をかけたとても美人な人である。軽音部の顧問だろうかね。 「お、きたなさわちゃん! SOS団のみんな! 紹介遅れたけどこの人がウチの顧問山中さわ子! 通称さわちゃんだよ!!」  田井中さんがハルヒと俺たちに教えてくれたのでどうやら俺の予想通りみたいだ。ハルヒは行儀よくお辞儀をすると、 「私は県立北高SOS団の代表涼宮ハルヒです。本日より桜高軽音部の皆様にご指導ご鞭撻を頂きたくお邪魔させていただいております。ご迷惑おかけするかと思いますが宜しくお願いいたします」  なんて言いやがった。相変わらず外っ面だけは整えているヤツだ。常にそうしてくれてりゃ俺も楽だし朝比奈さんにだって対抗できると思うんだがな。ところがハルヒの合格点に相応しい挨拶を聞いた山中先生はひどく驚いた表情を浮かべている。 「あら、りっちゃんから聞いた話と違う子ね。こうもっと部員にコスプレさせたり面白いことをしたり私と重なり合う部分があると聞いていたんだけど」  この言葉を聞いた瞬間、朝比奈さんと秋山さんが同時にビクっとしたのはどういうことだろうね。 「あら、そうなの? それより同じって何々!? 私すごく興味あるんだけど!」  そしてハルヒが食いついてしまった。 「それじゃあせっかくだしハルヒちゃん! そちらのマスコットはどなた?」  ノリノリの先生に、 「みくるちゃんいらっしゃい!」  ノリノリのハルヒが答え、そのまま続けて、 「さわちゃん先生、もしかして軽音部にもマスコットがいるのかしら?」  と先生に尋ねると、 「ウチのマスコットはもちろん澪だぜー!!」  先生ではなく田井中さんが答えた。 「ひい! あのあの涼宮さん、いいい一体何がはじっはじ……」 「ちょっと律! って先生まで……」  同時に二人の美少女が生贄として差し出される。 「ハルヒちゃん、せっかくだし交流の証としてお互いのマスコットを着飾るのはどうかしら? うふふふ」 「いいわね! それじゃあさわちゃん先生澪ちゃんは借りるわね!」  同時に二人の悪魔が生贄に手を掛ける。  俺と古泉はそのまま自主退場。場が静まるまでいつぞやの情景をそれぞれに思い描いているのであった。 235 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:39:40.20 ID:iytu5xOE0 「いやー! 北高にもさわちゃん先生みたいに話のわかる先生がいれば少しは面白くなるのにー!」  大満足のハルヒがいつも朝比奈さんの着ているメイド服を着た秋山さんを舐めるように見回したながら言った。どうして朝比奈さんの服を持ってきているんだお前はと突っこみたい気持ちはあるが、それ以上に目をそそられる。 「うう……」  秋山さんはサイズが合わないためつんつるてんになっている。スカートをぎゅっと握り締めたまま俯いている秋山さんは申し訳ないけどグレートに可愛い。 「澪ー! いいじゃん似合ってるぜ~!」  相変わらず元気な田井中さんに、 「うん! 澪ちゃん可愛い!!」  これまた元気な平沢さん、二人の励ましだかなんだがわからん声も今の秋山さんには届いてない様子だ。 「澪ちゃんもいいけどみくるちゃんも負けてないわねー! 何を着せるか迷っちゃったわ!!」  山中先生の声とともに視線を移す。秋山さんほど恥じらいもなく着こなしている感じもある朝比奈さんは所謂ゴスロリ風の服に身を包んでいる。こちらも美しく可愛い。さすが北高の天使だね。 「恥ずかしいですけどお人形さんみたいで可愛らしい服ですねぇ♪」  ハルヒによりすっかり危ないコスプレ慣れした朝比奈さんにとってはこれぐらいの衣装なら余裕なのだろう。 「それじゃあみんな揃ったしお菓子食べましょう!」  琴吹さんが大き目の鞄からクッキーやらケーキやらを取り出す。 「あ! ムギちゃん私も手伝うね♪」  すっかり琴吹さんと仲良くなった朝比奈さんもいそいそと取り皿を俺たちに配って回る。 「わーおいしそうなプリンだー! プリン食べたいって思ってたんだ~!」  のほほんとした平沢さんは自分の望んでいたお菓子の登場に高揚している。 「じゃあ軽音部のみんな! これからもよろしくね!!」  ハルヒの号令により親睦会をかねたお茶会が始まった。どういう場所にいてもハルヒはハルヒである。こいつ自身のやる気があればどんな時でもリーダーとして頂点に君臨しているに違いない。  結局この後は下校の時間までこのままお茶会でべしゃくるだけのSOS団の日常と変わらぬ放課後となった。 237 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:44:10.30 ID:iytu5xOE0  翌日、相変わらずUnknown同然な授業を受け流している内に放課後となり俺は部室へやってきた。扉をノックすると舌足らずな朝比奈ボイスが聞こえてくる。  着替えも終わりメイド姿の朝比奈さんは昨日教えてもらったお茶を早速試しているらしく真面目な顔で茶葉の配合やら何やらをメモした紙と睨めっこしていらっしゃる。  このお姿を一日一回はこの目に焼き付けないと俺の一日は無駄を積み重ねた無駄ミルフィーユと化す。そして俺は誰も邪魔のいない二人っきりの部室で朝比奈さんを眺め続けていたせいであることに気付くのが遅れた。  二人っきり、そうだ長門がいない。 「朝比奈さん、長門はまだきてないんですか?」  気になったので朝比奈さんに尋ねると、 「はい、私が一番でした」  こう返されてしまった。昨日は軽音部に出向いたので先回りしていたらしいが今日はどうしてだろうな。何かあったのだろうか。  しかし思慮をめぐらせようとしたところでハルヒがやってきたため俺は深く考えずその日を一日過ごすことになった。  水曜日、珍しくハルヒが「今日は自主休業よ!」と朝一番でSOS団の団活休止を伝えてきた。  何やら本格的にバンドをやるに当たって機材を揃える必要があると一昨日の桜高訪問で感じたらしく俺は放課後と同時に首根っこをハルヒにつかまれそのまま楽器店のハシゴに連れまわされてしまった。  しかも晩飯まで何故か俺がおごる羽目になっちまったので疲れたぜ。 238 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:48:58.37 ID:iytu5xOE0  木曜日、二日振りのSOS団である。ノックすると可愛らしい声と共に朝比奈さん登場。まだ着替えてないので制服姿だ。  しかし、また長門がいない。間に休みがあったがこう何日もあいつの顔を見てないと言葉で言い表せない不安に駆られる。ハルヒもさすがに心配するんじゃないかと思っているとその当人がやってきた。 「いやー今日は暑いわねー! もう10月も近いってのにどーなってんのかしら!」  セーラー服をパタパタしながらウチワを道具箱から取り出したハルヒはPCの電源を入れていつも通り朝比奈さんにお茶の要求をしている。ここまで長門のなの字もハルヒは発していない。  まさかあらぬ敵により長門の記憶がハルヒの頭から抜け落ちているんじゃと心配になり、俺は単刀直入に聞いてみることにした。 「なあハルヒ、長門がここ何日か部室に顔を出してないんだが」  俺の質問にハルヒは「はぁ?」なんて表情を向ける。まさか俺の考えが現実のものに、 「バカね。有希がここにくるはずないじゃない。何よ、こないだ帰り道で珍しくまともなこと言ってたからあんたもやる気を出したのかと思ったのに」  ならなかった。とりあえずハルヒの記憶から長門の存在が零れ落ちているということはなさそうだ。しかし気になることを言っている。  まず俺が帰り道にわざわざこいつに話しかけた記憶はないし損得で考えずとも話しかけて良い事があったためしがない俺がこいつに自ら話しかけるわけはなく、これはこれで気になる案件なのだが今は脇に置いておこう。  そう問題はその前の言葉だ。くるはずがないだと?どういう意味だ。 「だから有希なら桜高でギターの練習してるのよ。あの子口にはしないけどギターをもっと練習して上手くなりたいみたいなの」  ギターの練習?あいつにそんなものはいらないだろうと思ったがハルヒの言い分をまとめると長門が桜高に毎日出向いていると一昨日田井中さんから連絡が入ったそうだ。  長門は軽音部の問いかけに何も答えなかったため困り果てた田井中さんがハルヒに聞いてきたらしい。  ハルヒは長門と会話をした結果ギターの練習がしたいのだろうと判断、しばらく桜高に長門を預けるつもりだと俺に答えてくれた。  長門がハルヒと会話を成立させたとは考えにくいので、多分ハルヒが自分の都合いいように解釈しているだけなのだろう。その話を聞いているうち俺と朝比奈さんは顔色が優れなくなっていく。  経験上、どう聞いても何かが起きたのだろうとわかるからだ。またハルヒのアホみたいな力が暴走したのかどうかは現状では不明だが、おそらく桜高軽音部にご迷惑おかけする事態を長門が未然に防ぐため向こうにいるに違いない。  古泉も部室に顔を出さず加えてハルヒはバンドのことで頭が一杯だったようで団活はすぐに終了した。そしてもちろん、俺と朝比奈さんは用意を早々に済ませ桜高へ向かう。  長門に事の真相を聞き、場合によっては行動しなければならないからな。毎度の事ながらわけのわからんなんたら素子だかがやってきたのか、ハルヒの魑魅魍魎な力が暴走しているのか、はたまた――ああ面倒くせぇ。長門に聞けばすぐわかることだ。  俺は深く考えず電車に乗り込み目的地へと急いだ。 240 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 20:55:17.61 ID:iytu5xOE0  電車に揺られ到着した桜高の校門前で思わぬ人物たちと出会った。いや、まるで俺達の到着を待っていたかのようだ。 「やあどうも」 「こんにちは」  両名はそれぞれ俺達へ挨拶を済ます。とりあえずこいつに声をかけにゃならんだろう。 「おい古泉、部活に顔を出さずどうしてここにいる?」  まさかお前までバンド練習のためにきたとか言う気じゃないだろうな。 「いえ、田井中さんから興味深いお話を伺ったのでね」  そう隣にいる桜高軽音部の部長さんに視線を送った。 「二人はどうしてここに?」  その視線を受け田井中さんは俺と朝比奈さんに質問をしてきた。しかし目的をそのまま一般人であるこの人に教えることは出来ない。 「いや、長門の様子が気になりまして。あいつは無口なんで困ってないかなと」  嘘ではない。苦しい言い逃れには聞こえないだろうし実際怪しまれずに済んでいるようだ。俺の言葉に、 「ゆきりんなら部室で今日も本を読んでるよー! 面白い子だよね~~」  と田井中さんは答えてくれた。いつも通りなら急ぐような事態ではないのだな。それならばいくらか気持ちも楽になる。 「それも込みでお話したいことがあります。すみませんが長門さんを呼んできてもらえないでしょうか?あと、軽音部の平沢さんもね」  そこまで言うと珍しくまじめ風な顔つきになり、 「おそらく僕の推測が正しければ平沢さんも連れてこないと長門さんはきてくれないでしょうからね。あなたが呼び出したとしても」  俺の安堵した気持ちを逆なでするように長門召喚を命令してきた。おいおい、どうして長門を呼び出すのに平沢さんが必要なのだ。大体平沢さん含めた軽音部一同に聞かれちゃまずい話満載だろ俺達の話は。 「ふふ、それについては問題ありません。田井中さん、平沢さんをお借り致します」  俺の疑問を一蹴した古泉は田井中さんに向き直る。 「はっはい! 他の人には私から伝えておくんで!」  どうも古泉が含みを持って俺に語りかけてくるときはロクなことがない気がしてならない。これが朝比奈さんだったら全肯定でほいほい言われた通りのことをしちゃうんだけどな。  とりあえず音楽室に置物のように鎮座していた長門に事情を話し平沢さんにも伝える。 「わかった」 「はい。よろしくお願いします……」  それぞれ承諾してくれたところで俺たちは桜高を後に駅前の喫茶店へ移動した。ハルヒ以外のSOS団の面々プラス軽音部の平沢さんを加えた五人は喫茶店で注文を済ませ現在飲み物をすすりながら沈黙を守り通している。 242 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:06:11.30 ID:iytu5xOE0  結局ハルヒがいないときは俺がしきる手はずになっているらしい。しかし平沢さんに電波話を聞かせるのはまずい。古泉は問題ないと言っていたが信用ならんので、信頼できる奴に確認を取ることにした。 「長門、そのまあ色々な話があるとは思うのだが……平沢さんに聞かれても問題はないのか? ああいや、お前にとっては誰に聞かれても問題ないのだろうが、そのだな……俺たちは困るんだが」 「問題ない」  ううむ、我ながら拙い質問文を送ってしまったが長門がそう言うのであれば信じよう。 「長門、何が起きているんだ?」  直球で聞く。回りくどく聞いても意味がないことをこの一年半あまりで知ったからな。しかし俺はこの時ほど直球で聞くべきでなかったと心の底から思うのであった。 「涼宮ハルヒの力が平沢唯に移行した」  ………………全員硬直である。その姿を見て説明不足だと感じたのか、 「涼宮ハルヒが平沢唯との入れ替わりを望み、力が移動した」  付け足した。 「待ってくれ長門、何を言っているのかさっぱりなのだが」  俺の脳みそでは到底理解できない。 「つまりこういうことですよ。現在涼宮さんには何の力もありません。あなたと同じ一般人です。そして現在ここにいる平沢さんが涼宮さんに代わって世界の中心に存在しているのです」  さも当たり前のように古泉がさらっと言いやがった。俺も長門がそう言ったことぐらいわかっている。朝比奈さんもだ。問題はその答えではない。 「やっぱり私に変な力が…………」  平沢さんが俯いたままぽつりとつぶやいた。そう、たとえそれが本当のことだとしてそれを本人に言ったらやばいんじゃないのか。 「そうですねぇ、それに関しては特に問題ありません」 「どうしてだ、世界の再構成だのなんだのを恐れていたじゃないか」 「いえ、平沢さんには涼宮さんのような閉鎖空間は存在しません。よって僕も現在は一般人ですね」  一方長門も、 「情報統合思念体も問題ないと判断している」  古泉と同じ意見らしい。 「そもそもですね、既に平沢さんはご自身の力に気付いていらっしゃいますからね。隠し通すことは不可能なのですよ」  古泉の言葉に俺は平沢さんへ向き直る。そうだ、確かに彼女は俺達のやり取りを電波話としてではなく真面目な話として会話についてきている。 243 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:11:52.06 ID:iytu5xOE0 「平沢さん、本当なんですか?」  ほぼ確定的なのだが念のため聞いてみた。 「はい」  どうやら俺が思っていた以上に事態はまずいらしい。俺が頭を抱えていると平沢さんがこれまでの不思議体験を話し出してくれた。 「その、なんかアイスが食べたいな~って思うと憂がアイスを丁度買ってきてくれたりーこのギターソロをミス無く弾けるようになりたいな~って思ったら練習してないのに弾けるようになったり」  淡々と平沢さんは語り続ける。 「最初は偶然かなぁって思っていたんだけどあまりにも思ったことがそのままになるから試しに……絶対叶わないだろうってお願いをしたんです。でもそれも叶っちゃって……怖くなって…………」  そのまま平沢さんはまた俯いてしまった。何を願ったのかは気になるがそれは置いておこう。 「様子が違う平沢さんを心配した田井中さんは長門さんがやってきた日から平沢さんが不調だったので僕に相談してきたんです。そこでピンっときたのですよ。ちなみに平沢さん以外の軽音部の方々にはまだ知られていません」  平沢さんもそれを望まれているようですので、と古泉は付けたし話を区切った。助かる。平沢さん一人であればまだしも、それが四人、五人と伝え広がっていったら大変なことになるからな。 「もしみんなに知られたら……きっ嫌われちゃうと思って。それに迷惑もかけちゃうかも……そう思って言えないんです」  いつも元気そうな平沢さんがこんな調子じゃそりゃみんな心配するだろうね。それにしても他人に力を擦り付けるとは迷惑極まりないヤツだ。さっさと平沢さんの力をハルヒのド阿呆に戻さないとな。  しかし長門は予想外の一言を口にする。 「その必要はない。情報統合思念体は観察対象を既に涼宮ハルヒから平沢唯に移している」  なんだと。どういうことだ。 「自律進化の可能性として涼宮ハルヒを観測していたがそれが平沢唯に移ったから」  いや、だからな、それはわかるのだが。 「……私は今後、平沢唯の観測をする」  長門はそう言うと珍しく俺から視線を外した。  今の言葉を俺の頭でもわかるようにまとめると、力自体はハルヒだろうが平沢さんだろうが同じなのでそれを自分達の手で入れ替える必要性はない、そして観察対象が変わったので長門が――って待て。 「長門、まさかお前SOS団に顔を出さないつもりか?」 「そう」  どうにかなりそうだ。意識がふらつく。 「お前やお前の親玉はともかく、それじゃあハルヒが黙ってないぜ?」 「構わない。涼宮ハルヒの不安定な意識は既に観測対象外」  無能力のハルヒがわめきたてようが情報統合思念体は怖くないってことか。ちくしょう、今の俺が切り札の“ジョン・スミス”を使ってもまるで意味がないってことか。 244 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:20:42.13 ID:iytu5xOE0  長門がいなくなっちまったら問題が発生した瞬間SOS団は空中分解必至だ。他の奴の意見はどうなんだ。 「おい古泉、お前はいいのか?」 「超能力者個人としてはよろしいのですが、どうも機関では意見が二分しているようです。いかんせん巨大な組織です。利害関係がいたるところで発生しているようなんですよ」  くだらん。 「ええ、僕もそう思います。しかしながら、僕としましても長門さんが顔を出さなくなるのであれば困りますね。涼宮さんが悲しむでしょうから」 「別にあいつがおかしくなっても神人は出ないしお前は困らんだろう?」 「では、逆にお伺いしますがあなたは涼宮さんの悲しむ顔を見ていたいのですか? そうであればその思考は非常にサディスティックですね」  意味のない質問だ。そんな答えはSOS団の人間なら全員一致で既に出している。 「ふふ、簡単な理由です。もっとも、僕と違って朝比奈さんはそうもいかないようですね」  古泉の真剣な言葉につられ朝比奈さんを見ると、未だかつて見たことない顔で凍り付いている朝比奈さんを確認できた。 「あ……朝比奈さん……?」  その顔が衝撃シーンを見せ続けられた人のような顔だったため、俺も思わず声をかけるのに躊躇した。 「涼宮さんに力がなくなったら原因が禁則のまま……わっ私たちはずっとここから三年前に禁則事項で私も責任で禁則に……うう、うえぇぇぇん」  俺の声に少しだけコチラの世界に帰ってこられたようであるがこれ以上の言葉は発しても全て『禁則事項』になってしまうようなので口をパクパクしているだけだった。  ――――そして冒頭のシーンに戻るわけだ。今現在、朝比奈さんと平沢さんは憔悴した表情でこれ以上会話に参加できそうもない。一方長門もいつも通りの無表情であり、かつ長門の親玉も困ってないらしいので頼れそうにない。 「ふふ、困りましたねぇ」  古泉がまるで困ってないような爽やか&健やかスマイルで俺に声をかけてきた。顔が近いぞ気色悪い。 「失礼しました。しかし手詰まりですね。念のため確認しましたが、平沢さんが力を涼宮さんに戻したいと願っても移すことはできないようなんですよ」  やっぱりそうなのか。そうじゃなきゃとっくにそうしているはずなので薄々気付いてはいたが。 「現在涼宮さんは長門さんがいない理由をバンドのためと勘違いされていらっしゃるようなので幸い不審を抱かれる心配はありません。しかしそれももって一週間でしょうね」  そりゃそうだ。一週間部室に顔を出さなきゃいくら長門であろうとハルヒ的始末書ものだろう。むしろ一週間も保てば僥倖だ。俺がそんなことをすれば即効で斬首間違いナシだぜ。 「とりえあずこれ以上意見は出なそうですし皆さんお疲れです、今日のところは解散にしましょう。具体的な対応策は明日以降に」  古泉の一言により今日は解散の運びとなった。 「そうしよう。平沢さん心配しないでください。必ずあのボケにその力を戻しますから。だから変なことだけは願わないで下さいね」 「うん……ありがとうキョン君」  俺の励ましの言葉に少しだけ元気になった平沢さんは、そのまま俺たちにお辞儀をすると家路へと向かって歩いていった。というかあなたも俺のことをそう呼ぶのですね。 「私も……できることがあればなんとかしてみます」  すっかりミイラのように干からびた表情の朝比奈さんもとぼとぼ駅の方向へ歩いていった。 245 :なめたん ◆k05EaQk1Yg :2009/10/02(金) 21:21:48.27 ID:iytu5xOE0 「長門、一つ確認していいか?」  帰りの電車で俺は長門に尋ねた。声が返ってこないのはいつものことなのでそのまま聞き続ける。 「俺達がどうにかして平沢さんに移っちまった力をハルヒに戻したらまた戻ってくるのか?」  妨害されたりまさか戻しても戻ってこなかったり情報改変したり…そんな心配が俺にあった。情報統合思念体に俺たち人間が敵うはずもないので重要なポイントだ。  そもそも俺は長門とは敵対したくない。長門は俺の顔を電池が切れた携帯電話のディスプレイのような黒い眼でじっと見つめ 「戻る。情報統合思念体も観察対象を涼宮ハルヒに戻す」  この日唯一俺が安心できる言葉を伝えてくれた。さらに長門はぽつりと俺に聞こえない声でこう呟いていた。 「私もそう望んでいる」 続き [[ディストーション・シミュレーション2]]

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