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357 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 15:35:12.85 ID:ZHpFza2u0 秋山澪は高らかに宣言した。 澪「お菓子禁止令を発令する!」 顔は火照ったように赤く、目はきりりと見開かれている。 ぬくい空気が一瞬にして冷えた。 唯「ええ゛ー!」 紬「どうしてそんないきなり」 いつものようにティータイムを満喫していた軽音部のメンバーは驚愕した。 甘いスイーツでお腹が満ちる頃に差し込む夕日が背に当たる。 そんなぬるぽかな雰囲気を一蹴する緊急発令である。 唯「軽音部の数少ない楽しみがー……」 澪「いいか! 軽音部は音楽をやる部活なんだ。   新歓が終わったからって気を抜き過ぎるのはよくない。   梓に先輩としての示しを見せるんじゃなかったのか、唯」 唯「それはまぁ、ぼちぼちやっていこうかなぁと」 紬「そうよ。もうちょっとゆっくりしていっても」 梓「私は澪先輩に賛成です!」 賛成が二人に反対が二人。 いくらお互いの言い分を出してもどちらも譲りそうにない。 意見が出尽くすと自然と最後の一人に視線が集まる。 澪「なら多数決にしよう。ということで律、分かってるな」 唯「りっちゃんはこっちの味方だよね!」 律「えっとー、そうだなぁ」 358 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 15:40:31.23 ID:ZHpFza2u0 目線を遊ばせて少し時間を置く。 両端からの熱気を避けるように、唸ってから口を開いた。 律「最近ダイエット始めたんだよね、そろそろ夏だし。   ってことですまん! 唯紬」 唯「りっちゃんの裏切り者!」 紬「あらひれはらー……」 絶望に叩き落された二人は打ちひしがれている。 唯「そうだ! あずにゃん、はいあーん」 梓「あっ、あーんー」 澪「こら梓、釣られちゃ駄目だ!」 梓「ッハ。そうでしたすいません」 唯「ぐぬぬ」 粘る泣きっ面にこれでもかとダメ押しが加えられた。 澪「大体、日頃からお菓子ばかり食べているんじゃないだろうな。   ちゃんとした食生活をしないと演奏に必要な体力がつかないぞ」 梓「あ、そうだ! 私、憂に言っておきます。   しばらくお菓子禁止してもらえるように。   唯先輩はこれを気にしゃっきりするべきです」 唯「そんな御無体なぁあ……」 がっくりとうなだれる白い影ができた。 359 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 15:45:36.53 ID:ZHpFza2u0 それからしばらく唯にとって地獄の日々が続いた。 サラダ味なら、としばらくは大目に見ていた憂であったのだが。 梓にきつく言われたのかしぶしぶ協力している次第である。 そんなある夏の日。 律「今日のところはこんなもんかな」 澪「うん。最近充実しているな。この調子なら文化祭にはレベルの高い演奏ができそうだ」 梓「そうですね。頑張っていきましょう」 唯「がーnばるーぉー」 体調がよくなり顔色が悪くなるという不思議な反比例に見舞われていた。 お菓子が駄目ならと憂の作った煮豆昆布を学校に持ち込んで乗り切ってはいたのだが。 いい加減に欲求が限界だとグーの音が教えている。 そそくさと音楽準備室を抜け出し教室へ走った。 唯「和ちゃん! 例のお店行こう」 和「えっ、でもお菓子禁止されてるんじゃなかったの?」 唯「今日で禁止令解けたよ! だから一緒に行こうよー」 和「本当かなぁ」 結局、うだうだ言いながら目的の場所へと着く。 とある目立たないビルの階段、暗くて狭くじめじめとした地下へと続いている。 二人は息を呑んで重い扉を押した。 店「いらっしゃいませ! 極楽天国スイーツ地獄でアナタの心を満たします。   フランチャイズ・ラ・パルテ豊郷店へようこそ!」 ここは知る人ぞ知る隠れスイーツ名店である。 その所以は普通の食べ放題とは一線を越えた名物企画にある。 360 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 15:50:09.12 ID:ZHpFza2u0 店「本日は月に一度の特別企画の日で御座います。   よろしければ御参加下さいませ」 唯「なんと奇遇な! 是非参加します!」 和「分かっててこの日を選んだんじゃないの」 案内されるがままに横長いテーブルに腰を降ろす。 そこかしこで激しい火花が飛び交っていた。 店「それでは第二十七回スイーツ大喰らい女王選手権を行います!   本日は当店オリジナルメニュー、イチジクパフェ七人前を御用意させて頂きました。   見事食べきればタダ!残せば七千円を頂戴させていただきます。   最も早く食べ終わった女王にはスイーツランチプレミアム二時間券を御進呈!   おっと本日は前回女王も御参加下さっているようです。   それではよう御座いましょうか、よう御座いましょうか。   三十分早食い大喰らい対決、女王だけにレディーGO!」 唯「ふんま! あっふう! おいすい……」 和「頬張るのもいいけど、はいお水」 唯「あみまとう」 前回女王とは唯のことである。 太らないという体質がその才能を開花させたのだ。 余談だが唯の財布には野口さんすら入っていない。 その緊張感と背徳感が彼女の胃袋を限界まで広げるのだ。 361 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 15:55:10.78 ID:ZHpFza2u0 店「残り時間あと五分、っというところで一番乗りフィニーッシュ!   なんと前回女王のミス平沢が二連続でチャンピオンの座を勝ち取ったー!」 唯「いやー。どうもどうも」 幸せ気分でトロフィーを掲げてカメラにピースサインを送る。 彼女にとってこの時間が最も至福の瞬間なのだ。 勝利の余韻もつかの間に早々と店の奥へと席を変える。 今度は和のためのスイーツタイムなのだが。 和「あれだけ食べたのによくまだ入るね」 唯「しばらく禁止されてたからだよ。封印が解けた反動って感じかな?」 和「食べ終わったらまた封印する必要がありそうだけど」 ぷんすかと反発するがバナナを口に含むと途端に大人しくなる。 唯「くはー。もうお腹一杯、これ以上食べたら逆流するかも」 和「はいはい、言葉使いには気をつけなさい。ちょっとお手洗い行ってくるから」 そう席を立ったのだが数秒もしないうちに踵を返して戻ってくる。 和「唯、大変よ。店長と警察っぽい人達がモメてる」 唯「警察?なんで」 和「そこまでは分からない。とにかくここでじっとしていよう」 唯「むー」 言い争いははっきりと聞き取れるようになり、次第に罵声へ変わる。 ついに啖呵が切られたのか激しい物音と悲鳴が交錯した。 二人のテーブルにショートケーキが不時着して生クリームが散らばる。 362 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 16:00:05.58 ID:ZHpFza2u0 唯「私が止めてくる。甘いものを粗末にするなんて許せない」 和「駄目よ、唯が行ったらかえってややこしくなる。ってちょっと待ちなさい!」 騒ぎを目の前にして颯爽と仁王立ちで構える。 大きく息を吸い込むと思い切り吐き出した。 唯「おかしを大事にしないのはおかしいと思います!」 店「うるせぇ部外者は黙ってろ!」 唯「え……はんぐっぅ」 店長の投げた栗タルトが唯の口にすっぽりと収まり、飲み込まれる。 そんなシュールな光景に誰もが唖然としていたのだが。 唯「ぅ、っぷ。もう限界……戻しそう」 和「ちょっと大丈夫? 聞こえてるの、唯。唯!」 大の字を描くように床に倒れた。  ―――――――――――――  ――――――――――  ――――――― 363 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 16:05:03.91 ID:ZHpFza2u0 数時間後、豊郷病院。 唯は救急車で運ばれた。 倒れた理由は食べ過ぎに他ならない。 唯「みんなごめんね。心配かけちゃって」 澪「全くだぞ! 凄い心配したんだから、特に梓なんて」 梓「唯先輩が、倒れたって、聞いて、凄い、心配で」 律「でもまぁ大したことなくてよかったよ。本当に」 病人を囲んで美しい友情の輪ができる。 ここだ、というタイミングで一人が声を上げた。 紬「ねぇ、お菓子禁止にしてから唯ちゃんずっと顔色悪そうだったでしょ。   やっぱりあの時間は軽音部にとって必要なものだったんだと思う」 澪「そうだな、ムギの言う通りかもしれない。   お菓子禁止令は今をもって取りやめだ」 梓「部室で待ってますから。早く退院して一緒にお茶しましょう」 紬「うふふふふ」 病室から出て行く軽音部のメンバー。 ふと律が気になっていた疑問を口に出した。 律「そういえば唯のやつ、何が原因で倒れたんだっけ?」 紬「貧血だって。糖分が足りてなかったんじゃない」 そんなもんか、と同調する三人。 すれ違うように一人の男が病室へと足を踏み入れた。 364 :お菓子禁止令 ◆daxooZJcq2 :2009/10/09(金) 16:10:10.19 ID:ZHpFza2u0 店「お元気そうで何よりで御座います」 唯「いやいや、全然平気ですって」 店「琴吹家からのお見舞いの品は此方に置かせて頂きます。どうか御自愛下さいませ」 唯「どうもどうもー。おお、美味しそう!」 すぐさま目標のスイートポテトへ手を伸ばすと口元へ運んだ。 甘い匂いが部屋に充満して幸せな気分が広がる。 誰にでもないとびきりの笑顔を見せて言い放った。 唯「うまい!」 おしまい。

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