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228 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:28:31.17 ID:1T7e1JQ0
それじゃあ久しぶりに頑張ります><
唯「思い出し笑いだよ!」
「それでね和ちゃん、こないだこぉーんなに大きなケーキを作る番組があったの。あんなに大きなケーキ食べてみたいなー」
彼女はジェスチャーを交えながら友人にケーキの話をしている。
「唯はいつも作る側じゃなくて食べる側よね」
「えへへへ~~だって和ちゃんの作るお菓子すっごくおいしいんだもん」
そんな彼女を僕はいつもただ横目で見つめるだけだ。天真爛漫、純真無垢という言葉がこんなにも似合う女子は彼女、平沢唯しかいないだろうな。
唯は可愛い。見た目はもちろん、その仕草や言葉遣いに声質まで、こんなに可愛い女子を僕は他に見たことが無い。と言うか他の女子は眼中にない。まあ、ようするに僕は唯が好きなんだ。
229 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:32:55.28 ID:1T7e1JQ0
「ねえねえ! やっぱりケーキはいちごショートだよね?」
「うわっ!?」
僕が心の中で妄想を繰り広げていることを知らず、唯が僕に話しかけてきていた。驚いた僕はついつい大きな声をあげてしまう。
「なっなんだよ平沢! 別にケーキなんて何でもいいじゃんか!」
そしていつもの通り無愛想に返事をしているのだ。
「ええ~ケーキはやっぱりいちごだよ~」
「唯、手近な人にすぐ意見を求めなくていいの」
「だって和ちゃんがいちごとチーズケーキの違いをさー」
自分の不甲斐なさに憤る。どうしていつも会話のチャンスを自分から潰してしまうんだろうか。心の中じゃ、
「唯、俺もいちごショートが好きなんだ。今度さ、駅前のケーキ屋さんに食べに行こう」
と、このような完璧にイカしたナイスガイな返答が出来上がっているというのに。つーか“唯”なんて名前で呼んだためしがありゃしない。
「真鍋の言うとおりだ。つか平沢、俺にケーキの話されてもわからねーし」
ああ、だからそうじゃないだろ。どうして僕はいつもいつも同じことを繰り返してしまうんだ。
230 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:36:07.94 ID:1T7e1JQ0
僕は現在中学三年生で唯とは同じクラス。そして一年の夏からずっと唯に片思い中。この気持ちは僕だけのものだ。クラスの人間にはその事実をひたかくしにしているし、唯だって僕の気持ちに気付いてなんかいない。
今日も唯と会える学校の時間が終わり僕は家に帰る。内向的で友達も少ない僕は部活動にも参加せず帰宅部として今日も帰宅活動を粛々としているのだ。唯も帰宅部だから偶然出会って一緒に下校なんて夢を抱いていたし今もひそかに狙っている。
だけどそんなことはいまだかつて一回もないんだから、夢はやっぱり夢なんだろう。それでも遠回りしたり唯の家の近くをうろついたり、どうにか出会えないか悶々とした気持ちのまま歩いている。
231 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:40:38.21 ID:1T7e1JQ0
家に帰っても勉強なんてする気になれない。僕は勉強の成績もいまひとつパッとせず、何をやっても平均以下で本当に地味で目立たない存在なのだ。クラスでもてはやされている男子が羨ましくもある。
「ま、別にいいけどさ。アイツらは俺みたいな妄想だってしてねーんだろうけど」
独り言を呟いてその妄想とやらを今日も繰り広げる。もちろん妄想の中身は僕と唯の一大恋愛物語オンリーだ。朝、待ち合わせの時間に少し遅れてやってきた僕が目にしたのは可愛らしいワンピースに身を包んだ唯。唯は笑顔で「遅刻だよー」って僕に言ってくる。
「いや、まあ唯の私服姿なんて見たことないんだけどさ」
ふと素に戻り現実の悲惨さを実感する。ダメだダメだ。まだまだデートは始まったばかりじゃないか。それから僕と唯は地元のお店を見て回ってお昼を食べて色々遊んで、夕日の中見つめ合って……。
「ご飯よー」
無情な母の一声により、僕は現実世界に引き戻されてしまった。良い所だったのに僕は夢の中ですら唯と一緒に歩けないのか。
232 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:53:47.46 ID:1T7e1JQ0
ご飯を食べ終わって一人部屋にこもる。このまま再び妄想を暴走させてもいいんだけどこの時間に妄想するといただけない方向に妄想して、きっと僕は唯を汚してしまうしいつもそうしてしまっている。
結局寝る前にそうするんだろうけど、こんな時間から一人淋しく過ごすのは嫌だし僕だってそこまで落ちぶれていない。
「コンビニでジャンプ読むか」
僕は自分に言い聞かせ、気分転換も兼ねて散歩をすることにした。
240 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:22:16.45 ID:1T7e1JQ0
「いやージャンプは相変わらず面白いなー」
店を出て買い食いした中華まんを食べながら僕にジャンプの良さを垂れ流してくる。そんなことはどうだっていいんだとは言えず、僕は黙ってそいつの話を聞いていた。するとジャンプの話題が無くなったのか、そいつは僕の心臓を殴りつけるような話題に話を変えてきた。
「お前ってさー、平沢のことが好きなんだろー」
「はっはあああああああ!?」
思わず絶叫した。どうして知っているんだろう。僕は誰にも話してないぞ。
「やっぱなー。いつも平沢のこと見てるもんなー」
そんな馬鹿なことがあるか。いや、そもそも僕はそんなにいつも唯のことを見ていたのか……見ているか。だけどそれを目ざとく見ていたヤツがいたなんて。
「まー平沢可愛いもんなー。俺はあーゆー天然苦手だけどよー。まー頑張れよー」
「いっいやそれはその」
まいった、とてつもなくまいった。否定しようにもあまりに突然のことで言葉が出てこない。
241 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:24:00.75 ID:1T7e1JQ0
しまった…同じものを投稿しちゃいました…orz
「お、そーだ、平沢の写真いるか? 修学旅行で同じ班だったから写真たくさんあるぜーー! オナニー用にでもしろよ!」
「!?!?!?」
こっこいつは何を言ってるんだ。たっ確かに今までいつも妄想でしか……それが写真になんてバージョンアップしたらって、
「だっだから平沢で、いやそんなこと僕はしていない!」
「ウソだー! 中学男子の九割はしてるぜ絶対! 俺だって昨日手に入れた新しいAVでしたし」
「ダダダマレ黙れ! 僕はお前とは違うんだ!!」
人さまに対して自慰行為をしているなんてよく堂々と言える。僕はとてもじゃないが言えない。そりゃ確かにこいつの言うとおり、僕だって普通の中学男子だからすることはしているし唯でいつも……。
つんつん。
いやいや、確かに唯に申し訳ない気持ちはあるけどさ、別に唯本人に襲い掛かって犯罪しちゃってるわけでもないし……。
つんつんつんつん。
「なっなんだよ、だから僕は」
「やっほー」
僕は背中をつつかれていた。それは当然横にいた悪友の仕業だと思った。でも違った。僕は目の前が真っ白になった。
「こんなところで何してるのー? こんばんはだねー」
そこには、今しがた話題に上っていた平沢唯、本人がいた。
242 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:40:42.45 ID:1T7e1JQ0
「……」
「ほえ? どしたのー?」
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」
絶叫、そして錯乱。ウソだろどうしてここで偶然唯にっちゅーかどうしてこんな最悪タイミングで唯に会っちゃったんだよーーー!!
「びっびっくりしたぁ。どうしたの?」
「あー気にするな平沢。こいつちょっとロンぱってるだけだ」
さっきまで僕をからかっていた友人が唯に何やら言っている。ああ、もう死にたい……だんだん冷静になってきたけど、冷静になるたび死にたくなってくる。そう、落ち着け、大事なことがあるんじゃないか。そうだ待て、もしかして唯に聞かれたのか、あの話を全部聞かれたのか。聞かれていたら僕は変態になっちゃうんじゃないのか!?
「ゆっ唯! お前声かけるんなら遠くからちゃんとだな」
それとなく聞き出したい。でもダメだ、唯を見ると冷静になれない。やっぱり可愛いぞこんちくしょう。
243 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:54:56.07 ID:1T7e1JQ0
「えーちゃんと遠くから声かけたんだよー?」
「じゃあ俺達の話聞いてたのか?」
おお、友人が単刀直入に聞いてくれた。いや逆にダメだ、聞いてたと言われた日には、僕はもう立ち直れない。
「ううん、私も話してたから何も聞いてないよー」
……きいてない?
……聞いてない?
……そうか、唯は聞いてないんだな?
よかった。ああ、本当によかった。その言葉を聞いてようやく落ち着きを取り戻した僕は、改めて唯へと向き直った。はあ、やっぱり唯は可愛いなぁ。僕の妄想私服なんか足元にも及ばない可愛らしい服を纏った唯は、それはもうこの世のどんな女よりも可愛く思えた。
244 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:03:14.37 ID:1T7e1JQ0
「唯友達かー?」
唯に見とれている僕の頭へ聞きなれない声が割り込んできた。おい邪魔をするな、僕は唯を……ん、おい自分、もう一度よく考えてみろ、さっき唯はなんて言っていた?
“私も話してたから”
うん、確かこうだ。じゃあ誰と話していたのだろうか。答えは簡単――今、唯に声をかけた人間だろう。そいつの声は明らかに男だ。そして僕の出来ない呼び方をごく自然に行っていた。
「こんばんは。いつも唯がお世話になってるみたいだね」
「えー私お世話なんかかけてないよぉ」
男だ。しかも誰が見てもイケメンの男だ。僕が百人束になっても勝てないほどのイケメンだ。
245 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:13:28.01 ID:1T7e1JQ0
大学生ぐらいの男はカーキのズボンに革靴を合わせ、お洒落なシャツの上にカーディガンを羽織っていた。首には細身のネックレスも見える。服装イケメンで顔もイケメンで、なんというか唯と釣り合っていた。
脳みそが瞬間冷却されていく。六月の半ばだというのに僕の心は真冬のようだった。そうだよな、どうして唯に彼氏がいないなんて都合の良いこと考えていたんだ僕は。
だって唯だぞ?
こんな可愛い子に彼氏がいないわけないじゃん。
そうさ、どうせ今日だってこれから唯を自分の車に乗せてどこか遠くへ連れてって僕が妄想でしかしてないことをするのさ。ああそうだよ、僕が無い脳みそで描いていた妄想なんかじゃない、本物の唯をこいつは飽きるほど見てるんだ。
唯も唯だよ。こんなイケメン捕まえてさ、うぜえ、むかつく、ロリコン大学生じゃねーかよ、お前は歳相応の女とイチャイチャしてろよ。お前ならどんな女だってすぐ股広げたくなるだろーよ! 夢と希望を抱く中学生男子の数少ない相手を取るんじゃねーよッ!!
247 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:34:42.07 ID:1T7e1JQ0
「ねえどうしたの?」
唯が不思議そうに僕の顔を覗きこむ。こんな至近距離で唯の顔を見たのは初めてだったのに、それがまったく嬉しくなかった。こんな顔や人様に向けないエロい顔も、このイケメンが全部知っていると思うと、僕にとって平沢唯の心配顔はむしろ憎悪の対象にすらなった。
「くそっ」
自分の気持ちを抑えきれない。僕のスイッチが入った。
「不潔だーーーー!! こんな夜に男と二人でーーーー!!」
僕は絶叫すると走り出していた。後ろから何か聞こえたが気にしない。ああカスだ、クズだ、こんな程度のことしかできない自分がゴミのように思える。
248 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:40:13.21 ID:1T7e1JQ0
「はあ……はあ……」
体力なんてまるで自信ないのに全力疾走したからあっという間に息があがった。
「ふざけんなよ……」
そりゃわかるさ、こんなノーブランドのスニーカーとボロボロのハーフパンツと親がホームセンターで買ってきたトレーナーを着た冴えない男が唯に釣り合うわけないじゃんか。さっきの見たろ? どうせ僕の服の値段なんてあのイケメンのネックレスの値段にも及ばないさ。
ムシャクシャする。もう何もかもがどうでもよくなっていた。
「待ってよぉ~」
僕が走り抜けてきた夜道から声が聞こえてくる。考えるまでもない、先ほど僕の中でのイメージが全て夢想だったことを教えてくれた彼女だ。
「はあ……やっと追いついたよ」
「なんだよ、何の用だよ」
「どうして急に走り出したの? びっくりしちゃったじゃん! それに変なこと言うし」
「変なことって何さ!」
「女の子に不潔なんて酷いよ! 私綺麗だもん!! ちゃんとお手洗いの後は手も洗ってるよ!!」
憂に言われたからバッチリだよなんて言いながら、唯は胸を張って僕に答えた。
249 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:51:49.76 ID:1T7e1JQ0
「知るかよそんなの! さっさと彼氏のとこ帰れよ!!」
多分、今までの中で一番唯と話している。そして唯と話すのは今日が最後になるだろう。僕は来た道を引き返そうと足を動かそうとした。けれど、
「彼氏? 誰の?」
唯がこんなことを言うもんだから彼女へ向き直ってしまった。
「いや、平沢の……」
零度から沸点へ、そして一周した僕の感情はまた零度に舞い戻っていた。あまりに素っ頓狂な唯の答えに唖然としていたのだ。
僕が真面目な口調で答えたからか、唯も真面目な顔をして、
「私カレシさんなんていないよ」
こう答えた。
意味がわからない。じゃあさっきのイケメンは誰なんだよ。まさか僕にしか見えなかった呪縛霊だの類じゃないだろうな。
「じゃあ俺がさっき見た男は」
本当に幽霊のたぐいだったら僕はどうすればいいんだろうと思いながら唯に尋ねた。先に断っておくけどそういう心霊現象等は苦手なんだ。
「あの人は従兄のお兄さんだよー。今日ねー久しぶりに会ったからご飯一緒に食べたんだー」
唯の言葉を反芻する。従兄、久しぶり、会う、ご飯、つまり、
「えっと、ああ、うん。あのさ、あの人は親戚?」
「そうだよー」
250 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:01:03.44 ID:1T7e1JQ0
全世界中の皆さん、僕はこの数分で悲劇と喜劇を体験しました。悲喜劇というジャンルに間違いなく入ります。
いやっほおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
唯に驚かれないよう、今度は心の中で絶叫した。今日はなんて幸せな日なんだろうか。だって唯とこんなに喋ることができたし唯に彼氏がいないことも判明したし、ああ、安堵したら良い感じに疲労感が……。
「そっそうなんだ。ごめんごめん、俺勘違いしてたよ」
表面上はいつも通りに、内心は超新星爆発のような燃える勢いで、僕は唯に返事をした。その時、
ガシャン。
不意を付く物音がした。さっきも言ったけど僕はそのような類に弱い。だって街頭も微妙に暗いしそれに、
ギャアギャアギャア。
「わ!?」
カラスか何かがわめいている。驚いた僕は声をあげてしまった。
「怖いの?」
唯が声をかけてきているがちょっとそれどころじゃない。どうして僕はこんなにビビりなんだか……でも仕方ない。それにこうやって周りを見渡せば見渡すほど何かが出そうな気がしてくる。
251 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:09:27.33 ID:1T7e1JQ0
そんな地元の未開発さに呆れ怯えていると、ふっと右手に温もりが生まれたことに気付いた。自分の右手を見てみると、自分以外の手が見える。
「ほらほら! 怖い時はこうやって手を繋げば怖くないよ!」
当然、僕の手を握っているのは唯しかいない。唯は自分の左手を僕の右手に合わせてしっかり握ってくれている。
唯が、僕の手を握っているだと?
神様、僕は今日死ぬんでしょうか。どうやら人生が絶好調になってきたらしい。ああ、臆病な性格で良かったと思える日がくるなんて夢にも見てなかったし、夢に描いていた唯と手をつなぐシチュエーションが現実になるなんて。
夢見心地のまま唯に引っ張られていると、唯が話しかけてきた。
「ねえねえ、さっき私のこと名前で呼んでくれたよね!」
そういえば錯乱していた僕はついつい心の中に留めていた名前で唯を呼んでいた。
「そうだっけか。あはは、ごめん平沢、俺ちょっとおかしかったからさ」
「あれ? また苗字になってる。名前でいいよー?」
「え?」
「だから唯でいいよ!」
神様、僕、今日が人生最後の日でもいいです。
253 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:14:32.10 ID:1T7e1JQ0
女の子から名前で呼んで欲しいってつまり僕にも可能性があるってこと――じゃないか、だってこの子天然だし。きっと名前で呼ばれる方が呼ばれ慣れているからとか苗字だともう一人平澤(こっちの字で平澤君)がいるから混同するとか、そんな理由だろう。
「わかった。じゃあ……唯」
「なーに?」
「その、呼んだだけだけど」
「あははーなんか面白ーい!」
いやもーどんな理由でもいいや。嗚呼、本当に幸せだ。唯の柔らかくて暖かい手をこの右手がずっと感じている。それだけでも一生分の運を使い果たしているのに唯のことをこれからは堂々と唯って呼べるんだ。
僕は勝ち組だーーーー!!
もう一生手を洗わねええええぇぇぇぞおおおおぉぉぉぉぉ!!!!
254 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:18:46.61 ID:1T7e1JQ0
「じゃあまた明日ね~おやすみー」
唯が手をぶんぶん振りながら従兄のお兄さんと帰っていった。
「ラッキーだったなーお前ー」
そのお兄さんと一緒に僕達を待っていたお調子者のこいつが僕を小突く。あはは、有頂天だよ僕は今。
「平沢は可愛いものが好きらしいぜー」
しかもこいつ、従兄のお兄さんに色々唯のことを聞いていたらしい。
「いやさー、俺お前のこと心配してたんだよ。いつか爆発して平沢を無理矢理ヤっちゃうんじゃねーかってさ。ほらテレビでやってんじゃん、お前みたいな根暗が女襲うって」
色々酷い言われようだけど今の僕には何も効かない。デスの魔法だって耐えられる自信がある。
「俺、お前の恋を応援してるからさ!」
そしてこいつは僕の両手をがっしりと掴みぶんぶん上下に振り回してって……おいおい、さっきまで残っていた唯の柔らかい温もりと良い匂いが、ごつごつしたなんか泥臭いこいつの臭いに上書きされちまったじゃねーかよ!
「汚い手で触るなぁーーー!!!!!!!」
「だっはあ!? 何をするだァーーー!!」
僕は初めて、本気で人を殴った。
256 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:26:33.29 ID:1T7e1JQ0
――――。
「ひぃ!! 恐い恐い!!」
「澪さー、これぐらいでビビってちゃどうしようもないだろー?」
りっちゃんが夜道で聞いた変な音について話していると、澪ちゃんがいつものように泣き出しちゃった。
そういえば……。
「どうしたの唯ちゃん?」
私が思い出し笑いをしていることに気付いたムギちゃんが声をかけてきた。
「唯先輩、なんかキモいですよそのヘン顔」
「む、あずにゃんそれスゴイ酷いね……。思い出し笑いしてたんだよ!」
私があずにゃんに抗議していると、
「思い出し笑い? 何をだよ」
りっちゃんが思い出し笑いの部分に突っこんでくれた。私はあの日の思い出話をみんなに聞かせてあげようと思い、
「うん! あのね中学校のときなんだけどー」
あの日の思い出を話し出した。高校は別々になっちゃったけど、元気にしてるかな?
257 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:31:07.46 ID:1T7e1JQ0
「センパイッ!」
通いなれた通学路を歩いていると部活の後輩が声をかけてきた。
「よ、朝から元気いっぱいだな」
「はい! だってもうすぐ試合ですから! 活躍期待していますね!」
そりゃどーもと適当に流しながら俺は歩みを止めず先へ行く。
結局と言うか当たり前だけど唯とは何もないまま中学を卒業、別々の道を歩くことになった。俺は唯がどこの高校に進んだのかすら知らない。けれどもう興味の無い話だ。
そんな俺なんだが、このままじゃダメだと少し気合を入れて高校では部活動に勤しむことにした。これでも部の中核として活躍している。ホント、人は変われば変わるものだ。
「あ、センパイセンパイ! ここの軽音楽部に私の友達がいるんです!」
後輩の指差す先を見るとそこは女子高の桜高だった。女子高なんて俺には一生縁のない場所だなこりゃ。
「今度ライブするらしいんで聴きに行こうと思ってるんですけどセンパイも一緒に行きませんか?」
「んー俺バンドに興味ないしなー」
元気の有り余っている後輩を横目に、人は変われば変わるものなんだなと反芻した俺は自分の学校を目指す。
258 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:32:56.80 ID:1T7e1JQ0
あれだけ好きだった唯が、今は思い出としてわずかに残っているだけだ。俺がこんななのだから、きっと唯なんて俺のことを綺麗サッパリ忘れているだろう。すごい天然だったし。まあ、だけど。
「センパイどうしたんですか?」
俺の顔が相当に変だったんだろう。後輩が尋ねてきた。はは、ああそうさ、それでいいんだ。あの時の経験が今の俺に繋がっているんだからさ。
「セーンパーイ」
答えを返さない俺に、後輩がいつだか見た気がする不思議な顔をしながら俺を覗き込んできた。そんな姿を見るとまた変な顔になってしまいそうだ。俺はそれではいけないと何とか持ち直し、自然と笑顔になって後輩にこう答えた。
「いや、ただの思い出し笑いだ」
終わり。
228 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:28:31.17 ID:1T7e1JQ0
それじゃあ久しぶりに頑張ります><
唯「思い出し笑いだよ!」
「それでね和ちゃん、こないだこぉーんなに大きなケーキを作る番組があったの。あんなに大きなケーキ食べてみたいなー」
彼女はジェスチャーを交えながら友人にケーキの話をしている。
「唯はいつも作る側じゃなくて食べる側よね」
「えへへへ~~だって和ちゃんの作るお菓子すっごくおいしいんだもん」
そんな彼女を僕はいつもただ横目で見つめるだけだ。天真爛漫、純真無垢という言葉がこんなにも似合う女子は彼女、平沢唯しかいないだろうな。
唯は可愛い。見た目はもちろん、その仕草や言葉遣いに声質まで、こんなに可愛い女子を僕は他に見たことが無い。と言うか他の女子は眼中にない。まあ、ようするに僕は唯が好きなんだ。
229 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:32:55.28 ID:1T7e1JQ0
「ねえねえ! やっぱりケーキはいちごショートだよね?」
「うわっ!?」
僕が心の中で妄想を繰り広げていることを知らず、唯が僕に話しかけてきていた。驚いた僕はついつい大きな声をあげてしまう。
「なっなんだよ平沢! 別にケーキなんて何でもいいじゃんか!」
そしていつもの通り無愛想に返事をしているのだ。
「ええ~ケーキはやっぱりいちごだよ~」
「唯、手近な人にすぐ意見を求めなくていいの」
「だって和ちゃんがいちごとチーズケーキの違いをさー」
自分の不甲斐なさに憤る。どうしていつも会話のチャンスを自分から潰してしまうんだろうか。心の中じゃ、
「唯、俺もいちごショートが好きなんだ。今度さ、駅前のケーキ屋さんに食べに行こう」
と、このような完璧にイカしたナイスガイな返答が出来上がっているというのに。つーか“唯”なんて名前で呼んだためしがありゃしない。
「真鍋の言うとおりだ。つか平沢、俺にケーキの話されてもわからねーし」
ああ、だからそうじゃないだろ。どうして僕はいつもいつも同じことを繰り返してしまうんだ。
230 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:36:07.94 ID:1T7e1JQ0
僕は現在中学三年生で唯とは同じクラス。そして一年の夏からずっと唯に片思い中。この気持ちは僕だけのものだ。クラスの人間にはその事実をひたかくしにしているし、唯だって僕の気持ちに気付いてなんかいない。
今日も唯と会える学校の時間が終わり僕は家に帰る。内向的で友達も少ない僕は部活動にも参加せず帰宅部として今日も帰宅活動を粛々としているのだ。唯も帰宅部だから偶然出会って一緒に下校なんて夢を抱いていたし今もひそかに狙っている。
だけどそんなことはいまだかつて一回もないんだから、夢はやっぱり夢なんだろう。それでも遠回りしたり唯の家の近くをうろついたり、どうにか出会えないか悶々とした気持ちのまま歩いている。
231 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:40:38.21 ID:1T7e1JQ0
家に帰っても勉強なんてする気になれない。僕は勉強の成績もいまひとつパッとせず、何をやっても平均以下で本当に地味で目立たない存在なのだ。クラスでもてはやされている男子が羨ましくもある。
「ま、別にいいけどさ。アイツらは俺みたいな妄想だってしてねーんだろうけど」
独り言を呟いてその妄想とやらを今日も繰り広げる。もちろん妄想の中身は僕と唯の一大恋愛物語オンリーだ。朝、待ち合わせの時間に少し遅れてやってきた僕が目にしたのは可愛らしいワンピースに身を包んだ唯。唯は笑顔で「遅刻だよー」って僕に言ってくる。
「いや、まあ唯の私服姿なんて見たことないんだけどさ」
ふと素に戻り現実の悲惨さを実感する。ダメだダメだ。まだまだデートは始まったばかりじゃないか。それから僕と唯は地元のお店を見て回ってお昼を食べて色々遊んで、夕日の中見つめ合って……。
「ご飯よー」
無情な母の一声により、僕は現実世界に引き戻されてしまった。良い所だったのに僕は夢の中ですら唯と一緒に歩けないのか。
232 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 00:53:47.46 ID:1T7e1JQ0
ご飯を食べ終わって一人部屋にこもる。このまま再び妄想を暴走させてもいいんだけどこの時間に妄想するといただけない方向に妄想して、きっと僕は唯を汚してしまうしいつもそうしてしまっている。
結局寝る前にそうするんだろうけど、こんな時間から一人淋しく過ごすのは嫌だし僕だってそこまで落ちぶれていない。
「コンビニでジャンプ読むか」
僕は自分に言い聞かせ、気分転換も兼ねて散歩をすることにした。
238 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 14:54:29.26 ID:1T7e1JQ0
復活しました
ぶっちゃけ、ばったり夜道で唯に会えないかなと思っていた。さっきの流れからすればどう考えたって会ってそのままコースだと思うじゃないか。だけど現実は非常に厳しい。
「おい見ろよー! 今週のジャンプ意味不明に新連載多いよー!」
「店内なんだから静かにしろよ……」
僕はただ今、クラスメイトの男子に捕まっている。夜道を歩いているとこいつが後ろから声をかけてきたのだ。どうしてそんないらない場面と人で偶然を使っちゃったんだと自分の運の無さを呪う。
こいつはひょうきんでいつも騒がしいクラスのおとぼけ者だ。当然僕はちょっと苦手意識を持っている。まあ、友人かそうでないかで言えば友人と呼べるのかもしれないが、僕とまるっきりタイプの違うこいつは僕に対してそれほど何も考えてないだろう。
240 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:22:16.45 ID:1T7e1JQ0
「いやージャンプは相変わらず面白いなー」
店を出て買い食いした中華まんを食べながら僕にジャンプの良さを垂れ流してくる。そんなことはどうだっていいんだとは言えず、僕は黙ってそいつの話を聞いていた。するとジャンプの話題が無くなったのか、そいつは僕の心臓を殴りつけるような話題に話を変えてきた。
「お前ってさー、平沢のことが好きなんだろー」
「はっはあああああああ!?」
思わず絶叫した。どうして知っているんだろう。僕は誰にも話してないぞ。
「やっぱなー。いつも平沢のこと見てるもんなー」
そんな馬鹿なことがあるか。いや、そもそも僕はそんなにいつも唯のことを見ていたのか……見ているか。だけどそれを目ざとく見ていたヤツがいたなんて。
「まー平沢可愛いもんなー。俺はあーゆー天然苦手だけどよー。まー頑張れよー」
「いっいやそれはその」
まいった、とてつもなくまいった。否定しようにもあまりに突然のことで言葉が出てこない。
241 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:24:00.75 ID:1T7e1JQ0
しまった…同じものを投稿しちゃいました…orz
「お、そーだ、平沢の写真いるか? 修学旅行で同じ班だったから写真たくさんあるぜーー! オナニー用にでもしろよ!」
「!?!?!?」
こっこいつは何を言ってるんだ。たっ確かに今までいつも妄想でしか……それが写真になんてバージョンアップしたらって、
「だっだから平沢で、いやそんなこと僕はしていない!」
「ウソだー! 中学男子の九割はしてるぜ絶対! 俺だって昨日手に入れた新しいAVでしたし」
「ダダダマレ黙れ! 僕はお前とは違うんだ!!」
人さまに対して自慰行為をしているなんてよく堂々と言える。僕はとてもじゃないが言えない。そりゃ確かにこいつの言うとおり、僕だって普通の中学男子だからすることはしているし唯でいつも……。
つんつん。
いやいや、確かに唯に申し訳ない気持ちはあるけどさ、別に唯本人に襲い掛かって犯罪しちゃってるわけでもないし……。
つんつんつんつん。
「なっなんだよ、だから僕は」
「やっほー」
僕は背中をつつかれていた。それは当然横にいた悪友の仕業だと思った。でも違った。僕は目の前が真っ白になった。
「こんなところで何してるのー? こんばんはだねー」
そこには、今しがた話題に上っていた平沢唯、本人がいた。
242 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:40:42.45 ID:1T7e1JQ0
「……」
「ほえ? どしたのー?」
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」
絶叫、そして錯乱。ウソだろどうしてここで偶然唯にっちゅーかどうしてこんな最悪タイミングで唯に会っちゃったんだよーーー!!
「びっびっくりしたぁ。どうしたの?」
「あー気にするな平沢。こいつちょっとロンぱってるだけだ」
さっきまで僕をからかっていた友人が唯に何やら言っている。ああ、もう死にたい……だんだん冷静になってきたけど、冷静になるたび死にたくなってくる。そう、落ち着け、大事なことがあるんじゃないか。そうだ待て、もしかして唯に聞かれたのか、あの話を全部聞かれたのか。聞かれていたら僕は変態になっちゃうんじゃないのか!?
「ゆっ唯! お前声かけるんなら遠くからちゃんとだな」
それとなく聞き出したい。でもダメだ、唯を見ると冷静になれない。やっぱり可愛いぞこんちくしょう。
243 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 15:54:56.07 ID:1T7e1JQ0
「えーちゃんと遠くから声かけたんだよー?」
「じゃあ俺達の話聞いてたのか?」
おお、友人が単刀直入に聞いてくれた。いや逆にダメだ、聞いてたと言われた日には、僕はもう立ち直れない。
「ううん、私も話してたから何も聞いてないよー」
……きいてない?
……聞いてない?
……そうか、唯は聞いてないんだな?
よかった。ああ、本当によかった。その言葉を聞いてようやく落ち着きを取り戻した僕は、改めて唯へと向き直った。はあ、やっぱり唯は可愛いなぁ。僕の妄想私服なんか足元にも及ばない可愛らしい服を纏った唯は、それはもうこの世のどんな女よりも可愛く思えた。
244 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:03:14.37 ID:1T7e1JQ0
「唯友達かー?」
唯に見とれている僕の頭へ聞きなれない声が割り込んできた。おい邪魔をするな、僕は唯を……ん、おい自分、もう一度よく考えてみろ、さっき唯はなんて言っていた?
“私も話してたから”
うん、確かこうだ。じゃあ誰と話していたのだろうか。答えは簡単――今、唯に声をかけた人間だろう。そいつの声は明らかに男だ。そして僕の出来ない呼び方をごく自然に行っていた。
「こんばんは。いつも唯がお世話になってるみたいだね」
「えー私お世話なんかかけてないよぉ」
男だ。しかも誰が見てもイケメンの男だ。僕が百人束になっても勝てないほどのイケメンだ。
245 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:13:28.01 ID:1T7e1JQ0
大学生ぐらいの男はカーキのズボンに革靴を合わせ、お洒落なシャツの上にカーディガンを羽織っていた。首には細身のネックレスも見える。服装イケメンで顔もイケメンで、なんというか唯と釣り合っていた。
脳みそが瞬間冷却されていく。六月の半ばだというのに僕の心は真冬のようだった。そうだよな、どうして唯に彼氏がいないなんて都合の良いこと考えていたんだ僕は。
だって唯だぞ?
こんな可愛い子に彼氏がいないわけないじゃん。
そうさ、どうせ今日だってこれから唯を自分の車に乗せてどこか遠くへ連れてって僕が妄想でしかしてないことをするのさ。ああそうだよ、僕が無い脳みそで描いていた妄想なんかじゃない、本物の唯をこいつは飽きるほど見てるんだ。
唯も唯だよ。こんなイケメン捕まえてさ、うぜえ、むかつく、ロリコン大学生じゃねーかよ、お前は歳相応の女とイチャイチャしてろよ。お前ならどんな女だってすぐ股広げたくなるだろーよ! 夢と希望を抱く中学生男子の数少ない相手を取るんじゃねーよッ!!
247 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:34:42.07 ID:1T7e1JQ0
「ねえどうしたの?」
唯が不思議そうに僕の顔を覗きこむ。こんな至近距離で唯の顔を見たのは初めてだったのに、それがまったく嬉しくなかった。こんな顔や人様に向けないエロい顔も、このイケメンが全部知っていると思うと、僕にとって平沢唯の心配顔はむしろ憎悪の対象にすらなった。
「くそっ」
自分の気持ちを抑えきれない。僕のスイッチが入った。
「不潔だーーーー!! こんな夜に男と二人でーーーー!!」
僕は絶叫すると走り出していた。後ろから何か聞こえたが気にしない。ああカスだ、クズだ、こんな程度のことしかできない自分がゴミのように思える。
248 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:40:13.21 ID:1T7e1JQ0
「はあ……はあ……」
体力なんてまるで自信ないのに全力疾走したからあっという間に息があがった。
「ふざけんなよ……」
そりゃわかるさ、こんなノーブランドのスニーカーとボロボロのハーフパンツと親がホームセンターで買ってきたトレーナーを着た冴えない男が唯に釣り合うわけないじゃんか。さっきの見たろ? どうせ僕の服の値段なんてあのイケメンのネックレスの値段にも及ばないさ。
ムシャクシャする。もう何もかもがどうでもよくなっていた。
「待ってよぉ~」
僕が走り抜けてきた夜道から声が聞こえてくる。考えるまでもない、先ほど僕の中でのイメージが全て夢想だったことを教えてくれた彼女だ。
「はあ……やっと追いついたよ」
「なんだよ、何の用だよ」
「どうして急に走り出したの? びっくりしちゃったじゃん! それに変なこと言うし」
「変なことって何さ!」
「女の子に不潔なんて酷いよ! 私綺麗だもん!! ちゃんとお手洗いの後は手も洗ってるよ!!」
憂に言われたからバッチリだよなんて言いながら、唯は胸を張って僕に答えた。
249 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 16:51:49.76 ID:1T7e1JQ0
「知るかよそんなの! さっさと彼氏のとこ帰れよ!!」
多分、今までの中で一番唯と話している。そして唯と話すのは今日が最後になるだろう。僕は来た道を引き返そうと足を動かそうとした。けれど、
「彼氏? 誰の?」
唯がこんなことを言うもんだから彼女へ向き直ってしまった。
「いや、平沢の……」
零度から沸点へ、そして一周した僕の感情はまた零度に舞い戻っていた。あまりに素っ頓狂な唯の答えに唖然としていたのだ。
僕が真面目な口調で答えたからか、唯も真面目な顔をして、
「私カレシさんなんていないよ」
こう答えた。
意味がわからない。じゃあさっきのイケメンは誰なんだよ。まさか僕にしか見えなかった呪縛霊だの類じゃないだろうな。
「じゃあ俺がさっき見た男は」
本当に幽霊のたぐいだったら僕はどうすればいいんだろうと思いながら唯に尋ねた。先に断っておくけどそういう心霊現象等は苦手なんだ。
「あの人は従兄のお兄さんだよー。今日ねー久しぶりに会ったからご飯一緒に食べたんだー」
唯の言葉を反芻する。従兄、久しぶり、会う、ご飯、つまり、
「えっと、ああ、うん。あのさ、あの人は親戚?」
「そうだよー」
250 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:01:03.44 ID:1T7e1JQ0
全世界中の皆さん、僕はこの数分で悲劇と喜劇を体験しました。悲喜劇というジャンルに間違いなく入ります。
いやっほおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
唯に驚かれないよう、今度は心の中で絶叫した。今日はなんて幸せな日なんだろうか。だって唯とこんなに喋ることができたし唯に彼氏がいないことも判明したし、ああ、安堵したら良い感じに疲労感が……。
「そっそうなんだ。ごめんごめん、俺勘違いしてたよ」
表面上はいつも通りに、内心は超新星爆発のような燃える勢いで、僕は唯に返事をした。その時、
ガシャン。
不意を付く物音がした。さっきも言ったけど僕はそのような類に弱い。だって街頭も微妙に暗いしそれに、
ギャアギャアギャア。
「わ!?」
カラスか何かがわめいている。驚いた僕は声をあげてしまった。
「怖いの?」
唯が声をかけてきているがちょっとそれどころじゃない。どうして僕はこんなにビビりなんだか……でも仕方ない。それにこうやって周りを見渡せば見渡すほど何かが出そうな気がしてくる。
251 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:09:27.33 ID:1T7e1JQ0
そんな地元の未開発さに呆れ怯えていると、ふっと右手に温もりが生まれたことに気付いた。自分の右手を見てみると、自分以外の手が見える。
「ほらほら! 怖い時はこうやって手を繋げば怖くないよ!」
当然、僕の手を握っているのは唯しかいない。唯は自分の左手を僕の右手に合わせてしっかり握ってくれている。
唯が、僕の手を握っているだと?
神様、僕は今日死ぬんでしょうか。どうやら人生が絶好調になってきたらしい。ああ、臆病な性格で良かったと思える日がくるなんて夢にも見てなかったし、夢に描いていた唯と手をつなぐシチュエーションが現実になるなんて。
夢見心地のまま唯に引っ張られていると、唯が話しかけてきた。
「ねえねえ、さっき私のこと名前で呼んでくれたよね!」
そういえば錯乱していた僕はついつい心の中に留めていた名前で唯を呼んでいた。
「そうだっけか。あはは、ごめん平沢、俺ちょっとおかしかったからさ」
「あれ? また苗字になってる。名前でいいよー?」
「え?」
「だから唯でいいよ!」
神様、僕、今日が人生最後の日でもいいです。
253 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:14:32.10 ID:1T7e1JQ0
女の子から名前で呼んで欲しいってつまり僕にも可能性があるってこと――じゃないか、だってこの子天然だし。きっと名前で呼ばれる方が呼ばれ慣れているからとか苗字だともう一人平澤(こっちの字で平澤君)がいるから混同するとか、そんな理由だろう。
「わかった。じゃあ……唯」
「なーに?」
「その、呼んだだけだけど」
「あははーなんか面白ーい!」
いやもーどんな理由でもいいや。嗚呼、本当に幸せだ。唯の柔らかくて暖かい手をこの右手がずっと感じている。それだけでも一生分の運を使い果たしているのに唯のことをこれからは堂々と唯って呼べるんだ。
僕は勝ち組だーーーー!!
もう一生手を洗わねええええぇぇぇぞおおおおぉぉぉぉぉ!!!!
254 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:18:46.61 ID:1T7e1JQ0
「じゃあまた明日ね~おやすみー」
唯が手をぶんぶん振りながら従兄のお兄さんと帰っていった。
「ラッキーだったなーお前ー」
そのお兄さんと一緒に僕達を待っていたお調子者のこいつが僕を小突く。あはは、有頂天だよ僕は今。
「平沢は可愛いものが好きらしいぜー」
しかもこいつ、従兄のお兄さんに色々唯のことを聞いていたらしい。
「いやさー、俺お前のこと心配してたんだよ。いつか爆発して平沢を無理矢理ヤっちゃうんじゃねーかってさ。ほらテレビでやってんじゃん、お前みたいな根暗が女襲うって」
色々酷い言われようだけど今の僕には何も効かない。デスの魔法だって耐えられる自信がある。
「俺、お前の恋を応援してるからさ!」
そしてこいつは僕の両手をがっしりと掴みぶんぶん上下に振り回してって……おいおい、さっきまで残っていた唯の柔らかい温もりと良い匂いが、ごつごつしたなんか泥臭いこいつの臭いに上書きされちまったじゃねーかよ!
「汚い手で触るなぁーーー!!!!!!!」
「だっはあ!? 何をするだァーーー!!」
僕は初めて、本気で人を殴った。
256 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:26:33.29 ID:1T7e1JQ0
――――。
「ひぃ!! 恐い恐い!!」
「澪さー、これぐらいでビビってちゃどうしようもないだろー?」
りっちゃんが夜道で聞いた変な音について話していると、澪ちゃんがいつものように泣き出しちゃった。
そういえば……。
「どうしたの唯ちゃん?」
私が思い出し笑いをしていることに気付いたムギちゃんが声をかけてきた。
「唯先輩、なんかキモいですよそのヘン顔」
「む、あずにゃんそれスゴイ酷いね……。思い出し笑いしてたんだよ!」
私があずにゃんに抗議していると、
「思い出し笑い? 何をだよ」
りっちゃんが思い出し笑いの部分に突っこんでくれた。私はあの日の思い出話をみんなに聞かせてあげようと思い、
「うん! あのね中学校のときなんだけどー」
あの日の思い出を話し出した。高校は別々になっちゃったけど、元気にしてるかな?
257 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:31:07.46 ID:1T7e1JQ0
「センパイッ!」
通いなれた通学路を歩いていると部活の後輩が声をかけてきた。
「よ、朝から元気いっぱいだな」
「はい! だってもうすぐ試合ですから! 活躍期待していますね!」
そりゃどーもと適当に流しながら俺は歩みを止めず先へ行く。
結局と言うか当たり前だけど唯とは何もないまま中学を卒業、別々の道を歩くことになった。俺は唯がどこの高校に進んだのかすら知らない。けれどもう興味の無い話だ。
そんな俺なんだが、このままじゃダメだと少し気合を入れて高校では部活動に勤しむことにした。これでも部の中核として活躍している。ホント、人は変われば変わるものだ。
「あ、センパイセンパイ! ここの軽音楽部に私の友達がいるんです!」
後輩の指差す先を見るとそこは女子高の桜高だった。女子高なんて俺には一生縁のない場所だなこりゃ。
「今度ライブするらしいんで聴きに行こうと思ってるんですけどセンパイも一緒に行きませんか?」
「んー俺バンドに興味ないしなー」
元気の有り余っている後輩を横目に、人は変われば変わるものなんだなと反芻した俺は自分の学校を目指す。
258 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/05/15(土) 17:32:56.80 ID:1T7e1JQ0
あれだけ好きだった唯が、今は思い出としてわずかに残っているだけだ。俺がこんななのだから、きっと唯なんて俺のことを綺麗サッパリ忘れているだろう。すごい天然だったし。まあ、だけど。
「センパイどうしたんですか?」
俺の顔が相当に変だったんだろう。後輩が尋ねてきた。はは、ああそうさ、それでいいんだ。あの時の経験が今の俺に繋がっているんだからさ。
「セーンパーイ」
答えを返さない俺に、後輩がいつだか見た気がする不思議な顔をしながら俺を覗き込んできた。そんな姿を見るとまた変な顔になってしまいそうだ。俺はそれではいけないと何とか持ち直し、自然と笑顔になって後輩にこう答えた。
「いや、ただの思い出し笑いだ」
終わり。