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339 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:44:41.00 ID:hwCsWv60 ―――澪先輩は誰よりも格好良くて、素敵だ。 同姓で、恋愛にあまり詳しくないタイプの私でもそれだけはよく分かる。 いつも綺麗に手入れされている黒髪は麗らかな日差しの中でブラックパールみたいに輝くし、 凛としたその声はとても澄んでいて、通学路や廊下で後ろから急に話しかけられると心臓がピクリと跳ねてしまう。 楽器の腕前はバンドの中で頭一つ飛び抜けていながら、その才能に慢心しないところは同じ楽器を扱う人として見習うべきこと。 性格は控えめでも、良くないことはちゃんと咎めるし、暴走しがちな唯先輩や律先輩に対して意見もはっきり言っている。 ムギ先輩も同じようなものだけれど、仲間内の清涼剤というか潤滑油というか、 確固とした立ち位置を占めていて、そんな澪先輩を私はいつも尊敬の眼差しで見ている。 でも、その視線に先輩が気付くことはないんだろうな・・今までも、きっと、これからも。 澪先輩が卒業するまで、私と先輩の距離は縮まらないままなんだ。 「・・澪先輩」 夜、私はベッドの中でいつも澪先輩のことばかり考えている。 あの髪に、あの手に、あの頬に触れ続けることができたならという叶わぬ願望を抱きしめたまま。 ――だから、私は『想像』する。 340 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:46:27.71 ID:hwCsWv60 自分の髪の毛が先輩と同じ黒だからといって、それを指に絡めて、頬を撫でて、口に咥えて。 そして、その髪の毛から先輩の良い匂いが漂って私の鼻腔に届いているという錯覚に自分を陥らせる。 もちろん、澪先輩の匂いはよく覚えているから、『想像』するのは容易なことで。 おチャラけた女子高生が付けるような香水の匂いでもなく、スポーツに没頭する女の子の汗の臭いでもなく、 上手く言葉に表すことはできないけれど、澪先輩からしかしない、私を強く酔わせるような、そんな匂い。 それは一種の麻薬のようなもので、先輩に近づきすぎれば、私はその場で幸せのあまり、倒れちゃう。 太陽に近づいたイカロスはその蝋の翼を溶かされて、海に落ち、死んだ。 天に近づこうとバベルの塔を建てた人間たちは神の怒りをかって、抜け出ることのできない混乱へ。 大袈裟な例えだけれど、私が澪先輩に触れることのできない理由はそれらと似たようなものなんだ。 「はっ、んぁ・・・」 次第に私の『想像』はエスカレートする、先輩の髪の毛に触れるだけで満足できるはずがないから。 私は自分の指を澪先輩の指に見立てて口に入れる、犬が飼い主の指を舐めるかの如く。 澪先輩の指は私の口内を隅々まで陵辱し、受ける私は声を出すことすら叶わない。 唾液で濡れたその指を、次は自分の胸元に差し入れる。 そのときにはもう、泉から流れ出る止め処ない聖水のように、喘ぎ声が口から漏れ、 熟した林檎のように頬は熱く火照り、その身体は愛に飢える魔物のように捩れている。 澪先輩の指はお世辞にも大きいとはいえない私の胸を摘み、淫らに湿った私の白い太股を撫で、そして・・、 341 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:47:42.38 ID:hwCsWv60 いつも、私の『想像』はそこで終わってしまうのだ。 理由は未だに分からないけれど、私の理性が寸前でストップをかけるからかもしれない。 澪先輩がそんなことをするはずがないという陳腐な崇拝心からかもしれない。 何にせよ、私はあと一歩で幸せになれるという直前で『想像』を止めてしまう。 そのときの時刻は夜の一時や二時をまわっており、悶々とした心持ちに苦しみながら眠りにつく。 始めた頃はまちまちだったけれど、ここ最近はずっと繰り返している。 私がしていることの愚かさ、恥ずかしさは自分が誰よりもよく分かっている。 見ることも憚られるような私の痴態を見た澪先輩はどんな顔をするだろう、どんなことを思うのだろう。 きっと・・、 ☆ 家々の屋根、街路樹、道の両端に、約一年ぶりに見る白雪が積もっていた。 道端の雪には小学生が付けたであろう無数の足跡が付いている。 私はその足跡や車が付けた轍に足を合わせ、滑らないように慎重に歩いていく。 夜通し降り続けた雪は止んでいるものの、吹く風は肌寒く、スカートの女子高生には辛い季節だ。 気温は今年初めて5度を下回り、道行く人の吐く息は白い、そんな日のこと。 342 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:49:05.83 ID:hwCsWv60 「おはよう、梓っ」 いつものように余裕を持って登校する私に、澪先輩が後ろから声をかけてきた。 先輩にしては珍しい派手な桃色のマフラーを首に巻いている。 市販のものかもしれないし、自分で編んだのかもしれない、それとも、誰かが作ってくれたのかな。 私は優しく微笑みながらも、人によっては素っ気無いのではないかと思われるくらいの平坦な声で挨拶を返す。 「おはようございます、澪先輩」 それは緊張と羞恥を懸命に隠した末に出る、直ることのない私の悪い癖だ。 走り寄ってくる足音を聞いた時点で後ろから近づいてくる人が澪先輩だと分かっている私は、 呼吸を整え、心臓に手を当て、いつでも振り返って笑顔を向けることができるように準備しているんだ。 「・・今日は冷えるな、風邪とかひかないようにしないと」 「そうですね・・って今日は、律先輩は一緒じゃないんですか?」 登校するとき、いつも澪先輩の隣に居る律先輩の姿が今日は見えなかった。 澪先輩に一番近い、『幼馴染』という特別指定席に腰を下ろしている、律先輩。 軽音部の部長で、とても明るくて快活で、ムードメーカーで、少しお調子者だけれど、すべてを照らす太陽みたいな人。 ・・私とはまるっきり正反対だ。 344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:50:24.62 ID:hwCsWv60 「あぁ、律の奴、今日がすごく寒くなるって分かってたように熱出しちゃってさ、休みなんだ」 「律先輩が風邪ですか・・、珍しいこともあるんですね」 今日は律先輩が居ない。 それを聞いた瞬間、私の心が大きく揺れ動いたのが分かった。 最低でも今日一日は澪先輩を独り占めすることができるからという醜い理由が、その動力源になっていたのは火を見るよりも明らかで。 でも、その疚しい気持ちも、澪先輩の一言で粉々に打ち砕かれてしまった。 「今日は学校が終わったらすぐに律のところに行かないとな・・」 それは至極当然のことだった。 唯一無二の親友が寝込んでいるというのなら、すぐに顔を見に行ってやる、心優しくて友達思いの澪先輩なら、当たり前の行動だ。 むしろ、お見舞いにすら行かない節操のない先輩なんて見たくもないし、私の理想の先輩像が音を立てて崩れるだろう。 「あいつのことだから、熱が少し下がったくらいでゲームやドラムの練習を始めたりするだろうからな、私がちゃんと見張ってやらないと・・」 「そう・・ですよね」 私は一瞬だけ言葉を詰まらせる。 そういえば、今日の澪先輩は登校時にいつも背負っているはずのベースを持っていなかった。 部活には顔を出さず、放課後になった瞬間に律先輩の家に飛んでいくつもりなのだろう。 もちろん、私はギターを背負っている。 だからこそ、今日も澪先輩と一緒に練習ができると心を躍らせていた自分が哀れに思えて仕方がなかった。 345 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:51:22.41 ID:hwCsWv60 「澪先輩・・」 「ん、どうした、梓?」 私が澪先輩の顔を見たのと同時に、澪先輩も私の顔を見返す。 なぜ、私がそんな言葉を言ったのか分からなかった。 「・・律先輩のこと、大事に想ってるんですね」 「んなっ、そんなこと・・、きゃぁっ!!」 急に身をのけぞらせたと思えば、澪先輩は大きな音を立てて尻餅をついてしまった。 どうやら、道の雪で足を滑らせてしまったらしい。 凛々しさに反して、こういうベタなことをしてしまうのも澪先輩の魅力の一つだ。 痛たっ・・と小さく声をあげる先輩に、私はゆっくりと手を差し伸べる。 「大丈夫ですか、先輩・・掴まってくださいっ」 「ありがとう・・少し濡れちゃったな」 まともに雪の上に落としてしまったお尻を擦りながら、澪先輩は泣く泣く立ち上がる。 先輩のスカートは雪の解けた水で塗れてしまっていて、小さな染みを作ってしまっていた。 周りに誰も人が居なかったことにホッとするも、これくらいならすぐに乾くさ、と先輩は自分の間抜けなミスを自嘲するように小さく笑う。 けれど、すぐにその顔が照れているような、何とも複雑な表情に変わっていった。 私はその理由が分からず、首を傾げて先輩に声をかける。 346 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:53:34.78 ID:hwCsWv60 「どうしたんですか、先輩?」 「・・あのさ、いつまで手を繋いでいれば良いんだ?」 「あっ・・す、すみませんっ」 私は慌てて、その手を離す。 澪先輩の手を強く握ったまま、断固として離そうとしなかったことにまったく気付かなかった。 意地汚さというか、自分の無意識の澪先輩への執着を感じて、心の中で苦笑する。 先輩につられるように私も顔を赤くして、何処を向いて良いかも分からないまま、とりあえず、下を向くことにする。 澪先輩が尻餅をついたせいか、足元の水溜りには大きな波紋ができていた。 水溜りに映る空模様は、相変わらずどんよりとした灰色の雲ばかり、今の私の沈んだ心に同調しているかのようで。 「いや、こっちこそごめんな、せっかく、梓が私に気を遣ってくれたのに・・」 「・・私も、何かボーッとしちゃっていて」 何を言って良いかも分からず、私は下を向き続けたまま、先輩の顔も見ずに独り言のように呟いた。 道の水溜りを器用に避けながら、私は先輩の横に並んで、歩を進め続ける。 そうだよ。 今このときだけでも、先輩と二人きりで登校できていることだけでも、すごく幸せなことなんだと思わなきゃ。 そのとき、澪先輩は何かを思い出したかのように、その口を開いた。 347 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:55:29.06 ID:hwCsWv60 「大事と言ったら、まぁ、大事なんだろうな・・」 何のことかと思ったけれど、すぐにそれが律先輩のことを言っているのだと思い出す。 それに気付いた瞬間、私は自分の心臓が錆びた有刺鉄線でぐるぐる巻きにされたかのようにズキズキと痛み始めた。 声なき悲鳴をあげる私の心は逃げ場を求めるように激しい鼓動を呼び起こし、私の神経を突き始める。 私から質問したにもかかわらず、それ以上澪先輩の言葉を聞きたくないかのように、私は塞ぎこんだ。 無情にも澪先輩は話を続ける、私の望まない言葉を紡いでいく。 「・・アイツのことが好きだから、さ」 波打っていた私の気持ちがその言葉を聞いた瞬間、その動きをピタリと止めた・・気がした。 澪先輩はさっき私と手を繋いでいたときよりも顔を赤くして、慌てて口を開く。 「・・か、勘違いするなよ、友達としてってことだからなっ!!?」 「分かってますよ」 いつもなら照れた先輩を見ると、すごくほんわかした気持ちになるのだけれど、今回ばかりはまるで違った。 それに合わせるように、私の口から出た言葉はツンとしたもので。 何だろう、この気持ち。 嫉妬、苛立ち、怒り、悔しさ、様々な言葉が頭の中を駆け巡っていき、ぶつかり合い、砕け、また際限なく浮かんでくる。 自分の気持ちに収拾がつかないまま、いつの間にか、私たちは学校に着いていた。 周りには同じ学校の生徒がちらほらと登校してきている。 靴をコンクリートに軽く叩いて、裏についていた雪を落とした澪先輩は私の方を向いて、小さく言った。 348 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 19:56:32.54 ID:hwCsWv60 「じゃあ、また」 「はい」 昇降口で別れても、私は先輩を見つめ続けた。 長く黒い、その髪の毛を揺らし、歩いていく先輩の後ろ姿を。 ---アイツのことが好きだから、さ 先輩が言った、何気ないあの言葉が私の脳裏に焼きついたまま離れなかった。 その上、時折、リフレインするように眼前に浮かび上がってくるのだ、あのときの先輩の何とも言えない微笑みと共に。 その度に、熱を帯び、ジンジンと痛み私の心は破裂しそうなくらいに膨らみ、 胃はキリキリと誰かに両手で締め上げられているかのように鳴く。 喉はカラカラに干上がり、指先は微かに震え、唇はそれよりも激しく震える。 先輩のあの一言が、私を満身創痍にさせてしまっていた。 349 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:00:07.08 ID:hwCsWv60 今日、澪先輩は部活に来ない。 だから、次に先輩の顔を見ることができるのは早くても明日になる。 先輩は放課後になった途端、学校を飛び出し、律先輩のところに行くだろう。 寝ているかもしれない律先輩のために、呼び鈴も鳴らさずにそーっと家に入って、 忍び足で廊下を歩いて、階段を上って、ノックもせずに律先輩の部屋に入る。 それでも、澪先輩が来たことに気付く律先輩は目を覚まし、待ち侘びていた来訪者に向けて目尻を下げる。 そして、薄暗い部屋の中で二人は何気ない会話を弾ませ、小さく笑うのだろう。 私の居ない所で、私の目の届かない所で、笑い合い、触れ合うのだろう。 そう思っただけで、私の心が目覚まし時計のように再びけたたましく鳴り出した。 ただし、それを止めるボタンは存在しない、自分で止めることができないんだ。 もう目覚めているのに、アラームが鳴り続ける。 ときどき、私の夢に澪先輩が出てくることがある。 現実の澪先輩と一緒で私にも、律先輩にも、誰にでも優しくて。 でも、夢の中でも私と先輩が結ばれることはなかった。 いつも、アラームがその不安定な幻想を引き裂くからだ。 350 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:01:16.65 ID:hwCsWv60 どうして、この心の時計は鳴り続けるの? どうして、この心の時計は止まらないの? どうして、この心の時計のアラームの音量はどんどん大きくなるの? どうして、この心の時計は電池が切れないの? どうして、この心の時計は壊れないの? どうして、私と澪先輩は結ばれないの? もう私は起きているのに、分かっているのに。 先輩が私のことを一人の恋人として見てくれることはないと分かっているのに。 目は覚めているのに。 うるさい。静かにして。先輩。うるさい。だめ。止まってよ。先輩。やめて。先輩。うるさい。 恨めしい。どうして。先輩。だめ。憎い。なぜ。先輩。うるさい。黙って。わからない。 やめて。苦しい。その指で。うるさい。私は。先輩。悲しい。だめ。泣きたい。嫌だ。死にたい。 だめ。悔しい。先輩。私の前だけで。うるさい。笑って。澪先輩。うるさい。嫌だ。先輩。うるさい。 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。 351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:02:51.05 ID:hwCsWv60 「うるさいっ・・」 気付いたときには、とうとう自分の心の言葉が口から漏れていた。 「・・・ちゃん、梓ちゃん、どうしたのっ」 「・・ぁ」 焦点の合った私の瞳が最初に映したのは、心配そうな顔をして私を見つめる憂だった。 ずっと私に声をかけ続けてくれていたのだろう、少しだけ息を荒げているのが分かった。 私は羞恥心半分、自責心半分に自分の机に視線を落とした。 そんな私を気遣うように、憂は私の手を握り、声をかけてくる。 「大丈夫、梓ちゃん、何か顔色が良くないみたいだけど・・?」 「ごめん、ちょっと考えごとしてて・・」 周囲を見渡すと、教室に残っている生徒の数は片手で数える程度になっていた。 いつの間にか帰りのホームルームが終わっていたらしい。 ああ、私は一日中、澪先輩のことを考えていたんだ。 352 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:03:45.69 ID:hwCsWv60 「何か悩み事があるなら、私に言って・・溜め込むのは良くないからねっ」 「うん、ありがとう・・でも、何でもないよ」 憂はお世話上手で聞き上手だけれど、私のこの深い、ドロドロした醜い想いを打ち明ける訳にはいかない。 憂を困らせるだけだろうし、きっと解決しないだろうから。 「梓ちゃん、目の下に隈ができてるよ。最近、眠れてないんじゃ・・」 「・・え?」 憂が差し出した鏡を見ると、そこには想像以上にやつれた私の顔があった。 目の下には、言われたとおりのうっすらとした隈ができている、憂に言われるまで気付かなかった。 隈くらいなら、小学生の頃から夜遅くまでギターの練習をしていたのでしょっちゅうできていたけれど、今回はそれだけじゃないみたい。 死んだ魚のような、とまでは言わないけれど、目に見えて私の瞳から生気が薄れていた、自分でも信じられないくらいに。 自分では気付かないほど、憔悴し切っていたのかな。 それもこれも、澪先輩のことを想い過ぎているからだ。 おまけに、最近の私の夜の『想像』も凄まじい回数、時間になっていた。 それでいていつも満足することはできず、中途半端なまま、眠りにつく。 肉体的にも精神的にも疲れきり、欲求に支配されつつある私に、次第に暗い影が落ち込んでいったのだろう。 日本語にはそういう状態にぴったりの言葉がある。 353 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:04:35.03 ID:hwCsWv60 「・・欲求不満」 欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態にあること。 澪先輩を求める私の欲求は自身の理性によって阻止され、解消されない状態にある。 「え、何か言った・・?」 「ううん、何でもない・・」 欲求不満、何ていやらしい言葉なんだろう。 でも、今の私の気持ちを的確に表している言葉。 その証拠に、今日の授業はまるで耳に入ってこなかったし、お昼のお弁当も全然味がしなかった。 憂が声をかけてきても、唯先輩が後ろから急に抱きついてきても、ムギ先輩が美味しい紅茶を淹れてくれても、 何一つ、私の心を強く動かすような理由には至らず、私は小さな乾いた笑みをこぼすだけに留まっていた。 魂の抜けた私は誰の干渉を受けても響くことのない、哀れな抜け殻。 白紙と化した今の私の心に鮮やかな色を付けてくれるのは、澪先輩だけだろう。 でも、先輩が色を付けてくれないのなら、いっそのこと私の心を完膚なきまでに引き裂いてほしかった。 ふしだらな他の誰かの色に染められる前に、何も感じなくなってしまえば良い。 私は常日頃そう思っている。 354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:06:35.69 ID:hwCsWv60 ☆ 三人だけのお茶会の後、私は唯先輩とムギ先輩の目を盗み、一人で帰路についた。 いつもより、背負っていたギターが重く感じる・・きっと、それは気のせいではないんだろうな。 「私が風邪をひいたら・・澪先輩はお見舞いに来てくれるのかな」 道端に融け残った雪を靴先で蹴り上げ、ポツリと呟いた。 私は律先輩とは違う、性格も容姿も立場も気持ちも。 そもそもスタートラインがまったく違うのだ。 律先輩がラインに足をつけているのなら、私はその遥か後方で指を咥えて、その姿を睨んでいるだろう。 不意に冬の風が私の服も、ギターも、すべてを飛ばさんとする勢いで吹き荒んだ。 しかし、意地悪な冬の風は、私の想いだけは吹き飛ばしてはくれないのだろう。 こんなにも苦しい思いをするなら、いっそこんな気持ちなんて消えてなくなってしまえば良い。 すぐに消えてしまう朝靄のように、何事もなかったかのようになくなってしまえば良い。 真っ白の状態で、ゼロの状態で、明日、澪先輩の前に立ちたい、笑っていたい。 355 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/05/29(土) 20:07:59.78 ID:hwCsWv60 「ただいま・・」 音を立てて耳にぶつかる風は、家に着くまで私の身体に纏わりついていた。 耳は赤くなり、冷たくなっていたけれど、それとは比較にならないほど私の心は冷え切っている。 それ以上下がることのない温度、つまり、絶対零度はマイナス273度だと聞いたことがあるけれど、人の心の温度は限界なく下がっていくんだと思う。 私は今日の出来事で、それを確信した。 出迎えてくれたお母さんに夕ご飯を食べたくないということだけを告げ、 心配そうに声をかけるお母さんを半分押しのけるような形で部屋に入った。 入るや否や、今日の復習も明日の予習も毎日欠かさずにやっていたギターの練習も済んでいないのに、 日も沈んでいないのに、制服のままの私は泥沼に沈み込むようにベッドに潜り込んだ。 底のない泥沼に足が、腰が、腕が、首がゆっくりとわざと長く苦しめるように沈んでいく。 『醜愛』という名の酷い臭いをした汚泥が私の口から入り込み、肺を満たしていく。 黒い感情が私を犯していく。 息ができない。 苦しい。 助けて。 「澪先輩・・」

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