652:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:22:34.32 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
店内は、程よい喧噪に包まれていた。
会社帰りのサラリーマン、大学のサークルに所属する生徒
などといった様々な人々が紡ぎだす、居心地の良い雰囲気。
その中に、一人の女性教師がいた。
655:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:26:35.39 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
年のころは、20代中盤。
容姿端麗であり、道行く人が彼女を見たら10人中10人は振り返るのでは
ないかと推測できるほどだ。
もっとも、彼女自身はそうした好奇に満ちた視線は意に介すことはなかった。
彼女――山中さわ子はあることに悩んでいたから。
他のことに気をとられている場合では、無いのだった。
657:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:28:41.16 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
はあっと、何度目とも分からない溜息をつく。
物憂げな視線を虚空に向ける。
(……おっそいわねえ)
そこには、待ち人が来ないことにたいする苛立ちも多少は
含まれていたのかもしれない。
661:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:33:24.79 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
そこで、店内のベルが鳴った。
「悪い、山中! すっかり遅れてしまった!」
その口調から察するに、おそらく彼も同じ教師であろう。
年の頃は、40代。
どこにでもいそうな、中年教師だ。
「……遅いですよ、ホント」
「改めて、済まなかった。
ちょっと急な仕事が入ってしまってな」
彼は、さわ子の隣に腰かけると、ワインを注文する。
「……そして、山中。相談とはなんだ?」
663:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:38:03.84 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
彼女は、その言葉に可笑しくなる。
学生時代のことを思い出してしまったからだ。
思えば、あの時から、さわ子はこの教師を頼りにしていた。
「――うちの部の、田井中と秋山のことはご存じですよね?」
「ああ、あの二人か。そりゃまあ、一度担任を受け持ったこともあるからな。
……二人が、何かいさかいでも?」
相変わらず鋭いな、とさわ子は感心する。
しきりに相談しに行っていたあの頃から10年程経過しているのに
なにも変わっていない。
「ええ……いさかいといえばいさかい、になるのでしょうね」
665:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:43:54.20 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
さわ子は、その時の現場を見ていない。
そのため、詳細は知らず、概要だけ理解できた。
それは、文化祭の少し前に起きた。
その日に、さわ子がいつも通りに軽音部の部室に行ってみると
どこか様子がおかしかった。
その理由に、すぐに気づく。
「ねえ、律っちゃんは?」
さわ子は、暗い顔をしている部員にその質問を投げかけた。
最初は、誰一人として答えようとしなかった。
666:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:48:15.91 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
そんな状況を見かねたのだろう。
「律っちゃんは、調子が悪いと言って、家に」
キーボード担当の琴吹紬が、答えてくれた。
しかし、そんな彼女の口調に普段のおっとりした感じはない。
「そう……大丈夫、かしら」
紬にそう言い、部員を見まわす。
ギター担当の平沢唯は、普段の明るい様子はどこへやら
神妙な顔をしている。
同じくギター担当の中野梓は、何故か猫耳をつけながら
悲しそうな顔だ。
しかし、誰よりもひどかったのは――
667:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:49:44.75 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「澪ちゃん」
さわ子がそう声をかけると、ベース担当の秋山澪はびくりと肩を震わせた。
「……辛そうね。何が、あったの?」
670:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:51:38.50 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「――ほう、それで?」
さわ子は、男性教師に先を促され、説明を続ける。
「秋山は、私が声をかけると、怒ったような顔をしました。
この瞬間に、私は確信しました。
……発端は、この子だな、と」
671:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:54:49.41 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「しかし、それが分かっても、私にはどうすればよいか分かりませんでした」
さわ子の声に、少し悲しみが混じったかのように感じられる。
「彼女に問いただすべきなのか、彼女を何も言わずに優しく慰めて
あげるべきなのか――答えを出せなかったのです」
私は、彼女たちの指導者なのに、と悔恨の混じった声が続く。
673:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 02:57:06.33 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
結局その日、さわ子は澪に対して何もできないまま、だった。
どうすればよいか分からず戸惑っているさわ子に
「今日は帰らせていただきます」
と言い、澪は部室を出ていった。
675:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:00:48.35 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「私は彼女を追いかけることはできませんでした。
その場で答えを出せなかった私に、追う資格なんて無いと思ったから」
彼女の言葉には、悲壮感が漂い始めていた。
これが一般生徒だったならまだしも、自分の受け持つ部の生徒
だったからこそ彼女のダメージは大きかったのだろう。
そんな傷心の彼女に、男性教師は声をかけた。
676:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:02:48.93 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「――何もしなくて、良かったんじゃないか」
「えっ?」
彼女が驚いたような顔でこちらを向く。
「な、なんでですか? 教師だったらここで、なんらかの行動を
即座に取るべきなのでは……」
「お前は、気を張りすぎてる」
男性教師は、ずばりと言い放つ。
677:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:05:56.94 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「秋山や田井中だって、もう高校2年。
あの二人の仲の良さは、去年見てきてる。
多少の仲違いだってあるだろうし、それに対して自分たちなりに
解決方法を模索できるだろうさ」
教師はそこで言葉を一旦止める。
678:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:07:55.22 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
そして、言った。
「お前に出来るのは、彼女たちを見守ることなんじゃないのか?」
「みま、もる」
その言葉を反芻するさわ子。
「そうだ。お前は部室にいて、彼女たちの輪の中にいてあげるだけで良い。
そうすれば、後は自分たちで解決できるはずだ」
679:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:10:09.18 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
男性教師は思い返す。
――思えば昔から、気負いすぎる性格だったな、こいつは。
「先生、部員がまとまりません、私の責任でしょうか?」
「先生、部の運営費がまずいです。どうすればよいでしょうか?」
10年前からあまり変わってない彼女を見つめ
男性教師はすこし微笑む。
684:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:14:28.33 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
「……ありがとう、ございました」
さわ子の顔がさきほどとはうってかわって、希望に満ちたものとなっている。
「私、明日部室に行ってみます。
そして、みんなの意見を色々と聞いてみようと思います」
「ああ、それでいいだろう。
あまり事情に深入りするんじゃないぞ」
「はい、そうします」
さわ子は席を立ち
「どうもありがとうございます――先輩。
昔から、お世話になってしまってますね」
一礼し、彼女は店を出て行った。
(……先輩、ねえ)
その言葉を聞いて、男性教師は自分の顔が笑っているのを自覚する。
長い付き合いだ、これからも頼られることがあったら
こたえてやるとしよう。
(そう、部活の先輩のように、な)
686:先輩・後輩(教師Ver.) :sage:07/19(日) 03:18:25.22 ID:Hr5soUJf0 (33) ID AA
ほど良い気分になり、席を立つ。
そこで、彼女がいた席の伝票に気づいた。
(……)
嫌な予感が、する。
おそるおそる金額を見ると――
(……あいつ!)
「すみません、後払いでおちませんか♪」
「おちません♪」
その後、さわ子はそのいさかいを解決し、結束は強まったそうな。
END
最終更新:2009年08月25日 21:31