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512:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:06:09.53 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

 クソ暑い日差しが照りつけ、身体が汗でべたつく。
 機材をバックポケットに突っ込みまくったやたらと重いベースケースを背負い、ゆっくりと坂を上る。
 俺の名前は別府京介。バンドをやってる、まあそこらへんにいるであろう高校二年生だ。
 親の転勤で隣の県の高校に転校してきてから三ヵ月。もうそろそろこっちの生活にも慣れてきた。
 学校の校門の前に着くと、キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。
 携帯を開いて時間を確認する。ちょうど昼休憩が終わったところだ。
 今日も遅刻か。まあ仕方がない。昨日はライブの打ち上げで朝まで飲んでた。
 校門をくぐると見覚えのある顔があった。
 向こうもこちらに気がついた様でずんずんと早足で歩いてくる。
「おい、別府。これで遅刻何回目だ」
「ごめん」
「ごめんじゃない! お前のせいで私たちまで小言聞かされるんだぞ!」
 がー、と凄い剣幕で怒ってるこの女子は秋山澪。同じ軽音部の生徒で、黒髪ロングでやたらと美人でスタイルがよく、校内にファンクラブみたいなもんまで出来てる。正直びびる。
「申し訳ない」
「……ったく、また打ち上げか?」
「おう、朝まで飲んでた」
「……はあ」
 そうやって秋山は深くため息をついた。
「ばれて軽音部クビになっても私たち一切フォローしないからな」
「とか言って秋山は優しいからフォローしてくれるんだろ? このツンデレが!」
「殴るぞ」
「すみません」
「ほらとっとと授業行くぞ」
「次なんだっけ」
「数学」
「帰るわ」
 無言で頭をぶん殴られて、教室まで引きずられた

516:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:07:54.80 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

「やっと終わった……死ぬ……」
 6時間目と終わりのホームルームが終わり、アルコールの抜けていない頭と体を机の上に預ける。
 やっぱりライブの後の学校はしんどい。昨日暴れすぎたせいで体のあちこちが軋む。
「部活行くぞ、別府」
 秋山が近くまで来て、腰に手を当てながらそう言った。
「しんどい」
 頭をはたかれる。最初こいつやたらと照れ屋で男の俺と接するとやたら緊張してたくせに、最近は慣れてきたのかひどい扱いを受けている。
「いくぞ」
「はい」
 ロッカーに立てかけておいたベースを取り、重い足取りで音楽室まで向かう。

523:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:13:24.07 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

 あんまり俺は部活というものが昔から好きではない。そんな俺が何故軽音部に入ったかというと、この秋山澪に惹かれたからだ。
 いや、惹かれたといっても恋をしたとかそういうんじゃない。確かにこいつは超綺麗で超スタイルいい。おっぱいもでかい。
 が、俺が惹かれたというのはこいつのベースだ。
 四月に俺がこっちに転校してきた頃、なんか新入生歓迎祭みたいんなんでこいつら軽音楽部がステージに立ってライブをした。
 中学の頃からバンドをして地元とか県外とか色んな上手いバンドと対バンしていたので「高校の軽音なんてコピーでしょぼいだろー」とか思ってた。
 が、実際見てみるとビックリした。
 なんかちゃんとオリジナルだしまとまってるし、なによりこの秋山澪っつうやつがめちゃくちゃ上手かった。リズムキープやばいはスラップきれいだわとこいつの演奏を見て正直鳥肌がたった。
 それで、「よし、入ろう」と思って現在にいたるのである。
「今日何すんの?」
「うーん、いつも通りかな」
「茶飲んでお菓子食べて喋るだけ?」
「違うわ! いや、違わないかハハハ……」
「まあ適当に個人練やってるわ。あとベース教えてくれよ」
「ん。いいよ」
 音楽室までの階段を上りきり、音楽室のドアを開け中に入る。
 ……誰も居ない。

526:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:15:53.83 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

「……忘れてた。今日は皆都合悪くて来れないんだった」
「どうすんの?部活すんの?」
 二人きりか……ちょっと気まずいか。
「……やる」
「そ、そうか」
 とりあえず二人とも椅子に座る。
「……」
「……」
 沈黙。気まずい。
「コ、コーヒー入れようか?」
「あ、ああ頼むわ」
 耐えかねた秋山がティーセットを取り出し準備をする。あのお嬢様の用意してた
紅茶やらが切れたんだろう、非常時用のインスタントだ。
「……あのさ、なんで別府は軽音に入ろうと思ったんだ?」
「へ?」
528:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:16:44.05 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA
 ポットに水を入れながら秋山が言う。
「だって別府は地元でバンドもしてるんだろ? 忙しいし正直退屈なんじゃないか?」
「いや、まあなんというか……」
 お前に惹かれたから入ったんだよ、とは恥かしくて口が裂けても言えない。
「なんだよ?」
「いやあ、あのですねえ……あ、湯沸いたみたいだよ」
「うわ、本当だ。流石むぎが持ってきたポット。瞬時に沸くな」
 おおー、なんか上手いことごまかせたみたいだ。
 秋山が二つ分コーヒーを淹れて、俺と秋山の前に置いた。
「で、どうなんだ」
 ……ちっ。思わず心の中で舌打ちをする。
 もういいや、そんなに恥かしがらせたいんだったら言ってやるわ!
「……お、お前に惹かれたからだよ」
「……え、ええ? う、うわわわわ、そ、それってえっとこ、こくは」
「ち、ちげえよ! お前のベースに惹かれたって意味だよ!」
「あ、ああ、な、なるほど。あ、ありがとう」
 秋山が顔を真っ赤にして俯く。恥かしい。ちびちびと二人ともコーヒーを飲む。
「れ、練習するか」
「う、うん」
 ぐっ、とコーヒーを飲み干して秋山と俺は担いで来たベースケースからベースを取り出した。


531:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:18:01.83 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

 恥かしさを誤魔化すようにひたすら秋山も俺もメトロノームに合わせながら3時間ほど基礎練習した。
 うーん、やっぱ秋山は上手い。スラップとかは俺の方が上手いけど、やっぱ基礎的な部分は
向こうの方が断然上手い。
 オレンジジュースにミルクを混ぜたみたいな色の夕日に包まれながら、俺と秋山は練習後の
お茶をしていた。
「……あ、あのさ」
 秋山がなんか俯きながら呟いた。
「ん? どした?」
 秋山がゆっくり顔を上げる。
 顔がまた真っ赤になって、なんかもじもじしてる。
「な、なんだよ」
 どきり、と胸が高鳴った。
 それにしてもこいつは綺麗だな。
 真っ黒で長い髪はなんか大人っぽいし、顔のラインとか鼻筋とかシャープで綺麗だし、
ちょっと釣り目気味の目とかなんかグッとくる。
 それでいてやたら恥かしがり屋なんだけどしっかりしてるし、頭いいし。
 ……こいつ自体には惹かれてないとか言ったけどまあ嘘だ。
 最初は確かに綺麗だなぐらいしか思えてなかったけど、段々とそうじゃなくなって……。
 まあ、惚れてるんだよなこいつに。俺は。
「わ、私も惹かれたよ……べ、別府に」
「へ?え? あ、ああベースか。ありがとう」
 俺の顔がどんどんまた赤くなる。
 恥かしくなって、目をそらした
「……か、帰ろっか」
「お、おう」
 ティーセットを二人でやたらとぎこちなくカチャカチャ言わせながら片付けて、帰った。


533:夕暮れ ◆NTZXPfPasA :07/19(日) 00:19:40.03 ID:oRLVYXGJ0 (8) ID AA

 夕暮れの中、二人で歩く。
 夕日で秋山の黒髪が綺麗に煌く。
 しばらくすると、バス停に着いた。
「何時よ」
「え?」
「もう遅いし、付き合うぜ。」
「あ、ありがとう……もう直ぐ」
「そっか」
「うん」
 ベンチに座る。微妙な距離を開けて。
 さっきあんな会話したせいか、恥かしくて何も喋られない。
 そうこうしている内にバスが近くの信号機あたりまで来ていた。
「来たみたいだな、そんじゃまた明日」
「……別府」
 立ち上がって帰ろうとすると、秋山に飛びとめられた。
「なんだよ?」
「さっきの……ベ、ベースだけじゃ、ないかも」
「あ、え、へあ?」
「じゃ、じゃあな! 明日は遅刻するなよ!」
 そう言って秋山はバス停に着いたバスに乗って向こうまで行ってしまった。
 取り残された俺はポカーンとまるで金魚みたいに口を開けて、担いでたベースを
ゴトンと地面に落としてしまった。


 終わり。