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705:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 19:29:25.68 ID:9zpUZur/0
「頼む! 協力してくれ」
 いきなりそんなことを言われて、俺は大いに戸惑った。
 ここはごく普通の中学校の教室だ。
 そこで読書をしていた俺は、いきなりクラスメートに声をかけられた。
「なんだよ?」
 とりあえず、視線を友人に向け、答える。
「協力だよ、協力! 俺は恋に落ちてしまったんだ!」
「はあ?」
 さすがに呆れかえる。いくらなんでも唐突すぎやしないか。
 そこで俺は、こいつはそういう奴だったなと思いなおし、落ち着いて問いかける。
「どういうことか、とりあえずちゃんと教えてくれよ。
 そうしないと、何が何だか……」
「だからな」
 そこで友人は少し間をおくと、俺にこういった。
「お前の姉ちゃんが好きになっちまったんだ!」
709 :姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 19:33:42.24 ID:9zpUZur/0
「え、ええええ!?」
 さすがに驚いた。まさか自分に身近な人の名前が出るとは考えられなかった
 からだ。
「ま、待てっておい! な、なんでお前がうちの姉ちゃんを?」
 とりあえず、状況を把握しよう。落ち着くんだ、俺。
「きっかけは、今日くらい寒い冬のある日だったーー」
 洒落た口調で、そいつは説明を始めた。
712:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 19:36:44.59 ID:9zpUZur/0
※回想
「ううー寒いなあ。全く温暖化だってのに、どうして……」
  ぶつぶつ言いながら、俺は町中を歩いていた。
  その日は相当に寒く、道行く人の大半が寒そうなそぶりを見せている。
 「しっかし、姉貴もひでえなあ」
  そう。こんな寒い日に俺は外に出たくない。誰だってそうだろう。
  しかし、俺は外を歩いている。なぜか?
  鬼畜な姉貴が俺に命じたからだ。
714:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 19:44:35.60 ID:9zpUZur/0
「ねえ、ちょっと」
 俺が自室で漫画を読んでいると、姉貴はノックもなしに俺の部屋に入ってきた。
「なんだよ、いつもノックしろってーー」
「ちょっと買い物に言ってきてくれない?」
 俺の抗議を無視し、用件を切り出す姉貴。
「えー、今いいところなんだけど」
「別に帰ってからでも読めるでしょ? 前にあんたの試験勉強の面倒
 見てあげた恩を忘れたの?」
「うっ……」
 それを言われると弱い。
718:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 19:55:14.74 ID:9zpUZur/0
「私の試験勉強だってあったのに、あんたがあんなにも必死そうなーー」
「わ、わかった! 行ってくるって!」
 俺は慌てて立ち上がると、姉貴は満足そうに頷いた。
「うんうん、それでいい。はい、ここに書いてあるものね」

 というわけで、俺は外に放り出されている。
「はあー、暖房がきいている部屋でゆっくりと漫画を読んでいたかった」
 ひとりごち、スーパーの袋を持ちながらとぼとぼと歩く。
 そこで、前方から向かってくる人物に気がついた。

「おーす」
「あっ、どうも」
 その人は、俺の友達の――そうだよ、お前のことだ――の姉だった。
 そういう関係だったため、それなりには顔を合わせる機会があった。
「おっ何持ってんの?」
 気さくに話しかけてくる、友達の姉。
 俺は、まるで同級生の女子と話しているみたいだ、と錯覚する。
「スーパーの袋ですよ。買い物に出されてて」
「へえ、そうなのか」
 少し考え込むそぶりを見せた。
723 :姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:02:43.22 ID:9zpUZur/0
「よし、私が持ってやろう」
 そして、おもむろにそんなことを言い出した。
「え、ええっ? そんな、悪いっすよ」
「いいっていいって。いつもうちの弟が世話になってるんだし」
 ほらほら、と袋を渡すように促してくる。
 俺は、ここまで言ってくれるんだから、と厚意に甘えることにする。
「よし。さて、行こうか」
 袋を受け取り、歩き始める。

 俺はそこで―ー
(あれっ?) 
 なぜか胸が高鳴っていることに気づき、驚く。
「ほらーどうした? 早く行こうぜ!」
 明るい口調で俺を引っ張ろうとする、その人に。
 俺はこのとき――
※回想終了
726:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:08:18.47 ID:9zpUZur/0
「って、そんなことで!?」
 いくらなんでも、唐突過ぎる!
 そいつは俺のそんな疑問に対して
「で、でもな。その時の俺は、確信しちまったんだよ!」
 恋に落ちたんだってことを――と恥ずかしそうに続けた。

「うーん……」
 俺は複雑な心境だった。
 まさか、うちの姉ちゃんがそんなことで惚れられようとは。
「た、頼むよ! もうどうしようもないくらい、好きになっちまったんだ!」
 そいつは興奮して、俺の肩を掴んできた。
729:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:15:21.10 ID:9zpUZur/0
「痛いっての。
 とりあえず、具体的にどうしてほしいんだ」
 そいつの手をどけながら、俺は問いかける。
 ただ、協力協力と言われたところで、出来ることなんてない。
「そうだな……まず、きっかけを作りたい」
 少し落ち着いたのか、先ほどに比べたら冷静な声でそう提案した。
「どうやって?」
「とりあえず、お前の方からそれとなく聞き出してくれないか?」
 ――マジかよ。
 まさかこともあろうに、俺が姉ちゃんにそんなことを?
「頼むよ! もうどうしていいのか、わからなくて……!」
 手を合わせて、そいつは俺に拝み倒してきた。
738:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:26:13.26 ID:9zpUZur/0
 俺はそんな姿を見ながら、考える。
(……普段からこいつには世話になってきたな)
 たとえば新作ゲームを買ったとき。
 自分だけじゃつまらないから、と言って俺達にもそれをプレイさせてくれた。
 たとえば、試験勉強のとき。
 出来ることなら、と言って俺達の面倒を見てくれた。

(……決めた)
「なあ、本気だよな?」
 俺はそいつを見つめて、問うた。
「えっ?」
「お前のその思いだよ。いいのか、本気だと思って」
「――勿論だ。この思いに嘘なんて、ない」
 ドンと胸を叩き、真っ向から見つめ返してくるそいつを見て――
(……恩返しだな)
「わかったよ。協力しよう」
「――ありがとう。本当に」
 俺たちは握手を交わした。
742:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:28:35.56 ID:9zpUZur/0
 そして、この日から俺達の苦悩が始まることになる。
 おっと、そうだ。自己紹介を。

 俺の名前は、田井中聡。
 こいつ――鈴木の友人であり、儚い恋の応援人だ。
753:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:45:18.24 ID:9zpUZur/0
 その日、俺達は2人で家に帰っていた。
 これからの対策をより具体的に練るためだ。
「とりあえず、俺は今日姉ちゃんにそれとなく聞いてみようと思う」
「おう、助かる」
「とりあえず、お前はどうする?」
 うーん、と鈴木は思案する。
「ラブレター、とか考えてるんだけど」
「ラブレター?」
 今のご時世に、そんな単語を聞くことになるとは。
757:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:51:21.09 ID:9zpUZur/0
「だ、だってよ。たぶん、俺もうお前の姉ちゃんとちゃんと向き合って
 話せないと思うし」
 ……驚いたな、ほんとに。
 こいつの、あらゆることに積極的な面しか見ていなかったせいか
 こうした態度を見ると驚いてしまう。
「そうだな。最初はそこからかもしれない」
 だけど、と俺は続ける。
「いずれはちゃんと向き合って告白することになるんだぞ。
 そのときのための度胸は身につけておけよ」
「ああ、わかってるさ」
 よし。
762:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 20:59:33.15 ID:9zpUZur/0
「ただいま~」
 鈴木と別れ、俺は家に着いた。
 郵便受けを確認して新聞を取り出し、昔ながらのガラガラドアを開ける。
 そして、自室に向かって歩き出した。

(しかし、うまくいくもんかな?)
 階段を上がりながら、俺は思案する。
 姉ちゃん――田井中律――の空気の読みっぷりは弟の俺から
 みても凄い。そういう面では憧れてしまうくらいだ。
 ただ――
(自分のことには鈍感なんだよなー)
 制御ができない、というか。

 以前、姉ちゃんが風邪をひき倒れてしまったことがある。
768:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:06:33.90 ID:9zpUZur/0
「全くなんで風邪なんてひいてんのさ」
 その日、姉ちゃんはベッドでぐったりとしていた。
「ひ、ひいちまったもんは、仕方ないだろ……ごほっ!」
 話してる途中でせき込んでしまう。
「お、おい。大丈夫かよ」
 俺はそんな姉ちゃんの背中をさすりながら、考える。
(……澪姉ちゃんと何かあったのかな?)
 澪姉ちゃんとは、姉ちゃんと昔からの親友だ。
 スタイル抜群で、モデルのような容貌である。

 姉ちゃんがこんな風になるのには、大抵澪姉ちゃんが関係していることが多い。
「……何かあったら、俺に相談しろ、っていっつも言ってるのによ」
 つい不満が言葉になって出てしまう。
771:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:12:53.99 ID:9zpUZur/0
「……はは~ん」 
 はっと気づくと、姉ちゃんはニヤニヤした目で俺を見ていた。
「へえ~、聡くんは寂しかったんだねぇ~」
「な、何言ってんだよ!」
「ムキになって否定するところがまた怪しいですなあー」
「うっ!」
 駄目だ、姉ちゃんには勝てない。
「も、もう元気なんだな!? 俺は学校に行ってくるから」
 鞄を持って部屋の外に出ようとする。
「じゃあな、テーブルの上の薬、ちゃんと飲んでおけよ!」
 そう言ってドアを閉めようとしているときに

「―ーありがと」

 声が、聞こえた。
 その声は、とても優しい響きを帯びていた。
 俺は立ち止まり
「――あんまり心配かけんな、バカ」
 ドアを、閉めた。
785:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:22:16.25 ID:9zpUZur/0
(……あの後、元気になったから良かったものの)
 思い出しながら、照れくさくなる。
(……あんなんでも姉なんだし、な)
 部屋についた。ドアを開けて、中へ。

「たっだいま~」
 明るい声とともに、誰かが家に帰ってきた。
 俺は勉強の手をとめ、玄関まで行く。

「聡、おーっす!」
「おう、お帰り姉ちゃん」
 田井中家のしきたりとして、誰かが帰ってきたら見送りに行くというのがある。
「は~疲れた。私、風呂入ってくるね!」
 バタバタと風呂場へ行く姉ちゃんを見て、俺は嘆息する。
(いったい、鈴木はどこに惚れたんだか)
794 :姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:31:32.07 ID:9zpUZur/0
「あー、いい気持ち♪」
 俺が部屋でCDを聞いていると、風呂上がりの姉ちゃんが俺の部屋に入ってきた。
「……ノックしろって、いっつも」
「あっ、この曲は」
 聞いちゃいない。やれやれと俺は頭を押さえた。
「天体観測、だよ」
「言われなくても知ってるって。いい曲だよね~」
 姉ちゃんは足でリズムをとりながら、言う。
 ドラマーの性、なのだろうか。

「でもさー、これって失恋の曲って説がなかったっけ?」
 姉ちゃんはリズムを取りながら、俺に問うた。
 失恋、という言葉にドキリとする。
801 :姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:36:25.89 ID:9zpUZur/0
「ほら、この君ってのがさ。昔の恋人だとか、友人だとか。
 はたまた、もう死んでるとか」
「へ、へえ。それは知らなかったなあ」
 鈴木のことを心配していた。
 ――あいつ大丈夫かな?
 協力するといった手前、出来ることはするつもりだけれど。

「ところで、何か用?」
「んっ? え~とね、何となく!」
 きっぱりと言い放つ、田井中律。
「……まあいいや。ところで」
 これは、自然な流れで切り出すチャンスかも。
「んっ、なに?」
808:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:41:49.05 ID:9zpUZur/0
「え、えっと」
 どうすればいいか、迷う。
 姉ちゃんがじっとこっちを見つめているのを感じる。
「ね、姉ちゃんさ」
「うんうん」

「今、好きな人っているのか?」

 言ってから、気づく。
 全然「それとなく」じゃねえよ、これ!
「えっ!? わっわたし?」
 案の定というべきか、姉ちゃんはしどろもどろになってしまっていた。
「い、いや! 別に答えたくないならいい、けど」
 俺も戸惑ってしまう。
 やばいな、早速失敗か?
821:姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 21:53:01.38 ID:9zpUZur/0
「……今は、いない、かな」
 顔を赤らめながら、姉ちゃんはそう言った。
「そ、そうだよな。女子高だもんな、姉ちゃんの学校は」
 そりゃ、いたらいたで怖いか。

「……つーかさ、何でいきなりそんなことを?」
 俺の顔を覗き込みながら、姉ちゃんは訊いてきた。
「な、なんとなくだよ! なんとなく!!」
「ふーん?」
 どこか納得のいかない顔をしながら姉ちゃんは黙り込む。
 いまだに部屋に流れている「天体観測」がシュールだ。

 会話が止まってしまった。
「……もう一つ、聞きたいんだけど」
 俺はこの沈黙を打破すべく、質問をすることにした。
「んっ? な、なに?」
 まだ少し動揺しながら、姉ちゃんは応じた。
「俺の友達、覚えてる? 鈴木ってやつなんだけど」
「鈴木くん……?」
 うーんと考え込んだ後、ポンと手を打つ。
「あ、あの子ね! いい子だよねー、何事にも一生懸命っていうか」
829 :姉弟の苦悩:2009/07/23(木) 22:00:15.22 ID:9zpUZur/0
 良かったな、鈴木。印象は悪くなさそうだぞ。
「うん、あいつ優しいんだぜ」
 俺は姉ちゃんにあいつの長所を色々と教えた。
 ゲームのこと、勉強のこと……挙げてみると結構多いことに気づく。
「へ~、凄いじゃん。
 ……聡はいい友達を持ったね」
 姉ちゃんは優しい目で、俺を見つめていた。
 ――うっ、この目には弱いのに!
「じゃ、じゃあさ! 次は姉ちゃんの友達のこと聞かせてよ!」
 対応に困り、俺はそう希望した。
「いいよ~、いくらでも聞かせてあげる」
 にっこりと笑って、姉ちゃんは言った。
522:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:08:13.95 ID:wDEBQq0Y0
 そして、姉ちゃんは自分の部屋へといったん戻り再び俺の部屋へとやってきた。
「はい、これ」
 これは――プリ帳、というやつか。
「男子禁制なんじゃないのか?」
「なにいってんのさ。さ、見るよ」
 俺の突っ込みを流し、早速開き始める姉ちゃん。
「まず、この子が平沢唯」
 めくられたページにはボブカットが良く似合うギターを持った
 人が写っている。
「へ~、かわいい人だね」
 俺は第一印象を素直に口に出した。
「だろ~? 私とはよく気が合うんだぜ」
 へへっと笑う。
 そして、プリ帳をペラペラとめくっていく。
529:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:11:33.48 ID:wDEBQq0Y0
 いろいろな写真が写っている。
 水着姿の唯さん、浴衣姿の唯さん、お菓子を食べながら両手で
 ピースをしている唯さん――
「色々とあるんだね」
「そりゃー、私とある意味一番仲が良いとも言えるからね~。
 ほい、次、と」
 唯さんのページが終わったらしく、次に出てきたのは俺が良く知っている
 人だった。

「澪姉ちゃんじゃないか」
「おっ? よく覚えてるね~、聡君」
「よく覚えてるも何も、姉ちゃんの大親友じゃないかよ」
549 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:35:30.09 ID:wDEBQq0Y0
「そ、そう言われると照れるな~」
 姉ちゃんは、いやーあはは、と頭に手をやった。
「……で、続きは?」
「おおっと、そうだそうだ」
 なんだろう、澪姉ちゃんについて話すときの姉ちゃんはどこか――

「これが合宿の時の」
558:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:40:23.23 ID:wDEBQq0Y0
「えっ?」
 少しぼんやりとしていたのか。
 姉ちゃんが開いているページは――

 なぜか、眠りながらパンチラをしている澪姉ちゃんの姿が。

「って、何見せてんだよ!」
「おっ、かわいい反応~。
 聡くん、ウブですなあ」
「うっせえよ! つーか、ページ変えろ、今すぐ!」
「はいはいっと」
 姉ちゃんはかわいいやつ、などと言いながらページをめくり始める。
 ――いつまでたっても、言い負かせないような気がしてきた。

「まあ、澪のことは聡も知ってるだろうからこれ以上はいいとして」
 そして、姉ちゃんは次のページを。
567:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:44:49.75 ID:wDEBQq0Y0
 次に出てきたのは、金色のロングヘアーの人だった。
「……きれいな人だな」
「おおっ! 聡も分かってるねえ」
 琴吹紬――それが名前らしい。

「私たちはムギって呼んでるんだけどね。いや、そっちのが呼びやすいし」
 ペラペラとページをめくる。
 彼女の写真もバリエーションに富んでいた。
 というか――
「なんでチャイナ服着たり、ナース服着たりしてんの?」
「えっ、そりゃまあ……」
 少し考え込み
「――部活、かな」
「軽音部だろ!? ど、どうしてコスプレしてんだよ!」
「おやまあ、コスプレなんて言葉を知ってるのかい?
 思ったより、成長してるねえ~」
 薄気味悪い声を出してきた。
 ――やめよう、姉ちゃんに突っ込みなんて。こっちが痛い目を見るだけだ。
572:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:50:13.30 ID:wDEBQq0Y0
「――で、次が」
 姉ちゃんは、さらにページをめくっていく。
 そこに、一人の少女がいた。
「……えっ?」
「ああ、この子だね。新入部員の中野梓。
 小さくて、可愛いでしょ~」
 姉ちゃんが黄色い声を出している横で、俺は愕然としていた。
「この子ねえ、いっつも一生懸命なんだよ。それがまた見てて、微笑ましくてもう。
 ……どしたの、聡?」
 姉ちゃんの声のトーンが変わった。
 ――ほんとに空気を読むのがうまいな。
 憧れるよ、ほんと。
579 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:53:14.37 ID:wDEBQq0Y0
「……せん、ぱい」
「えっ? ど、どういうことよ?」
 姉ちゃんもさすがに困惑気味だ。
 まあ困るのも無理ないか、とどこか他人事のような気分。

「さ、聡? いったい、どういう」
「中野……先輩」
586 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 22:57:04.89 ID:wDEBQq0Y0
 俺が今日軽音部について姉ちゃんに質問したのには理由がある。
 鈴木の恋、のためだ。
 だから、軽音部での姉ちゃんの立ち位置を明らかにしておきたかったのだ。

 しかし。
「――出来れば知りたくなかったなあ」
「えっ? ど、どゆこと?」
 しどろもどろになる姉ちゃんをじっと見つめる。

「その中野梓先輩は」
「う、うん」

「俺の初恋の人なんだよ」
594:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:01:57.60 ID:wDEBQq0Y0
 ちょっとした回想に耽る。
 ――き、きみ。大丈夫?
 春。桜はまだ咲いていただろうか。

 ――頑張れ
 夏。蝉がわんわんと啼いていた。

 ――――
「おい、聡! 大丈夫か!?」
「……えっ?」
 俺は姉ちゃんに揺さぶられていた。
 とても心配そうな顔をしている。
「心配したんだぞ。いきなり、死んだような目をするから」
「あ、ああ……ごめん」
 どうにも、慣れそうにもない。
 やはり、重すぎたか。

「で、あの、さ。初恋の人ってのは……」
「姉ちゃん」
「な、なに?」
「……自分で言っておいてなんだけど。その話はなしで」
 自分勝手な要求だとは分かってる。
 それでも、だ。
599 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:04:10.46 ID:wDEBQq0Y0
「……わかった」
 姉ちゃんはあっさりと引いた。
 こう見えて、人のデリケートな部分に無理に踏み入ろうとしない。
(こういうところは姉らしいよなあ)
 俺はそんな姉ちゃんを誇りに思う。

 空気が重くなってしまった。
 俺のせいだろう。少し、姉ちゃんに申し訳なく感じる。
603 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:09:30.00 ID:wDEBQq0Y0
「……なあ、聡」
 姉ちゃんが俺に語りかけてくる。
「あんたに何があったのか、私はよく分からないし知らない方がいいんだろ。
 でも、さ」
 姉ちゃんは胸をドン、と叩き

「――困った時は私を頼れっていつも言ってるだろ?」

 どこかで聞いたことのある台詞を、力強く言い放った。
605:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:13:35.80 ID:wDEBQq0Y0
 それは、いつか俺が姉ちゃんに言った台詞。
(……あれ?) 
 俺は、なにか目頭に熱いものを感じた。
 それは、止まらなかった。

「姉ちゃん……姉ちゃん……っ!」
 気がつくと、俺は姉ちゃんにすり寄ってわんわんと泣いていた。
 とめどなく落ちてくる涙の粒。
 姉ちゃんはそんなみっともない俺を優しくなでてくれた。

「よしよし」
 たったそれだけの言葉だったのに、そこにはとてつもない温かみがあって。
 俺は、自分の感情を止めることが出来なかった。
606:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:18:40.26 ID:wDEBQq0Y0
「――気が済んだか?」
 姉ちゃんは優しく俺にそう訊いてきた。
「こっち向いてくれよ~」
「う、うっさい」
 そう、俺は今姉ちゃんの顔をとても見ることができそうにない。
 恥ずかしすぎる……俺もう、中2だぜ。
「こんな風になるのなんて、いつものことじゃん」
「もう一年前に卒業したつもりだったんだよ!」
 これからは、俺が姉ちゃんを支えてやんなきゃいけないのに。
 あの時の看病で、少しは成長できたと思ってたのに――!

「情けねえ……」 
607 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:22:17.30 ID:wDEBQq0Y0
 でかい、溜息をついてしまう。
「聡……」
 姉ちゃんが隣に来たらしい。声がやけに近くで聞こえた。
「無理に背伸びしようとしなくていいんだぞ。私だって」
 あんたがいなきゃ、やってけないんだからな――。

「ねえ、今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言わなかった!?」
 流石に隣を向いてしまう。
 そこには、何故か――
「だ、だってよー! こうでも言わないと聡振り向いてくんないんだもん!!」
 顔を赤らめている姉ちゃんの姿が。
610 :姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:26:36.10 ID:wDEBQq0Y0
 まさか、これはチャンス?
「へえ、姉ちゃん弟相手に顔赤らめんのかよー?」
 にやにやといたずらっぽく笑いながら言ってやる。
「な、慣れないんだから仕方ないだろ!? 私の学校女子高なんだし!」
「ふーん、いくら女子高だからって弟にそれじゃなあ。
 他の男と話すときどうすんだよ?」
「は、はあ!? そんな心配する必要ねえよ!」
 しどろもどろになっている姉ちゃんを見てると――
(ああ、新鮮だなあ)
 優越感に浸ることができる。
617:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:31:13.08 ID:wDEBQq0Y0
「まあ、それでも姉ちゃんは姉ちゃんだけどな」
 一瞬でも優越感に浸りたかっただけなので、俺はそろそろ追い討ちをやめる。
 姉ちゃんが本気で顔を赤らめているようにも見えたからだ。
「ど、どういうことだよ?」
 まだ慌てた素振りを見せている姉ちゃんに、俺は言ってやる。
「いないと困る、ってことだよ」
 ――やべえ、言ってるこっちが恥ずかしくなってきた!
 まずい、作戦は失敗だ。こんなことを言ったら黙っている姉ちゃんじゃない!
624:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:35:35.06 ID:wDEBQq0Y0
『ははーん、聡くんまだまだだねえ』
 なんて言ってくる姉ちゃんの姿が簡単に想像できる。
 くっ、この詰めの甘さが俺と姉ちゃんの差ってことか!

 俺が姉ちゃんの反撃に備えていると

「――なんだ、私と同じじゃん」

 その言葉に驚き、つい姉ちゃんの顔を見てしまう。
 姉ちゃんは優しく微笑んでいた。
631:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:42:15.02 ID:wDEBQq0Y0
「ありがと、聡。それは素直に嬉しいよ」
「えっいや、あの」
 なんだこりゃ? 予想してたのと全然違う!
「いつの間にか、そんなことを言えるほどにまで成長してたんだな」
 しみじみと語る姉ちゃん。
 まずい、むしろこっちのが恥ずかしい!

「そ、そろそろ出てけよ! 俺明日の宿題するんだから!」
 ベッドから立ち上がり、勉強机に向かう。
「え~、まだ話そうぜ~」
 姉ちゃんは不満そうな口調で文句を垂れる。
「俺には宿題があるの! 邪魔すんな!」
 それを一蹴する俺。

「むーっ、じゃあいいよつっまんねえの!」
 そんな子供っぽ声を聞きながら、俺はこれでいつも通りだなと思った。
645:姉弟の苦悩:2009/07/24(金) 23:50:12.23 ID:wDEBQq0Y0
「じゃーな、姉ちゃん。もう来るなよ」
「へっ! つれない弟となんて話すことなんてありませんよーだ!」
 どこまでも子供っぽい口調の姉ちゃんに苦笑する。
(ほんと、どれが本当の姉ちゃんなんだろうな?)

「――聡」
 姉ちゃんの口調がまた変わった。
 俺はついドアの近くにいる姉ちゃんの方を向いてしまう。
「勉強、ガンバ」
 それだけ言って、逃げるように部屋を去っていった。

(ああ……)
 ドアが閉まる音を聞きながら、俺はさっきの問いが
 いかにつまらなかったかに気づく。
(どれが本当かだって?) 
 全部、に決まってるじゃないか。
847:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:35:24.09 ID:STmy37ZO0
 チュンチュン――
「……」
 がばっと起きる。
 小鳥の声で目が覚めるとは思わなかった。

「……よく眠れなかったってことだよな」
 昨日の夜。
 鈴木のこと・姉ちゃんのことを考えていると頭が煮詰まってしまったのである。

(たしかに鈴木を応援すると言ったのは俺だけど……)
(姉ちゃん、OKするかな?)
(そ、そりゃ俺は別に姉ちゃんが誰と一緒になっても――!)
852:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:37:25.85 ID:STmy37ZO0
「……あ~、思い出したくねえ」
 姉ちゃんはたしかに頼りになる。
 が、それは決して恋愛対象とかそーいうところにはつながらない。
 断言できる。
「それなのに」
 なんでこんな複雑なんだ……?
861:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:41:04.34 ID:STmy37ZO0
 とりあえず、朝の洗顔をすることに決めた。
 そうすれば、まとまりのつかないこの思いをなんとか処理できるんじゃないか
 と思ったからだ。
(平常心、平常心……)
「おーっす、おはよー」
 どきり、とした。
「ね、姉ちゃん!?」
「なーに驚いてんのさー」
 洗面所の鏡に映る姉ちゃんは、髪を下ろしていた。
 そういえば、そんな髪型の姉ちゃんを見るのは随分と久しぶりだ。
869:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:44:42.98 ID:STmy37ZO0
「ま、まだ俺が顔洗ってんだから! 入ってくんなよ!」
「うわ、釣れないやつー。いいよいいよ、別にさー」
 ぷいっとそっぽを向いてしまう姉ちゃん。
 ……軽音部のみなさん、ほんとにこんな子供っぽい人が部長でいいんですか?

「いっただっきまーす」
 ところ変わって、ここはダイニングルーム。
 父さんと母さんは旅行中で留守のため、俺と姉ちゃんの声だけが響く。
878:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:48:22.65 ID:STmy37ZO0
「……これ、姉ちゃんが作ったの?」
 謎の黒焦げ物体が目の前に置かれている。
「な、なんだよー、文句あるのかよ」
「姉ちゃん、女の子らしさってやつを」
「えー、そうですよ。どーせ私にはありませんよーだ」
 またむくれてしまった。どうも今日は子供っぽすぎるような……。
887:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 01:53:42.34 ID:STmy37ZO0
「じゃあ行ってくるから」
「おう、行ってらっしゃい」
 姉ちゃんとそんな挨拶をかわし、自転車に乗る。
 俺の学校は姉ちゃんのところよりも遠いため、これを使わないと間に合わない。

 自転車を走らせながら考える。
(しかし、朝の姉ちゃん……おかしくなかったか?)
 いつもだったら威厳というやつを少しでも感じ取れるのに。
 今日はまるで、一つのことに拘っていたような目を――
901:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 02:00:07.53 ID:STmy37ZO0
 全く考えがまとまらないまま、放課後になった。
「さて、帰るか」
 今日の授業はほとんど印象に残っていない。
 丸一日、姉ちゃんと鈴木のことを考えていたような気がする。
 あーでもない、こーでもないと色々と考えていたのだ。

「いやー、今日の給食うまかったなあ」
 当の本人は、とてものんびりとしたことを言っている。
「……お前な、少しは自分でも考えろよ」
「んあ? なんのことだ?」
「俺の姉ちゃんのこと、だよ。それとも思いが冷めたとか言うんじゃ――」
「そ、それはねえよ! ただ」
905:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 02:03:48.59 ID:STmy37ZO0
「ただ?」
「……ラブレターの文面が思いつかないだけだ」
 なるほど、確かに難しいかもしれない。
 そもそも今のご時世、ラブレターは流行っているのか?
「……もういっそ、直接言ったらどうよ?」
「そ、それだけはできねえ! あの人にあった瞬間、何もしゃべれなく
 なっちまう!」
 ぶるぶると震えだす鈴木。
 そんなこいつを見て苦笑しながら、俺は再び考える。
(姉ちゃん、ラブレターとか気にするのかな?)
 気にしないかもしれない。
 というか、そういった姿を想像することが難しい。
906:姉弟の苦悩:2009/07/25(土) 02:05:57.53 ID:STmy37ZO0
(「ラブレターもらっちまったよ、さとしー」とか言ってきそうだな)
 ありえなくはない、と合点する。

「それじゃー、ここで」
 鈴木と俺は途中で帰り道が分かれる。
「明日位には、ラブレター書けよ」
「ああ、努力するよ」
 鈴木は、ひらひらと手を振りながら帰路につく。
 ――やれやれ、複雑だなあ。
367:姉弟の苦悩(本題):2009/07/26(日) 20:50:55.15 ID:0G3wSLjk0
 鈴木と別れた後、俺は自分の家に向かった。
 いまだに、姉ちゃんに対する気持ちがよく分からない。

(このままじゃ、いつまでたっても……)
 俺は姉ちゃんを――
(ぶっきらぼうなままで……?)
 守りたいってのに。

 色々と悩んでいるうちに、家に着いたらしい。
「――郵便ポスト、見ておくか」
373:姉弟の苦悩(本題):2009/07/26(日) 20:55:17.25 ID:0G3wSLjk0
 半ば習慣化してしまった動作だ。 
 ポストに手を突っ込み、中を探る。

 新聞紙はまだ入っていない。今日は授業が早く終わったため
 それは当たり前のことかもしれない。
 しかし――
「んっ?」
 何か、入っている。手紙とは違う、コピー用紙のような感触が伝わる。
「なんだあ?」
 怪訝に思い、とりだしてみる。

 そこに書かれていたのは。
379 :姉弟の苦悩(本題):2009/07/26(日) 21:00:04.47 ID:0G3wSLjk0
「な、なんだこりゃ!?」
 俺は愕然とした。
 そこに書かれている文面を見たためだ。
 それはどう考えても――
「ラ、ラブレター!?」
 としか考えられない。

「なになに……『髪を下ろした君の――』」
 そこからしばらく続く。
 それを読み終わり、俺は溜息をつく。
「なんだこのクサい文章……」
 俺はこれをラブレターと認めてよいものか、と考えた。