232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:15:41.18 ID:STmy37ZO0
桜高祭――
近辺では名の知れているお嬢様学校、桜ヶ丘高等学校の文化祭だ。
「あっ、こっちこっち~」
焼きそばを調理しながら、手を振ってくる女子一名。
俺はそっちに向かって歩き出す。
235:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:18:09.30 ID:STmy37ZO0
「よう、チケットありがとな」
女子高だけあって、この学校は一般の男子生徒は入場禁止だ。
チケットを持っていなければ、校門で門前払いを食らう、というわけ。
「い、いやさ。あんたとはけ、結構ウマ合ったし」
しどろもどろになるそいつを見ながら、俺は微笑む。
238:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:20:32.56 ID:STmy37ZO0
「相変わらず、よく顔を赤くするやつ」
「う、うっさい! 少しはましになったわよ!」
「はいはい、お客さんが見てるから静かにしようぜ」
そいつはハッとして黙り込んでしまう。
「全く、昔から熱くなりやすいやつ」
「む~」
不満そうな顔をしているなあ。
やれやれ、ここだけ中学校の時みたいだよ。
240:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:23:38.45 ID:STmy37ZO0
――中学生だった時、俺とこいつは付き合っていた。
本当に軽いもの、だったが。
きっかけは修学旅行だった。
「はーい、みんな。ここいらで一回写真撮ろうかあ!」
カメラマンが近くの生徒にそう告げる。
みんなはしゃいでしまい、たくさんの生徒がその写真に収まることになった。
(たしか俺はその時、平沢と真鍋の近くにいたんだっけか?)
そう、記憶は間違っていない、はず。
なんだかんだで俺とその二人はそれなりに気があったので、良く談笑していたのだ。
242:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:28:26.84 ID:STmy37ZO0
「ほらっ! 写ってきなよ!」
「わっ、お、押さないでよー!」
そこに、一人の女子が倒れ込みそうになりながらやってきた。
俺の隣に来て、かなり慌てているように見えた。
「はーい、撮りますよ~! 3・2・1――はい、チーズ!」
パシャっという音がした。
だから写真は、俺と真鍋と平沢と、ある女子が隣り合うものとなった。
246:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:33:52.41 ID:STmy37ZO0
(思えばあれがきっかけということになるのか)
そのあと、俺はそいつに告白されることになる。
宿泊先のホテルのロビーにて、顔が赤くなるようなセリフをのたまったのだ。
「あ、あの時写真に写れて、それで……や、やっぱりあたしあんたが好きなんだ!」
支離滅裂なセリフのように聞こえる。
だけど、俺にはとてもそれが心地よくて――
「いいよ、付き合おう」
オーケーしてしまったのである。
251:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:44:17.11 ID:STmy37ZO0
「しっかし、あたしもあれだよねえ。あんな恥ずかしいセリフ今言ったら
卒倒しちまうよ」
けらけらと笑いながら、俺に焼きそばを作ってくれている。
「ほんと、今思い出しても恥ずかしーっての」
軽く相槌を打ちながら、俺は考える。
かつて付き合っていた俺とこいつ。
繋がりはこんなものだったのか、と。
こいつが女子高へ行くときまったとき、俺はさほど驚かなかった。
もともと男子よりも女子と気が合うやつだったから、女子高に行くのも
もっともなことのように思えたからだ。
「まあ、さ。高校行ってもメールはしようよ」
そいつは俺にそう提案してきた。
「ああ、そうだな」
俺はそう返した。
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:48:28.53 ID:STmy37ZO0
結論から言うと、俺たちはその後で別れてしまうことになる。
もともと俺達の付き合いが成り立っていたのは、毎日教室で顔を合わせて
中身のない談笑に興じたりテストの勉強を一緒に頑張ったりしていたためだ。
そういった日々の繋がりが、俺たちをカップルにしていたといっても
過言ではないのに。
お互いにうぬぼれていたのだ。離れたって、何も変わらないのだ、と。
255:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:53:30.00 ID:STmy37ZO0
共通の話題をなくした俺達は、別れるしかなかった。
いくら自分の学校の話をしたところで、相手に伝わるわけがない。
いくら話題を合わせようとしたところで、互いに無理になっているのがばればれだ。
俺はいつしか、そこに疲れを感じ始めていた。
俺が昔思い描いていたカップルは、こんなものじゃなかった。
中学生だった頃の俺達に言ってやりたい。
なんでそんな無謀なことをしたんだよ! と。
258:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 14:58:08.03 ID:STmy37ZO0
「別れよう」
ある日俺はこう切り出した。
「うん、もう仕方無いね」
相手も了承した。
こうして、俺達は一人になった。
(それが今では……)
滑稽に思える。
「恋人」というつながりがなくても「友人」という関係が残っていることに対して、だ。
「さあさ、出来たよっと」
コトリと焼きそばの入ったパックが置かれる。
俺は益体もない回想に耽るのをやめた。
「へえ、美味そうだな」
焼きそばのパックを手に取り、俺は素直にそう言った。
「えへへ~、頑張ったんだよ!」
「どれどれ」
味はなかなかのものだった。ソースは効いているし、青のりも味を引き立てている。
260:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:01:28.03 ID:STmy37ZO0
「ねえ?」
「んっ?」
「……ごめん、何でもない」
何か言いたげな顔をしている。
「別に良いぜ。言ってくれよ」
俺はそう促した。
「う、うん。あのさ」
「おう」
「やっぱり、忘れられないんだよ……」
その顔はとても寂しそうなものだった。
「はっ? どういうことだ」
俺はその言葉が何を指しているのかに気づかないふりをする。
いや、そうしないと俺も――
264:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:09:35.46 ID:STmy37ZO0
「だから! 忘れられないってことよ!」
いきなり大声で叫びだした。周りの客も驚いてこちらを見た。
「忘れられないよ! あんたと別れた後、あまりにも辛くて……ほんとに
胸が痛くて!」
ぽろぽろと涙を流し始める。
「だ、だから! あたしあんたにチケットを――」
「もういいって」
俺は自然にそいつを抱きしめていた。
まるで付き合っていた頃みたいだな、と軽く苦笑する。
「あたし、あんたが別れようって言ってきたとき、泣きそうになった。
だって、あんたすごく悲しそうな顔をしてたんだもん……一度も見たことの
ないような、どうにもならないような顔だった」
「だから、すぐに了承を?」
「そう、あんたのその顔を見たくなくて! もう嫌だったんだよ、話していても
あんたが心の底から楽しんでいないのが分かるってことが」
そうか、俺はあの時こいつを
怖がらせてしまっていたのか。
268:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:13:51.63 ID:STmy37ZO0
「おい……」
俺は未だに抱きしめながらそう語りかける。
「な、なによ」
「いいのか、今さら。もう俺達はやり直せな――」
「そんなのどうだっていい」
俺の言葉を遮って、彼女は言い放った。
「ただ、あたしはあんたがいないとやっていけない。
もうこれだけは絶対的な事実なのよ」
きっぱりとした物言いだった。
これほどまでに感情をぶつけられたのは――
(あの日以来、だな)
告白されたあの時。俺達はホテルのロビーで二人でゆったりと話していた。
そして、不意に立ち上がって彼女は言ったのだ。
あの、見悶えするような文言を、だ。
その言葉をぶつけられたとき、俺はどう思ったんだろう?
ただ心地が良いだけだったか、いやそうじゃない。
本当に、嬉しかったじゃないか――
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:18:52.50 ID:STmy37ZO0
「なあ」
「なっ、なによ?」
「今から俺はとても恥ずかしいことをするぞ」
やむを得ない。もう我慢できないからだ。
「そ、それはどういう――」
唇と唇が、触れあった。
「――ッ!」
「これでよし」
俺は相手を見返す。
顔を赤らめて、顔を赤らめて手をバタバタとさせているそいつを、見る。
「もうこれで、後戻りはできない。付き合い直そう」
「ほ、ほんとにいいの?」
「よくなかったら、こんなことをするか?」
ぶんぶんと首を振る。
「いいんだ。俺も正直、毎日が全然楽しくなかったんだから」
そう。
あんな風に悟ったような回想にふけながらも、俺は全く満たされていなかった。
ただただ、虚しさだけが増幅するあの感覚。
もう、思い出したくない。
:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:21:43.16 ID:STmy37ZO0
「ひゅーひゅー!」
はっと気付くと、模擬店にいる人々が俺達の方をみてさまざまな反応を
見せていた。
顔を赤らめている者、ニタニタとにやついている者、そして
冷やかしの声を上げている者――
「……ああ、する場所ミスったかな?」
「う、ううん。平気だよ」
そいつは俺の目をしっかりと見返し、続ける。
「だってずっと一緒なんでしょ?」
277:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/25(土) 15:25:52.10 ID:STmy37ZO0
「――そうだな」
俺はそいつのことを抱きしめながらこれからのことを考える。
少なくとも、もう絶対に――
「離れたくねえな」
「あったり前でしょ」
それは、秋のある日のこと。
講堂で軽音部が演奏を始めようと準備しているときの話――
Fin.
最終更新:2009年07月30日 16:06