799 :あとがき:2009/08/03(月) 17:09:05.73 ID:44DlahB/0
「お姉ちゃんとは仲良くやってるか?」
目の前にいる人がそんなことを言った。俺はジュースを飲みながら
「なんで、そんなことを?」
「い、いや……なんとなくだよ、なんとなく」
相変わらず、言い訳が下手だよなあ……。
昔から変わらないその性質。それを見て、俺はどこか微笑ましい気分になる。
825 :あとがき:2009/08/03(月) 17:28:40.51 ID:44DlahB/0
「どうせ、学校であいつが俺の話でもしたんだろ? うるさいやつ、とかさ」
言っているうちに荒んだ気分になるのを感じる。
なぜこんな口調になってしまうんだろう?
きっかけは、些細なことだった。
829 :あとがき:2009/08/03(月) 17:31:33.77 ID:44DlahB/0
「姉ちゃん、テーブルには左手を出そうよ」
食卓にて、俺はふと気付いたことを姉ちゃんに言った。
「え~、めんどくせー」
「それでも、だよ。姉ちゃんだって一応女の子だろ?」
「一応ってなんだよ、一応って!」
ぶーぶー言いながらも、姉ちゃんは左手をテーブルに出した。
831 :あとがき:2009/08/03(月) 17:33:53.58 ID:44DlahB/0
普段から、こういうことはよくあった。
姉ちゃんのマナーについて、弟の俺が注意する。
姉ちゃんは注意されたことを正し、俺は満足する。
しかし。直した後、姉ちゃんは何かを気にするそぶりを見せた。
833 :あとがき:2009/08/03(月) 17:35:59.72 ID:44DlahB/0
「ねえ、私って女の子らしくないかな?」
左手を出した後、えらくしんみりとした表情で俺にそう言ってきた。
「はあ? いきなり何を――」
「答えてくれ」
俺の発言を遮り、姉ちゃんはじっとこっちを見つめてきた。
836 :あとがき:2009/08/03(月) 17:40:11.73 ID:44DlahB/0
俺と姉ちゃんは向い合う格好となる。
(しかし、こうしてみると)
姉ちゃんの顔立ちは整っている。きょうだいという立場からの
贔屓目を抜きにしてもそう思う。
しかし――
「正直、あんまり女の子らしくねえな」
「ぐっ! は、はっきり言われるとムカつく……」
そんな乱暴な言葉の割には、姉ちゃんの表情は暗いものだった。
838 :あとがき:2009/08/03(月) 17:44:20.67 ID:44DlahB/0
「……どうした? なにかいやなことでもあった?」
俺は姉ちゃんが心配になった。いつもだったら俺のからかいに対して
頭を軽く叩いてきたり、ほっぺたを触ってきたりしてくるはずなのに。
「……なんでもない。ごちそうさま」
そう言って結構な量の食事を残し、部屋へと戻って行ってしまったのだ。
840 :あとがき:2009/08/03(月) 17:47:19.12 ID:44DlahB/0
(結局、わからなかったんだよなあ)
翌日。俺は学校からの帰り道で、まだ悩んでいた。
当然、姉ちゃんの様子について、だ。
(あんなんでも、俺のたった一人の姉だしな)
心配してしまう。俺に何ができるんだろう……?
842 :あとがき:2009/08/03(月) 17:51:45.77 ID:44DlahB/0
「おっ、聡じゃないか」
声をかけられた。俺のよく知っているものだ。
「澪姉ちゃんか。久しぶりだね」
「まあな。最近、律の家に行くこともなかったからな」
少し微笑む、澪姉ちゃん。そのたたずまいには
「女の子らしさ」が満ち溢れていた。
それを感じて、俺はまたも暗くなる。
857 :あとがき:2009/08/03(月) 18:08:02.96 ID:44DlahB/0
ちなみに、「苦悩」と「回想」はまだできていません。すみません。
「海の記憶」の作者でした。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
澪姉ちゃんが心配そうな声をかけてきた。
そうか、俺はそんなにもひどい顔を――
「……そうだな。ここの喫茶店にでも入らないか?」
見ると、ごく普通の喫茶店があった。
「私たちも時々来るんだけどな。どうだ? おごるぞ?」
澪姉ちゃんは、俺を気にかけてくれている。
863 :あとがき:2009/08/03(月) 18:14:26.24 ID:44DlahB/0
そんな彼女に悪いとは思いながらも
「……行くか」
「よし、入ろう!」
俺たちは、店の中に入って行った。
(そして、この状況……)
俺は姉ちゃんに関しての質問に、ぶっきらぼうに返答しつづけている。
澪姉ちゃんは、俺と姉ちゃんの関係を心配してくれているのだろう。
表情や仕草から、それが良くわかった。
868 :あとがき:2009/08/03(月) 18:24:14.21 ID:44DlahB/0
「律? 特におかしなところとかなかったけど」
「えっ? な、なんでだ?」
俺がこんなに悩んでるっていうのに。
姉ちゃんは普通だった……?
「いや、なんでもなにも。いったい、何があったんだ?」
「……わかった。話すよ」
俺は姉ちゃんから聞いた話を包み隠さず澪姉ちゃんに伝えた。
870 :あとがき:2009/08/03(月) 18:26:24.33 ID:44DlahB/0
澪姉ちゃんは相槌を打ちながら、真剣に聞いてくれた。
「……で、姉ちゃんの様子が気になっちまって」
説明を終える。話しているとまた辛くなってきた。
なんで俺こんなにあいつのこと心配してんだろ……。
「ふむ。そうだったのか……」
澪姉ちゃんはひとりごちていた。
871 :あとがき:2009/08/03(月) 18:29:19.72 ID:44DlahB/0
「聡」
澪姉ちゃんは俺の名前を呼んだ。
「な、なに」
いきなり名前を呼ばれたもんだから、俺も戸惑う。
何を言うつもりなんだろう……。
「私はな――」
一息。
「お前たちがうらやましいよ」
とても優しい声で、続けた。
872 :あとがき:2009/08/03(月) 18:32:01.78 ID:44DlahB/0
「はっ? な、なにが?」
澪姉ちゃんは一体何を言いたいんだ。
こんな風に悩みっぱなしの俺のどこがうらやましいって――
「お前と律は本当に仲がいい」
澪姉ちゃんは嬉しそうな顔をしていた。
「い、いみわかんないよ。正直どこがうらやましいのやらさっぱりだ」
しどろもどろになりながら反論する俺。
澪姉ちゃんはそんな俺をじっと見つめている。
874 :あとがき:2009/08/03(月) 18:35:26.53 ID:44DlahB/0
「律は学校ではたしかに普通にしていた。いつもどおり元気一杯に
私たちと談笑していたさ」
澪姉ちゃんの口調はどこか謎めいていた。
「まじか……いったいどうして」
「でもな、あいつ……一回だけ表情を変えたな」
俺の言葉を遮り、話を続ける澪姉ちゃん。
俺はそんな彼女の話にじっと聞き入っていた。
875 :あとがき:2009/08/03(月) 18:40:11.18 ID:44DlahB/0
「部員の一人が妹の話をしたんだ。そいつと妹はとても仲良しでな」
そこで澪姉ちゃんは微笑んだ。そんなに温かい話だったのだろうか。
「その時な、律はわずかに沈んだ表情をしていた」
「な、なんで? その時だけ……」
「わからないか?」
澪姉ちゃんは俺を試すかのようだった。
「そ、それは。もしかして……」
「そう。お前のことを考えていたんだよ」
澪姉ちゃんはそう断定した。
「お前の話を聞いて、確信した」
879 :あとがき:2009/08/03(月) 18:45:03.27 ID:44DlahB/0
「律は学校でも悩んでいたんだろう。でも、私たちにそんな姿を
見せたくはなかった。だからいつもどおりにふるまっていたのさ」
俺は、何も言えなかった。俺と同じように姉ちゃんも――?
「悩んでいたっていうのか……」
「律はおそらくお前のことを心配していたんだろう。
いきなりおかしなことをきいて、雰囲気を変えてしまったんだから」
そう。いつもだったら、姉ちゃんと俺のやりとりは違っていたはずだ。
なのに、あのとき飛び出してきたのはおかしな言葉。
俺は大いに戸惑った。
881 :あとがき:2009/08/03(月) 18:51:13.85 ID:44DlahB/0
「お前たちのどこが羨ましいかと言えばだな」
一拍置いて
「お互い本心で向き合えるというところだ」
そう、言った。
「律はお前にだけはホントの自分を見せている。一番友達としての
付き合いが長い私にだって、そんな質問はしてこなかったんだから」
――澪姉ちゃんがされなかった質問を、俺が?
まさか。そんなこと……
「お前は律に信頼されているんだ。心の底から、な」
ふうっと一息つく澪姉ちゃん。
長い長い話だった。
883 :あとがき:2009/08/03(月) 19:00:11.76 ID:44DlahB/0
話を聞き終わり、見つめ返す。俺と姉ちゃんは――
「聡、いい音楽があるぞ!」
「面白い映画やってるみたいだけど、一緒に行くか?」
「宿題? 私が教えてやるよ! 終わったら遊ぼうぜ!」
「文化祭来たんだろ? どうだったよ、私たちの演奏は!」
(ああ……)
何で悩んでいたんだろう。
何が悲しかったんだろう。
俺と姉ちゃんは――
「ずっと一緒だったじゃないかっ……!」
884 :あとがき:2009/08/03(月) 19:03:26.35 ID:44DlahB/0
気づいたら、俺は涙を流していた。
何も考えられない、何もわからない……
「辛かったな、聡……」
よしよしと頭を撫でられた。澪姉ちゃんの手は大きい。
「お前は姉のためにそこまで悩んであげられる優しいやつだ。
……ほんと、うらやましいよ」
「うっうっ……」
しばらくの間、そのままだった。
きっと周りからはおかしな目で見られているんだろう。
886 :あとがき:2009/08/03(月) 19:07:53.13 ID:44DlahB/0
「……落ち着いたか?」
「うん。ありがとう」
ようやく気分が楽になってくる。澪姉ちゃんは俺の頭をずっと撫でていてくれた。
「今日、澪姉ちゃんに会えて良かった」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
お互い素直に思いを伝えた。
「ねえ、澪姉ちゃん」
喫茶店を出た俺たちは、各々の家へと向かっていた。
「うん? 何だ、聡?」
「うちの姉ちゃんって……女の子らしい、かな?」
あいつはなんでそんなことを気にしているんだろうか。
それが分からなかった。
887 :あとがき:2009/08/03(月) 19:12:37.80 ID:44DlahB/0
なので、訊いてみたのだ。
「うーん……たしかに、それっぽくはない、けど。
でも、お前に言われたのがショックだったかもな」
澪姉ちゃんは苦笑している。
「弟であり、全幅の信頼を寄せている人だからこそ、認めてほしかったんじゃないか?」
「そうかも、な」
その点に関しては、俺も反省していた。
889 :あとがき:2009/08/03(月) 19:16:41.65 ID:44DlahB/0
「まあ、私がとやかく言えることじゃないかもしれないけど」
「いや、そんなことないよ。ほんとに感謝してるんだ」
澪姉ちゃんがいなかったらどうなっていたことか。
「いや、私は自分の考えを言ったにすぎないよ。考え抜いたのはお前、だろ?」
澪姉ちゃんは、あくまで謙虚な姿勢を崩さない。
そのスタンスが、姉ちゃんとは対照的だ。
890 :あとがき:2009/08/03(月) 19:19:44.14 ID:44DlahB/0
それを意識するやいなや、姉ちゃんの顔を見たくなった。
とにかく会って、言いたいことがある。
「……バイバイ、澪姉ちゃん!」
「えっ? まだ帰り道同じじゃ……」
「姉ちゃんに会ってくる!」
ダッと走る俺。家まで一目散に駆けていく。
「……ホント、いい弟を持ったな、律」
澪姉ちゃんが何かを言っていたような気もする。
けど、今の俺には聞こえなかった。
891 :あとがき:2009/08/03(月) 19:24:59.26 ID:44DlahB/0
走って走って、家に着いた。
「ただいまー!」
大声で帰ってきたことを告げ、ドタドタと階段を駆け上がり、あいつの部屋へ。
「姉ちゃん!」
ノックする手間も惜しい。ガチャッと扉を開ける。
そこには――
893 :あとがき:2009/08/03(月) 19:28:58.04 ID:44DlahB/0
「さ、聡……!?」
制服姿の姉ちゃんがいた。
しかし、いつもと違う。
些細なことかもしれない。でも、絶対的に異なっている。
「か、カチューシャ外してたのか……」
「い、いきなり入ってくるなよ! は、ハズい……」
クッションを顔に押し付け、恥ずかしそうな表情をした。
895 :あとがき:2009/08/03(月) 19:32:23.86 ID:44DlahB/0
「み、見せたくなかったのによ! 似合ってないじゃん、こんなの!」
そのまままくし立ててくる。その表情は恥ずかしさが9割を占めていたが
残り1割は……寂しさだとわかった。
「……姉ちゃん」
俺はゆっくりと近づいていく。
「な、なんだよ。い、いいのか、こんな女の子らしくない奴に近づいて」
もはや自分が何を言っているのかもわからないのだろう。あたふたとしている。
だから。
896 :あとがき:2009/08/03(月) 19:37:37.40 ID:44DlahB/0
何も言わずに、抱きしめた。
「――ッ!」
俺の腕の中でじたばたとする姉ちゃん。しかし、俺は腕を緩めない。
愛しさが、体中を支配する。
「――似合ってるに決まってんだろ」
耳元で俺は囁いた。
「う、嘘だろ……嘘に、決まってる」
「俺は、弟だぞ。姉ちゃんに嘘なんてつくと思うか?」
「……」
姉ちゃんは黙り込んでしまう。そんな仕草も愛しいと思ってしまった。
901 :あとがき:2009/08/03(月) 20:02:44.91 ID:44DlahB/0
「……昨日は、ごめん」
俺はその機会を逃さず、きっちりと謝った。
腕の中で姉ちゃんがピクリと体を震わせたのを感じる。
「正直、あんなこと言ったのは間違いだった。姉ちゃんも」
女の子なんだもんな――
「気にしないわけがなかったよな。ごめん、考えが足りなくて」
言っていて悲しい気分になってきた。
昨日の俺にガツンと言ってやりたい。
お前は女の気持ちがわかるのかよ! と。
905 :あとがき:2009/08/03(月) 20:07:48.39 ID:44DlahB/0
「俺、姉ちゃんの弟なのに……ひでえこと言っちまったよな」
また泣きそうになる。けれど、踏みとどまった。
ここは声を震わせて言うべき場面じゃない。
「俺さ……」
一呼吸おいて
「俺さ、姉ちゃんのこと大好きだから」
言い放った。
「だから悩んでたんだ。昨日からずっと。
姉ちゃんが心配で心配で、俺のせいで、気に病んでたらどうしようって」
「……」
腕の中で姉ちゃんは黙り込んでいた。
906 :あとがき:2009/08/03(月) 20:12:21.40 ID:44DlahB/0
「こんな俺でも……姉ちゃんの弟でいいのかな?」
ずっと口を開かない姉ちゃんに問いかける。
切実に聞きたかった。
「……お前以外に」
姉ちゃんがぽつぽつと話しだす。
「お前以外に、私の弟がいてたまるかっ!」
言うやいなや、俺の腕を引っぺがして――
「お帰り、聡!!」
今度は姉ちゃんが抱きついてきた。
「……」
気恥ずかしくなるが、姉ちゃんなりのお返しなのだろうと考えておとなしくする。
907 :あとがき:2009/08/03(月) 20:14:29.26 ID:44DlahB/0
「……ははっ」
そんな声を漏らしたのはどちらだったか。
しかしどちらでも関係ない。
その呟きは伝播して
「はははははは!」
「あははははは!」
部屋中の空気を最高のものに変えてくれたのだから。
909 :あとがき:2009/08/03(月) 20:20:10.79 ID:44DlahB/0
――エピローグ――
「姉ちゃん、ゲームをやろう!」
俺はふと、姉ちゃんとゲームをしたくなった。
「おっ、いいぜ!」
すぐさまテレビの前へと駆け出す姉ちゃん。
俺もそんな姉ちゃんの後を追う。
楽しい気分が胸一杯に広がっているのを感じながら。
あの日を境にして、俺と姉ちゃんの絆は深まったような気がする。
あれから数日たったある日、澪姉ちゃんと再び会った。
「……そうか、それは良かったな」
俺の話を聞いて、澪姉ちゃんは優しい表情を浮かべながらそう言ってくれた。
「これからも仲良くしろよ」
「あったりまえ!」
ははっと笑いあって俺達は別れた。
910 :あとがき:2009/08/03(月) 20:25:33.15 ID:44DlahB/0
「りっちゃん、最近調子いいねー」
部室に唯のほんわりとした声が響く。
「へへっ、あったりまえ! 今の私は無敵だぜ!」
どん、と胸を叩く私。それを見て笑う仲間。
「……律先輩。この人だれですか―?」
見ると後輩の梓が私のバッグについたキーホルダーの中身を見ている。
「あっ、そ、それは!?」
「わー、何だろこれー?」
「もしかして、りっちゃんの……?」
「そ、そうなんですか、律先輩!?」
部室に響く三者三様の声。
事情を知っている澪は私と顔を合わせて、溜息をつく。
915 :あとがき:2009/08/03(月) 20:39:52.64 ID:44DlahB/0
「ほんと、仲が良いな、お前らは」
「へへん、うらやましいだろー?」
「ああ、お前たちを見ていると微笑ましい」
澪の眼はどこまでも温かかく、私の気分を良くしてくれた。
部室で声を上げている三人娘 それを見守る私たち
外で吹く風はどこか穏やかで それは私たちの気分みたいで
――俺さ 姉ちゃんのこと大好きだから
忘れられない言葉 忘れられない仕草
再び 穏やかな風が吹いて
写真の中のあいつが 微笑んだかのように感じた――
Satoshi and Ritsu
Congratulations!
最終更新:2009年08月03日 22:25