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『夏祭りに行こうっ』
 唯先輩からそんな連絡を受けたのは20分ほど前のこと。
 とりあえず準備ができたら電話をすると言って、それから今までずっと浴衣を選んでいる。
 唯先輩と一緒に祭りに行けるなんて思ってもみなかった。
 ……だから、前準備なんてできなかった。
 せめて、浴衣ぐらいはかわいいのを着ていこうと思っても――
「どんなのが唯先輩に気に入ってもらえるんだろう……」
 ――唯先輩の感性がわからないから未だに決められない。
 さわ子先生がたくさん押し付けてきたせいで数だけはたくさんあるけど……。
 逆にたくさんありすぎてどれを選んだらいいのか解らなくなってしまう。
「……そういえば」
 唯一先輩がかわいいと言ってくれた浴衣があったのを思い出した。
「んと……」
 確かここら辺に――あった。
 それは、青色をベースにところどころ赤い水玉模様がある浴衣。
「これならきっと……」
 唯先輩もかわいいって言ってくれるはずだよね?



 慣れない着付けに手間取ったけど、自分で不自然に思えない程度にはちゃんとできたと思う。
 財布も持ったし、後は唯先輩に電話をするだけ。
 電話帳を開いては行まで移動する。
「そろそろ、『あ』で登録し直そうかな……」
 なんだかんだで一番使ってるし。
『はいもしもし~』
 そんなことを考えていると、すぐに唯先輩に繋がった。
「あ、梓ですけど、準備できました」
『そっか、りょうか~い』
 ぴっ。
 後は先輩が来るのを待つだけ――
『ピンポーン』
 ――あれ?
 まさかと思いながら、玄関の扉を開けると、そこには――
「やっほ~」
 ――浴衣姿の唯先輩がいた。
「……先輩、まさか最初からここで待ってたんですか?」
「そうだよ~」
 少し睨みながら聞いてみると、あっけらかんとした言葉が返ってきた。
「はぁ……」
 思わずため息が漏れる。
 この人はどうしてこんなときだけ準備がいいのかな……。
「ほらほら、せっかくの祭りなんだからため息なんて吐いてないで楽しくいこうよっ」
 誰のせいですか誰の……。
 そう言いたかったのに――
「さぁお祭りにれっつごーっ!」
 ぎゅっ。
 ――左手を握られて口を閉じてしまった。
 ほんとにこの人はいつもいつも……ずるい。
 ……だけどそれが心地良いと感じるようになった辺り、私も慣れてきたのかもしれない。



「人がいっぱいだね~」
「そうですね」
 唯先輩は、ピンク地に赤色の水玉模様がある浴衣を着ていた。
 私と色違い……なのかな。
 そう思ったけど、それをわざわざ聞く勇気は無かった。
「まずはどこに行こっか?」
 ちなみに、唯先輩と私は未だに手を繋いでいる。
 人に見られるのが恥ずかしいから離しましょうと言っても、はぐれると危ないと言われて閉口してしまった。
 心臓の鼓動は落ち着いてきたけど、やっぱりどこか恥ずかしい。
 だけど唯先輩の温もりを感じられるから、結局は抵抗せずに繋いだままになっている。
 ……あったかいな。
「ねぇ、あずにゃん聞いてる?」
「あ、はい、聞いてますよ」
「それじゃまずどこに行くか考えてよ~」
「そうですね……」
 唯先輩の性格を考えると、まずは食べ物を確保しておいたほうがいいかもしれない。
 そうしないと後で苦労しそうだし。
「それじゃ、まずはたこ焼き屋さんにでも行きましょうか」
「さんせ~いっ」
 そして、私たちは近くにあるたこ焼き屋さんへと向かった。



「おいしいね~」
「そうですね」
 そんな訳で、私たちはたこ焼きをつつきながら道を進んでいく。
「……あれ、今のたこ焼き、タコが入ってない……」
「私には2つ入ってたよ~」
「返してください」
 軽口を叩きながら次の目的地を探す。
「次はどこに行きますか?」
「ん~歩きながら探そうよ」
「わかりました」
 たこ焼きを買ったために、手を繋いで歩くことは無くなった。
 ……少し寂しい。
 そんな私の表情を見て、唯先輩が何かを思いついたという顔をした。
「ねぇ、あずにゃん」
「なんですか?」
 そして唯先輩は少しはにかみながら――
「腕組みしようよっ」
「……へ?」
 ――とんでもない提案をした。
「ほらほらあずにゃん、早くしよ~よ~」
「い、いや、あの……」
 唯先輩は何のためらいもなく右腕をこちらに突き出してくる。
「ほら、早く~」
「いや、その……だ、だいたいどうしていきなり腕組みなんか」
「だってあずにゃん寂しそうだったんだもん」
「う……」
 そこを突かれると弱い。
「あずにゃん、手を繋げなくなったから寂しかったんでしょ?」
「だ、誰もそんなことは」
「違うの?」
 そう言って顔を覗き込まれる。
「そ、それは……」
 うぅ……こんなに見つめられたら……。
「違わないでしょ?」
 さらに顔を近付けられる。もう唯先輩の顔が眼の前だ。
「うううぅ……ち、違わないです……」
 そして、ついに私は負けた。
「やっぱり~っ! あずにゃんはかわいいな~!」
 すると、唯先輩は両手を広げて私に抱きついてきた。
 ……ご丁寧にたこ焼きのバランスを保ちながら。
「わわっ……ちょっと、唯先輩……」
「んふ~」
 すりすり。
 それだけじゃ飽き足らず頬擦りまでされてしまう。
「ちょ、先輩……今度は何を」
「あずにゃん気持ちいい~」
「何を言ってるんですか……」
 どきどき。
 また心臓の鼓動が速くなってきた。
「せ、先輩……離れてくださいよ……」
「どうして?」
「恥ずかしいじゃないですか……」
 明らかに周りの人たちの注目を浴びている。
「ん……それじゃ」
 そう言うと、唯先輩はようやく私を解放してくれた。
「ふぅ……」
 今のうちに何度も小さく深呼吸をしておく。
 ……一向に動悸が治まらない。
「それじゃ、行こっか」
 そう言いながら、右腕を突き出してくる唯先輩。
「あ、あの……?」
「寂しかったんでしょ?」
「うぅ……」
 私は、ためらいながらも、おずおずと左腕を唯先輩の右腕に絡める。
 ぎゅっ。
「これで、寂しくないよね?」
「あ……はい……」
 唯先輩の笑顔と、腕から伝わってくる唯先輩の温もりに、自然とあったかい気持ちになってきた。
 ……心臓はずっとどきどきしてるけど。
「それじゃ」
「はい」
 ――きっと、唯先輩に伝わってるんだろうなと思いながらも、それがどこか嬉しく感じた。
「……あっ! お面屋さんだ!」
「え」
 急に唯先輩が走り出してこけそうになる。
「ちょ、唯先輩?」
「お面を買わないと夏祭りじゃないよ~」
「……はぁ」
 変なところで子供っぽいんだから……。
 そう思いながらも、唯先輩と一緒にお面を選び始めるのだった。



「い、意外と難しい……」
「そうですね」
 銃を片手に首を傾げる私たち。
 もちろん本物の銃じゃない。おもちゃのコルク銃。
「ははは、そう簡単に当てられちゃあ、こっちも商売上がったりだからなあ」
 気のよさそうな店のおじさんが豪快に笑う。店屋の親父、なんて言葉がぴったり当てはまりそうな人だ。
 私は、射的屋を見つけて楽しそうに駆けていく唯先輩に続いて屋台の中に入っていった。
 正面の棚にはいろいろな人形やおもちゃの箱、そしてぬいぐるみなどが並べられている。
 弾を当ててそれらを倒せたら景品としてもらえるごく普通の射的屋さん。
 だけどこれがなかなか当たらない。たとえ当たっても倒れないことがよくあるから困る。
 私は運良く猫のぬいぐるみをひとつもらえたけど、唯先輩は未だにひとつももらえていない。
 わざわざ難しいものを狙っているからだろうけど……。
「うううぅ……くまさんが倒せないよぉ……」
 そう、唯先輩が狙っているのは棚の一番上に君臨する大きなくまのぬいぐるみだった。
「唯先輩、わざわざそんな難しいのばかり狙わないでもっと簡単なものにしたらどうですか?」
「やだっ! くまさんがいいの!」
 ……なんて子どもっぽいわがまま……。
「あずにゃんだけぬいぐるみもらえるなんてずるいもん! 私だってほしい!」
 ……はぁ。
「それなら、私のぬいぐるみをあげますから」
 駄目元でそう言ってみる。
 はたして唯先輩は――
「ほんと?」
 ――目をキラキラさせていた。
「は、はい……」
 なんだろうこの落差は……。
 まるで犬みたいだ。さっきまでわんわん鳴いてたのに今では餌を与えられるのを大人しく待っている。
 ……かわいいな。
「それじゃ……どうぞ」
「わぁ~いっ!」
 約束どおりぬいぐるみを渡してあげると、唯先輩は飛んで喜んだ。
 ……やっぱり、犬みたいだ。尻尾を振る代わりに全身で喜びを表現してる感じ。
 普段は私のことを猫扱いするけど、自分だって立派な動物じゃないですか。
 思っても口には出さない。そんなことをしたらせっかくの機嫌が悪くなってしまうから。
「ありがとうあずにゃんっ!」
 渡したぬいぐるみに頬擦りをしながら満面の笑顔でお礼を言われる。
「いやそこまで――」
「あずにゃんがいてよかったよ~っ!」
「――へ?」
「あずにゃ~んっ」
 いつかの合宿のときと同じ台詞を言って、唯先輩は私に抱きついてきた。
 頬擦りまで完全再現だ。
「ちょ、唯先輩」
「あずにゃんだ~いすきっ」
「な、何を言ってるんですか」
 不意打ち気味の唯先輩の言葉に、心臓だけじゃなく身体のいろいろな部分が急にどきどきしだした。
 ……本当に、唯先輩はずるい。こんなタイミングでそんな言葉を言われたらどうしようもないじゃないですか。
 本当に……この人は……。
「あっ……」
 と、唯先輩のずるさについて考えていると、突然唯先輩が私から離れた。
 どうしたのかな……?
「唯先輩?」
 不思議に思ってとりあえず周りを見回してみると――
「これは……」「百合さいこーっ!」
「はぁはぁ……」「すばらしい」
 とんでもない量の注目を浴びていた。
「――っ」
 それからの私は凄かった。
 未だ放心状態の唯先輩の手を引っ張り、野次馬の壁をぶち破り、極力人のいない場所を探す。
 そして、ようやく誰もいない場所に逃げ込むことができて、一息吐く。

「はぁ……はぁ……」
 急に走ったせいで心臓の鼓動が一気に速くなる。というかもう胸が苦しい。
 たまらず後ろにある芝生に倒れこんだ。浴衣が汚れるなんて気にしてられない。
「あ、あずにゃん……どうして急に……」
 私と同じように芝生に倒れこんだ唯先輩が顔だけをこちらに向けて、そんなことを言ってきた。
「どうしてって……」
 あれだけの注目を浴びて、逃げないほうがおかしいでしょう……。
 そう言おうとしたけど、胸が苦しくてそれ以上の言葉を紡げなかった。
 隣を見てみると、唯先輩も苦しそうに深呼吸を繰り返している。
 ……やっぱり、無理させちゃったかな……。
 私はこれからすることを解ってたけど、唯先輩は何も知らずに引っ張られたんだから。私より苦しくて当然だ。
「先輩……」
 ようやく喋れる程度にまで動悸が治まった私は、隣の唯先輩に声をかける。
「ん、なぁに?」
 すると、唯先輩も幾分か穏やかな声で返事をしてくれた。
「あの」
 さっきは、すみませんでした。
 ……そう続けるつもりだったのに――
「わぁ……」
 ――ちょうど、祭りのフィナーレの花火が打ち上げられ、続けられなくなった。
「きれいだね~」
「そうですね」
 ……まぁ、あの言葉は花火が終わった後にでも言えばいいか。
 そう思って、隣に唯先輩の温もりを感じながら、空を見上げる。
 打ち上げられるたび、夜空には色とりどりの花が咲く。
 しばらく咲き乱れる花火を見ていると、私の口が自然と言葉を発した。
「唯先輩……」
 さっきまでは謝るつもりだったけど、それは違う。
 だって、せっかくのお祭りなんだから。
「うん?」
 感謝の気持ちを伝えないと。
「今日は、ありがとうございました」
 そう言うと、唯先輩はにっこりとした笑顔を私に向けて――
「それじゃ、来年もまた一緒に来ようね」
 ――とても嬉しい言葉を返してくれた。



Fin