113 :タイトル未定:2009/08/04(火) 00:05:14.80 ID:4Z9SIohi0
――ザパーン
この音を聞くのは、何度目になるのだろう。
途中から回数を数えるのにも飽きて、でも他にできることもなく。
俺は無情に過ぎていく時間を恨んだ。
「……どうしてこうなった」
この台詞を言うのにも、もう飽きてきた。
状況を認識してから、何度も言い続けてきたためだろう。
「……一体どういうことなのでしょう?」
声に振り返ると、そこには金髪の美少女が立っていた。
どうやら、彼女も状況の認識を終えたらしい。
「気は済んだか?」
「はい……もう受け入れざるをえませんね」
お手上げ、というジェスチャーをしてみせる少女。
俺はそんな彼女に溜息をついてみせる。
そう。疑問を抱きながらも、理不尽を認めなくてはいけないときが
あるのだ。
「意外に諦めがいいんだな」
「仕方ないじゃありませんか」
どちらからともなく、苦笑を洩らす。
もう、仕方無いのだ。どうにもならないのだ。
オーケー、はっきりと言おう。
俺たちは、無人島にいた。
129 :発端:2009/08/04(火) 00:23:58.86 ID:4Z9SIohi0
「……続きまして、次のニュースです。琴吹グループの社長である――」
ブチッ!
テレビのスイッチが切られた。
「なにすんだよ、親父! 俺、ニュース見てるところなのによ!」
「ふん、琴吹の名前など聞きたくないわ!」
グビッとビールを飲み干す親父。
そんなふるまいを見て、俺は軽く舌打ちをする。
親父が琴吹グループを何で敵視しているのか?
その理由は単純明快。自分たちのグループの目の上のたんこぶのような存在だからだ。
「自分のグループがトップに立てないからってそんな風にされてもなあ……」
俺は親父に聞こえないように、ひとりごちる。
トップに立つということ。それを目指すのは決して悪いことではない、はずだ。
しかし、親父のようにトップの座に固執しすぎるというのは、無しではないか。
いくらなんでもみっともない。
「……部屋に行くよ」
いまだビールをグビグビとやっている親父に声をかけ、ドアへと向かう。
「――なあ、息子よ」
ドアを開けて廊下に出ようとしたところで、ふと声をかけられた。
「なんだ?」
「……何が起きても、戸惑うなよ。とにかく考えろ」
「はあ? いきなり何を――」
しかし、親父はもう答えてはくれなかった。
133 :発端:2009/08/04(火) 00:29:42.71 ID:4Z9SIohi0
「いったいなんなんだか」
無駄に広い廊下を歩きながら、俺は溜息をつく。
親父のおかしな発言は今に始まったことじゃない。
それは重々承知だ。
しかし、それでも彼の発言の突飛さはどうにかならないものか。
「……わけわからねえ」
部屋に入って、ベッドに寝転がりながらも俺の気分は晴れなかった。
「――ピアノでも弾こうかな」
そう考えたりもしたが、やめた。
とにかく、だるい。親父の発言、琴吹グループ……全てが億劫だ。
「そう、寝ちゃお―」
言うやいなや、ベッドへとダイブ。そのままスースーと寝入ったわけだ。
140 :発端:2009/08/04(火) 00:34:36.89 ID:4Z9SIohi0
今思うと、このとき俺は騒動に巻き込まれたことになる。
そう、親父の発言、あの日の報道……全ては繋がっていたのだ。
そして、以上二つが発端だった。
しかし、その時の俺は考えるのをやめて、グッスリと眠ってしまった。
このとき、もう少し考えておけば、あんな状況にはならなかったのか?
いくら考えても、堂々巡り、だ。
159 :急転:2009/08/04(火) 00:48:43.29 ID:4Z9SIohi0
その日の朝、俺はいつもどおりの時間に目を覚まし、食堂へと向かう。
「おはようございます、お坊ちゃま」
食堂に入ると、コックや執事と言った面々が俺に頭を下げてくれる。
俺はそんな彼らに挨拶を返しながら、席についた。
「どうだ? 今日の調子は」
前方にいる親父が、そう問いかけてきた。
「いつもどおりだな。良くもないし、悪くもない」
「そうかそうか。それは何より」
ククッと笑う親父。見ていて気分の良いものではない。
「なんだよ、何かあるってのか?」
しかし、親父はそういった類の質問には答えてくれなかった。
ただ、意味ありげな表情を向けてくるだけだ。
結局、わけのわからないまま朝食を終える。
(なんだってんだ……)
自室で学校の支度をしながら、妙にいらいらした。
何を考えてんだ、あの男は?
「じゃあ、行ってくるよ」
俺は見送りに来た使用人たちにそう告げた。
「行ってらっしゃいませ、お坊ちゃま!」
そう言って頭を下げてくる彼らに、いつも感動する。
俺には絶対に出来ない仕事だ。
163 :急転:2009/08/04(火) 00:54:21.94 ID:4Z9SIohi0
もはやここまでくると、どこがけいおんSSだと突っ込まれてしまいそうですね。
そんな彼らに手を振りながら、俺は門を通る。
「あーっ、気持ちいい!」
体を伸ばしながらそんなことを言った。
無駄に広い屋敷から出ると、いつもちょっとした開放感を味わえるのだ。
(やっぱり、俺は普通の学生がいい)
学校の仲間を思い浮かべてみる。
どいつも俺より財力は劣っているだろう。
しかし、各々の表情から滲み出るその充足感ときたら!
(はあ……こんな立場)
正直、俺は窮屈だ。
それとも金持ちになりすぎると、誰でもこんな風に思うものなのだろうか?
170 :急転:2009/08/04(火) 00:58:37.61 ID:4Z9SIohi0
テクテクと道を歩いていく。
俺の通う学校はそう遠くない。徒歩20分、というところだろうか。
「これくらいは歩かないと、な」
ふと運転手の悲しそうな顔を思い浮かべ、俺は再び溜息をついた。
俺が学校までの送迎を遠慮しているためか、彼はいつも手持ち無沙汰、らしい。
「悪いな、こんな俺がお坊ちゃまで」
自嘲する。こういうことを考えるだけでも、自分の立場は……厄介だ。
179 :急転:2009/08/04(火) 01:06:44.62 ID:4Z9SIohi0
でも、その日。
俺は哀れな運転手に送迎を頼まなかったことを、心の底から後悔することになる。
「……近道、するか」
俺は人気の無い路地裏を通ることにした。
この道を出れば、学校は目と鼻の先なのだ。
特に躊躇せず、俺はそこを通っていった。
突如、口元に何かが当てられた。
「――ッ!」
反射的に、声をあげそうになる。
しかし、それは叶わなかった。
なにせ、グイグイと強い力で押しつけてくるのだ。
考えてみれば。
もともと機会を窺って待ち構えていた者と
油断して弛緩しきっていた者とが相手になるはずもない。
「……」
自分の意識が薄れていくのを感じる。
最後の瞬間、俺が思い浮かべたのは。
――何が起きても、戸惑うなよ。とにかく考えろ
にっくき親父の顔、だった。
189 :動転:2009/08/04(火) 01:20:28.06 ID:4Z9SIohi0
――ザパーン、ザザ~
「う、うう……?」
そんな音を聞いて、俺は目を覚ました。目覚めはあまりよくない。
「こ、ここは?」
起き上がり、状況を把握することにする。
「えーと、まずは周りの風景から……」
あたり一面、真っ青な海。おまけに後ろには欝蒼と茂った森。
(……)
俺は夢だと思い、再度寝た。間違ってないはずだ、うん。
191 :動転:2009/08/04(火) 01:25:15.61 ID:4Z9SIohi0
――ツンツン
(……)
――ツンツン、ツンツン
「……うわっ!」
俺は身をよじらせた。頬に感じるこの感触は一体なんだ!
「あっ、良かった。やっと起きた!」
どこか聞き心地の良い声がする。ゆっくりと、そちらの方を見た。
そこにはまるで、今まで動かなかったおもちゃがやっと動いたときのような
嬉しそうな顔をした少女がいた。
ちなみに、金髪で眉毛が太い。
200 :動転:2009/08/04(火) 01:37:08.63 ID:4Z9SIohi0
「……君は、いったい?」
「よかったー、起きなかったらどうしようかとー」
ほんわりとした声。どうやら、非常にマイペースだとお見受けした。
「とりあえず、質問に答えてほしい。君は、誰だ?」
「あっ、す、すみません。私、琴吹紬っていいます」
ふふっとほほ笑む少女――いや、琴吹。
そんな表情が堂に入っていて、どこかお嬢様っぽい。
「……あなたは?」
そう言って、まじまじとこちらを見つめてくる。
「俺は……」
そこで、一旦言葉を切る。
言っていいのか、この名前を……?
「うん?」
「俺は……」
1呼吸。そして――
201 :動転:2009/08/04(火) 01:37:53.13 ID:4Z9SIohi0
「斎藤……それだけでいいか?」
苗字だけでいいか、という意味だ。
「うん、構わないわ……って斎藤!?」
彼女は、そこで驚いた表情を浮かべる。
「ううん、違う。どこにでもある苗字だものね……」
そして、なにやらぶつぶつと言い始めた。
(……そうだ。こんな平凡な名前のグループだから)
俺は、嬉しい。
これが奇抜な名前だったら、苗字を言っただけで大いに驚かれてしまう。
「あの、グループの!?」などと言った感じに、だ。
しかし、かの「斎藤グループ」と俺をそう簡単には結び付けられないだろう。
そう。どこにでもある苗字なのだから。
203 :動転:2009/08/04(火) 01:42:02.34 ID:4Z9SIohi0
しかし、目の前の彼女は――
(……なんでこんなに動転してるんだ?)
まさか感づいたのだろうか……いや、どこにでもある名前だ。
まず俺はお坊ちゃまっぽくは見られないはずだ。
普段の立ち振る舞いとか、その他もろもろから。
なのに、いまだにあたふたとしている目の前の少女。
「なあ、いったいどうした?」
俺はついに見かねて、そう訊いてしまった。
「い、いや! 別にどうということは……!」
絶対に何かありそうな口調で、琴吹は言ってのけた。
「わ、私の知り合いに同じ苗字の人がいるから、その」
「……斎藤なんて、どこにでもいるんじゃ」
「で、でも! 雰囲気とかが、あまりにも……」
またなにやらごにょごにょとやり始めた。
これじゃ話が進展しない。
205 :動転:2009/08/04(火) 01:46:09.78 ID:4Z9SIohi0
「なあ、少し落ち着いて聞いてくれないか」
俺は琴吹に語りかけた。
「は、はい! すみません……」
彼女も動転しすぎだと感じたのだろう。しゅんとしてしまった。
「じゃ、まず一つ目。ここはどこか、見当つく?」
「えっ……ここって、普通に島じゃ?」
「うん、確かに島だ。でもさ、ただの島なのかな?」
俺の発言に首を傾ける琴吹。
「わ、わかりません……な、何を言いたいのか」
「ここは、無人島とかじゃないか?」
俺は認めたくなかった言葉を、告げた。
209 :動転:2009/08/04(火) 01:50:19.50 ID:4Z9SIohi0
「……えっ?」
一瞬、琴吹の顔が青ざめる。しかし、すぐに取り繕い
「そ、そんなわけないですよー!」
俺に言った。
「嘘だと思うなら、島を回ってみようか?」
俺はそう言って、琴吹を誘った。
ちなみに俺自身、実際に回ったわけではない。
ただ、確信していた。この気配のなさ……ただごとでは、ない。
「わ、わかりました! い、行きましょうっ!」
琴吹の声は裏返っていた。それが彼女の動転を示している。
「よし、行くか」
こうして、俺と琴吹は島を回り始めた。
218 :動転:2009/08/04(火) 02:00:22.41 ID:4Z9SIohi0
島はそこまで大きくはなかった。一周するのに、約1時間程度。
森林の中にはたくさんの樹木が生い茂っており、自然は豊かだと言える。
森林のどこから出ても浜辺に至ることから、森林は島の中心に位置していると分かった。
ただ、そんなことが分かっても――
「動物一匹いねえな……」
収穫は無いに等しい。
「……そ、そんな」
琴吹の声も弱々しい。俺の腕にしがみつきながら、震えている。
「わかっただろう? 認めよう」
そんな彼女を見ていると、逆に俺は穏やかな気分になる。
自分よりも動揺している人を見ると、落ち着くという心理、だ。
「し、信じられません! わたし、もう一回周ります!!」
俺の腕から離れ、彼女は森林へと戻っていった。
「あんまり遠くへ行くなよ~!」
無駄と知りながらも、俺は彼女に声をかけた。まあ、動物がいないことも
確認できたし、危険なことはないだろう……たぶん。
最終更新:2009年08月06日 22:44