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936 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/30(木) 20:42:28.76 ID:So0A175s0
 海に来るとあの日のことを思い出す。
 彼女は今も俺の記憶の中にいる。

「――本日はここまで!」
 教師がそういったのを皮切りに、生徒たちが一斉に立ち上がる。
「きりーつ、きをつけー……礼!」
 さよならー、という声が教室に木霊する。
「さてと……」
 俺は鞄を持ち、教室をとっとと出ようとする。

「おい、待てよ! 帰りどっか行かね?」
 教室のドア付近で友人がそう誘ってくれたが、俺はそれを断る。
「わりい。今日はちょっと……」
「ちえー、わかったよ」
「また今度な」
 そんなやりとりを交わして、俺は昇降口へと向かう。

939 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/30(木) 20:45:58.01 ID:So0A175s0
 そこで靴を履きかえ、校門を目指した。

 行くべき場所が、あった。
 特に根拠もなかったが、毎年この日になるといつも向かう場所だ。
 季節は冬。
 当然、気温は低く、こんな時期に行くのには不釣り合いな所だと思う。
(それでも、行っちまうんだよなあ……)


941 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/30(木) 20:47:38.04 ID:So0A175s0
 少し、自嘲する。
 何度行ったところで結局この願いが成就することなんてありえないってのに。
(いったい、何が俺を縛り付けてんだろ?)
 繰り返すが、季節は冬。この時期、間違いなく不釣り合いな場所。

 海だ。

943 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/30(木) 20:51:39.69 ID:So0A175s0
「着いたか……」
 色々と考えていたからか、そこまで時間がかかったようには思えなかった。
 浜辺でドスンと腰を下ろす。

「こんな時期の海も悪くないかもなあ……」
 普段来るのは、もちろん夏だ。
 しかし、冬の海というのもまた違った趣がある。
「なんか波の音が寂しく聞こえるっていうか……」
 そんな風に、ひとりごちる。

944 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/30(木) 20:53:26.17 ID:So0A175s0
 ――カシャッ!
 何か、聞こえた。

「なんだ……カメラ?」
 音がしたほうを振り向いてみると、そこに――。

946 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:00:21.96 ID:So0A175s0
 一人の少女がいた。
 長い黒髪をなびかせ、岩の上から一心に海を見つめている。

(うわ……綺麗な子だなあ)
 それが第一印象だった。
 また、彼女が手に持っているカメラも様になっていた。

(声、かけてみようかな?)
 このときなんで俺がこんなことを考えたのかはわからない。
 きっと、このどこかさみしい思いを紛らわしたかったんだろう。
 あるいは、少女の美しさに惹かれたか。

950 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:03:59.16 ID:So0A175s0
(よし!)
 俺は決意し、立ち上がり少女のもとへ。
 少女は海を見つめるのに夢中で、俺が近づくのに気づいていない様子だ。

「ねえ、何やってんの?」
 なるべく、柔らかい口調で少女に問いかけた。
 ビクリ、と肩を震わせ少女はこちらを振り向いた。


953 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:07:27.53 ID:So0A175s0
 俺はまじまじと少女の顔を見つめる。
(やっぱ、整ってんなあー)
 近くで見つめてみると、よくわかる。
 切れ長の目。長くさらさらとした黒髪。
 すべてが彼女の魅力をこれでもかと言わんばかりに引き出している。

「あ、あの……?」
「あっ、ご、ごめん」
 見つめすぎたせいだろう。彼女は明らかにこちらを警戒してしまっている。

954 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:10:53.19 ID:So0A175s0
「な、なにか用ですか?」
 見ると少女はとても怖がっている様子だ。
 顔を赤らめて、上目づかいで見つめてくる。
(う……は、反則だろ、この仕草は)
「特に用ってことはないんだけど……こんな時期に
 人が来るのは珍しいって思ってさ」
 とりあえず、正直な思いを伝える。
「そ、そうですか……?」
 ――まだ怖がってんな、こりゃ。

955 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:17:04.15 ID:So0A175s0
「き、君の名前は?」
 俺は、過程をすっ飛ばし本題を切り出した。
 そうした方がむしろいい、と思ったからだ。

 少女はしばし逡巡した後、
「――秋山。秋山澪、です」
 俺に名前を教えてくれた。
「ありがと。俺は――」
 俺も自分の名前を教える。

 名前を教えたことで、雰囲気が変わったように感じられた。
 少なくとも、軽く世間話を交わす程度には。

「へえー、秋山はバンドやってんのか?」
 意外、とはあまり思わなかった。
 彼女と楽器の組み合わせは、想像しただけでも絶妙なものだったからだ。
「う、うん。一応、ベースを」
「へえー! 俺そういうの全く詳しくないから憧れるな」
 かなり本気で。

957 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:20:35.26 ID:So0A175s0
 そこで胸がズキン、ときた。

 ――君って打ち込んでるものがないよね。

 ――なんかそういうのって、うーん。

「……やっぱり、打ち込んでるものがあるってのは」
「……?」
「なあ、なんでベースをやろうと思ったんだ?」
 俺は秋山に質問を投げかける。
 少し必死だったかもしれない。
958 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:26:04.76 ID:So0A175s0
「えーと、親友が誘ったから、かな?」
 秋山は特に間を空けることもなく答えた。
 ――そのことから、彼女は本当に興味を持ってバンド活動をしているのだとわかった。

「俺もなんか、やってみようかなー」
 冗談めかしてそんなことを言ってみる。
「その『なんか』がわかんねえんだけどな」
 悔しかった。目の前には本気で何かに打ち込んでいる子がいるってのに。

 俺はそれが見つからないばっかりに。

960 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:30:37.68 ID:So0A175s0
 一人の少女を――

「……私の部には、一年からバンド活動を始めた子がいる」
 秋山は訥々と語りだした。俺はそのことに多少驚いた。
 自分から何かを語りだしそうな様子を今まで見せなかったからだ。

「その子は、何かやりたいことを見つけたくてうちにきた。
 『何か』は漠然としていた。でも、その子は本当にバンドを気に入ってくれたんだ」
 言葉を選びながら、語り続ける秋山。
 ――彼女は何かを、俺に?

「えーと、その。だから……
 『何か』を見つけることは急がなくていいと思う」
 しどろもどろになりながらも、言い終えた。

961 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:36:04.18 ID:So0A175s0
 聞き終えた俺は、何故か安心していた。
 彼女の口調がそうさせたのかもしれない。
 一生懸命に、伝えようとしてくれた。

「――ありがとう」
 まず、俺は礼を言った。
 見ると秋山は赤面して、本気で恥ずかしがっている様子だ。
 ――人と話すことに慣れてないっぽいのに。
「助かった。ちょい本気で悩んでてさ。打ち込むものってのに」
 そこで思い出す、かつての少女。

 ――打ち込むものがあれば、君ももっと輝けるのに。

 ――惜しい、ほんとに惜しいよ。

 そう言って、俺に別れを告げた少女。
 俺は毎年、振られたその日にここを訪れていた。 
 未練たらたらに、だ。




962 :海の記憶:2009/07/30(木) 21:38:48.08 ID:So0A175s0
(……少しは変われたのかな?)
 訪れるたびに、俺は言いようもない感情に襲われていたのだ。
 悔恨、寂寥……如何とも表現しがたいものに、だ。
「ど、どういたしまして……」
 ぼそぼそとそう言ってくれる秋山に俺は――
「ほんとうに、ありがとう」
 再度礼を言った。

965 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:05:18.38 ID:So0A175s0
「それじゃ、そろそろ……」
 話しているうちに、結構時間が経っていたらしい。
 秋山は帰ろうと、立ち上がっていた。
「ああ、じゃあな」
 俺もそう返してから、聞きたいことがあったのを思い出した。
「そうだ。どこの学校?」
「……桜が丘高等学校」
 少し迷った末に、教えてくれた。
 結構、有名な女子高だった。
「そうか、わかった。ばいばい」
 俺は秋山に手を振る。
「はい……さよなら」
 秋山も小さく手を振りながら、歩いて行った。


966 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:06:43.84 ID:So0A175s0
 秋山と別れて歩いているうちに、はたと気づく。
(そういや、メアド聞いてなかったな)
 少し惜しい気もしたが、まあいいやと思う。
 メアドというつながりよりも――
「もっと大切な言葉をもらったし、な」
 満足しながら、俺は家へと歩いて行った。
967 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:13:16.51 ID:So0A175s0
―エピローグ―
「――放課後ティータイムで、ふわふわ時間!」
 盛り上がる講堂の中に、俺は座っていた。
 茶髪のボブカットの少女がそう言ったあと、ドラムのカチューシャ少女が
「1・2・3!」と指揮を執る。演奏が始まった。

 はっきり言って曲の上手い下手というのは俺には分からない。
 けれど、たしかなことは――
(すげえ、楽しそう……)
 みんながいきいきと、弾けるように演奏していた。
 それを見られるだけで、十分だった。


 桜が丘高等学校は女子高。
 当然、チケットが無いと文化祭を回れない。
(従妹が通ってて良かった)
 俺は奇跡のような偶然に感謝した。



968 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:15:22.24 ID:So0A175s0
「……ありがとうございましたー!」
 パチパチと拍手が響く中で、彼女たちは一礼する。
 そして、舞台袖へと移動した。
「さて、続きまして――」
 司会の声を背に、俺は講堂を出た。
969 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:18:36.27 ID:So0A175s0
(どこかな……?)
 俺は軽音部の面々を探す。
 何せこの学校、かなり広い。
 見つけるのは、不可能に近いのではないか……。
(こりゃ絶望的だな……)
「あっ! 律ちゃん、これ美味しそ~!」
「こら、唯! 一旦部室に戻るんだろ!」
「そうだぞ、唯。食べるのは後で!」
「えー、つまんなーい」
 偶然聞こえた、そんなやりとり。
 最後の声は、明らかに俺が聞いた事のあるものだった。


972 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:23:11.91 ID:So0A175s0
「やっと見つかった……」
 俺は声の方へと歩き出す。偶然に恵まれていることを実感しながら。

「秋山」
 突然、自分の名前を呼ばれて吃驚したのだろう。
 ビクッと肩を震わせて、こちらを振り返る。
 なになに? と他の面々もこちらを見た。
「演奏、良かったぜ」
 俺は持っていた花束を差し出す。
「今日の演奏への賞賛とあのときの礼だ」
 秋山はおずおずと差し出されたそれを受け取った。
「あ、ああ。ありがとう」
 ――俺のことを覚えていてくれたのか。
 正直、嬉しい。

973 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:26:20.98 ID:So0A175s0
 何故わかったのかというと、口調にわずかな親しみを感じたからだ。
「じゃあな。俺も頑張っていくよ」
 手を振り、その場を立ち去る。メアドは聞かないと最初から決めていた。

「ねえ、澪ちゃん! 今の、だれ~?」
「おい、澪! 水臭いじゃないか!」
「澪ちゃんも、ようやく……」
「澪先輩! なんで言ってくれなかったんですか?」
「ち、ちがっ! あの人は、そういうんじゃ……!」
 そんなやりとりを背に、俺は校門を出た。今日の目的はそもそもこれだけだ。

975 :海の記憶:2009/07/30(木) 22:30:33.30 ID:So0A175s0
 最寄り駅に向かいながら、俺は回想する。

 ――なにか打ち込めてればねえ。

 ――惜しいなあ。

 今は思い出しても、そんなに辛くない。
 今の俺には、「変わろう」とする意志しかないからだ。

(秋山……)
 本当に感謝してもしきれない。
 あの日のことをずっと覚えていたからこそ、今日ここへ来たのだ。
 花束まで買って、だ。
(絶対に見つけてやる……)
 打ち込めるものってやつを。

 呪縛から解き放たれて
 今年は海に行かなくて、よさそうだ――

  Fin.