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118 :1/8:2009/08/27(木) 00:46:27.35 ID:V61ECH6Y0
地球温暖化がどうのエコがどうの、いろいろと堅苦しい時代の中
俺はなんとか生きてきた。
成人し、見た目ばかり歳をとった俺でも、まともな職にありつけた。
詳しく言うと長くなるので省略するが、そんなこんなで仕事にも区切りをつけ
8月末、真夏に休暇をとったのだ。
盆も過ぎてしまったが実家へ帰った。
二階建ての一軒家。玄関に入り目の前に見える階段をあがれば、そこが俺の部屋。
なつかしいホコリの匂いがして、すぐに換気する。
窓を閉め、本棚の整理、ギターをいじったりなんかして、ふとテレビをつけた。
「あっ……これ知ってるぞ」
近頃評判の、「けいおん!」というテレビアニメだった。
社内でもこの話題で持ちきりで、とくに俺と同年代の奴らがよく語り合っていたっけ。
たしか女子校が舞台で、ひたすら女の子の日常を描写していくアニメ、だったかな。
「まあけいおん!とか現実では有り得ないよな」
そう、これらはすべて作り物。
楽しそうに笑っている画面の中のショートカットの女の子。
ただの絵なんだ。本当に生きているように見えるとしても、所詮作り物なのだ。


119 :2/8:2009/08/27(木) 00:48:19.72 ID:V61ECH6Y0
そんなふうにぼんやりと舞台を見守っていると、高校時代を思い出す。
いくつか年下で、初めて付き合った女の子。当時中学生だった彼女、いまは高校生かなあ。
引っ越すと言ってきてすぐに別れたし、あのときはモテていて
そのあとも結構な人数と付き合ってきたから、名前や顔はもう忘れてしまったけど
「好きです」という純粋な言葉がうれしくて、あのとき告白されたことだけは今でもおぼろげに覚えている。

いつのまにか冷やしたビールも飲み干してしまった。
そこでテレビのほうへ顔を向けた。時計を見ると、まだアニメを見始めて10分程度。
CMに入ったわけでもない。
高校が舞台の「けいおん!」の中で、登場人物が誰一人いないシーンが続いている。
あれ、こんなに風景ばっかりで成り立つんかなあ?
疑問に思いつつ見続けるが、誰も登場しない。
ショートカットの女の子の自宅のはずなのに、その少女はいない。
なんだこれ?放送事故?いや、アニメでそんなこと起こるはずがない。
少し不気味に思った俺をさらに震撼させたのは、背後の窓だった。
ベランダへと続く窓から、風が吹いてきている。
なぜ?さっき閉めて、鍵はかけ忘れたかもしれないが、開いているはずがない!
……お前、誰だ。
もはや俺の妄想でもなんでもなかった。人の気配がする。
悟られぬよう、テレビだけを見続ける。
窃盗?いや、それなら俺の居ないときを狙ってやってくるはず。
強盗?いや、それならすぐに要求を突きつけてくるはず。
じゃあ、じゃあじゃあ、もしかして。
……お前、……。


120 :3/8:2009/08/27(木) 00:50:10.90 ID:V61ECH6Y0
「ああああああっ!!」
声をあげたのは俺だった。
ヘビに睨まれたカエルが渾身の力で身を翻す。
反転しつつ右手に力を込め、思いっきり叩きつける。
だけど、視線の先にいたのは意外な人物だった。
「痛いっ!!」
冷徹な殺人鬼を覚悟していた俺は肩を竦めた。
「いきなり何するんですか、もう……ひどいなっ」
俺より低い身長。ベージュのセーターと白いシャツ、その体格に見合うスカート。
紛れもなくそれは殺人鬼のものではなかった。
「あんた誰?」
しかし不審に思わなかったわけもない。すぐに問い、少しでも恐怖を和らげることに専念する。
「わ、私……唯です、平沢唯」
平沢唯。どこかで聞いたことのある名前だ。
「あの、貴方さっき『けいおん!』の存在を否定しましたよね?」
「はあ?いまやってるアニメのこと?」
「そうです。私、それが悲しくて。そこから抜け出してきました!」
彼女の指差す方向はテレビ。
何を言っているんだコイツは。夜な夜な俺の部屋に忍び込んできて、しかもアニメからやってきた?
馬鹿馬鹿しいにも程がある。追い出そうと思ったが、よくみると
アニメにさっきまでいた子とよく似ている。本物なのでは、と一瞬考えた後
すぐに頭を現実に戻すのだった。
「あんたを警察に突き出したりしねえから、早く帰りな」
無難な返事をしたつもりだが、彼女は怯まない。
「だ~か~ら~、貴方が否定したから私がきてあげたんじゃないですかぁ~」
緊張した場面のはずなのに、いやに弛緩した口調。
そこで余計に真実味を帯びてきた思考がひとつの策を見出した。


121 :4/8:2009/08/27(木) 00:51:31.15 ID:V61ECH6Y0
「よし。じゃあ、あんたが本物だっていう証拠を見せてくれ」
ふざけた提案だが俺は言った。
「承知しましたっ!……んー、……よし、これ借りますね!」
部屋を見回した彼女が目をつけたもの、それはギターだった。
さっき弄ったばかりだからチューニングはほぼ完璧。
それを彼女もすぐに察したようで、肩に掛けたまま立ち上がり宣言した。
「いきますっ!平沢唯で『Cagayake!GIRLS』!!」

――見事だった。
例えようのないくらい素晴らしい歌だったことをすぐに認め、讃えた。
彼女の声は紛れもなくあのアニメのオープニングのまま。
本当に綺麗だった。聴こえる音も、見える姿も。
六感から伝わってくるあらゆる情報が俺の涙腺を刺激した。
「へへっ、どうでしたー?」
「……凄いですね」
こんな夜に爆音出していいのか。
モラルの塊が家の電話を鳴らしてしまっているが、俺はそんなことを気にもとめず
彼女に拍手していた。
両親が偶然、近くのスーパーに出向いていることは幸運だったけれど
それ以上に、彼女の歌が聴けたのが幸運だったのかもしれない。
「いや、本当に凄い。さっきはすみません、帰れだとか言って」
「えへへ!そう言ってもらえると嬉しいです~」
そんな彼女と打ち解けるのも時間の問題で。
すぐに俺たちは意気投合し、互いのありとあらゆることを語り合うのだった。
料理、学校、仕事、音楽、漫画、映画、友人、恋愛。
なにか、ひどくなつかしいような気持ちになってしまい、感傷に浸った。


123 :5/8:2009/08/27(木) 00:53:21.63 ID:V61ECH6Y0
それからというもの、俺は彼女と仕事の合間にふたりきりで出かける仲になった。
怪しい馴れ初めではあったものの相性は良いようだ。
彼女に会えるのは仕事のない土曜、日曜だけ。
平日の学校帰りに車でカッコつけちゃって迎えに行く、
なんてシチュエーションを夢想したりする。でも現実問題、仕事の都合上不可能だ。
早く彼女に会いたい。一心に仕事を続け、その疲れを彼女で癒す。
告白はしていない。
友達ということになっていたけれど、なんとなくお互い恋心があるのはわかっていた。
映画に夢中な彼女、ホラー映画では製作者の意図どおりに驚いて
いかにもなヒューマンドラマでは涙を流す。
そんな彼女の隣にいられるのに夢中な俺。
水族館にいったときは子どものように目を丸くしていて、
ときたま美術館なんていう俺とは縁のないところにいくと
「ふむふむ、こちらの絵はかなりの上物ですなぁ~」なんて嘯いて。
彼女といるときは本当に楽しかった。時間がすぐに過ぎていく。
ごはんを食べているときだって、彼女はとても愛らしい。
俺はまだまだ成人したばっかのガキだから稼ぎはあまりないけれど、
苦労して得たお金を彼女と共有できるのが幸せだった。
「でね、それでね!うちの軽音の律って子がね」
屈託のない笑顔で話す姿を見ていると、俺も笑顔を絶やさずにはいられない。
すべてが、至福だ。


124 :6/8:2009/08/27(木) 00:54:50.62 ID:V61ECH6Y0
あと一週間で一月が経とうという頃、俺は彼女の学校に来ていた。
今日は日曜。おそらく彼女も部活真っ最中であろう。
せっかくのサプライズ。
休日ではあるが、俺の夢想したお出迎えが現実になると思うと笑いを堪えずにはいられない。
見知らぬ校舎の正門の辺りで適当に時間を潰していると、女生徒がひとり通りかかった。
黙っていようと思ったが、意外なことに彼女のほうから話しかけてきた。
「あれ、お兄さん何やってるんですか?不審者は通報しますよ」
言葉はキツいが顔は笑っている。どうやら彼女なりのジョークであるようで、俺は言葉を返した。
「あはは、いま軽音部の子を待ってるんだよ」
気さくに返したつもりだったが、その顔は引きつっている。
「何ふざけてるんですか。軽音はうちにありませんよ」
「えっ?今なんて?」
「軽音楽部はうちの学校にありません。お引取り願います」
真剣な眼差しで咎められた。彼女が嘘をついているように見えず、俺は恐怖した。
軽音がないなら、今どこで唯は部活をしているというのか。
学校を間違えるなんてこともありえない。ここは私立桜が丘高校、ほかに似た名前の高校もない。
よく事態が飲み込めないまま、俺は無意識のうちに車に乗り込み、学校を後にした……。


126 :7/8:2009/08/27(木) 00:57:45.44 ID:V61ECH6Y0
次の土曜。いや、正確には24時を過ぎた日曜に、唯がやってきた。
実家ではない俺の家に来たのは初めてで手厚く歓迎したつもりだが、彼女の表情は暗い。
こんな真夜中に何があったのかと問いただしたが、教えてくれそうにない。
なんだ?まさか、俺が昨日やったことを知っているのだろうか。
反省した面持ちで小一時間沈黙していると、やっとのことで彼女は口を開いた。
「ねえ、これから言うこと、よく聞いてくれる……?」
いつも軽快な口調の唯が、とても重い口ぶりで、彼女の言葉とは思えなかった。
「うん、聞くよ」
それだけ返事をするよ彼女も安心したようで、俺の顔を見つめて、言った。
「私ね、……今日でお別れなの」
「えっ?」
よく意味がわからなかった。
お別れ。その言葉が意味するところはなんなのだろうか。
転校、卒業。高校生ならその程度の意味で使う「お別れ」。
でもまだ9月の末だし、そもそも俺は社会人だし。
表情も相まって話が見えず混乱してしまいそうになる。
「聞いて。私ね、平沢唯は……平沢唯じゃないの」
「はあ……」
余計に意味がわからない。次の言葉を待った。
「私ね、昔、君の彼氏だったよ」
「は……?」
「まだわからないかな。でも、もう時間がないの。今すぐ思い出してほしい」
悲痛な彼女の声。いまだかつて聞いたことのない痛みに溢れた声が、頭を埋め尽くす。
アニメから出てきたように見える彼女。
彼女の言う別れって……じゃあ、アニメに戻ること?


128 :8/8 完:2009/08/27(木) 01:00:16.19 ID:V61ECH6Y0
そんなことはないはずだ。
だって彼女がこうして俺の目の前にいる。ちゃんと、生きている。
「ううん……違うよ。私、もう何年か前に、死んじゃったんだ」
「な、何言ってるんだよ!」
情けない声で、だけれどもキチンと否定する。
唯が死んでいる?そんな馬鹿な。そんな単語を口にすることだけでも信じられないのに。
「あはは……。今度は心から君が想ってくれたからかな。全然怖くないよ」
「ゆ、唯……。」
少しだけ頭の心配をする。おかしいのは俺なのか、唯なのか。
「引っ越したなんて大嘘。本当はあの時ガンで死んじゃったんだ。
 君にそんな悲しいところ、見せたくなかったから。ごめんね……」
「引っ越し……って……あ、ああああ……。唯っ、お前まさか」
「そうだよ。やっぱり覚えててくれたんだ」
時計の針は25時を指そうとしている。
「楽しかったよ。あの時できなかったこと、いっぱいできた」
彼女の体が、薄く霞んでしか見えない。
「これからも時々でいいから……思い出してほしいよ」
それは涙のせいでなく、文字通り彼女が、消えかかっていた。
「えへへ……大好きだよ。じゃあ最後に聴いてね、私の演」
時計の針が25時を指した。
言葉はそこで途切れ、姿も完全に見えなくなった。
元からそうであったように、彼女が存在しなかったように
俺だけがたったひとり残されていた。

部屋のテレビから歌が聴こえてくる。
土曜日、25時。「けいおん!」だ。
「Chatting Now ガチでカシマシ Never Ending Girl's Talk♪」
彼女の声が途切れることはなく、ましてや作り物でもなかった。
そして、これからも途切れることはないだろう。
俺が忘れさえしなければ、彼女の声も姿も、いつだってはっきりと思い出せるのだから。