「うぃ~、まだぁ~?」
「もうちょっと待って~っ」
 玄関から聞こえるお姉ちゃんの声に返事をしながら、持っていく荷物をまとめる。
 まとめると言っても、別に夜逃げするとかそういうことではない。今日は久しぶりに愛するお姉ちゃんとお出かけするから、それに持っていくための荷物だ。
 中身は女の子の秘密だから教えることはできません、ごめんね!
「お待たせ、お姉ちゃんっ」
 そして数分後。
 ようやくまとめ終えた荷物を持って玄関へと出ると、お姉ちゃんは待ちくたびれたといった表情で外の景色を眺めていた。
「遅いよ~うぃ~」
「ごめんね、お姉ちゃん」
 遅れないように早く起きるつもりだったのだけど、今日に限って朝がとても遅くなってしまった。
 原因は解っている。この年で恥ずかしいことに、今日が楽しみすぎて昨日はなかなか寝付けなかったのだ。
 ……だって、本当に久しぶりだったんだもん、仕方ないよね?
「それじゃ、早速行こっか」
「そうだね」
 切り替えの早さに定評のあるお姉ちゃん。さっきまでのだらけきった表情が嘘のように、キラキラと輝いている。
 きっと私の顔も同じぐらいキラキラしてるんだろうけど。
「まずはどこに行く?」
「う~ん……それじゃ、あいす屋さんに行ってみようっ」
「いきなりアイス?」
「だって、おなか空いたんだもん」
「そっか、ならしかたないね」
 ほんとはもっときつく言った方がいいんだろうけど、アイスを食べているときのお姉ちゃんが本当に可愛いから、その顔が見たくて簡単に折れてしまう。
 ……意思弱いなぁ、私。
「どれにする?」
「チューペットがいいな」
「チューペットはもう販売停止になったと思うんだけど……」
「えっ!? そうなの?」
 お姉ちゃん、知らなかったのかな……。あまりのショックにしくしくと泣き始めちゃった。
 泣いてるお姉ちゃんも可愛――って何を言ってるんだ私は正気を保てこんなところで襲い掛かっちゃだめだ。
「あぁ、ウチにはまだ在庫が残ってるよ」
 私が何とか気持ちを落ち着けたぐらいに、お店の人がそんな嬉しい事実を教えてくれた。
 ついさっきまで泣いてたお姉ちゃんは、いつの間にか笑顔になってるし、本当に切り替えが早い。
「おいくらですか?」
「んー、どうせそろそろ捨てるつもりだったし、タダでいいよ」
「いいんですか!?」
「うん」
 なんて優しい人なんだろう……、感動で景色が滲んできちゃったよ……。
「せっかくだから、ウチにあるチューペットを全部持ってってくれて構わないよ」
「ほんとにっ!?」
 ちょっと、お姉ちゃんがっつき過ぎだよ……。そりゃまぁ、確かにタダで貰えるなら嬉しいけど、さすがに全部は気が引けるよ……。
 っていうか、在庫どれぐらいあるの?
「ちょっと待っててね、今全部持ってくるから」
「あ、どうもすみません」
 店の奥に引っ込む背中を見送って、残ったのはお姉ちゃんと私だけ。
 お姉ちゃんはこれから見る楽園に期待を膨らませているけど、私は不安で不安でしょうがない。もし100本とか持ってこられたらどうしよう……。
 そして、こんなときの私の不安はことごとく現実になってしまう。数分後、店の奥から大きな箱を両手で抱えながら店長さんが出てきたとき、私は戦慄した。
「ふぃ~、どっこいしょ、っと」
 とても疲れた様子でカウンターの上に箱を積み上げる店長さん。そして、恐る恐るその中身を覗いて――
「何本あるんですかこれぇ!?」
 ここがお店の中であるということを忘れて、私は大声を上げてしまった。
 幸い、私たちのほかにお客さんがいなかったからよかったものの、もしいたらどうなっていたのか……、うわぁ恥ずかしい。
 私が羞恥に頬を染めていると、隣でお姉ちゃんが歓声を上げた。
「おじさん、これ全部で何本あるの?」
「全部数えたことはないから解らないけど……、多分100本は超えてるんじゃないかな」
「わぁ、すごいね~」
「そうだねぇ」
 いやいや、何をそんな暢気に。こんなの全部食べきれるわけ無いじゃないですか。それぐらい考えてくださいよ。
「あの、お気持ちは嬉しいんですけど、これ全部はさすがに食べきれないので、この中から数本だけ貰って行っていいですか?」
「だめだよっ!」
「えっ」
 店長さんに聞いたはずなのに、なぜか答えたのはお姉ちゃん。しかも駄々っ子声で……、嫌な予感がする。
「これ全部くれるって言ったもんっ! だから全部貰うの!」
「あの、でも、これはさすがに食べきれないよ?」
「食べきれるもん!」
「絶対に無理だよ」
「大丈夫!」
「……はぁ」
 だめだ、今のお姉ちゃんには何を言っても無駄だ。店長さんはそんな私たちのやりとりをにこにこと眺めてるし……止めてくださいよ。
「くれるって言ったもん……うえぇん」
「わわわ、泣かないでよお姉ちゃん」
 これじゃまるで私が悪いみたいじゃない……。もしかして私がおかしいの? いくらタダだからって限度ってものはあるよね?
 問いかけるも、答えてくれる人はいない。店長さんは相変わらずにこにこしてるだけだし、お姉ちゃんは未だにぐずぐず泣いている。
 ……仕方ない、か。
「解ったよお姉ちゃん」
「くれるって言ったもん……」
「全部引き取るから」
「ほんと!?」
「ほ、ほんとだよ」
 泣き顔から急に笑顔になるのは止めて欲しい。
「それじゃ、商談成立ということでいいのかな?」
「商談も何もないと思いますが……、タダですし」
「細かいことは気にしないの」
「そうですか」
 この人も結構個性的だなぁ……。
「それじゃ、さっそく家に帰って食べよっ!」
「あ、待ってよお姉ちゃん! ……それじゃ、ありがとうございました」
「いえいえ、またのお越しをお待ちしております」
 ――こうして、楽しいはずのお出かけ天国は一変、チューペット地獄になりました……はぁ。



Fin

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最終更新:2009年09月23日 22:07