※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

404 :あとがき:2009/09/26(土) 13:51:59.77 ID:gkDPukOx0
 汗ばんだシャツをはためかせ教室に戻ってくると、そこにあったはずのものが忽然と消えていた。
「……」
 無言のまま、周囲を見渡す。 
 視界に入るは、黒板。天井。床……いずれの場所にも、目的のブツは無い。
 誰かに尋ねようと思っても、教室内には誰もいないときた。

「……なるほど」
 大体、読めた。
 こんな風に、俺に災いを運んでくるはた迷惑な野郎は一人しか思いつかない。





405 :あとがき:2009/09/26(土) 14:00:21.63 ID:gkDPukOx0
 俺は踵を返し、教室を後にした。

 開け放たれた窓から入り込んでくる蝉の泣き声に顔をしかめながら、俺は歩を進める。
 向かうは、隣の教室だ。いつもそこに、奴は居座っている。

 目的地に辿り着き、俺はガラリと扉を開けた。
 何人かの女子が教室の隅にかたまって、談笑しているのが見えた。

 その中に――奴が、いた。




406 :あとがき:2009/09/26(土) 14:09:30.52 ID:gkDPukOx0
「てめー、田井中!」
 俺は奴の名前を叫びながら、集団に近づいていく。
 その中にいるカチューシャ女がこちらを振り向き、ぎょっとした表情を浮かべた。

「げっ、もうばれたのかよ!?」
「今度という今度は許さねえ! よくも俺のコーヒー牛乳を!!」
 そう。この女はいつも隙をついては、俺の飲み物を盗んでいくのだ。
「ちっ、仕方ねえな!!」
 言うや否や、女子集団を離れ教室を飛び出して行こうとする田井中。
「てめえ、待ちやがれ!」
 当然、俺も後を追う。
 今まで散々逃げられたんだ、もう逃がすわけにはいかねえ!

「……はあ、またやってるよ」
「毎度毎度、飽きないねえ」
「見慣れたわよねー、もう」
 そんな外野の声をBGMに、俺は奴を追って駆け出した。






408 :あとがき:2009/09/26(土) 14:21:20.04 ID:gkDPukOx0
「今日こそ、今までてめえが盗んだ分の金を返してもらおうじゃねえか!」
「へっ! そうしてほしかったら、ここまでこいよ~!!」
 俺より先に教室を出た田井中は、随分と距離を稼いでいた。
「上等だ! 今日こそ、とっ捕まえてやる!」
 だが、そんな距離がなんだというのか。今度という今度は、手加減なしだ――!





409 :あとがき:2009/09/26(土) 14:29:22.82 ID:gkDPukOx0
 ――と、ついさっきまで息巻いていた俺だが
「ち、ちくしょう……」
 あのカチューシャ、無駄に有り余っている体力を駆使してどこまでも逃げていきやがる。
 そのエネルギーを他の所に活かせば大成するんじゃないか、といらんことまで考えてしまう。
「ここまでか……」
 俺は、校内に設置されたベンチにドカリと腰を下ろす。
 そこで敗戦兵のごとく肩をすぼめて、がっくりと項垂れた。

「ちくしょう、これで何本目だよ……」
 4本、5本……いやそれ以上?



410 :あとがき:2009/09/26(土) 14:34:58.82 ID:gkDPukOx0
 はあ、と大きく溜息をついてあの女の奇行にほとほとあきれ返った。

「あー、無駄に疲れたー!」
 今日もあいつに追いつけなかった……悔しい。
「あんのカチューシャ、今度会ったら――」
「今度会ったら、なんだよ?」
 突如、頬にひんやりとしたものが押しつけられた。

「うわっ!?」
 ビクリと身を震わせて、声のした方へと顔を向ける。
「よう、随分と汗びっしょりだな」
 そこにいたのは、にっくきカチューシャ女――田井中律、その人だった。



411 :あとがき:2009/09/26(土) 14:41:22.15 ID:gkDPukOx0
「誰のせいだと思ってやがる!」
 田井中に罵詈雑言を浴びせかけようと思い、口を開きかける俺。
「あーあー、分かった。悪かったよ」
 しかし、田井中の挙動は俺が予想していたのとは違うものだった。

 ふと、先ほど頬に押しつけられた冷たい感触を思い出す。
 よく見てみると、田井中の手にはアクエリアス(500ml)があった。
「ほら」
 ずいと、田井中は俺にそれを押しつけてきた。
「流石に、飲ませてもらいすぎたからな。お詫びだ、お詫び」
 そんなことを言う田井中の表情はしゅんとしたもので、俺は少し驚いた。





412 :あとがき:2009/09/26(土) 14:46:21.19 ID:gkDPukOx0
「へー、でもそれって150円だよな? 俺が今までとられたのは少なくとも4本――」
「そんなこというなら、やんねー」
 近くにあったアクエリアスが、遠ざけられる。
「ああ、分かったよ! それで今までのチャラでいいよ!!」
 そのアクエリアスすらもらえないというのは、いくらなんでもむごすぎる!
「よろしい」
 偉そうに言って、俺にアクエリアスを差し出す田井中だった。






413 :あとがき:2009/09/26(土) 14:51:49.07 ID:gkDPukOx0
 グビグビと喉を震わせて、アクエリアスを飲む。
 そんな俺の隣には田井中が座っている。

「うわー、いい飲みっぷりだな」
「ぷはっ……そりゃまあ、お前のせいでさんっざん走りまわされたからな」
「ははっ、まあいいだろ?」
「何がいいんだよ!?」
「賑やかで楽しいし」
「それは、お前一人が、だろ!」
 どこか間の抜けた掛け合いをしてしまっている。

(……けど、まあ)
 どこか楽しんでしまっている自分がいるというのも事実だ。
 正直、認めなくないのだが。
(絶対、口には出さないけどな)

「……でも、こんな風に賑やかなのもそろそろ終わっちまうのかなあ」
 ふと俺の隣から聞こえてきた田井中の声は、えらくしんみりとしていた。





415 :あとがき:2009/09/26(土) 15:06:16.56 ID:gkDPukOx0



「そりゃ、どういうことだ?」
「いやだってさ……そろそろ受験のこと考えないと」
 驚いた。まさかこの猪突猛進娘の口から、そんな単語が飛び出すとは。
「……お前、受験するのか?」
「うわ、なんだその言い方! まるで私が受験するのがおかしいみたいじゃねえか!」
「いや、だって……お前の成績じゃ、どんな高校も」
「どんだけなめてんだよ!?」
 ギャーギャーわめく田井中。
 まあ、どんな高校も、というのは言い過ぎか。世の中には名前を書きさえすれば、合格できる高校もあると聞くし。
「ははっ、わりーわりー。で、お前第一志望どこなんだよ?」
「へへっ、聞いて驚け! 桜ヶ丘だ!!」
 ピースサインまでして、威勢良くのたまう田井中。

「……悪いことはいわねえ。やめとけ」
「うわ、なんだその反応!」
「他の受験生に失礼だろ、それ」
「ネタじゃねーし! 本気だし!」
「お前、今の成績じゃ逆立ちしたって無理だぞ」
「やってみなけりゃ、わからねー!」
 鼻息を荒げて田井中は応じた。

 ところで、なぜこいつは桜ヶ丘に行きたいんだろう?
 まあ、見当はつくが――
「大方、秋山の志望校がそこだった、とかそんなとこだろ?」
「うっ、なんで分かった!?」




417 :あとがき:2009/09/26(土) 15:41:15.56 ID:gkDPukOx0
 図星だったらしく、田井中はたじろぐ素振りを見せた。
「やっぱりか。でも、秋山が志望するところにお前が……」
「大丈夫だって! 澪に勉強を教えてもらえば……」
「お前、どんだけ秋山に迷惑かけてんだよ。そろそろ、愛想尽かすんじゃねえか?」
「そ、そういえば最近あまり教えてくれなくなったな」
「まあ、自業自得だな」
「うーん……」
 田井中は頭を抱えて唸り始めた。
 どうやら勉強面において、秋山は相当頼りになる存在らしい。

 そういえば田井中だけでなく、俺もそろそろ進路をかためなきゃいけない時期か。
 たしか、桜ヶ丘は女子高のはずだ。
 となると、こいつと一緒の学校生活も終わりが近いってことになる。
(……なんか寂しいな)
 ふと、一抹の寂しさを覚えた。
 俺はこいつとバカ騒ぎをしている日々が嫌いじゃない。


418 :あとがき:2009/09/26(土) 15:44:31.85 ID:gkDPukOx0
(……そうだな)
「なあ、田井中」
 俺は未だうんうんと唸っている田井中に声をかける。
 自然と口から出てくる台詞。

「俺が、勉強教えてやろうか?」

 きょとんとした表情の田井中を見ながら、自分で自分に吃驚していた。
 俺からこんな提案をする日が来るとは……

 今までこいつに振り回されることが多かった分、驚きも大きかった。

「えっ、お、お前が!?」
 なぜか、田井中は顔を赤らめていた。
 今までそんな表情を俺は見たことがない。
「な、なんで照れてんだよ?」
「て、照れてねえよ! お前がそんな提案をすることに驚いただけだ!!」
 その言い訳は苦しいような気がする。
 そうか、今まで気づかなかったがこいつ押しに弱いんだな。




419 :あとがき:2009/09/26(土) 15:54:59.05 ID:gkDPukOx0
「まあ俺は、お前ともう少し一緒にいたいし……つーか、楽しいんだな、ただ単に」
 俺はストレートに自分の感情を表現することにする。
 なんとなく、そんな気分だった。
 田井中がおごってくれたアクエリアスのせいかもしれない。
 あるいは、このうだるような熱気のせいか。
 いずれにせよ、悪いものではなかった。

「で、どうよ、田井中?」
「わ、私は……」
 逡巡した末に、田井中はこう答えた。

「よ、よろしく」

 こいつにしてはえらく不器用な反応だな、と思いながら俺は笑った。
 同時に田井中の弱点を発見できたことに、ちょっとした優越感を覚えてしまう。

 ――キーンコーンカーンコーン

 終わりを告げる鐘の音がどこか心地よい、そんな昼休みの出来事。

 続く……かも。