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168 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/07(水) 23:35:14.29 ID:6SmYnQTY0
【BLACK BOX】

 梓がアンプを持ってこっちにやって来た。
 私はドラムのセッティングをしていた最中で、丁度ハイハッツト越しにその姿を眺める形になった。

「澪先輩、これですよね?」

 私から見て左側に小走りで駆けていくと、梓は澪に小さなアンプを手渡した。
 そのアンプは不思議なことに真っ黒だった。
 アンプは黒くて当たり前だろうと言う人がいるかもしれないが、それは本当に『真っ黒』だったのだ。

「あぁ、これだよ。ありがとな、梓」
「いえいえ。じゃ、私はギター取ってきますね」

 そう言って梓は再び音楽室の外へ出て行った。
 私はどうもその梓が持ってきた真っ黒なアンプが気になった。
 そこで、一通りセッティングを終え、チューニングが終わった頃合いを見計らって澪に声を掛けた。

「なぁ」
「ん」

 澪の顔にいつもの不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
 まぁ、四六時中こんな顔をしているし私も幼馴染なのでいい加減慣れているから気にしないのだが。

「それ、お前の?」
「ん、そうだけど」

 ここから見てもそれはただの黒い四角い箱にしか見えない。
 私はこの疑問をどんなアプローチの仕方で伝えるべきか悩んだ。
 もし『それ、アンプ?』などと聞けば、不審な目で見られるだろうし、『なんで真っ黒なの?』などと聞いても怪しまれること間違い無しだからだ。


170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/07(水) 23:37:23.00 ID:6SmYnQTY0
 私はほんの数秒間頭の中で思索すると、次のように言った。

「それ、どこで買ったの?」

 すると、澪はしばし口を結んで黙り込んだ。
 まぁ予想していた反応ではあったので、私も何も言わずに返答を待つ。

「―――これ、買ったんじゃないんだ」

 成程。
 まずそう思い、それから好奇心が私を煽り始める。

「じゃぁ、私物ってこと?」
「うん、まぁそういうことになるかな」

 どうも澪の中ではその真っ黒な箱に関しての私物の定義が曖昧らしい。
 私にとってそれが澪の何なのかはどうでもいい話だが、単純にそれについての興味が首をもたげる。

「それにしても、そんな形のアンプ見たことないな」

 私がそう言うと、いかにもという感じで澪が頷く。

「そうだろうな」
「もしかして、手作り?」

 世の中のどれだけの人間がアンプを手作り出来るかなんていうことは全く知らないが、とりあえず可能性を一つず潰していくのが賢明だろう。



171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/07(水) 23:38:12.44 ID:6SmYnQTY0
「いや……どうなんだろうな」
「おいおい。澪、それお前のなんだろ」

 私はほとほと呆れたような声で演技をする。
 だが、私の視線はその魅力的な黒い箱に釘付けになっていた。

「なぁ、これ触ってもいいか?」
「ん、まぁいいけど」

 返事を待たずして立ち上がり、私はアンプの前で腰を下ろす。
 その黒い箱は、近くで見るとその黒さが更に増した気がした。
 例えるとしたら……少なくとも美術の教科書で見た蒔絵螺鈿箱のような艶やかさはそこに無かった。
 だが、何と言えばいいのだろう。この質感。そう、ざらざらとしているのでもなく、さらさらという訳でもなく。

「なぁ、律」
「ん」

 腕を組みながら呆れ声で私の頭上から声を降らせてくる。
 私はそれをひょいひょいと避けながらその黒い箱を見つめ続けていた。

「なんだ、そんなに気になるのか、それ」

 まるで買ってもらえないおもちゃをショーウィンドウ越しで硝子に張り付いて見つめ続けるような格好だった私に、澪はしびれを切らしたようだった。

「うん、気になる」
「そうだろうなぁ」

 私はふと澪の方を見た。
 なぜならいつもと明らかに違う艶やかで色っぽい声が聞こえたからだ。



172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/07(水) 23:38:56.37 ID:6SmYnQTY0
「なんだ、驚かせるなよ」
「何がだ? 律」

 音楽室には私と澪の二人。
 今これが意味することとは何だろうか。

「……何でもない」
「そのアンプについては、面白い話があるんだ」

 突然、澪は訊いてもいないのに独りで語り始めた。

「それはな、拾ったんだ」
「拾った?」
「そう、数日前に」

 澪はいっこうにその艶やか声で話し続ける。
 私はそんなことにはたいして興味を持たず、ただ目の前の黒い箱を見つめ、耳は澪の話に向けていた。

「丁度粗大ゴミの収集日だったかな。私はオーブントースターを持って収集場所にやって来た」

 ひとつひとつを思い出していくかのように、澪は言葉を紡ぐ。

「そこで、これを見つけたんだ」
「で、持ち帰ったと」

 当然の流れで私は合いの手を打つ。



173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/07(水) 23:39:38.45 ID:6SmYnQTY0
「あぁ、そういうことだ」
「何故」

 とは聞くまでもない。

「それは今ならお前が一番分かるだろう」

 私は無言で頷いた。
 唐突に澪が口を開く。

「――――なぁ、ブラックボックスって知ってるか?」

 私は澪の方を振り返った。
 いつの間にか、その距離は異常な程に縮まっていた。

「ブラックボックス?」
「あぁ。なぁ律、その中身見てみたいか?」

 さっきの艶やかな声とは打って変わった、密やかかつ威圧的な声で澪は私に答えを迫る。

「あぁ」

 そう言って澪を見上げた私は声を失った。

「ぜひともみ――――」

 ブラックボックス。
 それは、どんなに見たくても絶対に中身を見てはいけない箱。