177 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:02:19.73 ID:LpcMw7TC0
「ごめんね……ごめんねキョン君……。せっかくキョン君が助けてくれたのに……私、また変な体になっちゃったよおおぉぉうえぇぇぇん」
 ぐすぐすとまるで朝比奈さんのように泣きじゃくる平沢さん。俺が何も出来ずに呆然としていると、
「平沢唯は今回の件から以前発生した事象を結びつけ、自分自身の特異な能力に気が付いた。それ自体は平沢唯の自発的行動によるもの」
 長門が助け舟には到底ならない補足を加えてくれた。すまんがさっぱり分からん。俺の無言をどう思ったのか平沢さんは涙をぼろぼろ流しながらここに至るまでの経緯を話してくれた。
「うぅ私、昔涼宮さんの影響で猫の言葉がわかるようになったことがあって、それでそれで……ぐす、ずっと不思議な体験だったなと思っていたら涼宮さんの力が私にうつって……キョン君がそれは戻してくれたんだけど……うう」
 猫の言葉がわかるとはどういうことだ。猫が喋りだす話ならば知っているが……。どういうことなのか気になったがまだ平沢さんの告白は終わってないので黙って続きを促した。
「うん、えぐ……それで忘れていたのにね、あずにゃん二号が元気ないとき私にはわかっちゃったの。これは……うう私のせいなんだって。あずにゃんが寝込んじゃったのもうぐ……私のせいだって……」
 そして、それが全ての記憶を引き出し何もかも思い出したと平沢さんは言った。これが記憶の残滓かどうかは知らんが、さしずめダビングしたビデオテープに昔の映像が二重で表示されていたようなもんなのか。
「彼女の力は未知。我々にも観測不能」
 長門が言うには、平沢さんに力を与えたヤツとの意思疎通が出来ないためどのような力が具体的にどれほどあるかはわからないらしい。
 あくまでハルヒを擬似的に再現するための存在かもしれないし、全く別の存在かもしれない。ただ一つ分かることはその力がきっかけとなり平沢さんが上書きされる前の記憶を手にしたという事実だけだ。
「つまり今この世界にはハルヒと平沢さん、二人の謎パワーを持った存在がいるというわけか」
「あなたの熟語の意図が私の説明を理解した上でのものであるならそう」
 長門のお墨付きだ。どうせならもっと別の方面で長門からは認めてもらいたいね。まあいい、それでどうするんだ。
「現時点において平沢唯への対応は決定されていない」
 保留ってことか。しかしこの口ぶりから前回と違って長門の協力を得られそうだと想い俺は安堵した。まあ自分達と敵対しているやつ等が目の前で不穏な動きをしていれば当然だよな。

179 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:08:27.76 ID:LpcMw7TC0
 それにしてもこんなトンデモ状態においてこうも冷静でいられる自分に感心する。さすがに苦労して元に戻った平沢さんの平穏が再び崩れていた事実を目の当たりにした時は目眩もしたが。
 俺がこれまで起きた中でも一番頭にこびりついているハルヒ消失事件を思い出していると、
「あの、うう。私もできることがあれば……キョン君達の力になるから……」
 ようやく涙の止まった平沢さんがジューサーでいっぱいいっぱい絞りきったかのようなかすれ声で俺達に話しかけてきた。
「平沢さん、大丈夫なのか……無理はよくないかと思うんだが」
 ハルヒの力擦り付け事件のときには自分のあまりの唯一神っぷりに恐怖し疲弊しきっていた平沢さんであったので今回もさぞかし辛い思いをしていらっしゃるだろうと考え、俺は先の通り平沢さんを気遣ったのだが、
「大丈夫、だよ。だって私のせいであずにゃんや二号……それにこのままじゃ涼宮さんや他の人にまで迷惑がかかっちゃうかもしれないから。そしたら……だから私頑張る! あずにゃんやみんなを助ける!!」
 握りこぶしを両手に作り、自分の決意を俺に伝えてくれた。自分のせいで誰かを巻き込むことだけはしたくないようだ。
 どうやら平沢さん、本当は芯の強い子なんだな。このような決意を受け止め「遠慮します」と誰が言えよう。まあ俺の隣にいる無口なアンドロイドは言えるかもしれないが。
「長門、平沢さんはこう言っているけどいいか?」
 ゴリ押しすればなんとなく受け入れてくれる気もしたがあくまで一番頼りになる長門の意見を最優先事項にしよう。長門は自分の親玉と交信でもしてたのか、若干の間を俺達に与え、
「いい」
 と許可の判定を下した。

181 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:17:06.20 ID:LpcMw7TC0
 こうして俺と長門と平沢さんという異色トリオは中野さんの家へと向かった。当然周波数なんとかを抹消するためだ。中野さんのご家族に挨拶を済ませお見舞いの名目で中野さんの部屋にお邪魔する。
 それにしても平沢さんの時といい今回といい、こう可愛い子の部屋に恋人でもないのに男の俺がズカズカ乗り込むのはいかがなものなのかね。しかし、部屋に入ると肝心の中野さんの姿が見えなかった。
「異層が発生している。共鳴周波数依存体によるもの」
 俺の視線に気付いた長門は疑問に即答し、間もなく例の高速呪文を口にする。カマドウマの件がフラッシュバックした。
 気が付くと俺達は暗闇に包み込まれた閉鎖空間のような場所にいた。街並みがどうもこの辺りではないが。
「ほえ? あれあれ、私どうしてこんなところにいるの?」
 突然の場面転換に驚き辺りをキョロキョロ見回す平沢さん。まあ普通の反応だな。当たり前だが朝比奈さんのようにパニックになって俺の腕にしがみついてくれないかなとは思ってなかったぞ。ホントだって天に誓う。
 そうだ、この現状でそんな余裕をかましていられるほどでもなかった。まずは長門に――――話かける必要はなさそうだ。
 何故なら俺達の前に異界の存在が現れ例えのん気な谷口でもそれが敵意を持っていることに気が付くほど目の前の超変態的存在が身構えていたからである。それはこの世の何ものにも例えようのない化物であり、RPGのボスキャラとして登場しそうな不気味さを纏っていた。
「長門、あれがこの空間の主で周波数体ってやつか」
「そう」
 俺達が話しかけている姿がスキだらけに見えたのか、化物がこちらに襲い掛かってきた。

183 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:24:24.44 ID:LpcMw7TC0
 化物はその巨体からは想像もつかない速さでこちらに突進してくる。長門は高速呪文によって生まれたバリアーで化物の突進を防ぐ。
 バリアーと化物がぶつかり合うとバチバチとプラズマチックな電撃を発生させた。それは超電磁バリアーかと感心しているのも束の間、距離を取った化物がビルをなぎ倒しながら着地、すかさずこちらにレーザーをぶっ放してきた。
 そのレーザーは口のような部位から一直線でこちらに放たれる。長門は一瞬の動作で俺を抱えそのレーザーをかわした。バリアーで防げないのか。
「とても強力。バリアーでは防ぎきれない」
 レーザーが通り抜けた場所は全てがかき消され何もない状態になっていた。恐るべきレーザー。とここで自己保身に精一杯だった俺は一人足りないことに気が付く。
「そうだ!? 平沢さんはどうしたんだ!!」
 長門の右腕に抱えられているのは俺。そして左手は反撃の閃光弾を化物目掛けて飛ばしている。平沢さんはどこだ、まさかレーザーに……。滞空時間の長かったジャンプというか跳躍からストンと軽く着地した長門は、
「あそこ」
 指をさしながら珍しく呆れているような口調でそう言った。
「スニットセラー!!」
 俺にはよくわからん異国の言葉を発した平沢さんの手から波紋のようなものが飛ばされた。化物は自分に飛ばされた波紋を危機一髪の体で避ける。
 相手のいなくなった波紋はそのままビルに直撃し、ビルを切り刻んだ。ああっとすまん、俺の言葉の誤用でもなんでもない。切れたと形容するしかないのだ。ビルはまるで水羊羹のようにスッパリ二階部分から切れてしまい崩れ落ちていった。とんでもねぇなおい。
「今の平沢唯は私にも測定出来ない超常的な存在」
 さらりと爆弾発言を放った長門は避けた態勢から再び体当たりしてきた化物をバリアーで防ぐと先ほど発射した閃光弾を再び化物へと放った。直撃。
「やったか?」
 俺の言葉のせいだとは思いたくないが、化物は倒せていなかった。数的不利を悟ったのか、化物は背中と呼べそうな部位から無数の黒い物体を飛ばしていた。

186 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:32:09.22 ID:LpcMw7TC0
 それら飛散物は空中に拡散した後動きを止め、ビルの屋上にいた(どうやってそこまで行ったのかは俺も見ていないのでわからないが)平沢さんを四方八方から囲んでいた。
「うわ!?」
 平沢さんが驚くのも無理はない。空中静止していた物体が次々にビームを放ち出したのだ。化物が口っぽい場所からぶっ放したレーザーほどの規模ではないがなにせ数が数だ。どう見ても避け切れそうにない。
 だがそれは一般人である俺の杞憂だったらしく、平沢さんは非人間的な動きで次々とビームを避けては黒い物体をわけのわからない何かで破壊している。その様は宇宙進出し進化の可能性を身に付けた連邦軍パイロットも驚きの避けっぷりであった。
 平沢さんの新型っぷりに見惚れているとズガンと轟音が響き渡ったので音の方へ視線を移す。その先には煙にまみれてよく確認できないがあの化物らしき姿を捉えることが出来た。同時に、

 グシャっ

 という柔らかいものが落下した嫌な音も聞こえた。音のする方を見ると音の主が長門であるということがわかり、その音は長門の落下した音だったと知った。
 長門は制服をズタズタに引き裂かれ頭からは血があふれ出していた。それは贔屓目に見ても致命傷のような血の量であった。

191 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:42:57.63 ID:LpcMw7TC0
「長門!!」
 俺が駆け寄り長門を抱え起こす。
「平気。バグによるプログラムミスが発生、敵の超振動性分子カッターが直撃しただけ」
 全然平気じゃないだろ。
「大丈夫ですか長門さん!!」
 これまたどうやってここまで来たのかはわからないのだが、敵の飛行物体を全て撃墜した平沢さんが俺の隣に現れた。
「私は平気」
 長門は百人が見たら九十九人は心配するような姿のまま一言呟いた。ちなみに残りの一人はそういった趣味趣向の人間がいることを考慮してなどとジョークを飛ばしていると煙が収まりかけていた向こう正面から再びレーザーがぶっ飛んできていた。
 俺はというと、死に体の長門により抱え込まれ再び空を駆けていた。はっきり言って俺邪魔だな。長門は棒高跳び選手もビックリする跳躍を見せ十階建てぐらいのビルの屋上に着地、俺を降ろすとすかさず両手から目にも止まらぬ速度で光弾を連射した。
 それらは化物の周囲を囲むように着弾、化物はその場から動けない。
「フェーケルツェンデル!!」
 そのスキを逃さず平沢さんが今度は衝撃波を化物に放ち見事命中。化物はその場で崩れ落ちた。動かなくなった化物はサラサラと砂糖のような粒子となり、その粒子も衝撃波の余波で風と共に消え失せていった。
 長門と平沢さんのコンビネーションプレーが見事化物を打ち倒した瞬間である。そして俺が戦力外なのは毎度のことであったな。
 長門が自分の服もろとも部屋の再構成を行うと俺達は中野さんの部屋に舞い戻っていた。中野さんもぐっすり眠っている状態だ。
「はふぅ。これであずにゃんは大丈夫……よかったぁ」
 さっきまでの超人的な活躍はどこへやら、平沢さんはすっかり元の女の子になっていた。やっぱり平沢さんはそんな雰囲気が一番似合ってるね。


192 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:48:50.24 ID:LpcMw7TC0
 翌日には鈴木さんのあずにゃん二号も長門の手により元通り健康な猫となった。ちなみに中野さんのときのようなゲーム世界もビックリな戦闘行為はなく、怪しげな線香が焚かれる中で猫にひたすら念を送るように長門が睨みをきかせただけだった。
 と言うか、あんなCGみたいなバトルシーンをハルヒに見せたらそれこそ世界の再構成やら人々の立場やら私も戦うだ言い出していろいろが変わってしまうことだろう。
 そうそう、少し驚く出来事があった。なんと鈴木さんが二号を無事治した長門に歓喜のあまり抱きついたのだ。先に断っておくが、俺は特にマニアでもそっち方面の人間でもない。
 しかしだ、ああやって目の前で女の子同士が抱き合っている姿を見るといかんともしがたい背徳感に俺はさいなまれてしまった。ハルヒと朝比奈さんで見慣れていたはずなのだが。
 ちなみに抱きつかれた長門は基本的に抱かれるがままの状態であり、一方の鈴木さんも自分が突飛な行動をしたと行動してから気が付いたのかすぐに長門から離れ赤い顔になっていた。
 ハルヒが朝比奈さんに抱きつく姿に何とも思ってなかった俺であったが、今度からはその自信が持てない気がしないでもない。

194 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:55:17.44 ID:LpcMw7TC0
 とまあ紆余曲折はしたがひとまずの問題は解決した。長門によると共鳴だか共通だかの化物は全て駆逐できたとのことだ。他の人間にうつるというか移っちまったこともないそうで、俺は命の危険からようやく解放された。いやまあ元々怯えてなかった気もするが。
 だが前述の通り、あくまでひとまず解決したに過ぎない。そう、平沢さんの件である。
 彼女は今のところハルヒのような願ったことが叶う願望実現機になっているわけでも、長門のような超人的力や朝比奈さんのような時間跳躍、はたまた古泉のような異能の力が発生するわけでもなくいたって平穏に過ごしている。
 あの時化物相手に大暴れしたのも本人にとっては大したことではないみたいで、当時の状況についても「無我夢中のことだったからよく覚えてないやぁ~えへへ♪」と平沢ファンクラブなるものが出来てもおかしくなさそうな天然ぷりで答えてくれた。
「平沢唯の力は依然として不明」
 そして長門がこう言う以上俺にはもはや何も出来ないことが現時点では確定済みだ。そもそも俺にできることと言えばメンバーのパイプ役ぐらいだがな。
「それが実は一番大事なのですよ、僕達の場合はね。しかし、随分とリラックスされているようですが」
 古泉が俺と長門の会話に割って入ってきた。古泉、大事だと思ってくれているならもう少し普段から目に見える形で労ってくれ、例えばメシをおごるとかな。
 それと俺がリラックスしてるとぬかしたな。笑わせるなその逆だ。緊張をほぐすために俺は置かれている状況と全く関係ない話を長門に持ち出したわけであってだな……、
「ゆきりん古泉君キョン君出番だよー! ばっちり決めちゃってちょーだい!!」
 田井中さんの声が袖に控えている俺達に届いた。もうかよ。ステージには満足げな表情を浮かべるハルヒと平沢さんを確認できた。あの二人が世界の命運を握っているんだよな。どうみても普通の女子高生にしか見えないぜ。

196 :はるおん! :2009/10/12(月) 00:59:21.95 ID:LpcMw7TC0
 話を戻そう。まあそれなりに練習して臨むライブってのは適度に緊張するものだ。
「あんたは緊張なんて無縁の能天気だから平気でしょ」
 とハルヒには暴言を吐かれたが、どうやら俺も名工の造ったガラス細工とは言えないまでもそこら辺のコップぐらいの扱いをしないと割れちまう、そんな硝子のハートを持っていたようだ。
 やれやれ、長門のチートなしで挑む初めてのライブが桜高軽音部との合同ライブだなんてやんなっちまうぜ。
 そう、今日はとうとう合同ライブの本番である。
 琴吹さんの仕業なのか、どこから集めたか分からんほどにライブハウスは人で溢れていた。鶴屋さんや谷口に国木田といったいつもの面子から絶対に俺達と関わりのなさそうな初老の金持ちっぽい方まで、実に人種の坩堝と化しているライブハウスである。
「キョン君ベース頑張ってね!!」
 すれ違い様、ステージ袖に下がる平沢さんが声をかけてくれた。
「キョン! 失敗して有希達の足引っ張ったら殺すからね!!」
 同じくハルヒがかけんでもいいのに声をかけてきた。一緒に下がってきた秋山さんは師匠が弟子を大会に送り出すような顔で俺をガン見、またその横で田井中さんが秋山さんを何故かニヤニヤ顔で眺めていた。俺達SOS団も学外の知り合いが増えて賑やかになったもんだな。
 とりあえず、今日のところは非日常でもSOS団的非日常ではなく桜高軽音部的非日常、つまるところ合同ライブイベントを楽しむことにしよう。
 バンドマンにとってライブってのは非日常のひと時であると某ミュージシャンも言っていたしな、俺もそれに乗っかるとしよう。平沢さんの応援とハルヒの脅し文句と秋山師匠の視線を背に、俺は光に包まれたステージへと駆け出すのであった。

『フリーケンシーコントロール』終わり

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最終更新:2010年03月08日 09:16