538 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:43:41.89 ID:gmTa.lM0
こんばんは~。昨年に続き七夕ネタを。一日ズレちゃいましたが……


 些細なことの積み重ねで今がある。

 七夕という一日が、そんな今をいつも思い出させてくれる。


 それは、織姫様と彦星様のおかげなのかもしれない。

 そんなことを思いながら、彼女は今年もこの日を迎えた――。
539 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:45:44.37 ID:gmTa.lM0
「うぅ~~。む~~しぃぃあぁ~~つ~~いぃ~~」
 じめじめした気候を言葉で表しながら二階からお姉ちゃんが降ってきた。降ってきた、という比喩がぴったりなぐらいお姉ちゃんはくたくたのぐにゃぐにゃで、ごろごろ転がりながら机まで到着するとそのまま垂れ込んじゃった。可愛いな~~お姉ちゃん。
「朝ごはんはマフィンでいい?」
「うん! ハムはさんで食べたい!」
 もうお昼過ぎで本当ならお昼ごはんの時間だけどお姉ちゃんにとってはまだ朝なので朝ごはんを用意する。
「あー短冊があるー。今日は七夕だもんね~~」
 私が机に置きっぱなしにしていた短冊に気付いたお姉ちゃんは、きょろきょろしながら辺りを見回し、「笹がないよ?」と私に聞いてきた。
「笹はお母さんがご近所さんから貰ってきてくれるよ」
「おーそっかー。じゃあお願い書かなきゃ~~」
 お姉ちゃんはペンを片手に難しい顔をつくっている。
540 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:48:02.97 ID:gmTa.lM0
 書きたいことが多すぎるのか、お姉ちゃんはチラシの裏にお願い候補を箇条書きにしている。
「ねーねー、憂はなんて書いたの?」
 お願いリストを書き終えたお姉ちゃんが私に聞いてきたので、私は、
「そこに置いてあるよ」
 調理の手を止めず意識だけお姉ちゃんに向けて答える。すると、お姉ちゃんは声に出しながら私のお願いを口にした。
「ふむふむ。織姫さまと彦星さまが会えますように――憂はいい子だなぁ~~。わたしなんかお菓子たくさんとかギター上手くなりたいとか書こうとしてたよ!」
 よよよと冗談っぽい口調で憂はいい子だな~と言い続けるお姉ちゃん。そんなに誉められたら恥ずかしいな。
 でもお姉ちゃん、そのお願いはね、もともとお姉ちゃんがしたお願いなんだよ。やっぱり憶えてないのかなぁ。
 私は卵を割りながら、あの頃の思い出を頭に浮かべた。
541 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:49:43.27 ID:gmTa.lM0
『笹の葉夜想曲』

「うわーー大きなはっぱだぁ。ういー、このはっぱなに~?」
「お姉ちゃん、これはササの葉っていうんだよ。ここにこうやってお願いをすると……おりひめさまとひこ星さまがお願いを聞いてくれるんだよ」
 お姉ちゃんはお菓子たくさん食べたいってお願いしたいーなんて言いながら、
「おりひめとひこ星ってなーに?」
 いきなり私に質問してきた。私はお遊戯会や絵本でどんな話か知っていたのでお姉ちゃんにお話してあげる。
「そうなのかー。じゃー七夕はおりひめさんとひこ星さんが一年に一回だけ会える日なんだー」
「そうだよお姉ちゃん! 明日は年に一回だけのたいせつな日なんだよ」
 お姉ちゃんは仲良しさんたちがちゃんと会えるといいなーと言いながら、自分の短冊を笹の葉に吊して空を見上げていた。
542 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:51:50.98 ID:gmTa.lM0
 次の日、お姉ちゃんがいなくなった。お母さんとお父さんが起きるより早く、お姉ちゃんはランドセルも背負わずどこかに行ってしまったようだ。
「私、お姉ちゃんをさがしてくる!」
 お姉ちゃんがふらっとどこかへ行くことはよくあったから心配はしてなかったけど、一つのことに熱中すると他のことを全部忘れちゃうお姉ちゃんだけに学校を忘れているかもしれない。風邪もひいてないのに学校を休んだら大変だと思い、私は玄関に向かった。

 ピンポーン。

 ちょうど靴を履こうとしたとき、玄関のチャイムと扉の開く音がした。
「憂ただいまー」
「おはよう憂ちゃん」
 そこには虫とり網を持ったお姉ちゃんと近所のおばあちゃんがいた。
543 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:54:20.00 ID:gmTa.lM0
「お姉ちゃんどこに行ってたの?」
「ササのはっぱのところだよー」
 お姉ちゃんは言うより早く靴を脱ぎ捨てどたどたと廊下を走っていった。私がその後ろ姿を見つめていると、
「唯ちゃんとってもいい子だったのよ」
 おばあちゃんがこう言ってきた。何かあったんですかと尋ねるとおばあちゃんは私に教えてくれた。
「朝の散歩をしていたら商店街で唯ちゃんを見かけてねぇ。唯ちゃんったら笹の葉の前で虫とり網をぶんぶんぶんぶん振り回しているの」
 そこまで聞いても私は何のことだかさっぱりわからなかった。
 この時季に虫とり網で捕まえられる虫はいないと思うけどな……。私は黙っておばあちゃんの話を聞き続けた。
「それでね、唯ちゃん何してるんだい? って聞いたら、唯ちゃん『おりひめさんとひこ星さんが会えるように雲をどかすの!』なんて言ったのよ。もう本当に唯ちゃんは純粋でいい子だねぇ」
 その日は厚い雲が空を覆い一日曇りの天気と予報されていて、確かに予報通り外は曇っている。
544 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:55:40.46 ID:gmTa.lM0
「おば~ちゃ~ん、ほら! 書けたよ~~えへへ~~」
 私が空模様をみていると、お姉ちゃんが大きな声を出しながらどたどたと玄関にかえってきた。
「あらあら、上手に書けているわねえ」
 おばあちゃんはお姉ちゃんが書いてきた短冊を手に取ると私にも見せてくれた。そこには、
『おりひめさんとひこぼしさんが会えますように』
 と丸々した字でお姉ちゃんのお願いが書かれていた。
「雲はどかせないけどたんざくに書けばおねがいはかなうんだよ! おばあちゃんがおしえてくれたよ!」
 お姉ちゃんは元気よくそう言うと、再び家を飛び出した。きっと笹の葉に短冊を吊るしてくるんだろう。私はそんなお姉ちゃんの後ろ姿をずっと見つめていた。
545 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 01:57:51.46 ID:gmTa.lM0
「できたよお姉ちゃん。今日の朝ごはんはハムと玉子のマフィンとサラダだよ」
「わーい!ふんふんふーん、ごっはんごっはん♪」
 お姉ちゃんの嬉しそうなハミングを聴きながら、私は出来たての料理を並べるために短冊を片付けた。
「ねーねー憂~! わたしも短冊書いたよ~~ほら見て見て~」
 料理を待っている間にまとめたお願いがようやく決まったのか、お姉ちゃんは私に短冊を見せてくれた。でも、そこに書いてあるお願いは紙にまとめたお願いに載ってないものだった。
『憂のお願いが叶いますよ~にっ!』
 その端っこに小さな文字で『あと、憂のお願いが叶ったらお菓子たくさんください♪』って書いてあるのはいかにもお姉ちゃんらしかったけど、ちょっと意外だった。
546 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 02:00:36.53 ID:gmTa.lM0
 もちろん、その理由は分かっている。だって私はお姉ちゃんの妹だから……。お姉ちゃんのことならなんだってわかる。
「どうして私のお願いが叶うようにって書いたの?」
 分かってはいたけど、わかってはいたんだけどお姉ちゃんから直接その言葉が聞きたくて、私はあえて聞いてみた。お姉ちゃんは、
「だって憂はお願い叶ったら嬉しいでしょ? そしたらわたしも嬉しいもん!」
 当然こう答えてくれた。やっぱりお姉ちゃん大好きだよ。だって私のことをこんなに考えてくれてるんだもん。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「えへへ~~だから晩御飯はカレーにして~~わたしの好きな甘口の豚さんカレーに~~!」
 お姉ちゃんの可愛いおねだりに心が和むお昼過ぎ、今日も私たちは仲良しこよしです。
547 : ◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 02:02:43.62 ID:gmTa.lM0
「お姉ちゃん、朝ごはんも食べてないのに晩ごはんの心配しなくてもいいよ! えへへ」
「だってぇ、憂のごはんはいつもおいしいから~~」

 ピンポーン。

 二人でそんなやり取りをしていると、チャイムが玄関にいるお客さんのことを伝えた。
「もぐもぐ……誰だろう?」
「梓ちゃんと純ちゃんだと思うよ。会う約束していたから」
「ホントにー!? わーいお休みなのにあずにゃんに会える~~! あずにゃん分が足りなかったんだよ~~~」
 マフィンをもごもごしながら、お姉ちゃんは梓ちゃんに会えると大喜びしている。本当にお姉ちゃんは見ていて飽きないなぁ。
「あっ!? もしあずにゃんと年に一回しか会えなかったらどうしよーーーー!!!???」
 急に七夕のことを思い出したのか、お姉ちゃんは短冊を見ながらこんなことを言いはじめた。本当にお姉ちゃんは梓ちゃんが好きだなぁ。
548 :◆k05EaQk1Yg [sage]:2010/07/08(木) 02:05:48.77 ID:gmTa.lM0
 お姉ちゃんの苦悩に満ちた顔を見ながら、もし私がお姉ちゃんと年に一回しか会えなかったらどうしようかな……と考えてみた。
 だけど、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんでいてくれる限り、例え一回しか会えなくても私のことをいつも心配してくれるんだろうなと思ってとても嬉しい気持ちになった。もちろん、私もいつだって心配している。
 織姫様と彦星様も、きっと今日会うその時までお互いのことを心配して、想って、毎日毎日、相手への気持ちを積み重ねてきたんだよねきっと。


 織姫様と彦星様、ちゃんと会えるといいな――

 そんなことをうっすらと考え、私は梓ちゃんたちを出迎えるために玄関へと向かった。毎日耳にしているお姉ちゃんの声を背中で聞きながら。

~終わり~

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最終更新:2010年07月09日 17:14