「怪物の森」(2008/11/14 (金) 16:34:27) の最新版変更点
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**怪物の森 ◆S828SR0enc
行けども行けども、行く手に見えるは木々ばかり。
けもの道さえない森の中、右を見ても左を見ても木が風に吹かれて揺れるだけで、明かりひとつない。
気を抜けばあちらこちらから飛び出た小枝や藪に服が引っ掛かって一歩も進めないような道のりではあるが、
森歩きになれた彼女にとってはさほどの障害でもない。
それでも、目的地も方向もわからないままに歩き続けるのは苦痛を伴う。
ランタンを手に森を往く少女――ホリィは、もうかれこれ三時間近く森の中をさまよっていた。
「はぁ……」
少女の口からため息が洩れる。
誰にも会わず、何の明かりも見えずの状態が三時間も続けば無理もない。
そもそもこんなわけのわからない場所に呼ばれ、殺し合いをしろなどと言われた直後である。
普段は気丈なホリィであっても、肩を落としたくなるというものだ。
ちなみに彼女が目を覚ました場所は地図上で言うならE-6の北、そして現在位置はF-2とF-3の境界線近くである。
一直線に山を下れば街にでも街道にでも出ることが可能なだけの時間を費やして、何故未だ森をさまよっているのか。
答えは簡単、彼女が地図を紛失したからである。
目を覚ました直後、彼女は動揺の消えないうちに手持ちの荷物を探っていた。
その時のホリィの精神状態はこの突然の事態に呆然としていたため、つい手がおろそかになっていたのかもしれない。
彼女が気づいた時には既に遅く、カバンからひらりと落ちた地図は風に飛ばされ木々の奥に飛んで行ってしまった。
あわてて追うも森は暗く、見慣れないタイプのランタンにようやく火を灯したときには既に地図は影も形もなし。
仕方がないのでそのまま森を抜けることにしたのだが、結局この三時間は高低差のある森の中を右往左往するだけで終わった。
そして幸か不幸か、彼女は同時刻に森の中にいた幾人もの参加者とすれ違うことさえなかった。
時折どこかで轟音や声が聞こえた気もするが、生い茂る木々のために位置はよくわからない。
もう少し先に進めば何らかの施設や人がいる場所を、偶然にもまるで回避するかの様に歩み続けて三時間。
ホリィの精神は疲労と困惑が混ざり合い、あまり良い状態とは言えなかった。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
昨日まではいつも通りだった。
ともに世界を救った仲間たちと過ごす平穏な日々。
かつて共に旅をした少年は傍にいなくても、心がつながっているから悲しくはなかった。
だというのに、気がつけば目の前で人が溶け、わけもわからないままにこんな場所に連れてこられて。
配られた名簿の中に仲間のモンスターたち、そして元の世界へ帰ったはずの彼の名が載っていることが、ホリィの困惑を深めていく。
「誰か、誰かいないの?」
ぽつりと漏らした声は、深い森の木々が吸い取りどこにも響かない。
不安が高まり、思わずぎゅっと手を強く握る。
あの謎の男から言われた「殺し合い」という言葉が頭をよぎり、孤独と相まって足がすくむようだった。
もちろんホリィは殺し合いなどに乗るつもりはないが、知らぬ誰かが今この瞬間にも木陰から襲いかかってくるかもしれない。
渡されたバッグの中にはホリィにとって武器になりそうなものはなく、今はただ手を握りしめる。
その手の中には、青く輝く美しい宝石があった。
ホリィに渡されたものの中で、彼女の興味を最も強く引いたのがこの青い石だった。
最初は彼女の宝ともいえるガイア石かと思ったものの、よく見れば色合いや形状が違う。
ただの宝石なのか、それともガイア石と同じく何らかの力を秘めるものなのかはわからない。
ホリィの頼りになるのは、石に添えられていた紙に書かれたこの一文だけである。
『 ジュエルシード これは願いをかなえてくれる石です 』
「本当に、願いをかなえてくれるなら……」
心細さから、ホリィは呟き、ポケットの中の石を強く握る。
「お願い、誰でもいいから、人に会わせて……」
「おや、そんな心細そうな顔をしてどうしました?」
肩ほどに切りそろえた紫の髪を揺らして、微笑みを浮かべた男――ゼロスが話しかけてきたのは、まさにそのときだった。
◆ ◆ ◆
「なるほど、それは大変でしたねぇ」
ホリィの三時間に及ぶ放浪記を聞いて、ゼロスは気の毒そうにそう言った。
そういうゼロスは道に迷うといったことはなくとも、この三時間誰にも会っていないのは同じらしい。
彼によれば、地図に描かれた島は狭いとも広いとも言い難い。
その中で人に会わないなんて、私もこの人もよっぽど不運なのかも、とホリィは思った。
「さて、ホリィさん」
少しばかり思考に浸ったホリィを、ゼロスの優しい声が現実に引き戻す。
「あなたはこれからどうします?……殺し合い、しますか?」
「いいえ!」
反射的にホリィの口から声が飛び出る。
その予想外な大声に驚いたのかきょとんとしたゼロスを尻目に、ホリィはここ数時間歩きながら思っていたことを口にした。
「殺し合いなんて、絶対に間違ってます。
あの男の人と女の子がどんな力を持っていて、どんなことを考えているかなんてわかりません。
だけど、だけど――」
ホリィの脳裏に浮かぶは、ナーガに滅ぼされた故郷。二度と戻らない、尊い命。
「大切な命をこんな風にもてあそぶなんて、絶対に許されるはずがないです!
だから私、どんな目に会おうとも絶対に人を殺したりしません。
もしも誰かを殺そうとする人がいたら止めたいし、殺されそうな人がいたら助けたいです。
きっとみんなもそう言うし、そうします」
「みんな?」
「はい、私の大切な仲間も、きっと」
ホリィの言葉にふむふむ、とゼロスは頷く。
「ホリィさん、あなたのそのお友達は強いですか?」
「え?」
「いえ、あなたと同じ心情を掲げているのでしょう?
だったらその人たちはセイギノミカタになれるのかな、と思いまして」
正義の味方。
いかなる困難があっても決してあきらめない『ガッツ』を持って、彼らはムーの手から世界を救った。
だから、ホリィは自信を持って答えることが出来る。
「もちろんです。みんな強いです、心も、力も」
「そうですか。それは良かった。
いやぁ、実は僕も及ばずながらあの人たちの企みを潰そうと思っていましてね。
あなたのようにあの人たちに反旗をひるがえす人はひとりでも多い方がいい。
きっとその人たちなら、他のみなさんを助けてくれるでしょう。
……ああそうだホリィさん、あなたこれをどう思います?」
そう言ってふいと指差されたのは、首輪。
隙間なくカッチリと首にはめられたそれは、ホリィの理解できる知識の範囲を超えた代物だった。
元々文明が衰退した世界の人間ゆえに、現代日本に生きるゲンキよりもなおホリィの機械的知識は浅い。
だから、彼女は首を傾げるしかなかった。
「……よくわかりません。
外そうとしたら水みたいになってしまう首輪なんて、本当に魔法みたいで――」
「そうですか」
にっこりと、ホリィの言葉を遮ってゼロスは笑う。
そして音もなく二歩踏み出して、ホリィのすぐ前に立つ。
その不思議に迫力のある笑顔に無言になりながら、ホリィは今更彼が背後に立つまで足音一つ立てなかったことにぼんやりと気がついた。
「それでは――」
スゥ、と手があがる。
ただ手をあげるだけなのに、奇妙に滑らかな動き。
なぜかそれに魅入られるように固まっていた彼女の前に、それは何気ない仕草で差し出され、
「よろしくお願いしますね、ホリィさん」
晴れやかともいえる笑顔とともに与えられた言葉に、ようやくホリィは握手を求められたのだと気づいた。
「あ、こちらこそ」
なんだか毒気を抜かれた気分になりながら、そっと手を握る。
手袋越しとは言え、温度が感じられない手だった。
それを不思議に感じて口を開きかけた瞬間、ゼロスの手は読んでいたかの様に何気ない仕草ですっと離れ、
何気ない仕草でホリィの肩を強く押し、
何気ない仕草でホリィを草の上に倒し、
何気ない仕草で上体が地面についたために浮き上がったホリィの右脚を掬いあげ、
何気ない仕草でポッキーのように、それをベシリとへし折った。
「えっ…………」
何が起こったのか、よくわからない。
さっきまで談笑していたゼロスは、相変わらず穏やかに笑ったままだ。
穏やかに笑ったままで、膝関節から逆方向に曲がったホリィの脚を弄んでいる。
一瞬の空白、そして激痛。
折れた右膝から、燃え上がるような痛みが全身を駆け巡り、脳に突き刺さる。
思わず悲鳴を上げようとした口は、その一瞬前にゼロスががしりと掴んだために開くことさえ叶わなかった。
「―――っ! ―――ッ!!」
「静かに。知らない人が来たら困るでしょ?」
ゼロスがにこにこと笑いながら囁き、そのままに喉に手刀が入る。
痛みに痛みが被さり、げふ、という声を最後に壊れたようにホリィの声帯は動きを止めた。
「さて、と」
呑気な声でゼロスが立ち上がり、倒れた拍子に放り出されたホリィのバッグを拾う。
あまりの痛みにのたうつことすらできないまま、ホリィは喉からひゅうひゅうと細い息をもらす。
一通りあたりを検分し何も異常がないことを確かめると、ゼロスは荷物とおなじ気軽さでホリィをひょいと肩に担ぎあげた。
「―――!?」
ふわ、と体が浮いたと思った次の瞬間、木々がものすごい勢いで顔の横を通り過ぎていく。
かすかに頬にかすった小枝がビッと音をたてて皮膚を切り裂き、血が飛ぶ。
その血さえ置き去りにして、ホリィを抱えたゼロスは文字通り風のような速度で森を駆け抜けていく。
かつてローラースケートを履いて走るゲンキに背負われていた時よりも遙かに速いその速度は、人間のものとはとても思えなかった。
ひゅんひゅんと景色を置き去りに走ること数分、今度はゼロスは突然木をのぼりはじめた。
それは木の幹を垂直に上っているようにも、枝から枝へと素早く上っているようにも思える。
そうこうしているうちに、二人はあっという間に木のてっぺんへとたどり着いた。
「いや、なかなかいい景色ですねー」
そのあたりで一番高いと思われる木のてっぺんからは、向こうでクルクルと廻る巨大な観覧車が見える。
夜明け前の空の下でも煌びやかに輝くそこは、かつてゲンキが言っていた「遊園地」だろうか。
痛みと恐怖で麻痺した思考が、そんなことを取りとめもなく考える。
「あ、ホリィさん」
びくっと背筋が震えた。ゼロスの声は変わらず能天気だ。
ホリィを立っていた位置から数段下の枝の上に置き、デイパックに手を突っ込んでゼロスが言う。
「あなた、これ読めます?」
彼が取りだしたのは白い紙にペンでつらつらとつづられた文章。
そこに書かれている文字は、あいにくとホリィの知らない文字だった。
「ふーん、そうですか」
無言でいると意を悟ったのか、困りましたねぇ、と首をかしげ、ホリィをそのままにひょいひょいとゼロスは再び木を登っていく。
気がつけば、自分のいる位置は地上数メートルはあるかという大樹の頼りない枝の上。
元々運動神経は悪くないとはいえ、片足のまったく動かない状況でここから落ちたらどうなるか、わからないホリィではなかった。
「そうそう、動くと落ちちゃいますからね、おとなしくしててくださいよ~」
ぴっと人差し指を立てて顔の前で数度振り、笑ってそう言ったのを最後にゼロスの姿は頭上の枝葉の中に消える。
だがその姿が消えても、ホリィの全身から震えが引くことはなかった。
体が震えでずれれば木から落ちてしまうとわかっても、もはや痛みさえ麻痺した体は言うことを聞かない。
ホリィを支配する感情はただひとつ、恐怖だけだった。
――あれは、何だろう?
ホリィにはわからない。
悪意を持って人を傷つけるものには出会ったことなどいくらでもある。何度も戦ったワルモンたちがその筆頭だ。
だが彼は人の姿をしていながら、悪意も何もなく、本当に「何気ない」といった様子で足をへし折った。
わからない、わからない、わからない。人の姿をしているのに、彼のことがわからない。
喉から声とも吐息ともつかない細く小さい音をもらしながら、ホリィはひそかに理解した。
あれは人智の理解の外にいる存在、怪物なのだ、と。
◆ ◆ ◆
ゲーム開始早々、傷を負いはしてもそれなりの力を持った人たちに会えたことは幸いだった、とゼロスは思う。
この調子でいけばいいなとは思っていたが、残念なことにゼロスが二度目に出会った人物ははずれだった。
ただ少し気配と足音を消しただけなのにすぐ真後ろに迫られてもまったく気付かない。
首輪解析に利用できそうな工学的知識も魔術的知識も持っていない。
加えて、未だに誰とも会っていない。
彼女と話をし終ったとき、もちろんゼロスは彼女を殺そうと思った。
何の役にも立たない足手まといは殺した方がむしろ有効だ。
彼女の仲間は心が強いそうだし、一人知り合いが死んだくらいで心が折れるような連中なら元々役には立たないだろう。
そう思ったのだが、彼女の首輪を見ているうちにふとひらめいたのだ。
せっかくだから、生きている人間の首輪が作動するのを見てみようか、と。
あの謎の空間にいたときの首輪の作動は、人波のせいでその瞬間をよく見ることができなかった。
そして首輪の解析をするにあたっても、実際にそれがどのように作動するかを知っておくのは参考になるはずだ。
禁止エリア突入から発動までのブランク、その際の首輪や装着者に現れる反応、それを観察する必要があると思った。
だからこそ、ゼロスは足を折り逃げないようにした上でホリィを生かしたままにしている。
放送後に禁止エリアが発表されたとき、そこに放りこんで「観察」するために。
「さぁーて、しばし僕は待つとしましょうかね」
ホリィの荷物を漁りながら、ゼロスは口笛でも吹くように楽しげにつぶやく。
先ほどの紙の束は風で飛ばないようにもともとそれが入っていた茶封筒に戻しておいた。
「ふむ、願い事をかなえる石、ね」
デイパックの中にあったジュエルシードの説明書を見ながらゼロスは呟く。
その紙の下の方、まるでひっかけクイズのようにこっそりと書かれた一文を見つけ、笑いながら。
『ただし、願いをかなえるときには“代償”が必要です』
「さてさて、彼女は何を祈ったのやら……」
数段下の枝の上、震えるだけの幼さ残る少女を思い出してクスクス笑う。
彼女からあふれ出る恐怖と苦痛、そして絶望はゼロスの消耗した精神にとってちょうどいいおやつ代わりだ。
ただ、肝心の石はバッグの中にはない。
下の方から魔力を感じることを考えると、ホリィがまだ持っているのだろうか。
暇になったら漁ってみようかなと思いながら、説明書をデイパックにしまう。
そしてあらためて先ほどホリィに見せた紙の束を取り出した。
つらつらと升目にそってつづられる文章は、あいにくゼロスの知るどの文字とも違う。
だがその文字は、彼に配られた名簿の「なぜか読める字」と同じ形をしていた。
禁止エリアが発表されるまで、まだ時間がある。
ホリィの負の気で回復しながら、ゼロスは名簿の文字をあてはめ、可能な限りその原稿の解読を試みることにした。
二行目に書かれた「草壁」の字が、白い紙の上に黒々とした闇を落としていた。
【F-4 森(樹上)/一日目・未明(明け方直前)】
【ホリィ@モンスターファーム~円盤石の秘密~】
【状態】右脚骨折、喉に激痛(声が出ない)、恐慌状態
【持ち物】ジュエルシード@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【思考】
0.わからない、わからない……
※原作終了後からの参戦です
【ゼロス@スレイヤーズREVOLUTION】
【状態】わずかな精神的疲労(回復中)
【持ち物】デイパック×2、基本セット×2(地図一枚紛失)、不明支給品1~4
草壁タツオの原稿@となりのトトロ
【思考】
0.首輪を手に入れ解析するとともに、解除に役立つ人材を探す
1.とりあえず放送時間まで原稿を解読できないか調べてみる
2.禁止エリアが発表されたら、そこにホリィを投げ込んで首輪がどのように作動するか観察する
3.セイギノミカタを増やす
【ジュエルシード@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
極めて強い魔力を持った魔法科学の結晶体。見た目は美しい青い宝石。
持ち主の望みを限定的に叶えるが、望みの強さに応じて使用者は何かを失う。
正しい使い方を知らない者が急激に強い望みをかなえようとすると暴走の危険もある。
【草壁タツオの原稿@となりのトトロ】
主催者のひとり、草壁タツオの書いた原稿。大きな茶封筒に入っていた。
彼が映画本編中で書いていたものと同一のものであるかは不明。
すべて日本語で書かれているため、日本語を読めない者には読めない。
**時系列順で読む
Back:[[咆哮! 軍曹入魂大演説…の巻]] Next:[[銃弾と、足音]]
**投下順で読む
Back:[[つよきす~mighty heart~]] Next:[[孤島症候群]]
|[[ドロロ死す!? であります]]|ゼロス|[[はじめてのこくご]]|
|&color(cyan){GAME START}|ホリィ|[[はじめてのこくご]]|
**怪物の森 ◆S828SR0enc
行けども行けども、行く手に見えるは木々ばかり。
けもの道さえない森の中、右を見ても左を見ても木が風に吹かれて揺れるだけで、明かりひとつない。
気を抜けばあちらこちらから飛び出た小枝や藪に服が引っ掛かって一歩も進めないような道のりではあるが、
森歩きになれた彼女にとってはさほどの障害でもない。
それでも、目的地も方向もわからないままに歩き続けるのは苦痛を伴う。
ランタンを手に森を往く少女――ホリィは、もうかれこれ三時間近く森の中をさまよっていた。
「はぁ……」
少女の口からため息が洩れる。
誰にも会わず、何の明かりも見えずの状態が三時間も続けば無理もない。
そもそもこんなわけのわからない場所に呼ばれ、殺し合いをしろなどと言われた直後である。
普段は気丈なホリィであっても、肩を落としたくなるというものだ。
ちなみに彼女が目を覚ました場所は地図上で言うならE-6の北、そして現在位置はF-2とF-3の境界線近くである。
一直線に山を下れば街にでも街道にでも出ることが可能なだけの時間を費やして、何故未だ森をさまよっているのか。
答えは簡単、彼女が地図を紛失したからである。
目を覚ました直後、彼女は動揺の消えないうちに手持ちの荷物を探っていた。
その時のホリィの精神状態はこの突然の事態に呆然としていたため、つい手がおろそかになっていたのかもしれない。
彼女が気づいた時には既に遅く、カバンからひらりと落ちた地図は風に飛ばされ木々の奥に飛んで行ってしまった。
あわてて追うも森は暗く、見慣れないタイプのランタンにようやく火を灯したときには既に地図は影も形もなし。
仕方がないのでそのまま森を抜けることにしたのだが、結局この三時間は高低差のある森の中を右往左往するだけで終わった。
そして幸か不幸か、彼女は同時刻に森の中にいた幾人もの参加者とすれ違うことさえなかった。
時折どこかで轟音や声が聞こえた気もするが、生い茂る木々のために位置はよくわからない。
もう少し先に進めば何らかの施設や人がいる場所を、偶然にもまるで回避するかの様に歩み続けて三時間。
ホリィの精神は疲労と困惑が混ざり合い、あまり良い状態とは言えなかった。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
昨日まではいつも通りだった。
ともに世界を救った仲間たちと過ごす平穏な日々。
かつて共に旅をした少年は傍にいなくても、心がつながっているから悲しくはなかった。
だというのに、気がつけば目の前で人が溶け、わけもわからないままにこんな場所に連れてこられて。
配られた名簿の中に仲間のモンスターたち、そして元の世界へ帰ったはずの彼の名が載っていることが、ホリィの困惑を深めていく。
「誰か、誰かいないの?」
ぽつりと漏らした声は、深い森の木々が吸い取りどこにも響かない。
不安が高まり、思わずぎゅっと手を強く握る。
あの謎の男から言われた「殺し合い」という言葉が頭をよぎり、孤独と相まって足がすくむようだった。
もちろんホリィは殺し合いなどに乗るつもりはないが、知らぬ誰かが今この瞬間にも木陰から襲いかかってくるかもしれない。
渡されたバッグの中にはホリィにとって武器になりそうなものはなく、今はただ手を握りしめる。
その手の中には、青く輝く美しい宝石があった。
ホリィに渡されたものの中で、彼女の興味を最も強く引いたのがこの青い石だった。
最初は彼女の宝ともいえるガイア石かと思ったものの、よく見れば色合いや形状が違う。
ただの宝石なのか、それともガイア石と同じく何らかの力を秘めるものなのかはわからない。
ホリィの頼りになるのは、石に添えられていた紙に書かれたこの一文だけである。
『 ジュエルシード これは願いをかなえてくれる石です 』
「本当に、願いをかなえてくれるなら……」
心細さから、ホリィは呟き、ポケットの中の石を強く握る。
「お願い、誰でもいいから、人に会わせて……」
「おや、そんな心細そうな顔をしてどうしました?」
肩ほどに切りそろえた紫の髪を揺らして、微笑みを浮かべた男――ゼロスが話しかけてきたのは、まさにそのときだった。
◆ ◆ ◆
「なるほど、それは大変でしたねぇ」
ホリィの三時間に及ぶ放浪記を聞いて、ゼロスは気の毒そうにそう言った。
そういうゼロスは道に迷うといったことはなくとも、この三時間誰にも会っていないのは同じらしい。
彼によれば、地図に描かれた島は狭いとも広いとも言い難い。
その中で人に会わないなんて、私もこの人もよっぽど不運なのかも、とホリィは思った。
「さて、ホリィさん」
少しばかり思考に浸ったホリィを、ゼロスの優しい声が現実に引き戻す。
「あなたはこれからどうします?……殺し合い、しますか?」
「いいえ!」
反射的にホリィの口から声が飛び出る。
その予想外な大声に驚いたのかきょとんとしたゼロスを尻目に、ホリィはここ数時間歩きながら思っていたことを口にした。
「殺し合いなんて、絶対に間違ってます。
あの男の人と女の子がどんな力を持っていて、どんなことを考えているかなんてわかりません。
だけど、だけど――」
ホリィの脳裏に浮かぶは、ナーガに滅ぼされた故郷。二度と戻らない、尊い命。
「大切な命をこんな風にもてあそぶなんて、絶対に許されるはずがないです!
だから私、どんな目に会おうとも絶対に人を殺したりしません。
もしも誰かを殺そうとする人がいたら止めたいし、殺されそうな人がいたら助けたいです。
きっとみんなもそう言うし、そうします」
「みんな?」
「はい、私の大切な仲間も、きっと」
ホリィの言葉にふむふむ、とゼロスは頷く。
「ホリィさん、あなたのそのお友達は強いですか?」
「え?」
「いえ、あなたと同じ心情を掲げているのでしょう?
だったらその人たちはセイギノミカタになれるのかな、と思いまして」
正義の味方。
いかなる困難があっても決してあきらめない『ガッツ』を持って、彼らはムーの手から世界を救った。
だから、ホリィは自信を持って答えることが出来る。
「もちろんです。みんな強いです、心も、力も」
「そうですか。それは良かった。
いやぁ、実は僕も及ばずながらあの人たちの企みを潰そうと思っていましてね。
あなたのようにあの人たちに反旗をひるがえす人はひとりでも多い方がいい。
きっとその人たちなら、他のみなさんを助けてくれるでしょう。
……ああそうだホリィさん、あなたこれをどう思います?」
そう言ってふいと指差されたのは、首輪。
隙間なくカッチリと首にはめられたそれは、ホリィの理解できる知識の範囲を超えた代物だった。
元々文明が衰退した世界の人間ゆえに、現代日本に生きるゲンキよりもなおホリィの機械的知識は浅い。
だから、彼女は首を傾げるしかなかった。
「……よくわかりません。
外そうとしたら水みたいになってしまう首輪なんて、本当に魔法みたいで――」
「そうですか」
にっこりと、ホリィの言葉を遮ってゼロスは笑う。
そして音もなく二歩踏み出して、ホリィのすぐ前に立つ。
その不思議に迫力のある笑顔に無言になりながら、ホリィは今更彼が背後に立つまで足音一つ立てなかったことにぼんやりと気がついた。
「それでは――」
スゥ、と手があがる。
ただ手をあげるだけなのに、奇妙に滑らかな動き。
なぜかそれに魅入られるように固まっていた彼女の前に、それは何気ない仕草で差し出され、
「よろしくお願いしますね、ホリィさん」
晴れやかともいえる笑顔とともに与えられた言葉に、ようやくホリィは握手を求められたのだと気づいた。
「あ、こちらこそ」
なんだか毒気を抜かれた気分になりながら、そっと手を握る。
手袋越しとは言え、温度が感じられない手だった。
それを不思議に感じて口を開きかけた瞬間、ゼロスの手は読んでいたかの様に何気ない仕草ですっと離れ、
何気ない仕草でホリィの肩を強く押し、
何気ない仕草でホリィを草の上に倒し、
何気ない仕草で上体が地面についたために浮き上がったホリィの右脚を掬いあげ、
何気ない仕草でポッキーのように、それをベシリとへし折った。
「えっ…………」
何が起こったのか、よくわからない。
さっきまで談笑していたゼロスは、相変わらず穏やかに笑ったままだ。
穏やかに笑ったままで、膝関節から逆方向に曲がったホリィの脚を弄んでいる。
一瞬の空白、そして激痛。
折れた右膝から、燃え上がるような痛みが全身を駆け巡り、脳に突き刺さる。
思わず悲鳴を上げようとした口は、その一瞬前にゼロスががしりと掴んだために開くことさえ叶わなかった。
「―――っ! ―――ッ!!」
「静かに。知らない人が来たら困るでしょ?」
ゼロスがにこにこと笑いながら囁き、そのままに喉に手刀が入る。
痛みに痛みが被さり、げふ、という声を最後に壊れたようにホリィの声帯は動きを止めた。
「さて、と」
呑気な声でゼロスが立ち上がり、倒れた拍子に放り出されたホリィのバッグを拾う。
あまりの痛みにのたうつことすらできないまま、ホリィは喉からひゅうひゅうと細い息をもらす。
一通りあたりを検分し何も異常がないことを確かめると、ゼロスは荷物とおなじ気軽さでホリィをひょいと肩に担ぎあげた。
「―――!?」
ふわ、と体が浮いたと思った次の瞬間、木々がものすごい勢いで顔の横を通り過ぎていく。
かすかに頬にかすった小枝がビッと音をたてて皮膚を切り裂き、血が飛ぶ。
その血さえ置き去りにして、ホリィを抱えたゼロスは文字通り風のような速度で森を駆け抜けていく。
かつてローラースケートを履いて走るゲンキに背負われていた時よりも遙かに速いその速度は、人間のものとはとても思えなかった。
ひゅんひゅんと景色を置き去りに走ること数分、今度はゼロスは突然木をのぼりはじめた。
それは木の幹を垂直に上っているようにも、枝から枝へと素早く上っているようにも思える。
そうこうしているうちに、二人はあっという間に木のてっぺんへとたどり着いた。
「いや、なかなかいい景色ですねー」
そのあたりで一番高いと思われる木のてっぺんからは、向こうでクルクルと廻る巨大な観覧車が見える。
夜明け前の空の下でも煌びやかに輝くそこは、かつてゲンキが言っていた「遊園地」だろうか。
痛みと恐怖で麻痺した思考が、そんなことを取りとめもなく考える。
「あ、ホリィさん」
びくっと背筋が震えた。ゼロスの声は変わらず能天気だ。
ホリィを立っていた位置から数段下の枝の上に置き、デイパックに手を突っ込んでゼロスが言う。
「あなた、これ読めます?」
彼が取りだしたのは白い紙にペンでつらつらとつづられた文章。
そこに書かれている文字は、あいにくとホリィの知らない文字だった。
「ふーん、そうですか」
無言でいると意を悟ったのか、困りましたねぇ、と首をかしげ、ホリィをそのままにひょいひょいとゼロスは再び木を登っていく。
気がつけば、自分のいる位置は地上数メートルはあるかという大樹の頼りない枝の上。
元々運動神経は悪くないとはいえ、片足のまったく動かない状況でここから落ちたらどうなるか、わからないホリィではなかった。
「そうそう、動くと落ちちゃいますからね、おとなしくしててくださいよ~」
ぴっと人差し指を立てて顔の前で数度振り、笑ってそう言ったのを最後にゼロスの姿は頭上の枝葉の中に消える。
だがその姿が消えても、ホリィの全身から震えが引くことはなかった。
体が震えでずれれば木から落ちてしまうとわかっても、もはや痛みさえ麻痺した体は言うことを聞かない。
ホリィを支配する感情はただひとつ、恐怖だけだった。
――あれは、何だろう?
ホリィにはわからない。
悪意を持って人を傷つけるものには出会ったことなどいくらでもある。何度も戦ったワルモンたちがその筆頭だ。
だが彼は人の姿をしていながら、悪意も何もなく、本当に「何気ない」といった様子で足をへし折った。
わからない、わからない、わからない。人の姿をしているのに、彼のことがわからない。
喉から声とも吐息ともつかない細く小さい音をもらしながら、ホリィはひそかに理解した。
あれは人智の理解の外にいる存在、怪物なのだ、と。
◆ ◆ ◆
ゲーム開始早々、傷を負いはしてもそれなりの力を持った人たちに会えたことは幸いだった、とゼロスは思う。
この調子でいけばいいなとは思っていたが、残念なことにゼロスが二度目に出会った人物ははずれだった。
ただ少し気配と足音を消しただけなのにすぐ真後ろに迫られてもまったく気付かない。
首輪解析に利用できそうな工学的知識も魔術的知識も持っていない。
加えて、未だに誰とも会っていない。
彼女と話をし終ったとき、もちろんゼロスは彼女を殺そうと思った。
何の役にも立たない足手まといは殺した方がむしろ有効だ。
彼女の仲間は心が強いそうだし、一人知り合いが死んだくらいで心が折れるような連中なら元々役には立たないだろう。
そう思ったのだが、彼女の首輪を見ているうちにふとひらめいたのだ。
せっかくだから、生きている人間の首輪が作動するのを見てみようか、と。
あの謎の空間にいたときの首輪の作動は、人波のせいでその瞬間をよく見ることができなかった。
そして首輪の解析をするにあたっても、実際にそれがどのように作動するかを知っておくのは参考になるはずだ。
禁止エリア突入から発動までのブランク、その際の首輪や装着者に現れる反応、それを観察する必要があると思った。
だからこそ、ゼロスは足を折り逃げないようにした上でホリィを生かしたままにしている。
放送後に禁止エリアが発表されたとき、そこに放りこんで「観察」するために。
「さぁーて、しばし僕は待つとしましょうかね」
ホリィの荷物を漁りながら、ゼロスは口笛でも吹くように楽しげにつぶやく。
先ほどの紙の束は風で飛ばないようにもともとそれが入っていた茶封筒に戻しておいた。
「ふむ、願い事をかなえる石、ね」
デイパックの中にあったジュエルシードの説明書を見ながらゼロスは呟く。
その紙の下の方、まるでひっかけクイズのようにこっそりと書かれた一文を見つけ、笑いながら。
『ただし、願いをかなえるときには“代償”が必要です』
「さてさて、彼女は何を祈ったのやら……」
数段下の枝の上、震えるだけの幼さ残る少女を思い出してクスクス笑う。
彼女からあふれ出る恐怖と苦痛、そして絶望はゼロスの消耗した精神にとってちょうどいいおやつ代わりだ。
ただ、肝心の石はバッグの中にはない。
下の方から魔力を感じることを考えると、ホリィがまだ持っているのだろうか。
暇になったら漁ってみようかなと思いながら、説明書をデイパックにしまう。
そしてあらためて先ほどホリィに見せた紙の束を取り出した。
つらつらと升目にそってつづられる文章は、あいにくゼロスの知るどの文字とも違う。
だがその文字は、彼に配られた名簿の「なぜか読める字」と同じ形をしていた。
禁止エリアが発表されるまで、まだ時間がある。
ホリィの負の気で回復しながら、ゼロスは名簿の文字をあてはめ、可能な限りその原稿の解読を試みることにした。
二行目に書かれた「草壁」の字が、白い紙の上に黒々とした闇を落としていた。
【F-4 森(樹上)/一日目・未明(明け方直前)】
【ホリィ@モンスターファーム~円盤石の秘密~】
【状態】右脚骨折、喉に激痛(声が出ない)、恐慌状態
【持ち物】ジュエルシード@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【思考】
0.わからない、わからない……
※原作終了後からの参戦です
【ゼロス@スレイヤーズREVOLUTION】
【状態】わずかな精神的疲労(回復中)
【持ち物】デイパック×2、基本セット×2(地図一枚紛失)、不明支給品1~4
草壁タツオの原稿@となりのトトロ
【思考】
0.首輪を手に入れ解析するとともに、解除に役立つ人材を探す
1.とりあえず放送時間まで原稿を解読できないか調べてみる
2.禁止エリアが発表されたら、そこにホリィを投げ込んで首輪がどのように作動するか観察する
3.セイギノミカタを増やす
【ジュエルシード@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
極めて強い魔力を持った魔法科学の結晶体。見た目は美しい青い宝石。
持ち主の望みを限定的に叶えるが、望みの強さに応じて使用者は何かを失う。
正しい使い方を知らない者が急激に強い望みをかなえようとすると暴走の危険もある。
【草壁タツオの原稿@となりのトトロ】
主催者のひとり、草壁タツオの書いた原稿。大きな茶封筒に入っていた。
彼が映画本編中で書いていたものと同一のものであるかは不明。
すべて日本語で書かれているため、日本語を読めない者には読めない。
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