「少女奔走中...」(2008/12/16 (火) 03:51:10) の最新版変更点
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*少女奔走中... ◆S828SR0enc
小さな箱庭のような、地図上では10×10マス程度で表現されてしまう島の上にも太陽はめぐる。
ゆっくりと朝から昼と呼ばれる時間へと移行するこの時間帯、まだ日光は柔らかい。
その日光を木漏れ日を透かして凛々しい面立ちに浴びているのは、ドクター・スカリエッティが配下、ナンバーズNo.9のノーヴェ。
常ならば同じく人ならざる姉妹たちと、創造主の野望のために奔走する身である。
しかし今、彼女は心地よい陽だまりの下に立ち止まり、顔いっぱいに困惑を浮かべていた。
「えーっと、何だ?KSK団?」
「ええ、“キョンと団員を救うための古泉一樹の団”、頭文字を取って“KSK団”です。
まぁ『彼』を救う云々は置いておいても、最終的には主催の横っ面を殴り飛ばすことになるわけです。
目的を同じにする者同士、体験入団などいかがでしょう?」
にっこり、という擬音さえ聞こえそうな笑みを浮かべるのは、先ほど出会った男。
端整な顔立ちの能力者は、自己紹介にわけのわからない宣伝文句を付け加えてくれた。
古泉一樹。
あらゆる意味で得体のしれない男だ、とノーヴェは思う。
「……ああ、いえいえ、別に団員だからと言って強い拘束を望む気はありませんよ。
ただ目的を同じにする者同士のつながりとでもいいましょうか、旗印があるとわかりやすいでしょう?
それに救う対象が『キョンと団員』となっていますが、あなたも入れば団員ですから、お気になさらず。
『彼女』は団員以外もマスコットとかいろいろと名称を付けて引き込む性質ですから、あなたのお仲間を入れても怒りはしないでしょう」
にこにこ笑いながら、軽い身振り手振りつきで木の下に座り込んだ男は言う。
なんというか、胡散臭い。というか回りくどい。
いわば直情的な性質のノーヴェはそういった込み入った話はあまり好きではない。
だから、軽く唸って答える。
「断る、っていったらどうするんだ?」
おやおや、とでもいうべきか。
両手を軽く持ち上げるようなモーションで、古泉が苦笑した。
「先ほども申し上げた通り、拘束力はありませんよ?
こう言うと『彼女』に悪いですが、いわばただの肩書です。
単純に協力の証みたいなものととらえていただいてもかまいませんが……」
「いや、そうじゃなくって」
ほうっておくとまた回りくどい勧誘が始まりそうだったので、ずっぱりと言い切る。
「あたしはドクター・スカリエッティのために作られた、ドクターの部下だ。
急ごしらえとはいえ、別の誰かの部下になるつもりはない。それにそういう肩書きもあんまり好きじゃない」
「ははぁ、これは失礼しました。……ところで」
さわやか、とも胡散臭い、ともとれる笑顔を抑え、古泉は首を傾げた。
「そういえばまだお名前、ノーヴェさん、でしたよね?」
「……だからなんだ」
「いえ、ちょっと気になることがありまして……」
さっきまでべらべらしゃべっていたかと思えば、今度はじっと考え込むように黙った。
なんというか、あまりノーヴェの周りにはいないタイプだ。
自分の姉妹にも底知れない、というかよくわからない存在はいる。
だがそういう姉妹たちとはまた違う意味での『わからない』を、ノーヴェは古泉に感じていた。
ちらりとノーヴェが姉妹のことを頭に思い描いたのが伝わったわけはないだろうが、古泉が不意に頭をあげて言った。
「ひとつ、お聞きしてもいいですか?」
「ん?」
「あなたの知り合いに、セイン、という方はいらっしゃいませんか?」
せいん、と脳が読み取ると同時に、何でその名前が、という気持ちで頭がいっぱいになる。
それがわかったのか、古泉は鞄から一冊の薄い本を取り出すと、ぱらりと開いた。
「いえ、ノーヴェもセインもイタリア語で数字を意味しますから、ひょっとしたら御兄弟か何かかと。
ほらここに」
すい、と男にしては華奢な指がずらりと名前の書かれた中をたどる。
確かに示された先には、『ノーヴェ』の名の上に『セイン』とはっきり記されていた。
「は!?」
思わず、ひったくるようにその本――『名簿』をつかみ上げる。
見れば名簿にはノーヴェの姉妹はセイン以外載ってはいないが、他によく知った名がいくつも記されていた。
「高町なのは、フェイト・T・ハラオウン――スバル・ナカジマ!?」
「ご存じなのですか?」
ご存じ、などというものではない。
彼女たちはドクターの野望の、ひいてはノーヴェ自身の敵だ。
そしてそれとは別に、彼女の眼は怒りに燃え上がる。
「スバル・ナカジマ……タイプゼロ・セカンド!」
ぎりぎりと歯ぎしりし、名簿を地面に叩きつけたノーヴェの姿に思うところがあったのだろう。
特に文句も言わずに、古泉は名簿の土を払ってデイパックへしまった。
「何やら、込み入った事情がおありのようですね」
「込み入った、なんてもんじゃない……スバル・ナカジマ……チンク姉の仇……!」
拳に力が入る。
ノーヴェ達を逃がすために一人戦地に残った姉の姿がまぶたに浮かぶ。
ノーヴェが特別に慕っている姉であるチンクの、水槽の中で静かに体を癒すしかない姿が蘇る。
スバル・ナカジマはチンクの仇だ。
高町なのはにも、フェイト・T・ハラオウンにも輪をかけて憎い敵だ。
「くそっ……!」
誰にとも知らずに毒づく彼女に、ふと思い出したといった風に古泉が口を開く。
「あの、そのフェイトという人のことなのですが……」
「何だ!?」
「いえ、その、怒らないで聞いていただきたいのですが……彼女は、先ほどの放送で名を呼ばれました。
すでに死亡している確率が高いと思われます」
一瞬の頭が空になり、はぁ?、という間抜けな声が思わず唇から洩れた。
死んでいる?
フェイト・T・ハラオウンほどの実力者が、死んでいる?
「おい、ちょっと待て。本当かそれ?」
「おや、御存じなかったのですか?
先ほどの放送では五名ほど死者が出たと言っていましたよ」
そう言って、死者として読み上げられた名前をぽつり、ぽつりと並べていく。
幸いというべきか、ノーヴェの知り合いはフェイトただ一人。
この場にいる唯一の姉が無事であることにはほっとしたが、逆の意味で危機感が募った。
「どうやらフェイトという方をご存じのようですが、その人は?」
「あたしにとっては敵だ。でも、強い。かなりの実戦経験と魔力がある。
そう簡単にやられるような奴じゃないはずだ……」
魔力、のくだりでゆるく古泉が首を傾げる。
こいつは魔力を知らない世界の奴なのか、と思い、自分の世界や魔力についてかいつまんで話した。
とはいえ、ドクター・スカリエッティについてなどはあまり詳しく触れないでおいたのだが。
そのために説明が多少曖昧なものになったのは避けがたく、聞き終わった後の古泉はよくわからないという表情をしていた。
「はぁ、つまりあなたの話をうのみにすると、あなたは警察組織に対抗する犯罪者ということになりますが?」
「だからどうした。犯罪も何も、今この島じゃあたしは何もできない。
とにかくあの主催をぶっ飛ばすまで、あたしもお前もただの実験動物みたいなものなんだ。
それとも、今更あたしに協力するのに怖気づいたとでも――」
「いえいえ、めっそうもない」
少し脅しをこめてにらむと、慌てて微笑んでみせる。
一見すると軟弱な男だが、はたして中身もそうなのか。
先ほど見せた魔法に似た能力や、言葉の端々にうかがえる思慮深さを考えると、侮ってはいけない気もする。
「しかしなるほど、あれだけの戦闘能力を持つあなたをして『そう簡単にやられる奴じゃない』、ですか。
となると、やはり未知の脅威がいくつもこの島には存在しているようですね……」
古泉の言葉に、改めてノーヴェも考える。
ノーヴェの姉であるセインは、戦闘向きと言えるタイプではないが探索、隠密を得意とする戦闘機人だ。
いざとなったらISの力を使って戦闘現場から離脱するなりなんなり出来るはずだし、一般人に比べればもちろん戦闘能力は高い。
何事にも飄々としているというか、フランクな態度を取る姉を思い出す。
傷ついたチンクを前に落ち込む自分の頭をなでてくれた、明るい声がふと蘇る。
大丈夫だ、と小さくつぶやく。
何事にもただ突っ込んでいきがちな自分と比べ、セインは場を読むのも得意だ。
危なくなったらうまく逃げるだろう。そう信じたい。
それに、考えなければならないことはまだある。
ドクターの野望の要、『聖王の器』である少女の名前が名簿に載っていた。
ということは、先日自分たちの手に落ちたはずの少女もまた、この場に来ていることになる。
ドクターの計画を思えば、何よりも生かして捕まえなければならない。
スバル・ナカジマとは会うことがあったら仇を取りたいが、お互いにダメージ必須の戦いは出来れば避けたい。
とはいえ、実際に会ってみなければその時自分がどうふるまうかはわからない。
頭に血が上って怒りのままに殴りかかるか、それとも落ち着いて話が出来るのか。
あまり難しく考えるのは好きではないので、これは保留する。
すると自分がやるべきは、セインと合流し、ヴィヴィオを捕まえ、主催を蹴り飛ばして元の世界に戻るということになる。
頭の中を振り返り、他に懸念事項がないことを確かめ、頷いた。
タイミングを同じくして、古泉が聞いてくる。
「さて、そろそろ情報の整理も終わったころかと思いますが、あなたはこれからいかがなさいますか?」
「……セインと会う。あと、ヴィヴィオってガキを捕まえる。
あいつはドクターのために必要な奴だから、絶対に生かして連れて帰らないと」
「その辺の事情はよくわかりませんが、あなたの側の要求はそれ、ですね。
では僕の方も軽くお話しましょうか」
そう言って古泉は知り合いについて語りだしたが、いまいちノーヴェにとっては容量を得ない話だった。
神だのSOS団だの涼宮ハルヒだの、よくわからない単語が続く。
とりあえずキョン、朝比奈みくる、キョンの妹という人物とは友好関係にあり、朝倉涼子という女を警戒しているのだけはわかった。
とはいえ向こうも詳しいところを話すつもりはないのか、早々に話を打ち切ってしまう。
そして大木の根元に座り込むと、小さな声でこう語った。
「申し訳ありませんが、僕はまだろくに動けそうにありません。
もう少しだけ休憩させていただいてよろしいですか?」
確かにその顔には、疲労がまだ色濃く浮かんでいる。
先ほど少し眠っていたとはいえ、疲れのあまり気絶同然に意識を失うような状態だったことを思えば無理もない。
動けない奴を引っ張り廻すのもどうにも気がひけたので、ノーヴェは手持無沙汰になりながらも頷いた。
「ああ、もちろんあなたがその間退屈で、何かしたいというのならお願いがあります。
この湖の周辺をぐるっと回って、誰か人がいた痕跡がないか確かめていただけませんか?
あなたの強化服なら、さほど時間はかからないと思いますが」
そういって古泉は地図をかざし、指先でぐるり、と湖の周りをなぞってみせる。
確かにガイバーの走行能力ならば一時間くらいあれば十分に回れるだろう。
「別にいいけど、理由は?」
「主催打倒の仲間を探すにしても、人がどこにいるのかわからなくてはどうしようもありません。
湖周辺は川もありますから、地面がぬかるんで足跡が残りやすい。
それに草木が生い茂っていますから、人がいれば不自然に折れたり掻き分けられた枝や草があるはずです。
そういうのを探していただきたいのですよ」
そして地図の中で9時から禁止エリアに指定された場所を示され、通らないように、とだけ注意される。
ゼクトールのせいで気絶していたとはいえ、こうして見ると放送を聞き逃したのは明らかな痛手だった。
古泉によれば次は昼の12時らしいから、聞き逃さないようにしようと心に決める。
言いたいことを言い終えると、動く気はないというように古泉は完全に背を大木に預けてしまった。
ふぅ、と息を吐くさまは確かに疲れた人間のそれだ。
「わかった、今から湖の周りを見てくればいいんだな……妙な事は考えるなよ?」
「もちろんですよ。
では、僕はここでお待ちしていますので」
ひらひらと手を振る姿を後に、ガイバーの姿に変身して走り出す。
どうにもあの男にいいように使われている気がしないでもなかったが、今は人の気配だけを探そうと意識を集中する。
がさがさと草木を踏み分ける音が、湖に響いた。
◆ ◆ ◆
*時系列順で読む
Back:[[ネオ・ゼクトールの奇妙な遭遇]] Next:[[古泉一樹の考察]]
*投下順で読む
Back:[[碇シンジの不安・川口夏子の葛藤]] Next:[[古泉一樹の考察]]
|[[涼宮ハルヒの嘆願]]|古泉一樹|[[古泉一樹の考察]]|
|~|ノーヴェ|~|
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*少女奔走中... ◆S828SR0enc
小さな箱庭のような、地図上では10×10マス程度で表現されてしまう島の上にも太陽はめぐる。
ゆっくりと朝から昼と呼ばれる時間へと移行するこの時間帯、まだ日光は柔らかい。
その日光を木漏れ日を透かして凛々しい面立ちに浴びているのは、ドクター・スカリエッティが配下、ナンバーズNo.9のノーヴェ。
常ならば同じく人ならざる姉妹たちと、創造主の野望のために奔走する身である。
しかし今、彼女は心地よい陽だまりの下に立ち止まり、顔いっぱいに困惑を浮かべていた。
「えーっと、何だ?KSK団?」
「ええ、“キョンと団員を救うための古泉一樹の団”、頭文字を取って“KSK団”です。
まぁ『彼』を救う云々は置いておいても、最終的には主催の横っ面を殴り飛ばすことになるわけです。
目的を同じにする者同士、体験入団などいかがでしょう?」
にっこり、という擬音さえ聞こえそうな笑みを浮かべるのは、先ほど出会った男。
端整な顔立ちの能力者は、自己紹介にわけのわからない宣伝文句を付け加えてくれた。
古泉一樹。
あらゆる意味で得体のしれない男だ、とノーヴェは思う。
「……ああ、いえいえ、別に団員だからと言って強い拘束を望む気はありませんよ。
ただ目的を同じにする者同士のつながりとでもいいましょうか、旗印があるとわかりやすいでしょう?
それに救う対象が『キョンと団員』となっていますが、あなたも入れば団員ですから、お気になさらず。
『彼女』は団員以外もマスコットとかいろいろと名称を付けて引き込む性質ですから、あなたのお仲間を入れても怒りはしないでしょう」
にこにこ笑いながら、軽い身振り手振りつきで木の下に座り込んだ男は言う。
なんというか、胡散臭い。というか回りくどい。
いわば直情的な性質のノーヴェはそういった込み入った話はあまり好きではない。
だから、軽く唸って答える。
「断る、っていったらどうするんだ?」
おやおや、とでもいうべきか。
両手を軽く持ち上げるようなモーションで、古泉が苦笑した。
「先ほども申し上げた通り、拘束力はありませんよ?
こう言うと『彼女』に悪いですが、いわばただの肩書です。
単純に協力の証みたいなものととらえていただいてもかまいませんが……」
「いや、そうじゃなくって」
ほうっておくとまた回りくどい勧誘が始まりそうだったので、ずっぱりと言い切る。
「あたしはドクター・スカリエッティのために作られた、ドクターの部下だ。
急ごしらえとはいえ、別の誰かの部下になるつもりはない。それにそういう肩書きもあんまり好きじゃない」
「ははぁ、これは失礼しました。……ところで」
さわやか、とも胡散臭い、ともとれる笑顔を抑え、古泉は首を傾げた。
「そういえばお名前、ノーヴェさん、でしたよね?」
「……だからなんだ」
「いえ、ちょっと気になることがありまして……」
さっきまでべらべらしゃべっていたかと思えば、今度はじっと考え込むように黙った。
なんというか、あまりノーヴェの周りにはいないタイプだ。
自分の姉妹にも底知れない、というかよくわからない存在はいる。
だがそういう姉妹たちとはまた違う意味での『わからない』を、ノーヴェは古泉に感じていた。
ちらりとノーヴェが姉妹のことを頭に思い描いたのが伝わったわけはないだろうが、古泉が不意に頭をあげて言った。
「ひとつ、お聞きしてもいいですか?」
「ん?」
「あなたの知り合いに、セイン、という方はいらっしゃいませんか?」
せいん、と脳が読み取ると同時に、何でその名前が、という気持ちで頭がいっぱいになる。
それがわかったのか、古泉は鞄から一冊の薄い本を取り出すと、ぱらりと開いた。
「いえ、ノーヴェもセインもイタリア語で数字を意味しますから、ひょっとしたら御兄弟か何かかと。
ほらここに」
すい、と男にしては華奢な指がずらりと名前の書かれた中をたどる。
確かに示された先には、『ノーヴェ』の名の上に『セイン』とはっきり記されていた。
「は!?」
思わず、ひったくるようにその本――『名簿』をつかみ上げる。
見れば名簿にはノーヴェの姉妹はセイン以外載ってはいないが、他によく知った名がいくつも記されていた。
「高町なのは、フェイト・T・ハラオウン――スバル・ナカジマ!?」
「ご存じなのですか?」
ご存じ、などというものではない。
彼女たちはドクターの野望の、ひいてはノーヴェ自身の敵だ。
そしてそれとは別に、彼女の眼は怒りに燃え上がる。
「スバル・ナカジマ……タイプゼロ・セカンド!」
ぎりぎりと歯ぎしりし、名簿を地面に叩きつけたノーヴェの姿に思うところがあったのだろう。
特に文句も言わずに、古泉は名簿の土を払ってデイパックへしまった。
「何やら、込み入った事情がおありのようですね」
「込み入った、なんてもんじゃない……スバル・ナカジマ……チンク姉の仇……!」
拳に力が入る。
ノーヴェ達を逃がすために一人戦地に残った姉の姿がまぶたに浮かぶ。
ノーヴェが特別に慕っている姉であるチンクの、水槽の中で静かに体を癒すしかない姿が蘇る。
スバル・ナカジマはチンクの仇だ。
高町なのはにも、フェイト・T・ハラオウンにも輪をかけて憎い敵だ。
「くそっ……!」
誰にとも知らずに毒づく彼女に、ふと思い出したといった風に古泉が口を開く。
「あの、そのフェイトという人のことなのですが……」
「何だ!?」
「いえ、その、怒らないで聞いていただきたいのですが……彼女は、先ほどの放送で名を呼ばれました。
すでに死亡している確率が高いと思われます」
一瞬の頭が空になり、はぁ?、という間抜けな声が思わず唇から洩れた。
死んでいる?
フェイト・T・ハラオウンほどの実力者が、死んでいる?
「おい、ちょっと待て。本当かそれ?」
「おや、御存じなかったのですか?
先ほどの放送では五名ほど死者が出たと言っていましたよ」
そう言って、死者として読み上げられた名前をぽつり、ぽつりと並べていく。
幸いというべきか、ノーヴェの知り合いはフェイトただ一人。
この場にいる唯一の姉が無事であることにはほっとしたが、逆の意味で危機感が募った。
「どうやらフェイトという方をご存じのようですが、その人は?」
「あたしにとっては敵だ。でも、強い。かなりの実戦経験と魔力がある。
そう簡単にやられるような奴じゃないはずだ……」
魔力、のくだりでゆるく古泉が首を傾げる。
こいつは魔力を知らない世界の奴なのか、と思い、自分の世界や魔力についてかいつまんで話した。
とはいえ、ドクター・スカリエッティについてなどはあまり詳しく触れないでおいたのだが。
そのために説明が多少曖昧なものになったのは避けがたく、聞き終わった後の古泉はよくわからないという表情をしていた。
「はぁ、つまりあなたの話をうのみにすると、あなたは警察組織に対抗する犯罪者ということになりますが?」
「だからどうした。犯罪も何も、今この島じゃあたしは何もできない。
とにかくあの主催をぶっ飛ばすまで、あたしもお前もただの実験動物みたいなものなんだ。
それとも、今更あたしに協力するのに怖気づいたとでも――」
「いえいえ、めっそうもない」
少し脅しをこめてにらむと、慌てて微笑んでみせる。
一見すると軟弱な男だが、はたして中身もそうなのか。
先ほど見せた魔法に似た能力や、言葉の端々にうかがえる思慮深さを考えると、侮ってはいけない気もする。
「しかしなるほど、あれだけの戦闘能力を持つあなたをして『そう簡単にやられる奴じゃない』、ですか。
となると、やはり未知の脅威がいくつもこの島には存在しているようですね……」
古泉の言葉に、改めてノーヴェも考える。
ノーヴェの姉であるセインは、戦闘向きと言えるタイプではないが探索、隠密を得意とする戦闘機人だ。
いざとなったらISの力を使って戦闘現場から離脱するなりなんなり出来るはずだし、一般人に比べればもちろん戦闘能力は高い。
何事にも飄々としているというか、フランクな態度を取る姉を思い出す。
傷ついたチンクを前に落ち込む自分の頭をなでてくれた、明るい声がふと蘇る。
大丈夫だ、と小さくつぶやく。
何事にもただ突っ込んでいきがちな自分と比べ、セインは場を読むのも得意だ。
危なくなったらうまく逃げるだろう。そう信じたい。
それに、考えなければならないことはまだある。
ドクターの野望の要、『聖王の器』である少女の名前が名簿に載っていた。
ということは、先日自分たちの手に落ちたはずの少女もまた、この場に来ていることになる。
ドクターの計画を思えば、何よりも生かして捕まえなければならない。
スバル・ナカジマとは会うことがあったら仇を取りたいが、お互いにダメージ必須の戦いは出来れば避けたい。
とはいえ、実際に会ってみなければその時自分がどうふるまうかはわからない。
頭に血が上って怒りのままに殴りかかるか、それとも落ち着いて話が出来るのか。
あまり難しく考えるのは好きではないので、これは保留する。
すると自分がやるべきは、セインと合流し、ヴィヴィオを捕まえ、主催を蹴り飛ばして元の世界に戻るということになる。
頭の中を振り返り、他に懸念事項がないことを確かめ、頷いた。
タイミングを同じくして、古泉が聞いてくる。
「さて、そろそろ情報の整理も終わったころかと思いますが、あなたはこれからいかがなさいますか?」
「……セインと会う。あと、ヴィヴィオってガキを捕まえる。
あいつはドクターのために必要な奴だから、絶対に生かして連れて帰らないと」
「その辺の事情はよくわかりませんが、あなたの側の要求はそれ、ですね。
では僕の方も軽くお話しましょうか」
そう言って古泉は知り合いについて語りだしたが、いまいちノーヴェにとっては容量を得ない話だった。
神だのSOS団だの涼宮ハルヒだの、よくわからない単語が続く。
とりあえずキョン、朝比奈みくる、キョンの妹という人物とは友好関係にあり、朝倉涼子という女を警戒しているのだけはわかった。
とはいえ向こうも詳しいところを話すつもりはないのか、早々に話を打ち切ってしまう。
そして大木の根元に座り込むと、小さな声でこう語った。
「申し訳ありませんが、僕はまだろくに動けそうにありません。
もう少しだけ休憩させていただいてよろしいですか?」
確かにその顔には、疲労がまだ色濃く浮かんでいる。
先ほど少し眠っていたとはいえ、疲れのあまり気絶同然に意識を失うような状態だったことを思えば無理もない。
動けない奴を引っ張り廻すのもどうにも気がひけたので、ノーヴェは手持無沙汰になりながらも頷いた。
「ああ、もちろんあなたがその間退屈で、何かしたいというのならお願いがあります。
この湖の周辺をぐるっと回って、誰か人がいた痕跡がないか確かめていただけませんか?
あなたの強化服なら、さほど時間はかからないと思いますが」
そういって古泉は地図をかざし、指先でぐるり、と湖の周りをなぞってみせる。
確かにガイバーの走行能力ならば一時間くらいあれば十分に回れるだろう。
「別にいいけど、理由は?」
「主催打倒の仲間を探すにしても、人がどこにいるのかわからなくてはどうしようもありません。
湖周辺は川もありますから、地面がぬかるんで足跡が残りやすい。
それに草木が生い茂っていますから、人がいれば不自然に折れたり掻き分けられた枝や草があるはずです。
そういうのを探していただきたいのですよ」
そして地図の中で9時から禁止エリアに指定された場所を示され、通らないように、とだけ注意される。
ゼクトールのせいで気絶していたとはいえ、こうして見ると放送を聞き逃したのは明らかな痛手だった。
古泉によれば次は昼の12時らしいから、聞き逃さないようにしようと心に決める。
言いたいことを言い終えると、動く気はないというように古泉は完全に背を大木に預けてしまった。
ふぅ、と息を吐くさまは確かに疲れた人間のそれだ。
「わかった、今から湖の周りを見てくればいいんだな……妙な事は考えるなよ?」
「もちろんですよ。
では、僕はここでお待ちしていますので」
ひらひらと手を振る姿を後に、ガイバーの姿に変身して走り出す。
どうにもあの男にいいように使われている気がしないでもなかったが、今は人の気配だけを探そうと意識を集中する。
がさがさと草木を踏み分ける音が、湖に響いた。
◆ ◆ ◆
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