「古泉一樹の戸惑」(2009/02/05 (木) 17:23:00) の最新版変更点
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*古泉一樹の戸惑 ◆NIKUcB1AGw
突然だが、想像してみてほしい。灯りも方位磁石もなく、真っ暗な迷路の中に突然放り込まれるという状況を。
古泉一樹は、まさにそんな状況だった。
森の中、古泉は殖装を解き佇んでいた。
ほんの数十分前まで、彼は涼宮ハルヒの遺志を継いでキョンを止めるという使命に燃えていたのだ。
だが今の彼に、そんな情熱はかけらも見あたらない。
悪魔将軍は、彼の生き方を「涼宮ハルヒの傀儡」と言い放った。死者に操られる亡霊だとも。
それと同時に、将軍は古泉の目の前で仲間である朝比奈みくるを殺した。
そのみくるは古泉たちと過ごしていた頃より、何年か先の未来から連れてこられたみくるだったが……それでも、古泉にとって彼女が仲間であることに変わりはなかった。
自分の人生を否定され、眼前で仲間を無惨に殺され……。古泉の神経は、これ以上なく摩耗していた。
何をするでもなく、古泉は生気のない目でぼんやりと風景を眺める。
やがて、限界まで蓄積した精神的疲労は、ゆっくりと彼の意識を奪い去った。
◇ ◇ ◇
気が付くと、古泉は一人SOS団の部室で椅子に座っていた。
(また……夢ですか……)
心の中でそう呟く古泉。それは単なる事実の確認であり、一切の感情を含んでいなかった。
そのまま古泉がなにもせずにいると、扉の向こうに誰かの気配が出現する。
(涼宮さんのお出ましですか……。ですが、僕はどんな顔で彼女を迎えれば……)
彼が悩んでいるうちに、扉が開く。だが部室に入ってきたのは、彼が予測していた人物ではなかった。
「え……?」
入ってきたのは、脳天から血を流し白目をむいたメイド服の少女。それがみくるだと古泉が認識した直後に、彼女は床に倒れ込む。
そしてその背後から姿を現したのは、北高の制服を返り血に染めた、端整な顔立ちの青年だった。
「あ、あなたはいったい……」
「おいおい、ずいぶんとご挨拶だな。見ればわかるだろう」
口元を邪悪に歪め、青年は名乗る。
「古泉一樹だよ」
◇ ◇ ◇
「っ!!」
声にならない声と共に、古泉の意識は現実へと戻ってきた。
(いつの間にか眠っていましたか……。しかし立ったまま寝てしまうとは、僕も人間離れしてきたようですね)
冗談めかした独白をしてみても、古泉の心は晴れない。
(まあ、いやな夢を見たとはいえ眠ったおかげで少しは頭がすっきりしましたね。いいかげん本格的に、これからの身の振り方を考えてみますか)
今一度目を閉じ、古泉は考える。これから、自分はどうするべきかを。
悪魔将軍の忠実な部下として行動するか。あくまでハルヒの命じるままに「彼」を救うべく動くか。
あるいは、何もかも放棄してただ逃げ続けるか。
(さあ、どうする古泉一樹!)
古泉は、おのれに問いつめ続ける。自分は何をしたいのかを。
このまま仮面をかぶり偽りの自分を演じ続けるのか、それとも仮面を捨て、おのれの欲求に素直になるのか。
自分が望むのは、果たしてどっちだ。
彼の脳裏には、これまでの出来事が次々と蘇っていく。
超能力者になったあの日。涼宮ハルヒとの出会い。SOS団の一人として関わってきた、数々の事件。
この殺し合いで出会った、優しき獣。六本腕の怪人。豹変した「彼」。
強気な人ならざる少女。カブトムシの化け物。「彼」を救ってほしいという、死んだ団長からのメッセージ。
悪魔の首領。ガラスのように脆そうだった少年。
そして、自分の目の前で殺された仲間。
それらを糧に、古泉は自分の道を模索する。
そのまま、古泉は考える。隙だらけになるのもかまわず、少しは回復した脳を再び酷使して。
ハルヒの遺志を忠実に遂行する、SOS団副団長として行動するか?
だが、その仮面は悪魔将軍によって砕かれてしまった。
いくら彼の言葉を否定しようとも、その仮面を再びかぶることによる空しさをどうしても押さえられない。
悪魔将軍に仕えるか?
確かに彼の庇護の元にいれば、生き残る可能性は格段に上がるだろう。
だが、生き延びてどうする。そのまま悪魔超人界とやらに足を踏み入れるのか?
そこに自分の求めるものがあるとは思えない。
それに悪魔将軍の命令通り行動するだけでは、単に自分を操る人物がハルヒから彼に入れ替わっただけではないか。
逃走者として逃げ続けるか?
これも、その先にあるものが見えない。
敗北感と無力感に苛まれながら惨めに生き延びて、そこからどうしようというのだ。
本当に自分がなりたいものは。自分が心から望むものは。いくら考えても、答えが出ない。
(ははは……ここまで僕は無力でしたか。自分の進むべき道すら、自分で決められないとは……)
目を開け、自嘲的な気持ちを込めた溜め息を漏らす古泉。その時、彼は気づいた。上空にいる何かに。
◇ ◇ ◇
(無駄足だったか……)
上空にとどまるカブトムシそっくりの異形、ネオ・ゼクトールは、その心中で呟く。
そもそも、モールに向かっていた彼が進行方向を変更してここまでやってきたのにはわけがある。
先程の放送で呼ばれた死者に、ゼクトールが知る名前はなかった。それはいい。
問題はその後の主催者の発言にある。
3人殺した参加者には、放送時点での他の参加者の居場所を教えるというのだ。
アプトムを狙うゼクトールにとって、その居場所がわかるというのは実に魅力的な報酬だ。
もちろん、今の万全でない状態ですぐさまアプトムに挑むような無茶をする気はない。
だが復讐すべき相手がどこにいるのかわかるのとわからないのでは、モチベーションがまったく違ってくる。
無差別に他の参加者に襲いかかるようなことはしないが、殺せる相手は確実に殺してご褒美を狙う。
それがゼクトールの選んだ方針だ。
とは言っても、現在のゼクトールの殺害数はゼロ。ご褒美がもらえる3人にはほど遠い。
どうしたものかと考えているうちに、彼はここで火の手が上がったのに気づいた。
火の手が上がったのなら、戦闘が行われている可能性が高い。
ならば決着がつく前に乱入して劣勢な方に止めを刺せば、労せずして殺害数を稼ぐことが出来る。
はっきり言ってプライドも何もない作戦だが、すでに寿命も栄光も復讐の代償として捧げた身。プライドとて捨ててやる。
そんな思いを胸にここまで飛んできたゼクトールだが、結果は外れ。すでに戦闘は終了し、その場に人影はなかった。
(こんな事なら、素直にモールへ直行していた方がよかったな……。
まあいい。さっさと引き返すか。無駄足を踏んだ分の時間を取り戻さんとな)
すぐさま頭を切り換えると、ネオ・ゼクトールはその場から飛び去った。
◇ ◇ ◇
(行きましたか……)
飛び去っていくネオ・ゼクトールの姿を、古泉は木の陰から見送る。
どうやら、ゼクトールは森の中にいた自分には気づかなかったらしい。
もしゼクトールが降りてきて、周辺を捜索していたのなら古泉はあっさり見つかったことだろう。
そして肉体的にはともかく精神的に戦える状態にない古泉は、簡単に敗北を喫したはず。
ゼクトールがそれほどこの場所に執着せず、すぐさま引き返したのは古泉にとって幸運だった。
いや、それは本当に幸運だったのだろうか。
(いっそのこと……彼に殺されていた方が楽だったかも知れませんね……)
心の中でそう呟いてから、古泉は自分のあまりに弱気な考えに失笑する。
まさか、「死んだ方がまし」だなんて考えが頭に浮かぶとは。いくらなんでも情けない。
この殺し合いで、まだ生きたいのに殺された人なんていくらでもいるだろうに。
そう、朝比奈みくるのように。
「朝比奈さん……」
思わず、目の前で殺された仲間の名前が口からこぼれる。みくるだけではない。涼宮ハルヒも、こんなところで死にたくはなかったはずだ。
生きて北高に帰り、騒がしい学校生活をもっと送っていたかったはずだ。
だが、その些細な願いはもう叶わない。涼宮ハルヒの日常は、この殺人遊戯で永遠に絶たれたのだ。
みくるが未来で、どんな生活を送っていたのかは知らない。だが、彼女にもハルヒ同様守りたい日常があったはず。
それもまた、二度と戻ることはない。
そんなことを考えていると、古泉のボロボロになった心にある感情がわき上がってきた。
それは、憎悪。
なぜ、彼女たちが死ななければならなかった。なぜ、自分が仲間の死という悲しみを味わわなければならない。
あまりにも理不尽ではないか。自分たちは戦いが日常の超人でも、戦うために造られた戦闘機人でもない、ただの学生なのに。
そう言えば、ノーヴェから聞いた話によればゼクトールの目的は仲間の復讐だという。
彼も、仲間を殺された時こんな気持ちを味わったのだろうか。
(彼の生き方に倣ってみるのも……悪くないかも知れませんね)
悪魔将軍によって木っ端微塵にされた、古泉のアイデンティティー。
今そこに、新たな芽が芽生えようとしていた。
(僕は……涼宮さんと朝比奈さんの無念を晴らす!)
新たに古泉の支柱になろうとしているのは、復讐の念。すなわち、仲間たちの敵討ちをしたいという思い。
SOS団メンバーとしてでなく、一人の人間として彼女たちの無念を晴らしたい。それが古泉がたどり着いた、自分自身の欲求だった。
悪魔将軍が聞いたら、再び古泉のことを酷評するだろう。結局はくだらない仲間意識にとらわれるのかと。
だが、それでもかまわない。
所詮、あの男は悪魔なのだ。古泉に、悪魔になるつもりはない。悪魔とは、ここで縁を切る。
SOS団副団長の立場も「機関」メンバーという立場も関係なく、古泉は彼女たちのために動きたいと考えていた。
監視目的で近づいたとはいえ、彼女たちは自分にとってかけがえのない友人だったのだ。
偽りの顔で仲良くなった友人が、そんなに大切か? ああ、大切だ。
たとえ本心を隠していようとも、古泉は心の底から彼女たちとの生活を楽しんでいたのだから。
SOS団は、仮面をかぶっていてさえも居心地のよい場所だったのだから。
そう、晴らすべきは死せる者の無念だけではない。大切な居場所を奪われた自分自身の無念、それも晴らさなければ。
それが、一人の人間として古泉が求めるものだ。
仮に悪魔将軍の言ったとおり全ての黒幕がハルヒだとしたら、自分の怒りも無念も全くの無駄ということになるだろう。
だが、知ったことか。その時はハルヒに20時間ほど説教をくれてやるまでだ。
だいいち、もはや古泉はハルヒ黒幕説を信じてはいない。
たとえハルヒが「彼」とのドラマチックな恋物語を望んだとしても、友人の……みくるのあんなむごたらしい死を望むはずがない。
古泉の知る涼宮ハルヒは、そこまで根性の腐った女ではない。
「さて……」
自分の行く道を決め、古泉は具体的な策を練りに入る。
まずは悪魔将軍。恩はある。だが彼からの離反を決めた以上、もはやその恩に意味はない。
みくるを殺したあの男は、絶対に殺す。
だが、今のままでは彼我の戦力差は歴然。勝てる可能性などないと断言できる。
強くなる必要がある。ガイバーの力を使いこなし、もっともっと強く。
そして、強力な仲間もほしい。当てはある。
悪魔将軍の敵でありキン肉バスターの真の使い手、キン肉マン。
名前に「キン肉」という単語が含まれ、名簿で悪魔将軍の近くに載っている「キン肉スグル」と「キン肉万太郎」。おそらく、この二人のどちらかがキン肉マンのはず。
いや、たしか将軍は「キン肉マン」と「キン肉万太郎」の名を別に扱っていたから、キン肉マンはスグルの方か。
だが、万太郎もキン肉マンと同じく悪魔将軍の敵の可能性が高い。悪魔将軍と対立しているのなら力を貸してくれるはず。
それに、将軍がシンジという少年に殺害を命じたウォーズマン。彼も捜してみる価値はありそうだ。
そう言えば、悪魔将軍についていったノーヴェはどうするか。
出来れば彼女とは戦いたくないが……。仮に将軍に加勢するようなら、倒すのもやむを得ないだろう。
将軍に対する対策は、ひとまずこれでいい。次に、ハルヒを殺した「彼」について。
都合のいいことに、彼とは待ち合わせの約束がある。
先程は彼の心情を気遣って詳しい事情は聞かなかったが、次に会った時はなんとしてもそれを聞き出す必要がある。
納得できる理由があったのなら、彼を許そう。そして、どんな手段を使ってでも味方に付ける。
そうでなかった場合は、ハルヒには悪いが断罪させてもらう。
最後に、長門有希。彼女も、大切な友人の一人だ。
だがどんな理由があろうとも、自分たちをこんな悲劇に巻き込んだことを許せはしない。けじめは付けてもらう。
しかし、彼女の力は強大だ。対抗するには、こちらもそれだけの駒を揃えなければならない。
そうなるとなんとしてもほしいのは、朝倉涼子だ。
彼女の「前科」を考えれば、とても信頼できる人間ではない。
長門が殺し合いを活性化させるために送り込んだ、主催者側の人間という可能性もある。
だがそれでも、長門に対抗できる存在といったら彼女ぐらいしか思い当たらない。
リスクを冒してでも、朝倉とは接触しておきたいところだ。
「さて……長門さん、何かの方法で聞いているんでしょう? あなたほどの人が、参加者の管理を徹底しないわけがない」
空に向かって、古泉は語りかける。
「一度しか言いませんから、よく聞いていてください。あなたは――『俺』が殺す」
宣戦布告を行うと同時に、古泉は笑った。
それは「彼」にさんざん胡散臭く思われたいつもの笑みではなく。
ましてや心のこもった暖かい笑みでもなく。
どこまでも冷たく、それでいて美しい氷の微笑<スマイル>だった。
(もう、僕はSOS団の古泉じゃない。今の『俺』は復讐に生きるガイバーⅢ、古泉一樹です……!)
心の中でそう叫んでみて、古泉はわずかに自虐的なものを感じる。
自分はただ、生きる目的がほしいために死んだ仲間を口実にしているだけではないかと。
だが、今はそれでもいい。たとえ不純な思いだとしても、あのまま森の中で腐っているよりはましだろうから。
それに理由はどうであれ、仲間の仇を討ちたいという思いに偽りはないのだから。
古泉は誓う。目的のためなら、どんな非情な選択でもしてみせると。
全くの偶然ではあるが、その決意はガイバーⅢの本来の殖装者である巻島顎人に通じるものがあった。
そしてそれは、悪魔将軍が古泉に求めた冷血・冷徹・冷酷の「悪魔の精神」でもあった。
だが、彼の根底にある死んだ友のためにという思い。
それは紛れもなく、正義超人の象徴である「友情パワー」だった。
超人の世界では、絶対に相容れない二つの心。それを、人間である古泉は同時に持つことが出来る。
相反する二つの力を胸に、これまでの自分と決別した青年はいずこかへと歩き出した。
(それにしても……。自分のことを『俺』と言うのにここまで自分で違和感を覚えるとは思いませんでしたよ。
すっかり、演技の自分の方がなじんでしまっていたんですねえ……)
【D-07 森/一日目・昼過ぎ】
【名前】ネオ・ゼクトール@強殖装甲ガイバー
【状態】ダメージ(小)、ミサイル消費(小)
【持ち物】ディパック(支給品一式)×2、不明支給品0~3
【思考】
1:アプトムを倒す
2:とりあえず服を探しにモールへ向う。
3:ご褒美でアプトムの情報を手に入れるため、殺せそうな参加者は殺す。ただし無理はしない。
【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】精神的疲労(大)、悪魔の精神
【装備】 ガイバーユニットⅢ
【持ち物】ロビンマスクの仮面(歪んでいる)@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、デジタルカメラ@涼宮ハルヒの憂鬱、ケーブル10本セット@現実、
ハルヒのギター@涼宮ハルヒの憂鬱、デイパック、基本セット一式、考察を書き記したメモ用紙
基本セット(食料を三人分消費) 、スタームルガー レッドホーク(4/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、
コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、七色煙玉セット@砂ぼうず(赤・黄・青消費、残り四個)
高性能指向性マイク@現実、みくるの首輪
【思考】
1.悪魔将軍と長門を殺す。手段は選ばない。
2.使える仲間を増やす。特にキン肉スグル、キン肉万太郎、朝倉涼子を優先。
3.地図中央部分に主催につながる「何か」があるのではないかと推測。機を見て探索したい。
4.キョンの妹を捜す。
5.午後6時に、採掘所でキョンと合流。向こうの事情を聞いて仲間にするか殺すか決める。
6.デジタルカメラの中身をよく確かめたい。
※ガイバーに殖装することが可能になりました。使える能力はガイバーⅢと同一です
※ほんの僅かながら、自分の『超能力』が使用できる事に気付きました。『超能力』を使用するごとに、精神的に疲労を感じます。
※ノーヴェの知り合いと世界観について、軽く把握しました。
※悪魔将軍から知っている超人と超人の可能性がある参加者について話を聞いています。
※メモ用紙には地図から読み取れる「中央に近づけたくない意志」についてのみ記されています。
禁止エリアについてとそこから発展した長門の意思に関する考察は書かれていません。
※ロビンマスクの仮面による火炎放射には軽度な精神的な疲労を伴いますが、仮面さえ被れば誰にでも使用できます。
※一人称が安定していません。
※古泉がどの方向に向かったかは、次の書き手さんにお任せします。
*時系列順で読む
Back:[[彼の心乱せ魔将(後編)]] Next:[[蜘蛛は水を求め、水を恐れる]]
*投下順で読む
Back:[[彼の心乱せ魔将(後編)]] Next:[[蜘蛛は水を求め、水を恐れる]]
|[[彼の心乱せ魔将(後編)]]|古泉一樹|[[]]|
|[[魔物の群れはいなくなった]]|ネオ・ゼクトール|[[復讐者と悪魔の出会い]]|
*古泉一樹の戸惑 ◆NIKUcB1AGw
突然だが、想像してみてほしい。灯りも方位磁石もなく、真っ暗な迷路の中に突然放り込まれるという状況を。
古泉一樹は、まさにそんな状況だった。
森の中、古泉は殖装を解き佇んでいた。
ほんの数十分前まで、彼は涼宮ハルヒの遺志を継いでキョンを止めるという使命に燃えていたのだ。
だが今の彼に、そんな情熱はかけらも見あたらない。
悪魔将軍は、彼の生き方を「涼宮ハルヒの傀儡」と言い放った。死者に操られる亡霊だとも。
それと同時に、将軍は古泉の目の前で仲間である朝比奈みくるを殺した。
そのみくるは古泉たちと過ごしていた頃より、何年か先の未来から連れてこられたみくるだったが……それでも、古泉にとって彼女が仲間であることに変わりはなかった。
自分の人生を否定され、眼前で仲間を無惨に殺され……。古泉の神経は、これ以上なく摩耗していた。
何をするでもなく、古泉は生気のない目でぼんやりと風景を眺める。
やがて、限界まで蓄積した精神的疲労は、ゆっくりと彼の意識を奪い去った。
◇ ◇ ◇
気が付くと、古泉は一人SOS団の部室で椅子に座っていた。
(また……夢ですか……)
心の中でそう呟く古泉。それは単なる事実の確認であり、一切の感情を含んでいなかった。
そのまま古泉がなにもせずにいると、扉の向こうに誰かの気配が出現する。
(涼宮さんのお出ましですか……。ですが、僕はどんな顔で彼女を迎えれば……)
彼が悩んでいるうちに、扉が開く。だが部室に入ってきたのは、彼が予測していた人物ではなかった。
「え……?」
入ってきたのは、脳天から血を流し白目をむいたメイド服の少女。それがみくるだと古泉が認識した直後に、彼女は床に倒れ込む。
そしてその背後から姿を現したのは、北高の制服を返り血に染めた、端整な顔立ちの青年だった。
「あ、あなたはいったい……」
「おいおい、ずいぶんとご挨拶だな。見ればわかるだろう」
口元を邪悪に歪め、青年は名乗る。
「古泉一樹だよ」
◇ ◇ ◇
「っ!!」
声にならない声と共に、古泉の意識は現実へと戻ってきた。
(いつの間にか眠っていましたか……。しかし立ったまま寝てしまうとは、僕も人間離れしてきたようですね)
冗談めかした独白をしてみても、古泉の心は晴れない。
(まあ、いやな夢を見たとはいえ眠ったおかげで少しは頭がすっきりしましたね。いいかげん本格的に、これからの身の振り方を考えてみますか)
今一度目を閉じ、古泉は考える。これから、自分はどうするべきかを。
悪魔将軍の忠実な部下として行動するか。あくまでハルヒの命じるままに「彼」を救うべく動くか。
あるいは、何もかも放棄してただ逃げ続けるか。
(さあ、どうする古泉一樹!)
古泉は、おのれに問いつめ続ける。自分は何をしたいのかを。
このまま仮面をかぶり偽りの自分を演じ続けるのか、それとも仮面を捨て、おのれの欲求に素直になるのか。
自分が望むのは、果たしてどっちだ。
彼の脳裏には、これまでの出来事が次々と蘇っていく。
超能力者になったあの日。涼宮ハルヒとの出会い。SOS団の一人として関わってきた、数々の事件。
この殺し合いで出会った、優しき獣。六本腕の怪人。豹変した「彼」。
強気な人ならざる少女。カブトムシの化け物。「彼」を救ってほしいという、死んだ団長からのメッセージ。
悪魔の首領。ガラスのように脆そうだった少年。
そして、自分の目の前で殺された仲間。
それらを糧に、古泉は自分の道を模索する。
そのまま、古泉は考える。隙だらけになるのもかまわず、少しは回復した脳を再び酷使して。
ハルヒの遺志を忠実に遂行する、SOS団副団長として行動するか?
だが、その仮面は悪魔将軍によって砕かれてしまった。
いくら彼の言葉を否定しようとも、その仮面を再びかぶることによる空しさをどうしても押さえられない。
悪魔将軍に仕えるか?
確かに彼の庇護の元にいれば、生き残る可能性は格段に上がるだろう。
だが、生き延びてどうする。そのまま悪魔超人界とやらに足を踏み入れるのか?
そこに自分の求めるものがあるとは思えない。
それに悪魔将軍の命令通り行動するだけでは、単に自分を操る人物がハルヒから彼に入れ替わっただけではないか。
逃走者として逃げ続けるか?
これも、その先にあるものが見えない。
敗北感と無力感に苛まれながら惨めに生き延びて、そこからどうしようというのだ。
本当に自分がなりたいものは。自分が心から望むものは。いくら考えても、答えが出ない。
(ははは……ここまで僕は無力でしたか。自分の進むべき道すら、自分で決められないとは……)
目を開け、自嘲的な気持ちを込めた溜め息を漏らす古泉。その時、彼は気づいた。上空にいる何かに。
◇ ◇ ◇
(無駄足だったか……)
上空にとどまるカブトムシそっくりの異形、ネオ・ゼクトールは、その心中で呟く。
そもそも、モールに向かっていた彼が進行方向を変更してここまでやってきたのにはわけがある。
先程の放送で呼ばれた死者に、ゼクトールが知る名前はなかった。それはいい。
問題はその後の主催者の発言にある。
3人殺した参加者には、放送時点での他の参加者の居場所を教えるというのだ。
アプトムを狙うゼクトールにとって、その居場所がわかるというのは実に魅力的な報酬だ。
もちろん、今の万全でない状態ですぐさまアプトムに挑むような無茶をする気はない。
だが復讐すべき相手がどこにいるのかわかるのとわからないのでは、モチベーションがまったく違ってくる。
無差別に他の参加者に襲いかかるようなことはしないが、殺せる相手は確実に殺してご褒美を狙う。
それがゼクトールの選んだ方針だ。
とは言っても、現在のゼクトールの殺害数はゼロ。ご褒美がもらえる3人にはほど遠い。
どうしたものかと考えているうちに、彼はここで火の手が上がったのに気づいた。
火の手が上がったのなら、戦闘が行われている可能性が高い。
ならば決着がつく前に乱入して劣勢な方に止めを刺せば、労せずして殺害数を稼ぐことが出来る。
はっきり言ってプライドも何もない作戦だが、すでに寿命も栄光も復讐の代償として捧げた身。プライドとて捨ててやる。
そんな思いを胸にここまで飛んできたゼクトールだが、結果は外れ。すでに戦闘は終了し、その場に人影はなかった。
(こんな事なら、素直にモールへ直行していた方がよかったな……。
まあいい。さっさと引き返すか。無駄足を踏んだ分の時間を取り戻さんとな)
すぐさま頭を切り換えると、ネオ・ゼクトールはその場から飛び去った。
◇ ◇ ◇
(行きましたか……)
飛び去っていくネオ・ゼクトールの姿を、古泉は木の陰から見送る。
どうやら、ゼクトールは森の中にいた自分には気づかなかったらしい。
もしゼクトールが降りてきて、周辺を捜索していたのなら古泉はあっさり見つかったことだろう。
そして肉体的にはともかく精神的に戦える状態にない古泉は、簡単に敗北を喫したはず。
ゼクトールがそれほどこの場所に執着せず、すぐさま引き返したのは古泉にとって幸運だった。
いや、それは本当に幸運だったのだろうか。
(いっそのこと……彼に殺されていた方が楽だったかも知れませんね……)
心の中でそう呟いてから、古泉は自分のあまりに弱気な考えに失笑する。
まさか、「死んだ方がまし」だなんて考えが頭に浮かぶとは。いくらなんでも情けない。
この殺し合いで、まだ生きたいのに殺された人なんていくらでもいるだろうに。
そう、朝比奈みくるのように。
「朝比奈さん……」
思わず、目の前で殺された仲間の名前が口からこぼれる。みくるだけではない。涼宮ハルヒも、こんなところで死にたくはなかったはずだ。
生きて北高に帰り、騒がしい学校生活をもっと送っていたかったはずだ。
だが、その些細な願いはもう叶わない。涼宮ハルヒの日常は、この殺人遊戯で永遠に絶たれたのだ。
みくるが未来で、どんな生活を送っていたのかは知らない。だが、彼女にもハルヒ同様守りたい日常があったはず。
それもまた、二度と戻ることはない。
そんなことを考えていると、古泉のボロボロになった心にある感情がわき上がってきた。
それは、憎悪。
なぜ、彼女たちが死ななければならなかった。なぜ、自分が仲間の死という悲しみを味わわなければならない。
あまりにも理不尽ではないか。自分たちは戦いが日常の超人でも、戦うために造られた戦闘機人でもない、ただの学生なのに。
そう言えば、ノーヴェから聞いた話によればゼクトールの目的は仲間の復讐だという。
彼も、仲間を殺された時こんな気持ちを味わったのだろうか。
(彼の生き方に倣ってみるのも……悪くないかも知れませんね)
悪魔将軍によって木っ端微塵にされた、古泉のアイデンティティー。
今そこに、新たな芽が芽生えようとしていた。
(僕は……涼宮さんと朝比奈さんの無念を晴らす!)
新たに古泉の支柱になろうとしているのは、復讐の念。すなわち、仲間たちの敵討ちをしたいという思い。
SOS団メンバーとしてでなく、一人の人間として彼女たちの無念を晴らしたい。それが古泉がたどり着いた、自分自身の欲求だった。
悪魔将軍が聞いたら、再び古泉のことを酷評するだろう。結局はくだらない仲間意識にとらわれるのかと。
だが、それでもかまわない。
所詮、あの男は悪魔なのだ。古泉に、悪魔になるつもりはない。悪魔とは、ここで縁を切る。
SOS団副団長の立場も「機関」メンバーという立場も関係なく、古泉は彼女たちのために動きたいと考えていた。
監視目的で近づいたとはいえ、彼女たちは自分にとってかけがえのない友人だったのだ。
偽りの顔で仲良くなった友人が、そんなに大切か? ああ、大切だ。
たとえ本心を隠していようとも、古泉は心の底から彼女たちとの生活を楽しんでいたのだから。
SOS団は、仮面をかぶっていてさえも居心地のよい場所だったのだから。
そう、晴らすべきは死せる者の無念だけではない。大切な居場所を奪われた自分自身の無念、それも晴らさなければ。
それが、一人の人間として古泉が求めるものだ。
仮に悪魔将軍の言ったとおり全ての黒幕がハルヒだとしたら、自分の怒りも無念も全くの無駄ということになるだろう。
だが、知ったことか。その時はハルヒに20時間ほど説教をくれてやるまでだ。
だいいち、もはや古泉はハルヒ黒幕説を信じてはいない。
たとえハルヒが「彼」とのドラマチックな恋物語を望んだとしても、友人の……みくるのあんなむごたらしい死を望むはずがない。
古泉の知る涼宮ハルヒは、そこまで根性の腐った女ではない。
「さて……」
自分の行く道を決め、古泉は具体的な策を練りに入る。
まずは悪魔将軍。恩はある。だが彼からの離反を決めた以上、もはやその恩に意味はない。
みくるを殺したあの男は、絶対に殺す。
だが、今のままでは彼我の戦力差は歴然。勝てる可能性などないと断言できる。
強くなる必要がある。ガイバーの力を使いこなし、もっともっと強く。
そして、強力な仲間もほしい。当てはある。
悪魔将軍の敵でありキン肉バスターの真の使い手、キン肉マン。
名前に「キン肉」という単語が含まれ、名簿で悪魔将軍の近くに載っている「キン肉スグル」と「キン肉万太郎」。おそらく、この二人のどちらかがキン肉マンのはず。
いや、たしか将軍は「キン肉マン」と「キン肉万太郎」の名を別に扱っていたから、キン肉マンはスグルの方か。
だが、万太郎もキン肉マンと同じく悪魔将軍の敵の可能性が高い。悪魔将軍と対立しているのなら力を貸してくれるはず。
それに、将軍がシンジという少年に殺害を命じたウォーズマン。彼も捜してみる価値はありそうだ。
そう言えば、悪魔将軍についていったノーヴェはどうするか。
出来れば彼女とは戦いたくないが……。仮に将軍に加勢するようなら、倒すのもやむを得ないだろう。
将軍に対する対策は、ひとまずこれでいい。次に、ハルヒを殺した「彼」について。
都合のいいことに、彼とは待ち合わせの約束がある。
先程は彼の心情を気遣って詳しい事情は聞かなかったが、次に会った時はなんとしてもそれを聞き出す必要がある。
納得できる理由があったのなら、彼を許そう。そして、どんな手段を使ってでも味方に付ける。
そうでなかった場合は、ハルヒには悪いが断罪させてもらう。
最後に、長門有希。彼女も、大切な友人の一人だ。
だがどんな理由があろうとも、自分たちをこんな悲劇に巻き込んだことを許せはしない。けじめは付けてもらう。
しかし、彼女の力は強大だ。対抗するには、こちらもそれだけの駒を揃えなければならない。
そうなるとなんとしてもほしいのは、朝倉涼子だ。
彼女の「前科」を考えれば、とても信頼できる人間ではない。
長門が殺し合いを活性化させるために送り込んだ、主催者側の人間という可能性もある。
だがそれでも、長門に対抗できる存在といったら彼女ぐらいしか思い当たらない。
リスクを冒してでも、朝倉とは接触しておきたいところだ。
「さて……長門さん、何かの方法で聞いているんでしょう? あなたほどの人が、参加者の管理を徹底しないわけがない」
空に向かって、古泉は語りかける。
「一度しか言いませんから、よく聞いていてください。あなたは――『俺』が殺す」
宣戦布告を行うと同時に、古泉は笑った。
それは「彼」にさんざん胡散臭く思われたいつもの笑みではなく。
ましてや心のこもった暖かい笑みでもなく。
どこまでも冷たく、それでいて美しい氷の微笑<スマイル>だった。
(もう、僕はSOS団の古泉じゃない。今の『俺』は復讐に生きるガイバーⅢ、古泉一樹です……!)
心の中でそう叫んでみて、古泉はわずかに自虐的なものを感じる。
自分はただ、生きる目的がほしいために死んだ仲間を口実にしているだけではないかと。
だが、今はそれでもいい。たとえ不純な思いだとしても、あのまま森の中で腐っているよりはましだろうから。
それに理由はどうであれ、仲間の仇を討ちたいという思いに偽りはないのだから。
古泉は誓う。目的のためなら、どんな非情な選択でもしてみせると。
全くの偶然ではあるが、その決意はガイバーⅢの本来の殖装者である巻島顎人に通じるものがあった。
そしてそれは、悪魔将軍が古泉に求めた冷血・冷徹・冷酷の「悪魔の精神」でもあった。
だが、彼の根底にある死んだ友のためにという思い。
それは紛れもなく、正義超人の象徴である「友情パワー」だった。
超人の世界では、絶対に相容れない二つの心。それを、人間である古泉は同時に持つことが出来る。
相反する二つの力を胸に、これまでの自分と決別した青年はいずこかへと歩き出した。
(それにしても……。自分のことを『俺』と言うのにここまで自分で違和感を覚えるとは思いませんでしたよ。
すっかり、演技の自分の方がなじんでしまっていたんですねえ……)
【D-07 森/一日目・昼過ぎ】
【名前】ネオ・ゼクトール@強殖装甲ガイバー
【状態】ダメージ(小)、ミサイル消費(小)
【持ち物】ディパック(支給品一式)×2、不明支給品0~3
【思考】
1:アプトムを倒す
2:とりあえず服を探しにモールへ向う。
3:ご褒美でアプトムの情報を手に入れるため、殺せそうな参加者は殺す。ただし無理はしない。
【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】精神的疲労(大)、悪魔の精神
【装備】 ガイバーユニットⅢ
【持ち物】ロビンマスクの仮面(歪んでいる)@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、デジタルカメラ@涼宮ハルヒの憂鬱、ケーブル10本セット@現実、
ハルヒのギター@涼宮ハルヒの憂鬱、デイパック、基本セット一式、考察を書き記したメモ用紙
基本セット(食料を三人分消費) 、スタームルガー レッドホーク(4/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、
コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、七色煙玉セット@砂ぼうず(赤・黄・青消費、残り四個)
高性能指向性マイク@現実、みくるの首輪
【思考】
1.悪魔将軍と長門を殺す。手段は選ばない。
2.使える仲間を増やす。特にキン肉スグル、キン肉万太郎、朝倉涼子を優先。
3.地図中央部分に主催につながる「何か」があるのではないかと推測。機を見て探索したい。
4.キョンの妹を捜す。
5.午後6時に、採掘所でキョンと合流。向こうの事情を聞いて仲間にするか殺すか決める。
6.デジタルカメラの中身をよく確かめたい。
※ガイバーに殖装することが可能になりました。使える能力はガイバーⅢと同一です
※ほんの僅かながら、自分の『超能力』が使用できる事に気付きました。『超能力』を使用するごとに、精神的に疲労を感じます。
※ノーヴェの知り合いと世界観について、軽く把握しました。
※悪魔将軍から知っている超人と超人の可能性がある参加者について話を聞いています。
※メモ用紙には地図から読み取れる「中央に近づけたくない意志」についてのみ記されています。
禁止エリアについてとそこから発展した長門の意思に関する考察は書かれていません。
※ロビンマスクの仮面による火炎放射には軽度な精神的な疲労を伴いますが、仮面さえ被れば誰にでも使用できます。
※一人称が安定していません。
※古泉がどの方向に向かったかは、次の書き手さんにお任せします。
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|[[彼の心乱せ魔将(後編)]]|古泉一樹|[[叫び返せHUSTLE MUSCLE]]|
|[[魔物の群れはいなくなった]]|ネオ・ゼクトール|[[復讐者と悪魔の出会い]]|
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