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「Devil May Cry~Z.G.Kyonは悪魔なのか?~」(2009/01/12 (月) 22:56:59) の最新版変更点
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*Devil May Cry~Z.G.Kyonは悪魔なのか?~ ◆h6KpN01cDg
……何やってんだろうなあ、俺。
あの蛇野郎が東の方に向かっていくのを見送った後、俺は再びコテージの部屋に戻った。
そしてそのままベッドにダイブする。……本当に、装甲解除してからもふもふしたいんだがな。指はもうそろそろ治っただろうが、ついさっき深手を負ったばかりだ。
それにしても、どんなに全身痛くても、傷だらけでも、普通に動けてしまうこの身がうらめしい。普通なら、痛くて立つこともできないレベルだろうよ。
何てったって腹の辺りが思いっきり凹んでるんだからな。……はは、笑えねえなこりゃ。
「……はあ」
頭上を見上げる。天井は何のそっけもない無地。
……今更何だという感じだが、それがSOS団部室の天井に少し似ているような気がした。
外は、静かだ。
部屋の中はひどいもんだが、少なくとも周りには人影もない。
鳥の鳴き声も聞こえない。そもそもこの島に鳥はいるのか?
小トトロとかいう生物がいるくらいだから、いてもおかしくはなさそうだが。
さぞかし穏やかで、落ち着くだろうな―――こんな場じゃなければ、な。
―――ちく、しょう。
……覚悟、したはずだったのだが。
思わず本音が漏れる。……くそ、くそ……。
また、負けた。
ナーガがいなくなった今も、―――悔しくて仕方ない。
ここに来るまでの俺は、ここまで負けず嫌いだったろうか?……どうやら数時間で人は劇的に変わることができるらしい。
まあ俺の場合、悪い方向にだがな。ははは。
「くそ、……くそ……くそおっ……」
本当にガイバーでよかったよ。人間の姿のままだったら今自分がどんな顔をしているのか分かったもんじゃない。
……大丈夫だ、泣いちゃいないぞ?男が泣くのは生まれてきた瞬間と大切な女を亡くした時だけと相場が決まっているんだ。
……そういや、俺はハルヒを殺した時泣かなかったな。……はっ、……それでこそ、悪魔にふさわしいじゃないか。
そうだな、とりあえず優勝してハルヒが生き返ったら俺は泣こう。ていうか、泣く。きっと。
……いや、しんみりしたことを考えるな。
今はそんなことどうでもいいだろ。……どうもダメージがでかかったらしい。余計な方向に思考が飛んじまう。よし、冷静になれ、俺。
悔やんでいても意味がない。俺のするべきことを思い返せ。
―――俺は優勝する。全ての奴を最終的に殺し、長門に頼んでハルヒやSOS団の皆、妹を生き返らせてもらう。……オーケー、大丈夫だ。まだ忘れちゃいない。
となれば今から俺がすぐしなければいけないことは決まっている。少しでも優勝に近づくため、参加者を殺しに行くことだ。
少しでもスコアを稼がないと、経験値はたまらないからな。
だがナーガにこっぴどくやられたせいでダメージが残っている。ここでまた休まなきゃいけなそうだ。
……ついさっきまで休憩をとったばっかりだってのになあ。よくよく考えると俺はしょっちゅう体を休めている気がするんだが……。このままじゃの○太君も真っ青の寝太郎になるんじゃなかろうか。
……いや、さすがに寝ちゃいないな。そもそも、ガイバーに睡眠は必要ない。まあ、ガイバーじゃなくてもこんな場所で落ち着いて寝ていられる奴なんてめったにいないだろうけどな。
まあ嘆いても仕方あるまい。……悔しさは未だに収まらないが、今は休んで次の戦闘に備えることが重要だ。
俺はいわばダイヤモンドの原石―――持っているものは偉大でも、まだ完全にその姿を現していないんだよ。磨けば光るはずだ。必ず―――どんな奴よりも。
そう、俺はもう戻る訳にはいかないんだ。
必ずこの下らんゲームに優勝し、ハルヒを、皆を―――蘇らせるんだ。
だから、俺はもう、迷わない。
絶対に、絶対に、ガイバーショウにもナーガにも雨蜘蛛のおっさんにも、勝ってみせる。
……ん、やばいぞ、意識が遠くなってきた。
どういうことだ……?
睡眠が必要ないのと、眠気が襲わないのはどうやら違うらしい。
少なくとも、俺の中の『俺』の部分は眠りたくて仕方ないみたいだな。
疲れているらしい。……精神的に?それは考えない約束だぜ。
さすがにここで眠ったらまずいだろう。眠ってる間にコントロールメタルをぶっ刺されてズガン、なんて間抜けってレベルじゃないぞ。
……だめだ、俺……何やってんだ……目の前が真っ白になってきた……違う、死ぬぞ、こんな、ところで……いや、だ、ま……
―――そして、俺の意識は闇に堕ちた。
※
「……レストランの方に戻ってみようかなって」
スバル・ナカジマは、自らの上司のデバイスに対してそう告げた。
はきはきと言いつつも、スバルの足は止まることなく、走り続けているのだが。
『レストラン、ですか?ということは、オメガマンを探すということですね』
「うん、……やっぱり、あいつを放っておくわけにはいかない」
スバルが考えた挙句出した結論は、それだった。
「灌太さんには迷惑をかけることになる……けど、灌太さんは強い。きっと今でも無事だと思う。だから、私はオメガマンが力のないものを殺さないように、探さないと」
『分かりました』
「まず、レストランに行ってみよう。それで、もしいなかったらモールの方から回って、北に向かう。……さすがに、夕方くらいまでには街に行かないとまずいだろうしね、それくらいならなんとかなるかな」
『しかし、灌太殿は心配するのではないでしょうか?ガルル中尉の死を彼も知ったことですし』
「うん、でも……灌太さん、あの人、只者じゃないし……」
スバルは、前にレストランで会った時、セインの動きを自然な動作で止めて見せた灌太を、強者であると判断していた。
そして、これは後から気付いたのだが、灌太はちらちらと自分に視線を向けていた。あれは戦力分析なのだろうな、とスバルは思う。強力者の力がどれくらいであるか知ろうとするのは、ある程度の実力の持ち主なら当然のこと。
おそらく、あの目つきもスバルの実力をはかろうとしてのものだろう、十分信頼に値する実力者だ。
―――無論、スバルは灌太のその視線の『真実の意味』には全く気付いていないのであるが。
「きっと、分かってくれると思う」
『……分かりました。スバルがそう決めたのなら』
「ありがとう、レイジングハート。……私、がんばるから」
最後の言葉だけは、ここにいるはずのない誰かに囁くように。
スバルは、顔を上げ、再び加速する。
守るべきもののために、ただ。
※
……ん、どこだ、ここは?
……なっ……俺まさか本当に寝ちまったのか!?
冗談じゃない。早く起きないと―――
【よお】
そして、誰かに呼びかけられた。
その声の人間を、俺はよく知っていた。
【何だよ、返事くらいしろよ】
何故なら―――それは、俺だからだ。
俺と同じ顔、同じ声。本名「 」、あだ名はキョンの男が、俺の目の前に立っているじゃないか。
……何だ、こりゃ。
……ああ、夢か。夢なら早く覚めないとな。よし起きよう。今すぐ起きよう。OK?
【おい、『俺』。聞いてるのか?】
ああ、聞いてる聞いてる。何だよお前、俺の夢の中の存在のくせに喋りかけてくるなよな。
どうせ、俺が起きればお前なんて消えちまうだろうが。夢なんだから大人しく夢でも見てろよ。
「……ああ、聞いてるさ」
まあ、しゃあない。何だか知らんが付き合ってやるか。
こんなことしてる場合じゃないんだがな―――って待て、何で俺はこんな状況を普通に受け入れているんだ?
漫画の世界じゃあるまいし、夢の中でもう一人の俺と会話するなんて、常識的におかしいだろう。
……ああ、そうか、ハルヒか。
ハルヒなら可能だろうな。……死んでからも、尚。
……でも、どういうつもりで、こんなことを?
【そうか、それなら良かった。じゃあ聞いてくれよ、俺。お前に言いたいことがあったんだ】
目の前の『俺』は、やけに饒舌だった。
そりゃ俺も普段は突っ込みばかりだから必然的にセリフは多くなるだろうが、この俺は少し違う。
テンションが、高い。そりゃもう、俺とは思えないくらいに。
おいおい、俺と同じ姿をしているんだったら、もっと感情表現も揃えてくれんか。なんか、こう恥ずかしいものを見ている気分になるんだが。
「……何だよ」
【……お前さ、】
そして、目の前の俺は口を開く。
『俺』とは思えないくらい、さわやかな笑顔だった。
それは、古泉の胡散臭い作り笑いそっくりで―――
「本当は、人を殺したくないんだろう?」
そう、言う。
―――は?
……待て、待て待て待て。何をおっしゃるうさぎさん。
俺をとっ捕まえて何を言うんだ、この俺は。
俺はこんなものわかりの悪い俺を俺だなんて認めたくないぞ。
「……はあ……」
言葉が出ない。こいつは今まで俺をなんだと思ってたんだ?
「……そんなことは、ない」
【そうか?言いきれるか?】
「ああ、もちろんだ」
よし、お望みとあらば言いきってやろう。
「俺は既に二人殺した。俺は皆殺しするつもりだ。雨蜘蛛のおっさんもナーガの野郎も古泉も朝倉も俺が殺す。……そして、」
そして、俺はハルヒを、仲間たちを生き返らせるんだ。
「……だから、そんなくだらないことを聞くな」
これはもしかしてあれか?ジキルとハイド的な何かか?
自分の頭の中の天使と悪魔が葛藤して~みたいな奴、あるだろ。
天使が「もうこんなことをしてはダメ!まともな人間に戻りなさい!」って泣いて悪魔が「へへへ、今更もうお前は戻れないんだよ、悪の道を突き進め~」とか囁いたりするっていうあれか。
ああ、成程。そういうことなら合点がいく。
こいつはいわば俺の中の天使なのだろう。そして、俺に殺し合いをやめさせようとしているんじゃないか。
いやににこやかなのも、そういう意図があるんだろうな。
【……本当に、お前にそんなことができるのか?】
だが、目の前の『俺』はそれじゃあ納得してくれなかった。
俺にびしりと指を突きつけ、宣告する。
【『俺』のために言おう、「 」。お前は本当は朝比奈さんと妹は自らの手で殺すべきだったんだ。あのおっさんに頼んだりせず、な。それができなかったお前は、まだどこかで人を殺すことにためらいがある。そうだろ?】
「……それは……」
あれは俺が殺しきる自信がなかっただけだ。……あの二人は本当に戦闘する術もないしな。
「でも別に、俺があの二人を殺さなきゃ優勝できない訳じゃないだろう」
そう、だから雨蜘蛛のおっさんに殺すよう頼んだんだ。
自分の手を染めないというだけで、身内を殺すことを依頼するということ、それだけで十分に外道―――戻りようもないじゃないか。これでも尚俺が殺したくないと思っているとでも?
「ナーガの野郎も言ってただろ?一人で殺すのは骨が折れる。だから仕事分担、って奴だ。俺は朝比奈さんと妹を殺す、って仕事をおっさんに任せた、それだけだ。別に俺がさぼった訳じゃないぞ?その分殺せばいいだけだからな」
【で、いずれはあの二人も殺す、と】
「ああ、そうだ。経験を積んで、強くなって、あの二人も絶対に殺す」
【無理だな】
吐き出される、言葉。
それは紛れもなく、俺と同じ顔をした男の口からのものだった。
―――さすがに、俺もこれは怒っていいところだろう。
「……な……」
【なあ、俺は一体ここに来て何回負けた?何回利用された?何回油断した?殺したのは無抵抗の人間二人、ある程度以上の力を持つ存在は結局殺せずじまい。そんな奴が、皆殺しなんてできると思うか?無理だろ?】
「……何で夢の中の俺にそんなこと決められなくちゃいけないんだ」
仮想空間の人間なんかに俺のことが分かってたまるか。
俺の道は俺が決めるし、俺しか決められない。
ハルヒに命令された訳でもない。これが俺のやり方なんだよ。
俺は道化になる道を選んだ。それは端から見てたらそりゃあみっともないだろうが―――それでも俺はいいんだ。皆を蘇らせるためにはどんなことだってするんだからな。
【それだ、それ】
……俺が何も言っていないのに、勝手に割り込んできたよ、こいつ。
「どれだよ」
【それだ。その、『皆を蘇らせるためには』って、やつ】
……何だよ、悪いのかよ。
言っておくがお前が天使だろうと何だろうと、俺はもう足を洗うことはできないところまで来たんだからな。
説得なんて無理だぞ。何を言おうと俺はやり遂げてやる。
嘲笑いたいなら好きにしろ・
「……それが何だ」
【無理だろ】
……
【無理、だろ?何を考えているんだ、お前は】
俺は、一瞬思考停止した。
こいつは、何を言っているんだ?
『俺』のくせに、こいつは何でこんなことを言うんだ?
ああ、そうかそうか、俺を善人に戻したい天使様だからか。なるほど納得納得。
ということでこれはただの挑発だ。乗っちゃいけないぜ、キョン。
「……」
【本当はお前だって心の底では理解しているはずだぜ。そんなことは無理だと。長門にだってそんなことはできないんじゃないかと。仮にできたところで、全員蘇らせるなんて絶対無理だって、もう何をやったって日常は戻ってこないって、分かってるくせに】
「……どうしてできない、なんて言いきれるんだ」
あの長門だぞ?俺は長門が突然胸からロケットランチャーを出したとしても驚かんぞ。
それくらいだ、死者の蘇生だって、できたって何の不思議もないじゃないか。そりゃ、もちろん絶対じゃないことは理解しているさ。でも、1%でも可能性があるならかけるんだよ。そう決めたんだ。
だからそんな指摘じゃ、俺はもう揺るがないさ。
【言い切れないな。だが、もう絶対に日常は戻らないだろうな】
「いや、絶対じゃない。……1%でも100%にしてみせるんだよ」
【違うだろ。そういう意味じゃねえよ。お前のことだ】
……どういうことだ?
『俺』の言いたいことが分からない。…………俺のくせに俺が分からないなんてギャグみたいだ。
しかし残念なことに、事実なんだな、こりゃ。
【お前、このゲームが終わったら皆を蘇らせて死ぬつもりなんだってな】
「ああ、そうだ」
それくらい分かるだろ、俺なんだから。
俺は裁かれる必要がある。他の仲間に手を染めさせるわけにはいかない。
俺はすべての罪を被り、そして死ぬ。―――そして、平和を取り戻すんだ。
【だからお前は分かっていない―――】
何をだ、俺がそう『俺』に聞く前に、『俺』は俺に語り始めた。
まるで、俺に言い聞かせるように。
【―――いいか、お前はな、涼宮ハルヒの日々の1ピースなんだよ。
お前という存在がないSOS団なんて、それは元通りのSOS団なんかじゃないのさ。
死ねばいい?笑わせるな。
お前が罪をかぶって死ぬことこそが、お前の大切な日常とやらを一番壊すことになる、それにも気付かないのか?
自分は本当にただの、ただの一般人でしかない。今だにそう思っているのか?】
「違う」
理解はしている。俺がハルヒに必要な存在だってことは。
それでも、それでもだ。
「分かってる、分かってるさ、俺は」
【分かってないな。……いや、違う、すまん。お前は分かっていないんじゃない、分からないようにしているだけだ。そうに決まっている】
……くそ、何なんだ、これは。……俺か。
なんで、夢の中の俺のくせに―――こいつは俺を邪魔をするようなことを言うんだ?
「……あ、そうかよ。で、お前は一体何を言いたいんだ?」
悪いがここでぐだぐだしている場合じゃないんだ、俺は。
早いとこ休んで、また他の奴を殺しに向かわないと―――
【なに、簡単な話だ。お前は―――本当にこれからも人を殺し続けられるのか?】
「だから―――」
何で同じ話を何度もしなくちゃならないんだよ。
こんなにしつこい俺なんて俺じゃないね。俺ならさすがに一回で理解できる。
【全員殺すってことは―――知り合いが死んでも、眉一つ動かさず動揺しない、そんな悪魔になるってことだ。お前にそれができるのか?】
「ああ―――できるさ」
……本当のところ、正直不安もある。
朝比奈さんや妹は、特に。
でも、できるかどうかじゃない、やってやるんだ。
絶対に。何があっても、皆のために。
可能性とか確率の問題じゃない。俺は、そうしなければいけないのだから。
「俺は―――生まれ変わって、どこまでも悪になってやるんだ」
【そうか。じゃあ―――】
そして目の前の俺は、何故か得意げに俺に笑いかけ。
【試してやろうか】
そう言って、『俺』の後ろに視線を向けて。
「入れよ」
そして、そこに現われたのは―――
「……え、キョン?何かあったの?」
何ということだろうか―――それは、涼宮ハルヒだった。
……ハルヒの顔を見た瞬間、俺の胸が嫌な感じにざわつく。
かっと、熱い何かが体を貫いていくかのような。
今すぐに突っ伏して、許しを乞いたくなる。
しかしハルヒの様子は、死ぬ前―――否、ここに来る前と何も変わっていなかった。
「……どうしたのキョン。気分でも悪いの?珍しいこともあるのね」
ハルヒは俺に当たり前のように近づいてきて、俺を睨みつけるように見つめてくる。
……どうしてハルヒは俺の見た眼に言及しないんだろうと思ったら、……おい、俺いつの間にかガイバーじゃなくなっているじゃないか。
もちろん、その体には傷一つない。ごくごく一般的な、男子高校生の姿がそこにはあった。
まあ、夢だからな。こんなもんだろう。
そう、夢だ。夢なんだ。このハルヒも―――夢。
だから、当然このハルヒは俺を責めも憎みもしない。怯えることも、ない。
……なのに。
「……ハ、ルヒ」
所詮は自分の妄想の中のハルヒ。それなのに俺は、一歩も動くことができなかった。
そういや夢の中の俺はどこに行ったんだ?都合よく消えやがって。
俺に恐れをなしたのか?ふん、俺の妄想の中の住人のくせに余計なこと言うからだろ。ざまあみろ。
……んなこと、つい数時間前までは考えなかっただろうにな。本当性格悪くなったな、俺。
「何よ、その態度。キョンのくせに生意気よ」
ハルヒは俺のことを変な生物でも見るような目で見て、言葉を続ける。
ハルヒと、目を合わせることがためらわれた。
「そんなんだから、あんたはキョンなのよ」
俺の手が、動く。
あ、と声を上げるまでもなく、俺の両手が伸びたのは、
「ちょ、何、キョ」
ハルヒの―――首。
俺の両手は、極めて自然な動作で、ハルヒの首筋をなぞり、締め付けていた。
何だ、これは。
待て、知らない。これは、俺じゃない。
これは、俺の意思じゃない。
何かが勝手に―――俺の体を動かしているんだ。
「……っ、」
ぎり、と腕に力がこもる。
ガイバーでもなんでもない普段の俺は、特に鍛えていた訳でもないから、平均的な握力しか持っていない。
だが、それでも女であるハルヒの首を絞めるのには、そう労力は要らなかった。
「……っ、か、はっ……キョ、ん……?」
ぎりぎりとさらに力を込めると、ハルヒの顔が徐々に青白く変わっていく。
何を、何をやっているんだ、俺は。
違う、俺はこんなつもりじゃない。夢だろ?
どうして夢の中でまで、俺は人殺しなんてしなきゃいけない?
どうして、夢の中でまで―――俺はハルヒを殺そうとしなきゃいけないんだ!
頭の中が真っ白だった。視界が歪んだ。ハルヒの苦痛の声を聞くのが嫌で、耳を引き裂きたくなった。
それなのに、俺のどこかは、それを冷静に分析していた。
少しずつ、抵抗がなくなってくる。声の代わりに、首を締め上げたからだろう、ハルヒの口から唾液が零れ落ちる。
白い肌からだんだん血の気が引いて行く様が見てとれる。
はじめのうちは俺を引きはがそうと動いていた手も、今や力無くだらりと垂れさがるだけだ。
―――やめ、てくれ。
何でこんなことをしないといけないんだ。どうして、どうして、どうして―――
【悪魔になる、そう言っただろう】
俺の声。
うるせえよ。こんなの聞いてない。どうして、俺が、ハルヒを―――
【今更何を言っているんだ。一度殺しているんだ、二回も三回も変わらないだろう?】
「だ、ま、れ……」
―――黙れ。
俺のくせに。余計なことを言うな。
夢の世界の『俺』に発言権を与えた覚えはないぞ。
どんな意図があろうと―――もう口をきくな。
尚も俺の身体は止まらない。
ハルヒから既に声は聞こえない。瞳を見開いたままのハルヒは、そして―――かくん、と首を落とした。
「……あ……」
俺も同時に、膝から崩れおちる。
違う。≪殺した≫違う、俺じゃない≪お前が殺したんだ≫あれは俺の意思じゃない≪それでも、俺が≫もう一人の『俺』の、罠、だ―――
【……どうだ?おまえは悪魔か?】
……いつの間にか、『俺』が俺の目の前に立っていた。
馬鹿みたいに、爽やかな笑顔だった。
【恋人を二回殺しても、冷静でいられるくらいじゃなきゃ、悪魔とは呼べないが……さて、どうなんだ?】
―――だま、れ。
どうして……夢の中で、こんなことをしなければならないんだ。
夢は幸せであるべきだ、そんなことを思っている訳じゃない。そこまで理想論でも夢想家でもない。
ただ、これは、―――あまりに、悪夢すぎやしないだろうか。
「……黙れ」
―――黙れ。
お前は、『俺』なんかじゃない。天使なんかではもちろん、ない。
お前は、ただの―――憎い男だ。
【認めろよ。お前は本当は分かっている。『俺』はそこまで馬鹿な人間じゃない。
分かっているけれど、ハルヒへの罪悪感が空回りして勝手に理解していないふりをしているだけだ。
そして人を殺す、なんて言ってるのも同じだろ?ハルヒを殺しちまった以上、他の人間も殺さないと釣り合いがとれない、くらいに考えてるんだろ?】
「……黙れと言ってるのが聞こえないのか」
【お前は言われたな、格が足りないと。その格はどこから来ているのか教えてやろうか。……覚悟だよ。お前には覚悟が足りない。足りなすぎる。】
うるさい。覚悟はしているんだ。黙れ。
もう既に二人殺した。もう何があっても負けやしない。もう、躊躇うことなどできない。
もう逃げない。逃げるなんて、できない―――
【それは、お前にまだ理性が残っているからだ。わずかでも、そこに仲間を。傷つけたくない、少しでも楽に殺してやりたい、そんな想いがあるからだ。そうだろ?
そんな感情がちょっとでもある限り―――お前に優勝なんてできない。本当に勝ちたいなら、捨てちまえよ―――心を】
「……そんなことしなくても……やれる……やれるんだよ……!」
嫌だ。それだけは、嫌だ。
確かに俺は外道だ。人殺しだ。悪だ。今さら善人ぶるつもりはない。だが―――まだ、狂うには早いんだ。
実力も経験も劣る元一般人の俺が、強い奴らに対抗するには頭を使うことが必要なんだ。冷静に判断することを忘れちゃ、いけない。
発狂したくなるほど辛くても、俺は俺でいなけりゃいけない。
そうでないと、あいつらを生き返らせることなんてできない。
【じゃあ、それなら、いったいお前は今、どんな気分だ?】
―――そう、分かっているんだ。
なのに、どうして俺は、言い返せない。
両手が、かたかたと震えていた。
今も尚、感覚は残ったままだ。
素手で、ハルヒを絞め殺した気分は―――最悪、だった。
指が皮膚に食い込む感覚も、ハルヒが徐々に死に逝くまでの反応も、人の命を奪った瞬間も。
まざまざと、目の前で思い起こされる。
「……やめ……」
ガイバーで間違って殺してしまった時は、あまりリアリティがなかった。
やがて自覚せざるをえなかったが、しばらくは夢の世界のようにぼおっとしていた。
ところが、今の俺は。
もう既に二人も殺したというのに、まるで初めて人を殺した少年兵士のように、がくがくと肩を震わせているんだな。
「……やめ、ろ……やめろよ……」
そう、俺は、ハルヒを殺したんだ。
一度目は誤殺?二度目は自分の意思じゃない?そんなのはただの言い訳だ。
事実として、俺は、ハルヒをまた守れなかった。
そして―――俺は今、その事実にどうしようもなく怯えているということだった。
「……やめろ、やめろって、おい……」
【……辛いだろ?怖いだろ?怯えてるだろ?ほら、だから言っただろう。お前は―――悪魔になんか、なれない。優勝なんて、できない】
【本当にお前は朝比奈さんが、妹が死んでも、冷静でいられるのか?もしその死骸に出くわしても、何食わぬ顔で通り過ぎることができるのか?
強力者である古泉を、危険人物ではあるが知り合いの朝倉を、お前は迷いもなく殺せるのか?言おう―――無理だよ】
「黙れ!」
殺せる。殺せるんだ。殺せるに決まっている。殺さなきゃいけないんだ。
だって俺はすでに犯罪者で―――人殺しで―――外道で―――道化で―――悪魔なんだから―――
【その、お前が抱いている変な義務感。……責任感かね?それ、取っ払ってみろよ。そしたらすぐに自覚できるさ。……自分に、仲間を殺すなんて到底無理だってことにさ】
―――だま、れよ。
「……黙れ、黙れ、黙れよっ!『俺』のくせに『俺』を惑わすな!同情するな!『俺』のくせに―――!」
どうして、『俺』に協力してくれないんだ。
俺は殺せる。殺さなきゃいけない。駄目だ、違う、殺すんだ、俺は。
そうだ、俺は、ガイバー0号、力ある存在。
絶対に、絶対に、絶対に、優勝するん、だ―――
……ああ、俺、馬鹿みたいじゃないか。
何を俺は動揺している?慌てている?今の俺は、普段の俺が見たら関わりたくないタイプの人間どストライクじゃないか。
ドン引きだ。避けて通りたいぜ。
ああ、本当に―――俺は、馬鹿だ。
【……まあ、お前がそう思っているなら俺は構わんが。一応教えてやったからな、現実って奴を。……言っておくが、俺はお前だ。その意味が、分かるな?
―――お前だって本当は、心の底では俺の言いたいことが分かってる、ってことだよ。じゃあな】
待てよ、そんなの許せるか。
勝手に言いたいことだけ言って逃げるのか。何だよ、お前は。
お前なんて、俺じゃない。ふざけるな、夢の中だからってしていいことと悪いことがあるぞ。
俺に、ハルヒを二度も殺させるなんて。
これは何だ?夢か?夢なのか?それともハルヒの力の一つなのか?俺はどうしてここにいるんだ?こいつは誰なんだ?『俺』なのか?『俺』じゃないのか?
何より。
どうして―――俺は、動けないんだ?
俺は―――
※
「……誰もいないけど……ここで戦闘があったのは間違いなさそうかな」
スバルは、レストランに入り、周りを見渡す。
戦闘機人であるスバルの足でも、ここまで一時間ほどかかってしまった。来る途中で人影のようなものを見つけた気がしたのだが、こちらに接触してくることもなかったので素通りしてしまったのだが。
先ほど灌太が引っ掛かっていたはずの金らいが再び、転がっている。何者かがここにきて、争いになったことは明白だろう。もちろん、自分とセインが争ったのは除いて、だが。
しかし血の跡もなければ死体も落ちていない。となると、対して怪我はせず逃げのびたのだろうか。
……セインのことを思い出し、胸が痛むが、首を振りレイジングハートに話しかける。
「どう思う?」
『オメガマン、でしょうか?』
「うーん、ちょっとそこまでは分からないけど……でも、私は何となく、違う感じがするな。オメガマンが何かしたなら、きっとレストランなんて半壊くらいじゃ済んでない気がする」
スバルはレストランの散らかり具合から、少なくともオメガマンはここで戦闘はしていないだろうと推測した。
『では、どうしますか?』
「少し中を調べた後、モールに行くよ」
スバルはレストランの中をぐるぐると見渡し、何かあればいいけど、と呟いてキッチンの方に、そして窓際へと歩いていく。
先ほどここに来た時には、頭に血が上りレストランの中もろくに見れていなかった。それが少し恥ずかしく思う。
「……うーん、特に何も……ってひゃあっ!?」
そして、先ほど自分たちがいたところまで来たとき、スバルは小さく悲鳴を上げた。
『どうしました、スバル!?』
「こ、これ……」
そして、青ざめた顔で床の一点を指差す。
そこにあったのは―――人間のものとは似て非なる、三本の指であった。
「……び、びっくりしたあ……これ、……指、だよね?」
恐る恐る、それを見つめるスバル。
そこにはまだ生々しく赤黒い血がこびりついており、この指の持ち主がちぎられてからそう時間が経っていないことが分かる。
『そのようですね』
「何で指だけ切り離したりしたんだろう。……あ、もしかして拷問、かな」
スバルは、ややそれから視線をそらしながら、そう推理する。
『拷問……ですか。なるほど、相手から情報を聞き出すため、殺さないように痛めつける、と』
「うん、そうだとしたら―――まだこの近くにはそんなことをする奴がいるのかもしれない。……こんなことをオメガマンがするとは思えないから……オメガマン以外にも、危険な奴はまだ、他にもいる……」
最後の辺りでやや声のトーンが落ちる。
正義感の強いスバルは、殺し合いに乗った人間、またはそれに準じる行為をする人間がまだいるという事実が、許せなかった。
主催者と邂逅し、中トトロを奪われた今となっては、尚のこと。
「……だとしたら、そいつを止めないといけない……なのはさんも、きっとそうするはずだ……」
唇を噛む。フェイト、ガルル中尉、アシュラマン、セイン―――
多くの人を亡くした。そして、中トトロさえ自分には守れなかった。
それでも、スバルは立ち上がらなければいけないのだ。……守るために。
憧れの存在に、近づくために。
『きっと、この拷問を行った人間の武器は、ハサミ……のようなものでしょうね』
「……あ、なるほど」
レイジングハートに言われ、切り口を見て納得する。その跡は荒く、ナイフのような鋭利な金属とはやや違うような気もする。
そのようなものをどうやって武器にするのか、パワーファイターのスバルにはいまいち分からなかったが。
そんなもので人の体の部位を切り落とすにはかなりのテクニックを必要とするはずだ―――きっとこの加害者は、人を傷つけることに手慣れた人物であるのは間違いない。
「気をつけなきゃね……」
スバルはそう呟いて立ち上がり、体を伸ばす。
「……うう、さすがに指はこのままでいいかな。持っていってもどうしようもないし……。さて、オメガマンの姿も見えないし、モールにでも―――」
リリリリリリリリリ
「……え?」
その時だった。
レストランのカウンターに置かれてある―――一つの黒時計のベルが鳴ったのは。
※
―――俺は、殺すんだ。
―――もっと強くなって、誰よりも最強になって、そして―――
―――堕ちて、堕ちて、堕ちて、優勝、するんだ―――
「……っ!?」
視界が、開けた。
―――ここ、は……?
そこで俺は我に返ったね。……ああ、ここは、コテージの、ベッドの上だ。
俺は―――そう、眠っていた。
夢を見ていたんだ。
―――それはそれは、思いだすのも嫌になるような、悪夢。
……ぞくり、と心臓が震えた。
おそらく今俺が装甲を解いたら、間違いなく汗ぐっしょりに違いない。
何をやってる、俺は―――情けない。
時計を見ると、すでに一時間以上が経過していた。
……本当に運がよかったな、誰も来なくて。
ダメージは確かにかなり消えていた。だが疲労は回復した気がしなかった。
そうだ、今のはただ、眠っていたから見ていただけの妄想にすぎないだろう。
あんなの、ただの夢じゃないか。
ただの悪夢。……疲れていたからだろうか、それとも敗北のストレスからか。
とにかく、あれは現実じゃない、焦る必要も慌てる必要もない。
俺は俺のペースで、ゆっくりと、だが確実に―――殺していけばいいんだ。
そうだ。そうだろ?何を迷う必要がある。
夢でハルヒを殺したからって、それが何の―――
「っ―――!」
両手に、感覚がよみがえってきた。
思わず、右手を固く握りしめる。……違う、これは俺の手じゃない、一人のガイバーの手だ。
そう、さっき夢の中で、ハルヒを殺したのは、『今の俺』じゃない。何の心配があるんだ?
だというのに―――
「……は、るひ」
俺は、認めたくなかった。
俺はこんな力などなくても、本当は人を殺せる存在なのではないか?
今までの日常でも、やろうと思えば可能だったのではないだろうか?
俺は、本質的に破壊衝動を秘めた、そんな―――
馬鹿な、俺はちょっと怠惰で突っ込み気質なだけで、あとはごく普通の人間なんだ。違う。
あんな『俺』の言うことなんか―――信じない。
俺が殺すのが怖いだなんて、そんなこと―――ありえ、ない。
……いいだろう。
証拠を見せてやろう。
俺が、どこまでも悪魔だって証を。
殺すためなら何だってする、外道だってことをな。
俺は、手を伸ばす。
何に、だって?そりゃあ簡単さ。
俺のベッドの脇にある―――白い固定電話に、だ。
※
「……あ、あの……」
スバルは、反射的にその電話に出ていた。
罠か、そう一瞬は考えたが、それでも出てしまっていたのだ。
もしかしたら、仲間からの連絡かもしれない―――そんな甘い期待を抱きつつ。
「……ど、どなた、ですか?」
おずおず、と言った調子で聞くスバル。
相手からの返事は、ない。
「……だ、大丈夫ですか?」
もしかして、相手は怪我を負っているのでは?スバルの頭をそんな予感がかすめた。
もし、相手が瀕死の状態で、しかし助けを求めるため受話器を持ったのだとしたら―――
「……あ、あの、」
「……助けて……くれ」
男の声。少なくとも、オメガマンや灌太のものではない。
その声はどこか悲痛で、今にも崩れ落ちそうなものだった。
「……だ、大丈夫ですか!?な、何があったんですか!?」
動揺を隠せず、つい大きな声になってしまう。
もしそうだとしたら、放っておくわけにはいかない。
「……学生服を着た茶髪の男にやられた……た、助けてくれ……俺は……」
「落ち着いてください!どこにいるんですか!?」
「……こ、コテージに……」
がたん、何かが落ちる音。
スバルは、嫌な予感がして思わず叫んだ。
「だ、大丈夫ですか!返事してください!」
返事は、ない。
ツーツー、という電話特有の音が響くだけだった。
「……あ……」
スバルは―――しばらく顔面を蒼白にしていたが、やがて口にした。
「た、助けに行かないと!コテージは……」
『スバル、待ってください』
「……どうしてレイジングハート!多分、あの人大変なことに……」
『……冷静に判断しろ、中尉にそう言われたはずです。……罠という可能性はありませんか?』
「……え?あ……」
またもや突っ走ろうとしていたらしい。スバルは心底ガルルに申し訳ない気持ちになりつつ、レイジングハートの言葉について思考する。
「罠……?」
『その可能性もある、ということです』
「でも、本当に困っているのかもしれない、だって―――」
『……私はスバルの判断に従います』
スバルは、迷う。ぐらりと一瞬視界が傾いた。
罠―――その可能性も確かにある。そう言ってスバルのような人間をおびき寄せ、殺す作戦かもしれない。
しかし―――もし本当に、被害者だったとしたら?彼を見捨てていいのか?それで―――自分は憧れの人たちに近づけるのか?
それに、オメガマンを探さなければいけない、という事情もある。このままコテージに向かえば、おそらくモール方面へ行くことは厳しくなるだろう。
電話の主の、演技とは思いにくい声色が、スバルの判断を迷わせる。
「……わ……」
信じるか、信じざるか―――
「私は……」
※
「……」
俺は、乱暴に棚に叩きつけられた受話器を見て、どこかほっとしていた。
そう、俺は、ベッドの脇の棚に入っていた電話帳から、適当な番号を選んで電話をかけたのだ。
場所はどこでもよかった。半ば運試しみたいな気分でやった。後悔はしていない。
どうだ―――分かったか、『俺』。
俺はこんなにも外道だ。
相手が喋り、善良そうな人間であること、同時に俺の正体を知る人物ではないを確認してから、演技をして助けを求めたのだ。
もし相手の女がここに来たら、俺は自分のことを心配して来てくれたであろう女を不意打ちで殺すだろう。
そう、そこに情なんてない。無慈悲な、思いやりもないただの悪魔だ。
俺がそうであることを、証明してやるよ。
更に―――もうひとつ。
俺の言った特徴―――『学生服を着た、茶髪の男』
まあおそらく、俺の知ってる限りじゃそんなの、SOS団副団長たる古泉一樹しかいないだろうな。
もし、電話の相手が複数だった場合や、力のない人間だった場合、ここに必ず来るとは限らない。
その時の保険として―――とりあえず、嘘をばらまいておく。
特に相手が複数なら好都合というものだ。……こっちに行った相手が帰ってこないとなれば、当然その仲間は話に聞いた『危険人物』を疑うだろう?
少なくとも待ち合わせ時間までは協力すると決めた仲間を、俺は簡単に裏切った挙句危険人物にしたてあげようとしているんだな。
はは、ほら見ろ、俺はどうしようもない外道だ。分かったか、『俺』。
俺はもう負けないんだ。逃げもしないんだ。
皆を殺す。殺して殺して殺して、優勝して、皆を蘇らせるんだ。
可能性が1%でも構わない。道化でも愚かでもいい。可能なことは何だってやってやるんだ。
ましてや殺したくないなんて、そんなこと―――あるはずがないんだ。
だから、きっと気のせいだ。
ガイバーの装甲の下、俺の心臓が嫌なリズムで跳ねていることは。
今も尚、夢の中でハルヒを二度殺した感触が残っているなんてのは。
今、どうしようもなく俺が泣きたくて仕方ない気がしてならないのは―――きっと。
【J-5 レストラン/一日目・昼過ぎ】
【スバル・ナカジマ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】健康。
【装備】メリケンサック@キン肉マン、レイジングハート・エクセリオン(小ダメージ・修復中)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【持ち物】 支給品一式、 砂漠アイテムセットA(アラミド日傘・零式ヘルメット・砂漠マント)@砂ぼうず、
ガルルの遺文
【思考】
0:コテージに行く?それとも……
1:何があっても、理想を貫く。
2:人殺しはしない。なのは、ヴィヴィオと合流する。
3:オメガマンやレストランにいたであろう危険人物(雨蜘蛛)を止めたい。
4:山小屋を通って、人を探しつつ北の市街地のホテルへ向かう (ケロン人優先)。
4:中トトロを長門有希から取り戻す。
5:ノーヴェのことも気がかり。
※スバルの次の行動は、次の書き手さんにお任せします。
※レストランのカウンターテーブルに、黒の固定電話が置いてあります。どうやら少なくともコテージの一室とは繋がっているようです。また、通話記録として電話に内容が残っているかもしれません。
※雨蜘蛛の特徴を『鋏のような武器を使う危険人物』ということだけ認識しました。
※電話の相手(キョン)から、『学生服を着た茶髪の男』が危険人物であるという情報を得ました。信じるかどうかは不明です。
※J-05レストランにガイバーの指三つが放置されています。
【I-3 コテージ内部/一日目・昼過ぎ】
【名前】キョン@涼宮ハルヒの憂鬱
【状態】ダメージ(中)、疲労(大)、0号ガイバー状態、返り血に塗れている、精神的に不安定
【持ち物】デイパック(支給品一式入り)、 SDカード@現実、
大キナ物カラ小サナ物マデ銃(残り9回)@ケロロ軍曹、タムタムの木の種@キン肉マン
【思考】
0:俺は……殺してみせる……
1:電話の主がコテージに来たら、卑怯な手を使ってでも殺す。ためらいは……ない。
2:ナーガとは別方向に進み参加者を殺す(マーダーは後回し)
3:強くなりたい
4:午後6時に、採掘場で古泉と合流?
5:妹やハルヒ達の記憶は長門に消してもらう
6:博物館方向にいる人物を警戒
7:ナーガは後で自分で倒す
※意識しないふりをしていますが、やや殺人を躊躇う自分に気が付きました。本人はそれを認めていません。
※切断された三本の指は完全に再生しました。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
Back:[[崖っぷちのメルヘン]] Next:[[黒は一人でたくさんだ!(前編)]]
|[[やろう、ぶっころしてやる!]]|キョン|[[逃れられぬ蛇の視線]]|
|[[異世界人の考察]]|スバル・ナカジマ|[[混迷への進撃]]|
*Devil May Cry~Z.G.Kyonは悪魔なのか?~ ◆h6KpN01cDg
……何やってんだろうなあ、俺。
あの蛇野郎が東の方に向かっていくのを見送った後、俺は再びコテージの部屋に戻った。
そしてそのままベッドにダイブする。……本当に、装甲解除してからもふもふしたいんだがな。指はもうそろそろ治っただろうが、ついさっき深手を負ったばかりだ。
それにしても、どんなに全身痛くても、傷だらけでも、普通に動けてしまうこの身がうらめしい。普通なら、痛くて立つこともできないレベルだろうよ。
何てったって腹の辺りが思いっきり凹んでるんだからな。……はは、笑えねえなこりゃ。
「……はあ」
頭上を見上げる。天井は何のそっけもない無地。
……今更何だという感じだが、それがSOS団部室の天井に少し似ているような気がした。
外は、静かだ。
部屋の中はひどいもんだが、少なくとも周りには人影もない。
鳥の鳴き声も聞こえない。そもそもこの島に鳥はいるのか?
小トトロとかいう生物がいるくらいだから、いてもおかしくはなさそうだが。
さぞかし穏やかで、落ち着くだろうな―――こんな場じゃなければ、な。
―――ちく、しょう。
……覚悟、したはずだったのだが。
思わず本音が漏れる。……くそ、くそ……。
また、負けた。
ナーガがいなくなった今も、―――悔しくて仕方ない。
ここに来るまでの俺は、ここまで負けず嫌いだったろうか?……どうやら数時間で人は劇的に変わることができるらしい。
まあ俺の場合、悪い方向にだがな。ははは。
「くそ、……くそ……くそおっ……」
本当にガイバーでよかったよ。人間の姿のままだったら今自分がどんな顔をしているのか分かったもんじゃない。
……大丈夫だ、泣いちゃいないぞ?男が泣くのは生まれてきた瞬間と大切な女を亡くした時だけと相場が決まっているんだ。
……そういや、俺はハルヒを殺した時泣かなかったな。……はっ、……それでこそ、悪魔にふさわしいじゃないか。
そうだな、とりあえず優勝してハルヒが生き返ったら俺は泣こう。ていうか、泣く。きっと。
……いや、しんみりしたことを考えるな。
今はそんなことどうでもいいだろ。……どうもダメージがでかかったらしい。余計な方向に思考が飛んじまう。よし、冷静になれ、俺。
悔やんでいても意味がない。俺のするべきことを思い返せ。
―――俺は優勝する。全ての奴を最終的に殺し、長門に頼んでハルヒやSOS団の皆、妹を生き返らせてもらう。……オーケー、大丈夫だ。まだ忘れちゃいない。
となれば今から俺がすぐしなければいけないことは決まっている。少しでも優勝に近づくため、参加者を殺しに行くことだ。
少しでもスコアを稼がないと、経験値はたまらないからな。
だがナーガにこっぴどくやられたせいでダメージが残っている。ここでまた休まなきゃいけなそうだ。
……ついさっきまで休憩をとったばっかりだってのになあ。よくよく考えると俺はしょっちゅう体を休めている気がするんだが……。このままじゃの○太君も真っ青の寝太郎になるんじゃなかろうか。
……いや、さすがに寝ちゃいないな。そもそも、ガイバーに睡眠は必要ない。まあ、ガイバーじゃなくてもこんな場所で落ち着いて寝ていられる奴なんてめったにいないだろうけどな。
まあ嘆いても仕方あるまい。……悔しさは未だに収まらないが、今は休んで次の戦闘に備えることが重要だ。
俺はいわばダイヤモンドの原石―――持っているものは偉大でも、まだ完全にその姿を現していないんだよ。磨けば光るはずだ。必ず―――どんな奴よりも。
そう、俺はもう戻る訳にはいかないんだ。
必ずこの下らんゲームに優勝し、ハルヒを、皆を―――蘇らせるんだ。
だから、俺はもう、迷わない。
絶対に、絶対に、ガイバーショウにもナーガにも雨蜘蛛のおっさんにも、勝ってみせる。
……ん、やばいぞ、意識が遠くなってきた。
どういうことだ……?
睡眠が必要ないのと、眠気が襲わないのはどうやら違うらしい。
少なくとも、俺の中の『俺』の部分は眠りたくて仕方ないみたいだな。
疲れているらしい。……精神的に?それは考えない約束だぜ。
さすがにここで眠ったらまずいだろう。眠ってる間にコントロールメタルをぶっ刺されてズガン、なんて間抜けってレベルじゃないぞ。
……だめだ、俺……何やってんだ……目の前が真っ白になってきた……違う、死ぬぞ、こんな、ところで……いや、だ、ま……
―――そして、俺の意識は闇に堕ちた。
※
「……レストランの方に戻ってみようかなって」
スバル・ナカジマは、自らの上司のデバイスに対してそう告げた。
はきはきと言いつつも、スバルの足は止まることなく、走り続けているのだが。
『レストラン、ですか?ということは、オメガマンを探すということですね』
「うん、……やっぱり、あいつを放っておくわけにはいかない」
スバルが考えた挙句出した結論は、それだった。
「灌太さんには迷惑をかけることになる……けど、灌太さんは強い。きっと今でも無事だと思う。だから、私はオメガマンが力のないものを殺さないように、探さないと」
『分かりました』
「まず、レストランに行ってみよう。それで、もしいなかったらモールの方から回って、北に向かう。……さすがに、夕方くらいまでには街に行かないとまずいだろうしね、それくらいならなんとかなるかな」
『しかし、灌太殿は心配するのではないでしょうか?ガルル中尉の死を彼も知ったことですし』
「うん、でも……灌太さん、あの人、只者じゃないし……」
スバルは、前にレストランで会った時、セインの動きを自然な動作で止めて見せた灌太を、強者であると判断していた。
そして、これは後から気付いたのだが、灌太はちらちらと自分に視線を向けていた。あれは戦力分析なのだろうな、とスバルは思う。強力者の力がどれくらいであるか知ろうとするのは、ある程度の実力の持ち主なら当然のこと。
おそらく、あの目つきもスバルの実力をはかろうとしてのものだろう、十分信頼に値する実力者だ。
―――無論、スバルは灌太のその視線の『真実の意味』には全く気付いていないのであるが。
「きっと、分かってくれると思う」
『……分かりました。スバルがそう決めたのなら』
「ありがとう、レイジングハート。……私、がんばるから」
最後の言葉だけは、ここにいるはずのない誰かに囁くように。
スバルは、顔を上げ、再び加速する。
守るべきもののために、ただ。
※
……ん、どこだ、ここは?
……なっ……俺まさか本当に寝ちまったのか!?
冗談じゃない。早く起きないと―――
【よお】
そして、誰かに呼びかけられた。
その声の人間を、俺はよく知っていた。
【何だよ、返事くらいしろよ】
何故なら―――それは、俺だからだ。
俺と同じ顔、同じ声。本名「 」、あだ名はキョンの男が、俺の目の前に立っているじゃないか。
……何だ、こりゃ。
……ああ、夢か。夢なら早く覚めないとな。よし起きよう。今すぐ起きよう。OK?
【おい、『俺』。聞いてるのか?】
ああ、聞いてる聞いてる。何だよお前、俺の夢の中の存在のくせに喋りかけてくるなよな。
どうせ、俺が起きればお前なんて消えちまうだろうが。夢なんだから大人しく夢でも見てろよ。
「……ああ、聞いてるさ」
まあ、しゃあない。何だか知らんが付き合ってやるか。
こんなことしてる場合じゃないんだがな―――って待て、何で俺はこんな状況を普通に受け入れているんだ?
漫画の世界じゃあるまいし、夢の中でもう一人の俺と会話するなんて、常識的におかしいだろう。
……ああ、そうか、ハルヒか。
ハルヒなら可能だろうな。……死んでからも、尚。
……でも、どういうつもりで、こんなことを?
【そうか、それなら良かった。じゃあ聞いてくれよ、俺。お前に言いたいことがあったんだ】
目の前の『俺』は、やけに饒舌だった。
そりゃ俺も普段は突っ込みばかりだから必然的にセリフは多くなるだろうが、この俺は少し違う。
テンションが、高い。そりゃもう、俺とは思えないくらいに。
おいおい、俺と同じ姿をしているんだったら、もっと感情表現も揃えてくれんか。なんか、こう恥ずかしいものを見ている気分になるんだが。
「……何だよ」
【……お前さ、】
そして、目の前の俺は口を開く。
『俺』とは思えないくらい、さわやかな笑顔だった。
それは、古泉の胡散臭い作り笑いそっくりで―――
「本当は、人を殺したくないんだろう?」
そう、言う。
―――は?
……待て、待て待て待て。何をおっしゃるうさぎさん。
俺をとっ捕まえて何を言うんだ、この俺は。
俺はこんなものわかりの悪い俺を俺だなんて認めたくないぞ。
「……はあ……」
言葉が出ない。こいつは今まで俺をなんだと思ってたんだ?
「……そんなことは、ない」
【そうか?言いきれるか?】
「ああ、もちろんだ」
よし、お望みとあらば言いきってやろう。
「俺は既に二人殺した。俺は皆殺しするつもりだ。雨蜘蛛のおっさんもナーガの野郎も古泉も朝倉も俺が殺す。……そして、」
そして、俺はハルヒを、仲間たちを生き返らせるんだ。
「……だから、そんなくだらないことを聞くな」
これはもしかしてあれか?ジキルとハイド的な何かか?
自分の頭の中の天使と悪魔が葛藤して~みたいな奴、あるだろ。
天使が「もうこんなことをしてはダメ!まともな人間に戻りなさい!」って泣いて悪魔が「へへへ、今更もうお前は戻れないんだよ、悪の道を突き進め~」とか囁いたりするっていうあれか。
ああ、成程。そういうことなら合点がいく。
こいつはいわば俺の中の天使なのだろう。そして、俺に殺し合いをやめさせようとしているんじゃないか。
いやににこやかなのも、そういう意図があるんだろうな。
【……本当に、お前にそんなことができるのか?】
だが、目の前の『俺』はそれじゃあ納得してくれなかった。
俺にびしりと指を突きつけ、宣告する。
【『俺』のために言おう、「 」。お前は本当は朝比奈さんと妹は自らの手で殺すべきだったんだ。あのおっさんに頼んだりせず、な。それができなかったお前は、まだどこかで人を殺すことにためらいがある。そうだろ?】
「……それは……」
あれは俺が殺しきる自信がなかっただけだ。……あの二人は本当に戦闘する術もないしな。
「でも別に、俺があの二人を殺さなきゃ優勝できない訳じゃないだろう」
そう、だから雨蜘蛛のおっさんに殺すよう頼んだんだ。
自分の手を染めないというだけで、身内を殺すことを依頼するということ、それだけで十分に外道―――戻りようもないじゃないか。これでも尚俺が殺したくないと思っているとでも?
「ナーガの野郎も言ってただろ?一人で殺すのは骨が折れる。だから仕事分担、って奴だ。俺は朝比奈さんと妹を殺す、って仕事をおっさんに任せた、それだけだ。別に俺がさぼった訳じゃないぞ?その分殺せばいいだけだからな」
【で、いずれはあの二人も殺す、と】
「ああ、そうだ。経験を積んで、強くなって、あの二人も絶対に殺す」
【無理だな】
吐き出される、言葉。
それは紛れもなく、俺と同じ顔をした男の口からのものだった。
―――さすがに、俺もこれは怒っていいところだろう。
「……な……」
【なあ、俺は一体ここに来て何回負けた?何回利用された?何回油断した?殺したのは無抵抗の人間二人、ある程度以上の力を持つ存在は結局殺せずじまい。そんな奴が、皆殺しなんてできると思うか?無理だろ?】
「……何で夢の中の俺にそんなこと決められなくちゃいけないんだ」
仮想空間の人間なんかに俺のことが分かってたまるか。
俺の道は俺が決めるし、俺しか決められない。
ハルヒに命令された訳でもない。これが俺のやり方なんだよ。
俺は道化になる道を選んだ。それは端から見てたらそりゃあみっともないだろうが―――それでも俺はいいんだ。皆を蘇らせるためにはどんなことだってするんだからな。
【それだ、それ】
……俺が何も言っていないのに、勝手に割り込んできたよ、こいつ。
「どれだよ」
【それだ。その、『皆を蘇らせるためには』って、やつ】
……何だよ、悪いのかよ。
言っておくがお前が天使だろうと何だろうと、俺はもう足を洗うことはできないところまで来たんだからな。
説得なんて無理だぞ。何を言おうと俺はやり遂げてやる。
嘲笑いたいなら好きにしろ・
「……それが何だ」
【無理だろ】
……
【無理、だろ?何を考えているんだ、お前は】
俺は、一瞬思考停止した。
こいつは、何を言っているんだ?
『俺』のくせに、こいつは何でこんなことを言うんだ?
ああ、そうかそうか、俺を善人に戻したい天使様だからか。なるほど納得納得。
ということでこれはただの挑発だ。乗っちゃいけないぜ、キョン。
「……」
【本当はお前だって心の底では理解しているはずだぜ。そんなことは無理だと。長門にだってそんなことはできないんじゃないかと。仮にできたところで、全員蘇らせるなんて絶対無理だって、もう何をやったって日常は戻ってこないって、分かってるくせに】
「……どうしてできない、なんて言いきれるんだ」
あの長門だぞ?俺は長門が突然胸からロケットランチャーを出したとしても驚かんぞ。
それくらいだ、死者の蘇生だって、できたって何の不思議もないじゃないか。そりゃ、もちろん絶対じゃないことは理解しているさ。でも、1%でも可能性があるならかけるんだよ。そう決めたんだ。
だからそんな指摘じゃ、俺はもう揺るがないさ。
【言い切れないな。だが、もう絶対に日常は戻らないだろうな】
「いや、絶対じゃない。……1%でも100%にしてみせるんだよ」
【違うだろ。そういう意味じゃねえよ。お前のことだ】
……どういうことだ?
『俺』の言いたいことが分からない。…………俺のくせに俺が分からないなんてギャグみたいだ。
しかし残念なことに、事実なんだな、こりゃ。
【お前、このゲームが終わったら皆を蘇らせて死ぬつもりなんだってな】
「ああ、そうだ」
それくらい分かるだろ、俺なんだから。
俺は裁かれる必要がある。他の仲間に手を染めさせるわけにはいかない。
俺はすべての罪を被り、そして死ぬ。―――そして、平和を取り戻すんだ。
【だからお前は分かっていない―――】
何をだ、俺がそう『俺』に聞く前に、『俺』は俺に語り始めた。
まるで、俺に言い聞かせるように。
【―――いいか、お前はな、涼宮ハルヒの日々の1ピースなんだよ。
お前という存在がないSOS団なんて、それは元通りのSOS団なんかじゃないのさ。
死ねばいい?笑わせるな。
お前が罪をかぶって死ぬことこそが、お前の大切な日常とやらを一番壊すことになる、それにも気付かないのか?
自分は本当にただの、ただの一般人でしかない。今だにそう思っているのか?】
「違う」
理解はしている。俺がハルヒに必要な存在だってことは。
それでも、それでもだ。
「分かってる、分かってるさ、俺は」
【分かってないな。……いや、違う、すまん。お前は分かっていないんじゃない、分からないようにしているだけだ。そうに決まっている】
……くそ、何なんだ、これは。……俺か。
なんで、夢の中の俺のくせに―――こいつは俺を邪魔をするようなことを言うんだ?
「……あ、そうかよ。で、お前は一体何を言いたいんだ?」
悪いがここでぐだぐだしている場合じゃないんだ、俺は。
早いとこ休んで、また他の奴を殺しに向かわないと―――
【なに、簡単な話だ。お前は―――本当にこれからも人を殺し続けられるのか?】
「だから―――」
何で同じ話を何度もしなくちゃならないんだよ。
こんなにしつこい俺なんて俺じゃないね。俺ならさすがに一回で理解できる。
【全員殺すってことは―――知り合いが死んでも、眉一つ動かさず動揺しない、そんな悪魔になるってことだ。お前にそれができるのか?】
「ああ―――できるさ」
……本当のところ、正直不安もある。
朝比奈さんや妹は、特に。
でも、できるかどうかじゃない、やってやるんだ。
絶対に。何があっても、皆のために。
可能性とか確率の問題じゃない。俺は、そうしなければいけないのだから。
「俺は―――生まれ変わって、どこまでも悪になってやるんだ」
【そうか。じゃあ―――】
そして目の前の俺は、何故か得意げに俺に笑いかけ。
【試してやろうか】
そう言って、『俺』の後ろに視線を向けて。
「入れよ」
そして、そこに現われたのは―――
「……え、キョン?何かあったの?」
何ということだろうか―――それは、涼宮ハルヒだった。
……ハルヒの顔を見た瞬間、俺の胸が嫌な感じにざわつく。
かっと、熱い何かが体を貫いていくかのような。
今すぐに突っ伏して、許しを乞いたくなる。
しかしハルヒの様子は、死ぬ前―――否、ここに来る前と何も変わっていなかった。
「……どうしたのキョン。気分でも悪いの?珍しいこともあるのね」
ハルヒは俺に当たり前のように近づいてきて、俺を睨みつけるように見つめてくる。
……どうしてハルヒは俺の見た眼に言及しないんだろうと思ったら、……おい、俺いつの間にかガイバーじゃなくなっているじゃないか。
もちろん、その体には傷一つない。ごくごく一般的な、男子高校生の姿がそこにはあった。
まあ、夢だからな。こんなもんだろう。
そう、夢だ。夢なんだ。このハルヒも―――夢。
だから、当然このハルヒは俺を責めも憎みもしない。怯えることも、ない。
……なのに。
「……ハ、ルヒ」
所詮は自分の妄想の中のハルヒ。それなのに俺は、一歩も動くことができなかった。
そういや夢の中の俺はどこに行ったんだ?都合よく消えやがって。
俺に恐れをなしたのか?ふん、俺の妄想の中の住人のくせに余計なこと言うからだろ。ざまあみろ。
……んなこと、つい数時間前までは考えなかっただろうにな。本当性格悪くなったな、俺。
「何よ、その態度。キョンのくせに生意気よ」
ハルヒは俺のことを変な生物でも見るような目で見て、言葉を続ける。
ハルヒと、目を合わせることがためらわれた。
「そんなんだから、あんたはキョンなのよ」
俺の手が、動く。
あ、と声を上げるまでもなく、俺の両手が伸びたのは、
「ちょ、何、キョ」
ハルヒの―――首。
俺の両手は、極めて自然な動作で、ハルヒの首筋をなぞり、締め付けていた。
何だ、これは。
待て、知らない。これは、俺じゃない。
これは、俺の意思じゃない。
何かが勝手に―――俺の体を動かしているんだ。
「……っ、」
ぎり、と腕に力がこもる。
ガイバーでもなんでもない普段の俺は、特に鍛えていた訳でもないから、平均的な握力しか持っていない。
だが、それでも女であるハルヒの首を絞めるのには、そう労力は要らなかった。
「……っ、か、はっ……キョ、ん……?」
ぎりぎりとさらに力を込めると、ハルヒの顔が徐々に青白く変わっていく。
何を、何をやっているんだ、俺は。
違う、俺はこんなつもりじゃない。夢だろ?
どうして夢の中でまで、俺は人殺しなんてしなきゃいけない?
どうして、夢の中でまで―――俺はハルヒを殺そうとしなきゃいけないんだ!
頭の中が真っ白だった。視界が歪んだ。ハルヒの苦痛の声を聞くのが嫌で、耳を引き裂きたくなった。
それなのに、俺のどこかは、それを冷静に分析していた。
少しずつ、抵抗がなくなってくる。声の代わりに、首を締め上げたからだろう、ハルヒの口から唾液が零れ落ちる。
白い肌からだんだん血の気が引いて行く様が見てとれる。
はじめのうちは俺を引きはがそうと動いていた手も、今や力無くだらりと垂れさがるだけだ。
―――やめ、てくれ。
何でこんなことをしないといけないんだ。どうして、どうして、どうして―――
【悪魔になる、そう言っただろう】
俺の声。
うるせえよ。こんなの聞いてない。どうして、俺が、ハルヒを―――
【今更何を言っているんだ。一度殺しているんだ、二回も三回も変わらないだろう?】
「だ、ま、れ……」
―――黙れ。
俺のくせに。余計なことを言うな。
夢の世界の『俺』に発言権を与えた覚えはないぞ。
どんな意図があろうと―――もう口をきくな。
尚も俺の身体は止まらない。
ハルヒから既に声は聞こえない。瞳を見開いたままのハルヒは、そして―――かくん、と首を落とした。
「……あ……」
俺も同時に、膝から崩れおちる。
違う。≪殺した≫違う、俺じゃない≪お前が殺したんだ≫あれは俺の意思じゃない≪それでも、俺が≫もう一人の『俺』の、罠、だ―――
【……どうだ?おまえは悪魔か?】
……いつの間にか、『俺』が俺の目の前に立っていた。
馬鹿みたいに、爽やかな笑顔だった。
【恋人を二回殺しても、冷静でいられるくらいじゃなきゃ、悪魔とは呼べないが……さて、どうなんだ?】
―――だま、れ。
どうして……夢の中で、こんなことをしなければならないんだ。
夢は幸せであるべきだ、そんなことを思っている訳じゃない。そこまで理想論でも夢想家でもない。
ただ、これは、―――あまりに、悪夢すぎやしないだろうか。
「……黙れ」
―――黙れ。
お前は、『俺』なんかじゃない。天使なんかではもちろん、ない。
お前は、ただの―――憎い男だ。
【認めろよ。お前は本当は分かっている。『俺』はそこまで馬鹿な人間じゃない。
分かっているけれど、ハルヒへの罪悪感が空回りして勝手に理解していないふりをしているだけだ。
そして人を殺す、なんて言ってるのも同じだろ?ハルヒを殺しちまった以上、他の人間も殺さないと釣り合いがとれない、くらいに考えてるんだろ?】
「……黙れと言ってるのが聞こえないのか」
【お前は言われたな、格が足りないと。その格はどこから来ているのか教えてやろうか。……覚悟だよ。お前には覚悟が足りない。足りなすぎる。】
うるさい。覚悟はしているんだ。黙れ。
もう既に二人殺した。もう何があっても負けやしない。もう、躊躇うことなどできない。
もう逃げない。逃げるなんて、できない―――
【それは、お前にまだ理性が残っているからだ。わずかでも、そこに仲間を。傷つけたくない、少しでも楽に殺してやりたい、そんな想いがあるからだ。そうだろ?
そんな感情がちょっとでもある限り―――お前に優勝なんてできない。本当に勝ちたいなら、捨てちまえよ―――心を】
「……そんなことしなくても……やれる……やれるんだよ……!」
嫌だ。それだけは、嫌だ。
確かに俺は外道だ。人殺しだ。悪だ。今さら善人ぶるつもりはない。だが―――まだ、狂うには早いんだ。
実力も経験も劣る元一般人の俺が、強い奴らに対抗するには頭を使うことが必要なんだ。冷静に判断することを忘れちゃ、いけない。
発狂したくなるほど辛くても、俺は俺でいなけりゃいけない。
そうでないと、あいつらを生き返らせることなんてできない。
【じゃあ、それなら、いったいお前は今、どんな気分だ?】
―――そう、分かっているんだ。
なのに、どうして俺は、言い返せない。
両手が、かたかたと震えていた。
今も尚、感覚は残ったままだ。
素手で、ハルヒを絞め殺した気分は―――最悪、だった。
指が皮膚に食い込む感覚も、ハルヒが徐々に死に逝くまでの反応も、人の命を奪った瞬間も。
まざまざと、目の前で思い起こされる。
「……やめ……」
ガイバーで間違って殺してしまった時は、あまりリアリティがなかった。
やがて自覚せざるをえなかったが、しばらくは夢の世界のようにぼおっとしていた。
ところが、今の俺は。
もう既に二人も殺したというのに、まるで初めて人を殺した少年兵士のように、がくがくと肩を震わせているんだな。
「……やめ、ろ……やめろよ……」
そう、俺は、ハルヒを殺したんだ。
一度目は誤殺?二度目は自分の意思じゃない?そんなのはただの言い訳だ。
事実として、俺は、ハルヒをまた守れなかった。
そして―――俺は今、その事実にどうしようもなく怯えているということだった。
「……やめろ、やめろって、おい……」
【……辛いだろ?怖いだろ?怯えてるだろ?ほら、だから言っただろう。お前は―――悪魔になんか、なれない。優勝なんて、できない】
【本当にお前は朝比奈さんが、妹が死んでも、冷静でいられるのか?もしその死骸に出くわしても、何食わぬ顔で通り過ぎることができるのか?
強力者である古泉を、危険人物ではあるが知り合いの朝倉を、お前は迷いもなく殺せるのか?言おう―――無理だよ】
「黙れ!」
殺せる。殺せるんだ。殺せるに決まっている。殺さなきゃいけないんだ。
だって俺はすでに犯罪者で―――人殺しで―――外道で―――道化で―――悪魔なんだから―――
【その、お前が抱いている変な義務感。……責任感かね?それ、取っ払ってみろよ。そしたらすぐに自覚できるさ。……自分に、仲間を殺すなんて到底無理だってことにさ】
―――だま、れよ。
「……黙れ、黙れ、黙れよっ!『俺』のくせに『俺』を惑わすな!同情するな!『俺』のくせに―――!」
どうして、『俺』に協力してくれないんだ。
俺は殺せる。殺さなきゃいけない。駄目だ、違う、殺すんだ、俺は。
そうだ、俺は、ガイバー0号、力ある存在。
絶対に、絶対に、絶対に、優勝するん、だ―――
……ああ、俺、馬鹿みたいじゃないか。
何を俺は動揺している?慌てている?今の俺は、普段の俺が見たら関わりたくないタイプの人間どストライクじゃないか。
ドン引きだ。避けて通りたいぜ。
ああ、本当に―――俺は、馬鹿だ。
【……まあ、お前がそう思っているなら俺は構わんが。一応教えてやったからな、現実って奴を。……言っておくが、俺はお前だ。その意味が、分かるな?
―――お前だって本当は、心の底では俺の言いたいことが分かってる、ってことだよ。じゃあな】
待てよ、そんなの許せるか。
勝手に言いたいことだけ言って逃げるのか。何だよ、お前は。
お前なんて、俺じゃない。ふざけるな、夢の中だからってしていいことと悪いことがあるぞ。
俺に、ハルヒを二度も殺させるなんて。
これは何だ?夢か?夢なのか?それともハルヒの力の一つなのか?俺はどうしてここにいるんだ?こいつは誰なんだ?『俺』なのか?『俺』じゃないのか?
何より。
どうして―――俺は、動けないんだ?
俺は―――
※
「……誰もいないけど……ここで戦闘があったのは間違いなさそうかな」
スバルは、レストランに入り、周りを見渡す。
戦闘機人であるスバルの足でも、ここまで一時間ほどかかってしまった。来る途中で人影のようなものを見つけた気がしたのだが、こちらに接触してくることもなかったので素通りしてしまったのだが。
先ほど灌太が引っ掛かっていたはずの金らいが再び、転がっている。何者かがここにきて、争いになったことは明白だろう。もちろん、自分とセインが争ったのは除いて、だが。
しかし血の跡もなければ死体も落ちていない。となると、対して怪我はせず逃げのびたのだろうか。
……セインのことを思い出し、胸が痛むが、首を振りレイジングハートに話しかける。
「どう思う?」
『オメガマン、でしょうか?』
「うーん、ちょっとそこまでは分からないけど……でも、私は何となく、違う感じがするな。オメガマンが何かしたなら、きっとレストランなんて半壊くらいじゃ済んでない気がする」
スバルはレストランの散らかり具合から、少なくともオメガマンはここで戦闘はしていないだろうと推測した。
『では、どうしますか?』
「少し中を調べた後、モールに行くよ」
スバルはレストランの中をぐるぐると見渡し、何かあればいいけど、と呟いてキッチンの方に、そして窓際へと歩いていく。
先ほどここに来た時には、頭に血が上りレストランの中もろくに見れていなかった。それが少し恥ずかしく思う。
「……うーん、特に何も……ってひゃあっ!?」
そして、先ほど自分たちがいたところまで来たとき、スバルは小さく悲鳴を上げた。
『どうしました、スバル!?』
「こ、これ……」
そして、青ざめた顔で床の一点を指差す。
そこにあったのは―――人間のものとは似て非なる、三本の指であった。
「……び、びっくりしたあ……これ、……指、だよね?」
恐る恐る、それを見つめるスバル。
そこにはまだ生々しく赤黒い血がこびりついており、この指の持ち主がちぎられてからそう時間が経っていないことが分かる。
『そのようですね』
「何で指だけ切り離したりしたんだろう。……あ、もしかして拷問、かな」
スバルは、ややそれから視線をそらしながら、そう推理する。
『拷問……ですか。なるほど、相手から情報を聞き出すため、殺さないように痛めつける、と』
「うん、そうだとしたら―――まだこの近くにはそんなことをする奴がいるのかもしれない。……こんなことをオメガマンがするとは思えないから……オメガマン以外にも、危険な奴はまだ、他にもいる……」
最後の辺りでやや声のトーンが落ちる。
正義感の強いスバルは、殺し合いに乗った人間、またはそれに準じる行為をする人間がまだいるという事実が、許せなかった。
主催者と邂逅し、中トトロを奪われた今となっては、尚のこと。
「……だとしたら、そいつを止めないといけない……なのはさんも、きっとそうするはずだ……」
唇を噛む。フェイト、ガルル中尉、アシュラマン、セイン―――
多くの人を亡くした。そして、中トトロさえ自分には守れなかった。
それでも、スバルは立ち上がらなければいけないのだ。……守るために。
憧れの存在に、近づくために。
『きっと、この拷問を行った人間の武器は、ハサミ……のようなものでしょうね』
「……あ、なるほど」
レイジングハートに言われ、切り口を見て納得する。その跡は荒く、ナイフのような鋭利な金属とはやや違うような気もする。
そのようなものをどうやって武器にするのか、パワーファイターのスバルにはいまいち分からなかったが。
そんなもので人の体の部位を切り落とすにはかなりのテクニックを必要とするはずだ―――きっとこの加害者は、人を傷つけることに手慣れた人物であるのは間違いない。
「気をつけなきゃね……」
スバルはそう呟いて立ち上がり、体を伸ばす。
「……うう、さすがに指はこのままでいいかな。持っていってもどうしようもないし……。さて、オメガマンの姿も見えないし、モールにでも―――」
リリリリリリリリリ
「……え?」
その時だった。
レストランのカウンターに置かれてある―――一つの黒時計のベルが鳴ったのは。
※
―――俺は、殺すんだ。
―――もっと強くなって、誰よりも最強になって、そして―――
―――堕ちて、堕ちて、堕ちて、優勝、するんだ―――
「……っ!?」
視界が、開けた。
―――ここ、は……?
そこで俺は我に返ったね。……ああ、ここは、コテージの、ベッドの上だ。
俺は―――そう、眠っていた。
夢を見ていたんだ。
―――それはそれは、思いだすのも嫌になるような、悪夢。
……ぞくり、と心臓が震えた。
おそらく今俺が装甲を解いたら、間違いなく汗ぐっしょりに違いない。
何をやってる、俺は―――情けない。
時計を見ると、すでに一時間以上が経過していた。
……本当に運がよかったな、誰も来なくて。
ダメージは確かにかなり消えていた。だが疲労は回復した気がしなかった。
そうだ、今のはただ、眠っていたから見ていただけの妄想にすぎないだろう。
あんなの、ただの夢じゃないか。
ただの悪夢。……疲れていたからだろうか、それとも敗北のストレスからか。
とにかく、あれは現実じゃない、焦る必要も慌てる必要もない。
俺は俺のペースで、ゆっくりと、だが確実に―――殺していけばいいんだ。
そうだ。そうだろ?何を迷う必要がある。
夢でハルヒを殺したからって、それが何の―――
「っ―――!」
両手に、感覚がよみがえってきた。
思わず、右手を固く握りしめる。……違う、これは俺の手じゃない、一人のガイバーの手だ。
そう、さっき夢の中で、ハルヒを殺したのは、『今の俺』じゃない。何の心配があるんだ?
だというのに―――
「……は、るひ」
俺は、認めたくなかった。
俺はこんな力などなくても、本当は人を殺せる存在なのではないか?
今までの日常でも、やろうと思えば可能だったのではないだろうか?
俺は、本質的に破壊衝動を秘めた、そんな―――
馬鹿な、俺はちょっと怠惰で突っ込み気質なだけで、あとはごく普通の人間なんだ。違う。
あんな『俺』の言うことなんか―――信じない。
俺が殺すのが怖いだなんて、そんなこと―――ありえ、ない。
……いいだろう。
証拠を見せてやろう。
俺が、どこまでも悪魔だって証を。
殺すためなら何だってする、外道だってことをな。
俺は、手を伸ばす。
何に、だって?そりゃあ簡単さ。
俺のベッドの脇にある―――白い固定電話に、だ。
※
「……あ、あの……」
スバルは、反射的にその電話に出ていた。
罠か、そう一瞬は考えたが、それでも出てしまっていたのだ。
もしかしたら、仲間からの連絡かもしれない―――そんな甘い期待を抱きつつ。
「……ど、どなた、ですか?」
おずおず、と言った調子で聞くスバル。
相手からの返事は、ない。
「……だ、大丈夫ですか?」
もしかして、相手は怪我を負っているのでは?スバルの頭をそんな予感がかすめた。
もし、相手が瀕死の状態で、しかし助けを求めるため受話器を持ったのだとしたら―――
「……あ、あの、」
「……助けて……くれ」
男の声。少なくとも、オメガマンや灌太のものではない。
その声はどこか悲痛で、今にも崩れ落ちそうなものだった。
「……だ、大丈夫ですか!?な、何があったんですか!?」
動揺を隠せず、つい大きな声になってしまう。
もしそうだとしたら、放っておくわけにはいかない。
「……学生服を着た茶髪の男にやられた……た、助けてくれ……俺は……」
「落ち着いてください!どこにいるんですか!?」
「……こ、コテージに……」
がたん、何かが落ちる音。
スバルは、嫌な予感がして思わず叫んだ。
「だ、大丈夫ですか!返事してください!」
返事は、ない。
ツーツー、という電話特有の音が響くだけだった。
「……あ……」
スバルは―――しばらく顔面を蒼白にしていたが、やがて口にした。
「た、助けに行かないと!コテージは……」
『スバル、待ってください』
「……どうしてレイジングハート!多分、あの人大変なことに……」
『……冷静に判断しろ、中尉にそう言われたはずです。……罠という可能性はありませんか?』
「……え?あ……」
またもや突っ走ろうとしていたらしい。スバルは心底ガルルに申し訳ない気持ちになりつつ、レイジングハートの言葉について思考する。
「罠……?」
『その可能性もある、ということです』
「でも、本当に困っているのかもしれない、だって―――」
『……私はスバルの判断に従います』
スバルは、迷う。ぐらりと一瞬視界が傾いた。
罠―――その可能性も確かにある。そう言ってスバルのような人間をおびき寄せ、殺す作戦かもしれない。
しかし―――もし本当に、被害者だったとしたら?彼を見捨てていいのか?それで―――自分は憧れの人たちに近づけるのか?
それに、オメガマンを探さなければいけない、という事情もある。このままコテージに向かえば、おそらくモール方面へ行くことは厳しくなるだろう。
電話の主の、演技とは思いにくい声色が、スバルの判断を迷わせる。
「……わ……」
信じるか、信じざるか―――
「私は……」
※
「……」
俺は、乱暴に棚に叩きつけられた受話器を見て、どこかほっとしていた。
そう、俺は、ベッドの脇の棚に入っていた電話帳から、適当な番号を選んで電話をかけたのだ。
場所はどこでもよかった。半ば運試しみたいな気分でやった。後悔はしていない。
どうだ―――分かったか、『俺』。
俺はこんなにも外道だ。
相手が喋り、善良そうな人間であること、同時に俺の正体を知る人物ではないを確認してから、演技をして助けを求めたのだ。
もし相手の女がここに来たら、俺は自分のことを心配して来てくれたであろう女を不意打ちで殺すだろう。
そう、そこに情なんてない。無慈悲な、思いやりもないただの悪魔だ。
俺がそうであることを、証明してやるよ。
更に―――もうひとつ。
俺の言った特徴―――『学生服を着た、茶髪の男』
まあおそらく、俺の知ってる限りじゃそんなの、SOS団副団長たる古泉一樹しかいないだろうな。
もし、電話の相手が複数だった場合や、力のない人間だった場合、ここに必ず来るとは限らない。
その時の保険として―――とりあえず、嘘をばらまいておく。
特に相手が複数なら好都合というものだ。……こっちに行った相手が帰ってこないとなれば、当然その仲間は話に聞いた『危険人物』を疑うだろう?
少なくとも待ち合わせ時間までは協力すると決めた仲間を、俺は簡単に裏切った挙句危険人物にしたてあげようとしているんだな。
はは、ほら見ろ、俺はどうしようもない外道だ。分かったか、『俺』。
俺はもう負けないんだ。逃げもしないんだ。
皆を殺す。殺して殺して殺して、優勝して、皆を蘇らせるんだ。
可能性が1%でも構わない。道化でも愚かでもいい。可能なことは何だってやってやるんだ。
ましてや殺したくないなんて、そんなこと―――あるはずがないんだ。
だから、きっと気のせいだ。
ガイバーの装甲の下、俺の心臓が嫌なリズムで跳ねていることは。
今も尚、夢の中でハルヒを二度殺した感触が残っているなんてのは。
今、どうしようもなく俺が泣きたくて仕方ない気がしてならないのは―――きっと。
【J-5 レストラン/一日目・昼過ぎ】
【スバル・ナカジマ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】健康。
【装備】メリケンサック@キン肉マン、レイジングハート・エクセリオン(小ダメージ・修復中)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【持ち物】 支給品一式×2、 砂漠アイテムセットA(アラミド日傘・零式ヘルメット・砂漠マント)@砂ぼうず、
ガルルの遺文、スリングショットの弾×6
【思考】
0:コテージに行く?それとも……
1:何があっても、理想を貫く。
2:人殺しはしない。なのは、ヴィヴィオと合流する。
3:オメガマンやレストランにいたであろう危険人物(雨蜘蛛)を止めたい。
4:山小屋を通って、人を探しつつ北の市街地のホテルへ向かう (ケロン人優先)。
4:中トトロを長門有希から取り戻す。
5:ノーヴェのことも気がかり。
※スバルの次の行動は、次の書き手さんにお任せします。
※レストランのカウンターテーブルに、黒の固定電話が置いてあります。どうやら少なくともコテージの一室とは繋がっているようです。また、通話記録として電話に内容が残っているかもしれません。
※雨蜘蛛の特徴を『鋏のような武器を使う危険人物』ということだけ認識しました。
※電話の相手(キョン)から、『学生服を着た茶髪の男』が危険人物であるという情報を得ました。信じるかどうかは不明です。
※J-05レストランにガイバーの指三つが放置されています。
【I-3 コテージ内部/一日目・昼過ぎ】
【名前】キョン@涼宮ハルヒの憂鬱
【状態】ダメージ(中)、疲労(大)、0号ガイバー状態、返り血に塗れている、精神的に不安定
【持ち物】デイパック(支給品一式入り)、 SDカード@現実、
大キナ物カラ小サナ物マデ銃(残り9回)@ケロロ軍曹、タムタムの木の種@キン肉マン
【思考】
0:俺は……殺してみせる……
1:電話の主がコテージに来たら、卑怯な手を使ってでも殺す。ためらいは……ない。
2:ナーガとは別方向に進み参加者を殺す(マーダーは後回し)
3:強くなりたい
4:午後6時に、採掘場で古泉と合流?
5:妹やハルヒ達の記憶は長門に消してもらう
6:博物館方向にいる人物を警戒
7:ナーガは後で自分で倒す
※意識しないふりをしていますが、やや殺人を躊躇う自分に気が付きました。本人はそれを認めていません。
※切断された三本の指は完全に再生しました。
*時系列順で読む
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