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「歪め↓スペクタクル」(2009/05/04 (月) 10:33:57) の最新版変更点
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*歪め↓スペクタクル ◆h6KpN01cDg
今の自分は、本当は『誰』なのだろう?
その言葉を、口にしかけ、『彼』は―――思いとどまった。
今の自分が誰であるかなど、関係ないと理解していたから。
※
―――見つけた。
古泉の心は、思いもかけない喜びに満ちていた。
「……これで……」
正直、さほど期待はしていなかった。
悪魔将軍が言っていた人物が、キン肉スグルであれば最高の誤算だ―――その程度だった。
しかし、事実として、その誤算は誤算などではなく。
今古泉の目の前に、その豚鼻マスクの青年は倒れているのだから。
今、古泉がガイバー化していなかったならば、彼の顔には常の作り笑いとは異なる種の笑顔が浮かんでいただろう。
心から相手との出会いを喜びながらも―――どこか暗い闇を湛えた、笑みを。
「……しかし、……このままではまずいですね」
そう、しかし、そう喜んでもいられない。
何故なら、今古泉がいるのはすっかり倒壊したモールの入口。そこには、見るに痛ましい光景(スペクタクル)が広がっている。
アスファルトはところどころ剥がれおち、一階の窓はほとんどが割れている。どこからどう見ても、戦闘があったようにしか見えないだろう。―――事実そうなのではあるが。
しかも当のキン肉スグルは気絶しているようで、呼びかけても返事がない。しかも酷い怪我だ、無理やり起こすと悪化してしまうかもしれない。
いくら彼が屈強な肉体を持っているとはいえ、この殺し合いの『参加者』である以上、耐えられる範囲を超えれば死ぬ。
まだ彼を死なせるわけにはいかない。協力を仰ぐ―――利用するためには。
少なくとも、ガラスの破片やコンクリートが飛び散ったここは体を休めるのに適した場所ではない。
「……ひとまず、モールの中に入りますかね」
中もひどい有様ではあったが、幸いサービスカウンター……入口よりやや奥にある……付近は被害が少ないようだ。
その辺りに寝かせ、彼の回復を待とう。ついでに、傷を治せるものでも見つかればなお僥倖。どちらにせよ、こんなところで協力を仰ぐなどやりずらい。
古泉はガイバーの体にスグル(と彼が思っている男)を背負い、モールの内部に足を踏み入れた。
相手は顔つきはやや幼いとはいえ鍛え抜いた肉体の男性。それとは逆に古泉は超能力者ではあるが、体格的にはむしろ華奢な部類の男子高校生。それでも古泉が平然とスグルを抱えて歩けるのは、紛れもなくガイバーの疲れを知らない体によるものだろう。
瓦礫やガラスの欠片を避けるようにして古泉はモールの奥へと進んでいく。通路はまともに歩ける状態ではなかったので、転がったレジスターや商品を避けるようにしながら。
そして道が開け、カウンターの前まで辿り着いた古泉は、脳に衝撃を与えないようにそっとスグルを床に寝かせる。
ベッドのような都合のいいものが見つかるはずもない。
ここはモールだ、上階に上がればあるかもしれないが、もし自分が上に探しに行っている間にここから立ち去られては困る。彼は大切な交渉相手なのだ。
この男が悪魔将軍の言っていた通りの正義漢であるなら、怪我をしたままでも先ほど闘っていた者のような殺し合いに乗った人物を倒さなければと思っても不思議ではない。
いや、おそらくは、そうするだろう。
この体中に追った怪我が、彼が一歩も引くことなく戦った何よりの証である。
勝手に飛び出して、勝手に殺されて……ではこちらが困る。悪魔将軍を殺すためには、正義超人である彼の力が絶対に不可欠なのだから。
―――手放すわけには、いきませんね……。
とすれば、古泉はここから離れることはできない。
少なくとも、彼が目覚めるまでは彼の周辺にいて様子をみておく必要がある。
古泉は(無論外見ではさっぱり分からないが)小さく息を吐き、サービスカウンターに取り付けられた引き出しを開ける。
本来なら受付の人間が座っている椅子の横、白塗りのミニサイズの整頓棚。
周辺は入口付近に比べればまだ軽いとはいえ、あらゆるものが破壊されたり吹っ飛んだりしていたが、ここは被害はほとんどないようだ。
よって、引き出しの中にも、本来のモールでは使うのであろう内部の案内地図や、各階につながる電話番号が書かれたラミネートカード、名刺、書類、振込用紙など事務的な道具が欠けることなく存在していた。
しかし、古泉の目当てのものはない。
「医療品はない、ですか……」
期待はしていなかったが、やはり薬は薬局に置いてあるのだろう。中に入っていた地図と案内板によると、モール内部の薬局は2階にあるようだったが、迂闊に動けない。
それに、先ほどの戦闘は一階部分のみならず広範囲、つまり上階にも及んでいた。2、3階のフロアが無事かどうかも分からない。ここからでは、いまいち確認しても判断がつかないのだ。
そもそも、殺し合いの場に傷を癒す薬など置いてあるのだろうか?かつて医療施設についての考察をしたのを思い出す。
長門ならあるいは、とも思うが、もはや信用できない。……信用してはいけない。
それに加え、仮に薬があったとして、どこまで効くのかという疑念もある。どう考えても、これだけの出血を抑えるのは難しいだろう。
古泉はそこまで考えて、もう一度男に視線を向ける。
いまだに意識が戻った気配はないが、確かに呼吸はしている。
命に別状はないだろう。気になるのは怪我を負った状態での戦闘力だが―――それは交渉してからでもいい。
何にせよ、かれが意識を取り戻してくれないことには、古泉は前に進めない。
時計に目をやる。支給品の腕時計でもよかったのだが、たまたま自分の背後に掛け時計があったのでそれにした。
時刻は4時前。……ここに来て、実に15時間以上が経過していた。
「……」
そして思い出す。
6時…………古泉は、6時に行かなければいけない場所があった。
採掘場。
そこで彼は、『涼宮ハルヒを殺した』、『同じSOS団員であった』『彼』と、会うことになっているのだ。
『彼』の罪の告白を思い出した途端、古泉自身も気づかないくらい小さく心臓が軋む。
リムーバーで滅多刺しにされたみくるの顔が脳裏によぎって―――
「……いや……」
古泉は、それを振り払った。
「……分かって、います。……俺は……鬼になるんです」
言い聞かせるように、呟く。
彼は、もはや古泉一樹ではないのだと。
その名はガイバーⅢ――-仲間への復讐に生きる存在。
迷ってはいけない。
決めたのだ―――絶対に、長門と悪魔将軍を殺し、復讐を遂げる、と。
そのためには、キン肉スグルなどの長門打倒を目指す強者と協力し、時には利用していかなければいけない。
―――『彼』は、協力してくれるでしょうか。
古泉の頭に、その少年の顔がよぎる。
本来なら、許せない。許したくはない。
どんな理由があるにせよ、涼宮ハルヒを殺したのが『彼』であるのだから。
しかし、彼のガイバーとしての戦力は古泉にとって貴重なもの。『彼』を除く知り合いである朝倉涼子が、過去の所業故協力してくれるか定かでない以上、可能な限り仲間になってほしいのは事実。
それに、古泉は思う。
「落ち着く……? 落ち着いてられるかよ……。俺は……俺は!
殺しちまったんだよ! 一番守りたかったやつを! ハルヒを! この手でな!」
一度目の放送―――涼宮ハルヒの名前が呼ばれた後すぐに出会った、『彼』は、動揺しきっていた
己が古泉一樹だと知っても、声すらかけず殺そうと襲いかかってきたのだ。
自暴自棄―――その言葉が一番しっくりくるかもしれない。
しかし、だからこそ、思う。
『彼』が、涼宮ハルヒを殺したのは、ただの事故ならば―――
『彼』は、言っていた。
自分の仲間に血に染めてほしくない、と。
そして、それに自分は同意した。
では、今から自らのしようとしていることは、どうだろう。
自分は悪魔ではない。なるつもりはないし、あの男と同じ存在になるなど考えたくもない。
しかし、古泉はまた覚悟したはずだ。
主催者である前に友人『であった』長門有希を。
自らの仲間を殺した人物を―――殺す、と。
―――違う、『彼』であろうと、……関係ない。
『彼』との約束を破る行為だと分かっていたが、古泉は構わなかった。
復讐の前には、些事でしかない。
涼宮ハルヒを殺した人間との約束など、守らずともいい。
しかしそれでも、思う。
彼は、自分と同じなのではないか、と。
仲間への復讐のため、人を殺す自分。
そして『彼』は、自らへの罰のために、人を殺している。
既に手を染めたか、まだ染めていないか、仲間を手にかけたか否か。違いはその程度で。
許すことはできずとも―――古泉は『彼』を切り捨てることができなかった。
感情を排さなければならない、そう理解しつつも、そっと思う。
『彼』が自分に協力してくれればいい、と。
『彼』は、今も自らを罰し、罪を償い、共に戦ってくれるのではないか、と。
どこかそれを期待している自分に気づき、古泉は困惑する。
自分はやはり、まだ鬼になりきれていないとでも言うのか。
それを否定しようとして、その材料がないことに気づく。
―――こんな場合ではないというのに……
惑う古泉の体は勝手に動き、別の引き出しを開けていく。
―――俺に、本当に人殺しができるのでしょうか……
人を殺したことなどない。あるはずがない。
涼宮ハルヒを保護するためなら殺人も辞さない、それは当初からの考えではあったはずなのに。
協力者になってくれるかもしれない人間が目の前にいるにも関わらず。
孤独、焦燥、憎悪―――どれもしっくり来ない。固めたはずの決意が、荒れ果てたモールごと、歪む。
この揺らぎがどこから来ているのか、古泉にはよく分からなかった。
「……?」
そこまで考えたところで、古泉は見つけた。
引き棚の一番下に入った、薄型の電気機器。
部室にも置いてあった、それは―――
「パソコン、ですか?」
ケースの中に入っていたため初めは何か分からなかったが、それはノート型のコンピュータだった。
ここはサービスカウンターなのだ、パソコンがあっても不思議ではない。
殺し合いの会場にもパソコンが置いてあるという事実に古泉はやや驚いたが、そんなことを気に留めるまでもない。
取り出して、デスクの上に置く。……見たところまだ綺麗で、壊れているところはない。
何となしに電源を押してみると、正常に起動し始めた。
古泉は頭をひねる。
どうして、支給品でもない、まともに動くコンピュータがこの会場にあるのだろう?
配られている訳ではない、これはまるでここに隠すかのように置かれていた。たまたま見つけたのが古泉だっただけで、ここにいたらしい夏子やみくるにも使うチャンスはあったということになる。
『あの』長門が、コンピュータというものがどのようなものか、知らないとは言わせない
「……正常に動くようですね……」
順調に立ち上がるパソコンを、やや困惑気味に見つめる古泉。
現代におけるコンピュータは、ありとあらゆる情報を得るための媒介に等しい。こんな場所で、参加者に情報を渡すような真似をさせるはずがないと踏んでいたのだが。
―――どういうつもりだ?
長門の意図が分からない。
これではまるで、アクセスしてくださいと言わんばかりだ―――
そして、映し出されたデスクトップに、古泉はな、と声を上げてしまった。
問題はその、絵柄。
愛らしく、柔らかそうな生物が二匹いる壁紙。それだけならいい。
しかし、古泉には、その生物の一匹に見覚えがあったのだ。
青い体毛、白い腹。
デフォルメされてこそいるが、それは間違いなく。
―――トトロ?
自らがかつては共に戦ったトトロ―――今もどこかで生きているであろう、優しい隣獣。
どうしてそのトトロが、デスクトップの壁紙を飾っているのか?
ここに置いてあるということは、長門や草壁タツオが用意したとみて間違いないだろう。そうなれば、この壁紙をデスクトップに添えたのは二人のうちどちらかということになる。
ただの、偶然?いや、本当に?
―――まさか、とは思いますが―――
古泉の頭を、一瞬の疑惑がかすめる。
―――トトロは、長門さんの側の強力者では―――?
そして、思いだす。
自らのトトロとの最初の出会いを。
彼は、自分に対して何をしてきた?
(追いかけまわす)
そう、その行為だ。
実際は気は良かったとはいえ、あのような巨大な生物に追い回されて、さすがの古泉も恐怖を覚えて逃げ惑ったのだ。忘れるはずがない。
もし、あの行為が、はじめから予定されたものだとしたら?
つまり―――
長門有希に、『古泉一樹』と接触するように、そう指示されていたならば?
いや、何も古泉に限定する必要はない。SOS団の誰か、でも構わない。
古泉も考えなかったわけではない。
殺し合いを円滑に進めるためには、主催者側のいわば「ジョーカー」のような存在がいてもおかしくないんではないか、と。
そしてその仮説、トトロが長門の強力者であると仮定すれば、もうひとつ納得のいくことがある。
それは、自らが自分とSOS団の写った写真を見せた時。
トトロは口こそきけないが、決して低能な生物ではない。であるならば、彼はおそらく理解したはずだ。
あの写真に、自らをここに連れてきた長門有希が映っていることに。
それに対して、トトロは反応を見せなかった。古泉の顔を見たりはしたものの、長門に関しては触れようともしなかったのだ。
それは、知っていたから?
長門有希と古泉一樹が旧知の仲である、と。
もちろん、古泉は理解している。
それは、トトロを主催者の仲間と決めつけるにはあまりにも根拠が薄いということは。
トトロのような獣が人間と同じような表情を浮かべるかなど古泉には分からないのだから。
実はあの笑顔が人間にとっての怒りであるかもしれないし、悲しみであるのかもしれない。
そもそも、トトロは自分を殺さず別れて行ったのだから、やはり本当はただの参加者の一人で、このデスクトップはただの偶然なのかもしれない。
しかし―――
今までの古泉なら、トトロを信じたはずだ。
Ksk団の団長となることを誓い、涼宮ハルヒの意思を継ぐと決めていた頃の古泉一樹なら。
共に戦い、自分をフォローし、仲間を探すことを快く引き受けてくれたトトロを疑うことなどしようともしなかっただろう。
何故なら、古泉はよく知っていたから。
過ごした時間はほんの数時間、それでも、あの巨大な獣は間違いなく『セイギノミカタ』だったと。
「……用心をするに越したことはありませんね」
それでも。
今の古泉は―――『鬼』なのだ。
疑わしき者は、信じ切ってはいけない。
少しでも可能性がある以上、そしてこうして長門とかかわっていてもおかしくない証拠が出た以上、無条件に信頼するわけにはいかない。
彼と交渉などはできそうにないが―――
―――それに、例え彼が長門さんとは何のかかわりもないとしても、既に彼と俺は道を違えているのですから。
きっと、もうあの獣と会うことはない。
会わない方がいい。
どうせ彼から会話で情報を得ることはできないのだ、それが互いのためでもある。
そう、例え、あの生物が死んだとしても。
心を痛める必要は、全く―――ない。
さっきから、自分はやけに迷っている。
そのことを、古泉は嫌になるくらい自覚していた。
いっそ全ての考えを放棄したら楽になれただろうが、本来知性的な古泉の理性がそれを許さない。
「……」
もやもやした感情を打ち消すように、一つだけデスクトップに表示されているアイコンをクリックする。
やがて、それは一つのWebページを画面に映し出した。
ホームページ……のようだ。予想の範囲内だったが、やはりそのページ以外の場所にはアクセスできなかった。
そんなことができるなら助けを求めることも打倒長門をすることも容易になってしまうから当たり前だろう。
そこにはチャット、掲示板、そしてkskという謎のリンクが並んでいる。
「ksk……」
そのアルファベットは、自分が数時間前に作った組織の名前のように思えて、古泉はどきりとする。しかし無関係だということにすぐに気づき、その謎の単語にアクセスした。
広がる白い画面。
「これは……クイズ、でしょうか?」
「日向冬樹の姉の名前は?」
それが、そのパソコンに書かれた言葉だった。
日向、その名字には心当たりがある。
一回放送で、名前が呼ばれたはずだ。
運が悪い、思わず息を零す。
どうやら見たところ、これはパスワードを打ち込めば次のページに進める仕様になっているらしい。そしておそらくこのクイズは、パスワードのヒントなのだろう。
しかし、古泉は日向冬樹と面識はない。だから当然、彼の姉の名前など知るはずもない。適当に打ち込むには気が遠くなるような作業だ。
そして、その日向冬樹本人は既に死んでしまっている―――接触して情報を得ることは不可能。
自分のように仲間が参加しているという可能性もあるが―――少なくともこの名簿に同じく日向という苗字の人間はいない。
わざわざパスワードを設置しているということは、この先にあるのが容易に見せられない情報があるのは明白。ヒントを用意しているため一応見せる気はあるのだろうが。
そしてこれがインターネット上である以上―――これには、長門が関わっている可能性が高い。
もし、長門のところに辿り着き、殺すためのわずかな情報でも得られるならば。
スグルがいまだ目覚めないのを確認して、古泉は名簿を確認する。
スグルの横に置いていたディパックを引き上げ、パソコンの横、自分の手の届く距離に置き、名簿を取り出す。
日向冬樹の名前は、やはりそこにあった。
そしてその名前を挟んでいるのが、「ケロロ軍曹」「タママ二等兵」。
間違いなく軍人だというのは理解できるが、ケロロやらタママやら、とても人の名前とは思えない。もっとも、自分の知り合いにはあだ名で名簿に載せられている少年がいるのだが。
そう考えて、この会場には獣もいることを思い出す。そうだ、彼らが人である保障はどこにもない。名前の響きもどこかトトロに似ていることであるし。
再びトトロのことを考えてしまった自分に疲れながら、古泉は考える。
彼らが、日向冬樹の知り合いである可能性は高い。
実際古泉の名前も、同じSOS団である朝比奈みくると、『彼』の妹の間に載っている。となれば日向冬樹も、『そう』なのではないか?
あだ名のような名前に軍の階級がつく名前は、日向冬樹の3つ後ろ、ガルル中尉まで。そしてそのガルルという名前は放送で呼ばれた。とすれば、日向冬樹の知り合い(と思われる)人間、否確証が持てないのでここは『存在』としよう―――存在は3。
ケロロ軍曹、タママ二等兵、ドロロ兵長。
彼(彼女かもしれないが)が、日向冬樹の情報を持っているなら、古泉はこの内部にアクセスすることができるかもしれない。
もっとも、リスクもある。
彼らの人間性に信頼がおけるかどうかには疑問が残るからだ。
軍人のようではあるから、戦力は人並み以上にはあると『仮定』はできる。しかし、殺し合いに乗っていないかまでは分からない。
今の自分の目的を考えると、戦力になり、尚且つ主催者妥当に乗り気のある人物ならぜひとも合流して情報を得たいところだが。
そうでなければ、今の古泉には不要。情報を得られるならばそうしたい。しかし、相手が実力者であるならばできるだけ戦闘はしたくないのも事実。
優先して探すには弱い、そう古泉は判断していた。
しかし、kskの内容は古泉としても気になる。これを持ち歩いていれば、偶然会った際に便利だろう、そう決断する。
ひとまずパスワードに関しては保留。
スグルはまだ目覚める気配はない。……当然と言えば当然だ、あれだけ酷いけがを負ったのだから。
時計はまだ4時を回ったところで、約束の時間には間に合う。スグルと話をつけてからでも十分だろう。
せっかく起動したのだ、情報を得ようと古泉は前のページへと戻り、掲示板のログを読み進めることにした。
掲示板の項目を押すと、その画面はすぐにあらわれた。
どうやら、誰でも書き込み可能になっているようだ。
悪魔将軍のことを書こうかとも一瞬思ったが、自分には他の参加者に忠告してやる義理などないと思いなおす。
「……」
そしてさっそく、一つ目の書き込みに複雑な思いを抱く。
それは朝比奈みくるが主催者の仲間だと書かれたもので、これは碇シンジの書いたものではないかと古泉は推測した。
彼が自分に話した内容とほぼ同じことが書いてあったからだ。
次は、東谷小雪の居候と名乗る人物の書き込み。
参加者名簿にあったゼロス、ギュオー、そして名の分からない蛇のような外見をした男が危険だという旨と外見の特徴、その能力の一部が書かれていた。
このギュオーともう一人の男は完全なる殺し合いに乗った人物と考えて間違いないだろう。となれば、容易に接触すべきではない。
しかし―――ゼロスという男はやや話が違うかもしれない。
要注意人物、と書かれてはいるが、古泉は彼の項目の『自分の利益にならないとなると』の部分に興味を持った。
「利益にならなければ殺す」それは、裏を返せば利益さえあれば協力できるということでもある。
書き込みの内容からして相当な実力者であることは間違いない。
―――無下に信頼はできませんが、……交渉は可能かもしれません。
三人―――特にゼロスという名を頭にたたき込み、古泉は画面をスクロールさせていく。
中・高等学校に危険人物がいるという情報も見はしたが、重要視しない。ここからではあまりに遠すぎ、おそらく古泉がC-3に行くことがあってもそのころには効力を持たないだろうから。
古泉は無言で、ただ掲示板の書き込みを見つめ思考を巡らせる。
周囲は、あまりにも静かだった。
スグルも気絶している今、聞こえるのは古泉がパソコンを操る音と、呼吸音のみ。
頭上から照らす蛍光灯が、ちかちかとディスプレイに反射する。
いまだにスグルは目を覚まさない。
古泉は、スグルに視線を一瞬だけ向け、再び画面に戻す。
そして、次の書き込みにさしかかり、
「……え?」
古泉は、自らの声で静寂を破った。
表情が変わらないはずのガイバーの顔が、わずかに歪んだように見えた。
目を疑った。
何故なら、そこに書かれていた内容は―――
名前の欄に表記された文字は、名無しさん@kskいっぱい。
時刻は、第三回放送の後、―――おそらくは、みくるが死んだちょうどその頃。
その白い画面に、浮かび上がる黒文字。
たった二行で、しかしそれは、古泉に『何か』を与えるに十分だった。
『学生服を着た茶髪の男は危ない、気を許したと思ったら隙を見て襲い掛かってきた。古泉、という奴だ
そいつは既に人を殺してる、涼宮ハルヒという元の世界の知り合いを高校で殺したと俺に言った』
*時系列順で読む
Back:[[あたしが此処にいる理由]] Next:[[阿修羅姫]]
*投下順で読む
Back:[[叫び返せHUSTLE MUSCLE]] Next:[[阿修羅姫]]
|[[叫び返せHUSTLE MUSCLE]]|古泉一樹|[[阿修羅姫]]|
|~|キン肉万太郎|~|
*歪め↓スペクタクル ◆h6KpN01cDg
今の自分は、本当は『誰』なのだろう?
その言葉を、口にしかけ、『彼』は―――思いとどまった。
今の自分が誰であるかなど、関係ないと理解していたから。
※
―――見つけた。
古泉の心は、思いもかけない喜びに満ちていた。
「……これで……」
正直、さほど期待はしていなかった。
悪魔将軍が言っていた人物が、キン肉スグルであれば最高の誤算だ―――その程度だった。
しかし、事実として、その誤算は誤算などではなく。
今古泉の目の前に、その豚鼻マスクの青年は倒れているのだから。
今、古泉がガイバー化していなかったならば、彼の顔には常の作り笑いとは異なる種の笑顔が浮かんでいただろう。
心から相手との出会いを喜びながらも―――どこか暗い闇を湛えた、笑みを。
「……しかし、……このままではまずいですね」
そう、しかし、そう喜んでもいられない。
何故なら、今古泉がいるのはすっかり倒壊したモールの入口。そこには、見るに痛ましい光景(スペクタクル)が広がっている。
アスファルトはところどころ剥がれおち、一階の窓はほとんどが割れている。どこからどう見ても、戦闘があったようにしか見えないだろう。―――事実そうなのではあるが。
しかも当のキン肉スグルは気絶しているようで、呼びかけても返事がない。しかも酷い怪我だ、無理やり起こすと悪化してしまうかもしれない。
いくら彼が屈強な肉体を持っているとはいえ、この殺し合いの『参加者』である以上、耐えられる範囲を超えれば死ぬ。
まだ彼を死なせるわけにはいかない。協力を仰ぐ―――利用するためには。
少なくとも、ガラスの破片やコンクリートが飛び散ったここは体を休めるのに適した場所ではない。
「……ひとまず、モールの中に入りますかね」
中もひどい有様ではあったが、幸いサービスカウンター……入口よりやや奥にある……付近は被害が少ないようだ。
その辺りに寝かせ、彼の回復を待とう。ついでに、傷を治せるものでも見つかればなお僥倖。どちらにせよ、こんなところで協力を仰ぐなどやりずらい。
古泉はガイバーの体にスグル(と彼が思っている男)を背負い、モールの内部に足を踏み入れた。
相手は顔つきはやや幼いとはいえ鍛え抜いた肉体の男性。それとは逆に古泉は超能力者ではあるが、体格的にはむしろ華奢な部類の男子高校生。それでも古泉が平然とスグルを抱えて歩けるのは、紛れもなくガイバーの疲れを知らない体によるものだろう。
瓦礫やガラスの欠片を避けるようにして古泉はモールの奥へと進んでいく。通路はまともに歩ける状態ではなかったので、転がったレジスターや商品を避けるようにしながら。
そして道が開け、カウンターの前まで辿り着いた古泉は、脳に衝撃を与えないようにそっとスグルを床に寝かせる。
ベッドのような都合のいいものが見つかるはずもない。
ここはモールだ、上階に上がればあるかもしれないが、もし自分が上に探しに行っている間にここから立ち去られては困る。彼は大切な交渉相手なのだ。
この男が悪魔将軍の言っていた通りの正義漢であるなら、怪我をしたままでも先ほど闘っていた者のような殺し合いに乗った人物を倒さなければと思っても不思議ではない。
いや、おそらくは、そうするだろう。
この体中に追った怪我が、彼が一歩も引くことなく戦った何よりの証である。
勝手に飛び出して、勝手に殺されて……ではこちらが困る。悪魔将軍を殺すためには、正義超人である彼の力が絶対に不可欠なのだから。
―――手放すわけには、いきませんね……。
とすれば、古泉はここから離れることはできない。
少なくとも、彼が目覚めるまでは彼の周辺にいて様子をみておく必要がある。
古泉は(無論外見ではさっぱり分からないが)小さく息を吐き、サービスカウンターに取り付けられた引き出しを開ける。
本来なら受付の人間が座っている椅子の横、白塗りのミニサイズの整頓棚。
周辺は入口付近に比べればまだ軽いとはいえ、あらゆるものが破壊されたり吹っ飛んだりしていたが、ここは被害はほとんどないようだ。
よって、引き出しの中にも、本来のモールでは使うのであろう内部の案内地図や、各階につながる電話番号が書かれたラミネートカード、名刺、書類、振込用紙など事務的な道具が欠けることなく存在していた。
しかし、古泉の目当てのものはない。
「医療品はない、ですか……」
期待はしていなかったが、やはり薬は薬局に置いてあるのだろう。中に入っていた地図と案内板によると、モール内部の薬局は2階にあるようだったが、迂闊に動けない。
それに、先ほどの戦闘は一階部分のみならず広範囲、つまり上階にも及んでいた。2、3階のフロアが無事かどうかも分からない。ここからでは、いまいち確認しても判断がつかないのだ。
そもそも、殺し合いの場に傷を癒す薬など置いてあるのだろうか?かつて医療施設についての考察をしたのを思い出す。
長門ならあるいは、とも思うが、もはや信用できない。……信用してはいけない。
それに加え、仮に薬があったとして、どこまで効くのかという疑念もある。どう考えても、これだけの出血を抑えるのは難しいだろう。
古泉はそこまで考えて、もう一度男に視線を向ける。
いまだに意識が戻った気配はないが、確かに呼吸はしている。
命に別状はないだろう。気になるのは怪我を負った状態での戦闘力だが―――それは交渉してからでもいい。
何にせよ、かれが意識を取り戻してくれないことには、古泉は前に進めない。
時計に目をやる。支給品の腕時計でもよかったのだが、たまたま自分の背後に掛け時計があったのでそれにした。
時刻は4時前。……ここに来て、実に15時間以上が経過していた。
「……」
そして思い出す。
6時…………古泉は、6時に行かなければいけない場所があった。
採掘場。
そこで彼は、『涼宮ハルヒを殺した』、『同じSOS団員であった』『彼』と、会うことになっているのだ。
『彼』の罪の告白を思い出した途端、古泉自身も気づかないくらい小さく心臓が軋む。
リムーバーで滅多刺しにされたみくるの顔が脳裏によぎって―――
「……いや……」
古泉は、それを振り払った。
「……分かって、います。……俺は……鬼になるんです」
言い聞かせるように、呟く。
彼は、もはや古泉一樹ではないのだと。
その名はガイバーⅢ――-仲間への復讐に生きる存在。
迷ってはいけない。
決めたのだ―――絶対に、長門と悪魔将軍を殺し、復讐を遂げる、と。
そのためには、キン肉スグルなどの長門打倒を目指す強者と協力し、時には利用していかなければいけない。
―――『彼』は、協力してくれるでしょうか。
古泉の頭に、その少年の顔がよぎる。
本来なら、許せない。許したくはない。
どんな理由があるにせよ、涼宮ハルヒを殺したのが『彼』であるのだから。
しかし、彼のガイバーとしての戦力は古泉にとって貴重なもの。『彼』を除く知り合いである朝倉涼子が、過去の所業故協力してくれるか定かでない以上、可能な限り仲間になってほしいのは事実。
それに、古泉は思う。
「落ち着く……? 落ち着いてられるかよ……。俺は……俺は!
殺しちまったんだよ! 一番守りたかったやつを! ハルヒを! この手でな!」
一度目の放送―――涼宮ハルヒの名前が呼ばれた後すぐに出会った、『彼』は、動揺しきっていた
己が古泉一樹だと知っても、声すらかけず殺そうと襲いかかってきたのだ。
自暴自棄―――その言葉が一番しっくりくるかもしれない。
しかし、だからこそ、思う。
『彼』が、涼宮ハルヒを殺したのは、ただの事故ならば―――
『彼』は、言っていた。
自分の仲間に血に染めてほしくない、と。
そして、それに自分は同意した。
では、今から自らのしようとしていることは、どうだろう。
自分は悪魔ではない。なるつもりはないし、あの男と同じ存在になるなど考えたくもない。
しかし、古泉はまた覚悟したはずだ。
主催者である前に友人『であった』長門有希を。
自らの仲間を殺した人物を―――殺す、と。
―――違う、『彼』であろうと、……関係ない。
『彼』との約束を破る行為だと分かっていたが、古泉は構わなかった。
復讐の前には、些事でしかない。
涼宮ハルヒを殺した人間との約束など、守らずともいい。
しかしそれでも、思う。
彼は、自分と同じなのではないか、と。
仲間への復讐のため、人を殺す自分。
そして『彼』は、自らへの罰のために、人を殺している。
既に手を染めたか、まだ染めていないか、仲間を手にかけたか否か。違いはその程度で。
許すことはできずとも―――古泉は『彼』を切り捨てることができなかった。
感情を排さなければならない、そう理解しつつも、そっと思う。
『彼』が自分に協力してくれればいい、と。
『彼』は、今も自らを罰し、罪を償い、共に戦ってくれるのではないか、と。
どこかそれを期待している自分に気づき、古泉は困惑する。
自分はやはり、まだ鬼になりきれていないとでも言うのか。
それを否定しようとして、その材料がないことに気づく。
―――こんな場合ではないというのに……
惑う古泉の体は勝手に動き、別の引き出しを開けていく。
―――俺に、本当に人殺しができるのでしょうか……
人を殺したことなどない。あるはずがない。
涼宮ハルヒを保護するためなら殺人も辞さない、それは当初からの考えではあったはずなのに。
協力者になってくれるかもしれない人間が目の前にいるにも関わらず。
孤独、焦燥、憎悪―――どれもしっくり来ない。固めたはずの決意が、荒れ果てたモールごと、歪む。
この揺らぎがどこから来ているのか、古泉にはよく分からなかった。
「……?」
そこまで考えたところで、古泉は見つけた。
引き棚の一番下に入った、薄型の電気機器。
部室にも置いてあった、それは―――
「パソコン、ですか?」
ケースの中に入っていたため初めは何か分からなかったが、それはノート型のコンピュータだった。
ここはサービスカウンターなのだ、パソコンがあっても不思議ではない。
殺し合いの会場にもパソコンが置いてあるという事実に古泉はやや驚いたが、そんなことを気に留めるまでもない。
取り出して、デスクの上に置く。……見たところまだ綺麗で、壊れているところはない。
何となしに電源を押してみると、正常に起動し始めた。
古泉は頭をひねる。
どうして、支給品でもない、まともに動くコンピュータがこの会場にあるのだろう?
配られている訳ではない、これはまるでここに隠すかのように置かれていた。たまたま見つけたのが古泉だっただけで、ここにいたらしい夏子やみくるにも使うチャンスはあったということになる。
『あの』長門が、コンピュータというものがどのようなものか、知らないとは言わせない
「……正常に動くようですね……」
順調に立ち上がるパソコンを、やや困惑気味に見つめる古泉。
現代におけるコンピュータは、ありとあらゆる情報を得るための媒介に等しい。こんな場所で、参加者に情報を渡すような真似をさせるはずがないと踏んでいたのだが。
―――どういうつもりだ?
長門の意図が分からない。
これではまるで、アクセスしてくださいと言わんばかりだ―――
そして、映し出されたデスクトップに、古泉はな、と声を上げてしまった。
問題はその、絵柄。
愛らしく、柔らかそうな生物が二匹いる壁紙。それだけならいい。
しかし、古泉には、その生物の一匹に見覚えがあったのだ。
青い体毛、白い腹。
デフォルメされてこそいるが、それは間違いなく。
―――トトロ?
自らがかつては共に戦ったトトロ―――今もどこかで生きているであろう、優しい隣獣。
どうしてそのトトロが、デスクトップの壁紙を飾っているのか?
ここに置いてあるということは、長門や草壁タツオが用意したとみて間違いないだろう。そうなれば、この壁紙をデスクトップに添えたのは二人のうちどちらかということになる。
ただの、偶然?いや、本当に?
―――まさか、とは思いますが―――
古泉の頭を、一瞬の疑惑がかすめる。
―――トトロは、長門さんの側の強力者では―――?
そして、思いだす。
自らのトトロとの最初の出会いを。
彼は、自分に対して何をしてきた?
(追いかけまわす)
そう、その行為だ。
実際は気は良かったとはいえ、あのような巨大な生物に追い回されて、さすがの古泉も恐怖を覚えて逃げ惑ったのだ。忘れるはずがない。
もし、あの行為が、はじめから予定されたものだとしたら?
つまり―――
長門有希に、『古泉一樹』と接触するように、そう指示されていたならば?
いや、何も古泉に限定する必要はない。SOS団の誰か、でも構わない。
古泉も考えなかったわけではない。
殺し合いを円滑に進めるためには、主催者側のいわば「ジョーカー」のような存在がいてもおかしくないんではないか、と。
そしてその仮説、トトロが長門の強力者であると仮定すれば、もうひとつ納得のいくことがある。
それは、自らが自分とSOS団の写った写真を見せた時。
トトロは口こそきけないが、決して低能な生物ではない。であるならば、彼はおそらく理解したはずだ。
あの写真に、自らをここに連れてきた長門有希が映っていることに。
それに対して、トトロは反応を見せなかった。古泉の顔を見たりはしたものの、長門に関しては触れようともしなかったのだ。
それは、知っていたから?
長門有希と古泉一樹が旧知の仲である、と。
もちろん、古泉は理解している。
それは、トトロを主催者の仲間と決めつけるにはあまりにも根拠が薄いということは。
トトロのような獣が人間と同じような表情を浮かべるかなど古泉には分からないのだから。
実はあの笑顔が人間にとっての怒りであるかもしれないし、悲しみであるのかもしれない。
そもそも、トトロは自分を殺さず別れて行ったのだから、やはり本当はただの参加者の一人で、このデスクトップはただの偶然なのかもしれない。
しかし―――
今までの古泉なら、トトロを信じたはずだ。
Ksk団の団長となることを誓い、涼宮ハルヒの意思を継ぐと決めていた頃の古泉一樹なら。
共に戦い、自分をフォローし、仲間を探すことを快く引き受けてくれたトトロを疑うことなどしようともしなかっただろう。
何故なら、古泉はよく知っていたから。
過ごした時間はほんの数時間、それでも、あの巨大な獣は間違いなく『セイギノミカタ』だったと。
「……用心をするに越したことはありませんね」
それでも。
今の古泉は―――『鬼』なのだ。
疑わしき者は、信じ切ってはいけない。
少しでも可能性がある以上、そしてこうして長門とかかわっていてもおかしくない証拠が出た以上、無条件に信頼するわけにはいかない。
彼と交渉などはできそうにないが―――
―――それに、例え彼が長門さんとは何のかかわりもないとしても、既に彼と俺は道を違えているのですから。
きっと、もうあの獣と会うことはない。
会わない方がいい。
どうせ彼から会話で情報を得ることはできないのだ、それが互いのためでもある。
そう、例え、あの生物が死んだとしても。
心を痛める必要は、全く―――ない。
さっきから、自分はやけに迷っている。
そのことを、古泉は嫌になるくらい自覚していた。
いっそ全ての考えを放棄したら楽になれただろうが、本来知性的な古泉の理性がそれを許さない。
「……」
もやもやした感情を打ち消すように、一つだけデスクトップに表示されているアイコンをクリックする。
やがて、それは一つのWebページを画面に映し出した。
ホームページ……のようだ。予想の範囲内だったが、やはりそのページ以外の場所にはアクセスできなかった。
そんなことができるなら助けを求めることも打倒長門をすることも容易になってしまうから当たり前だろう。
そこにはチャット、掲示板、そしてkskという謎のリンクが並んでいる。
「ksk……」
そのアルファベットは、自分が数時間前に作った組織の名前のように思えて、古泉はどきりとする。しかし無関係だということにすぐに気づき、その謎の単語にアクセスした。
広がる白い画面。
「これは……クイズ、でしょうか?」
「日向冬樹の姉の名前は?」
それが、そのパソコンに書かれた言葉だった。
日向、その名字には心当たりがある。
一回放送で、名前が呼ばれたはずだ。
運が悪い、思わず息を零す。
どうやら見たところ、これはパスワードを打ち込めば次のページに進める仕様になっているらしい。そしておそらくこのクイズは、パスワードのヒントなのだろう。
しかし、古泉は日向冬樹と面識はない。だから当然、彼の姉の名前など知るはずもない。適当に打ち込むには気が遠くなるような作業だ。
そして、その日向冬樹本人は既に死んでしまっている―――接触して情報を得ることは不可能。
自分のように仲間が参加しているという可能性もあるが―――少なくともこの名簿に同じく日向という苗字の人間はいない。
わざわざパスワードを設置しているということは、この先にあるのが容易に見せられない情報があるのは明白。ヒントを用意しているため一応見せる気はあるのだろうが。
そしてこれがインターネット上である以上―――これには、長門が関わっている可能性が高い。
もし、長門のところに辿り着き、殺すためのわずかな情報でも得られるならば。
スグルがいまだ目覚めないのを確認して、古泉は名簿を確認する。
スグルの横に置いていたディパックを引き上げ、パソコンの横、自分の手の届く距離に置き、名簿を取り出す。
日向冬樹の名前は、やはりそこにあった。
そしてその名前を挟んでいるのが、「ケロロ軍曹」「タママ二等兵」。
間違いなく軍人だというのは理解できるが、ケロロやらタママやら、とても人の名前とは思えない。もっとも、自分の知り合いにはあだ名で名簿に載せられている少年がいるのだが。
そう考えて、この会場には獣もいることを思い出す。そうだ、彼らが人である保障はどこにもない。名前の響きもどこかトトロに似ていることであるし。
再びトトロのことを考えてしまった自分に疲れながら、古泉は考える。
彼らが、日向冬樹の知り合いである可能性は高い。
実際古泉の名前も、同じSOS団である朝比奈みくると、『彼』の妹の間に載っている。となれば日向冬樹も、『そう』なのではないか?
あだ名のような名前に軍の階級がつく名前は、日向冬樹の3つ後ろ、ガルル中尉まで。そしてそのガルルという名前は放送で呼ばれた。とすれば、日向冬樹の知り合い(と思われる)人間、否確証が持てないのでここは『存在』としよう―――存在は3。
ケロロ軍曹、タママ二等兵、ドロロ兵長。
彼(彼女かもしれないが)が、日向冬樹の情報を持っているなら、古泉はこの内部にアクセスすることができるかもしれない。
もっとも、リスクもある。
彼らの人間性に信頼がおけるかどうかには疑問が残るからだ。
軍人のようではあるから、戦力は人並み以上にはあると『仮定』はできる。しかし、殺し合いに乗っていないかまでは分からない。
今の自分の目的を考えると、戦力になり、尚且つ主催者妥当に乗り気のある人物ならぜひとも合流して情報を得たいところだが。
そうでなければ、今の古泉には不要。情報を得られるならばそうしたい。しかし、相手が実力者であるならばできるだけ戦闘はしたくないのも事実。
優先して探すには弱い、そう古泉は判断していた。
しかし、kskの内容は古泉としても気になる。これを持ち歩いていれば、偶然会った際に便利だろう、そう決断する。
ひとまずパスワードに関しては保留。
スグルはまだ目覚める気配はない。……当然と言えば当然だ、あれだけ酷いけがを負ったのだから。
時計はまだ4時を回ったところで、約束の時間には間に合う。スグルと話をつけてからでも十分だろう。
せっかく起動したのだ、情報を得ようと古泉は前のページへと戻り、掲示板のログを読み進めることにした。
掲示板の項目を押すと、その画面はすぐにあらわれた。
どうやら、誰でも書き込み可能になっているようだ。
悪魔将軍のことを書こうかとも一瞬思ったが、自分には他の参加者に忠告してやる義理などないと思いなおす。
「……」
そしてさっそく、一つ目の書き込みに複雑な思いを抱く。
それは朝比奈みくるが主催者の仲間だと書かれたもので、これは碇シンジの書いたものではないかと古泉は推測した。
彼が自分に話した内容とほぼ同じことが書いてあったからだ。
次は、東谷小雪の居候と名乗る人物の書き込み。
参加者名簿にあったゼロス、ギュオー、そして名の分からない蛇のような外見をした男が危険だという旨と外見の特徴、その能力の一部が書かれていた。
このギュオーともう一人の男は完全なる殺し合いに乗った人物と考えて間違いないだろう。となれば、容易に接触すべきではない。
しかし―――ゼロスという男はやや話が違うかもしれない。
要注意人物、と書かれてはいるが、古泉は彼の項目の『自分の利益にならないとなると』の部分に興味を持った。
「利益にならなければ殺す」それは、裏を返せば利益さえあれば協力できるということでもある。
書き込みの内容からして相当な実力者であることは間違いない。
―――無下に信頼はできませんが、……交渉は可能かもしれません。
三人―――特にゼロスという名を頭にたたき込み、古泉は画面をスクロールさせていく。
中・高等学校に危険人物がいるという情報も見はしたが、重要視しない。ここからではあまりに遠すぎ、おそらく古泉がC-3に行くことがあってもそのころには効力を持たないだろうから。
古泉は無言で、ただ掲示板の書き込みを見つめ思考を巡らせる。
周囲は、あまりにも静かだった。
スグルも気絶している今、聞こえるのは古泉がパソコンを操る音と、呼吸音のみ。
頭上から照らす蛍光灯が、ちかちかとディスプレイに反射する。
いまだにスグルは目を覚まさない。
古泉は、スグルに視線を一瞬だけ向け、再び画面に戻す。
そして、次の書き込みにさしかかり、
「……え?」
古泉は、自らの声で静寂を破った。
表情が変わらないはずのガイバーの顔が、わずかに歪んだように見えた。
目を疑った。
何故なら、そこに書かれていた内容は―――
名前の欄に表記された文字は、名無しさん@kskいっぱい。
時刻は、第三回放送の後、―――おそらくは、みくるが死んだちょうどその頃。
その白い画面に、浮かび上がる黒文字。
たった二行で、しかしそれは、古泉に『何か』を与えるに十分だった。
『学生服を着た茶髪の男は危ない、気を許したと思ったら隙を見て襲い掛かってきた。古泉、という奴だ
そいつは既に人を殺してる、涼宮ハルヒという元の世界の知り合いを高校で殺したと俺に言った』
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