「第三回放送」(2010/01/16 (土) 19:59:06) の最新版変更点
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*第三回放送 ◆5xPP7aGpCE
―――しゅっ
紙箱の側薬に擦られたマッチがぼおっと燃える。
ゆらゆらと指先を動かせば炎も揺れる。
草壁タツヲはそのさまを楽しげに眺めながら紙巻たばこに火を付けた。
チリチリと先端が燃えたところでゆっくり息を吸う、安たばこの苦い煙は口内を満たし、続けて鼻腔へと抜ける。
浅い呼吸で煙を攪拌させ香りを存分に味わった後、タツヲはふぅと煙を吐き出した。
ぷかり、と白い煙が輪っかを形作ってゆらゆらと天井に昇ってゆく。
片手に紙箱をもてあそびながらタツヲは数度同じ行為を繰り返した。
嗜好品を嗜む間に身体を反らせば目に入るのは古びた木張りの天井と吊るされた白熱電球。
首を傾ければ目に入るのは壁に掛けられた時計と補修の跡が目立つふすま。
時折ちゃぶ台の灰皿にトントンと灰を落とす、何本もの吸殻がそこには溜まっていた。
六畳の和室はそれらの燃焼の結果として霞がかかった様に白かった。
一見して築数十年のアパートを彷彿させる光景だった、別の言い方をすれば昭和中期には当たり前に見られた部屋だ。
部屋は他にもあるのだがタツヲにとって畳の上に座布団を敷いて胡坐をかけるここが一番落ち着ける場所だった。
半分になったたばこがアルミの灰皿で揉み消される。
時計の針は間も無く長針と短針が垂直に並ぼうとしている、放送を滞りなく行うのが彼の仕事であり、そして楽しみでもあった。
「もう三回目の放送か、わかってるけど楽しい時間が過ぎるのは早いものだね。随分煙たくなっちゃったけど有希君は平気かい?」
軽い調子の声が部屋の片隅に向けられる、そこには木製の勉強机を構えた長門が座っていた。
ヤニとタールの臭いに燻される中彼女が何を考えているのかは解らない、その視線は机のパソコンに向けられたまま微動だにしない。
「……問題ない」
気遣いなど無用とばかりにカチカチとキーボードが叩かれる、これが彼女の返答。
平然と、静かに、感情を表に出さないまま正確にやるべき事をこなす。
それが―――長門有希という存在である。
「それじゃあ始めよう、ここまで生き残った運のいい人達に僕らの声を届けなきゃね」
どんな顔してくれるのか楽しみだよ、とタツヲは灰皿の横に置いてあったマイクを手にとった。
まるで子供の様に本当に楽しそうな表情でスイッチをONにする。
これで島の隅々あらゆる場所に放送が届く、その仕掛けは普通に電磁気的なものなのか魔法その他の力が働いているのかは傍目にはわからない。
時計の針が18時に差し掛かった瞬間に男は勢い良く喋りだした。
※
『全員聞こえているかな? まずは君達におめでとうと言ってあげるよ。
辛く厳しい戦いを乗り越えてここまで生き残っているなんてそれだけで褒められるものだしね。
だからといって油断しちゃ駄目だよ? 友達が出来た人も多いみたいだけどその人は隙を伺ってるだけかもしれないんだからね。
できれば堂々と戦って死んでくれる方がいいなあ。
あ、これはあくまで僕の好みの話だよ? 油断させて仲間を裏切るのは賢い方法だし大いに結構さ。
さて、皆が気になる禁止エリアを発表するよ。九箇所にもなるとさすがに危ないから聞き逃さないようにね。
暗くなってきたけどしっかりメモしておく事を薦めるよ。
午後19:00からF-5
午後21:00からD-3
午後23:00からE-6
覚えてくれたかな? 近い人は危ない場所に入り込まないようによく考えて行動すべきだよ。
そんな死に方も僕にとっては面白くないからね。
次はいよいよ脱落者の発表だ、探し人や友人が呼ばれないかよく聞いておいた方がいいよ。
後悔しない為には会いたい人には早く会っておく事だよ―――せっかくご褒美を用意してあげたんだから、ね?
朝比奈みくる
加持リョウジ
草壁サツキ
小泉太湖
佐倉ゲンキ
碇シンジ
ラドック=ランザード
ナーガ
惣流・アスカ・ラングレー
キョンの妹
以上十名だ、いやあ素晴らしい!
前回の倍じゃないか、これなら半分を切るのもすぐだと期待しているよ。
ペースが上がればそれだけ早く帰れるんだ、君達だってどうせなら自分の家で寝たいよね?
ただ―――残念なお知らせというか、改めて君達全員肝に銘じてほしい事があるんだ。
最初の説明で言ったよね? 僕達に逆らっちゃいけないってさ。
わかる人にはわかると思うけど僕達は何度か会場に出向いているんだ。
理由は色々だけどそういう時は黙って見ていてくれないかな、襲い掛かってくるなんてもっての他だよ。
ここまで言えば勘のいい人は気付いたかな? わざわざこんな事を伝えるのは何かあったんじゃないかって思うのは当然だよね。
正解だよ。さっき呼ばれた人の中にはね、実際に反抗して命を落とした人が含まれているんだよ。
僕だって不本意だったけどどうしても態度を改めてくれなかったんでこの有様という訳さ。
普段の生活でも困るよね、そんな人。
念の為言っておくけど僕達のかわいい部下も対象だよ?
あと逆らった人が敵だから自分は無関係というのも無し、その場に居た人は全員連帯責任さ。
勝手な一人の所為でとばっちりを食らうなんて君達も嫌だろう?
愚かな犠牲者が二度と出ない事を切に願うよ。
話が長くなったけどこの勢いで最後まで頑張ってくれたまえ! 六時間後にまた会おう!』
※
マイクのスイッチをOFFにするとタツヲはうーんと身体を伸ばした。
その表情は一つの仕事をやり遂げただけあって爽やかだ、殺し合いが加速した事実も彼を喜ばせている一因だろう。
「三度目ともなると結構自信が出るものだね、これが板についてきたという事かな?」
「恐らくそう、貴方は十分アナウンサーとしてやっていける」
嬉々としてマイクを片付けるタツヲを長門は冷静に評した。
棒読みでも無い、一言もどもる事ない正確な喋り、声だけでもクッキリとした輪郭のあるキャラクター、素質としては及第点だ。
リスナーの好感度が低いのが玉に傷だが彼は立派に仕事を務めていると言えるだろう。
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか、何だか殺し合いが長く続けばいいと思えてきたよ。放送がもっと楽しめるからね」
本気では無いだろうがタツヲはそんな軽口を叩く。
そして立ち上がりガラリとふすまを開けると用意されていたものに目を輝かせた。
「おーっ! もう届いてるなんて気が利くねえ、有希君は何を頼んだんだい?」
出前のおかもちをちゃぶ台に乗せて早速タツヲは中身を改めた。
中には丼が二つ、ラップを掛けられた表面は湯気で曇ってよく見えない。
長門も畳に座って無言で自分の分を引き寄せる、しかし丼のサイズが明らかに大きい気がするのは気のせいだろうか?
タツヲの丼と比べると大人と子供程も違う、もちろん大人が長門でタツヲが子供だ。
「僕はカツ丼だよ、美味しいし”勝つ”なんて本当に縁起がいい食べ物だ。有希君は……ラーメンかい?」
「……ニンニクラーメン特盛、チャーシュー増量」
それだけを言うと長門はパチンと割り箸を割った。
いただきますと言うべきだよ、というタツヲに無言のままおかもちから取り出した小さめの器にラーメンを移す。
「これ……貴方の分」
長門が招いたのだろう、何時の間にか中トトロがちゃぶ台の足元に座っていた。
おずおずと器を受け取って長門とタツヲの顔を交互に見比べている。
「ふうん、気が利くんだねぇ。中トトロ君は何度も働いてくれたんだから考えたらそのくらいしてあげて当然だよね」
タツヲは席を共にする仲間が増えた事に別に持って来たビール瓶を栓抜きで開けて乾杯を宣言する。
微笑ましく見守られる中、中トトロは受け取った割り箸を器用に動かして食べ始めた。
それを確認して長門も麺を掬って食べ始める。
「僕からも中トトロ君へのねぎらいだ、カツ丼のグリーンピースをプレゼントしよう」
(ふるふる、僕は好きじゃない)
微かに中トトロが首を振った気がしたがタツヲは構わずグリーンピースを何粒か器に投入する。
これが旨いんだよと言いたげな彼の目線に押されて中トトロも我慢して食べざるを得なかった。
出汁の染み込んだ衣と豚肉を美味しそうに食べるタツヲ、時々ビールのグラスを傾けてはぷはぁと上機嫌だ。
醤油で長時間煮込んだチャーシューはホロホロと崩れた、コシのある麺が長門の口に流れるような勢いで吸い込まれてゆく。
その間には中トトロ、小さな口でもそもそと食べる光景はどことなく癒される。
「……ごちそうさま」
(えっ!? な、なんて早さだ!)
男と獣の微笑ましいやりとりから殆ど経っていないにも関わらず少女は全てを食べ終えていた。
明らかにオーバーサイズのラーメンがスープも底に残さず消えうせた事に中トトロは目を丸くして驚いた。
「いけないなあ、食事はゆっくりと楽しんだ方がいいよ有希君」
「……今は時間が大事」
まだ半分を残してるタツヲを尻目に長門はさっさとおかもちに丼を片付けてパソコンに戻ってしまった。
やれやれと言いながらタツヲは中トトロと共に食事の続きに取り掛かる。
(ノーヴェからもらったおにぎりの方が美味しかったな。口になんて出せないけど)
もぐもぐと口を動かしながら中トトロは残してきた少女の事を思う。
―――ちくり、と胸が痛んだ。
ノーヴェが自分よりも悪魔将軍を選ぶ事は予想しなかった訳でもない、だからといってショックが軽くなる訳でもない事を中トトロは実感した。
抱かれていた時の温もりを思い出す、彼女は本当に自分を想ってくれていた。
ところが将軍の命令はその上にあった、いや古泉という少年の為でもあった。
早い話が中トトロの位置は将軍や古泉の下でしかないと否応なく実感させられたのだ。
(ノーヴェは悪くない、この人達の手先になっている僕が狙われるのは当然なんだから……)
胸の痛みを忘れようと中トトロは口を盛んに動かした。
グリーンピースの青臭い味が口一杯広がる、何も考えずにガツガツと麺とスープを咀嚼する。
「実に食欲旺盛だねぇ、良ければ飲むかい?」
中トトロの食べっぷりが面白いのかタツヲは笑みを浮かべていた。
シュウシュウと泡立つグラスを差し出されると中トトロは黙ってそれを一気に飲む。
カーッと胸が熱くなる、何となくだが気分が紛れた。
そのまま残りのラーメンもかきこんでゆく。
―――何故か、最初に食べた時よりも塩辛く感じられた。
*時系列順で読む
Back:[[湯煙ボイン消失事件~砂漠の妖怪は泣いた~]] Next:[[決着! 復讐の終わり]]
*投下順で読む
Back:[[走る二等兵・待つ獣神将]] Next:[[決着! 復讐の終わり]]
|[[憎らしさと切なさと心細さと]]|長門有紀|[[罪と罰]]|
|~|草壁タツオ|[[]]|
|~|中トトロ|~|
*第三回放送 ◆5xPP7aGpCE
―――しゅっ
紙箱の側薬に擦られたマッチがぼおっと燃える。
ゆらゆらと指先を動かせば炎も揺れる。
草壁タツヲはそのさまを楽しげに眺めながら紙巻たばこに火を付けた。
チリチリと先端が燃えたところでゆっくり息を吸う、安たばこの苦い煙は口内を満たし、続けて鼻腔へと抜ける。
浅い呼吸で煙を攪拌させ香りを存分に味わった後、タツヲはふぅと煙を吐き出した。
ぷかり、と白い煙が輪っかを形作ってゆらゆらと天井に昇ってゆく。
片手に紙箱をもてあそびながらタツヲは数度同じ行為を繰り返した。
嗜好品を嗜む間に身体を反らせば目に入るのは古びた木張りの天井と吊るされた白熱電球。
首を傾ければ目に入るのは壁に掛けられた時計と補修の跡が目立つふすま。
時折ちゃぶ台の灰皿にトントンと灰を落とす、何本もの吸殻がそこには溜まっていた。
六畳の和室はそれらの燃焼の結果として霞がかかった様に白かった。
一見して築数十年のアパートを彷彿させる光景だった、別の言い方をすれば昭和中期には当たり前に見られた部屋だ。
部屋は他にもあるのだがタツヲにとって畳の上に座布団を敷いて胡坐をかけるここが一番落ち着ける場所だった。
半分になったたばこがアルミの灰皿で揉み消される。
時計の針は間も無く長針と短針が垂直に並ぼうとしている、放送を滞りなく行うのが彼の仕事であり、そして楽しみでもあった。
「もう三回目の放送か、わかってるけど楽しい時間が過ぎるのは早いものだね。随分煙たくなっちゃったけど有希君は平気かい?」
軽い調子の声が部屋の片隅に向けられる、そこには木製の勉強机を構えた長門が座っていた。
ヤニとタールの臭いに燻される中彼女が何を考えているのかは解らない、その視線は机のパソコンに向けられたまま微動だにしない。
「……問題ない」
気遣いなど無用とばかりにカチカチとキーボードが叩かれる、これが彼女の返答。
平然と、静かに、感情を表に出さないまま正確にやるべき事をこなす。
それが―――長門有希という存在である。
「それじゃあ始めよう、ここまで生き残った運のいい人達に僕らの声を届けなきゃね」
どんな顔してくれるのか楽しみだよ、とタツヲは灰皿の横に置いてあったマイクを手にとった。
まるで子供の様に本当に楽しそうな表情でスイッチをONにする。
これで島の隅々あらゆる場所に放送が届く、その仕掛けは普通に電磁気的なものなのか魔法その他の力が働いているのかは傍目にはわからない。
時計の針が18時に差し掛かった瞬間に男は勢い良く喋りだした。
※
『全員聞こえているかな? まずは君達におめでとうと言ってあげるよ。
辛く厳しい戦いを乗り越えてここまで生き残っているなんてそれだけで褒められるものだしね。
だからといって油断しちゃ駄目だよ? 友達が出来た人も多いみたいだけどその人は隙を伺ってるだけかもしれないんだからね。
できれば堂々と戦って死んでくれる方がいいなあ。
あ、これはあくまで僕の好みの話だよ? 油断させて仲間を裏切るのは賢い方法だし大いに結構さ。
さて、皆が気になる禁止エリアを発表するよ。九箇所にもなるとさすがに危ないから聞き逃さないようにね。
暗くなってきたけどしっかりメモしておく事を薦めるよ。
午後19:00からF-5
午後21:00からD-3
午後23:00からE-6
覚えてくれたかな? 近い人は危ない場所に入り込まないようによく考えて行動すべきだよ。
そんな死に方も僕にとっては面白くないからね。
次はいよいよ脱落者の発表だ、探し人や友人が呼ばれないかよく聞いておいた方がいいよ。
後悔しない為には会いたい人には早く会っておく事だよ―――せっかくご褒美を用意してあげたんだから、ね?
朝比奈みくる
加持リョウジ
草壁サツキ
小泉太湖
佐倉ゲンキ
碇シンジ
ラドック=ランザード
ナーガ
惣流・アスカ・ラングレー
キョンの妹
以上十名だ、いやあ素晴らしい!
前回の倍じゃないか、これなら半分を切るのもすぐだと期待しているよ。
ペースが上がればそれだけ早く帰れるんだ、君達だってどうせなら自分の家で寝たいよね?
ただ―――残念なお知らせというか、改めて君達全員肝に銘じてほしい事があるんだ。
最初の説明で言ったよね? 僕達に逆らっちゃいけないってさ。
わかる人にはわかると思うけど僕達は何度か会場に出向いているんだ。
理由は色々だけどそういう時は黙って見ていてくれないかな、襲い掛かってくるなんてもっての他だよ。
ここまで言えば勘のいい人は気付いたかな? わざわざこんな事を伝えるのは何かあったんじゃないかって思うのは当然だよね。
正解だよ。さっき呼ばれた人の中にはね、実際に反抗して命を落とした人が含まれているんだよ。
僕だって不本意だったけどどうしても態度を改めてくれなかったんでこの有様という訳さ。
普段の生活でも困るよね、そんな人。
念の為言っておくけど僕達のかわいい部下も対象だよ?
あと逆らった人が敵だから自分は無関係というのも無し、その場に居た人は全員連帯責任さ。
勝手な一人の所為でとばっちりを食らうなんて君達も嫌だろう?
愚かな犠牲者が二度と出ない事を切に願うよ。
話が長くなったけどこの勢いで最後まで頑張ってくれたまえ! 六時間後にまた会おう!』
※
マイクのスイッチをOFFにするとタツヲはうーんと身体を伸ばした。
その表情は一つの仕事をやり遂げただけあって爽やかだ、殺し合いが加速した事実も彼を喜ばせている一因だろう。
「三度目ともなると結構自信が出るものだね、これが板についてきたという事かな?」
「恐らくそう、貴方は十分アナウンサーとしてやっていける」
嬉々としてマイクを片付けるタツヲを長門は冷静に評した。
棒読みでも無い、一言もどもる事ない正確な喋り、声だけでもクッキリとした輪郭のあるキャラクター、素質としては及第点だ。
リスナーの好感度が低いのが玉に傷だが彼は立派に仕事を務めていると言えるだろう。
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか、何だか殺し合いが長く続けばいいと思えてきたよ。放送がもっと楽しめるからね」
本気では無いだろうがタツヲはそんな軽口を叩く。
そして立ち上がりガラリとふすまを開けると用意されていたものに目を輝かせた。
「おーっ! もう届いてるなんて気が利くねえ、有希君は何を頼んだんだい?」
出前のおかもちをちゃぶ台に乗せて早速タツヲは中身を改めた。
中には丼が二つ、ラップを掛けられた表面は湯気で曇ってよく見えない。
長門も畳に座って無言で自分の分を引き寄せる、しかし丼のサイズが明らかに大きい気がするのは気のせいだろうか?
タツヲの丼と比べると大人と子供程も違う、もちろん大人が長門でタツヲが子供だ。
「僕はカツ丼だよ、美味しいし”勝つ”なんて本当に縁起がいい食べ物だ。有希君は……ラーメンかい?」
「……ニンニクラーメン特盛、チャーシュー増量」
それだけを言うと長門はパチンと割り箸を割った。
いただきますと言うべきだよ、というタツヲに無言のままおかもちから取り出した小さめの器にラーメンを移す。
「これ……貴方の分」
長門が招いたのだろう、何時の間にか中トトロがちゃぶ台の足元に座っていた。
おずおずと器を受け取って長門とタツヲの顔を交互に見比べている。
「ふうん、気が利くんだねぇ。中トトロ君は何度も働いてくれたんだから考えたらそのくらいしてあげて当然だよね」
タツヲは席を共にする仲間が増えた事に別に持って来たビール瓶を栓抜きで開けて乾杯を宣言する。
微笑ましく見守られる中、中トトロは受け取った割り箸を器用に動かして食べ始めた。
それを確認して長門も麺を掬って食べ始める。
「僕からも中トトロ君へのねぎらいだ、カツ丼のグリーンピースをプレゼントしよう」
(ふるふる、僕は好きじゃない)
微かに中トトロが首を振った気がしたがタツヲは構わずグリーンピースを何粒か器に投入する。
これが旨いんだよと言いたげな彼の目線に押されて中トトロも我慢して食べざるを得なかった。
出汁の染み込んだ衣と豚肉を美味しそうに食べるタツヲ、時々ビールのグラスを傾けてはぷはぁと上機嫌だ。
醤油で長時間煮込んだチャーシューはホロホロと崩れた、コシのある麺が長門の口に流れるような勢いで吸い込まれてゆく。
その間には中トトロ、小さな口でもそもそと食べる光景はどことなく癒される。
「……ごちそうさま」
(えっ!? な、なんて早さだ!)
男と獣の微笑ましいやりとりから殆ど経っていないにも関わらず少女は全てを食べ終えていた。
明らかにオーバーサイズのラーメンがスープも底に残さず消えうせた事に中トトロは目を丸くして驚いた。
「いけないなあ、食事はゆっくりと楽しんだ方がいいよ有希君」
「……今は時間が大事」
まだ半分を残してるタツヲを尻目に長門はさっさとおかもちに丼を片付けてパソコンに戻ってしまった。
やれやれと言いながらタツヲは中トトロと共に食事の続きに取り掛かる。
(ノーヴェからもらったおにぎりの方が美味しかったな。口になんて出せないけど)
もぐもぐと口を動かしながら中トトロは残してきた少女の事を思う。
―――ちくり、と胸が痛んだ。
ノーヴェが自分よりも悪魔将軍を選ぶ事は予想しなかった訳でもない、だからといってショックが軽くなる訳でもない事を中トトロは実感した。
抱かれていた時の温もりを思い出す、彼女は本当に自分を想ってくれていた。
ところが将軍の命令はその上にあった、いや古泉という少年の為でもあった。
早い話が中トトロの位置は将軍や古泉の下でしかないと否応なく実感させられたのだ。
(ノーヴェは悪くない、この人達の手先になっている僕が狙われるのは当然なんだから……)
胸の痛みを忘れようと中トトロは口を盛んに動かした。
グリーンピースの青臭い味が口一杯広がる、何も考えずにガツガツと麺とスープを咀嚼する。
「実に食欲旺盛だねぇ、良ければ飲むかい?」
中トトロの食べっぷりが面白いのかタツヲは笑みを浮かべていた。
シュウシュウと泡立つグラスを差し出されると中トトロは黙ってそれを一気に飲む。
カーッと胸が熱くなる、何となくだが気分が紛れた。
そのまま残りのラーメンもかきこんでゆく。
―――何故か、最初に食べた時よりも塩辛く感じられた。
*時系列順で読む
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|~|草壁タツオ|[[寸善尺魔~善と悪の狭間、あるいは慮外にて~]]|
|~|中トトロ|[[]]|
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