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「僕はここにいる、今を生きていく」(2011/02/26 (土) 00:24:05) の最新版変更点
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*僕はここにいる、今を生きていく ◆Vj6e1anjAc
吹き抜ける一陣の清涼な風が、さらさらと音を立てて髪を撫でる。
足元に広がる草原が、さわさわと波の音を立てて揺れた。
どこまでも広がる大空と、どこまでも広がる大平原。
頭上の蒼穹を見上げていれば、途方もないほどの広さと深さに、そのまま吸い込まれてしまいそうで。
眼下の新緑を見下ろしていれば、追いつけそうもない地平線を、ずっと追いかけていってしまいそうで。
そんな永遠に広がり続けるような、青と緑の世界の中で、私だけがぽつんと立っていた。
悠久無限の中心で、バリアジャケットをはためかせる私だけが、1人静かに佇んでいた。
――シューティングアーツの練習、スバルもちゃんとやればいいのに。
静寂の中に響き渡る、1つの声。
聞き覚えのあるそれの方を向けば、自分の半分くらいの年の女の子が、いつの間にかそこに立っていた。
私の髪よりも色の濃い、紺色の長髪を風に躍らせる、私のお姉さん――ギンガ・ナカジマの、小さかった頃の姿。
「怖かったんだ」
問いかけに、返す。
この問いかけは知っている。
母さんがまだ生きていた頃、シューティングアーツの練習をしていたギン姉が、私に向けた質問だった。
その頃の私は、まだ勇気の意味も知らない弱虫で、身体を鍛えているギン姉を、横で眺めていることしかしていなかった。
「誰かに傷つけられるのも怖かったけど……あたしのこの戦闘機人の力で、誰かを傷つけてしまうことが、もっと怖かった」
戦うことは、好きじゃなかった。
できることなら、誰にも苦しんでほしくはなかった。
その頃の私にとって、この機械の身体は、世界の何よりも怖ろしく忌まわしい器だった。
戦うための兵器の身体は、触れる誰かを傷つけてしまう。
自分のせいで誰かが傷つき、苦しさに顔を歪めてしまう。
それが何よりも怖ろしくて、私は力の影に怯えながら、戦いから逃れるようにして生きてきた。
――そのスバルが、強くなりたいって思った理由って、何なのかな?
また隣の方向から、別の誰かの声がする。
優しく鳴る鈴の音のような声は、これまたよく知った声だった。
そして決して間違えようのない、大切な人の声でもあった。
白い制服を身に着けた、年上の女の人のサイドポニーが、穏やかな風に揺れている。
鮮やかな栗毛の持ち主は、高町なのは教導官。
かつて火災に巻き込まれた時、私の命を救ってくれた、こうありたいと思える憧れの人。
私の世界をがらりと変えた、私に戦うことを決意させた人。
――私みたいになりたい、って言ってくれるのは嬉しいんだけど……でも、そうじゃなくて……強くなって何をしたいのかな、って。
この問いかけも知っている。
ちょっと前に、みんなで食事を取っていた時に、なのはさんが尋ねてきたことだ。
返す答えは決まっていた。
むしろこの戦いの中で、より強く答えが固まっていた。
「分かった気がしたんです」
あの時の私は、ただおどおどと震えるだけの、本当に弱い子供だった。
ギン姉と父さんの名前を呼びながら、ごうごうと燃え盛る炎の中を、泣きべそをかいてうろつき回ることしかできなくて。
誰かを傷つける力どころか、自分の身一つ守る力もない、本当にちっぽけな子供だった。
なのはさんに助けられた時、そんな弱くて情けない自分を、その時初めて、嫌だと思った。
「災害とか、争いごととか、そんなどうしようもない状況が起きた時……
苦しくて悲しくて、助けてって泣いてる人を、あたしの力で助けてあげたい……
多分それが、あたしがこの力を持って生まれた理由で、それがあたしの生きる意味なんじゃないかって」
何故自分だったのか。
こんなに気の弱い自分が、何故おぞましい機人の力を持って生まれたのか。
その理由が、その時ようやく分かった気がした。
力は壊すためだけのものじゃない。
使う人の思惑次第で、刃物が包丁にも凶器にもなるように。
凶悪な兵器として振るう、壊すための力もあれば、あの日の白い女神のような、守るための力もある。
そんな守るための戦いになら、この身を捧げてもいいと思った。
忌み嫌われるだけだった私の力が、誰かの支えにもなれるというのなら、こんなに嬉しいことはなかった。
それは贖罪のようなものなのかもしれない。本当はひどく後ろめたい動機なのかもしれない。
けれど、それでも構わない。
だから、私はここにいる。
時空管理局の門を叩いて、機動六課に入隊して、強くなるために戦っている。
この身の全てを賭けてでも、1人でも多くの命を救うために、私は今を生きている。
――本当にそれでいいんですか?
声は、すぐ後ろから響いた。
これまで耳にしたものとは違う、聞き覚えのない声だった。
はっとして振り返ったその先には、1人の女の子が立っている。
恐らくエリオやキャロと同い年くらいの、オレンジ色の髪の女の子。
まるで手術を待つ患者か、かつて実験台だった自分達が着ているような、白い薄物を纏った少女だった。
――貴方の歩もうとしている道は、結局は誰かのためでしかない道です。それで貴方は、本当に満足できるんですか?
後頭部で纏められた髪が、動物の尻尾のように揺れている。
澄んだ緑色の瞳は、深い悲しみの色に染められている。
見覚えはない。会った記憶などまるでない。
けれども何故か不思議なほどに、いつかどこかで会ったような、奇妙な既視感を持った女の子だった。
――目を背けずに、見てください。
瞬間、世界は一変する。
新緑は灰燼へと変わる。
微風は熱風へと変わる。
蒼天の空は炎色に染まった。
穏やかな大平原の風景は、瞬きする暇もないうちに、燃え盛る炎熱に飲み込まれた。
灼熱が大地を駆け巡り、世界の色を塗り替えていく。
さながら導火線のように、生い茂る草が熱に焦がれる。
天を見上げれば赤色の暗黒。地を見下ろせば灰色の焦土
地獄の風景に木霊するのは、誰かが誰かの名前を泣き叫ぶ声。
ああ、それは違う。誰か、などという他人じゃない。
あそこで泣いているのは私の友達だ。
目元を奇妙なバイザーで覆った、無数の兵士に取り囲まれる形で、ティアナ・ランスターが泣いていた。
焼ける大地に座り込んで、誰かの亡骸を抱きかかえて、ひたすらに名前を呼んでいた。
ああ、それも違う。それも誰かなんて他人じゃない。
あれは私だ。
全身を無数の刀に刺し貫かれ、おびただしい量の血を流しているのは、紛れもなく私の屍だ。
――これが貴方の未来です。
いつの間にか小さな少女は、私のすぐ隣に立っていた。
相変わらずの悲しい瞳で、青ざめた私の死体を見続けていた。
――戦いに身を投じた者の行く先には、必ず死が待ち受けています。
独りで戦うにしても、仲間と共に戦うにしても……どちらにしても、人は死ぬ時には死ぬんです。
ぽつり、ぽつりと紡がれる声が、やがてまっすぐにこちらに飛んでくる。
亡骸を俯瞰していた緑の瞳が、私の方へと向けられている。
――貴方は本当にそれでいいんですか? 誰かのためだけに戦って……そこに相応の見返りはあるんですか?
死の瞬間、自分の生涯は幸せだったと、本当に断言できるんですか?
「あたしは……」
そう漏らすことしかできなかった。
返す言葉が、今はまだ見つからなかった。
――貴方のその生き方に……本当に、貴方自身の幸せはあるんですか?
問いかけに答えることもできず、押し黙っているうちに、炎も焦土も遠ざかり、全ては白い靄の中に消えていった。
◆
鉛のように重い瞼を、ゆっくりと力を込めてこじ開ける。
最初に視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。
全身にのしかかる鈍い重みは、ダメージと疲労のみによるものではない。
身体にかけられている布団の存在を知覚した時、ようやくスバル・ナカジマは、自分が眠っていたのだと自覚した。
全ては泡沫の夢に過ぎず、朝日と共に幕が閉じておしまい、というわけにはいかないらしい。
意識を手放す前よりは、圧倒的に楽になったものの、身体は尚も苦痛を訴えている。何より、今はまだ夜だ。
じくじくと痛む身体を動かし、布団をどけて立ち上がる。
よく見てみると、陸士服の上着のボタンが外れていた。
誰かが治療のために外して、そのままになっていたのだろうか。前を開けたままなのも難なので、かけ直す。
そこでようやく、すやすやと耳を打つ寝息の存在に気がついた。
どうやら自分の他に寝ている者がいたらしい。気を失う直前に、なのはの言っていた仲間だろうか。
薄暗闇の中で目を凝らし、周囲をぐるりと探ってみる。強化された戦闘機人の視力は、こういう時にも役に立つのだ。
まず最初に目についたのは、恐らく緑色のカエルのような生命体。
わっと声を上げそうになったが、よくよく確認してみれば、体格はあのガルル中尉と瓜二つ。
ということは、これが彼の言っていた、ケロン軍人の1人なのだろう。
彼の遺志を尊重するためにも、起きたらガルルの遺文を見せなければ。
続いて目にとまったのは、同僚の少年達とほぼ変わらないくらいの、栗毛の少女の姿だった。
本当なら見覚えのないはずの相手なのだが、どうにもどこかで見たような気がしてならない。
というより、なんとなくだが、あの高町なのはを思い出させる顔つきなのだ。
彼女ら2人以外に人はいない。となるとまさかとは思うが、これがなのはなのだろうか。
であれば自分の知っている彼女よりも、10歳近く年下というのは、一体どういうことなのだろうか。
(どっちにしても、今すぐに分かることでもないか)
ひとまず、そこで思考を打ち切った。
寝ている人間は口をきけないし、だからといって起こしていいというわけでもない。
故にこの場はそれ以上の追求をやめ、きょろきょろと出入り口の位置を探る。
傷の状況を考えれば、そのままじっとしていた方がいいのだろうが、生憎と妙に目が冴えてしまった。
暗闇の中でじっと口を閉じているのも性に合わない。
少しばかり夜風に当たれば、気晴らし程度にはなるだろうと思い、見つけた扉へと歩いていく。
とにかく今は、気晴らしのしたい気分だった。
◆
薄ぼんやりとした月光が、この身を淡く照らしている。
空けた窓から吹き込む夜風の、適度な冷たさが心地いい。
細い糸が揺らいでいるのは、侵入者の存在を伝えるためのトラップだろうか。
ロビーにやって来たスバルは、1人窓際の床に座り込み、ぼうっと夜空を見上げていた。
内装から判断するに、どうやらここはG-2の温泉宿のようだ。
ウォーズマンを残してきたF-5からは、それなりに離れてしまったらしい。
そういえば、彼はあれからどうなったのだろうか。
時間を見てみれば、あそこが禁止エリアになるという19時は、とっくの昔に過ぎている。
無事に生きているといいが。ほんの少し、自分と同じ機械の身体を持った、漆黒の超人の安否が気にかかった。
「――目が覚めたようだな」
と。
その時。
不意に、横合いから声がかかった。
夜の静寂を切り裂いたのは、物腰の穏やかな老人の声。
視線をそちらの方に向ければ、案の定老人がそこに立っていた。
白髪と皺が印象的な、痩せ型で背の高い男だ。半袖半ズボンから覗く色白の手足が、枝のようにほっそりと見えた。
その服装は、落ち着いた知恵者といった印象を受ける容姿とは明らかにマッチしていない。
何故そんな格好をしているのかは気になったが、今はそれ以上に気になることがある。
「貴方も、なのはさんの……?」
「ああ。冬月コウゾウだ。冬月、と呼んでくれればいい」
言いながら、冬月と名乗った老人が歩み寄ってくる。
この人もまた、なのはの言っていた仲間達の1人だったらしい。
「病み上がりでうろつくのは感心しないが、ちょうどよかったのかもしれないな」
ちょうどすぐ隣まで来たあたりで、どっかとその場に座り込む。
「今のうちに、色々と話をしておこう」
◆
自分が気を失っている間のこと、現在進行形で彼らに起こっていること。
知っておきたかったことは、だいたい冬月が教えてくれた。
まず、自分の身体のこと。
担ぎ込まれた自分の怪我は、なのはやリインらの懸命な治療によって、半分近くは治癒が完了したらしい。
この冬月という人も、助言という形で力になってくれたのだそうだ。そこは素直に感謝した。
続いて、なのはのこと。
先ほど見たなのはそっくりの少女だが、やはりあれはなのは自身だったらしい
なんでもあのケロン人――ケロロというそうだ――の発明品の影響で、一時的に若返ってしまったとのこと。
ガルルのことといい、まったくもってケロン星の人間には、色々と驚かされっぱなしだ。本当にとんでもない星もあったものである。
それから、キョンのこと。
確かに彼はついさっきまで、この温泉にいたらしいのだが、急に自分に襲いかかったかと思えば、そのまま逃げ去ってしまったらしい。
今は動けない冬月らに代わって、トトロと呼ばれる獣が単身彼を追っているとのこと。
恐らく中トトロの言っていた家族だ。彼同様の知性があるなら、問題はあるまい。
そしてそのキョンによる襲撃の過程で、
「そうですか……やっぱり、マッハキャリバーは……」
インテリジェントデバイス・マッハキャリバーが破壊された。
「気付いていたのかね?」
「何となく。意識が戻ってたのもほんの一瞬で、ほとんど夢見心地と変わらなかったんですが」
かの相棒が破壊された瞬間のことは、ぼんやりとだが覚えていた。
何かとてつもない轟音と、プロテクションの眩い光の中で、その身に亀裂を走らせていくマッハキャリバーの姿。
己の命を賭して自分を守り、よかったと言い残して散っていった鋼の相棒。
本当に夢だったならよかったのだが、やはりそんな美味い話などあるはずもなかったらしい。
マッハキャリバーとの出会いは、六課における初出動の日のことだった。
始めは純粋な機械に過ぎなかった彼女も、共に日々を積み重ねていくことで、徐々に心を開いていってくれた。
共に戦い、共に成長し。
手痛い敗北と失敗を喫し、互いにボロボロに傷ついた時も、より深く絆を重ねあった。
最期の瞬間、マッハキャリバーは自分のことを、「相棒」と読んでくれていた気がする。
ずるい奴だ。
ちくちくと胸が痛んだ。
最期の最期の瞬間に、最初の最初に願ったことを叶えて、そのまま逝ってしまうなんて。
ああ――本当に、ずるい。
「……スバル君」
かけられた声に、我に返った。
いつの間にか俯いていた視線を戻せば、申し訳なさそうな顔をした冬月がいる。
「君の持っていた、ナーガの首輪を貸してくれないだろうか? もし君さえよければ、解体して調べてみたいのだが」
ナーガ。
その名前もまた、彼女の胸に針を刺す。
あの時リングで戦った、紫色の蛇の怪物。
生粋の武人、とでも呼ぶべきなのだろうか。殺し合いに乗ってこそいたが、どこか強烈なプライドを漂わせた存在だった。
そして最期には自らの誇りに殉じ、身動きの取れない自分の目の前で、命を落とした。
救えなかった命だ。
敵だったとしても、救いたかった命だ。
殺し合いに乗っていたとしても、奪われていい命ではなかった。
否、広大な次元世界のどの場所にも、殺されていい命などあるわけがない。
「……分かりました。お願いします」
す、と懐から首輪を取り出す。
誇り高き戦士の遺品を、好き勝手に弄られるということを考えると、やはりどうしても胸が痛んだ。
だが、それでも。
それが脱出の糸口になるというのなら、恐らくはあの男もそれを望むはずだ。
たとえ殺し合いの打破を望んでいるわけではないにしても、
自分の遺品が宝の持ち腐れになるということは、彼にとって我慢ならないことであるだろうということは想像できた。
と。
手にした首輪が冬月の手に渡った、その時。
「あの……調べてみたいって、何か調べなきゃいけないことがあるってことなんですか?」
気になる言い回しに気付いて、問いかけてみた。
よく考えてもみれば、解体して調べてみるというのはおかしい。
ただ単に首輪を外したいというのなら、わざわざ解体した残骸を調べる必要はないはずだ。
どちらかといえば、「調べて解体してみたい」という順序の方が、文法として正しいはずなのだが。
「そういえば、まだ話していなかったな」
このことに気付いたのは、冬月にとって意外なことだったらしい。
軽く目を見開いて、言葉を紡いでいた。
まぁ確かに、自分はそれほど頭の回る方でもない。
一応訓練校では座学でも主席を取っているが、それだって相応に苦労した結果なのだ。
改めて考えると、自分でも今のは冴えていたかもしれない、と思えた。
「LCL、という単語は覚えているかな?」
「はい……何となく、ですけど。確か、この殺し合いが始まった時の、アレですよね?」
スバルの問いかけに、冬月が頷く。
原理は半分忘れてしまったが、あのカヲルという少年が辿った末路は覚えている。
オレンジ色の透明な液体――人間を液状化させたものが、LCLと呼ばれていたものだったはずだ。
「分かりやすく言うと、あれは人間の肉体や魂といった、あらゆる情報がそのまま液体になったものなのだが……
改めて考え直してみると、少々妙だということに気がついてな」
彼が話した内容は、こうだ。
あの時あの場で渚カヲルをLCL化させたのは、主催者が参加者達を従わせるための、示威目的の行動だった。
それは冬月の所属する組織の技術なのだそうだが、
この場には、少なくともケロン軍という、それを遥かに凌ぐ技術力を有した組織の人間が存在している。
そういう連中に対する抑止としては、わざわざLCL化という一段も二段も下の技術は、いささかパンチに欠けているのではないか。
そもそもその星のアイテムを、支給品として好き勝手に使える技術力を有した主催者達が、何故その程度の技術を採用したのか。
つい先ほど、そんな疑問を抱いたのだそうだ。
そしてその疑問を解消する仮説も、一応浮かんではいるのだという。
「我々は当にLCL化させられていて、この殺し合いの間だけ、この首輪によって一時的に復元されているだけなのかもしれん」
要するに、こういうことだ。
自分達は首輪を外した瞬間に、LCL化させられるようになっているかもしれないということ。
ひとたびLCLになってしまえば、自力で固体に戻ることはできない。そのまま動き回ることもできない。
あのカヲルという少年がそうだったように、LCL化した時点で死んだも同然なのだ。
なるほど確かにそう考えてみれば、下手に上等な破壊手段を仕込むよりも、こちらの方が有効だろう。
それどころか、
「この殺し合いを止めたとしても、その先生きていける保障はないかもしれない……ってことですか」
沈黙をもって、肯定がなされた。
仮にこの説が本当だったとするならば、その時点で生還の希望はほぼゼロパーセントだ。
首輪が外れてしまうだけで――否、首輪の機能がダウンした時点で、全員仲良くあの世逝きになってしまう。
首輪のメカニズムをコントロールするコンピューターが破壊されたら終わりだし、
そのコンピューターのコントロール圏外に出てしまっても終わりだ。
こんなもの、その後まともな生活が送れると考える方が難しい。
「もちろん、こんな突拍子もない仮設が正しいという保障があるわけでもない。
あるはずもない危険性に怯えて、一歩も動き出すことができなかった……などということを避けるためにも、詳しく調べておかなくてはな」
冬月の言葉に、今度はスバルが無言で頷く。
彼の調査は仮設の正しさを証明するためのものであると同時に、仮説の間違いを証明するためのものでもあるのだ。
どれだけ裏付けがあったとしても、未だ確定もしていない情報を鵜呑みにして、踊らされることほど愚かなことはない。
今は仮説が間違いである可能性を信じて、戦い続けるしかないのだ。
「……それに、だからといって、やることは変わらないわけですし」
正直な話、ある程度ホッとしている自分がいた。
確かに不安は大きいが、首輪にあるかもしれないという仕掛けは、外した瞬間に機能するかもしれないものでしかない。
たとえば戦いの最中に爆発する、などといったような、単純な行動の妨げになるようなものではないらしいのだ。
なら、少なくとも自分は問題ない。
これまでどおり、殺し合いから人々を守るために、戦い続けることができる。
もとより首輪がどうこうなどという話は、難しくてスバルには理解できないのだ。
それを冬月に任せて、自分は戦うことに専念できるということは、ある意味状況が好転したと言えるかもしれない。
自分は馬鹿だ。
成績がどうのこうのという話ではない。己の感情の赴くままに、突っ走ることしかできない突撃馬鹿だ。
ならば、突撃馬鹿なら突撃馬鹿なりに、自分にできることをやること。
それだけは、今も以前も、変わらない。
「……分かっているとは思うが」
数瞬の沈黙の後、冬月が口を開く。
皺に囲まれた細い瞳は、どこか咎めるような視線を宿していた。
「君は数時間前まで死にかけていた身だ。一見動けるレベルまで回復したように見えても、何がどう作用するか分からない。
少しでも無茶をすれば、傷が悪化し、今度こそ死んでしまってもおかしくない。
極端な話をするならば……君は本来なら、この殺し合いが終わるまで、戦ってはいけない身体なのだよ」
そんなことを言っていられる場合ではないことも分かる。
だが、そんなことで死んでほしくないのも確かだ。
その両者共の意味を内包した言葉だった。
スバル自身も、何となくだが理解している。
何せ冗談抜きに死の一歩まで迫った身体だ。その身を苛む激痛も、その歩みを止める疲労感も、今もありありと思い出せる。
あんな状態からこれほどの短期間で復帰したのは、ほとんど奇跡と言っていい。
だからこそ、その表面上の奇跡を妄信できないということも、理解している。
激しい運動をしたことで古傷が開いた、なんて話を聞いたことはごまんとある。
自分の場合はもっと危険だ。古い傷ですらないのだ。
「リインフォースⅡとマッハキャリバー……彼女らが命と引き換えにして救った命だ。無駄にしないでくれたまえ」
分かっている。
この命を繋ぎ止めるために、大勢の人々が力を尽くしてくれた。
なのはが命がけで治癒を行い、リインとマッハキャリバーに至っては、本当に命を落としてしまったのだ。
もはやこの命は、自分1人の命ではない。
元からそうではなかったのだろうが、自分のせいで死者が出てしまった以上、今まで以上にそれを意識しなければならない。
今後スバル・ナカジマは、彼女らの命を背負って生きなければならないのだ。
「分かっています」
強い語調と、強い視線。
2つの強さと共に、返した。
命には賭け時がある。そのタイミングを誤ってはならない――かつてシグナム副隊長が口にした言葉だ。
改めて、その言葉の意味を噛み締めなければならなかった。
軽く頭を下げると共に、その場を立ち上がると、再び脱衣所の方へ向かう。
疑問には全て片がついた。少なくとも先ほどよりは、ゆっくり眠ることができそうだ。
と、ちょうど廊下に差し掛かったあたりで。
「っと……そうだ」
思い出したようにして、振り返る。
先ほどの決意に満ちた表情は、既にそこには残されておらず。
「ありがとうございました、冬月さん。あたしの命を救ってくれて」
年頃の娘らしい満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を口にした。
◆
「……強い子だな、あの子は」
ぽつり、と呟く。
そして声をかけるべきケリュケイオンが、今はここにいないということを後から思い出し、ほんの僅かに苦笑した。
先ほど笑顔を浮かべた少女へと、冬月コウゾウは思考を向ける。
スバル・ナカジマというあの娘は、確か15歳だったはずだ。
エヴァンゲリオンのチルドレン達とは、僅か1つしか変わらない。
しかしその心は強い。快活な笑顔のその裏には、折れることなき強靭な1本の柱が立っている。
レイジングハートからある程度は聞いていたが、実際に顔を合わせてみることで、より確かに実感することができた。
あるいはその過酷な境遇が、彼女の精神を鍛え上げる土壌になっていたのかもしれない。
戦いを怖れる心を持ちながら、生まれながらに兵器であることを強要された、悲しき戦闘機人の少女。
トラウマを乗り越えた、と言葉にするのは簡単だ。
しかしそれを実現することの、何と難しいことか。
それが容易にできるというのなら、惣流・アスカ・ラングレーは、ああも不安定な人間にはならなかった。
それを為しえることができたからこそ、あれだけの強い心を得るに至ったのだろうか。
(だが、強さとは同時に弱さでもある)
気がかりがあるとするなら、そこだ。
彼女は確かに強い。いかなる逆境が相手であろうとも、そう簡単には絶望しないだろう。
どんな困難な状況にあっても、誰かを守りたいという一心を貫き、戦い続けることだろう。
しかしそれは裏を返せば、自ら危険地帯に突っ込んでいくということに他ならない。
いかに強靭な肉体と精神を持っていようと、人はそうなるような状況に出くわせば死ぬのだ。
傷の後遺症という爆弾を抱えたとあっては、なおさらその危険度も増すだろう。
人々はヒーローの手によって守られる。
だがヒーローの身は誰が守ってくれる?
(我々が支えてやらなければな)
それもまた、自分達大人の役目に違いなかった。
彼女はまだ若い。いくら強い心と身体を持っているにしても、それが成熟しきったわけではない。
未熟に突っ走り続けるだけでは、いつか限界にぶち当たるだろう。
そうならないようにするためにも、自分が踏ん張らなければならないのだ。
スバルがリインとマッハキャリバーの命を背負っているように、冬月もまた、シンジとアスカの命を背負っているのだから。
◆
【G-2 温泉内部・ロビー/一日目・夜中】
【冬月コウゾウ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】元の老人の姿、疲労(小)、ダメージ(中)、腹部に刺し傷(傷は一応塞がっている)、不眠症
【服装】短袖短パン風の姿
【持ち物】基本セット(名簿紛失)、ディパック、コマ@となりのトトロ、白い厚手のカーテン、ハサミ、
スタンガン&催涙スプレー@現実、ジェロニモのナイフ@キン肉マン、SOS団創作DVD@涼宮ハルヒの憂鬱、
ノートパソコン、夢成長促進銃@ケロロ軍曹、ナーガの首輪
【思考】
1、ゲームを止め、草壁達を打ち倒す。
2、仲間たちの助力になるべく、生き抜く。
3、夏子、ドロロ、タママ、キョンを探し、導く。
4、タママとケロロとなのはとスバルを信頼。
5、ナーガの首輪を解体。後でDVDも確認しておかねば。
※現状況を補完後の世界だと考えていましたが、小砂やタママのこともあり矛盾を感じています。しかし……。
※「深町晶」「ズーマ」「ギュオー」「ゼロス」を危険人物だと認識しました。ただしズーマの本名は知りません。
※マッハキャリバーから、タママと加持の顛末についてある程度聞きました。
※夢については、断片的に覚えています。
※古泉がキョンとハルヒに宛てた手紙の内容を把握しました。
◆
いつの間にか、夜が明けていた。
大地と大空を埋め尽くす炎は、いつの間にか消えていて。
紺碧色の夜空には、微かに日の出の光が差していた。
若草色の平原は、変わらず穏やかな風に揺れていた。
暁色の陽光の中に、また1つの人影が立っている。
今度は私と同い年くらいの、茶色い髪の男の子だ。
白いジャケットを羽織った姿には、やっぱり見覚えは全くない。
それでもどこかで会ったような、不思議な既視感を感じていた。
きっと目の前のこの少年は、自分にとって、とても大切な存在なんだろう。恐らくは、さっきのオレンジの髪の女の子も。
胸に感じる暖かな温度が、確かにそう訴えかけていた。
「あたしが本当に幸せなのか、って言ったよね」
今度は、こちらから口を開く。
さっきの女の子と、この男の子とは別人だ。
それでもこれは今言うべきことなんだと、心のどこかで理解していた。
「確かに、戦う道を選んだ以上、いつ死ぬのかは分からない……人より早死にするだろうってことも、分かってる。
でも……それでも、多分あたしは、幸せだった、って思えるんじゃないかな」
あの時は唐突にそんなことを言われて、何て返していいのか分からなかった。
それでも、今なら声に出せる。
確かな確信を胸に持って、問いかけに答えることができる。
「あたしには、あたしを支えてくれる人がたくさんいる。あたしなんかのために、命まで賭けてくれた人までいた。
本当なら、ただの兵器だったはずのあたしには、友達や仲間なんてできるはずもなかったんだろうけど……
……それでも、あたしの周りには、たくさんの人がいてくれている。一緒に美味しいご飯を食べたり、笑い合ったりしてくれている」
それはなんてことのないことだった。
少なくとも、普通の家庭に普通の人間として生まれた人にとっては、なんてことのない日常なんだろう。
でも、普通の人間として生まれてこれなかった私にとっては、それは普通のことなんかじゃなかった。
それを今こうして、普通にできていることが、どれだけ幸運なことだろうか。
兵器として生まれてきた私が、人間として生きられることが、どれだけ幸福なことだろうか。
マッハキャリバーとリイン曹長は、それを身を持って再認識させてくれた。
「だからあたしは、もう十分に幸せだよ」
断言できる。
自分は間違いなく幸せだったと、胸を張って言うことができる。
これだけの幸せをもらったんだ。
戦い続ける理由としては、それだけで十分すぎるほどだ。
「もちろん、あたしも簡単に死ぬつもりはない。あたしを待っててくれる人達のために、精一杯生きて帰れる努力をする」
この先何が起こるかは分からない。
どうしても命を賭けなければならない局面にも、いつかは直面するかもしれない。
だから今は、これくらいの譲歩しかできない。
こればっかりはどうしようもないことだから、納得できないのは分かるけど、それでも納得してほしい。
「だから安心して、未来で待ってて」
何でこんなことを言ったのかは分からない。
未来という言葉に、何の意味が込められているのかはよく分からない。
それでも、そう言わなきゃいけない気がした。
それを言うべきなんだということを、やっぱり心のどこかで理解していた。
「明日、必ず迎えに行くから」
言葉は、返ってこなかった。
男の子は最後の最後まで、ずっとだんまりのままだった。
けれど最後の最後には、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。
そうしてその姿は徐々に透明になっていって、最後には、太陽に溶けるようにして消えていった。
足元に広がる若草を踏む。
日の出の方向へと向かって、私はゆっくりと歩いていく。
この先にどんな結果が待っているのかは分からない。
それでもこの歩みを進めることが、どんな意味を持っているのかは分かっていた。
私はここにいる。
今を生きている。
生きている限り、私は戦い続けよう。
どんな運命が牙をむいても、今の私にできることを探し続ける。
今日この瞬間の一秒は、明日にはもうないのだから。
この一秒を動かずにいたことを、明日に後悔したくないから。
この想いを遂げられるように。
いつか胸を張れるように。
今の自分を支えてくれる、大切な人々を守ることを、心に誓って私は進む。
さぁ――そろそろ、歩き出さなくちゃ。
◆
【G-2 温泉内部・脱衣所/一日目・夜中】
【スバル・ナカジマ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】ダメージ(中)、疲労(小)、魔力消費(中)、睡眠、覚悟完了
【持ち物】支給品一式×2、メリケンサック@キン肉マン、砂漠アイテムセットA(砂漠マント)@砂ぼうず、ガルルの遺文、
スリングショットの弾×6、SDカード@現実、カードリーダー、リボルバーナックル@魔法少女リリカルなのはStrikerS、
大キナ物カラ小サナ物マデ銃(残り7回)@ケロロ軍曹、ナーガの円盤石
【思考】
0:何があっても、理想を貫く。
1:キョンを絶対に止める。
2:なのはと共に機動六課を再編する。
3:人殺しはしない。ヴィヴィオやノーヴェと合流する。
4:パソコンを見つけたらSDカードの中身とネットを調べてみる。
5:ケロロにガルルの遺文を見せる。
6:必要に迫られれば、命を捨てて戦うことも辞さないが、可能な限り生き抜いてみせる。無駄死には絶対にしない。
※大キナ物カラ小サナ物マデ銃で巨大化したとしても魔力の総量は変化しない様です(威力は上がるが消耗は激しい)
※無理をすれば傷が悪化し、甚大なダメージを受ける可能性があります。
【ケロロ軍曹@ケロロ軍曹】
【状態】疲労(小)、ダメージ(中)、身体全体に火傷、熟睡
【持ち物】ジェロニモのナイフ@キン肉マン
【思考】
1、なのはとヴィヴィオを無事に再会させたい。タママやドロロと合流したい。
2、加持となのは、スバルに対し強い信頼と感謝。何かあったら絶対に助けたい。
3、冬樹とメイと加持の仇は、必ず探しだして償わせる。
4、協力者を探す。ゲームに乗った者、企画した者には容赦しない。
※漫画等の知識に制限がかかっています。自分の見たことのある作品の知識は曖昧になっているようです。
【高町なのは@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】9歳の容姿、魔力消費(大)、睡眠
【装備】レイジングハート・エクセリオン(修復率95%)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【服装】浴衣+羽織(子供用・下着なし)
【持ち物】ハンティングナイフ@現実、女性用下着上下、浴衣(大人用)、リインフォースⅡの白銀の剣十字
【思考】
0、もう迷わない。必ずこのゲームを止めてみせる!
1、冬月、ケロロ、スバルと行動する。
2、一人の大人として、ゲームを止めるために動く。
3、ヴィヴィオ、朝倉、キョンの妹(名前は知らない)、タママ、ドロロたちを探す。
4、掲示板に暗号を書き込んでヴィヴィオ達と合流?
5、休息が済んだらキョンを探し出し、スバルのためにも全力全開で性根を叩き直す。
※リインからキョンが殺し合いに乗っていることとこれまでの顛末を聞きました。
*時系列順で読む
Back:[[ザ・ネゴシエーター]] Next:[[魑魅魍魎~草の根分けるは鬼にあらず~]]
*投下順で読む
Back:[[ザ・ネゴシエーター]] Next:[[war war! stop it]]
|[[寸善尺魔~善と悪の狭間、あるいは慮外にて~]]|スバル・ナカジマ|[[]]|
|~|高町なのは|~|
|~|冬月コウゾウ|~|
|~|ケロロ軍曹|~|
----
*僕はここにいる、今を生きていく ◆Vj6e1anjAc
吹き抜ける一陣の清涼な風が、さらさらと音を立てて髪を撫でる。
足元に広がる草原が、さわさわと波の音を立てて揺れた。
どこまでも広がる大空と、どこまでも広がる大平原。
頭上の蒼穹を見上げていれば、途方もないほどの広さと深さに、そのまま吸い込まれてしまいそうで。
眼下の新緑を見下ろしていれば、追いつけそうもない地平線を、ずっと追いかけていってしまいそうで。
そんな永遠に広がり続けるような、青と緑の世界の中で、私だけがぽつんと立っていた。
悠久無限の中心で、バリアジャケットをはためかせる私だけが、1人静かに佇んでいた。
――シューティングアーツの練習、スバルもちゃんとやればいいのに。
静寂の中に響き渡る、1つの声。
聞き覚えのあるそれの方を向けば、自分の半分くらいの年の女の子が、いつの間にかそこに立っていた。
私の髪よりも色の濃い、紺色の長髪を風に躍らせる、私のお姉さん――ギンガ・ナカジマの、小さかった頃の姿。
「怖かったんだ」
問いかけに、返す。
この問いかけは知っている。
母さんがまだ生きていた頃、シューティングアーツの練習をしていたギン姉が、私に向けた質問だった。
その頃の私は、まだ勇気の意味も知らない弱虫で、身体を鍛えているギン姉を、横で眺めていることしかしていなかった。
「誰かに傷つけられるのも怖かったけど……あたしのこの戦闘機人の力で、誰かを傷つけてしまうことが、もっと怖かった」
戦うことは、好きじゃなかった。
できることなら、誰にも苦しんでほしくはなかった。
その頃の私にとって、この機械の身体は、世界の何よりも怖ろしく忌まわしい器だった。
戦うための兵器の身体は、触れる誰かを傷つけてしまう。
自分のせいで誰かが傷つき、苦しさに顔を歪めてしまう。
それが何よりも怖ろしくて、私は力の影に怯えながら、戦いから逃れるようにして生きてきた。
――そのスバルが、強くなりたいって思った理由って、何なのかな?
また隣の方向から、別の誰かの声がする。
優しく鳴る鈴の音のような声は、これまたよく知った声だった。
そして決して間違えようのない、大切な人の声でもあった。
白い制服を身に着けた、年上の女の人のサイドポニーが、穏やかな風に揺れている。
鮮やかな栗毛の持ち主は、高町なのは教導官。
かつて火災に巻き込まれた時、私の命を救ってくれた、こうありたいと思える憧れの人。
私の世界をがらりと変えた、私に戦うことを決意させた人。
――私みたいになりたい、って言ってくれるのは嬉しいんだけど……でも、そうじゃなくて……強くなって何をしたいのかな、って。
この問いかけも知っている。
ちょっと前に、みんなで食事を取っていた時に、なのはさんが尋ねてきたことだ。
返す答えは決まっていた。
むしろこの戦いの中で、より強く答えが固まっていた。
「分かった気がしたんです」
あの時の私は、ただおどおどと震えるだけの、本当に弱い子供だった。
ギン姉と父さんの名前を呼びながら、ごうごうと燃え盛る炎の中を、泣きべそをかいてうろつき回ることしかできなくて。
誰かを傷つける力どころか、自分の身一つ守る力もない、本当にちっぽけな子供だった。
なのはさんに助けられた時、そんな弱くて情けない自分を、その時初めて、嫌だと思った。
「災害とか、争いごととか、そんなどうしようもない状況が起きた時……
苦しくて悲しくて、助けてって泣いてる人を、あたしの力で助けてあげたい……
多分それが、あたしがこの力を持って生まれた理由で、それがあたしの生きる意味なんじゃないかって」
何故自分だったのか。
こんなに気の弱い自分が、何故おぞましい機人の力を持って生まれたのか。
その理由が、その時ようやく分かった気がした。
力は壊すためだけのものじゃない。
使う人の思惑次第で、刃物が包丁にも凶器にもなるように。
凶悪な兵器として振るう、壊すための力もあれば、あの日の白い女神のような、守るための力もある。
そんな守るための戦いになら、この身を捧げてもいいと思った。
忌み嫌われるだけだった私の力が、誰かの支えにもなれるというのなら、こんなに嬉しいことはなかった。
それは贖罪のようなものなのかもしれない。本当はひどく後ろめたい動機なのかもしれない。
けれど、それでも構わない。
だから、私はここにいる。
時空管理局の門を叩いて、機動六課に入隊して、強くなるために戦っている。
この身の全てを賭けてでも、1人でも多くの命を救うために、私は今を生きている。
――本当にそれでいいんですか?
声は、すぐ後ろから響いた。
これまで耳にしたものとは違う、聞き覚えのない声だった。
はっとして振り返ったその先には、1人の女の子が立っている。
恐らくエリオやキャロと同い年くらいの、オレンジ色の髪の女の子。
まるで手術を待つ患者か、かつて実験台だった自分達が着ているような、白い薄物を纏った少女だった。
――貴方の歩もうとしている道は、結局は誰かのためでしかない道です。それで貴方は、本当に満足できるんですか?
後頭部で纏められた髪が、動物の尻尾のように揺れている。
澄んだ緑色の瞳は、深い悲しみの色に染められている。
見覚えはない。会った記憶などまるでない。
けれども何故か不思議なほどに、いつかどこかで会ったような、奇妙な既視感を持った女の子だった。
――目を背けずに、見てください。
瞬間、世界は一変する。
新緑は灰燼へと変わる。
微風は熱風へと変わる。
蒼天の空は炎色に染まった。
穏やかな大平原の風景は、瞬きする暇もないうちに、燃え盛る炎熱に飲み込まれた。
灼熱が大地を駆け巡り、世界の色を塗り替えていく。
さながら導火線のように、生い茂る草が熱に焦がれる。
天を見上げれば赤色の暗黒。地を見下ろせば灰色の焦土
地獄の風景に木霊するのは、誰かが誰かの名前を泣き叫ぶ声。
ああ、それは違う。誰か、などという他人じゃない。
あそこで泣いているのは私の友達だ。
目元を奇妙なバイザーで覆った、無数の兵士に取り囲まれる形で、ティアナ・ランスターが泣いていた。
焼ける大地に座り込んで、誰かの亡骸を抱きかかえて、ひたすらに名前を呼んでいた。
ああ、それも違う。それも誰かなんて他人じゃない。
あれは私だ。
全身を無数の刀に刺し貫かれ、おびただしい量の血を流しているのは、紛れもなく私の屍だ。
――これが貴方の未来です。
いつの間にか小さな少女は、私のすぐ隣に立っていた。
相変わらずの悲しい瞳で、青ざめた私の死体を見続けていた。
――戦いに身を投じた者の行く先には、必ず死が待ち受けています。
独りで戦うにしても、仲間と共に戦うにしても……どちらにしても、人は死ぬ時には死ぬんです。
ぽつり、ぽつりと紡がれる声が、やがてまっすぐにこちらに飛んでくる。
亡骸を俯瞰していた緑の瞳が、私の方へと向けられている。
――貴方は本当にそれでいいんですか? 誰かのためだけに戦って……そこに相応の見返りはあるんですか?
死の瞬間、自分の生涯は幸せだったと、本当に断言できるんですか?
「あたしは……」
そう漏らすことしかできなかった。
返す言葉が、今はまだ見つからなかった。
――貴方のその生き方に……本当に、貴方自身の幸せはあるんですか?
問いかけに答えることもできず、押し黙っているうちに、炎も焦土も遠ざかり、全ては白い靄の中に消えていった。
◆
鉛のように重い瞼を、ゆっくりと力を込めてこじ開ける。
最初に視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。
全身にのしかかる鈍い重みは、ダメージと疲労のみによるものではない。
身体にかけられている布団の存在を知覚した時、ようやくスバル・ナカジマは、自分が眠っていたのだと自覚した。
全ては泡沫の夢に過ぎず、朝日と共に幕が閉じておしまい、というわけにはいかないらしい。
意識を手放す前よりは、圧倒的に楽になったものの、身体は尚も苦痛を訴えている。何より、今はまだ夜だ。
じくじくと痛む身体を動かし、布団をどけて立ち上がる。
よく見てみると、陸士服の上着のボタンが外れていた。
誰かが治療のために外して、そのままになっていたのだろうか。前を開けたままなのも難なので、かけ直す。
そこでようやく、すやすやと耳を打つ寝息の存在に気がついた。
どうやら自分の他に寝ている者がいたらしい。気を失う直前に、なのはの言っていた仲間だろうか。
薄暗闇の中で目を凝らし、周囲をぐるりと探ってみる。強化された戦闘機人の視力は、こういう時にも役に立つのだ。
まず最初に目についたのは、恐らく緑色のカエルのような生命体。
わっと声を上げそうになったが、よくよく確認してみれば、体格はあのガルル中尉と瓜二つ。
ということは、これが彼の言っていた、ケロン軍人の1人なのだろう。
彼の遺志を尊重するためにも、起きたらガルルの遺文を見せなければ。
続いて目にとまったのは、同僚の少年達とほぼ変わらないくらいの、栗毛の少女の姿だった。
本当なら見覚えのないはずの相手なのだが、どうにもどこかで見たような気がしてならない。
というより、なんとなくだが、あの高町なのはを思い出させる顔つきなのだ。
彼女ら2人以外に人はいない。となるとまさかとは思うが、これがなのはなのだろうか。
であれば自分の知っている彼女よりも、10歳近く年下というのは、一体どういうことなのだろうか。
(どっちにしても、今すぐに分かることでもないか)
ひとまず、そこで思考を打ち切った。
寝ている人間は口をきけないし、だからといって起こしていいというわけでもない。
故にこの場はそれ以上の追求をやめ、きょろきょろと出入り口の位置を探る。
傷の状況を考えれば、そのままじっとしていた方がいいのだろうが、生憎と妙に目が冴えてしまった。
暗闇の中でじっと口を閉じているのも性に合わない。
少しばかり夜風に当たれば、気晴らし程度にはなるだろうと思い、見つけた扉へと歩いていく。
とにかく今は、気晴らしのしたい気分だった。
◆
薄ぼんやりとした月光が、この身を淡く照らしている。
空けた窓から吹き込む夜風の、適度な冷たさが心地いい。
細い糸が揺らいでいるのは、侵入者の存在を伝えるためのトラップだろうか。
ロビーにやって来たスバルは、1人窓際の床に座り込み、ぼうっと夜空を見上げていた。
内装から判断するに、どうやらここはG-2の温泉宿のようだ。
ウォーズマンを残してきたF-5からは、それなりに離れてしまったらしい。
そういえば、彼はあれからどうなったのだろうか。
時間を見てみれば、あそこが禁止エリアになるという19時は、とっくの昔に過ぎている。
無事に生きているといいが。ほんの少し、自分と同じ機械の身体を持った、漆黒の超人の安否が気にかかった。
「――目が覚めたようだな」
と。
その時。
不意に、横合いから声がかかった。
夜の静寂を切り裂いたのは、物腰の穏やかな老人の声。
視線をそちらの方に向ければ、案の定老人がそこに立っていた。
白髪と皺が印象的な、痩せ型で背の高い男だ。半袖半ズボンから覗く色白の手足が、枝のようにほっそりと見えた。
その服装は、落ち着いた知恵者といった印象を受ける容姿とは明らかにマッチしていない。
何故そんな格好をしているのかは気になったが、今はそれ以上に気になることがある。
「貴方も、なのはさんの……?」
「ああ。冬月コウゾウだ。冬月、と呼んでくれればいい」
言いながら、冬月と名乗った老人が歩み寄ってくる。
この人もまた、なのはの言っていた仲間達の1人だったらしい。
「病み上がりでうろつくのは感心しないが、ちょうどよかったのかもしれないな」
ちょうどすぐ隣まで来たあたりで、どっかとその場に座り込む。
「今のうちに、色々と話をしておこう」
◆
自分が気を失っている間のこと、現在進行形で彼らに起こっていること。
知っておきたかったことは、だいたい冬月が教えてくれた。
まず、自分の身体のこと。
担ぎ込まれた自分の怪我は、なのはやリインらの懸命な治療によって、半分近くは治癒が完了したらしい。
この冬月という人も、助言という形で力になってくれたのだそうだ。そこは素直に感謝した。
続いて、なのはのこと。
先ほど見たなのはそっくりの少女だが、やはりあれはなのは自身だったらしい
なんでもあのケロン人――ケロロというそうだ――の発明品の影響で、一時的に若返ってしまったとのこと。
ガルルのことといい、まったくもってケロン星の人間には、色々と驚かされっぱなしだ。本当にとんでもない星もあったものである。
それから、キョンのこと。
確かに彼はついさっきまで、この温泉にいたらしいのだが、急に自分に襲いかかったかと思えば、そのまま逃げ去ってしまったらしい。
今は動けない冬月らに代わって、トトロと呼ばれる獣が単身彼を追っているとのこと。
恐らく中トトロの言っていた家族だ。彼同様の知性があるなら、問題はあるまい。
そしてそのキョンによる襲撃の過程で、
「そうですか……やっぱり、マッハキャリバーは……」
インテリジェントデバイス・マッハキャリバーが破壊された。
「気付いていたのかね?」
「何となく。意識が戻ってたのもほんの一瞬で、ほとんど夢見心地と変わらなかったんですが」
かの相棒が破壊された瞬間のことは、ぼんやりとだが覚えていた。
何かとてつもない轟音と、プロテクションの眩い光の中で、その身に亀裂を走らせていくマッハキャリバーの姿。
己の命を賭して自分を守り、よかったと言い残して散っていった鋼の相棒。
本当に夢だったならよかったのだが、やはりそんな美味い話などあるはずもなかったらしい。
マッハキャリバーとの出会いは、六課における初出動の日のことだった。
始めは純粋な機械に過ぎなかった彼女も、共に日々を積み重ねていくことで、徐々に心を開いていってくれた。
共に戦い、共に成長し。
手痛い敗北と失敗を喫し、互いにボロボロに傷ついた時も、より深く絆を重ねあった。
最期の瞬間、マッハキャリバーは自分のことを、「相棒」と読んでくれていた気がする。
ずるい奴だ。
ちくちくと胸が痛んだ。
最期の最期の瞬間に、最初の最初に願ったことを叶えて、そのまま逝ってしまうなんて。
ああ――本当に、ずるい。
「……スバル君」
かけられた声に、我に返った。
いつの間にか俯いていた視線を戻せば、申し訳なさそうな顔をした冬月がいる。
「君の持っていた、ナーガの首輪を貸してくれないだろうか? もし君さえよければ、解体して調べてみたいのだが」
ナーガ。
その名前もまた、彼女の胸に針を刺す。
あの時リングで戦った、紫色の蛇の怪物。
生粋の武人、とでも呼ぶべきなのだろうか。殺し合いに乗ってこそいたが、どこか強烈なプライドを漂わせた存在だった。
そして最期には自らの誇りに殉じ、身動きの取れない自分の目の前で、命を落とした。
救えなかった命だ。
敵だったとしても、救いたかった命だ。
殺し合いに乗っていたとしても、奪われていい命ではなかった。
否、広大な次元世界のどの場所にも、殺されていい命などあるわけがない。
「……分かりました。お願いします」
す、と懐から首輪を取り出す。
誇り高き戦士の遺品を、好き勝手に弄られるということを考えると、やはりどうしても胸が痛んだ。
だが、それでも。
それが脱出の糸口になるというのなら、恐らくはあの男もそれを望むはずだ。
たとえ殺し合いの打破を望んでいるわけではないにしても、
自分の遺品が宝の持ち腐れになるということは、彼にとって我慢ならないことであるだろうということは想像できた。
と。
手にした首輪が冬月の手に渡った、その時。
「あの……調べてみたいって、何か調べなきゃいけないことがあるってことなんですか?」
気になる言い回しに気付いて、問いかけてみた。
よく考えてもみれば、解体して調べてみるというのはおかしい。
ただ単に首輪を外したいというのなら、わざわざ解体した残骸を調べる必要はないはずだ。
どちらかといえば、「調べて解体してみたい」という順序の方が、文法として正しいはずなのだが。
「そういえば、まだ話していなかったな」
このことに気付いたのは、冬月にとって意外なことだったらしい。
軽く目を見開いて、言葉を紡いでいた。
まぁ確かに、自分はそれほど頭の回る方でもない。
一応訓練校では座学でも主席を取っているが、それだって相応に苦労した結果なのだ。
改めて考えると、自分でも今のは冴えていたかもしれない、と思えた。
「LCL、という単語は覚えているかな?」
「はい……何となく、ですけど。確か、この殺し合いが始まった時の、アレですよね?」
スバルの問いかけに、冬月が頷く。
原理は半分忘れてしまったが、あのカヲルという少年が辿った末路は覚えている。
オレンジ色の透明な液体――人間を液状化させたものが、LCLと呼ばれていたものだったはずだ。
「分かりやすく言うと、あれは人間の肉体や魂といった、あらゆる情報がそのまま液体になったものなのだが……
改めて考え直してみると、少々妙だということに気がついてな」
彼が話した内容は、こうだ。
あの時あの場で渚カヲルをLCL化させたのは、主催者が参加者達を従わせるための、示威目的の行動だった。
それは冬月の所属する組織の技術なのだそうだが、
この場には、少なくともケロン軍という、それを遥かに凌ぐ技術力を有した組織の人間が存在している。
そういう連中に対する抑止としては、わざわざLCL化という一段も二段も下の技術は、いささかパンチに欠けているのではないか。
そもそもその星のアイテムを、支給品として好き勝手に使える技術力を有した主催者達が、何故その程度の技術を採用したのか。
つい先ほど、そんな疑問を抱いたのだそうだ。
そしてその疑問を解消する仮説も、一応浮かんではいるのだという。
「我々は当にLCL化させられていて、この殺し合いの間だけ、この首輪によって一時的に復元されているだけなのかもしれん」
要するに、こういうことだ。
自分達は首輪を外した瞬間に、LCL化させられるようになっているかもしれないということ。
ひとたびLCLになってしまえば、自力で固体に戻ることはできない。そのまま動き回ることもできない。
あのカヲルという少年がそうだったように、LCL化した時点で死んだも同然なのだ。
なるほど確かにそう考えてみれば、下手に上等な破壊手段を仕込むよりも、こちらの方が有効だろう。
それどころか、
「この殺し合いを止めたとしても、その先生きていける保障はないかもしれない……ってことですか」
沈黙をもって、肯定がなされた。
仮にこの説が本当だったとするならば、その時点で生還の希望はほぼゼロパーセントだ。
首輪が外れてしまうだけで――否、首輪の機能がダウンした時点で、全員仲良くあの世逝きになってしまう。
首輪のメカニズムをコントロールするコンピューターが破壊されたら終わりだし、
そのコンピューターのコントロール圏外に出てしまっても終わりだ。
こんなもの、その後まともな生活が送れると考える方が難しい。
「もちろん、こんな突拍子もない仮設が正しいという保障があるわけでもない。
あるはずもない危険性に怯えて、一歩も動き出すことができなかった……などということを避けるためにも、詳しく調べておかなくてはな」
冬月の言葉に、今度はスバルが無言で頷く。
彼の調査は仮設の正しさを証明するためのものであると同時に、仮説の間違いを証明するためのものでもあるのだ。
どれだけ裏付けがあったとしても、未だ確定もしていない情報を鵜呑みにして、踊らされることほど愚かなことはない。
今は仮説が間違いである可能性を信じて、戦い続けるしかないのだ。
「……それに、だからといって、やることは変わらないわけですし」
正直な話、ある程度ホッとしている自分がいた。
確かに不安は大きいが、首輪にあるかもしれないという仕掛けは、外した瞬間に機能するかもしれないものでしかない。
たとえば戦いの最中に爆発する、などといったような、単純な行動の妨げになるようなものではないらしいのだ。
なら、少なくとも自分は問題ない。
これまでどおり、殺し合いから人々を守るために、戦い続けることができる。
もとより首輪がどうこうなどという話は、難しくてスバルには理解できないのだ。
それを冬月に任せて、自分は戦うことに専念できるということは、ある意味状況が好転したと言えるかもしれない。
自分は馬鹿だ。
成績がどうのこうのという話ではない。己の感情の赴くままに、突っ走ることしかできない突撃馬鹿だ。
ならば、突撃馬鹿なら突撃馬鹿なりに、自分にできることをやること。
それだけは、今も以前も、変わらない。
「……分かっているとは思うが」
数瞬の沈黙の後、冬月が口を開く。
皺に囲まれた細い瞳は、どこか咎めるような視線を宿していた。
「君は数時間前まで死にかけていた身だ。一見動けるレベルまで回復したように見えても、何がどう作用するか分からない。
少しでも無茶をすれば、傷が悪化し、今度こそ死んでしまってもおかしくない。
極端な話をするならば……君は本来なら、この殺し合いが終わるまで、戦ってはいけない身体なのだよ」
そんなことを言っていられる場合ではないことも分かる。
だが、そんなことで死んでほしくないのも確かだ。
その両者共の意味を内包した言葉だった。
スバル自身も、何となくだが理解している。
何せ冗談抜きに死の一歩まで迫った身体だ。その身を苛む激痛も、その歩みを止める疲労感も、今もありありと思い出せる。
あんな状態からこれほどの短期間で復帰したのは、ほとんど奇跡と言っていい。
だからこそ、その表面上の奇跡を妄信できないということも、理解している。
激しい運動をしたことで古傷が開いた、なんて話を聞いたことはごまんとある。
自分の場合はもっと危険だ。古い傷ですらないのだ。
「リインフォースⅡとマッハキャリバー……彼女らが命と引き換えにして救った命だ。無駄にしないでくれたまえ」
分かっている。
この命を繋ぎ止めるために、大勢の人々が力を尽くしてくれた。
なのはが命がけで治癒を行い、リインとマッハキャリバーに至っては、本当に命を落としてしまったのだ。
もはやこの命は、自分1人の命ではない。
元からそうではなかったのだろうが、自分のせいで死者が出てしまった以上、今まで以上にそれを意識しなければならない。
今後スバル・ナカジマは、彼女らの命を背負って生きなければならないのだ。
「分かっています」
強い語調と、強い視線。
2つの強さと共に、返した。
命には賭け時がある。そのタイミングを誤ってはならない――かつてシグナム副隊長が口にした言葉だ。
改めて、その言葉の意味を噛み締めなければならなかった。
軽く頭を下げると共に、その場を立ち上がると、再び脱衣所の方へ向かう。
疑問には全て片がついた。少なくとも先ほどよりは、ゆっくり眠ることができそうだ。
と、ちょうど廊下に差し掛かったあたりで。
「っと……そうだ」
思い出したようにして、振り返る。
先ほどの決意に満ちた表情は、既にそこには残されておらず。
「ありがとうございました、冬月さん。あたしの命を救ってくれて」
年頃の娘らしい満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を口にした。
◆
「……強い子だな、あの子は」
ぽつり、と呟く。
そして声をかけるべきケリュケイオンが、今はここにいないということを後から思い出し、ほんの僅かに苦笑した。
先ほど笑顔を浮かべた少女へと、冬月コウゾウは思考を向ける。
スバル・ナカジマというあの娘は、確か15歳だったはずだ。
エヴァンゲリオンのチルドレン達とは、僅か1つしか変わらない。
しかしその心は強い。快活な笑顔のその裏には、折れることなき強靭な1本の柱が立っている。
レイジングハートからある程度は聞いていたが、実際に顔を合わせてみることで、より確かに実感することができた。
あるいはその過酷な境遇が、彼女の精神を鍛え上げる土壌になっていたのかもしれない。
戦いを怖れる心を持ちながら、生まれながらに兵器であることを強要された、悲しき戦闘機人の少女。
トラウマを乗り越えた、と言葉にするのは簡単だ。
しかしそれを実現することの、何と難しいことか。
それが容易にできるというのなら、惣流・アスカ・ラングレーは、ああも不安定な人間にはならなかった。
それを為しえることができたからこそ、あれだけの強い心を得るに至ったのだろうか。
(だが、強さとは同時に弱さでもある)
気がかりがあるとするなら、そこだ。
彼女は確かに強い。いかなる逆境が相手であろうとも、そう簡単には絶望しないだろう。
どんな困難な状況にあっても、誰かを守りたいという一心を貫き、戦い続けることだろう。
しかしそれは裏を返せば、自ら危険地帯に突っ込んでいくということに他ならない。
いかに強靭な肉体と精神を持っていようと、人はそうなるような状況に出くわせば死ぬのだ。
傷の後遺症という爆弾を抱えたとあっては、なおさらその危険度も増すだろう。
人々はヒーローの手によって守られる。
だがヒーローの身は誰が守ってくれる?
(我々が支えてやらなければな)
それもまた、自分達大人の役目に違いなかった。
彼女はまだ若い。いくら強い心と身体を持っているにしても、それが成熟しきったわけではない。
未熟に突っ走り続けるだけでは、いつか限界にぶち当たるだろう。
そうならないようにするためにも、自分が踏ん張らなければならないのだ。
スバルがリインとマッハキャリバーの命を背負っているように、冬月もまた、シンジとアスカの命を背負っているのだから。
◆
【G-2 温泉内部・ロビー/一日目・夜中】
【冬月コウゾウ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】元の老人の姿、疲労(小)、ダメージ(中)、腹部に刺し傷(傷は一応塞がっている)、不眠症
【服装】短袖短パン風の姿
【持ち物】基本セット(名簿紛失)、ディパック、コマ@となりのトトロ、白い厚手のカーテン、ハサミ、
スタンガン&催涙スプレー@現実、ジェロニモのナイフ@キン肉マン、SOS団創作DVD@涼宮ハルヒの憂鬱、
ノートパソコン、夢成長促進銃@ケロロ軍曹、ナーガの首輪
【思考】
1、ゲームを止め、草壁達を打ち倒す。
2、仲間たちの助力になるべく、生き抜く。
3、夏子、ドロロ、タママ、キョンを探し、導く。
4、タママとケロロとなのはとスバルを信頼。
5、ナーガの首輪を解体。後でDVDも確認しておかねば。
※現状況を補完後の世界だと考えていましたが、小砂やタママのこともあり矛盾を感じています。しかし……。
※「深町晶」「ズーマ」「ギュオー」「ゼロス」を危険人物だと認識しました。ただしズーマの本名は知りません。
※マッハキャリバーから、タママと加持の顛末についてある程度聞きました。
※夢については、断片的に覚えています。
※古泉がキョンとハルヒに宛てた手紙の内容を把握しました。
◆
いつの間にか、夜が明けていた。
大地と大空を埋め尽くす炎は、いつの間にか消えていて。
紺碧色の夜空には、微かに日の出の光が差していた。
若草色の平原は、変わらず穏やかな風に揺れていた。
暁色の陽光の中に、また1つの人影が立っている。
今度は私と同い年くらいの、茶色い髪の男の子だ。
白いジャケットを羽織った姿には、やっぱり見覚えは全くない。
それでもどこかで会ったような、不思議な既視感を感じていた。
きっと目の前のこの少年は、自分にとって、とても大切な存在なんだろう。恐らくは、さっきのオレンジの髪の女の子も。
胸に感じる暖かな温度が、確かにそう訴えかけていた。
「あたしが本当に幸せなのか、って言ったよね」
今度は、こちらから口を開く。
さっきの女の子と、この男の子とは別人だ。
それでもこれは今言うべきことなんだと、心のどこかで理解していた。
「確かに、戦う道を選んだ以上、いつ死ぬのかは分からない……人より早死にするだろうってことも、分かってる。
でも……それでも、多分あたしは、幸せだった、って思えるんじゃないかな」
あの時は唐突にそんなことを言われて、何て返していいのか分からなかった。
それでも、今なら声に出せる。
確かな確信を胸に持って、問いかけに答えることができる。
「あたしには、あたしを支えてくれる人がたくさんいる。あたしなんかのために、命まで賭けてくれた人までいた。
本当なら、ただの兵器だったはずのあたしには、友達や仲間なんてできるはずもなかったんだろうけど……
……それでも、あたしの周りには、たくさんの人がいてくれている。一緒に美味しいご飯を食べたり、笑い合ったりしてくれている」
それはなんてことのないことだった。
少なくとも、普通の家庭に普通の人間として生まれた人にとっては、なんてことのない日常なんだろう。
でも、普通の人間として生まれてこれなかった私にとっては、それは普通のことなんかじゃなかった。
それを今こうして、普通にできていることが、どれだけ幸運なことだろうか。
兵器として生まれてきた私が、人間として生きられることが、どれだけ幸福なことだろうか。
マッハキャリバーとリイン曹長は、それを身を持って再認識させてくれた。
「だからあたしは、もう十分に幸せだよ」
断言できる。
自分は間違いなく幸せだったと、胸を張って言うことができる。
これだけの幸せをもらったんだ。
戦い続ける理由としては、それだけで十分すぎるほどだ。
「もちろん、あたしも簡単に死ぬつもりはない。あたしを待っててくれる人達のために、精一杯生きて帰れる努力をする」
この先何が起こるかは分からない。
どうしても命を賭けなければならない局面にも、いつかは直面するかもしれない。
だから今は、これくらいの譲歩しかできない。
こればっかりはどうしようもないことだから、納得できないのは分かるけど、それでも納得してほしい。
「だから安心して、未来で待ってて」
何でこんなことを言ったのかは分からない。
未来という言葉に、何の意味が込められているのかはよく分からない。
それでも、そう言わなきゃいけない気がした。
それを言うべきなんだということを、やっぱり心のどこかで理解していた。
「明日、必ず迎えに行くから」
言葉は、返ってこなかった。
男の子は最後の最後まで、ずっとだんまりのままだった。
けれど最後の最後には、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。
そうしてその姿は徐々に透明になっていって、最後には、太陽に溶けるようにして消えていった。
足元に広がる若草を踏む。
日の出の方向へと向かって、私はゆっくりと歩いていく。
この先にどんな結果が待っているのかは分からない。
それでもこの歩みを進めることが、どんな意味を持っているのかは分かっていた。
私はここにいる。
今を生きている。
生きている限り、私は戦い続けよう。
どんな運命が牙をむいても、今の私にできることを探し続ける。
今日この瞬間の一秒は、明日にはもうないのだから。
この一秒を動かずにいたことを、明日に後悔したくないから。
この想いを遂げられるように。
いつか胸を張れるように。
今の自分を支えてくれる、大切な人々を守ることを、心に誓って私は進む。
さぁ――そろそろ、歩き出さなくちゃ。
◆
【G-2 温泉内部・脱衣所/一日目・夜中】
【スバル・ナカジマ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】ダメージ(中)、疲労(小)、魔力消費(中)、睡眠、覚悟完了
【持ち物】支給品一式×2、メリケンサック@キン肉マン、砂漠アイテムセットA(砂漠マント)@砂ぼうず、ガルルの遺文、
スリングショットの弾×6、SDカード@現実、カードリーダー、リボルバーナックル@魔法少女リリカルなのはStrikerS、
大キナ物カラ小サナ物マデ銃(残り7回)@ケロロ軍曹、ナーガの円盤石
【思考】
0:何があっても、理想を貫く。
1:キョンを絶対に止める。
2:なのはと共に機動六課を再編する。
3:人殺しはしない。ヴィヴィオやノーヴェと合流する。
4:パソコンを見つけたらSDカードの中身とネットを調べてみる。
5:ケロロにガルルの遺文を見せる。
6:必要に迫られれば、命を捨てて戦うことも辞さないが、可能な限り生き抜いてみせる。無駄死には絶対にしない。
※大キナ物カラ小サナ物マデ銃で巨大化したとしても魔力の総量は変化しない様です(威力は上がるが消耗は激しい)
※無理をすれば傷が悪化し、甚大なダメージを受ける可能性があります。
【ケロロ軍曹@ケロロ軍曹】
【状態】疲労(小)、ダメージ(中)、身体全体に火傷、熟睡
【持ち物】ジェロニモのナイフ@キン肉マン
【思考】
1、なのはとヴィヴィオを無事に再会させたい。タママやドロロと合流したい。
2、加持となのは、スバルに対し強い信頼と感謝。何かあったら絶対に助けたい。
3、冬樹とメイと加持の仇は、必ず探しだして償わせる。
4、協力者を探す。ゲームに乗った者、企画した者には容赦しない。
※漫画等の知識に制限がかかっています。自分の見たことのある作品の知識は曖昧になっているようです。
【高町なのは@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】9歳の容姿、魔力消費(大)、睡眠
【装備】レイジングハート・エクセリオン(修復率95%)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【服装】浴衣+羽織(子供用・下着なし)
【持ち物】ハンティングナイフ@現実、女性用下着上下、浴衣(大人用)、リインフォースⅡの白銀の剣十字
【思考】
0、もう迷わない。必ずこのゲームを止めてみせる!
1、冬月、ケロロ、スバルと行動する。
2、一人の大人として、ゲームを止めるために動く。
3、ヴィヴィオ、朝倉、キョンの妹(名前は知らない)、タママ、ドロロたちを探す。
4、掲示板に暗号を書き込んでヴィヴィオ達と合流?
5、休息が済んだらキョンを探し出し、スバルのためにも全力全開で性根を叩き直す。
※リインからキョンが殺し合いに乗っていることとこれまでの顛末を聞きました。
*時系列順で読む
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|~|高町なのは|~|
|~|冬月コウゾウ|~|
|~|ケロロ軍曹|~|
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