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片道きゃっちぼーる ◆h6KpN01cDg



「……傷は、平気ですか?」
夏子は、包帯の巻かれたみくるの腕を見て、息を吐いた。
「はい、ありがとうございます」
そう口では言っているものの、そう簡単に慣れるとも思えない。しばらくは無茶をさせない方がいいだろう。
「痛みはありませんか?」
「はい、だいぶ落ち着きました……でも」
みくるは夏子に柔らかに微笑みかけ、そしてすぐに表情を暗くする。
「本当に、いいのでしょうか?」
何のこと、とは言わないがすぐに察しはついた。シンジだろう。
「……あの子は貴方を襲ったのですよ。 もう、構わない方がいいと思います」
「でも……」
みくるは、更に顔を伏せる。
「私にも、責任があると思います……シンジ君が何であんなことをしたのかは分かりません。
でも、私はシンジ君に大切なことを何も話さず勝手に話を進めてしまいました。 ですから……」
本当にいい人なのだな、と夏子は思う。
自分や、灌太達といった知り合いはとうになくしている類の優しさを持っている。
『理屈も道理も関係なく、ただ感情で相手を可哀相だと思える』、ことなどもう忘れかけていたから。

「朝比奈さん、落ち込むのも無理はないと思いますが、時間です」
しかし夏子は、極めて冷静にみくるにそう声をかけた。
放送が始まる。あの男が言うには禁止エリアも発表されるらしいのだから、聞き逃すわけにはいかないだろう。
みくるははっとして、口を噤む。
「……は、はい」
その声には、明らかな緊張の色がにじみ出ていた。
知り合いが呼ばれる可能性もあるのだ、みくるの反応はごく自然なもの。

―――みんなおはよう、今日は天気の気持ちいい朝だね、いまはどんな気分かな?

そして、デパートに設置されたスピーカーから、6時間前に会った男の爽やかな声が響いてくる。
自分たちをこんな場所に連れてきたとは到底思えず、罪の意識の欠片すらも感じ取れない声だった。
まるで先生が教壇でするような前振りの後には、男が今楽しくて仕方ない、といった内容が紡がれていく。
「……呆れたものね」
夏子は毒吐く。何が楽しいのだろう、このようなことの。楽しい気分の人間などいるはずがないだろうに。
生きるためにどんな残酷なこともやる人間は夏子の周りにもごろごろいるが、この男からはそれすら感じられない。
ただの享楽、それだけなのだろう。反吐が出るくらい下らない。

男は続いて禁止エリアを放送する。みくるがディパックの中から紙と筆記用具を取り出してそれをメモする。

―――そしてもう一つ、お待ちかねの死者発表だよ。
ようやく禁止エリアを書き終えたみくるは、すぐに流れたその言葉にびくりと肩を震わせる。
夏子は目に見えた反応はとらずに、わずかに右拳を握り締めた。

「……」
みくるが祈るように両手を合わせる。そして―――

『涼宮ハルヒ』

いきなりその名は、呼ばれた。




「……ぇ?」
みくるの口が、半分開いたまま固まった。ぱさりとペンを取り落とす。
その後にも、男は続いて何人かの人物の名前を呼んでいく。
しかしみくるのこの様子では、他の名前など耳に入っていないだろう。
「……涼宮、……さん?」
夏子はその名前に心当たりはなかったが、みくるの態度からすぐに察した。
おそらく、彼女の、元の世界での知り合いなのだろう、と。
しかも顔見知り程度ではなく、ある程度心を許した親しい関係の人物だったのだろう。
夏子の知り合いは誰も呼ばれない。そのことに関しては取り立てて感激もしなかった。
3人ともいつ死ぬか分からない環境下で生き続ける人間だ。そうやすやすと死ぬとも思えない。灌太などこの場でも女の子の胸を追いかけまわしている光景がまざまざと想像できるくらいだ。
「……朝比奈さん、大丈夫ですか?」
明らかに態度を変えたみくるに声をかける。
他の死者の名前は夏子がメモをしておいた。みくるにはそんな余裕はないだろうと思ったからだ。
この中に、朝比奈みくるの知り合いも入っている、ということか。
「……そ、んな……」
しかしみくるは応えない。夏子の声が聞こえていないのかもしれない。
それなら、構わない方がいいのかもしれない。自分が余計なことを言って混乱させる必要もないだろう。
慰める、その手段もあったが、今日出会ったばかりの彼女に適切な励ましができるとは思えなかった。シンジのことが頭をかすめる。
「……」
夏子は黙って壁によりかかり、息を吐く。
ここからは彼女の『情』の世界、自分が口出しをすべきことではない、そう思って。

―――やっぱり、何もできないのね。
そう思う。分かったつもりでも、やはり他人であるみくるの心深くまでは測れない。
彼女は落ち着いた大人ではあるが、シンジのように暴走する危険性を持っていない、とは言い切れない。そのようなことにならないようにする必要がある。
―――力に、なってあげられればよいのだけれど。
夏子の言葉は、みくるには発されることなく、放送の終わった本屋の中に溶けた。


私は、涼宮さんを監視するために、未来からやってきたんです。
そこで、目的を同じくする長門さん、古泉君、そして普通の男の子であるキョン君に出会いました。
いつだって涼宮さんは私たちを騒動に巻き込みました。……いえ、私の仕事は彼女の能力を解明し観察することですから、面倒に巻き込まれるのは問題ないです。……さすがに、昔の私でもコスプレをさせられるとは予想外でしたが。
それなのに……
「涼宮、さん?」
長門さん、どうしてでしょうか?
涼宮さんは死んではいけない人間―――神に匹敵する力を持つ、絶対に保護しなければいけない存在です。
それなのに、彼女が死んだ?
「……っ」

昔の私なら、どうしたでしょうか?
訳もなく泣きわめき、怯えるだけだったでしょう。
でも―――
「……夏子さん」
今の私は、違います、違うんです―――
夏子さんは奇妙そうな顔で私を見ています。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
多くは発しませんでしたが、私の先ほどの態度で知り合いが亡くなったことを察したのでしょう。夏子さんは私にそう問いかけます。
「そちらは?」
「私の知り合いは皆無事です。……私のことより、自分の心配をした方がいいのではないですか?顔色が悪いようですから」
……やはり、そのようですね。
本当のところは、迷っています。
これから、どうすればいいのか。
私は未来人―――監視者として、涼宮さんは生きていなければならない人でした。
それなのにこうもあっさりと、死んでしまうなんて。
嘘、ということも考えましたが、あの男性ならともかく、長門さんがそのようなことをするとは思えませんし、……長門さんがあの男に操られているとも思えません。


古泉君や朝倉さんの動きも気になります。朝倉さんは元より要注意人物ではありますが、古泉君は―――彼は涼宮さんの前では自分を作っていますし、今後どうなるか読めません。
「……いえ、平気です。……大丈夫、ですよ」
「無理はなさらなくて結構です。……ただでさえ怪我しているのに」
ぴしゃりと制止されて、私は言葉に詰まりました。
これから、どうすればいいのか―――また、そんなことを考えます。

―――さあ、これに着替えて、みくるちゃん!

涼宮さんのことを思い出します。普段の彼女は―――アクティブで前向きで、ちょっと強引な女の子でした。
かつての私は、……観察対象、という以上に、涼宮ハルヒという人間に、SOS団に、好意を抱いていました。
……いえ、今はそのようなことを考えている場合ではありません。上からの指示が遮断されているらしいここで、今私がするべきこと。
昔に比べれば少しは地位も上がったとはいえ、私は未だに全てを知り尽くしているわけではありませんし、何より何の力もありません。
長門さんからのアクセスを待つ、それも手です。しかし確実にそれがあるとは限りません。
長門さんの思惑が分からない以上―――それだけに頼りきることはできません。kskにアクセスできればそれも役に立ったでしょうが、それもできませんし……
他の方法は……あ、これ以上は禁則事項ですね。今のところ使えそうな手段はそれだけです。
それならば、私のとる行動は。
涼宮ハルヒの監視者として、『今』の私がすべきことは―――

「……夏子さん」
「何ですか?」
「……」

―――第一優先保護対象を変更します。涼宮ハルヒから、キョン・キョンの妹の二名へ移行。
何よりも、力のない二人を守ること。
分かっています、涼宮さんのことを考えなければいけないことは。彼女が死んだのは、私の責任でもあります。
でも、だからと言ってそこで後悔して何もしなければ、再び後悔することでしょう。
それに、涼宮さんはまだ助かる可能性も残されています。……無謀に近い気休めだとは分かっていますが。
まず涼宮ハルヒの能力が、―――自らの願望を叶える力である以上。
彼女の望むことを実行することによって、涼宮ハルヒが『死なずに済む』ことはありえないでしょうか?
彼女がもし、自らの望む世界に『帰りたい』と強く思うなら、それが達成される可能性もまた、存在しています。
そして、やはり長門さんがこちらとアクションをとってくる可能性もあること。
長門さんが嘘をつくとも思えません。しかし、長門さんが涼宮さんが死んだことに何も感じない、とも思いません。
成功率も正解率も著しく低い、ですが―――それはゼロではありません。
ですから、まだ、希望を捨てるのは早い、そう思います。
今は、二人の保護を優先します。きっと涼宮さんも、―――それを望むと思います。
……ええ、そうです。私は……今も、昔も、きっと……SOS団が大好きなんです。だから―――


「どうしたのですか?」
夏子さんが私に聞き返します。
まだ、夏子さんが本当に信頼に値する人物かどうか―――そこまでははっきりとしません。
危険人物ではないのですが、彼女は強いです。その強さは頼りになりますが、私の気持ちとしては割り切れない部分もあります。
けれど、もう考えている時間はありません。
私はもう―――昔の『朝比奈みくる』ではない―――大人なのですからね、キョン君。
「……実は、」
そして、私は―――夏子さんに言おうと決めました。
私の仲間のこと、そして――守ってほしい人物のことを。
それなのに、うまく言葉が出てきません。
「……あの……」
分かっているからです。ここで私が夏子さんに知り合いのことを話せば、彼女にもさらに負担がかかってしまいます。それに、二人には力がありませんから、夏子さんの足を引っ張るかもしれない、そう思うと、勇気が出ません。
「あの……きゃっ!?」
私は迷いながらも顔を上げました。
……しかし、窓の向こうに見えた巨大な生物の姿に気づいて悲鳴をあげてしまいました。おかげで言葉が中断してしまいました。
……だって、突然あんな神人みたいに大きな生物がいたら驚くじゃないですか。
「……どうしたんですか?」
「え、い、今……外に何か……」
「外?」
そう言って夏子さんは窓の外を見つめます。
「……確かに、何かいましたね。 私からは背中しか見えませんでしたが……私達には気づかなかったようですね」
「……はい」
幸いでした。あれほど大きな動物がもし凶暴だったら、私などあっという間にやられてしまうでしょう。
勝手に外見で判断してはいけませんが、用心をするにこしたことはありません。
何よりも今は、―――早くキョン君と妹さんを探さなければなりません。
「そういえば、……朝比奈さん、何か話があったようですが……」
夏子さんに聞かれます。……そう、そうでした。
どうすれば、いいのでしょう。
先ほど彼女はシンジ君に言っていました。戦闘には介入しない、と。誰が戦っていようと関係がない、と。それが無難且つ最善の手段だとは分かります。しかし―――それで、キョン君と妹さんは助かるのでしょうか?
そして何より、夏子さんは、私と『本当の意味で』協力してくれるでしょうか?
何よりも、今の私は、二人を守る手段を考えなければなりません。
私、私は―――

決めなければ、なりませんね。
『涼宮ハルヒの監視者』と『SOS団のメンバー』のどちらか、を。


【F-10 ショッピングモールの書店/一日目・朝】

【川口夏子@砂ぼうず】
【状態】健康
【持ち物】デイパック、基本セット(水を少量消費)
【思考】
0.何をしてでも生き残る。終盤までは徒党を組みたい。
1.シンジとみくるに対して申し訳ない気持ち。みくるのことが心配。
2.もう少し休んだら朝比奈みくるとともに北の市街地(パソコン)を目指す。
3.力が欲しい。
4.水野灌太と会ったら――――

【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】左肩に切り傷(応急処置済み)、深い悲しみ
【持ち物】 スタームルガー レッドホーク(5/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、不明支給品1(本人と夏子が確認済み)
    デイパック、基本セット
【思考】
0.キョンとキョンの妹を優先的に保護、夏子の協力を仰ぎたいが……?
1.長門有希の真意を確かめる
1.シンジが心配。
2.川口夏子とともに北の市街地(パソコン)を目指す。
3.市街地についたらパソコンのある施設を探し、情報を探索。可能なら長門との交信を試みる。
4.朝倉涼子は警戒、古泉に対しても疑念。
5.この殺し合いの枠組みを解明する。
6.ハルヒが生き返るとすれば……

※ハルヒが自身の能力によって生き返る可能性もあると考えていますが、極めて可能性は薄いと思っています。
※トトロの外見のみ認識しました。




そして、時は遡る。
デパートを出よう、シンジはそう考えていた。
このままここに残って、みくるが自分の口封じをしにやって来たらどうする。掲示板の書き込みに、みくるが気づいたら。
いや、そんなことはない、と首を振る。だって夏子さんがいるじゃないか。夏子さんならみくるを止めてくれる。
でも―――
背後を振り返る。誰もいない。何の音もしない。
―――夏子さんは、大人だから。
もしみくるの言葉の方が有益だと判断したなら、彼女もシンジを殺そうとするかもしれない。
夏子は、どうせ子供の自分の言葉なんか聞いてくれないんだ。
―――大人なんか、大人なんか―――
ミサトの顔を思い返す。ゲンドウの声を思い出す。
―――信じられない。
大人がそんなに偉いのだろうか?
子供は大人の意見に逆らってはいけないのだろうか?
子供は―――大人の道具でなければならないのだろうか?
違う、間違っている。
―――カヲル君ならどうするかな?
あの不思議な雰囲気の友達なら、こんな時自分の背中を押してくれるのではないだろうか。
そう思い、これ以上大人に振り回されないように、シンジは電気機器店を後にした。

できることはした。みくるのことは既に掲示板に書き込んだ。きっと誰かが見つけれくれると信じよう。
「……はあ……」
ずきずきと傷が痛む。血はあらかた止まったのに、痛みは引こうとしない。
それでも、シンジは歩き出す。
階段を下りていく。途中で夏子やみくるに会わないようにそっと注意を払いながら。
エレベーターで見つかれば一貫の終わりだ。
何とか下までたどり着かなければ。
それだけを考え、シンジは無心に階段を下り続けた。

そして、一階ホールまで着いたところで、―――シンジは、その場に座り込んだ。
「……はあ、はあ……はあ……」
これ以上の痛みだって何度も体験しているとはいえ、痛いものは痛い。
「……うう、……どうにか、しないと……」

―――みんなおはよう、今日は天気の気持ちいい朝だね、いまはどんな気分かな?

そして、突然流れた放送に、シンジははっと顔をこわばらせる。
「ほ、放送、だ」
さっき会ったばかりの眼鏡の男が言っていたことを今更に思い出す。全て、カヲルの死で頭から吹っ飛んでいたのだ。
男が禁止エリアを読み上げる。シンジは慌ててディパックから紙と筆記用具を取り出しメモするがやや遅く、最初に読み上げた地区がどこか聞きそびれてしまった。
「ど、どうしよう……」
BだかCだかEだか言っていた気もするが、確証は全くない。間違えて禁止エリアに足を踏み入れて、カヲル君のように―――そう考えると、背筋が寒くなる。
やがて死者の名前も呼ばれる。とりあえずアスカが呼ばれなかったことに安堵しつつも、シンジの不安は膨らんでいく。
戻りたい、そう思った。夏子とみくるに教えてもらおうか。二人ならなんとかしてくれるかもしれない、そんな弱虫なことも一瞬考える。
決意を決めたにも変わらず、やはりまだシンジは迷っていた。
だが、
「に……逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……!」
逃げてはいけない。
自分一人で、進むことから。
もう誰も信用してはいけない。こんな場所で出会った人間に深入りしちゃだめだ。
アスカは心配だから探したいとは思うが、それ以外の人間とはできる限りかかわりたくないのは本音だった。


「……大丈夫だよ……大丈夫……」
右手を握りしめ、戻すような仕草。無意識にシンジは呟く。
「……逃げちゃ、だめだ……!」
そして、勇気を振り絞って立ち上がり、デパートの外へと飛び出した。
「……っ」
初めに出会った男のことを思い出す。あの男は殺人に対して何のためらいもなかった。シンジより小さな子供や女の子でも殺すと言っていた。
もし、そのような人物にまた遭遇したら―――
ナイフを、堅く握りしめる。
「……だめだ……守るんだ……僕は、僕を守らないと……!!」
声は震えており、少しも説得力がないのは分かっていた。
それでも、そう言い聞かせる。
一見優しそうなみくるが主催者と通じていたりするのだ。大人を、気軽に信用なんて、したらダメだ。
今まで大人を信じて―――自分は「しあわせ」になれたことがあっただろうか?
そこまで考えていながら、もう一度デパートの中を振り返ってしまう自身を憎みながら―――シンジは歩き出す。
ざり、と砂を踏む感触。身ぶるいしたくなるような恐怖に襲われる。
「……っ」
ナイフの柄を、指でなぞる。大丈夫だ、ここに武器がある。訓練も少しは受けたのだ、あの時は素手だったからどうにもできなかったが、今はここに刃物がある―――なんとかなるに違いない。
そうとでも言い聞かせないとやっていけなかった。また一歩、踏み出す。
デパートからは誰も降りてくる気配はない。辺りはしんと静まり返っていた。
「……」
あまりの静寂は恐怖を呼ぶ。ごくりと唾を呑みこみ―――
「す、進まなきゃ……」
無理やりシンジは自分を奮い立たせる。
そんな彼の前に―――

それは、現われた。


ドスン、ドスン、ドスン。
擬音語にするなら実に単純なリズムがシンジの耳に届いたのは、シンジがようやくまともに歩けるようになった頃だった。
「……えっ?」
ぴたりと足を止める。はじめに感じたのは恐怖より疑問。
この大きな音は何なのだろう?
そしてシンジの思考は、進んでいた方向に顔を上げた瞬間、一瞬にして恐怖に変化した。
何故なら、前方には、何かが『いた』から。
どすんどすんと規則的な音を立てながら、何かがまっすぐにこちらに向かってきている。
「……な、何だ、何だよ……!」


次第に、それの姿かたちがはっきりしてくる。
まず、それは人ではない。シンジと比べるまでもないとてつもない巨体を持つ、全身毛むくじゃらの『生物』だった。
そのような巨大な身体にも関わらず、それは人間と変わらぬ速さでこちらに向かってくる。
シンジは踵を返して逃げ出そうとした、が、その生物の頂点にぎょろりとした目玉と巨大な口があるのを確認した瞬間、彼の足はぴくりとも動かなくなる。
ただ、今にも崩れそうなほどにがくがくと震えるだけだ。
「……ば、ばばば、化け物……!」
姿形は明らかに異なっているとは理解していても、今のシンジは使途にナイフ一本で立ち向かっているようなもの。
勝てる訳がない、殺される―――本能的にそう思った。
徐々にそれはシンジと距離を詰めており、接触するまであと2分とかからないだろう。
「……き、気付くな……気づくな……気づかないでくれ……」
幸い、今のところ『それ』はその大きさ故かシンジの存在に気づいていない。このまま気付かずに、自分の横を通り過ぎてくれ―――シンジは地面に伏せ、目を閉じそう祈った。
しかし、臆病な少年の願いはかなえられなかった。
足跡が近づき、近づき、近づき、―――止まる。
「……」
再びの静寂。
どこかにいった、のか?
ほっと溜息をつき、シンジが顔をあげると、そこには。
ふっくらとした、灰色の毛玉と―――

にいっと笑う、巨大な獣の顔があった。

シンジの中で、―――何かが弾け飛ぶ。
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!」
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。
獣の存在を理解すると同時に、シンジは自らの命の危機を感じ取った。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死にたくない、死にたくない、死にたくない!
体格差を考えれば、刃先が届くはずもない。そのまま踏みつぶされても不思議でもなんでもない。無謀が過ぎる行動。
しかし生に執着した今のシンジには、そのようなことも考える思考力が残っていない。
ただ、死にたくないから刃物を振るう。エヴァに乗ったばかりの時のように、怖くて怖くて仕方がなくて、何故自分がこんなことをしているのかも分からずに、それでも傷つくのが怖くて、彼は戦う。
ナイフを振りかぶり、そして―――それはあっけなくかわされた。
正しくは、巨大な獣が手でナイフを弾き飛ばしたのだ。
普段ならそこで絶望していただろう。しかし、シンジは止まらない。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ナイフを弾かれた瞬間、生身でそれに殴りかかったのだ。
死んだ友人が見ていたら、「もっと落ち着いてもいいと思うよ、まあそんな純粋で壊れやすい君だからこそ好意に値するんだけどね」とでも言いそうなほどに、今のシンジは精神的に参っていた。
もちろん、中学生の少年が巨大な獣を殴り倒せるはずもなく。
トトロに向かって突撃するシンジの腹に、強力ながらもどこか控えめな獣の腕が食い込み、シンジはそのまま意識を失った。


巨大な獣・トトロは、シンジをそのまま踏みつぶ……さなかった。
しばらくじっと白目をむいて気絶しているシンジを見つめていたが、やがて意を決したように、彼をそっと両手で掬いあげる。
丁寧にナイフはシンジのディパックの中に戻してやる。
そのままシンジを頭に乗せ―――トトロは何事もなかったかのようにそのまま進行を再開した。

―――コイズミから聞いた人間の名前が放送で呼ばれ、とりあえずもう一人を優先して探そうとしていた。
―――見知らぬ少年が突然襲い掛かってきたから、対応した。
―――止まりそうになかったので気絶させた。怪我のない程度に力をゆるめた。
―――そのまま放っておくわけにもいかなかったので、コイズミに頼まれた仲間探しのついでに少年を保護した。

トトロの思考を理解している者―――古泉一樹でもどうだろうか―――なら、トトロの行動をそう解釈したかもしれない。
しかし、この場にはトトロと気絶した少年しかいない。真実は、誰にも分からないのだ。

少年を頭に乗せたまま―――トトロはにいっと、笑っていた。

彼に手紙を託した少年が、彼の保護対象だと教えられた少年が、どんな事態になっているのか、それすら見通しているかのように。




【F-9 湖ほとり/一日目・朝】

【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】左肘に銃創、疑心暗鬼、憂鬱
【持ち物】コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、七色煙玉セット@砂ぼうず(赤・黄消費、残り五個)
     小説『k君とs君のkみそテクニック』
【思考】
0.(気絶中)
1.死にたくない。
2.朝比奈みくるに対し強い嫌悪感・敵対心、夏子を含む「大人」全般への疑心。
3.アスカと合流したい。
4.優勝したらカヲル君が――――?

【トトロ@となりのトトロ】
【状態】頭部にでかいタンコブ、左足の付け根に軽い火傷(毛皮が焦げている)、腹部に中ダメージ
【持ち物】デイパック(支給品一式、不明支給品0~2)、古泉の手紙
【思考】
1:誰にも傷ついてほしくない。
2:キョンの保護?古泉からもらった手紙を渡す?
3:少年(シンジ)の保護?
4:???????????????
※みくる、夏子には気づいていません。どの方向に向かうかは次の書き手さんにお任せします。



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碇シンジがああなったワケ 川口夏子 夏子と、みくる
朝比奈みくる
碇シンジ 守りたい者がいる
優しい隣獣 トトロ




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