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笑って、笑って、君の笑顔が――― ◆h6KpN01cDg



夢は叶います。
私はほんの小さなころ、お父さんとお母さんにそう教わりました。
私がいい子でいて頑張りさえすれば、私の願いはなんだって叶えられるんだって。

でも、今の私はちゃんと知ってます。
本当は、叶わないこともあるんだってことくらい。
もう、それも分からないほど、子供じゃあないんです。

だって。
人の夢って書いて、儚いって読むのですから。
お兄ちゃんに教わりました。

それでも。
私の夢なんて、儚いものだったとしても。
それでも信じたい。
信じてみたい。

夢は叶うって。
奇跡は、きっと起こるって―――

私が信じなくて、誰が私のことを信じるの?

信じていいかな?
本当に―――そうかな。

うん、そうだね、『    』
私、信じるよ。

まだ―――私は『しあわせ』になれるんだって。




『……くそっ』
『ま、まずいでありますよ、もっとスピードは出ないでありますか!?』
B-6地区。
かつては住宅地が広がっていたそこは今―――赤に包まれている。
赤色の正体は、炎。
膨大な量の炎が―――街を呑みこんでいた。
住宅地は炎により火柱を上げて燃え上がり、緑はところどころしか残されていない。
この中で気絶している人間がいたならば―――間違いなく命は助からないだろう。

しかし、『彼女』はまだ生きていた。
自らの武器であるナビ達の力によって。
『……これが限界だ!我慢しろ!……くそ、まずいな……』
思った以上に、事態は悪化していた。
炎は市街地全域を覆い尽くし、炎を縫って進むだけでも時間がかかる。
更に言うならば―――このシールド機能は、あと数十分しか持たないのである。
殺し合い下の制限で使用時間を6時間にまで抑えられた防衛型強化服は、じきに限界が来てしまうのだ。
それまでにここを抜け出せるか―――可能性は、五分五分―――いや、それ以下だろう。
地図上の一ブロックは縦横約1キロメートル。この移動方法で、この速度で、いったいその距離を進むのにどのくらいかかるというのか。
何せ、移動速度があまりにも遅い。
土をざりざりとこすりながら、少しずつ妹の体を動かすことしかできないのだから。
妹が意識さえ取り戻せば助かる確率は段違いに上がるのだが―――そんなことに期待はできない。
彼女が精神的に落ち、そして不安定だというのは彼らが一番良く知っていた。

『……伍長、あっちも通れないですぅ!』
タママの人格を持ったナビが声を上げたその先には、ごうごうと燃え上がる大木。
炎が高く宙まで伸びており、そのまま進めば妹の体は炎に焼かれてしまうことは明白だった。
『……くそ、避けるぞ!北に舵を取れ!』
『くーくっくく、しかし、北は行き止まりだぜ?どうするんだ?』
『北に向かえば海があるはずだ!さすがに海までくれば炎は途絶えているはず。……やるぞ!』
『イエッサー!』
妹の体は、ところどころ火傷を負っている。
シールドは確かに存在している。しかし、制限故か、それとも所有者である妹の意識がないからか、防御が完璧ではないのだ。
体に傷を負っても尚、妹は目を覚ますことはない―――このまま死んでしまってもおかしくない状態だといえた。
それでも、まだあきらめない。
少しずつでも進み続けること、それがナビ達にできる唯一のことだった。
『妹殿……負けてはいかんでありますよ……どうか……』



そして、その願いは通じたのだろうか。

一時間ほど経った頃。
まだ制限時間こそ来ていないものの、妹の体力は限界に近く、このままでは火傷以前に脱水症状で死んでしまうのではないか、と思えた、その瀬戸際。
『……!海、海が見えたでありますよ!』
緑のナビが、喜びの声を上げた。
彼に体があればその先の景色を指差し、飛び跳ねていただろうが、ナビの姿ではそれもかなわない。
悔やんでもどうにかなることではないのだが。
『よし、ここまで来たぞ、あと少しだ!』
これで、妹は助かるはずだ。
惣希望を持ち、進む。
そして、森を抜け、視界が開けたその先に待っていたのは―――
『……なっ!?』
『炎が……!?』
………………赤い、世界だった。
海が見えたことに気を取られた故の失態。

あと、もう少しだというのに。
数十メートル先には、砂浜が広がっているのが確認できるのに。
目の前に広がるのは、燃え盛る炎。
―――行き場がない。
緑が次々と枯れ、燃え尽きていく。
四方八方を囲まれてしまっていたのだ。
そして、それは次第に―――無抵抗な少女とナビへと触手を伸ばす。
逃げるためには、炎の中を正面突破する必要がある。
しかし、そんなことができるだろうか?
この妹の体調では―――先に喉がやられてしまう。
『そ、そんな、そんなことってないですう……』
それは、絶望を告げる合図だった。
背後に襲いかかる、炎。
その速度は、もはやカウントするまでもなく明らかだ。
……じきに、ここは炎に呑まれてしまう。
右も左も、赤一色。
妹の口から洩れるのは、弱弱しく乾いた息遣いのみ。
逃げ場は、もはやなかった。
せっかく、助かったと思ったのに。
もう少し、あと少しで水辺までたどり着くというのに―――
ナビの人格たちは、終わりを悟った。
『……そ、そんな……吾輩達は……もう終わりでありますか……?』
『せ、せっかくこの子を助けたのにあんまりですぅ!』
ここであきらめたくはないのに、浮かぶ選択肢にはろくなものがありはしない。
このまま、ここで終わるなんて―――
『……信じろ』
しかし、赤のナビだけは―――違っていた。
『な、何を信じろと言うのでありますか!だってこんな―――』
『このままじゃ、ただボクたちごと焼け死ぬだけですぅ!』
『まだ助かる方法はある!妹が意識を取り戻しさえすればここから脱出できる!だからまだあきらめるな!』
『そ、そんな……そんなに上手くいくはず……』
『ああそうだ、そう上手くことが運ぶはずはない……しかし、そんなことを言うなら彼女が今まで生きていたことが奇跡なんだ。……もう一度くらい奇跡が起きることを祈って何の問題がある?』
『くーっくっくっく、まあ、賭けてみてもいいかもしれないなあ』
赤が、そう叫ぶ。
黄色が、笑う。
そして、残された二人は。
しばしの沈黙ののち―――ゆっくりと。

『……そう、であります。……こんなところで……こんなところで妹殿を失う訳にはいかないでありますよ!』
『で、でも……仮に意識を取り戻したとして……この子は生きたいと思うかどうかわからないですぅ……あの状態じゃ、もしかしたら自殺したいって思うかも……』
『何を弱気なことを言っているでありますか二等兵!お前らしくもないでありますよ!』
緑のナビが、叱責する。
『で、でも―――ぐ、軍曹さあん……』
『ああそうだ、そう思うかもしれない。だがそれがどうした!
俺達は何のための人格だ!……あいつを説得することくらいはできるだろう!』
『……う、うう……』
この場にいる全ての人間は―――否、ナビは思っていた。
妹を救いたい、と。
自分たちは支給品であり、例え焼け焦げようとも本体が死ぬことはない。
しかし、妹は生身の人間―――防衛服の制限を迎えた時点で、おそらく命はないだろう。それ以前に、水分が枯渇して死ぬ方が先かもしれない。
救われる方法などほとんどない。それでも。
『……やるでありますよ。全員に告ぐ!妹殿の無事を祈り少しでも前へ進むであります!』
そんなことをしても、妹に届かないかもしれない。
そもそも彼らは、ただのナビにすぎない。
それでも。
無意味だとしても。
ほんのわずか、妹の体を動かす。
少しでも、炎から逃れようと―――抵抗し続ける。
それでも―――救いたかった。
この、あまりにも悲しい少女のことを。

彼らは知っていた。
壊れてしまう前の妹の様子を。
笑ってほしい。
ゲンキと一緒にいた頃のように、和やかに、穏やかに、華やかに、無邪気に、ただ。
赤が、迫る。
それでも尚―――彼らはシールドを展開し、まっすぐに進み続ける。
民家さえも薙ぎ倒す灼熱が彼らのところにたどりつくまで、あと―――




気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち、悪いよ。ゲンキ君。

私―――何でこんなところにいるんだろう。
何で、こんなふわふわしたところにいるんだろう。
もしかして、死んじゃったのかな?
あはは―――別に、いっか。
それでもいいよ。
だって、ゲンキ君のところに行けるなら。
それだけで、嬉しいよ。
アスカだって殺したんだ。もう死のう。
死んでも、いいよね。

もう、いいよ。
もう、――-疲れたよ。
だからもう、ゴールして……いいよね。

『だめよ!』
……あれ、誰?
どこかで、聞いたことがある声だ。
ゲンキ君?……ううん、違う、女の人だ。
これは……
『だめよ妹ちゃん……こんなところで、そんな悲しそうな顔で死ぬなんて、私は認めないわ!』

ハル……にゃん?
私の目の前にいたのは―――ハルにゃんだった。
あれ、おかしいな。ハルにゃんは死んだはずなのに。
あ、そっか。そうだよね。私も死んだんだった。だから関係ないんだよね。あはは。

『……』
ハルにゃんの顔は、哀しそうだった。
私のことを、じっと見つめている。

何で?何でそんな顔するの?
私、ハルにゃんがそんな顔してると悲しいよ。

もう、いいの。
もういいんだよ、ハルにゃん。
私、頑張ったよね?
アスカを殺したんだ。これで幸せなんだ。
ゲンキ君の仇をとったんだから、それでいいはずなんだよ。

『……妹ちゃん、一つ聞いてもいい?』
ハルにゃんが、私にそう言ってきた。
私はただ、何も考えずに頷く。
何を聞かれてもどうでもよかった。
だって、私はもう死んでるんだもん。

『……ゲンキ君に……会いたい?』
何で?
何で、そんなこと言うんだろう。
すぐにでも、会えるよ?
だって、私もすぐに死ぬもん。
その時に話すから。
だから、ハルにゃんはそんなこと考えなくていいんだ。
もう―――いいんだよ。



私は言った。
もういいよ、って。
どうせもう私も死ぬんだから、すぐに会えるんだよ、って。
でも言ってたから気づいた。
あ、そっか。
もしかしたら私―――死んでもゲンキ君に会えないかも。
あ、そうだ、きっと会えないや。
悲しいなあ。
だって私は、人殺しだもん。地獄に落ちるに決まってる。
アスカみたいな最低な奴さえ助けたゲンキ君なら、絶対に天国へ行くよね。
……あ、そうか……会えないんだ。

仕方ないのかな。
だって、私はいけない子だもん。
ゲンキ君の復讐のために人を殺したんだから―――
このまま、ゲンキ君に会えずに一人で死んでいくんだ。

『そういうことじゃなくて……』
なのに。
ハルにゃんは、まだ私の目の前にいて。

……なんで?
なんで、そんなこと言うの?ハルにゃん。
……ううん、理由は分かってる。
私が悪い子だからだよね。
やっぱり、私が地獄に落ちちゃうから。
ハルにゃんは、私がアスカを殺したこと、知ってるんだね。
そうだよ、ちゃんと分かってる。
もう、私は―――ゲンキ君に会うことなんてできないんだ。

『違うわ。妹ちゃんは悪い子なんかじゃない。だからアスカのことは気にしなくていいのよ。私が聞きたいのは、』
ありがとう。
私をかばってくれるんだね。
でももういいんだ。
すごく、哀しいけど。
本当はすごく、すごく会いたいけど。
でも、しかたないよね。
だって私は、犯罪者なんだもん。
だから―――




『………………あああああああもう!妹ちゃんも人の話を聞きなさいっ!どうしてあんたたち兄妹は二人とも人の話を聞かないのよ!』
突然、ハルにゃんは大きな声を上げて髪を掻き毟った。
兄弟って……キョン君のことかな?
ハルにゃんは、キョン君ともここでお話したのかな。

『いい、妹ちゃん、よおく聞くのよ。いいわね?』
なんだかハルにゃんはちょっと怖い顔だった。
ごめんなさい、私が悪いんだよね。
でも、ゲンキ君の仇を討つためには仕方なく―――

『私は、聞いたのよ。……ゲンキ君に会いたい?って』
ゲンキ、君に。
今度は、ハルにゃんの質問をちゃんと聞いていた。
ゲンキ君に、会いたいか?
そんなの、当たり前だ。

―――会いたい。
―――会いたいよ。
でも、そんなの―――無理だよ。
私は人を殺しちゃった。
アスカを殺したら幸せになれると思ったのに―――私は今、全然幸せじゃない。
ただの、人殺しだよ。
そんな私が、ゲンキ君に会う資格なんて―――

『資格?そんなものいるわけないじゃない!だって、妹ちゃんは何も―――何も間違ってないわ』
ハルにゃん、そんなこと言ってくれなくてもいいよ。
だって、私は人殺しなんだ。
分かってる。
どうにも、ならないよ―――
私はこのまま、ただ死んじゃうだけなんだよ―――

『……そう、確かにアスカを殺したかもしれないわ。それは、いけないことよ。でも、それでも、誰も妹ちゃんを責めたり、しないから。だからどうでもいいなんて言わないで』
どうして。
どうして、ハルにゃんにそんなことが分かるの?
ハルにゃんは、私じゃないのに。
ただの―――キョン君の『お友達』……じゃない。

『……分かるのよ、私は』
なんで、どうして?
そんなの変だよ。
……それに、そうだ。さっきから、どうしてハルにゃんは私の気持ちを勝手に読み取ってるの?
私、何も口にしてなんかいない!
ハルにゃんは私じゃないんだから、勝手に人の心を覗かないでよ。
もう、私はどうでもいいんだから―――
もう私なんか、一人ぼっちで死んじゃったほうがいいんだ―――




『……いい加減にしなさい!』
ハルにゃんは―――今度こそ、大きな声で怒鳴った。
思わず、びくりとする。

『……どうでもいいなんて、言わないでって言ったでしょ!?……私が聞いてるのはただ一つよ、ゲンキ君に会いたいの?資格なんてどうでもいい!ただ、会いたいかどうか、それを聞いてるのよ』
……そんな、めちゃくちゃだよ。
会いたいからって、そんな簡単に会えないよ。
私は、悪い子なんだから。
もう誰も、私を許してくれないよ。

『私がいいって言っているんだからいいのよ!他の人たちが何を言おうと、私は妹ちゃんの味方だからね!だから―――ちゃんと本当のこと言いなさい!貴方の口からね!』
むちゃくちゃだよ、ハルにゃん。
ハルにゃんが許してくれても、皆は許してくれないよ。
ハルにゃんが味方になってくれても、私はもう笑えないよ―――

でも。
でも―――
でも――――――

会いたいよ。
本当は、会いたいよ。
会いたいよ―――

「……あい、たいよ……」
それだけは、本当だ。
ハルにゃんの質問に私は―――それだけ答えた。

今度は、言葉になった。
声が、震えた。
「……会いたい、会いたい、会いたい……会いたいよっ!」
止まらない。
どうでもよかったはずなのに。
もう―――会えないだろうなあって思っていたはずなのに。
もう、死んじゃうって思っていたのに。
それなのに―――一度言葉にすると、何でだろう、止まらないよ……




「本当は!もっとお話したかった!もっと遊びたかった!こんな場所じゃないところで、ゲンキ君の仲間やハルにゃんたちと一緒に!楽しいことしたかったよ!!!
助けてくれてありがとう、ってまだ言い足りてないよ!私―――いつだってゲンキ君に助けられてばっかりだったのに、なのに、なのに―――何も、何もできなかったよお!」
本当は―――
本当は、分かってたんだ。
ゲンキ君が、私がアスカを殺すことなんて望んでいなかったことくらい。
だって、ゲンキ君はあのアスカを助けるような人なんだよ?
私が人殺しになるのを喜んだりするはずない。
だから―――私がアスカを殺しても、それはゲンキ君の仇を討ったことにはならないんだって。
アスカを殺して―――喜ぶのは私だけなんだ。
結局、私も全然嬉しくなかったんだけど。

だって―――
私は、今でもアスカのことを許せないけれど。
アスカなんて、死んじゃえって思っていたけど。
それでも。
殺したくは、なかったんだよ。
本当は―――アスカのことも殺したくなんかなかった!
当たり前だ。
だって、私は普通の女の子だったんだから。
人を殺したいだなんて思えるはずないよ。

それなのに、私は―――
もう、取り返しのつかないことをしてしまったんだ―――
ゲンキ君、私―――
悪い子だけど―――貴方に会いたいよ。

「……会いたい……会いたいよおおおおお!」
私―――どうして気付かなかったんだろう。
アスカを殺しても―――私も、ゲンキ君も、もちろんアスカも、誰も嬉しくないんだってことに。

……あれ、何で私、泣いてるんだろう?
喉はからからなのに、目から水は出るんだね。
「……う、うあ……ああ……ああああああああああああああ!」
どうしてかな。
もう―――何も思いつきもしないのに。
ただ、ゲンキ君に会いたいってことだけは―――はっきり分かるんだ。


私、ね。
ちょっとだけ、キョン君の気持ちが分かった気がするんだ。
キョン君は、私を殺そうとしてきたよね?
私、それがすごく怖かったんだ。
普段は素直じゃないけど優しいキョン君が、私を殺そうとしてくるなんて、理解できなかった。
でも、ね。
今ならちょっとだけ、ううん―――すごく、よく分かる。
キョン君が、私を殺そうとした理由。
間違いない、って思えるよ。
キョン君はきっと―――ハルにゃんを救えなかったんだ。
私と、同じように。
何があったのかはよく分からないよ?
キョン君の目の前で、ハルにゃんが誰かに殺されてしまったのかもしれない。
ハルにゃんがゲンキ君みたいに、誰かからキョン君をかばったのかもしれない。
それとももしかしたら、もしかすれば―――キョン君がハルにゃんを殺しちゃったのかもしれない。
どれが正しいかは、私には分からない。
それでも、きっとそれだけは間違ってないはずだ。
だって、私とキョン君は―――兄弟なんだもん。
それくらい、分かるよ。
もう、子供じゃないもん。
妹舐めたら―――おしおきなんだからね。
『……そう言うと、思ってたわ』
ハルにゃんは、今度は笑っていた。
私の大好きな、明るくて自信満々の笑顔だった。
『ごめんね、強く言っちゃって。でも、今の妹ちゃんが見てられなくってね』
そう言って、私の頭を撫でる。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。
『……そうよね、ゲンキ君に会いたいわよね。……でも、まだ早いわ』
ハルにゃんは、私の顔を真剣に見つめた。
こんな顔のハルにゃんは―――初めて見た。
「……早い……?」
だって、私はもう少しで死んじゃうのに―――
『……ううん、まだ死なない。今なら、まだ間に合うから。……だから、お願い。生きるのよ。絶対に。何があっても―――貴方はまだ生きなきゃ』
でも、生きててもゲンキ君に会えないよ。
『だからそんなことないってば。全然大丈夫よ。第一、ゲンキ君はそんな簡単に人を嫌いになるような子?』
違う。そうなら、アスカを助けたりしないよ。
ゲンキ君は優しくて、強くて、かっこいい男の子だもん。
そう、分かってるよ。
分かってるからこそ、私みたいな悪い子とは―――
『会えるわよ。これから妹ちゃんが頑張れば―――いつか会えるわ。……だってゲンキ君は―――』
ハルにゃんは、すっと私の左胸を指差し―――

『妹ちゃんの心の中にずっといるじゃない』

あ―――-
何かが、すっと溶けた。
そっと、左胸に手を伸ばす。
友達に比べて全然発育はしていないけれど―――それでも、聞こえる。
とくん、とくんという、規則的な音が。
ああ、そうか。
―――これが、ゲンキ君なんだね。
私の左胸にいる―――この音がゲンキ君の命の音なんだ。
『……そうよ、いつだってゲンキ君は、貴方の傍にいるの。だから、がんばって目を覚まして』
そうか。
そうなんだ。
ゲンキ君は―――私の中にいるんだ。
ゲンキ君は、私と一つになったんだ。
ゲンキ君は―――私なんだ。
そうなんだね?
私がここで死んだら―――ゲンキ君は、また死んじゃうんだ。

『……』
ハルにゃんは、また何か言っていた。
でも、その言葉は聞こえない。
何を言っているのかは気になったけど……でも、いいや。
私は、――-決めた。

私―――
私、生きたい。
そして、ゲンキ君を今度こそ守りたい。

悪いこと、しちゃった。
分かってる。分かってるよ。
それでも、私は―――
死にたくない。死にたくないんだ。
ゲンキ君を死なせないために。

ゲンキ君、ごめんね。
私、もうこんなことしない。
これからは、がんばって生きる。
ゲンキ君は許してくれないかもしれないけど―――
それでも―――
今からでも、貴方を守りたい。

涙がこぼれた。
気づけば、私は泣いていた。
『ああ、そうだ、がんばるんだ、『   』』
ゲンキ君の声。
こんな状態じゃ、たぶん喋ることもできないと思うから、聞き間違いかもしれない。
もしかしたら、妄想かも。
それでも、いい。
だって、私は……

―――あはは。
私ったら、そっか。
そうだったんだ。
今更、気付いちゃったのか。
遅いなあ。
もう少し、早くから気付けばよかったのに。
―――ううん、それは違うかな。
気づいてたんだ。
気づいていたのに、気付いてなかったんだ。
だって、恥ずかしかったんだもん。

会って、ほんの少しの時間だったけど。
今なら、はっきりと言おう。
私は―――


―――私はゲンキ君が―――大好きだよ。

あ、……笑えた。
変だな、こんな場面なのに―――
なんだか体が熱いのに―――
私今、――-笑えている。

本当にありがとう、ハルにゃん―――とっても、嬉しい。
ハルにゃんのおかげで、私、分かったよ。
私が―――今から何をするべきなのか。
こんなところで死んでる場合じゃないって。
私が今度は、ゲンキ君を『生きて』助ける番だって。
本当にありがとう、ハルにゃん。
まるで、神様みたいだね。
ううん、もしかしたらキョン君たちにとっては本当に女神様だったのかな?
神様なハルにゃん―――うん、なんだか、すごくしっくりくるや。

「ねえ―――」
ハルにゃんは、まだそこにいるかな。
問いかけてみると、返事が返ってきた。
さっきより、声が少し小さくなった気もするけど。
『何、妹ちゃん?』
「……お願いが、あるの」
私は、もう大丈夫だよ。
もう、笑えるから。
もう、ちゃんとまっすぐに歩けるよ。
何があっても、もう道を間違えたりしないから。
ゲンキ君のために―――進むから。
だから、お願い。
「……キョン君が―――キョン君が、もし、もしね、」
人を殺そうとしているのなら。
「……止めてあげてほしいんだ」
怒られちゃうかな。
キョン君はお前が心配することじゃない、って言うかもしれない。
でも。
でもね。
それでも―――私には今のキョン君の気持ちが分かる気がするから。
大切な人が死んだ後の、どうしようもない気持ちっていうのが。

『……』
ハルにゃんは、何も言わなくなった。
「……どうしたの?」
『……ま、……任せて』
あれ、なんかハルにゃんの様子が変だな。
もしかして、いけないこと頼んじゃった?
「……我儘かな」
『……そんなことないわ!分かった、私に任せて!
キョンは―――貴方のお兄ちゃんは私が何とかするから!』
ありがとう。
ありがとうね、ハルにゃん。
これで―――私も起きられるね?

私、生きるよ。
生きなくちゃ。
ゲンキ君のために。
こんなところで、死ぬわけにはいかない。

……喉が、熱いなあ。
体中がからからする。
このままじゃ、死んじゃう。
水か何かを呑まないと、まずいかも。
嫌、死にたくない。死んじゃダメだ。
生きたい。生きたい。生きたい。
ゲンキ君、私、
生きたいよ―――!


そして―――少女は、……『生きたいと願った』。




熱い。
熱い、熱い、熱い。
早く、何か、冷たいものが欲しい。
このままじゃ。
私は―――ゲンキ君を殺してしまう―――



意識を取り戻した少女は、――-誰もが予想だにしたなかった行動に出た。
突然立ち上がり、――-真っ直ぐに費消したのだ。
向かう先は、…………ただ一直線。

否、その表現は少しばかり間違っていた。
彼女は、意識を取り戻してなどいない。
ただ、その生存本能が―――彼女の身体をひたすらに動かしていた。
全身を焼かれた体を癒す、水を。
―――生きなきゃ。
―――ゲンキ君のために生きなきゃ。
本能が告げる。
生きなければ、と。
瞳の裏の表情は、分からない。
しかし、その口元は―――笑っていた。
希望を見つけたことに対する喜びに。
そう―――彼女は、すでに壊れていたのかもしれない。
『佐倉ゲンキ』を失ったその瞬間から、彼女はすでに取り返しなどつかないところに来ていたのかもしれない。
そして、そのような状況下、夢で『生きる』ことを選択した彼女がとる行動は―――


『飛び込む』。

襲う、冷たさ。
爽やかな冷気が―――妹の肌を刺す。

もし、強化服が制限時間に達していたとしたら。
妹はそもそも泳ぐことすらかなわず、こんなことにはならなかったかもしれない。
もしかしたら、そのまま溺れ死んでいたかもしれない。
もし、彼女が夢を見なかったなら。
彼女は絶望のまま、炎に呑まれていたかもしれない。
そんなことは―――ただの『if』にしかすぎない。
ここで語られるのは、妹が不安定な中自ら『選び取った』、『幸せ』なのだから。

『妹殿……で……あ……』
『こ……禁……死……』
『こ……だ、……すぅ……』
がやがやとした音が、妹の耳に飛び込んできた。
普段なら、それがナビの言葉だと、彼女は判断できるだろう。
しかし、今の妹には、そんなことを考えられる余裕がない。
早く、早く、早く。
ゲンキ君を、守るんだ。
今度こそ、私が、何とかして、ゲンキ君を―――

泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。
水を浴びるために、それほど長い距離を往く必要などどこにもない。
それでも、妹は、ひたすらに進み続ける。
更にその妹を励ますように―――波は妹の体を沖へ沖へと押し流していく。
(ああ、ゲンキ君が、頑張ってって言っている)
(ゲンキ君も、私に助けてほしいんだよね)
それを妹は―――危険視するどころか、幸せそうにほほ笑み。
(分かった、ゲンキ君―――もっと頑張って前に行こうか)
更に、その泳ぎを加速させる。

ある程度のところまで来たときだっただろうか。
『警告、キョンの妹の指定範囲外地域への侵入を確認。一分以内に指定地域への退避が確認されない場合、規則違反の罰則が下る 』
何かが、聞こえる。
しかし届かない、聞こえない。
ナビはすでに―――言葉を発しはしない。
いや、何か言っているのかもしれないが、妹には聞こえない。
もはや彼女の頭にあるのは―――『ゲンキのために生きること』だけ。

ゲンキ君。
待ってて。
私―――生きて見せるよ。
今はまだ体が熱いけど―――もう少ししたらすっきりするから。
だから、ね。
ちょっと、待ってて。
もうちょっと、がんばるから。

―――ああ、気持ちいいなあ。
すっごく気持ちいいよ、ゲンキ君。
ゲンキ君も気持ちいいかな?
……えへへ、なんだかこういうの、照れちゃうね。
私とゲンキ君は、今、一つなんだよね。
この『気持ちいい』って感覚も―――ゲンキ君と同じかな?
こんな気持ち―――初めてだよ。

あのね。
朝倉さんとヴィヴィオちゃんの言いたかったこと―――よく分かったよ。
朝倉さんが、私を怒った理由も分かった。
朝倉さんは―――私に生きてほしかったんだね。
今からでもゲンキ君を守れ、って言いたかったんだね。
何で、気付かなかったんだろう。
でも、今は分かったよ。
ハルにゃんが教えてくれた。

もう、ハルヒの声は聞こえない。
実にすがすがしい気分だった。


『10、9、8、7……』

ああもう、五月蠅いなあ。
私が今から頑張ろうとしているのに、邪魔しないでよ。
ねえ、ゲンキ君。
私、がんばるから。
だから―――これからも一緒にいてね。
私、今度こそゲンキ君を守るから。
だから、一緒に『いこう』?
一緒に、生きようね。

『ああ、当たり前だろ』

そうだね。
ありがとう、ゲンキ君―――

―――絶対、だからね。約束♪

『       』


『0』

海の一辺に、小さな水飛沫が上がった。




A-6、そこに広がるのは紅い炎。
そこには、誰もいない。
だから、そこで何が起こったのか、誰にも分からない。
知っていた少女と動かない体に正義の意思を持ったヒーローは、既に文字通り海の藻屑、オレンジ色の液体と化してしまったから。

果たして、少女はこの殺し合いで何をなしたのか?
何を思い、何を考え、どのような苦しみを抱えていたのか。
どうして、火災がこれほどまでに市街地に広がったのか。
この状況だけを見たところで、一向に答えは出ない事ばかりだ。

しかし、それでも確かに一つ言えることは。

少女の命が消えるその瞬間―――幸せそうに笑っていたということだ。

憎しみに染まった笑顔でもなく。
不安を打ち消すための作り笑いでもなく。
心の底から『誰か』に向けた―――子供らしい純粋な笑顔を。
たとえ、それが心が壊れた後であったとしても。
彼女が死ぬその瞬間幸せだったということは―――誰にも否定できるものではないだろう。

そう、少女は、『幸せ』に、なったのだ。
自分の罪も、思いも全て乗り越えて―――誰よりも、幸福な存在に。

【キョンの妹@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】
【残り28人】

※キョンの妹の支給品はA-6に放置されています。
焼けてしまったかどうかはわかりません。


時系列順で読む


投下順で読む


レフェリー不在のファイヤー・デスマッチ キョンの妹 GAME OVER




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