※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

揺るぎない力と意志貫くように(前編) ◆9L.gxDzakI



 微かに肌に感じた熱は、あの日の記憶の残滓だったか。
 瞳の奥で燃え盛る光は、あの日に我が身を蝕んだ炎か。





 行く手を遮る森の木々が、いつから減少したかなど分からない。
 全速力で走っていた身体が、いつから減速したかも分からない。
 時間の感覚は当の昔に、ごっそりと身体から喪失していた。


 身体が動かない。
 四肢に力が入らない。思うように動かせない。
 ここに至るまでに随分と、血を流しすぎてしまったらしい。
 いつしか私の両足は、走ることをやめていた。
 ただ霞のようにぼやけた視界を、ふらふらと不様に歩くだけ。
 ぶらぶらと力なく揺れる両腕は、肘から先の神経が断ち切られたようだ。
 ぐにゃりぐにゃりと歪む風景を、ぐにゃりぐにゃりと歪みながら、牛歩のごとき速度で進んでいく。
 どれほど離れてしまっただろうか。どれほど差をつけられてしまったか。
 気がかりがあるとするならそれくらいだ。
 頭の上と左手では、リイン曹長とレイジングハートが、何事かを叫んでいるようにも思える。
 しかし最早その声さえも、上手く耳には入らない。
 いいやあるいは、聞きたくなかったのかもしれなかった。
 もう無理だ。身体は限界に達している。これ以上先に進んではいけない。
 その現実を直視することを、頑なに拒んでいたのかもしれない。
 そのくせ戦闘機人の身体は、戦場での生命維持に関しては、随分と都合よく作られているらしい。
 否応なしに、理解させられる。
 自分の身体がいかなる状態にあるか、無駄に鮮明に認識させられる。
 血が足りない。体力が足りない。
 人体全てを見渡してみても、無事である箇所が圧倒的に少ない。
 とっくに限界は超えていた。
 このまま放置し無理を続ければ。
 程なくして。
 間違いなく。
 死ぬ。


 うすのろになった頭脳の中で、蘇るのはかつての記憶だ。
 あの日あの時あの場所にいた私は、どうしようもないほどに無力だった。
 4年前の空港火災で、私にできたことは何一つなかった。
 轟々と燃え盛る灼熱の中、ただひたすらに逃げ惑うだけ。
 恐怖と絶望に震えながら、父と姉の名前を叫び、みっともなく這いずり回っただけだ。
 あの頃の自分と比較して、今の自分はどうだろう。
 憧れのあの人に救われて、果たして何か変われただろうか。
 あの日拾われた惰弱な命は、少しでも前に進めただろうか。
 誰かを救える人になりたかった。
 何もできない弱い自分を、あの時初めて嫌いだと思った。
 戦うこと。守ること。
 力を振りかざすことから逃げていた自分を、救急車の中で初めて呪った。
 強くなろう。
 あの人のようになろう。
 私の命の恩人のように、誰かを守れる私になろう、と。
 それでも。
 歩むこの足はあまりにも遅い。
 弱い子供だったあの頃と、しかしあまりにも変わらない。
 不様だ。
 格好の悪いことこの上なかった。
 ただ、人を救いたいだけなのに。
 憧れのあの人がそうしたように、彼を助けたいだけなのに。
 これほどの傷を背負わなければ、たった1人を追いかけることもできない。
 これほどボロボロになってもなお、彼の背に追いつくこともできない。
 嗚呼。
 エース・オブ・エースの名を冠する英雄に比べて。
 こうありたいと心から願った、強く優しいあの人に比べて。
 私はあまりにも、弱い。


 そろそろ、彼女が出てくる頃だ。
 痛めつけられて敗北した時は、いつでも彼女がやって来た。
 冷徹な少女に完膚なきまでに叩き潰され、何もできないままに中トトロを奪われた時。
 悪意の鎧甲を身に纏った彼に、灼熱の閃光をぶつけられ、建物ごと吹き飛ばされかけた時。
 いつだって絶望の淵に立たされた時には、彼女が傍にいてくれた。
 いつだって敗北の痛みに震えた時には、彼女がその背中を押してくれた。
 鮮やかなオレンジの髪が綺麗な彼女。
 青い真っ直ぐな視線で私を見る彼女。
 ずっと傍にいてくれた、私の一番大切な友達。
 だけど、今、彼女は私の傍にいない。
 これほど傷ついた今になっても、未だに姿を現してくれない。


 否。


 姿を現してくれないのではなく。


 姿を現すことを望んでいなかった。


 そうだ。


 背中を押すことなど必要としていない。


 私はまだ、絶望の中にいない。


 私は。





 私はまだ――負けていない!






 そうだ。
 そうだとも。
 これくらいの怪我がなんだ。まだ死ぬ寸前でしかないんだ。
 私はまだ死んでいない。
 私に出せる全ての力を、丸ごと使い果たしてすらいないんだ。
 これだけボロボロになってもなお、人っ子1人救えていない?
 それがどうした。
 代償が足りないというのなら、極限まで我が身を削ってやろうじゃないか。
 私はあの人に並べていない。憧れのエース・オブ・エースのように、スマートに全てを解決できる域には達していない。
 何を今更。
 そんなこと、言われずとも分かりきっている。
 あの人に並び立てるなどという、自意識過剰極まりない考えなど、ハナから持ち合わせてはいないのだ。
 あの人自身から直接教えを受けている私が、あの人の強さを目の前で見続けた私が、そのような傲岸不遜な考えを抱くと思うか。
 私は弱い。
 未だこの手の力はあまりにも弱い。
 それがどうした。
 上等だ。
 ならばその弱いなりの力で、精一杯に足掻ききってやる。
 傷ついたみっともない姿を晒さねばならないのなら、この身などいくらでも捧げてやる。
 恥も外聞も命の火にくべろ。
 いい加減なプライドなど灰になれ。
 必要な対価は全て差し出そう。
 この脆くも儚い人の身で、皆の命が救えるのなら。
 白い地図を赤く染めても、ただひたすらに前へと進もう。
 理想を追い続けてもいい、と。
 私の青臭い理想を認め、道を指し示してくれたガルル中尉の、その喪われた命に報いるために。
 お前の優しい心があれば、彼を正道へ導けるかもしれないと。
 私の突き進む道を認め、その命を賭けて背を押してくれた、ウォーズマンさんに報いるために。
 悲しき今を、撃ち抜く力を。
 己自身の胸に誓い、皆が支えてくれたこの道と理想を、堂々と貫き前へ進むために。
 もう何一つ、取りこぼすつもりはない。
 たとえこの手がちっぽけでも。
 たとえこの手に連なる指が、今この瞬間にちぎれ飛ぼうとも。
 なのはさんを。
 ヴィヴィオを。
 中トトロを。
 この殺し合いの舞台の中、死の恐怖に震える全ての人を。
 冷たい甲冑と仮面の裏に、優しい心を隠していた、あのキョンと名乗った少年を。
 誰一人として喪うことなく、この手で守り抜いてみせる。
 そう。


 掴め。


 全て。


 心に。


 この先何が起ころうとも、決して屈したりはしない。
 たとえこの身を傷つけたとしても。
 百万の絶望と失望が、この身を打ちのめさんと迫ろうとも。
 一寸の迷いも躊躇いもなく、真っ向から立ち向かってやる。
 五体全てが砕け散ろうと、キョン君の元へとたどり着き、彼を魔道から救い出す。
 キョン君。
 彼は私と同じなんだ。
 こうして歩き続ける中、ようやく理解し始めてきた。
 何故自分がこれほどまでに、あの殺人者を救おうとしているのか。
 今の彼のその姿は、かつての私の写し身なんだ。
 強すぎる力を手にしながら、しかし心は震えている。
 優しく他人を思いやる心が、冷たく他人を切り捨てる力を、どうしようもないほどに怖れている。
 誰かを傷つけることが、怖くてつらくてたまらない。
 だからこそ、キョン君はまだやり直せる。
 その優しい心がある限り、いくらでもやり直すことができる。
 それが可能か不可能か。
 私が背負っているものが、それだ。
「る……お゛……ぉお……ッ」
 ぐっ、と。
 獣のような唸りと共に、全身に力を込め直す。
 腑抜けになったこの身体に、残された力の全てを注ぐ。
 猫背になった己が背筋を、しゃんと立たせようと持ち上げる。
 身体中の節々が痛んだ。
 全身に張り巡らされたフレームが、みしみしという音と共に軋むようだ。
 姿勢を正そうとすればするほど、逆に四肢の全てがへし折れそうになる。
「――――っ」
 ごぽ、と。
 次いで込み上げる、鉄の味。
 内側より沸き上がる血の泉が、いよいよ大規模な濁流を吐き出した。
 耐えきれず、口がこじ開けられる。
 食いしばった歯の隙間から、膨大な真紅が噴き出された。
 これがとどめだったのかもしれない。
 吐血の瞬間、身体中を、これまでにない脱力感が襲った。
 もういいじゃないか。
 お前は十分に頑張った。
 これ以上苦しむことはない。
 だから安らかに眠るんだ。
 そんな悪魔の囁きが、心臓から指先に至るまで、あらゆる箇所から響いてくる。
「……ぉ……ぁ……あああ……」
 ああ、それでも。
 まだ立ち止まるわけにはいかないのだ。
 たとえ頑張ったとしても、ただそれだけではいけないのだ。
 まだ私はこの舞台で、何一つ成し遂げてはいない。
 何もできないまま力尽き、屍を晒すわけにはいくものか。
 ざく、と。
 レイジングハートを支え棒代わりに大地に突き刺す。
 まだだ。
 まだ倒れるな。
 命を燃やせ。
 魂に火を点けろ。
 こんなものじゃないだろう。
 まだ力は残されているだろう。
 この身に燃料が残っている限り、たとえ最後の一滴であろうと、その篝火に注ぎ込め。
 ありったけの力を乗せて。
 大地をその足で踏み締める。
 天を仰いだ。
 夜空を見上げた。
 これが私の反逆の狼煙だ。
 長門有希。
 草壁タツオ。
 お前達が何を企もうと、決して思い通りにさせはしない。
 中トトロは返してもらう。
 キョン君もこちら側へと引きずり戻す。
 誰一人として死なせることなく、安全な場所へと一直線に。
 たとえ彼らが歩む未来に、私の姿がなかったとしても。
 たとえ私の命が潰え、この孤島の土となろうとも。
 それが散っていった命へと、私ができる弔いだ。
 それが私の抱く正義――揺らぐことなき力と意志。
 天を震わす唸りを上げろ。
 大地を揺るがす怒号を上げろ。
 この魂の炎の熱の、全てを込めた雄叫びを。





「……あ゛あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッッッ!!!!!!」





 さぁ――勝負だ。






 スバル・ナカジマの放った叫びは、真に天を震わせ地を揺らした。
 満身創痍の半死人のものとは、到底思えぬ大絶叫。
 耳をつんざくほどの大声は、広大なフィールド中に響き渡る。
 極限まで燃え上がった命の炎。
 これをそう呼ばずして何と呼ぶのか。
 スバルの燃やしたその炎は、無謀な炎であったかもしれない。
 今にも砕け散りそうな身体では、奴ら主催者に挑むことなど、到底不可能かもしれない。
 それどころか、キョンと再会することすらかなわず、声を聞きつけた殺人者の牙に、その身を貫かれるかもしれない。
 それでも。
 スバルの魂の雄叫びを、ちゃんと聞き届けた者はいる。
 彼女の目指した不屈の英雄。
 彼女の憧れ求めたもの。
 スバル・ナカジマの力と意志は、確かにその耳に届いていた。


 高町なのはがその声を聞いた時、彼女はケロロ軍曹と共に、温泉の入り口付近に立っていた。
 錯乱したキョンなる少年の側には、今は冬月がついている。
 布団のある部屋まで案内して様子を伺い、記憶が戻るようなら話を聞くのが彼の役目だ。
 亀の甲より年の功。
 人生経験豊富な冬月の方が、未だ若いなのはやケロロよりも、この手の仕事には向いていた。
 そうしてDVD絡みの話が一時中断となり、あぶれた彼女ら2人が入り口へとたどり着いた時、微かに耳に届いたのが例の叫びだ。
「今の声は、夏美殿……ではないでありますな。夏美殿はここに呼ばれてはいないでありますし……」
 2本の足で立つカエルが、器用に首を傾げながら呟く。
 どうやら彼の知り合いの中に、よく似た声の持ち主がいたらしい。一瞬、その声と勘違いしたようだ。
 だが、なのはの反応はまるで違う。
 彼女はこの声を知っている。
 似ているだけでない。本人をだ。
 そしてその人間は、この殺し合いに呼ばれている、大事な部下であり教え子だった。
「スバルの声だ」
「ゲロ? お知り合いでありましたか」
 呟く声に、ケロロが言った。
 間違いない。
 あれはスターズ03――スバル・ナカジマの放った声だ。
 4人の新人達の中でも、誰よりも勇敢な心を持ち、同時に他者を傷つける痛みを、誰よりも理解していた優しい少女。
 自分なんかを憧れ慕い、目標にしてくれた娘の発した叫び。
「しかし、となると今の尋常ではない絶叫は……何かあったのかもしれないでありますな」
 ケロロの言う通りだった。
 距離が離れているだけに、耳にしたボリュームは小さかったが、その語気の異常性までは消し去れない。
 平穏無事でいる人間に、あんな大声を張り上げる必要などあるものか。
 さながら虎かはたまた獅子か。
 百獣の王の咆哮のような、凄まじい気迫の乗せられた声だ。正直な話、あまりの迫力に一瞬身が震えた。
 攻撃時の気合いの叫びか、敵に襲われた際の悲鳴か。
 いずれにせよ、戦闘ないしはそれに準ずる異常事態にあることは間違いないだろう。
「私が行ってくる。ケロロはここに残って、冬月さんに事情を説明して」
 故に、なのははそう提案した。
「ゲロ!? そんな、1人では危ないでありますよ! 行くなら吾輩も一緒……」
「私なら大丈夫。それにケロロの方が怪我はひどいんだよ?」
「しかし……!」
 なのはとケロロ。
 地球人とケロン人。
 進もうとする者と止めようとする者。
 やはり両者の意見は対立し平行線をたどる。
 分かっていたことだ。それでも引き下がることなどできなかった。
 こうしている間にも、愛すべき部下の命が消えようとしているのかもしれない。
 この殺し合いが始まってすぐに、手の届かぬ所で命を散らせた、唯一無二の親友のように。
 不安が。焦りが。
 9歳の少女の姿となった、小さな胸の中で渦を巻く。
『――私からもお願いします』
 続いて口を開いたのは、しかしなのはでもケロロでもなかった。
 無機質な合成音声。
 スピーカーを通したような、独特な響きと共に発せられる機械音声。
 音の出所はなのはの首に、首輪と共にかけられたネックレス。
「マッハキャリバー殿?」
 ローラーブレード型インテリジェント・デバイス――マッハキャリバーの声だった。
『彼女は私の相棒です……どうか私と、Ms.高町の手で救わせてください』
 何てことのない無感情な声。
 そこに微かな揺らぎを感じたのは、気のせいでも思い込みでもないはずだ。
 感情なき管制人格であるはずの彼女の語気が、ほんの僅かに強くなっている。
 この音速の名を冠する具足は、元々はスバルの扱っていたデバイスだった。
 シャーリーの改良によってこの世に生を受けた瞬間から、彼女らは常に共に戦ってきた。
 あらゆる苦境や困難を、最も近くで潜り抜けてきた仲間。
 特にスバルと彼女の絆は、他の魔導師とデバイスの間に生まれるそれとは、一線を画したものとなっている。
 なのはとレイジングハートですら、恐らく彼女らには及ばない。
 共に死線を潜りながら、それでもどこかで機械と見なし、主従の関係に留まっている自分達に対し。
 心ある一個の人格として接し、心なきAIを揺り動かした末に、一心同体の対等な相棒となったのがスバル達だ。
 故に、マッハキャリバーはそれを求めた。
 自分に彼女を救わせてほしいと。
 人工知能に要求される、冷静かつ合理的思考をかなぐり捨ててでも。
「まぁ、分からんでもないでありますが……
 しかし、吾輩がついて行くにも、あの得体の知れない毛玉オバケを野放しにしておくのは……」
 その真摯な願いに折れたのか、ケロロの態度は幾分か軟化した。
 だがしかし、彼の気がかりが消えたわけではない。
 そして同時になのはもまた、現状の危険性を改めて認識した。
 冬月とキョンだけだったならまだいい。彼も伊達にここまで生き延びていない。
 たとえキョンが暴れ出したとしても、今の精神状況なら、上手いこと口八丁でかわしてくれるだろう。
 だが1つだけ問題があった。
 少年をここまで運んできた、あの巨大な灰色の獣の率いる軍団だ。
 ケリュケイオンの様子からして、危険な連中ではないのだろう。
 しかし、彼らは人ならぬ獣。人間の常識など通用しない。
 あわや気絶していたキョンを溺れかけさせた時のように、また何か妙なことをしでかすかもしれない。
 そしてもしそんな状況になった時、果たして冬月1人で止められるかどうか――?
「……?」
 と。
 その時。
 のしっ、と。
 重厚な足音が、横合いから鳴った。
「おわァッ!? いいいいるならいるって言ってくれでありますよ!」
 狼狽も露わなケロロの声。
 その大きな目玉の先に現れたなら、それよりも遥かに巨大な獣の体躯。
 噂をすれば何とやら。
 キョンを運んできた、毛むくじゃらの怪物だ。
 フリードや狼といった仲間達も、当然全員集合している。
 毛玉オバケなどという、あまりにあまりな呼び名をつけたがために。
 一転して窮地へと陥った(と本人は思っている)ケロロは、ただただ口をパクパクさせるのみだ。
 しかし一方の怪物はというと、特に気にした様子もなかったらしい。
 むしろ巨体の割につぶらな瞳を、じっとなのはの方へと向けている。
「ひょっとして……今の話を聞いてたの?」
 両目をぱちくりさせる灰色の野獣へと、恐る恐る問いかけた。
 返事はない。この獣は言葉を話せない。
 代わりににかっと笑顔を浮かべた。
 口裂け女か何かのような、馬鹿でかい口の端を吊り上げ、にいっと笑みの形を取ったのだ。
『こういう顔をした時は、肯定の意思を示しているようです』
 フリードの首にかかったケリュケイオンが、すかさずなのはにフォローを入れる。
「分かるの?」
『何となくですが。彼らの思考を推測するのにも、さすがに慣れてきました』
 答えるブーストデバイスの声からは、微かに哀愁が漂っている気がした。
 何せこれだけの非人間の類の中に、たった1機で放り込まれたのだ。
 会話も行動予測も不可能な相手に、散々振り回されたのだから、デバイスといえど疲れるだろう。
「ヴォ」
「ガウ」
 そうこう考えているうちに、灰色の怪物と青い狼が、短く鳴き声を交わし合った。
 ついで怪物の目が妖精の方へと向けられると、妖精もまた軽く頷く。
 そうした一連のやり取りを終えると、今度は灰色の獣が歩きだした。
 のっし、のっしと言った擬音が似合うような、小山のごとき巨体の移動。
 ややあって数歩進んだところで獣は制止し、ちょうどなのはに背中を向けるような形となる。
 軽く視線を振り向かせると、またしてもにいっと笑顔を浮かべた。
「えと……乗れって、言ってるの……?」
 要するに、こういうことか。
 なのははどうしてもスバルなる人物の所へ行きたいが、ケロロはなのはを1人で行かせたくない。
 だからケロロもついて行きたいのだが、冬月と自分を2人きりにはさせたくないし、なのはもケロロに無茶をさせたくない。
 なら自分がなのはを背負い、スバルの所まで連れていけば、全て問題はないだろう、と。
「……そうなのでありますか?」
 続いてケロロが尋ねる。
 にんまり、と。
 元から笑顔だったので、微妙な差異でしかなかったが。
 どことなく、もっといい笑顔になったような気がした。
「キュクー」
 それに合わせるようにして、フリードが獣の傍から飛び去る。
 翼を羽ばたかせて飛んだ先は、ちょうどケロロの右隣だ。
『どうやら私とフリードは、Mr.ケロロと共に留守番のようです』
「ゲッゲーロ……カエルに爬虫類とは、また奇妙な取り合わせでありますな」
 若干冷や汗を流しながら、ケロロが呟く。
 飛竜であるフリードの容姿は、一見すれば羽の生えたトカゲのようだ。
 彼女らにとっては知る由もないが、実際にキョンもフリードを見て、似たような感想を浮かべている。
 そしてトカゲとカエルといえば、自然界では食う者食われる者の関係だ。
 大体そんなことを連想したのだろう。もっとも、ケロロは小さな飛竜が食べるには、少々大きすぎるのだが。
 それが何だかおかしくて、くすりとなのはが苦笑した。
「まぁ何にせよ、これで全ての条件はクリアーであります」
 言いながら、ぽんとなのはの背を叩くもの。
 小さな背中を押すように、ケロロの右手が触れていた。
「彼らがついてくれているのなら、吾輩に止める理由はないであります。
 部下を守るのも立派な軍人の責務! 頑張るでありますよ、高町一尉殿!」
「……了解しました、ケロロ軍曹殿!」
 にっこりと。
 満面の笑みを浮かべる小さななのはが、ケロロの方を向いて返礼する。
 かつての小さな子供の頃に、そのまま戻ったかのような光景だ。
 最上の感謝を込めた笑顔は、弾けるような輝きを放っていた。

 ほどなくして巨獣の方を向き、軽くその背へと飛び乗るなのは。
 それに合わせるようにして、妖精もまた怪物の背へと掴まる。
 両手で身体にしがみつくと、ふわふわの毛並みが出迎えた。
 思った以上にいい肌触りだ。巨体と色合いからして、もう少しごわごわしているとも思っていたが、予想以上に心地よい。
 今にもぎゅっと頬を埋めたくなるような、高級布団にも匹敵する感触。
 今ここでヴィヴィオと再会できたなら、彼女もきっと大喜びするだろう。
「ご協力感謝するであります! ……えーっと……」
 と、眼下から聞こえる声に、我に返った。
 よくよく思い返してもみれば、なのは達はまだこの獣の名前を知らないのだ。
 協力者の名前を知らないというのも、失礼に当たるだろう。たとえ相手が獣だったとしても、だ。
「ケリュケイオン、この子の名前って知ってる?」
『持っていた手紙には、トトロと記されていました』
「トトロ、か……可愛らしい名前だね」
 ケリュケイオンから聞き出した名前を反芻しながら、そっと灰色の毛並みを撫でる。
 ぽっ、と。
 少しばかり、微笑む頬に赤みが差した。
 どうやらこの獣改めトトロは、柄にもなく少々照れているらしい。
 可愛い、という言葉を認識したことを考えると、思ったよりも高い知能を持っているようだ。
「それじゃ……行くよ、トトロっ!」
 そんなことを考えながら、前を見据えて号令を飛ばす。
 そこはそこ、たとえ10年若返ったとしても、中身は不屈のエース・オブ・エースだ。
 あどけなさの残る少女の笑顔は、毅然とした戦士のそれへと変わる。
「ヴォオ!」
「ガウッ!」
 その凛と響く声を聞き届けると、灰の巨獣と青き狼は、ほとんど同時に駆け出した。
 びゅん、と風を切る音が鳴る。
 スタートダッシュから既に驚異的な加速。
 まるで弾丸かロケットエンジンだ。
 一瞬にして爆発的な速度を発揮した両者は、あっという間に見えなくなった。
「今のが、トトロ……」
 そして、温泉旅館に残されたケロロはというと。
「……マジかよ」
 信じられないといった様子で、1人ぽつりと呟いていた。


「そうか……高町君は部下を助けに行ったか」
『止めるべきだったでしょうか?』
「いや、構わんよ。幸い距離はそう離れていないし、戦力が増えるのも願ってもないことだ。
 何より、それが一番高町君のためになるだろう」
 白髪痩躯の老人が、傍らで飛ぶフリードへと言う。
 正確には人語を話さぬ飛竜にではなく、首にかかったケリュケイオンにだ。
 温泉のスタッフルームの椅子に腰かけるのは、ネルフ副司令・冬月コウゾウ。
 厳格かつ聡明な老紳士、といった印象を受ける風貌には、その半袖半ズボンのルックスはあまりにも不釣り合いだが、
 訳を語ると色々とややこしいことになるので、ここでは敢えて伏せておこう。
 そもそも、論点とすべきは別にある。
 ケロロと共に見張りに残ったケリュケイオンが、何故室内の冬月と共にいるのか。
 直接の原因となったのは、やはり例のスバルの声だ。
 冬月もまた、錯乱していたキョンを宥めたり、ちょうどいいソファのあるロビーへ彼を運んだりしている間に、
 微かに響いてきた彼女の声を聞いていたのである。
 聞き覚えのない第三者の声だ。用心深いこの老人が、訝しがらぬはずがない。
 何事かと思った冬月は、キョンの身体をソファに預け、やっと落ち着いたのを見計らうと、入り口へと足を運んだのである。
 そしてケリュケイオンを身につけたフリードをここに連れ込み、今に至るというわけだ。
 何故ロビーや入り口を避けたのかというと、キョンに要らぬ情報を与えぬためという配慮が働いたためだった。
 何せ自身の妹の死を受け、あれほどまでに取り乱したのだ。
 何が彼に影響を及ぼすか分からない。うっかり核心に触れでもすれば、またしても混乱させてしまうかもしれない。
 情報を伝えるなら伝えるで、先に自身の中で整理する必要があった。
 キョンから遠ざかったのはそのためだ。
 心の準備もままならぬままに暴れられて、一体どうして適切な対処ができようものか。
 また、冬月が顔を出した時には、ケロロは何やら妙に唖然としており、
 心ここに在らずといった状況だったため、ひとまずはそのまま放置してある。
 我に返ったとしても、キョンのことは冬月に一任してあるのだ。口を滑らせることもないだろう。
「キョン君が拾われてきた矢先に、今度はナカジマ君とやらだ……
 あるいは2人は、我々と合流する以前に、顔を合わせていたのかもしれんな」
『Ms.スバルの声が聞こえてきた方角は、我々がMr.キョンを見つけた場所と一致しています。
 何故ばらばらだったのかは気になりますが、その可能性もゼロではないでしょう』
 結果的に、冬月の配慮は幸いしたといえよう。
 これまでの状況を整理すると、キョンとスバルには何らかの接点がある可能性が見えてきたのだ。
 これでもし本当に顔見知りになっていたとして、うっかり彼の前で彼女の名を出そうものなら、不要な刺激を与えかねなかった。
『Mr.キョンといえば、1つ思い出したことが』
「何かね?」
 不意にケリュケイオンが発した言葉に、冬月が尋ねる。
『トトロという、あの灰色の獣が所持していた手紙の中に、彼のことが書かれていたのです』
「……詳しく聞かせてくれたまえ」
 彼女が口にした手紙とは、ここにはいない古泉一樹という男が、トトロに持たせたものである。
 原文そのものは温泉で濡れてしまい、解読は不可能となっていたものの、ケリュケイオンがその内容を記録していたのだ。
 手紙の差出し相手は件のキョンと、それから涼宮ハルヒなる少女の2名。
 内容は言葉を話せぬ獣の代わりに、トトロ味方であるということを記したもの。
 そしてトトロにキョンとハルヒを捜索するよう依頼してある、と記したものだ。
 更にその後の追伸の中には、朝比奈みくる、キョンの妹、朝倉涼子の名前が記載されている。
 恐らく古泉を含めた6名は、元の世界で面識のある仲間達なのだろう。
 もっとも彼が探し求めた仲間のうち、キョンと朝倉以外の3名は、既に死亡が確認されているのだが。
 またその丁寧な言葉遣いの割に、文字は妙に下手くそだったが、これは今は関係ないので伏せられている。
 見て見ぬふり、というやつだ。武士の情けとも言う。
「朝倉君とも知り合いだったとはな」
 一連の説明を受けた後に、小さく冬月が呟いた。
 これまでに得た情報を纏めると、大体以下の通りになる。

 ・先ほどの声の主はスバル・ナカジマで、今はなのはとトトロが合流に向かっている。
 ・スバルとキョンのいた方向は同じ。ひょっとすると、既に接触済みかもしれない。
 ・キョンの顔見知りだと断定できる生存者は、古泉一樹と朝倉涼子の2名。
 ・死亡済みの参加者の中では、キョンの妹、涼宮ハルヒ、朝比奈みくるの3名と知り合いだった。

『これからどうされますか?』
 伝えるべき内容を伝え終えたケリュケイオンが、冬月へと問いかけた。
「ひとまずは彼の知り合いである5人と、それから何か思い出しているようなら、ナカジマ君についても聞いてみるべきだろう。
 ……ただし、ナカジマ君がこちらに来ることは、今のところは伏せておこうと思う」
『何故ですか?』
「あまり考えたくないことだが、彼の記憶喪失が演技である可能性もあるからな。
 過去の行動を隠したいということは、我々とは対立するスタンスを取る存在――殺し合いに乗った人間だという可能性もある。
 もしも彼の語る内容が、ナカジマ君の記憶と食い違うならば、それが証明になるだろう」
 分かりやすく説明すると、こういうことだ。
 まず大前提として、キョンがスバルと顔見知りであったと仮定する。
 もしもキョンの記憶喪失が演技だった場合、その目的は保身と見て間違いないはずだ。
 わざわざ保身を考えなければならないということは、彼にとって自分達は危険な存在ということになる。
 主催に反旗を翻す立場の人間の敵ということは、主催に従いゲームに乗った人間ということ。
 そんな人間が、なのはの仲間であるスバルについて問われれば、いかなる答えを返すだろうか?
 十中八九、「彼女と共に殺し合いを止めようとしていた」という嘘をつくだろう。
 馬鹿正直に「敵対関係にあった」と答え、立場を悪くするとは考えがたい。
 それが真実であった場合は、後から来るスバルの発言とも一致するはず。その時は晴れて無罪放免だ。
 だがそれがスバルの発言と一致しなければ、逆にキョンが嘘つきであることの証明になる。
 こうした手に引っ掛けるには、やはりスバルが近くにいることは、隠していた方がやりやすいだろう。
 仮にスバルを知らないと答えた場合でも、その真偽を見分けられるだけの自信はある。
 もちろん、キョンがスバルをも騙し、殺し合いを止めようと振る舞っていた可能性を考えると、確実な見分け方とは言えない。
 だが少なくとも、効果が全くないというわけではないはずだ。
『……私見ですが、この手紙からは、この古泉なる人間が殺し合いに乗っているとは考えられません。
 そしてMr.キョンもまた、そのMr.古泉の仲間である以上、こちら側の人間であると信じたいのですが……』
「残念ながら、前例がいるのでな……おいそれとは信じられんのだよ」
 軽く肩を竦めながら、冬月が苦笑した。
 前例とは一体誰なのか。
 言うまでもない。
 既にどこかでその命を散らせた、惣流・アスカ・ラングレーだ。
 そのプライド故に強い正義感を持った彼女は、本来なら殺し合いに乗るはずもない人間だった。
 だが彼女は、恐らく憧れの人・加持リョウジを守らんとし、殺人者となる道を選んでしまった。
 キョンが同じでないという保障など、どこにもありはしないのだ。
 古泉や朝倉といった仲間を生かすために、やむなく殺し合いに乗ったとしても。
 決して不自然では、ない。
「……まぁ、確かに私も、彼を信じたいとは思うがな」
 ふぅ、と。
 溜め息をつきながら、呟く。
 本心だ。
 できれば考えすぎであってほしい。思い違いの冤罪であってほしいとは思う。
 あの哀れな少年の素振りが、演技であってほしくはないと。
 これ以上、アスカのような子供を見るのは真っ平御免だ。
 未だ年若く未来のある彼らの手が、血に染められていてほしくはない。
「……何にせよ、実際に聞いてみなければ始まらんな」
 腰を持ち上げる。
 椅子から立ち上がる。
 こうして話す内容や、仕掛ける罠の目処は立った。
 後は実際にキョンと向き合い、その真意を問いただすのみだ。
 さあ、果たして。
 鬼が出るか、蛇が出るか。
.

【G-2 温泉内部・スタッフルーム/一日目・夜】
【冬月コウゾウ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】元の老人の姿、疲労(中)、ダメージ(大)、腹部に刺し傷(傷は一応塞がっている)、決意
【服装】短袖短パン風の姿
【持ち物】基本セット(名簿紛失)、ディパック、コマ@となりのトトロ、白い厚手のカーテン、ハサミ
     スタンガン&催涙スプレー@現実、ジェロニモのナイフ@キン肉マン
     SOS団創作DVD@涼宮ハルヒの憂鬱、ノートパソコン、夢成長促進銃@ケロロ軍曹、
     フリードリヒ@魔法少女リリカルなのはStrikerS、ケリュケイオン@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【思考】
0、キョンと対話を行う。古泉、朝倉、キョンの妹、ハルヒ、みくる、スバルについてそれとなく聞いてみる。
1、ゲームを止め、草壁達を打ち倒す。
2、仲間たちの助力になるべく、生き抜く。
3、夏子、ドロロ、タママを探し、導く。
4、タママとケロロとなのはを信頼。
5、首輪を解除する方法を模索する。
6、後でDVDも確認しておかねば。
7、スバルを迎えに行ったことは、今はまだキョンには伏せておこう。
※現状況を補完後の世界だと考えていましたが、小砂やタママのこともあり矛盾を感じています
※「深町晶」「ズーマ」を危険人物だと認識しました。ただしズーマの本名は知りません。
※「ギュオー」「ゼロス」を危険人物と認識しました。
※マッハキャリバーから、タママと加持の顛末についてある程度聞きました。
※夢については、断片的に覚えています。
※古泉がキョンとハルヒに宛てた手紙の内容を把握しました。
※スバルとキョンが同じ方角から来たことから、一度接触している可能性もあると考えています。
※キョンの記憶喪失については、一応嘘の可能性を考慮していますが、極力信じたいと思っています。


【G-2 温泉入り口/一日目・夜】
【ケロロ軍曹@ケロロ軍曹】
【状態】疲労(中)、ダメージ(大)、身体全体に火傷、唖然
【持ち物】ジェロニモのナイフ@キン肉マン
【思考】
0、あれがトトロ……ねぇ……
1、冬月とキョンの対話が終わるまで待つ。
2、なのはとヴィヴィオを無事に再開させたい。
3、タママやドロロと合流したい。
4、加持となのはに対し強い信頼と感謝。何かあったら絶対に助けたい。
5、冬樹とメイと加持の仇は、必ず探しだして償わせる。
6、協力者を探す。
7、ゲームに乗った者、企画した者には容赦しない。
8、掲示板に暗号を書き込んでドロロ達と合流?
9、後でDVDも確認したい。
※漫画等の知識に制限がかかっています。自分の見たことのある作品の知識は曖昧になっているようです。


【G-2 温泉内部・ロビー/一日目・夜】
【名前】キョン@涼宮ハルヒの憂鬱
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)
【持ち物】デイパック(支給品一式入り)
【思考】
1:手段を選ばず優勝を目指す。参加者にはなるべく早く死んでもらおう。
2:ガイバーが戻るまで記憶喪失のふりをして冬月達に守ってもらう。
3:採掘場に行ってみる?
4:ナーガが発見した殺人者と接触する。
5:ハルヒの死体がどうなったか気になる。
6:妹やハルヒ達の記憶は長門に消してもらう。
※ゲームが終わったら長門が全部元通りにすると思っていますが、考え直すかもしれません。
※ハルヒは死んでも消えておらず、だから殺し合いが続いていると思っています。
※みくると妹の死に責任を感じて無意識のうちに殺し合いを否定しています。
 殺す事を躊躇っている間はガイバーを呼び出せません。
※スバルの声は、精神的に不安定な状態にあったため聞き逃しました。



後編へ







| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー