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彼等彼女等の行動 (03~04) ◆qYuVhwC7l.



【03.忍者蛙の想念】


『さて、皆が気になる禁止エリアを発表するよ。九箇所にもなるとさすがに危ないから聞き逃さないようにね。
 暗くなってきたけどしっかりメモしておく事を薦めるよ。


 午後19:00からF-5
 午後21:00からD-3
 午後23:00からE-6』

北西の遊園地、スタッフルーム。
スピーカーからの主催者の声を聞き、禁止エリアをペンでマーキングしながら、ドロロ兵長は顔をしかめた。
これはちょっとあからさまなような…逆にどうでもいいような……それは兎も角として、多少厄介な…という複雑な心境を表した表情で、
この殺し合いが始まって以来の相棒の少女魔道士、リナ=インバースと視線を合わせる。
交差された視線で大体の事を察したリナは、さほど深刻そうな表情も見せずに答える。

「ま、心配しないでも大丈夫よ。いざって時は私が何人か抱えて飛ぶし、時間もあるしね」
「しかしこれが意図する事というのも多少気になるでござるな」
「っつってもねぇ、ここにもう何があるもんでも…」
「…二人とも何の話をしてるの?」

突然始まった彼女たちの会話に、奇妙な物を見る目を向けているのは朝倉涼子。
さらさらとしたストレートの長髪に、メイド服という非常に目立つ格好をしている少女だ。

「ま、長い付き合いって奴よ。そこまで気にしないでいいから」
「といっても、拙者とリナ殿はまだ出会ってから18時間足らずしか経っていない気がするでござるが…」
「細かい事は気にしないでいーの!」

突如始まった掛け合い漫才を微妙な視線で見つめた後で、朝倉は咳払いを一つして気を取り直す。
これから配信される情報を聞き逃すわけには行かないからだ。自分の為にも、そして同行者の少女の為にも。

「とりあえず、もう死者の放送に移るわよ。しっかりと聞いて置きましょう?」
「わかってるわよ」
「御意」

二つの特徴的な返事にまた応えるように、この殺し合いのゲームマスターである草壁タツオの声が続いて流される。

『次はいよいよ脱落者の発表だ、探し人や友人が呼ばれないかよく聞いておいた方がいいよ。
 後悔しない為には会いたい人には早く会っておく事だよ―――せっかくご褒美を用意してあげたんだから、ね?』

何を言うか…!人道に外れた、あまりにも外道な男よ――――ドロロ兵長は怒りを覚える。
良く言うわよ、自分で殺し合いさせといて――――リナ=インバースは嘆息する。
…あの子が生き残れる確率、計算しなくて良かったかもしれない――――朝倉涼子は身構える。

そして、運命の死者発表が告げられる。

『朝比奈みくる』
朝倉涼子が、わずかに体を動かした。しかしそれは一瞬のこと。

『加持リョウジ』
誰一人反応するものはいない。

『草壁サツキ』
目立って反応するものはいない。だが、三人の顔には少なからず影が刺す。

『小泉太湖』
メイドの少女の目が動く。だが、それだけ。

『佐倉ゲンキ』
特徴的な眉が見える眉間が、僅かに寄せられる。

『碇シンジ』
小休止、だろうか。

『ラドック=ランザード』
答える者はいない。

『ナーガ』
あいつじゃ、ないのよね。
確認するまでもない事が、なぜか心に浮かんだ。

『惣流・アスカ・ラングレー』
ここにきて、彼女が強く反応する。だがその顔からは納得と安心の色が強く見える。
それでもまだ気は抜けない。

『キョンの妹』
そして、懸念事項を的中させてしまった少女が歯噛みするのと、彼女たち三人から離れた場所にあるソファーから物音がしたのはほぼ同時であった。

三人、正確には二人と一匹の顔が一斉にソファーへと向けられ、上体を起こし呆然としている幼い少女の存在を認めた。
つい先ほどまで、少女の傍に寄り添うように置かれていた逆三角形のブローチが床に落下している。
今さっきの物音が、彼女が体を起こしたのに付随して落下したのだ、という事は容易に想像が付いた。

「………うそ……アスカお姉ちゃん……妹さん………」

可愛らしい色違いの両目を大きく見開いたまま、呆然と少女――ヴィヴィオが呟いた。
その瞳の中に見えるのは虚無、そしてあまりにも深すぎる悲しみ。

(このような幼い子供が、何という……!)

まだ僅か数年しか生きていないであろう子供が背負うには大きすぎるその色を見て、心優しき忍者蛙が歯噛みする。
しかし、だからと言ってこの少女に自分が何をしてやれるのか? 
まだ知り合ってから1時間も経っていない、そもそも顔を合わせたのも今この瞬間が初めてなドロロには、ヴィヴィオに関して持っている情報が少なすぎる。
傍らに立つリナもまた同じような思いを抱いているのだろう。苦虫を噛み潰したような表情をしたままで、身動きを取ることが出来ていない。
そして、この中では最も長い時間を彼女と過ごしているであろう朝倉涼子は………?

『僕だって不本意だったけどどうしても態度を改めてくれなかったんでこの有様という訳さ。
 普段の生活でも困るよね、そんな人。』

スピーカーからは尚も草壁タツオからのメッセージが送られてくるが、それをまともに聞いていられる人物はここにはいない。
時間が止まったように動けない三人の前で、ただヴィヴィオだけが呆然と二人の少女の名前を呼んでいる。

やがて、一番最初に時間の流れを取り戻したのは朝倉涼子であった。
早歩きほどのスピードでソファのヴィヴィオに近づくと、床に落ちていたバルディッシュを拾って少女の体を優しく抱きしめる。

「涼子…おねえちゃ……?」

今まで存在しない相手を見つめていた目が、ここで初めて確かに存在する相手を捉える。
だが、そこに浮かぶ光はまだ余りにも虚ろだった。
大丈夫よ、と小さく呼びかけた様子の朝倉は、ヴィヴィオを抱きしめたままでその頭を撫でてやる。
ふらふらと虚空をさまよっているだけだった小さい両手も、ここに来てようやく自分を支えてくれる相手に縋りついた。

その時朝倉涼子の顔に、僅かながら安心したような笑顔が浮かぶのをドロロは見た。
だが、それも一瞬で消えうせると、朝倉はヴィヴィオを抱き上げてゆっくりと立ち上がる。

「…ごめんなさい、少しだけ席を外すわ。遠くには行かないから安心して」

視線は自分の胸に顔を埋めているヴィヴィオに注いだまま、顔だけをわずかにこちらへ向けて朝倉が言う。
そして、ドロロが御意、という間もなく彼女たちはスタッフルームから退出した。
ドロロ達は、それをただ見守るしかできない。
気が付いた時には放送も終わり、痛いほどの沈黙が部屋の中を支配していた。

「……考えてみたら、こういうのを見るのって初めてよね」
「……そうでござるな」

短い受け答えの中で、ドロロは今までの放送直後の事を回想する。
ドロロもリナも、この会場にいる参加者達の中では精神的に『強い』部分に入るのだろう。
ドロロの知り合いである冬樹やガルル、リナの知り合いであるゼルガディスの死を知ったときでも、動揺こそしたがすぐにそれを乗り越える事が出来た。
この殺し合いが始まって早18時間、画面の向こうの『深町晶』と言う人物以外には敵対関係にある者ぐらいにしか遭遇していなかったドロロ達は、
初めて他の参加者の深い悲しみを前にして、酷く意気消沈した。

「あの子の事は、アサクラに任せましょう。私たちがここで鬱になってても何の意味もないわ」

やや強い言葉を選んだのは、リナ本人の性分あっての事であるのと同時に自分を鼓舞するためでもあったのだろう。
それを察したドロロはうなずくと、再び起動中のパソコンの前へと陣取った。

「拙者達は、拙者達が出来る事をするべきでござるな。時にリナ殿、禁止エリアの事についてはどう思われるか?」

気分を切り替えるためにも、先ほどの放送で気になっていた事をリナに伝える。
二番目に禁止エリアとして指定されたのはD-3。あと三時間もしてここが閉鎖されれば、今自分たちがいる遊園地へと侵入するのは困難になるだろう。
それは裏を返せば『ここに侵入されたくない』という主催者の考えが浮かびあがるようでもあるが………

「正直さっぱりわっかんないわよねぇ…あたしら二人で色々調べたけど、ここには何にも無さそうだったし」
「うむ…それに加えて、わざわざ三時間後に指定するのも不可解でござる。もしも本当にここの調査を阻止したいのであれば、19時の禁止エリアに指定すればいいハズ」
「ま、もしそうなってもD-2とC-2の海をあたしの『翔封界』で飛んで脱出すれば大丈夫だし…そういやアサクラって飛べるのかしら?」
「奇妙な術を扱えるようでござったが、そればっかりはわからないでござるな」
「ドロロやヴィヴィオぐらいだったらいいんだけど、流石にアサクラまで抱えるとなるとねぇ…ま、最悪の場合21時までにあの二人だけ脱出してもらえばいいだけね」

二人の心配はさておき、朝倉は元々飛行能力は無いとは言え、支給品によって飛行することは出来るのであるが、それについてはここで置いておく。

「アサクラの事は後にしとくとして…結局これは、あくまで『主催者のブラフ』って事になるのかしらね…」
「拙者達に対する強制力がほぼ無い事を考えれば、おそらくは…しかし、それでは何の意図で禁止エリアを指定しているのやら」
「もしかして適当にぽいぽい配置してるだけだったりしてねー?」
「い、幾らなんでもそれは考えたくないでござるな…」

ぶっちゃけたリナの仮説を聞いてドロロが苦笑しながら答えるが、こればかりは予想するしか無い。
主催者の思惑はともかくとして、少なくとも二人の共通認識としては『この遊園地に隠されているものは無い』という事で固まりつつあった。

「そういや、あのオッサンなんかどーたらこーたら言ってなかった? 『困る』とかなんとか…あたしとしてはそういう弱みになるような情報はほっとけないんだけど」
「拙者もそれについては聞き逃してしまったでござるな。まぁ、晶殿に尋ねてみればすぐに…っと、そういえば晶殿達を待たせっぱなしでござった」
「丁度キーワードを伝えた所で放送に突入したからねぇ…おかげでこっちもkskに付いて調べられ――――うぅん…」

PCを操作し、チャットの画面を出していたドロロを見ていたリナの言葉が突然不自然に途切れる。
慌ててドロロが視線を向けてみれば、頭を片手で押えながら覚束ない足取りでふらふらと揺れているリナの姿があった。
その顔は苦痛に耐えるように僅かに歪んでいる。

「リナ殿!? どうされた!?」
「あぁ、そんなに心配しないで大丈夫…予想以上に疲れてて、ちょっと立ちくらみしただけだから。やっぱ景気よく魔法使いすぎたのかしらねぇ…」

いつもはこんな事ぐらいでどうにかなんないんだけど――やや悔しそうに呟くリナを見て、ドロロは一つ提案する。

「リナ殿、晶殿達との情報交換やキーワードの調査は拙者がやっておくでござる。リナ殿は無理せず休んでいてくだされ」
「そう? じゃあそうさせてもらうわ…ひと段落したら、すぐ戻るから」

ドロロの提案にそう答えると、リナはややふらつく足取りのままソファーへと向かい座り込む。
そして自分のディパックから赤い宝石を取り出して何やら精神の集中を行っているのを見届けた後で、ドロロはようやくチャットの画面へと注目した。
だが、もう既に十数分も時間が経っているというのに、先ほど中断されたままで晶達からの発言は届いていなかった。

泥団子先輩R>晶殿、どうされたでござるか?

彼等の安否を気遣う書き込みをした後で、ドロロはその理由にはたと気が付いた。
先ほど自分がこの口で、もといこの手で伝えた情報の事だ。晶と共にいる人物(この呼称が正しいかどうかはとりあえず置いておく)、スエゾーの友人ゲンキの死亡。
既にその事実は知っていたとは言え、やはり何かしらのトラブルがあったのかも知れない…
先ほどのヴィヴィオの様子を思い出しながらそんな事を考えていると、晶からの返事が来た。

ゴーレムの友>すいません、少しゴタゴタがあって書き込むのが遅れてしまいました。今はもう大丈夫です。

(やはり、ひと騒動あったのでござるな……)

画面の向こうで何かがあった事にやや心を痛めつつも、しばらく考えてドロロはそれに答える。

泥団子先輩R>なに、仕方なきことでござる。大事がないのであれば、それに越したことはないでござるよ。
ゴーレムの友>ありがとうございます。では、早速ですがこちらのリングの状態についてお伝えします。
ゴーレムの友>新たに作動しているリングは二つありました。E-8,9周辺の巨大な湖の中と、I-4の森の中です。
ゴーレムの友>残念ながらまだ動画は確認していませんが、この情報交換が終わったら見てみるつもりです。
泥団子先輩R>情報提供感謝するでござる。
泥団子先輩R>こちらも、今からキーワードを使ってkskを調べようとしていた所でござる。

それからしばらくの情報交換が行われ、ドロロは先ほど聞き逃した放送についての詳細を知る事が出来た。
曰く、『主催者達は何度かこの会場へ訪れており、その場に居合わせても手出しをしないように』と警告を発していたとの事。
既に今回の死亡者の中には、主催者への反逆行為によるペナルティによってその命を奪われているらしい事。
これからもそのような反逆行為があれば、その場にいる全員に制裁を加えるという事。
そしてここからは雨蜘蛛による仮説だが、主催者によるペナルティは首輪を用いること無く行われたのではないか、という事。

(これは少し気になるでござるな)

この殺し合いの説明の場にて、クルル曹長のパートナーに似た雰囲気の少年が始末された時には確かに首輪が発動しているようだった。
その時の事を思い出してみても、主催者の二人は一瞬でそれを実行し、そして実行したことによる疲労などの何かしらのデメリットも負っていないように見えた。
少なくとも、合理的に考えてみれば首輪の使用を躊躇する理由は無いはずだ。
この事については色々と考察してみる必要がありそうだ。

そして一通りの情報交換が終わり、1時間後の再会を約束してこのチャットを切り上げようとしたとき、晶側から一つの質問があった。

ゴーレムの友>すいません、少しお待たせしました。最後にもう一つだけいいでしょうか。
ゴーレムの友>スエゾーが、ゲンキさんの死について教えてほしいと言っています。

ドロロは、思わず息を飲んだ。
この提案自体に不自然な事は何もない。先ほど、その事実を伝えた時にも『その詳細は放送後に知らせる』という流れになっていたのだ。
だが、今ここにゲンキ少年の死に居合わせた人物、朝倉涼子はいない。かといって先ほどの様子では呼び戻すのも憚られるだろう。
しばし思考した後、ドロロはチャットにてこう発言した。

泥団子先輩R>承知したでござる。しかし、実際にゲンキ殿の死をみとった朝倉殿とヴィヴィオ殿は現在席を外しておられる。
泥団子先輩R>いつ頃戻ってこられるかはわからないでござるが、少なくとも1時間後には戻ってきているはずでござる。
泥団子先輩R>ただし、最期の概要だけは拙者も話を聞いているでござる。
泥団子先輩R>今、又聞きでもいいから話を聞くか、それとも1時間後に改めて朝倉殿達から話を聞くか。スエゾー殿、選んでほしいでござる。

返事が返ってくるのに、そう時間は掛からなかった。

ゴーレムの友>スエゾーは、今話を聞きたいと言っています。そして、聞きたい事は一つだけだそうです。
ゴーレムの友>「ゲンキは、闘っとったんか?」

様々な想いが込められているであろうその質問を深く噛みしめながら、ドロロはゆっくりとタイピングしていく。
ゲンキの事についてドロロが知りえているのは、朝倉から聞いた僅かな情報だけだ。
だがそれでも、自分の知りうる限りの事全てをこの画面の向こうにいる相手に伝えてやりたいと思った。

泥団子先輩R>ゲンキ殿は、勇敢で優しい少年であったと聞いたでござる。
泥団子先輩R>戦い、自分たちを殺そうとした者の命を奪うことなく引き止め…
泥団子先輩R>その者を庇って散っていったそうでござる。

一分、経過。
………二分、経過。
それからさらに数分が過ぎた所で、ようやく彼等の答えが返ってくる。

ゴーレムの友>ありがとうございました

たったのそれだけ。文字数にしてみればたった11文字のそれだが、ドロロには何よりも重い一言に見えた。
これだけの時間をかけ、さらに今まで欠かす事の無かった句読点も打ち忘れる程である晶の気持ちはいかばかりか。
そして、誰よりもゲンキの死を強く受け止めているスエゾーの気持ちは。

(晶殿、スエゾー殿…貴方達の怒り、悲しみはは、拙者が決して無駄にはしないでござる)

『ゴーレムの友さんが退出しました』と表示された画面を見ながら強くそう決心すると、ドロロは先ほど出していた名簿の画面を出す。
まず手始めに、名簿の一番最初の人物である『キョン』の項目をクリックし、キーワード入力画面を呼び出した。

『キーワード:プロジェクトFの正式名称は?』
「今回はサービス問題でござるな……」

チラリとPCの傍に置いてある『プロジェクトF ~挑戦者たち~』を一瞥する。
その中に幾度となく登場するこの単語を、ドロロはゆっくりと入力した。

『プロジェクト・フェイト』、そして、エンター。

正しいキーワードが入力された事でロックされていたページが解禁され、ディスプレイの中に表示されたのは―――


【04.幼き聖王の決意】


「これは………」

ヴィヴィオを抱きかかえたままスタッフルームから退出し、外へと移動した朝倉涼子がまず最初に挙げたのは驚きの声だった。
ひとまず、すぐ傍に設置されていたベンチの上にヴィヴィオを座らせた後で、朝倉はゆっくりと周囲を確認する。

夕闇の中に浮かぶ遊園地は、先ほどとは全く違う様相を映し出していた。
さっきまで薄暗かったここは綺麗にライトアップされ、幻想的な風景を生み出している。
先の戦闘による生々しい破壊跡こそあちこちに残っているものの、それを差し引いても尚美しいと思わせる光景が、朝倉の目の前に広がっていた。
もしも観覧車が今もまだ存在していたとすれば、さぞかしロマンチックな物に見えたであろう。

(ほんのついさっきまでは、ライトアップなんか施されてはいなかった。
 時間から見ても、第三回放送開始時…つまり、18時から自動的に照明が作動するように設定されているのかしら)

ふとそんな事を考察しながら朝倉はしばらく遊園地を観察し、やがてそこから視線を外した。
流れ続けている軽快な音楽と相まって、楽しげな雰囲気の遊園地。
だが、今はそんな物に現を抜かしていられるような状況ではないだろう。
そして、本来ならばこの光景に心を奪われ、癒されそうである少女もまた別の事に囚われ続けていた。

「アスカお姉ちゃん……妹さん……」

ベンチの上に座り、俯いて自分の膝を見つめたままでヴィヴィオが小さく呻いた。
その脳裏に浮かんでいるのは、自分が救う事の出来なかった二人の人物。


惣流・アスカ・ラングレー。
この殺し合いが始まってから、一番最初にヴィヴィオが出会った女の人。
第一印象は、決して良くはなかった。
『凄くイライラしていて、怖い人』。
ママ達のような優しい人たちに囲まれていたヴィヴィオにとって、自分の大切な人たちとは正反対な性質を持つアスカは恐怖の対象ですらあった。

それでも、『頼まれたから』などと言いながらヴィヴィオの元に戻ってきてくれた時。
疲れていた自分を見かねて、ぶっきら棒で乱暴な口調でありながらも、荷物を持ってくれようとした時。
ヴィヴィオは、多少の戸惑いを覚えながらも、確かにアスカに感謝していた。
そしてヴィヴィオの印象が、『不器用だけど、本当はいい人』に切り替わりつつあった所で、その事件は起こった。
突然の、岩のような奇妙な肌を持った男の来襲。そこでアスカを含む仲間たちと散り散りになったヴィヴィオ。
それから、様々な悲しい出来事を乗り越えた後で、学校にてようやく再会できたアスカは……全くの別人の様になっていた。

『やっと見つけたわ。
 捜したのよヴィヴィオぉ?』

邪悪な笑顔を浮かべながら、マシンガンを手に持ち自分に話しかけるアスカ。

『決まってるじゃない、化け物を殺すのよ』

どう見てもただの人間、それもまだ年端もいかない少年少女に対して、殺気をむき出しにするアスカ。

『邪魔をするなぁ!
 ヴィヴィオォォォォ!!』

第三者からの襲撃による一瞬の隙をついて他人に襲い掛かり、それを妨害したヴィヴィオに向かってさえも殺意を向けるアスカ。

醜い悪鬼のような形相で、常軌を逸した支離滅裂な考えで他人を殺そうとしているアスカを目の当たりにしても、
それでも尚ヴィヴィオは彼女を見捨てることが出来なかった。
自分たちと逸れた後で、アスカの身に何が起こったのかは知る由もない。だが、きっととても辛い目にあったんだろうとヴィヴィオは考えた。
辛い目にあって、酷い目にあって、それで他人を信じられなくなって、普通の人間でも『化け物』だと思い込む事で自分を守ろうとして……
だが、様々な悲劇を身をもって体験したのはヴィヴィオも同じ事だ。そして、ヴィヴィオはその度に優しい人々に救われ、精神を持ち直してきた。
キン肉スグルこと、キン肉マン。モッチー。フェイト。そして、涼宮ハルヒ。
自分が彼等に救われたように、今度は自分がアスカを救ってやりたかった。

キョンの妹。
彼女とヴィヴィオが共に過ごした時間は、限りなく少ない。
だがそれでも、ヴィヴィオは彼女がとても優しく可愛らしい女の子である事がすぐわかった。
もしもこんな状況でなければ、大の友達になれたかもしれない。

だが、余りにも非情な現実を前にして、彼女は血塗られた復讐の道へと歩き出そうとしていた。
目の前で……ヴィヴィオにはまだ幼すぎて理解できない感情を抱いていたであろう少年を殺されて。
彼の死を前にして、ひとしきり泣いたあとで妹は自分の決心を告げてきた。

『ごめんなさい、私……ゲンキ君の仇を討ちます』

その言葉を聞いた時、ヴィヴィオは深い悲しみを感じた。
人を、殺す。それがどれだけの悲劇を生むのかを、今さっき体験したばかりの彼女がこんな決断を下してしまった事が、酷く辛かった。

ヴィヴィオの言葉による説得は、結局何の意味も為さなかった。
だがそれでもヴィヴィオは諦めずに、さらに別の方法で妹の考えを改めようとした。
彼女と硬く手をつなぎ、生きている人の温かさを伝えてあげたかった。

ヴィヴィオが妹の為にそこまでしたのは、彼女本来の優しさもあるが、何よりも彼に頼まれたからだ。

『俺……もう、『  』を守れない。
 これからは……アンタたちに『  』を、守ってほしいんだ……』

自らの死に際していても、自分の同行者を心配していたあの人。
自分を殺そうとした相手に対しても、身を呈して死から庇った、とても優しい心を持つ少年。
ヴィヴィオは、彼の熱い気持ちを無為にしてしまいたくは無かった。
何があっても、妹の復讐を阻止して、ゲンキの分まで長く生きていて欲しいと思っていた。


それでも、その結果は。

『アスカお姉ちゃん、一緒に逃げよう?』

あの焔に包まれた地獄の中で、ヴィヴィオはアスカを見つけてその手を差し伸べた。
しかし、ヴィヴィオの優しさは無残に踏みにじられる。それはアスカにではなく、何者かが放った破壊の光と、他でもない妹によって。

『ヴィヴィオちゃん、それはダメだよ……。そして、残念だけどここでお別れだよ?』

心の籠った説得も空しく、ただ復讐の牙を研ぎ続けていた少女は、憎き仇敵を追って炎の海へと飛び込んで行った。

そして、それがヴィヴィオが見た二人の少女の最後の姿となった。


「わたし……助けられなかった……!! アスカお姉ちゃんも、妹さんも…助けることが出来なかった…!!」

ぶるぶると体を震わせながら、ようやく口をついて出てきたのは悔恨の言葉。
膝の上に乗せた手をぎゅっと握りしめたままで、ヴィヴィオは自分が何も出来なかった事を悔み続ける。

やがて、ヴィヴィオの耳に自分に近づく足音が聞こえてくる。
同時に、地面に伏せたままの視線の先には、可愛らしいメイド服のスカートと足が見えた。
自分の傍に来たのが誰かを察したヴィヴィオは、その人物の名前を挙げながらゆっくりと顔を上げる。

「涼子……お姉ちゃん……?」

そこには、少なからず打算の感情があったのかもしれない。
今までのように、自分の同行者に優しく慰めてもらいたいという気持ちがあった事を、ヴィヴィオは否定しきれない。
だが、自分を見ている朝倉の表情は、酷く冷たい無表情であった。
呆然とそれを見ているヴィヴィオの顔をしばらく無言で観察した後で、彼女はようやく口を開く。


「自惚れるな、小娘」


吐き捨てるような残酷な言葉に、ヴィヴィオは強く息を飲んだ。
まるで、冷たい冷たい氷の手に心臓を鷲掴みにされたような、そのままズタズタに心を引き裂かれてしまうような強い衝撃。
精神的な大ダメージを受けて、悶える事も出来ずに呆然としているヴィヴィオの前で、朝倉はゆっくりと表情を変える。
今度は、それまでと全く正反対の優しげな微笑みを浮かべて。
ころころと変わる朝倉の様子についていけず、ただ見ていることしか出来ないヴィヴィオに彼女は近づくと、優しくその体を抱きしめた。
そのまま、少女の耳に口を寄せて、言い含めるようにゆっくりと語りかけ始める。

「ヴィヴィオちゃん。率直に言わせてもらえば、貴方はただの小さな女の子にすぎない」

朝倉の手が、まるで繊細なガラス細工を扱うかのような穏やかな手つきでヴィヴィオの頭を撫でる。
多少トゲのある言い方がヴィヴィオの心をちくりと刺したが、それは今の朝倉が纏う雰囲気のお陰で大分軽減されていた。

「まだ数年しか生を受けていない子供が、狂気に走り、復讐を狙う人間達を完全に説得できるほど……世界は優しくないの」

数年しか生きていないのは、私もいっしょなんだけどね―――そんな呟きは、彼女の心の中でのみに留められた。
その心境を知る由もなく、幼い少女はただ彼女の言葉を自分の胸に刻みつける。

「私は貴女を評価しているわ。……本当は恥ずかしいから言いたくなかったんだけど、学校でヴィヴィオちゃんが妹ちゃんを説得してくれたのは凄く助かった」

僅かな羞恥心からだろう。朝倉の声に、ほんの少しだけ苦笑の色が混じった。
面と向かって褒められた事は少なからず嬉しくはあったが、依然ヴィヴィオの心の中のほとんどは悲しみが占めている。

「貴女は間違いなく、貴女に出来る最善の手を打っていた。ただ…それでも尚、彼女たちを救うには足りなかった」

頭を撫で続けていた朝倉の手が、止まる。
ヴィヴィオは、朝倉の胸に抱かれたままで顔を上にあげ、彼女の表情を見ようとする。

「……冷たい現実だけれど、そういう事なのよ」

そう言い終わると、朝倉はヴィヴィオから少しだけ体を離し、少女の顔を正面から見つめる。
ヴィヴィオもまた、朝倉の表情を見返す。微笑みを消し、真剣な表情で自分と目を合わせている彼女の瞳の中には、何か強い光が宿っているのが感じられた。

涼子の胸に抱かれながら、ヴィヴィオの心がきゅうきゅうと締め付けられていく。

『世界は、こんなはずじゃなかった事ばっかりだ』

いつか誰かが言っていた気がする言葉。記憶の底から浮かび上がったそれがぐるぐると回りながら、ヴィヴィオをより一層傷つけていく。
それでもなおヴィヴィオは必死で耐えていた。
何度も何度もしゃっくりをあげながらも、必死で涙を流すまいとしていた。

「……どうして、泣こうとしないの?」

眉の根を寄せながら、純粋な疑問とともに朝倉が尋ねる。
ヴィヴィオは、少しでも気を抜けば決壊してしまいそうな涙腺に力を込めながら、たどたどしくそれに答えようとする。

「だ、って…っ…なのはママに、約束したからっ…! ヴィヴィオ、もう泣かないって…やくぞぐしだがらっ……!!」

いつだったかの、楽しかった頃の記憶。
母娘として一緒に生活する中で、なのはがヴィヴィオに求めたのは『強さ』だった。
転んでも、自分で立ち上がれる強さ。痛みを感じても、涙を流さずに歯を食いしばり耐えられる強さ。
そして、先ほどの刹那の邂逅の中でもヴィヴィオは母親に誓っていた。

『ママだいじょうぶ! ヴィヴィオはだいじょうぶだから!! だから泣かないでママ!!』

なのはママに約束した。ヴィヴィオはもう大丈夫だから、心配しないで。
母と別れ、こうして遠くにいる今でも健気にその約束を守ろうとしているヴィヴィオ。
そんなヴィヴィオを、朝倉は無言で抱きしめた。今度は、やや強めに力を込めて。

「お、ねえ…っちゃ……?」
「『泣く』という行為は、有機生命体にとって非常に高度かつ重要なストレスの解消法よ。
 よくテレビなんかでは『泣かない強さ』なんて言葉を聞くけれど、私に言わせてみればそれはナンセンスな事。
 ……泣く事が出来なくなった人間は、容易に心を病み壊れていくんだから」

胸の中の少女が挙げる疑問の声を無視して、朝倉涼子はヒューマノイドインターフェースとして知っていた雑学を語る。
難解な言葉にしばらく目を白黒させたヴィヴィオだったが、やがてそれが『泣く事』を肯定しているのだという事に気づき、心を震わせた。
そんなヴィヴィオを知ってか知らずか、朝倉はさらに言葉を続ける。

「無理はしないで、ヴィヴィオちゃん。今、貴女は泣いていいの…誰も貴女が泣く事を責めたりはしないから。…私が責めさせない、たとえ貴女のママ相手でも」

最後の呟きと同時に、ヴィヴィオと体と心の両方がぎゅぅっと締め付けられる。僅かに痛みと苦しみを伴うそれは、しかし辛いとは思わせない強い力があった。
きゅっと小さな両手で朝倉の服にしがみ付いて、その顔を彼女の胸に押しつけながら、ヴィヴィオの体がぶるぶると震える。

そして、決壊。

「………っ……ふぇ……っく……ぁ…うあぁぁぁぁぁっ…!!」

じくじくと痛む心の赴くままに、ヴィヴィオは泣き声をあげる。
アスカと妹が、血塗られた道を進んでしまった事が辛かった。
二人を、永遠に失ってしまった事が悲しかった。
何よりも、結局何も出来なかった自分が、とてもとても悔しかった。
台風のように荒れ狂う心の中身を、少女は自分が縋りついている存在へとぶちまける。

「わだじっ…!! わたし、強くなりたい…!!」
「うん」
「もう…もうこんな気持ち味わいたくない!!」
「うん」


「もう誰も死んだりしないように、強くなりたい!! 誰かを守れるように…! なのはママやフェイトママみたいに、強くなりたいよぉ!!」


ヴィヴィオの強い想いを、朝倉は小さく受け答えしてやりながら受け止めた。
自分を受け入れてくれる相手がいる事で、ヴィヴィオの心はどんどん解れていき、泣き声もまた強くなって行く。
ヴィヴィオを抱きしめたままで、朝倉もまた自分の想いを浮かべた。

「うん。貴方はまだ、心も体も成長できる。…これから…ずっとずっと強くなることができるんだから」

―――私も貴方も、強くならなきゃいけない。もっと成長しなきゃいけないのよ。
思い浮かべるのは、今この瞬間も自分達を拘束している忌々しい首輪の事。
この問題を解決するには、自分が更に成長しなくてはならないのだ。
泣きじゃくるヴィヴィオを抱きしめ、頭を優しく撫でてやりながら、朝倉もまた、一つの決意を固める。

『人は挫折を知り、成長する』。
知識としては知っていた言葉の意味を、ヒューマノイドインターフェースは今初めて真に理解できた気がした。


時系列順で読む


投下順で読む


輝く光輪 朝倉涼子 彼等彼女等の行動 (05~07)
ヴィヴィオ
リナ=インバース
彼等彼女等の行動 (01~02) ドロロ兵長
深町晶






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