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時をかける少女? ◆VsIl7eA2DE



「なのはママ……フェイトママ……」

世界は、か弱き者に狂おしいまでの絶望を与える。
孤高なる島。星の輝きを遮る枝葉は少しだけ生温い空気に揺られてカサカサと音を立てる。
少女、ヴィヴィオの愛らしい唇から最初に漏れた言葉は親しい者の名前を呼ぶ心からの嘆きだった。

「う……あ……」

胸に込み上げてくる嫌な感覚にヴィヴィオは餌付いた。
思わず両手でバッと口を抑える。すっぱくて、苦い何かが喉の奥を這い上がって来たのだ。
今日食べたお昼ごはんの残りだろうか、涙目になりながらヴィヴィオはぼんやりと思う。

それは半ば衝動的な行動だった。
地面に何もかもぶちまけてしまった方が、我慢するよりも苦しくはないのだろうけど……それでもヴィヴィオは必死に我慢した。
そう、必死に必死に……誰かが見ている訳でもないのに。

ヒスイとルビーのヘテロクロミアをカッと見開いて、ヴィヴィオは地面にしゃがみ込む。
明るい茶色の髪とそれをツーサイドアップに結った紺色のリボンが揺れる。
発育の悪い芝生と膝小僧が触れ合って少しだけ痛い。湿った土の感覚は凄く気持ち悪い。

「……がっ……げほっ……!」

しかし、そんな抵抗は露と消えた。ヴィヴィオは堪え切れなくなった衝動を地面に思い切り吐き出すしかなかった。
ビチャビチャと固形と流体の混じった淀んだ物体が少女の口の中から零れ落ちる。
消化の終わってないお昼ご飯がぼとり、と地面に触れてグチャリ、と潰れる。


あんな惨劇を見せられて、冷静を保っている事など出来る訳がなかった。
胃の中の物と一緒に嫌な記憶も合わせて何もかも流れていってしまえばいいのに。
そんな事を思っても少女がぶち当たった現実は残酷で、決して嘘やまやかしなどではない。

目の前で人が死ぬ光景をを見るのはヴィヴィオにとって初めての経験だった。
それが最悪の形で、最悪の〝死〟の映像を伴って訪れた――それだけの事だったのかもしれない。
渚カヲルと呼ばれた少年の、あまりにもあっけなく突発的なソレはヴィヴィオにショックを与えるのには十分すぎるものだった。

それは〝死〟について、ヴィヴィオが持っていた認識とは明らかに違う光景だった。
死とは赤く、死臭を伴った魂の消滅だ。
だから到底、信じられない――いや、信じたくなかった。
首輪が起動した瞬間、少年の身体が『オレンジ色の液体』に変化したのである。
血も、臭いもない。だが、それ以上におぞましい結末。

ヒトの身体を構成するものは肉であり、骨であり、血液である。
小さな子供であるヴィヴィオであっても、それぐらいの事は知っている。
知っているからこそ怯えるのだ。嫌悪の感情を抱くのだ。

――自分の身体の中にも、あんなモノが詰まっているのだろうか?

それは未知なる感覚だった。首輪が動作した時、自分は自分とは違う別の存在になってしまう。
「生命のスープ」なんて言葉は飾りだ。人として死ぬ事も出来ない、それだけなのだから。
血ではなく汚泥にも似たオレンジ色の液体を撒き散らして死ぬ……ヴィヴィオは恐ろしくてたまらなかった。
気持ちが悪い。胃袋が痙攣して、涙が止まらない。
そうだ、この吐瀉物のような存在になってしまうかもしれない――

「はぁっ……はぁっ……!」

嘔吐を繰り返したヴィヴィオは、しばらくしてようやく胸の中で渦巻くような気持ちの悪い感覚が消えた事にホッと胸を撫で下ろした。
もちろん、先程の光景は簡単に忘れられるような事ではない。
人が死ぬという事は物凄く重くて辛い事だ。どれだけ涙を流しても足りなくて、本当に本当に悲しい事だ。

聖王ヴィヴィオとして覚醒し、高町なのはと死闘を繰り広げた事は未だにヴィヴィオの中で〝しこり〟となって残っている。
ヴィヴィオが直接誰かを殺した、という訳ではない。だけど巨大な船の起動キーとなり、少なからず犠牲者が出た事を彼女は知っていた。
あれは忌まわしき記憶だ。だけど、同時に決して忘れてはならないモノ。
昨日の涙があったからこそ、今日は笑っていられるのだ。

今、ヴィヴィオに出来る事は何だろう。……いや、ヴィヴィオがやらなければならない事は何だろう。
それほど物事を深く考えて、思慮深い行動を取る事なんてヴィヴィオには出来ない。
彼女には自ら全てを切り開くような力も、他の人を守ってあげられるような力もない。
きっと、普通ならば足手まといになってしまう。
泣いて泣いて、誰かに迷惑を掛ける事しか出来ないのかもしれない。

だけど、

「う……っ!」

沢山の辛くて悲しい事があったから、ヴィヴィオはその分だけ、もっともっと頑張る事が出来るのだ。

右膝にグッと力を入れてヴィヴィオは立ち上がった。
その瞳は少しだけ涙で濡れてはいたけれど、放つ光は虚ろなガラス玉のような輝きではない。
それは宝石のような強く強固な意志に満ち溢れた眼だ。何かを心の中で決心した者の眼だ。

ヴィヴィオはもう、ただの〝ヴィヴィオ〟ではない。
〝高町ヴィヴィオ〟となった今、こんな時だからこそ自分は頑張らないといけない。
ただ涙を流して誰かが助けてくれるのを待っているだけではダメなのだ。

なのはママが言っていたように――ちょっとだけ、頑張ってみようと思うのだ。

「……泣かない、もん」


ヴィヴィオは幼く、まだ右も左も分からないような少女だ。
彼女の周囲の人間は誰もが暖かくて、優しくしてくれる素晴らしい人達ばかりだった。
だけど、こんな悪意と敵意に満ちた空間に一人で放り出された経験が「一度だけ」あった。

あの時も、なのは達は自分を助けに来てくれた。
しかし、今回に関して言えばヴィヴィオの手足に枷はない。
自由にヴィヴィオも、なのはママやフェイトママを探すことが出来るのだ。

早く、二人に会いたかった。
「頑張ったね、ヴィヴィオ」って優しく抱き締めて欲しかった。
これだけ勇気を振り絞っても、やっぱり少し、少しだけ、だけど…………怖いから。

その時、彼女の背後の茂みがガサリと揺れた。
少女の背筋に電撃が走った。雷に撃たれたかのように、小さな体躯が跳ねる。
心臓は凄まじい速度で躍動し、ドクンドクンと警鐘を鳴らす。


誰だろう、いったい誰が来たんだろう。知っている人だったらいいな。
知らない人だったら…………どうしよう。
でも、頑張って話しかけてみよう。優しい人ならいいんだけど。
お願いするんだ。なのはママとフェイトママを探すのを手伝ってください、って。


恐る恐る、ヴィヴィオは振り返った。そして、


「…………子供?」


機嫌の悪そうな少女の声がヴィヴィオに矢のように投げ掛けられる。
視線の先に佇んでいたのは――


             ▽


深い茶色のロングヘアー、水色の制服。勝気な視線。
少女――惣流・アスカ・ラングレーはこの島に飛ばされて来てから、初めて出会った相手を見つめ、思わず溜息を付いた。

(……子供か)

音波として、言葉として発してしまったその呟きには二つの意味がある。
それは、つまり「安堵」と「落胆」だ。

安堵――少なくとも目の前の明らかに五、六歳程度の眼を潤ませた少女には危険は無いと判断出来る。
見る限り彼女は何も武器を持ってはいないようであるし。
きちんと背負われたデイパックの中に何かしらの凶器が入っている可能性はあるが、対処は問題ないはずだ。
相手は右も左も分からない子供だ。一気に制圧する事など、それこそ枯れ花をへし折るよりも容易い……。

「えと……わ、わたしは……」

アスカが少女を訝しげな眼で眺めていると少女は勝手に自己紹介を始めた。
何かに怯えているのだろうか、少女は両目に一杯の涙を溜めながらも懸命に言葉を紡ぐ。

言葉はぎこちなく、発音もハッキリしない。
相手が自分よりも相当に小さな子供だと分かっているのに、それでもアスカは苛立ちを隠せなかった。
靴先が地面をコツコツと忙しなく叩く。胸の辺りで組まれた腕、指先がカウントを取るように上下を繰り返す。

アスカがこれくらいの歳だった時だって……いや、もう少し小さい時だったとしても、初対面の相手にこんな無様な態度は示さなかった筈だ。
どうして、こんなに要領を得ないのだろう。何故、もっとテキパキと話さないのだ。
そもそも、今がどんな状況なのか分かっているのだろうか。
事態は一刻を争う。自分以外の全ての人間が敵かもしれない。信用出来る人間なんてほとんど皆無だ。
ソレくらい考えて当然――いや……そうか、分かっていない可能性もあるのか……。

「ヴィ、ヴィヴィオ……高町ヴィヴィオです」

少女がつっかえながら自分の名前を言い終えて、そして小さく笑った。
見知らぬ人間にしっかりと名乗る事が出来て安心しているのだろうか。
そうだとしたら、この「ヴィヴィオ」という子供はかなり甘やかされて育てられたに違いない。
全く、親の顔が見てみたいものだ。


アスカは右手に握り締めたアーミーナイフを一瞥した。
ここはつまり、殺人領域だ。人が人を殺し、人に殺され、人を傷付ける限定空間。
最後の一人になるまで殺し合う、という趣向にはある種のおぞましさが満ちている。

モルモット、家畜、実験動物。何だっていい、どれだっておそらく意味合いは変わらない。
どれもこれも全部――ムカツク。

「あの」
「何よ」
「う…………」

アスカはギロリ、とナイフのように尖った視線でヴィヴィオを射抜いた。
一歩、少女が後退り。フルフルと小さな肩を震わせ、恐怖と怯えに満ちた目でこちらを見上げる。

(……ウザったい)

胸に込み上げるもう一つの感情――落胆。
少しだけ、時間が立ったからだろうか。ヴィヴィオに出会って感じた「安堵」の何倍にまでもその感情は膨らんでしまった。
どうして自分がこんな明らかに足手まといな子供と出会ってしまったのか、運の無さを呪わざるを得ない。
全くもって、ツイていない。

「お、お姉ちゃんの……名前は……?」
「アスカ。あのさ。あたし、忙しいんだけど」
「あ……ご、ごめんなさい」

ヴィヴィオがショックを受けてシュンとうな垂れた。
この時、明らかにアスカは機嫌が悪かった。こんな場所で子供に出くわす……それは自身の動きの制限にしかなり得ない。
訳の分からない島に送られて、最初の仕事が子供の保護なんてふざけた話である。

(こんな子供に殺し合え……ね。差し詰め、体のいい犠牲者候補かしら)

支給された道具についても同じ事が言える。
確かに、ナイフはそれなりに〝当たり〟の部類に入る武器だろう。
エヴァンゲリオンに搭載されているプログレッシブナイフとも似た武装だ。ある程度感覚で使い方は分かる。
しかし、ルールブックに記載されていた基礎支給品を除くと入っていたのは、良く分からない「宝石」だけだった。

金の台座に乗った三角形の黄色い宝石である。色から察するとトパーズだろうか。
説明書には「バルディッシュ・アサルト」と記載されていただけ。
いったいどのような効果を持った道具なのかは一切書かれていなかった。
とはいえ、書いてないという事はつまり、説明する必要がないという事なのだろう。
ただのアクセサリであれば、勿論特別な力など皆無なはず。今はスカートのポケットに突っ込んだままだ。

「あの、あの……ね」
「早くいいなさいよ。ジレったいわね」

渚カヲルという少年の首輪が吹き飛んだ時、彼の身体はL.C.Lへと変化した。
加えて、長門という女の口から飛び出したA.Tフィールドという言葉。
コレは明らかにエヴァンゲリオンの――いや、特務機関ネルフにおいて使われる用語だ。

ヒトの身体がL.C.Lに変化する、という話をアスカは一度も聞いた事がなかった。
しかし、現実的に今自分に嵌められている首輪にはそのような力があるらしい。
が、事実関係をどうこう言っている暇はない。少なくとも分かる事、すなわち――この殺し合いは裏側にネルフが絡んでいる。


(だとしたら、妙ね……どうして――)

何故、自分が参加させられているのだろうか。
名簿の中にあった知り合いは碇シンジ、加持リョウジ、冬月コウゾウの三名。
セカンドとサード。自分も入れてエヴァンゲリオンのパイロットが二名。
そして、ネルフの副指令冬月コウゾウ。同じく、ネルフの職員である加持リョウジ。

明らかにE計画、そして人類補完計画の要としてのメンバー。
なのに自分が生身のまま――しかも大した武装も持たされずに放り出されるとはどういう事なのだろう。


「おねがい、します」
「はぁ?」

ペコリ、とヴィヴィオが深々と頭を下げる。そして、

「なのはママとフェイトママ、さがすのてつだってくれませんか?」
「……ママ?」


ヴィヴィオの口から飛び出した言葉にアスカは首を傾げた。
なるほど、子供だけがこんな戦場に放り込まれた訳ではなく、しっかりと保護者も参加しているらしい。
「なのは」と「フェイト」か。どうも名簿の中にあった【高町なのは】と【フェイト・T・ハラオウン】というのが少女の〝ママ〟らしい。
だが、当然の如く湧き上がる疑問がある。

(ママが、二人?)

しかし、瞬間アスカは理解した――少女は、複雑な家庭環境に生まれたのである、と。

「高町なのは」は名前から察するに、日本人だろう。
このヴィヴィオという少女は少なくとも別の国の生まれだろうから、実際の母親は「フェイト・T・ハラオウン」である確率が高い。
五、六歳程度の子供の親という事は三十歳前後だろうか。いや、もっと上である可能性も十分過ぎるほど考えられるか。
そしておそらく「高町なのは」というのが彼女の〝二人目のママ〟なのではないか。つまり後妻という奴だ。
だから名前も「高町ヴィヴィオ」と名乗った。苗字が母方のモノなのは……婿養子だろうか?
そして、アスカの直感ではあるが、年齢も前妻とそれほど変わらない気がする。

(……ママ)

心の海に浮かび上がる大切な人。
ママにただ認めて貰いたかった。ママがいれば、周りの人が見てくれれば寂しくなんてなかった。
世界を守るエリートパイロットに憧れた子供の頃――そうだ、目の前の少女と同じ頃の私は……、

「残念だけど、無理よ」
「え……」

何もかもを、『自分で掴み取ろうとした』筈なのだ。

手に入らないのならば、血を吐こうとも努力を重ねなければならない。
戦って戦って、誰かに認めて貰うために必死になって――

「アンタみたいな足手まといと一緒に行動出来る訳ないじゃない。そうね、分かってないみたいだから教えてあげる。
 これは『殺し合い』なのよ。仲良しゲームなんかじゃない。殺して、戦って、欲しい物は全部自分の手で勝ち取るのよ」

右手に握ったアーミーナイフをヴィヴィオの眼前で小さく薙いだ。
ピュッという空気を切り裂く音。ヴィヴィオの明るいオレンジ色の髪の毛が二、三本切断されてヒラヒラと舞う。

「きゃっ!」

トン、と小さな音と共にヴィヴィオは尻餅を付く。
初めから当てるつもりなどなく威嚇のつもりだったのだが、少女にはそんなアスカの意志など分かる筈もなく。
ヴィヴィオは信じられない物を見るような眼でアスカを見上げた。


「この場で殺されないだけ、有り難いと思いなさいよね」
「う……」

紅と翠の瞳が、滲む。

「また、泣くの? そうやって泣いていれば誰かが助けに来てくれると思ってる訳?」
「泣か……ない……もん」
「はぁ? 泣いてんじゃない」
「ないっ……て、……な、い……もん」


ヴィヴィオが両の眼一杯に涙を溜めて、身体を奮わせた。
少女は戦っていた。アスカから向けられる剥き出しの敵意と、そして自身の臆病心と。
キツく食い縛った綺麗な並びの白い歯からギリギリと噛み合わす音が聞こえて来そうだった。

(……意地っ張り。なんだろう……凄くイライラする)

少しだけ、感心した。
ちょっと大きな声を出せばすぐに泣き出すと思ったのに。
ああ、私は何をやっているんだろう。アスカは半ばオーバーヒートした理性の片隅で考える。

こんな小さな子供に喚き散らして、情けないったらありゃしない。
そもそも、進んで誰かを殺して回る気なんてこれっぽちも無い筈なのに。
傷付けるとか、殺すとかそういう事が苦しかったり嫌な訳じゃない。
単純に、あの「主催」とか言ってたバカ共の言いなりになるのが不愉快なだけ。

「アンタを見ているとイライラするわ」
「……うっ……ひっく……」

〝ママ〟を求めるこの子と自分を重ね合わせているのだろうか。
それとも、〝ママ〟がまだちゃんと「生きている」この子に嫉妬しているのだろうか。

近親憎悪に似た感情が私の中で渦巻いている。
その暗澹とした混沌の波が、私を衝き動かす燃料になっている事は明白な事実だ。
ああ……もしかして、私は――

臆面もなく『ママに助けを求める事の出来る』この子が羨ましくて堪らないのかもしれない。


「バッカみたい。子供の癖に……変な意地はっちゃって」


アスカは踵を返して、ヴィヴィオを置き去りにして歩き出した。
これでいいのだ。あんな小さな子供を保護する理由なんて一つもない。

自分にはもっと探さなければならない相手がいる。
同行する人間だって、当然選ぶ必要がある。馬鹿正直に全ての人間を信用する事なんて出来る訳がないんだから。

心残りなんて――ない。


             ▽


向けられたナイフの切っ先が夜の闇を帯びて小さく光る。
悪意が、敵意が、ヴィヴィオの命にザクザクと突き刺さる。

長い髪の女の人はヴィヴィオを置いてどこかに行ってしまった。
ヴィヴィオには信じられなかった。
彼女の周囲の人間は誰もが彼女に優しく接してくれた。
確かに「ゆりかご」事件という例外はあった。
それでも、ここまで面と向かって酷い事を言われた経験はヴィヴィオの中には一度たりともなかった。

今、この瞬間も身体の震えが止まらない。
蔑むようなあの眼が、女の人から発せられる雰囲気が、怖くて怖くて堪らなかった。

(……だけど)

ヴィヴィオは必死で涙を拭った。
止め処なく溢れてくる雫がお気に入りの服を汚す。
吐瀉物は服には掛かっていなかったのだが、他の理由でこんな簡単にグシャグシャになってしまうなんて思わなかった。
だけど今はヴィヴィオの周りに、彼女に優しくしてくれる人はいない。
助けてくれる人も、微笑み掛けてくれる人もいない。

(わたし……ひとりじゃ……)

スッとヴィヴィオは立ち上がる。涙は止まらない。
どうして自分がこんなに震えているのか、まるで分からない。
悲しいだけじゃない。怖いだけでもない。
おかしい、何なのだろう。この気持ちは……?

(無理……だもん。わたしだけじゃ……)

己を過信するつもりなんてこれっぽっちもない。
あの人はヴィヴィオを『足手まとい』と言った。
言葉の意味は良く分からなかったけれど、それは胸の奥をチクリと刺す棘になった。
ヴィヴィオは何となくだが、その台詞がどんな理由でもって発せられたのか理解していた。

それは、自分の足で立つ事の出来ない――あの時のわたしのような泣き虫を表す言葉なんだ。

(頑張る……もん……負けない、もん……)

だけど、今のヴィヴィオには〝足〟があるのだ。
自分で地面を踏みしめ、前へ前へと歩いていくための大切な身体の一部。
玉座に縛られた〝聖王〟とは違う。

わたしはただ泣いているだけじゃない……。
転んで、そして立ち上がって歩いていけば――なのはママもフェイトママも、もっともっと喜んでくれるのだから。


             ▽


ヴィヴィオと別れてから、いや、ヴィヴィオを置いてアスカが一人で歩き出してから僅かな時間が経った。
真っ直ぐ歩いているはずなのに、何故だか妙に背後が気になってしまう。

これは殺し合いだ。明らかに足手まといの人間と共に行動する事は自身を危険に晒す愚行だ。
だから自分がああして、ヴィヴィオと名乗った少女を突き放した事は何も悪いことではない。
確かに、これは醜い自己正当化に過ぎないかもしれない。
だけど、今のアスカには自身の事を考えるので精一杯だった。

何故――自分がこんな下らない遊びに付き合わなければならないのか。
人類補完計画にセカンドチルドレンであり、エヴァンゲリオン弐号機の正式なパイロットである惣流・アスカ・ラングレーの力が不要だと言うのだろうか。

(まさか、そんな事がある訳がない)

サードチルドレン。バカシンジこと、碇シンジもこの島に来ているらしい。
エヴァンゲリオンのない彼がどうなってしまうのか、考えるまでもない気がする。
どうせ一人で自分の殻に閉じこもっているか、ドジを踏んで死ぬ――そんな所だろう。
ソレよりもよっぽど、加持さんの方が心配だ。あの人がそう簡単にやられる訳はないと思うけど……。

それでも、最初に集められたホールで見かけた奇妙な連中が相手では苦戦する可能性も高い。
ネルフの職員がある程度の戦闘訓練を積んでいるとはいえ、本物の戦闘員には生身では到底敵わない。

(とりあえず、もっと強力な武器とまともな人間を探さなくちゃ……)

アスカがそこまで考えた時、


「――アスカさん」

死角から、彼女は突如見知らぬ声色で名前を呼ばれた。
甘ったるいようで妙にふんわりとした綺麗な声。少なくとも、それが女性のモノである事は確実だが……。

「誰っ!?」

驚いたアスカはすかさず振り向く。数メートル先、木の陰から――銃口がこちらを狙っていた。
どうも銃を握った本人は身を隠しているようだ。
夜間故、見通しが悪いが確かにそこに誰かが居ることだけは理解出来る。


「…………」
「……だんまりって訳? まさか、こんな近くまで敵の接近に気付かないなんて……あたしもヤキが回ったものね」
「そうですね。アスカさんは心ここにあらず、と言った感じでした。……私が近付くのを見過ごすほど」


女、だ。どれくらいの年齢の女かは分からないが、銃口の位置からそれなりに背が高い事だけは分かる。
声も落ち着いている。こんな異常な状況にも関わらず、そこには一点のブレもない。どうやら、中々の手錬らしい。
アスカは己の失態に無性に腹が立った。そして小さく舌打ち。
ホルダーからナイフを引き抜き構えるも、声の主が持っているのは拳銃。明らかに分が悪い。

「で、どうしてあたしの名前を知ってる訳? 知り合い、には少なくともアンタみたいな人間はいない筈なんだけど」
「ヴィヴィオちゃんに名乗っていたでしょう。悪いとは思ったんですが、その時に盗み聞きさせて貰いました」
「ああ、なるほどね……」

真っ直ぐに向けられた黒光する鉄の塊。
降り注ぐような闇の中でも、そのシルエットは僅かな光を帯びて冷徹な輝きでもってアスカを威圧する。
あんな早い時期からこっちは見張られていた訳だ。しかし、あの場面にコイツがいたという事は……?

「あの子供――殺した?」

重い筈のその言葉は、アスカの喉から想像以上に吐き出された。

「まさか。それに私には他の方を傷付けるつもりなんてありませんから」
「あら、意外ね。今こうしてあたしに銃を突きつけてるのはどちらさんだったかしら」
「……そうですね。すみません、ただ威嚇するつもりだったんですけど……失礼、でしたよね」

そんな言葉と共に茂みの奥から一人の『女』が姿を現した。

白いブラウスと黒のミニタイトスカートをはいている髪の長いシルエット。
スラリとしたストッキングに包まれた艶かしい脚。足元は調和の取れた少しだけ踵の高い靴。
ふわり、とした潤沢な茶色の髪の毛と自己主張をしてやまない胸元。
木の陰から現れたのは――日頃から超絶美少女を自称するアスカでさえ、思わず息を呑んでしまいそうになる程の美人だった。

「時間がないので、単刀直入にお願いさせてもらいます」
「お願い?」

こんな短時間でまた『お願い』をされるのか?


「……ヴィヴィオちゃんと一緒に行動してあげてもらえないでしょうか」
「はぁ? ヴィヴィオって……あの子供でしょ。何、アンタもあの子と何か関係がある訳?」
「いえ。私もあの子とは会うのは初めてでした。でも……あの、流石に放って置く訳にはいきませんから」


アスカは女の言葉に大きく目を剥いた。
女は言いづらそうに、少しだけモジモジしながらこちらを見ている。
何歳、くらいだろうか。少なくとも二十は越えている。
その肉体は女として輝く最も最高の時期にあるように見えた。

「そんなにあの子供が心配ならアンタが保護してやればいいじゃない。何でわざわざあたしにソレをやらせようっての?」
「……私は、あの人――長門さんの真意を探るために行動しなければならないんです。
 そのためには出来るだけ、身体は身軽にしておきたいんです。すみません、自分勝手な言い分だって事は分かってます。
 でもアスカさんは少なくとも、ヴィヴィオちゃんを傷付ける事はないでしょうし……」
「――っ! あのちっこい方の……」

どうやら、彼女はこのふざけた催しの枠組みに関わる人間の関係者らしかった。

(ここはひとまず口裏を合わせるのが適当か)

これは明らかに『脅し』である。あちらにアスカを撃つ意志はないようだが、抑止力としての銃の力は強大だ。
どうやら、女は〝主催〟を名乗っていた人間についての情報を集めるつもりと見える。
何らかの反抗を模索している可能性は高い。
彼女とある程度のラインを保っておく事は、この殺し合いにおいても有効だろう。
今はアスカに他人を殺す――もちろん、襲い掛かってくる相手は別だ――つもりはないが、心変わりが訪れないとは限らない。
自分はこんな空間でさえ〝人殺し〟に対して厳重なストッパーが掛かっている人間ではないのだから。

(別に、あの子供が心配な訳じゃない)

それは当然だ。これは間違っていないと思う。
こんな空間まで偽善や倫理に捕らわれる必要があるのか、アスカには疑わしかった。
だから自分自身に必死に言い聞かせる。
ヴィヴィオを迎えに行ったとしても、それは頼まれたから。脅されたからに過ぎない、と。

少しだけ、胸の奥が楽になったような気がするけれど――ソレもきっと気のせいだ。


「もちろん、ただとは言いません。これ……私のデイパックに入っていた道具なんですけど、使ってください」
「……アタッシュケース?」
「コントロールユニット、という物らしいです。私は実際、戦闘力がある訳ではないので……持っていても意味がないものですし」

女はデイパックから取り出したアタッシュケースをアスカに投げて寄越した。
受け取ったソレ、重さは大した事はない。ほとんどケースの重さだ。
中に入っているものが重要なのだろうが……いったい何をするための道具なのだろうか。
見る限りでは、強力な武器とは言えないだろう。何かの制御装置……?

「……わかったわよ。あたしは銃で脅されてる訳だし、引き受けるしかないんでしょう?」
「……すみません」
「あーもう、ヤダヤダ! そういう偽善ぶった態度ってあたし大嫌い! 反吐が出るわ!」
「うっ……!」

アスカの言葉に女は少しだけ、肩を落として辛そうな表情を浮かべた。
秘書風、教師風の衣装に身を包んではいるが元々は違う事をしている人間なのは明白だ。
そういえば、あの長門とか言う奴はセーラー服を着ていた。
という事は、この女はアイツの担任か何かだろうか……いや、普通、構図が逆だろう。おそらく違う。


「それよりも……アンタ、あの長門とかいう奴と知り合いなんでしょ?
 知ってる事、教えなさいよ。アイツが何者なのか、それに――アンタがいったい何者なのかも。あ、っていうかまだ名前聞いてないし」
「名前……あ、やだ、忘れてたのかな。名前は〝―――――〟です。
 長門さんについて、掻い摘んだ情報でよろしければお教え出来ます。でも、その……私、自身についての事は――」


巻き毛を翻して女は空を見上げる。見る者全てを恋に落としそうな笑顔。
そして、小さく可憐なその唇で女は言葉を紡ぐ。


「禁則事項です」



             ▽


暗い暗い闇。ヴィヴィオはひとりぼっちだった。
だけど、涙を拭いながらヴィヴィオは決してその歩みを止めない。

「ぅっ……!」

また、転んだ。
足元はよく伸びた芝生だ。打ち所も悪くない。あんまり痛くない。大丈夫だ。

「うぅ……!」

決心したのだ。心に誓ったのだ。
自分は守られているだけのヴィヴィオではない。
今度は自分が、自分からなのはママやフェイトママを迎えに行くのだ。

優しく、ギュッと抱きしめて貰えればいいな。
そしたら自分もママ達の頭を撫でてあげるんだ。
そうすれば二人とも笑ってくれる。ヴィヴィオをもっと強く抱きしめてくれる――


「……まだ死んでなかったのね」
「あっ……!」    


気付いたらヴィヴィオの後ろにはさっきヴィヴィオに酷い事を言った女の人が立っていた。
確かアスカお姉ちゃん、という名前だったはずだ。
何故か息は荒くて、肩と胸が小刻みに上下している。とても疲れているようだ。

「……ほら。立ちなさいよ」
「えっ……?」

ヴィヴィオは差し出された手を見つめ、目を白黒させた。
どうして、この人が……?

「……頼まれたから」
「たの……?」
「ったく、何であたしがこんな面倒な事を……。いい、一度しか言わないからちゃんと聞きなさいよね。
 アンタのママ……なんで二人もいるのか分からないけど、探すのを手伝ってあげるって言ってんの。オーケー?」

アスカは「保護者に会ったら、どれだけ文句を言ってやろうかしら」と息巻いている。
凄く、怖い顔だった。でも、なんだろう……少しだけ、ホッとする顔だ。怖いけど、怖くない。

だから、

「ありがとう! アスカお姉ちゃん!」

ヴィヴィオは思い切りの笑顔と一緒に、心の底から――ありがとう、とお礼を言った。


【E-8 山/一日目・未明】


【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】健康
【持ち物】
 不明支給品1~3、デイパック(支給品一式入り)
【思考】
1.なのはママとフェイトママをさがす
2.スバル、セイン、ノーヴェをさがす

【備考】
※参戦時期は原作終了時エピローグ時点。

【惣流・アスカ・ラングレー@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】そこそこのイライラ
【持ち物】
 アーミーナイフ@現実、バルディッシュ・アサルト(6/6)@魔法少女リリカルなのはStrikerS、予備カートリッジx12
 コントロールユニット(ガイバーⅡ)@強殖装甲ガイバー、デイパック(支給品一式入り)
【思考】
1.ひとまずヴィヴィオと行動。積極的に殺し合いには乗らない。
2.加地と再会したい。シンジに関しては、そこまで執着はない。

【備考】
※参戦時期は少なくとも第弐拾四話以前。

【バルディッシュ・アサルト@魔法少女リリカルなのはStriker】
フェイト・T・ハラオウンの使用する杖型インテリジェントデバイス。
現在はスタンバイフォーム。


             ▽


「ふぅ……よ、良かった……」

『朝比奈みくる』はほっと胸を撫で下ろした。
へなへなと腰を抜かしそうになるのを必死で耐える。そうだ、彼女にはまだ成さねばならない事がある。

彼女に支給された武器はスタームルガー レッドホーク。
四十四口径のマグナム弾を使用する強力な破壊力を秘めた回転式のリボルバーだ。

ちなみに、みくるは銃なんて撃った事も触った事もなかった。
惣流・アスカ・ラングレーに銃を向けたのはまさにハッタリである。
実際彼女が襲い掛かってきた場合、マグナム弾の反動で尻餅は付くわ、なすすべもなくやられるわ、と散々な結末が訪れていたであろう事は確実である。

(……どうして、長門さんが?)

小さく頭を振ってみくるはホールの出来事を思い返す。
長門有希――SOS団のメンバーにして『宇宙人』である彼女。
朝比奈みくる、古泉一樹と極めて近い存在にある彼女。

何故――長門さんが自分達に殺し合いを迫るのだろうか?

そしてもう一つ忘れてはならない事実があった。
今、ここにいる朝比奈みくるは、朝比奈みくるであって朝比奈みくるではない。
異時間同位体、という表現を長門有希は好んで使っていた。
キョン風に言うならば『朝比奈みくる(小)』ではなく『朝比奈みくる(大)』なのだ。

「……私が、なんとかしないと」

どうして、こちらの朝比奈みくるが呼ばれたのかは分からない。
加えて、長門有希が観測対象である涼宮ハルヒに対して殺し合いを強いる理由もまるで不明だ。
そもそも、彼女の力が百パーセント発揮されれば、このような催しは一瞬で崩壊するはず。
しかし未だにそのような気配は一切なし。結果として、考えられる事は――


涼宮ハルヒが、この殺し合いを望んだのではないか――という仮説。
が……それでは、キョンくんが参加している理由が説明出来ない。
そもそも、涼宮ハルヒには他人を傷付けたい、殺したいなんて欲求はない筈なのだ。

どちらにしろ、みくるがこのまま何もしないでいる訳にはいかない。
当然、「禁則事項」としてロックが掛かっている情報は多いが、それでも「昔の自分」よりは大分マシなはずだ。
この殺し合いに参加したのがこちらの自分であった事が……何か良い影響をもたらせばいいのだが。



【F-8 森/一日目・未明】

【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】健康
【持ち物】
 スタームルガー レッドホーク(6/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、不明支給品x1
 デイパック(支給品一式入り)
【思考】
1.長門有希の真意を確かめる
2.SOS団メンバー、キョンの妹と合流。朝倉涼子は警戒。
3.この殺し合いの枠組みを解明する。

【備考】
※朝比奈みくる(大)です。参戦時期は十話「涼宮ハルヒの憂鬱Ⅳ」以降。




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