【怪物記番外編 クリスマス】

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 怪物記 番外編 『サンタクロース』 [[ラノで読む>http://rano.jp/2080]]    メリークリスマス!        ――世界中で誰かが  ・・・・・・  ・OTHER SIDE  語来八雲。  彼女は双葉区に在住する記憶喪失の幼い異能力者であり、後見人はラルヴァ研究者の語来灰児が務めている。  もっともそれは表向きの事情で本当の事情は別にある。彼女は記憶喪失の幼い異能力者などではなく、女王蜘蛛というラルヴァの子供である。  彼女は生まれてすぐに母親である先代の女王蜘蛛から灰児へと預けられた。それ以来彼女は正体を隠し、人間として学園都市に暮らしている。  学園都市には金狐仙やフォックスライク・フォークなどのラルヴァが生徒としてそれなりの人数住んでいるし、八雲の事情を知る一人であるミナも生徒ではないがラルヴァである。だから彼女がラルヴァであることを隠し、人間として生きる必要も本来ならない。いや、なかったと言うべきか。  しかし彼女が生まれたときに起きた大きな事件。八雲の母親である女王蜘蛛を中心としたその事件により女王蜘蛛は危険なラルヴァの一種との指定を受けており、八雲が女王蜘蛛であると明かすことは非常によくない状況となってしまった。  だからしばらくの間は人間として暮らし、折を見て八雲自身がラルヴァとして生きるか人間として生きるかを決めればいい、と後見人の灰児は考えた。  人間として暮らす上で一番の問題となったのは知識だ。  多少の奇行は異能力者には珍しくもないので構わないのだが、人間社会の常識くらいは身につけておかないとまずいという話である。  八雲は生まれつき言語を含むある程度の知識は得ていた。  が、それはあくまで言語や数学などの必要なものに限定された話であり、現代社会の常識などの知識はあまりない。また知識として知っていても実際の認識はよく出来ていないことも多かった。いかんせん千年近く山中に住んでいた先祖の血から伝わった知識、仕方のないことだった。  そのため八雲は事情を知る灰児、那美、ミナの三人から人間世界で暮らす上で覚えておかなければならないことを教わっている。(リリエラは意図的に教師から除外された)  春までは個人授業で教わり、春になって年度が変わったのに合わせて学園に編入する予定だ。  と言っても灰児と那美は研究や調査で忙しいことが多いためミナが授業を担当することが多くなっている。  ちなみに勉強場所はもっぱら学園都市の図書館なのだが、メイド服の美女と着物の少女の組み合わせは恐ろしく奇異で授業を始めてしばらくは人目を引いていた。最近では図書館の他の利用者も慣れたらしく特に視線を集めなくなった。  前置きが長くなったが、これはそんな図書館での個人授業を終えた後の二人の会話である。 「今日はクリスマスイヴですね。八雲さんは何か予定はおありですか?」 「ある」  いつものように授業を終え、雑談もかねてミナは八雲に尋ねた。  クリスマス。それは授業でも割合早くに『人間社会での重要な行事』の一つとして八雲が習ったことだ。 「やはり語来先生と過ごすんですか?」 「……ハイジはおとといからどこかのラルヴァのちょうさにいっててるす」 「…………」  ミナは小さくため息をついた。 「それだと寂しくはないですか? よかったら私の、那美のところで一緒にクリスマスを過ごしません?」 「もうしわけありませんがていちょうにおことわりします」  それはミナが教えた『人間社会における断りづらいけど断らなきゃいけないときの断り方』であった。 「あ、予定はあるって言ってましたね。いったい何をするんですか?」 「リリエラといっしょにつかまえる」 「……つかまえる?」  はて、とミナは首を傾げた。  今はもう真冬、昆虫はみんな死んでいるか幼虫や蛹の状態で越冬の真っ最中だ。動物だって冬眠中だろう。いったい何を捕まえるというのか。  その答えはすぐに八雲の口から述べられた。 「サンタクロースをつかまえる」  それは子供にとってクリスマス最大の関心事。  クリスマスの夜、眠った子供の靴下にプレゼントを置く老人の伝説。  今となっては子供にさえ実在を大きく疑われている彼を、八雲は捕まえるのだと断言した。  ミナは『子供らしくて可愛いですね』、と微笑ましく思う――ことができなかった。  なぜなら、八雲の目がとても真剣であり、切実だったからだ。  ・・・・・・  誰かに呼ばれた気がして、私は手元の書類に向けていた視線を車窓へと移した。 「学者さん、どうしたんですか?」 「……いや。空耳だったようだ……今回の調査の疲れが出たのかもしれん」  調査。そう、私と久留間戦隊のメンバーは三日がかりの調査を終え、学園都市へと帰るところだ。  線路の凹凸に合わせて揺れる車窓の向こうにはまだ見慣れた町並みは見えてこない。 「今回の調査は時間かかりましたからね」 「まさか山の中で何日も張り込むことになるとはな」  それでも最終的には調査対象のラルヴァを発見して調査は終了し、あとは調査記録を学園のしかるべき場所に提出するだけである。ちなみに手元にある資料は自分用のコピーだ。 「クリスマスが過ぎる前に調査が終わってよかったですね」 「ああ、お陰で今日中には家に帰れる」 「学者さんは八雲ちゃんと一緒に過ごすんですよね? プレゼントはどうしたんです?」 「まだ買えていない。プレゼントに何を渡せばいいのか分からないままでな」 「自分が子供のころにもらったものを思い出して考えればいいじゃないですか」  思い出して、と言われても私にはクリスマスにまともなプレゼントをもらった覚えがあまりない。  同年代の子供が小学校低学年のころには留学して一人でイギリスの大学に通っていた。その前ならもらったこともあったはずだがよく覚えていない。  あとは研究所に勤めていたころ、あのころもたしかにプレゼントはもらっていたのだが………… 『プレゼントですか?』 『そ。私が寝る間も惜しんで作ったプレゼント』 『手作りですか。そういうの、初めてだな…………って、これは何ですか?』 『形式番号MM-427【クルシマス】。新作よ!』 『いらない、新型マシンモンスターとかいらないから、ていうか暴走しかけてますよ!?』 『んん、間違えたかな?』 『やめて!? 物騒な砲門こっちに向けないで!? 助けてーアルフレドさーん!!』 「が、学者さん、震えてますよ! どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」 「……大丈夫だとも」  軽く、トラウマに足を突っ込んだだけだ。  しかし思い出してみるとよくよくクリスマスに思い出がない。  こんな自分がどうやって八雲の喜ぶプレゼントを贈れるというのか。 「こんなとき、サンタクロースに来てもらえればそれがベストなんだが……」 「あはは、学者さんってロマンチックなこと言いますね」 「何がだね?」 「サンタクロースのことですよ」 「いい考えだろう。贈り物をすることにかけては彼らが一番優れている。数百年、その行動に特化した個体もいるほどだ」 「……あのー、学者さん? 彼ら、って?」 「【サンタクロース】だ。もっともこれは俗称でラルヴァとしての名称は種族ごと別にあるが……」 「サンタクロースって本当にいるんですか!? しかもラルヴァなんですか!?」 「ああ。いや、異能力者がやることもあるらしいから全部がラルヴァと言うわけでもないが、多くはラルヴァだ」  サンタクロースとはクリスマスの日に人間に贈り物をするラルヴァの一派だ。  一派と言っても個々に繋がりがあるわけでもなく、デミヒューマン・ビースト・エレメントも関係なく、上級から下級、ワンオフまでも含んでバリエーションは多岐にわたる。 「ハロウィンに【ジャック・オー・ランタン】タイプや【ウィル・オー・ウィスプ】タイプのラルヴァが活性化するという話があっただろう?  クリスマスも同様にサンタクロースタイプのラルヴァの行動が活発になる。大まかに数えて百種ほどか」 「そんなにいるんですか!?」 「人間に何かを渡すラルヴァと言うのは伝説や民話を紐解いても珍しくない。それらの中でクリスマスに活動する物の数が比較的多かったためにサンタクロースの伝承ができあがったという説もある」  あくまでも一説に過ぎないのだが信憑性はかなり高い。『人間以外の不思議な生物』の総称がラルヴァだ。妖精だろうと神様だろうとラルヴァには違いない。 「キリストの誕生した日であるクリスマスは歴史的、宗教的に深い意味合いを持つ日だ。無論それ自体が他の生物にまで影響を与えるわけはないのだが、どういうわけかクリスマスには色々と奇妙なことが起こる。人間の意識が総体として「この日は特別だ」と考えているから自然界のアツィルトの流れにも影響を与えていると言われてはいるが……」 「話が面倒くさくなってますけど要するにクリスマスにはサンタクロースが沢山出るってことですね」 「……そうなる」  面倒くさいか……そうか。 「でもサンタクロースって本当にいたんですね……。いいなぁ。学園都市にも来ないかなぁ……って、あれ?」  久留間君は何かに気づいて、悩む仕草をした。 「なにか?」 「もしそうなったら学園都市に無断でラルヴァが侵入することになるんじゃ……」  ……たしかに。 「それでも、サンタクロースなら許されるはずだ」 「許されるんですか!?」 「サンタクロースは数百年間煙突から家屋に不法侵入して子供の部屋に忍び込んで枕元に物品を置いてきた。今更なんでもないだろう」 「すっごい失礼な言い方だけどその通りですね!」 「それ以前にこれまで何百体のラルヴァが学園都市に侵入したと思ってるんだ」 「ザルです! 双葉学園の警備網ザルです!」  私と久留間君はそんなことを話しながら学園都市に帰還した。  調査記録を提出してから八雲に渡すプレゼントを見繕うために学園都市の玩具屋を訪れた。  学園都市は異能力者のための街であり基本的に関係者しか暮らしていないのだが、小学生やそれより幼い子供たちが相当数いるのでこういう店も少しはある。 「店内に入るのは初めてだが驚いたな」  意外にも店内の品揃えは豊富で、国産の玩具から外国のトイ、少しマニアックなホビーなど一通り揃っている。 「これだけあれば八雲ちゃんの気に入るプレゼントもありそうですね」  久留間君は電車でのやりとりで見るに見かねたのか手伝いを名乗り出てくれた。お陰で何とかなりそうな気がしてきた。 「やっぱり基本はアニメの玩具ですよね。八雲ちゃんってどんなアニメが好きなんですか?」 「……八雲はどんなアニメを見ているんだろうか」  アニメどころか、遊んでいる姿はあやとりと、リリエラがどこかから持ち出してきたゲームに付き合わされているところしか見たことがない。本はよく読んでいるがあれも知識を得るために読んでいるふしがある。 「…………八雲のことがまるで分からない」 「学者さん。『仕事にかまけて家庭を顧みてなかったけどクリスマスくらいは子供のためにプレゼントを買って帰ろうとしたのに子供が好きなものも分からないで途方に暮れるお父さん』みたいなこと言わないでください」  間違っていないが、そう事細かに解説されると気が重くなる。 「しかしそこまで家庭……八雲を顧みなかったわけじゃない。だが……」 「だが?」 「八雲のことを思い出せば思い出すほど玩具と縁遠い子供で、どうしたらいいのかわからなくなる」 「そうなんですか?」  人でないということもある。生まれたばかりだということもある。何より娘のような彼女とどう接すればいいのか、それが一番分からない。誰かを育てることになるなんて考えたこともなかったのだから。 「何をしても、何をプレゼントしても喜んではくれないんじゃないか。余計なことをしようとしているんじゃないか、……考えるたびにそう思ってしまう。つくづく、私は家庭とは程遠い駄目人間だ」  二十五、六年も生きてきて家庭的な環境というものに身を置いた年数はそう長くない。だから、八雲が来てからの家に一番戸惑っているのは八雲ではなく、私なのかもしれない。 「……ハァ。まだ何もしてないうちからそんなことでどうするんですか。八雲ちゃん、記憶喪失なんですよね? 八雲ちゃんにとってはこれが初めてのクリスマスなのにそんな調子じゃ先が思いやられます」 「ああ……」  久留間君の言うとおりだ。正直……クリスマスという難行は私程度の手には余る。 「それでもせめて、八雲が楽しいと思えるクリスマスを過ごさせてやりたい」 「ええ、そうじゃないといけません。こうなったらあたし達も全力で応援しますよ」  あたし『達』? 「久留間戦隊、集合」  久留間君が静かに呟くように号令を発する。  そして近くにいなければ聞き逃してしまいそうなその声を……彼女たちは聞き逃さなかった。 「ハッ!」  久留間君の号令に応え、久留間戦隊のメンバーが久留間君の前に膝を着いて整列していた。どこの忍者集団か。そして今までどこに隠れていたのか。私にはまるで分からなかった。 「もう。みんなってばクリスマスイヴまであたしの付き添いなんてしなくていいのに」  一般に、姿が見えないように隠れてついてくるのは『付き添う』とは言わない。それは『尾行』だ。  何を考えて久留間君(とおまけで私)を尾行していたのかは知らないが、メンバーの四人ともがなぜか私を睨んでいる。……死出蛍と七色件の事件を思い出す。デジャブだ。 「でも丁度いいかな。みんな、お願いがあるんだけど……」  久留間君は久留間戦隊のメンバーにそっと耳打ちする。  彼女らは少し驚いた顔をしたが、頷いて店の外へと駆け出していった。  と、同時に私も久留間君に襟を捕まれ、店内へと引きずり出される。抗おうかとも思ったが、私と身体強化系の久留間君では子供と大人どころか犬と象ほどに差がありそうなのでそのまま引っ張られるしかなかった。  それにしてもここまでの流れは店にとってかなり迷惑な行為ではなかっただろうか? 「さて、今度は学者さんの番です」 「私の?」 「もうこうなったらプレゼントは玩具じゃ駄目です。もっと一生の思い出になるようなプレゼントを八雲ちゃんにあげてください。埋め合わせです」 「しかしそう言われてもだな……」  玩具でさえ何を買えばいいのか分からないのにどうしろと言うのか。  「問答は無用です。じゃ、あたしもちょっと山に行ってきますので」  久留間君はそれだけ言って自然区の山へと駆けていってしまった。……なぜ山? 「…………むぅ」  私は玩具屋に入りなおそうかとも思ったが、結局は久留間君の言うように別のプレゼントを探しに行くことにした。どの道、私一人では八雲の喜ぶ玩具など見つけられそうにもなかったからだ。  玩具に比べればアクセサリーや服、本のほうがまだわかる。いや服は駄目だ、サイズが分からない。そうなるとアクセサリーか本。どちらにしても探すのには時間がかかる。 「一番手近な店はどこだったか」  私は商店街の地図を思い出しながらプレゼントを探すために歩き出した。  プレゼント探しを始めてから都合二時間。未だプレゼントは見つからない。  右も左も分からない玩具でなくていいとはいえ八雲にとって最初のクリスマスプレゼント、より良い物を探そうとして結局見つけられていない。  時間はまだ五時過ぎだが真冬であるため早くも日は既に落ちかけ、このままでは夜になっても見つからない。 「無いか……」  悩んではいるが実のところある程度ならプレゼントに相応しいと思うものの目星はつけている。  八雲はラルヴァ。ならラルヴァの手による工芸品か本が最も彼女の感性に合うはずだ、そう考えてはいてもそんなものがそうそう売っているわけもない。唯一の例外は十月に開かれたゴブリンマーケットだが、あのときは二ヶ月も先のクリスマスのことはまるで頭になく、プレゼントなど何も買わずに終わってしまった。こんなことならあのとき買っておくべきだったと、今更後悔しても遅いが後悔せずにはいられない。  いくら学園都市とはいえ街のアクセサリーショップや本屋にまでゴブリンマーケット級の商品が売っているわけもなく、そういう商品が置いてありそうな骨董品店も見てみたがインチキくさいものや、逆に本当に効果がありそうで手が出せない物まで置いてあった。  そういった特異な物ではなく、ラルヴァの手による普通の物が欲しいのだがやはりそんなに都合よく丁度も良いものは見当たらなかった。  そうして十以上の店舗を回って流石に疲れが足に来たころ、商店街の店舗と店舗の間の路地が目に入った。 「たしか、この路地の向こうにまだもう一軒骨董品店があったな」  路地は狭くても人が三人は並んで歩けそうな幅があるが、日が暮れているのと建物の影にあることで向こう側がよく見えなくなっている。  ただ、頭の中の地図によればこの路地を通れば別の骨董品店への近道になることはわかっている。私は少し考えて、結局その路地に足を踏み入れた。  繁華街でないためかその路地は意外に散らかっておらず、ゴミ一つなかった。  この分なら暗くても特に危なくはないか、と思ったところで路地の半ばに何か大きいものがあるのに気づいた。  それは庭石くらいの大きさで、それの前に置かれた布状の何かも含めて路地の三分の二以上を塞いでいた。それは、 「……人?」  歩を進めてもう少し近づいてみるとそれが人であることが分かった。より正確に言うなら灰色のコートを着て座り込んだ老人で、布状の何かは細々とした物を乗せた敷物だった。  その姿はまるで露天商だったが、露天商ならどうしてこんな人通りのないところにいるのだろうか? 「おや、お客さんかの。それともこの通行人さんかの」 「この……」  この路地を通って向こうに行きたいだけ、そう言おうとしてふと老人の売っている品物に目がいった。  露天商らしくシルバーのアクセサリーか編みこんだ飾り紐でも売っているのかと思ったがそうではなかった。そういう商品もあるが、どういうわけかぬいぐるみやゲーム、サッカーボールに本などもあって商品に節操がない。  その雑多な商品の中に、簪が一本置かれていた。 「……失礼」  私は老人に断ってその簪を手に取った。  それは鈴飾りのついたごく普通の簪だったが、その模様や加工が普通とは違った。見るものが見れば分かる独特の特徴、あるデミヒューマンラルヴァの種族が好んで行う飾り細工が施されていた。これはラルヴァの手による簪だ。  ラルヴァが作ったごく普通のアクセサリー。正に私が探していたプレゼントそのままだった。あまりにも都合がよく、いくらなんでも丁度良すぎた、が……。 「おいくらですか?」  私は老人に値段を尋ねていた。  あんまりのタイミングの良さは胡散臭いことこの上なかったが、これより良いプレゼントが見つかる気はなぜかしなかったからだ。  簪を手にして値段を尋ねた私を老人はじっと見る。よもや魂でも要求されるのかと内心で身構えたとき、老人はゆっくり首をふってこう言った。 「御代なんていらないから持っていきなされ」  と、老人はニコニコと私に笑いかける。 「しかし……」  いいのだろうか? 「よいのじゃよ。今日はクリスマスだしのぅ」  それだけ言うと老人は商品を並べていた布に商品を包ませて担いだ。  風呂敷、というよりは袋のような有様のそれを担いで老人は立ち上がる。 「ほっほっほ。それではそろそろ店仕舞いするかの。あんたも早く家に帰ってあげなさい。お父さん《サンタクロース》のプレゼントを待つ子供がおるのじゃろう?」  気づけば、もう日は暮れて夜になっていた。  ……八雲は家で待っているのだろうか。 「それではの。メリークリスマス」  老人は古ぼけた灰色のコートを着込み、商品の入った袋を担いで路地裏から去っていった。  帰宅するともう時計は七時を過ぎていた。  自宅の玄関のドアを開けると、なぜか電気が点いていなかった。  だいぶ早いがもう食事を終えて寝てしまったのか、それとも那美君のところで一緒にクリスマスを過ごしているのか。  どちらだろうかと考えながら靴を脱いで廊下に上がると、シュルリ、と足首に糸のようなものが巻きついた。  それは古典的なトラップだった。私の体は瞬く間に上下反転して天井へと吊り上げられてしまった。 「……リリエラか?」  こんなことをしそうな同居人は彼女くらいだ。しかし今の糸は……。 「おー、バッチリ罠にかかってますねー」  私がトラップにかかって間もなく消えていた電灯が点き、リリエラと……八雲が私を見上げていた。  八雲は重力に従って翻っていた私のコートをぎゅっと掴んで、呟いた。 「ハイジ《サンタクロース》、つかまえた」 「八雲……、これは?」  私は反転した体勢で若干苦労しつつも足首に巻きついている糸を指差す。 「わな」 「それは見れば分かるが……」 「その罠はですねー、八雲がクリスマスなのに仕事でほっつき歩く甲斐性なしでろくでなしでヒュードロロンなセンセを捕まえておくために仕掛けたものなんですよー」  ヒュードロロン? 「八雲、ずっと寂しがってたんですよ? クリスマスは楽しいもののはずなのに楽しくないって」 「…………すまない」 「いい。ハイジ、かえってきたから」  八雲はそっとコートを離し、糸を下げて私を床へと降ろした。 「おかえり、ハイジ」 「……ただいま」 「さてさて、それじゃクリスマスディナーでも食べましょうかねー。センセが帰ってこなかったら寂しさ万倍だから準備とか何もしてませんけど」  そういえば夕飯時だというのに食べ物の匂いは何もしない。 「そうだな、じゃあ何か作るか。それともピザでも注文して、いや今日のような日は混んでいるか。食材も今からでは……」  思案していると、玄関のドアがノックされ、いつぞやのように返答を待たずに勢いよく開かれた。またデジャブだ。 「学者さん! 準備できましたよ!」  開かれたドアから現れたのは久留間君だった。彼女にしては珍しいことに息を切らしているし、どうしてか服は泥に塗れている。  それにしても随分といきなりの来訪だ。八雲は驚いたように目をパチクリさせているし、リリエラは……やっぱりもういなかった。 「なんにしても……。久留間君、前にも言ったと思うがノックしたなら待てと」 「そんなことより早く来てください! ちょっとすごいですよ!」  久留間君にしては珍しく聞く耳もたない対応だった。 「準備と言っていたが、一体何の?」 「来れば分かります! さあさあ八雲ちゃんも一緒に!」  そう言うと久留間君は八雲を肩車して外へと駆け出してしまった。 「……子供の場合は肩車になるんだな」  そんなことをぼんやりと考えながら私は久留間君と八雲を追いかけた。  五分ほどして辿り着いたのはマンションの近くにある公園だった。  住宅街にある公園としてはそこそこ広めのその場所に、普段は見慣れないものが二つある  一つはテーブル。白いテーブルクロスと様々な料理、飲み物を載せたテーブルが幾つか並んでいる。  そして二つ目は、クリスマスツリー。それも家庭用の室内サイズやプラスチック製ではなく、普通の木と同じくらいの大きさの本物のモミの木が公園に植わっていた。モミの木は色とりどりの飾りで装飾され、ライトアップされている。 「自然区から担いでくるのは大変でした。……大きすぎて場所が屋外になっちゃいましたけど」 「木を丸々一本道具なしで運んできたのか……」  つくづく、身体強化系の異能力者は人間と同じようでどこかで常識を忘れている。 「料理はうちのチームのみんなに作ってもらいました。それと飾りは……」 「久留間隊長から連絡を受けてオレがマイステディ達とジープでひとっ走り買ってきたのさ。さすがにこんなでかい木を飾り付けるくらいの量を買ってくるのは大変だったぜ」  大学生くらいの男がそう言って胸を張る。……誰だったか。何度か見覚えはある顔なのだが、名前がさっぱり思い出せない。 「それで、これはいったい何をしようと言うんだ?」 「クリスマスパーティーです!」 「クリスマス、パーティー?」  思わずオウム返しに聞き返してしまった。 「八雲ちゃんの初めてのクリスマスを盛大にお祝いするために考えたんです。あの、迷惑でした?」 「そんなことはないが……」  迷惑なわけがない。夕飯の準備を何もしていなかったので助かったという情けない理由もある。それに何より……。 「きれい……」  クリスマスツリーを見て八雲は目を輝かせている。これだけで、感謝してもしきれない。 「さあさあ! それじゃあ料理が冷めちゃう前にパーティーを始めましょう!」 「ああ。……っと、そうだ。八雲、ちょっとそっちを向いてくれないか」 「?」  八雲は不思議そうに指した方へ顔を向ける。私は八雲の髪にそっと触れて、あの老人からもらった簪を挿した。 「これ、は?」 「私からの、クリスマスプレゼントだ」 「クリスマス、プレゼント……」  八雲は髪にささった簪を撫でた。鈴飾りが静かに鳴る。 「やっぱり玩具のほうがよかったか?」 「ううん。これでいい。これが、いい」  八雲は鈴の音が気に入ったのか何度も簪を撫でた。  その様子が、私にはとても嬉しかった。 「気に入ってくれて安心した。じゃあ、久留間君たちが用意してくれた料理にありつこうか」 「うん」  八雲は料理のテーブルに頷いて駆けていった。  私も歩き出そうとして、不意に頬に冷たさを感じた。  触れてみると頬は幽かに濡れていて、見上げれば空からは白いもの――雪が降りはじめていた。 「ホワイトクリスマス、か」  学園都市に降る雪は吹きつけるものではなく、ハラリハラリと落ちては人肌に触れて溶けていく、そんな儚い粉雪だ。 「ハイジ、はやくしないとごはんさめちゃう」 「そうですよー。早くしないと先に食べちゃいますよー」 「学者さん、食べ始められちゃいますよー! ……ってあなただれ!?」 「細かいことは気にしっこなしですよー。センセ、早くー」 「ああ、今行く」  情緒もへったくれもないな、と苦笑して私は歩き出した。  そうして空から視線を外すと、鈴の音が聞こえた。  八雲の簪の鈴ではない。それとは別の夜空に鳴るような、夜空から聞こえてくるような鈴の音。惹かれるように空を見上げると、視界の端に何かの影が横切ったような気がして……。 ――メリークリスマス!  そんな誰かの声が聞こえた。 「…………」  それは、あの露天商の老人の声と似ていたような気がした。 「メリークリスマス、ミスターサンタクロース」  世界中の誰かへと夢を届ける誰かに向けて、私は静かに呟いた。  怪物記番外編  了  【サンタクロース】  クリスマスの夜に人間へとプレゼントを届けるラルヴァの総称。  デミヒューマン、ビースト、エレメント、上級中級下級、ワンオフまで多くの種類が確認されている。  また、現代においてサンタクロースのイメージカラーとされている赤と白の配色はコマーシャルに合わせてなされたものであり、本来のサンタクロースは違う色の衣服を着ていたという説がある。
 怪物記 番外編 『サンタクロース』 [[ラノで読む>http://rano.jp/2080]]    メリークリスマス!        ――世界中で誰かが  ・・・・・・  ・OTHER SIDE  語来八雲。  彼女は双葉区に在住する記憶喪失の幼い異能力者であり、後見人はラルヴァ研究者の語来灰児が務めている。  もっともそれは表向きの事情で本当の事情は別にある。彼女は記憶喪失の幼い異能力者などではなく、女王蜘蛛というラルヴァの子供である。  彼女は生まれてすぐに母親である先代の女王蜘蛛から灰児へと預けられた。それ以来彼女は正体を隠し、人間として学園都市に暮らしている。  学園都市には金狐仙やフォックスライク・フォークなどのラルヴァが生徒としてそれなりの人数住んでいるし、八雲の事情を知る一人であるミナも生徒ではないがラルヴァである。だから彼女がラルヴァであることを隠し、人間として生きる必要も本来ならない。いや、なかったと言うべきか。  しかし彼女が生まれたときに起きた大きな事件。八雲の母親である女王蜘蛛を中心としたその事件により女王蜘蛛は危険なラルヴァの一種との指定を受けており、八雲が女王蜘蛛であると明かすことは非常によくない状況となってしまった。  だからしばらくの間は人間として暮らし、折を見て八雲自身がラルヴァとして生きるか人間として生きるかを決めればいい、と後見人の灰児は考えた。  人間として暮らす上で一番の問題となったのは知識だ。  多少の奇行は異能力者には珍しくもないので構わないのだが、人間社会の常識くらいは身につけておかないとまずいという話である。  八雲は生まれつき言語を含むある程度の知識は得ていた。  が、それはあくまで言語や数学などの必要なものに限定された話であり、現代社会の常識などの知識はあまりない。また知識として知っていても実際の認識はよく出来ていないことも多かった。いかんせん千年近く山中に住んでいた先祖の血から伝わった知識、仕方のないことだった。  そのため八雲は事情を知る灰児、那美、ミナの三人から人間世界で暮らす上で覚えておかなければならないことを教わっている。(リリエラは意図的に教師から除外された)  春までは個人授業で教わり、春になって年度が変わったのに合わせて学園に編入する予定だ。  と言っても灰児と那美は研究や調査で忙しいことが多いためミナが授業を担当することが多くなっている。  ちなみに勉強場所はもっぱら学園都市の図書館なのだが、メイド服の美女と着物の少女の組み合わせは恐ろしく奇異で授業を始めてしばらくは人目を引いていた。最近では図書館の他の利用者も慣れたらしく特に視線を集めなくなった。  前置きが長くなったが、これはそんな図書館での個人授業を終えた後の二人の会話である。 「今日はクリスマスイヴですね。八雲さんは何か予定はおありですか?」 「ある」  いつものように授業を終え、雑談もかねてミナは八雲に尋ねた。  クリスマス。それは授業でも割合早くに『人間社会での重要な行事』の一つとして八雲が習ったことだ。 「やはり語来先生と過ごすんですか?」 「……ハイジはおとといからどこかのラルヴァのちょうさにいっててるす」 「…………」  ミナは小さくため息をついた。 「それだと寂しくはないですか? よかったら私の、那美のところで一緒にクリスマスを過ごしません?」 「もうしわけありませんがていちょうにおことわりします」  それはミナが教えた『人間社会における断りづらいけど断らなきゃいけないときの断り方』であった。 「あ、予定はあるって言ってましたね。いったい何をするんですか?」 「リリエラといっしょにつかまえる」 「……つかまえる?」  はて、とミナは首を傾げた。  今はもう真冬、昆虫はみんな死んでいるか幼虫や蛹の状態で越冬の真っ最中だ。動物だって冬眠中だろう。いったい何を捕まえるというのか。  その答えはすぐに八雲の口から述べられた。 「サンタクロースをつかまえる」  それは子供にとってクリスマス最大の関心事。  クリスマスの夜、眠った子供の靴下にプレゼントを置く老人の伝説。  今となっては子供にさえ実在を大きく疑われている彼を、八雲は捕まえるのだと断言した。  ミナは『子供らしくて可愛いですね』、と微笑ましく思う――ことができなかった。  なぜなら、八雲の目がとても真剣であり、切実だったからだ。  ・・・・・・  誰かに呼ばれた気がして、私は手元の書類に向けていた視線を車窓へと移した。 「学者さん、どうしたんですか?」 「……いや。空耳だったようだ……今回の調査の疲れが出たのかもしれん」  調査。そう、私と久留間戦隊のメンバーは三日がかりの調査を終え、学園都市へと帰るところだ。  線路の凹凸に合わせて揺れる車窓の向こうにはまだ見慣れた町並みは見えてこない。 「今回の調査は時間かかりましたからね」 「まさか山の中で何日も張り込むことになるとはな」  それでも最終的には調査対象のラルヴァを発見して調査は終了し、あとは調査記録を学園のしかるべき場所に提出するだけである。ちなみに手元にある資料は自分用のコピーだ。 「クリスマスが過ぎる前に調査が終わってよかったですね」 「ああ、お陰で今日中には家に帰れる」 「学者さんは八雲ちゃんと一緒に過ごすんですよね? プレゼントはどうしたんです?」 「まだ買えていない。プレゼントに何を渡せばいいのか分からないままでな」 「自分が子供のころにもらったものを思い出して考えればいいじゃないですか」  思い出して、と言われても私にはクリスマスにまともなプレゼントをもらった覚えがあまりない。  同年代の子供が小学校低学年のころには留学して一人でイギリスの大学に通っていた。その前ならもらったこともあったはずだがよく覚えていない。  あとは研究所に勤めていたころ、あのころもたしかにプレゼントはもらっていたのだが………… 『プレゼントですか?』 『そ。私が寝る間も惜しんで作ったプレゼント』 『手作りですか。そういうの、初めてだな…………って、これは何ですか?』 『形式番号MM-427【クルシマス】。新作よ!』 『いらない、新型マシンモンスターとかいらないから、ていうか暴走しかけてますよ!?』 『んん、間違えたかな?』 『やめて!? 物騒な砲門こっちに向けないで!? 助けてーアルフレドさーん!!』 「が、学者さん、震えてますよ! どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」 「……大丈夫だとも」  軽く、トラウマに足を突っ込んだだけだ。  しかし思い出してみるとよくよくクリスマスに思い出がない。  こんな自分がどうやって八雲の喜ぶプレゼントを贈れるというのか。 「こんなとき、サンタクロースに来てもらえればそれがベストなんだが……」 「あはは、学者さんってロマンチックなこと言いますね」 「何がだね?」 「サンタクロースのことですよ」 「いい考えだろう。贈り物をすることにかけては彼らが一番優れている。数百年、その行動に特化した個体もいるほどだ」 「……あのー、学者さん? 彼ら、って?」 「【サンタクロース】だ。もっともこれは俗称でラルヴァとしての名称は種族ごと別にあるが……」 「サンタクロースって本当にいるんですか!? しかもラルヴァなんですか!?」 「ああ。いや、異能力者がやることもあるらしいから全部がラルヴァと言うわけでもないが、多くはラルヴァだ」  サンタクロースとはクリスマスの日に人間に贈り物をするラルヴァの一派だ。  一派と言っても個々に繋がりがあるわけでもなく、デミヒューマン・ビースト・エレメントも関係なく、上級から下級、ワンオフまでも含んでバリエーションは多岐にわたる。 「ハロウィンに【ジャック・オー・ランタン】タイプや【ウィル・オー・ウィスプ】タイプのラルヴァが活性化するという話があっただろう?  クリスマスも同様にサンタクロースタイプのラルヴァの行動が活発になる。大まかに数えて百種ほどか」 「そんなにいるんですか!?」 「人間に何かを渡すラルヴァと言うのは伝説や民話を紐解いても珍しくない。それらの中でクリスマスに活動する物の数が比較的多かったためにサンタクロースの伝承ができあがったという説もある」  あくまでも一説に過ぎないのだが信憑性はかなり高い。『人間以外の不思議な生物』の総称がラルヴァだ。妖精だろうと神様だろうとラルヴァには違いない。 「キリストの誕生した日であるクリスマスは歴史的、宗教的に深い意味合いを持つ日だ。無論それ自体が他の生物にまで影響を与えるわけはないのだが、どういうわけかクリスマスには色々と奇妙なことが起こる。人間の意識が総体として「この日は特別だ」と考えているから自然界のアツィルトの流れにも影響を与えていると言われてはいるが……」 「話が面倒くさくなってますけど要するにクリスマスにはサンタクロースが沢山出るってことですね」 「……そうなる」  面倒くさいか……そうか。 「でもサンタクロースって本当にいたんですね……。いいなぁ。学園都市にも来ないかなぁ……って、あれ?」  久留間君は何かに気づいて、悩む仕草をした。 「なにか?」 「もしそうなったら学園都市に無断でラルヴァが侵入することになるんじゃ……」  ……たしかに。 「それでも、サンタクロースなら許されるはずだ」 「許されるんですか!?」 「サンタクロースは数百年間煙突から家屋に不法侵入して子供の部屋に忍び込んで枕元に物品を置いてきた。今更なんでもないだろう」 「すっごい失礼な言い方だけどその通りですね!」 「それ以前にこれまで何百体のラルヴァが学園都市に侵入したと思ってるんだ」 「ザルです! 双葉学園の警備網ザルです!」  私と久留間君はそんなことを話しながら学園都市に帰還した。  調査記録を提出してから八雲に渡すプレゼントを見繕うために学園都市の玩具屋を訪れた。  学園都市は異能力者のための街であり基本的に関係者しか暮らしていないのだが、小学生やそれより幼い子供たちが相当数いるのでこういう店も少しはある。 「店内に入るのは初めてだが驚いたな」  意外にも店内の品揃えは豊富で、国産の玩具から外国のトイ、少しマニアックなホビーなど一通り揃っている。 「これだけあれば八雲ちゃんの気に入るプレゼントもありそうですね」  久留間君は電車でのやりとりで見るに見かねたのか手伝いを名乗り出てくれた。お陰で何とかなりそうな気がしてきた。 「やっぱり基本はアニメの玩具ですよね。八雲ちゃんってどんなアニメが好きなんですか?」 「……八雲はどんなアニメを見ているんだろうか」  アニメどころか、遊んでいる姿はあやとりと、リリエラがどこかから持ち出してきたゲームに付き合わされているところしか見たことがない。本はよく読んでいるがあれも知識を得るために読んでいるふしがある。 「…………八雲のことがまるで分からない」 「学者さん。『仕事にかまけて家庭を顧みてなかったけどクリスマスくらいは子供のためにプレゼントを買って帰ろうとしたのに子供が好きなものも分からないで途方に暮れるお父さん』みたいなこと言わないでください」  間違っていないが、そう事細かに解説されると気が重くなる。 「しかしそこまで家庭……八雲を顧みなかったわけじゃない。だが……」 「だが?」 「八雲のことを思い出せば思い出すほど玩具と縁遠い子供で、どうしたらいいのかわからなくなる」 「そうなんですか?」  人でないということもある。生まれたばかりだということもある。何より娘のような彼女とどう接すればいいのか、それが一番分からない。誰かを育てることになるなんて考えたこともなかったのだから。 「何をしても、何をプレゼントしても喜んではくれないんじゃないか。余計なことをしようとしているんじゃないか、……考えるたびにそう思ってしまう。つくづく、私は家庭とは程遠い駄目人間だ」  二十五、六年も生きてきて家庭的な環境というものに身を置いた年数はそう長くない。だから、八雲が来てからの家に一番戸惑っているのは八雲ではなく、私なのかもしれない。 「……ハァ。まだ何もしてないうちからそんなことでどうするんですか。八雲ちゃん、記憶喪失なんですよね? 八雲ちゃんにとってはこれが初めてのクリスマスなのにそんな調子じゃ先が思いやられます」 「ああ……」  久留間君の言うとおりだ。正直……クリスマスという難行は私程度の手には余る。 「それでもせめて、八雲が楽しいと思えるクリスマスを過ごさせてやりたい」 「ええ、そうじゃないといけません。こうなったらあたし達も全力で応援しますよ」  あたし『達』? 「久留間戦隊、集合」  久留間君が静かに呟くように号令を発する。  そして近くにいなければ聞き逃してしまいそうなその声を……彼女たちは聞き逃さなかった。 「ハッ!」  久留間君の号令に応え、久留間戦隊のメンバーが久留間君の前に膝を着いて整列していた。どこの忍者集団か。そして今までどこに隠れていたのか。私にはまるで分からなかった。 「もう。みんなってばクリスマスイヴまであたしの付き添いなんてしなくていいのに」  一般に、姿が見えないように隠れてついてくるのは『付き添う』とは言わない。それは『尾行』だ。  何を考えて久留間君(とおまけで私)を尾行していたのかは知らないが、メンバーの四人ともがなぜか私を睨んでいる。……死出蛍と七色件の事件を思い出す。デジャブだ。 「でも丁度いいかな。みんな、お願いがあるんだけど……」  久留間君は久留間戦隊のメンバーにそっと耳打ちする。  彼女らは少し驚いた顔をしたが、頷いて店の外へと駆け出していった。  と、同時に私も久留間君に襟を捕まれ、店内へと引きずり出される。抗おうかとも思ったが、私と身体強化系の久留間君では子供と大人どころか犬と象ほどに差がありそうなのでそのまま引っ張られるしかなかった。  それにしてもここまでの流れは店にとってかなり迷惑な行為ではなかっただろうか? 「さて、今度は学者さんの番です」 「私の?」 「もうこうなったらプレゼントは玩具じゃ駄目です。もっと一生の思い出になるようなプレゼントを八雲ちゃんにあげてください。埋め合わせです」 「しかしそう言われてもだな……」  玩具でさえ何を買えばいいのか分からないのにどうしろと言うのか。  「問答は無用です。じゃ、あたしもちょっと山に行ってきますので」  久留間君はそれだけ言って自然区の山へと駆けていってしまった。……なぜ山? 「…………むぅ」  私は玩具屋に入りなおそうかとも思ったが、結局は久留間君の言うように別のプレゼントを探しに行くことにした。どの道、私一人では八雲の喜ぶ玩具など見つけられそうにもなかったからだ。  玩具に比べればアクセサリーや服、本のほうがまだわかる。いや服は駄目だ、サイズが分からない。そうなるとアクセサリーか本。どちらにしても探すのには時間がかかる。 「一番手近な店はどこだったか」  私は商店街の地図を思い出しながらプレゼントを探すために歩き出した。  プレゼント探しを始めてから都合二時間。未だプレゼントは見つからない。  右も左も分からない玩具でなくていいとはいえ八雲にとって最初のクリスマスプレゼント、より良い物を探そうとして結局見つけられていない。  時間はまだ五時過ぎだが真冬であるため早くも日は既に落ちかけ、このままでは夜になっても見つからない。 「無いか……」  悩んではいるが実のところある程度ならプレゼントに相応しいと思うものの目星はつけている。  八雲はラルヴァ。ならラルヴァの手による工芸品か本が最も彼女の感性に合うはずだ、そう考えてはいてもそんなものがそうそう売っているわけもない。唯一の例外は十月に開かれたゴブリンマーケットだが、あのときは二ヶ月も先のクリスマスのことはまるで頭になく、プレゼントなど何も買わずに終わってしまった。こんなことならあのとき買っておくべきだったと、今更後悔しても遅いが後悔せずにはいられない。  いくら学園都市とはいえ街のアクセサリーショップや本屋にまでゴブリンマーケット級の商品が売っているわけもなく、そういう商品が置いてありそうな骨董品店も見てみたがインチキくさいものや、逆に本当に効果がありそうで手が出せない物まで置いてあった。  そういった特異な物ではなく、ラルヴァの手による普通の物が欲しいのだがやはりそんなに都合よく丁度も良いものは見当たらなかった。  そうして十以上の店舗を回って流石に疲れが足に来たころ、商店街の店舗と店舗の間の路地が目に入った。 「たしか、この路地の向こうにまだもう一軒骨董品店があったな」  路地は狭くても人が三人は並んで歩けそうな幅があるが、日が暮れているのと建物の影にあることで向こう側がよく見えなくなっている。  ただ、頭の中の地図によればこの路地を通れば別の骨董品店への近道になることはわかっている。私は少し考えて、結局その路地に足を踏み入れた。  繁華街でないためかその路地は意外に散らかっておらず、ゴミ一つなかった。  この分なら暗くても特に危なくはないか、と思ったところで路地の半ばに何か大きいものがあるのに気づいた。  それは庭石くらいの大きさで、それの前に置かれた布状の何かも含めて路地の三分の二以上を塞いでいた。それは、 「……人?」  歩を進めてもう少し近づいてみるとそれが人であることが分かった。より正確に言うなら灰色のコートを着て座り込んだ老人で、布状の何かは細々とした物を乗せた敷物だった。  その姿はまるで露天商だったが、露天商ならどうしてこんな人通りのないところにいるのだろうか? 「おや、お客さんかの。それともこの通行人さんかの」 「この……」  この路地を通って向こうに行きたいだけ、そう言おうとしてふと老人の売っている品物に目がいった。  露天商らしくシルバーのアクセサリーか編みこんだ飾り紐でも売っているのかと思ったがそうではなかった。そういう商品もあるが、どういうわけかぬいぐるみやゲーム、サッカーボールに本などもあって商品に節操がない。  その雑多な商品の中に、簪が一本置かれていた。 「……失礼」  私は老人に断ってその簪を手に取った。  それは鈴飾りのついたごく普通の簪だったが、その模様や加工が普通とは違った。見るものが見れば分かる独特の特徴、あるデミヒューマンラルヴァの種族が好んで行う飾り細工が施されていた。これはラルヴァの手による簪だ。  ラルヴァが作ったごく普通のアクセサリー。正に私が探していたプレゼントそのままだった。あまりにも都合がよく、いくらなんでも丁度良すぎた、が……。 「おいくらですか?」  私は老人に値段を尋ねていた。  あんまりのタイミングの良さは胡散臭いことこの上なかったが、これより良いプレゼントが見つかる気はなぜかしなかったからだ。  簪を手にして値段を尋ねた私を老人はじっと見る。よもや魂でも要求されるのかと内心で身構えたとき、老人はゆっくり首をふってこう言った。 「御代なんていらないから持っていきなされ」  と、老人はニコニコと私に笑いかける。 「しかし……」  いいのだろうか? 「よいのじゃよ。今日はクリスマスだしのぅ」  それだけ言うと老人は商品を並べていた布に商品を包ませて担いだ。  風呂敷、というよりは袋のような有様のそれを担いで老人は立ち上がる。 「ほっほっほ。それではそろそろ店仕舞いするかの。あんたも早く家に帰ってあげなさい。お父さん《サンタクロース》のプレゼントを待つ子供がおるのじゃろう?」  気づけば、もう日は暮れて夜になっていた。  ……八雲は家で待っているのだろうか。 「それではの。メリークリスマス」  老人は古ぼけた灰色のコートを着込み、商品の入った袋を担いで路地裏から去っていった。  帰宅するともう時計は七時を過ぎていた。  自宅の玄関のドアを開けると、なぜか電気が点いていなかった。  だいぶ早いがもう食事を終えて寝てしまったのか、それとも那美君のところで一緒にクリスマスを過ごしているのか。  どちらだろうかと考えながら靴を脱いで廊下に上がると、シュルリ、と足首に糸のようなものが巻きついた。  それは古典的なトラップだった。私の体は瞬く間に上下反転して天井へと吊り上げられてしまった。 「……リリエラか?」  こんなことをしそうな同居人は彼女くらいだ。しかし今の糸は……。 「おー、バッチリ罠にかかってますねー」  私がトラップにかかって間もなく消えていた電灯が点き、リリエラと……八雲が私を見上げていた。  八雲は重力に従って翻っていた私のコートをぎゅっと掴んで、呟いた。 「ハイジ《サンタクロース》、つかまえた」 「八雲……、これは?」  私は反転した体勢で若干苦労しつつも足首に巻きついている糸を指差す。 「わな」 「それは見れば分かるが……」 「その罠はですねー、八雲がクリスマスなのに仕事でほっつき歩く甲斐性なしでろくでなしでヒュードロロンなセンセを捕まえておくために仕掛けたものなんですよー」  ヒュードロロン? 「八雲、ずっと寂しがってたんですよ? クリスマスは楽しいもののはずなのに楽しくないって」 「…………すまない」 「いい。ハイジ、かえってきたから」  八雲はそっとコートを離し、糸を下げて私を床へと降ろした。 「おかえり、ハイジ」 「……ただいま」 「さてさて、それじゃクリスマスディナーでも食べましょうかねー。センセが帰ってこなかったら寂しさ万倍だから準備とか何もしてませんけど」  そういえば夕飯時だというのに食べ物の匂いは何もしない。 「そうだな、じゃあ何か作るか。それともピザでも注文して、いや今日のような日は混んでいるか。食材も今からでは……」  思案していると、玄関のドアがノックされ、いつぞやのように返答を待たずに勢いよく開かれた。またデジャブだ。 「学者さん! 準備できましたよ!」  開かれたドアから現れたのは久留間君だった。彼女にしては珍しいことに息を切らしているし、どうしてか服は泥に塗れている。  それにしても随分といきなりの来訪だ。八雲は驚いたように目をパチクリさせているし、リリエラは……やっぱりもういなかった。 「なんにしても……。久留間君、前にも言ったと思うがノックしたなら待てと」 「そんなことより早く来てください! ちょっとすごいですよ!」  久留間君にしては珍しく聞く耳もたない対応だった。 「準備と言っていたが、一体何の?」 「来れば分かります! さあさあ八雲ちゃんも一緒に!」  そう言うと久留間君は八雲を肩車して外へと駆け出してしまった。 「……子供の場合は肩車になるんだな」  そんなことをぼんやりと考えながら私は久留間君と八雲を追いかけた。  五分ほどして辿り着いたのはマンションの近くにある公園だった。  住宅街にある公園としてはそこそこ広めのその場所に、普段は見慣れないものが二つある  一つはテーブル。白いテーブルクロスと様々な料理、飲み物を載せたテーブルが幾つか並んでいる。  そして二つ目は、クリスマスツリー。それも家庭用の室内サイズやプラスチック製ではなく、普通の木と同じくらいの大きさの本物のモミの木が公園に植わっていた。モミの木は色とりどりの飾りで装飾され、ライトアップされている。 「自然区から担いでくるのは大変でした。……大きすぎて場所が屋外になっちゃいましたけど」 「木を丸々一本道具なしで運んできたのか……」  つくづく、身体強化系の異能力者は人間と同じようでどこかで常識を忘れている。 「料理はうちのチームのみんなに作ってもらいました。それと飾りは……」 「久留間隊長から連絡を受けてオレがマイステディ達とジープでひとっ走り買ってきたのさ。さすがにこんなでかい木を飾り付けるくらいの量を買ってくるのは大変だったぜ」  大学生くらいの男がそう言って胸を張る。……誰だったか。何度か見覚えはある顔なのだが、名前がさっぱり思い出せない。 「それで、これはいったい何をしようと言うんだ?」 「クリスマスパーティーです!」 「クリスマス、パーティー?」  思わずオウム返しに聞き返してしまった。 「八雲ちゃんの初めてのクリスマスを盛大にお祝いするために考えたんです。あの、迷惑でした?」 「そんなことはないが……」  迷惑なわけがない。夕飯の準備を何もしていなかったので助かったという情けない理由もある。それに何より……。 「きれい……」  クリスマスツリーを見て八雲は目を輝かせている。これだけで、感謝してもしきれない。 「さあさあ! それじゃあ料理が冷めちゃう前にパーティーを始めましょう!」 「ああ。……っと、そうだ。八雲、ちょっとそっちを向いてくれないか」 「?」  八雲は不思議そうに指した方へ顔を向ける。私は八雲の髪にそっと触れて、あの老人からもらった簪を挿した。 「これ、は?」 「私からの、クリスマスプレゼントだ」 「クリスマス、プレゼント……」  八雲は髪にささった簪を撫でた。鈴飾りが静かに鳴る。 「やっぱり玩具のほうがよかったか?」 「ううん。これでいい。これが、いい」  八雲は鈴の音が気に入ったのか何度も簪を撫でた。  その様子が、私にはとても嬉しかった。 「気に入ってくれて安心した。じゃあ、久留間君たちが用意してくれた料理にありつこうか」 「うん」  八雲は料理のテーブルに頷いて駆けていった。  私も歩き出そうとして、不意に頬に冷たさを感じた。  触れてみると頬は幽かに濡れていて、見上げれば空からは白いもの――雪が降りはじめていた。 「ホワイトクリスマス、か」  学園都市に降る雪は吹きつけるものではなく、ハラリハラリと落ちては人肌に触れて溶けていく、そんな儚い粉雪だ。 「ハイジ、はやくしないとごはんさめちゃう」 「そうですよー。早くしないと先に食べちゃいますよー」 「学者さん、食べ始められちゃいますよー! ……ってあなただれ!?」 「細かいことは気にしっこなしですよー。センセ、早くー」 「ああ、今行く」  情緒もへったくれもないな、と苦笑して私は歩き出した。  そうして空から視線を外すと、鈴の音が聞こえた。  八雲の簪の鈴ではない。それとは別の夜空に鳴るような、夜空から聞こえてくるような鈴の音。惹かれるように空を見上げると、視界の端に何かの影が横切ったような気がして……。 ――メリークリスマス!  そんな誰かの声が聞こえた。 「…………」  それは、あの露天商の老人の声と似ていたような気がした。 「メリークリスマス、ミスターサンタクロース」  世界中の誰かへと夢を届ける誰かに向けて、私は静かに呟いた。  怪物記番外編  了  【サンタクロース】  クリスマスの夜に人間へとプレゼントを届けるラルヴァの総称。  デミヒューマン、ビースト、エレメント、上級中級下級、ワンオフまで多くの種類が確認されている。  また、現代においてサンタクロースのイメージカラーとされている赤と白の配色はコマーシャルに合わせてなされたものであり、本来のサンタクロースは違う色の衣服を着ていたという説がある。

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