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すりら~紅白歌合戦
※ 本SSは実在のALICE・双葉学園・日本国・アーティストユニットとは一切関係ありません。
さあ逃げろ。
はや逃げろ。
踊りながら。
歌いながら。
狂ったように。
奢ったように。
怪物どもが
やって来るぞ。
怪物どもが
こちらを見てるぞ。
☆ ☆ ☆
双葉島。
ALICEのラルヴァ監視ルーム。
「チーフ! ラルヴァの襲撃が確認されました!」
室内に充満する緊張感――慌しい警報音が鳴り響いていた。
「この寒い季節に襲撃だと!? どこだ!」
「場所は日本武道館です。属性は“アイドル”!」
聞き覚えのない属性にチーフのこたつに入りながらミカンの皮を剥いていた手の動きが止まった。
「“アイドル”……? 何だね、その聞いたことのない属性は」
「あ、すみません、まちがえました。属性は“デミヒューマン”で、アイドル形態を装い出没したラルヴァの模様です!」
「あー……」
チーフは再びミカンを剥き始める。
「そのつまり、なんだね。日本武道館ということは、ラルヴァがアイドルにでもなってコンサートを開催していたと。そういうことかい?」
「はい、その通りですチーフ。強力なラルヴァ反応が武道館を中心にしてあたり一帯に拡散しています。大勢の一般人観客が操られながらそのまま群集化。ラルヴァ反応はまるで台風の目のように移動しながら、まっすぐにこちら双葉島を目指して侵攻していて」
「報告はいい。まずは映像を見せてくれ」
ピッ。
監視ルーム内にある巨大スクリーンいっぱいに日本武道館から押し寄せる津波のような人波が映し出された。
それは人間の大行進というだけでも異様な光景であったのに、さらに幻惑的だったのは大行列に参加している人間はすべて黒のスーツに黒のハット、黒サングラスと黒で統一された衣装を着こなして軽快なダンスを踊っていることだ。
その先頭では、イケメンのラルヴァがリズミカルなステップで踊っている。
「ラルヴァの分際でイケメンだと……ッ!」
今の言葉は聞かなかったことにしてオペレーターは分析報告を続ける。
「どうやらこのアイドルに憑依したラルヴァは、精神感染型の能力を有している模様。感染者はラルヴァのダンスにあわせて統制の取れたダンスを踊らされています。また、その影響下に入り込んだ一般人を取り込み増殖しているようです。ファッションを強制的に黒スーツ姿に変貌させると、己のダンスユニットメンバーとして取り込んでいます」
「というか10年前の紅白で見た光景だな」
「明らかにラルヴァによる人類社会への強制介入であることは間違いありません。どうしますか、チーフ!」
ちなみにこのチーフは単なる監視班の一管理役にすぎなかったが、先程ラルヴァを発見した瞬間からそのまま現場指揮官として任に就くようにと上層部から通達を受けている。
握り締めたミカンを高く掲げるとミカンを握りつぶして、そのままミカン汁を絞り出すと、まるで血を飲む吸血鬼のようにオレンジ色の汁を嚥下する。
軽く舌なめずりしたチーフは宣言を発した。
「無論、速やかに迎撃する。対ラルヴァ迎撃機関『ALICE』の威厳に賭け、総力を挙げて迎え撃つぞ」
数十分後。
「チーーーフーーー!!! 迎撃に出た局員たちまでもが次々とラルヴァのバックダンサーとしてダンスラインに取り込まれていきます!!」
「そんな馬鹿な! 対精神攻撃シールドはどうした!?」
「効果、いまだ確認できません……」
「まさか……いやありえん……」
使用した対ラルヴァ用精神攻撃シールドとは、いかなる精神系ラルヴァが来ようと対処できるように古今東西あらゆる精神攻撃パターンを想定して造られた精神防御システムのことで、対精神操作系ラルヴァ能力は完璧だ。いや、完璧なはずだった。それが効かないというなら、いま彼らが目撃しているあの現象は何だというのだ。
「チーフ、どうやら一般人、異能者に関わらずこの精神感染は引き起こされるようです。ALICE局員も次々と取り込まれていき……ああ、チーフ! また一人ダンスに取り込まれていきます……! 宮城さああああああん!!!」
悲鳴に近いオペレーターの助けを求める声に、チーフは苦虫を噛み潰したような己の表情を見せまいと背中を向ける。
監視ルームの様子を表すとすればまさに一語――“阿鼻叫喚”。
「おのれ、ラルヴァが」
一般人も、異能者も区別なくあらゆる人類をダンスユニットに加えていく能力。精神防御システムすら無力の力と相対している。
オペレーターがチーフにそっとアイコンタクトを送る。
(まさか、精神防御理論にミステイクが……)
(ALICEの技術力に欠陥がある可能性は全力で却下する!)
望遠カメラから送られてきた映像には、アリス局員の戦闘員が2~3人がまるでハーメルンの笛吹きのように歌い踊るダンスラルヴァに向かって突撃していく光景が映し出された。あと数メートルという距離まで接近した局員たちだが、途端に局員たちの足が止まる。不意にうずくまりながら頭を抱えてうめきだしたかと思うと、数秒の抵抗を見せた後、ボンッと黒スーツ黒サングラス姿に変化して、そのまま喜びながら自らダンスの行列に加わっていく。
敵の正体が不明なまま手の打ちようがないの現場でも同様だった。
「班長、このままでは戦線が持ちこたえられませんが」
「わかっている。しかし――」
現場では同じ失敗を繰り返すまいと突撃禁止令が出されていた。それでも目前で増殖しているラルヴァダンスの大群に耐え切れないのか、飛び出していってはダンスの列に取り込まれていくというミイラ取りがミイラになる局員が後を絶たない。
巨大スクリーンの都内マップにはダンスラルヴァの行進がその数を増やしながら双葉島への接近を表示していた。
絶望的な光景だった。
「精神系ではないというのか……何だ? 一体何が起こっているというのだ……?」
例えば、東京マラソンの映像であの参加ランナーの集団全員がアイドルユニットのようにダンスしている光景を想像していただければその恐怖の一端を理解できるだろう。
「これではまるでゾンビの群れだな」
チーフはナイフでリンゴの皮を剥きながら憎々しげに呟いた。楽しげに踊っている人々の映像ばかり見ていると、「少しだけなら自分もあの列に混じって踊っちゃってもいいかな」と邪念に駆られてしまう。
「って、オペレーター! 何をのんきに鼻歌など歌っておるのだ!」
「す、すみませんチーフ! あの集団ダンスを見ていたらつい」
オペレーターが歌っていた鼻歌は、あのラルヴァユニットのダンスに即興であわせながら歌われたもののようだ。報告によれば、現地ではラルヴァのダンスにあわせてJポップ調のBGMも流されているらしく、それはすでに音声データでも確認済みだ。
――BG、M……だと……。
そのとき、脳内で天啓が舞い降りた。あらゆる可能性がたった一つの事実を告げている。
「……そうか――これは、これは精神攻撃ではなかったのか!」
「どうことですか、チーフ!?」
チーフは巨大スクリーンに映る異常な集団ダンスを注視する。
「楽しげなダンスを見ていた観客たちは、楽しそう、踊りたいな、ついでにナンパも出来たら……といった楽しげな気持ちを湧き上がらせ、そこに衣装を着せられる。体は快感に耐え切れずに踊りだしてしまうという仕掛けだ。攻撃は精神に行われていたのではない。我々人類の身体に行われていたのだ。いわばこれは、メンタルにではなく、ボディに訴えかけて操るという集団心理を巧みに利用した攻撃なのだろう」
「ああ……要するにコスプレダンス会場に行くと、はじめは踊る気がなかったのにいつの間にか自分も踊っちゃってたという……」
「友人にいやいやコミケに連れていかれたら、気がつけば自分も同人誌やチラシを集めまくっていた現象とも同じだ」
「……」
「……」
「コミケに行かれたことがおありなんですか? チーフ」
ゴホゴホッと軽く咳払いをすると、チーフは話を元に戻した。
「ともかくだ、人の楽しいと思う本能に訴えかけてくる攻撃なので、精神防壁でもどうしようもなかった。なぜなら、それは自発的な行動だからだ」
「チーフ……!」
「そう、謎はすべて解けたよ。これでチェックメイトだ」
突破口を見出したチーフが滅多に見せないガッツポーズを見せる。勝利のポーズは神々しくすらある。
「では、どうやってラルヴァを倒しましょうか」
「それは勿論――」
「勿論?」
「……どうすればいいと思う? オペレーター」
「チーーーーーーーフーーーーーーー!!!!!!!!!!」
まさに絶体絶命。原因がわかったことと事件を解決することは決してイコールではありえず、そして突破口は見つからない。対抗策はノーアイデアだ。
しかし。
『話は聞かせてもらったのだ!』
救世主は現れた。
☆ ☆ ☆
「ああ、アタシは素晴らしい……この恍惚をもっともっと皆に分けてあげたいわぁん……」
ラルヴァは恍惚に浸っていた。
黒い群集の先頭で舞い踊りながら両腕を突き上げて天を仰ぐと、そこから鋭くステップターンを切り、タタンッと軽やかにバックステップ。ダンスラルヴァの動きにあわせて背後に控えた無数のバックダンサーズも一斉に後方に飛ぶ。一糸乱れぬ完璧な同調(シンクロ)は、さながら何万人という規模で踊るブロードウェイ。
双葉島と東京をつなぐ巨大ブリッジは目前にまで迫っていた。
「今、一挙手一投足にいたるまで全てが一つになろうとしているわ……ああん、一体感の恍惚を、愛を、もっと、もっと世界中に広めなければ――そうよ! ダンスでこの色あせた世界を輝かせたい……! そのためには双葉の異能者を倒さなくちゃいけないのよアタシ!」
「そうは思い通りにいかないのだ!」
凛とした声が無敵の行軍に立ちはだかる。
声は頭上から聞こえてきた。
「何者よッ!?」
「双葉学園生徒会長、藤神門御鈴(ふじみかど みすず)。世間を騒がす悪いラルヴァ。白虎に代わって押し置きなのだ!」
見上げると、凛ッ!! とビルの屋上に立つ太陽を背にした小さな影が紫の髪をなびかせている。
影はニヤッと笑みを浮かべた瞬間、屋上から体を宙に投げ出す。1回、2回とひねりを加えながら空中で回転して、猫のようにしなやかな着地を決める。
逆光が解けて、御鈴の姿を直視できるようになったラルヴァはわが目を疑った。
白銀と黒水晶で全身を神々しく飾り立てられた煌(きら)びやか御鈴の衣装は、正気で着られるような代物ではない。
「……ジロジロと見るのは禁止なのだ」
「キィー! いきなり現れて何よアンタ! アタシより目立つなんてぜったい許さないわよ、許さないんだから! このままアナタもアタシに取り込まれて御仕舞いなさいッ!」
ダンスラルヴァが羽ばたく白鳥のポーズを構えて華麗なダンスステップを再開する。
が、御鈴はまったく動じていない。
「何でよ――何で踊りだしたくならないのヨゥ!? 」
「それは仕方がありませんわ。わたしたちのほうが美しいのですもの」
その声はラルヴァのさらに背後、御鈴の位置とは正反対の方角から聞こえてくる。
御鈴同様に、煌びやかな白銀と黒水晶の衣装を身にまとった女性。
「というのは冗談で、種を明かせば至極単純な話。実はこの衣装、小型の結界が付与されています。そう、あなたの使われる『衣服転移』を封じさせていただきました」
彼女、水分理緒(みくりま りお)の声はおだやかだが、すでに揺るぎない勝利を確信しながら答えている。
彼女たちは人のダンスに加わりたい衝動の後押しとなるスイッチである“黒スーツの装着”を防いだのだ。
理緒の背後には全身タイツ(白虎デザイン)を装着した迎撃部隊のみなさんが整然と列をなして態勢を整えている。この全身白虎タイツにも当然、“衣服転移封じ”が施されている。
「目には目を、歯には歯を、集団ダンスには集団ダンスを。悪の企みはおしまいなのだ、ラルヴァ!」
御鈴と理緒を中心にして一斉にダンスが始まった。
優雅な水鳥を思わせるクラシックバレーだ。
監視ルームで戦いの推移を見守っていたチーフが、手に汗を握りながら二つのダンス集団による壮大な衝突を見つめた。
「ブロードウェイ対クラシックダンスか……この決戦が双葉学園の運命を決める」
「なにやら怖いものもありますね……。ところでチーフ」
「何だね、オペレーター」
「なぜ私たちまでが白虎タイツを着ているのですか?」
ぴろーんと全身タイツを引っ張ってオペレーターが訊ねる。
「……念のためだ」
場面は戦いの最前線に戻る。
「どうやら、これ以上のダンスフレンド(戦闘要員)を増やすのは悔しいけど無理みたいだわね。だったら、この人数で双葉島に雪崩れ込んであげるわよォ」
「ラルヴァ、無駄なあがきはあきらめるがいいのだ! 囚われた人たちも今ここで返してもらうのだ!」
「オーッホッホッホ! 強がりいっちゃってかわいいわねお嬢ちゃん! でも、これだけの人数をどうやって取り戻せる気かしら? ネエ、アナタたち」
ダンサーズのほうを振り返ったラルヴァの動きが止まる。
一人、また一人と漆黒の衣装から白虎タイツ姿に変わっていくという信じられない光景を目にして。
「早瀬くんの超加速なら数分もあれば全員着替えさせてくれます」
醒徒会の早瀬速人(はやせ はやと)による高速移動で次々と黒スーツから白虎タイツに着替えさせられていく無数の群集たち。女性を着替えさせるときは目隠しをしているという念の入れようだ。
崩れ落ちるようにラルヴァは膝をついた。
魂が、折れたのだ。
「アタシの負けだわ……いいえ、アタシの秘密が見抜かれた時点で、敗北はすでに決まっていたのかしらね……」
「……ラルヴァさん、あなたの過ちはたったひとつです。楽しむためのダンスを戦いの道具として使ってしまった。わたしたちは負けるわけにはいかなかったのです」
――あなたの舞いを愛する心のためにも――。
理緒の一言に、ラルヴァの表情からまるで憑き物が落ちたように穏やかになった。
「アタシ、最期に出逢えたのがアナタたちでよかったわ。ええ、燃えたわ。そして決めることが出来たわ。アタシはいつまでも踊り続ける! 例えあの世でも地獄の底でも――!」
ラルヴァの体が淡い緑色の光につつまれ、徐々に粒子となって空へと溶けゆく。
「踊るがいいのだ、ラルヴァ。魂となって好きなだけ」
御鈴の声が風に乗って、消えた。
ラルヴァの想いと共に。
一連の騒動は情報操作によって、新曲発売にあわせたキャンペーンイベントとして説明され事なきを得た。
こうしてラルヴァによる双葉島侵攻作戦(?)は阻止されたのであった。
☆ ☆ ☆
「チーフ! ベタの塗りがはみ出しています! 修正をお願いします!」
「す、すまん……だが、オペレーター、これははみ出していると言えるのだろうか……」
ハチマキをしたオペレーターが血走った目でキッとにらむ。
「言い訳は断固却下します! チーフ、あなたがきちんと仕事をしてくださらないと夏コミに間に合いませんから」
この事件を境に一組のカップルが生まれていたのだが――それはまた別の話。
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