【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:中編】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/2355]] [[前編へもどる>【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:前編】]] (もう、なんで瀬賀先生はこんなチビと夫婦なんかに……)  大神は瀬賀のことで頭がいっぱいであった。  出席をとり、授業が始まったあともずっと瀬賀のことを考えているようである。机に頬づえをつきながらぽーっと頬を赤く染め、愛しい人を想う時間は何よりも幸福であろう。だがいつもと違い、ショコラという異物が自分と瀬賀の関係の間に入ってきたことで、やはり大神は気分が良くなかった。  自分はいつも瀬賀にアタックして、それでも振り向いてもらえなかったのに――それなのに昨日今日やってきた少女にすべてを奪われてしまったようで、大神は心から悲しんでいた。 (私は、あの時からずっと――)  大神は初めて瀬賀と出会ったころのことを思い出していた。  彼女がまだこの学園に来る前、ある事情により人狼族の集落で大神は重傷を負い、死の際をさまよっていた。だが、そんな彼女を救いだしてくれたのが瀬賀であった。  大神にとって瀬賀は命の恩人であった。医療関係者の瀬賀としては当たり前の行為であったが、それでも大神は今の自分があるのは瀬賀のおかげだと思っている。  それ以来彼女は瀬賀のことが好きで好きでしょうがなくなってしまったようだ。 (きっと瀬賀先生は覚えてないんだね) 「――神」 (あの時あたしが――) 「大神!」 「は、はい!」  突然名前を呼ばれ、大神は席を立って大声で返事をした。なんだろうかと教壇へ視線を向けると、イライラしたように数学教師の字元がこちらを睨んでいる。どうやら今は数学の授業の時間なのだと理解する。 「おい大神。私の授業でぼーっとするなんていい度胸じゃないか。それだけ余裕なんだな。じゃあこの問の三を黒板の前で解いてもらおうか」  字元はメガネをしきりにくいくいっと上げ、ゴゴゴという怒りをあらわす擬音が後ろに見えるようだ。大神は慌てて机の上の教科書とノートを手に取るが、それは一時限目の国語のものであった。数学の授業は四時限目だ。いったいいつから自分はぼーっとしてたんだろう。またバカにされるんじゃないかとちらりとショコラのほうを見るが、ショコラはよだれをたらしながら爆睡してしまっている。その大胆さに思わず大神はすっ転びそうになった。 「ちょ、ちょっとチビ吸血鬼! 字元せんせー! あたしよりもこいつのほうが――!」 「そいつはもう諦めた。というかこの吸血鬼はまず九九から教えんとダメだ。バカ過ぎて話にならん。いいから前でてこい」 「ううー。ひーき!」  結局大神は問題が解けず、笑い物になってしまったが、ようやく苦痛な数学の時間が終わり、昼のチャイムが鳴り響いた。 「よし。今日はこれくらいで勘弁してやる。ちゃんと宿題やってこいよ」  字元はそう言って教室をあとにし、大神は地獄から解放されたかのように安堵の表情を浮かべた。 (よーし。昼は瀬賀先生と一緒に食べようかな♪ 朝は全然お話しできなかったし)  気合いを入れるように両拳をぐっと握り、大神はがたりと席を立つ。だが隣にいたショコラも、チャイムを聞くと同時に席を立ち、まったく同じタイミングで立ちあがってしまったことに二人の間に気まずい沈黙が流れた。 「ちょっと。あんたさっきまであれだけ熟睡しといてお昼にはちゃんと起きるのね。吸血鬼のくせに」  大神はそうショコラに嫌味を言ってやるが、彼女お腹が突然ぐるるるると鳴ってしまい、赤面しながら慌ててお腹を押さえるがもう遅かった。ショコラはにやにやと笑っている。 「ふふん。お主こそずいぶんとがっついておるではないか。やはり人狼族はいやしい種族じゃの」 「あー! 種族差別よ! 差別! 双葉学園には差別はあっちゃダメなのよ! そんなこと言うと黒マントのピエロがすっ飛んで来るわよ!」 「ワンワンワンとうるさいのう。少しは静かにするのじゃ」  二人の間にはまたもや火花が散っているようである。そんな二人の方へ、空気をまったく読んでいない有葉がちょこちょこと近寄ってきた。 「ねーショコちゃん。ワンちゃん。一緒にご飯食べ行こうよぉー」  そう言う有葉の後ろには、カストロビッチと、がっくりと肩を落としている春部の姿も見えた。だが二人は、 「ごめんね千乃ちゃん。昼は瀬賀せんせーと一緒に食べようと思うの」 「すまんのチノ。昼はアルの血を飲もうと思うのじゃ」  そう同時に言い、ばっと顔を見合わせた。 「ちょっと。いい加減にしなさいよ。瀬賀先生を貧血にする気? ちょっとは遠慮しなさいよこのチビ吸血鬼!」 「何を言うか。それがわしとアルとの契約じゃ。そのためにわしはアルに尽くしておるのじゃからな。炊事洗濯に、夜のご奉仕(子守唄)ものう」 「うう、あたしだってそのくらいできるもん! ……料理はできないけど。でもでも、あんたなんかよりずっとあたしのがいい身体してるんだもん!」  二人はそう言いあいながら睨み合っているが、会話がぴたりと止まった瞬間、弾けるようにその場から走り始め、ぽかんとしていた有葉の横を通りすぎ、そのまま教室から飛び出していった。 「ちょっと、ついてこないでってば! あたしと瀬賀先生の幸せな一時を邪魔しないで!」 「ふん。お主こそ。わしは保健室に行くんじゃ。大体朝お主が邪魔をするから悪いんじゃぞ。おかげでわしは腹ペコじゃわい」  さすがは吸血鬼と人狼と言うべきか、言い争いながらも二人は凄まじいスピードで廊下を駆けていく。時折走りながら殴ったり蹴り合ったりしているため、他の生徒のいい迷惑である。 「このぉ! いい加減にしなさいよチビ!」 「それはこっちの台詞じゃ!」   二人の疾走しながらのケンカはどんどん激しくなり、もはや二人の意識はケンカに向いているためどこを走っているのかわからなくなってきている。しかし二人はバカなのでそのことにまったく気付けないでいた。  途中なぜか帯刀している風紀委員長に「廊下を走るな!」と怒鳴られたが、それすらも耳に入らずにひたすら走っていく。 「ああ、もう駄目。お腹減っちゃった……」 「だめじゃぁ……血が足りん……」  そう言って二人は突然失速し、がくりと膝をついて息を切らしていた。どうやら大神は空腹で、ショコラは朝飲んだ血の効力が消えてしまったようで、全力を出すことができなくなってしまったようである。 「はぁ……はぁ……。なんでご飯食べるのにこんな苦労しなくちゃいけないのよ」 「余計空腹になるだけじゃ……。ふらふらしてきたわい。お主のせいじゃぞ犬っころ」 「何よ、大体あんたが――って、ちょっとまって。ここどこ?」  ようやく周囲の景色が学内と違うことに気付き、大神は周りをぐるりと見まわした。そこはもう使われなくなっている旧体育館の体育倉庫であった。ケンカすることに集中しすぎて、どうやらこんなところまで来てしまったらしい。 「ぬう。ここはどこじゃ犬っころ。わしは来たことないぞ」 「まあ転校生のあんたじゃ知らないでしょ。まったく。あんたなんかに関わるからこんなところへ来ちゃうのよ」  やれやれとわざとらしく溜息をつき、大神はショコラを睨んだ。だがショコラはそれを意にも介さず物珍しそうに旧体育館を眺めている。その瞳の輝きはまるで街徘徊を探検と称する幼稚園児のようである。 「お化け屋敷みたいじゃの!」  ショコラはなぜか楽しそうに手を上げ、キラキラとした目で大神を見つめてきた。 「お化け屋敷じゃないわよ。旧体育館! まあお化けが出るとか変なうわさ話が多いけど……って、だいたいあんたお化け屋敷が珍しいの? 吸血鬼なのに?」 「吸血鬼だからじゃ。わしの国では幽霊もモンスターもクラシックなものばかりでな。どうにも怖くなくてのう。日本の幽霊や妖怪にわしは興味あるのじゃ」 「クラシックモンスター代表の吸血鬼が良く言うわよ。だいたい自分がモンスターなんだから何見ても怖くないでしょ?」 「クラシックモンスターはお主も一緒であろう。もっとも、狼男は吸血鬼やフランケンに比べるとマイナーじゃがのう。やはり吸血鬼が一番じゃな!」 「何よ、吸血鬼なんてむしろ飽和状態じゃない。珍しくともなんともないわ」 「ふん。なんとでも言っておれ。とにかくわしはこの旧体育館が気に入った。面白そうじゃ、ゆくぞワン公」  そう言ってショコラは手招きをしていた。 「は? マジありえないし! なんであたしがついてかなきゃいけないの!」 「なんじゃお主怖いのか? 犬なのにチキンなのか?」 「うっさいバーカ、この……バーカ!」  大神は強がってそう言うが、その足はかすかに震えているようだ。実際大神はすぐに引き返したかったが、ショコラが勝手に奥へ進んでしまい、一人で来た道を戻るのが恐ろしく、その後をついていく。  どうやらこの二人は当初の目的をすっかり忘れてしまっているようだ。 しかしその体育倉庫の角から煙がもくもくと上がっているのを二人は見つけた。ショコラは不思議そうにそれを見ていたが、大神はさっと顔を青くする。 「うそ、まさか火事……!!」  大神はすぐに最悪の事態を想像し、恐怖で身がすくんだ。もし本当に家事なら大変だ。火が旧体育館に映ったら大惨事である。 「ちょっと、チビ。見に行くわよ」  大神は恐る恐るショコラの背に隠れるようにして、その角の向こうへ行くように促した。そうして二人がひょっこりと体育倉庫の角から顔を覗かせると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。 「へ?」  そこには幽霊よりも怪物よりも妖怪よりも恐ろしいものがいたのである。 「ああん、なんだおめーら。何見てんだよ」  そこには、不良たちがいた。しかも十人ほど。 (う、うそでしょ~~~~~~~!)  これならお化けなどのほうがどれだけましだっただろうか。大神は涙目になりながらぎゅっとショコラの肩を強く掴んでいる。  どうやら火事だと思ったその煙はタバコの煙であったようだ。不良と言ってもそこにいるのは全員女子である。ガラの悪い格好をして、全員そこでタバコをふかしていた。どこからどうみても不良である。  不良女子たちは大神たちに気付き、舌打ちをしてこちらに近寄ってきた。 「ちょ、ちょっとチビ。逃げるわよ!」 「なぜじゃ。何から逃げるのじゃ?」  クエスチョンマークを頭に浮かべているショコラを、大神はガクガクと必死に揺すっているが、そうしているうちに不良の親玉がその目の前に立った。 「あ、お前H組の犬女。それにそっちのガキは例の転校生か」  口にくわえているタバコの火が顔に付きそうなほどに近い距離で、不良はそう睨んできた。ようやくそれで大神はその不良が、二年のすけ番の親玉である竹沢だと理解した。竹沢は髪の毛を紫に染め、眉をそっていて恐ろしい顔立ちをしている。彼女は大神のようなちゃらちゃらして、男に媚びているような女が大嫌いだということを大神は知っていた。 「あ、あの。竹沢さん……。大丈夫ですよ、あたしたちこのこと言いませんから……」  大神は無理に笑顔を作りそう言うが、竹沢は恐ろしい顔のままである。 (ううー。怖いよぉ。助けて瀬賀先生……里衣ちゃん……!)  早く学校へ戻りたい。こんなことになったのも全部ショコラのせいだと恨めしそうに大神はショコラを睨むが、ショコラはまったく表情を変化させず、竹沢の顔を見上げていた。 「ああ? なんだクソガキ。アタシの顔になんかついてんのか?」  竹沢はタバコの煙をふうっと吐き、ショコラの顔に吹きかけた。するとショコラは竹沢が手に持っていたタバコを思い切りはたいて地面に落してしまった。 「ちょ、バカ!」 「クソガキ、何しやがる!」  竹沢は眉間に皺を寄せ、大声で怒鳴るが、むしろショコラは誇らしげに腰に手を当てて怒鳴り返した。 「タバコは二十歳《はたち》になってから!」 そんなショコラの背景からばばーんという効果音が聞こえてきそうである。そのあまりに正論で、あまりに堂々とした言葉に、一瞬その場が凍りつく。  大神は顔を青ざめさせているが、竹沢はぷっと笑い、やがて大声で笑い始めた。それにつられて他の不良女子たちも盛大に笑い始める。 「なんじゃ。なにがおかしい」  不良たちに笑われてショコラは首をかしげていた。だが、竹沢は唐突に笑うのをぴたりと止め、ショコラの胸倉を掴み上げる  竹沢は背が大きく、ショコラは完全に地面から足が浮いてしまっている。 「なめるなよクソガキ。そんなことは百も承知なんだよ」  竹沢は鬼のような形相でショコラを睨みつける。だが、それでもショコラは一切動じてはいなかった。 「触るな下郎。わしは偉大なるロックベルトの吸血鬼の末裔じゃぞ!」  竹沢に負けじと、ショコラはその青い瞳でキッと睨み返していた。そのあまりに威風堂々としているショコラの言葉に、竹沢は少しだけ驚いていたようである。 「ちっ……。生意気なガキだ。お仕置きが必要だな、おい!」  竹沢は子分たちに呼びかけ、体育倉庫の扉を開かせていた。そしてそのままショコラの身体を担ぎあげ、開かれた体育倉庫の中へと放り投げてしまった。 「ち、チビ吸血鬼!」  大神は慌てて体育倉庫の扉に近寄り、そこから中を覗く。ショコラは痛そうに尻もちをつきながら、体育倉庫の中で「何するのじゃ!」と怒鳴っていた。 「おいバカ女。お前もこの中に入れ」  そんな大神を竹沢はドスのきいた声でそう促す。空腹状態の今の大神では、人狼としての力はほとんど出せない。今の彼女はただの泣き虫の女子高生だ。大神は今この状況で自分が何をできるのか考えていた。恐らくショコラも血が足りず自分と同じように力が出せないのだと悟る。  ならば―― 「ま、待っててよチビ! 今誰か呼んでくるから!」  力がなければ力のある人間に頼ればいい。それは教師でも、心強い級友たちでもいい。とにかく誰かを呼ばなくては、そう思い大神は走り逃げようとしていた。 「おっと。犬女。友達置いて一人だけ逃げるなんて卑怯じゃないか」  にやり竹沢は笑い、ポケットからゴムボールを取り出した。それを見た瞬間大神はそのボールに目が釘付けになる。 「え?」  身体の動きもぴたりと止まり、大神は竹沢のボールを目で追う。 「ほらよ、取ってこい犬っころ!」 「ワンワンワオーン!!」  竹沢はボールを体育倉庫の中へと投げ込み、大神は正気を失ってそのボールを追いかけて体育倉庫の中へと入っていってしまった。 「あはははは、バーカ! おい、早く閉めちまえ!」  大神は体育倉庫の中に転がったボールをくわえ、嬉しそうに尻尾を振っていた。それを見てショコラは呆れかえっている。だがそうしている間に、体育倉庫の扉は不良女子たちによって閉められてしまった。慌ててショコラは扉の方へと駆け寄るが、時すでに遅く、外側からつっかえ棒でもされたのか、取っ手を引っ張っても扉が開くことはなかった。 「おい! 開けぬか馬鹿者! こんなことをしてただで済むと思っておるのか!!」  がんがんと扉を叩いてみるが、外からは笑い声が聞こえ、その声も段々と遠ざかって行くのがわかった。 「うぬぬぬぬ。閉じ込められたか。卑劣な!」 「――――はっ、あたしは何を!」  ようやく我に返った大神は今自分が置かれている現状をようやく理解したようであった。 「このバカ犬! お主がそんな手に引っ掛かるからじゃ!」 「な、何よ。あたしのせいだって言うの? もとはと言えばあんたが――」  そう叫ぼうとした瞬間、またもや大神のお腹はぐるるるるると大きな音を立ててしまっている。怒鳴る力も無いようで、大神はその場にへたりこんでしまった。 「お腹減ったー! ここから出してよー!」  大神はすんすんと情けなく泣き始め、際限なく零れてくる涙を袖で何度も拭っている。ショコラはそんな大神を見てどうしたものかと腕を組んだ。  この体育倉庫の中に灯りは一切なく、普通の人間からすれば闇に包まれているだけであるが、夜の眷属である吸血鬼のショコラと人狼の大神はこの暗闇の中でも十分に目がきくようで、お互いの顔もよくわかるようである。 「さてどうするかのう……」 「なんとかならないの? あんた吸血鬼でしょ、霧になったりしてその扉の隙間から出たりできないの?」 「無茶を言うでない。わしらロックベルトの吸血鬼は究極の生命力の代わりにそのような吸血鬼の特殊能力は失われておるのじゃ 。お主こそ人狼の馬鹿力でこの扉を破壊してみるのじゃ!」 「無理よ。フルパワーなら出来ると思うけど、空腹状態じゃあたしなんにもできないもん……」 「ふむ。それはわしも同じじゃ。血を飲まなければ力を出すこともできぬ」 「……じゃあ、あたしの血を飲めばいいじゃない」  大神はちらりとショコラの顔を窺うように見る。嫌いな相手に血を飲まれるなんて屈辱だが、わがままを言っている場合ではない。しかし、帰ってきた返事は予想外のものであった。 「嫌じゃ」 「な、なんでよ。あたしが人狼だから? 人狼の血は飲めないって言うの!」  大神は憤慨してそう言うが、闇の中に見えるショコラの表情は茶化しているものではなく、じっとこちらを見つめ、真剣な表情であった。 「そうではない。わしらロックベルトの吸血鬼は、生涯ただ一人の血しか吸わないのじゃ。それがわしらの掟であり、宿命とも言えるものじゃ」 「な、なんでよ……」  その言葉を聞き、大神はなぜショコラが瀬賀を夫呼んでいるのか、少しだけ察した。二人はもう離れることが出来ない関係なのだろう。 「それが人間との契約じゃからじゃ。わしらロックベルトは人間を襲い、生き血を啜る俗な吸血鬼とは違う。無暗に人を襲う吸血鬼は人間側に狩られることになる。これはお互いに共存するためにそう進化を遂げてきた結果じゃ。じゃからこれは破ってはいけない掟なのじゃ」 「ふ、ふうん……」  なんだかよくわからないが、きっとこれはどうしても譲れないことだということが、大神の弱い頭でもよくわかった。だがそれは脱出の手立てがなくなってしまったことも意味する。 「そうだ、ケータイ!」  ふと大神は思いだした。自分は携帯電話を持っているではないか、これなら誰かに連絡をとって助けを呼べるはず。そう思い急いでポケットから携帯電話を取り出す。じゃらじゃらとついているストラップが今は鬱陶しく感じる。顔をほころばせながらぱかりと開いて画面を開く。だが、それはぬか喜びにしかならず、画面を見るとアンテナが一本も立っていなかった。どうやらここは電波の状況が異常に悪いらしい。これではメールも電話も意味がないであろう。 「そ、そんなぁ~~~」  大神は情けない声を上げてがくりと手を地面について項垂れてしまう。 「どうにかしてここから脱出できないものかのう……」  ショコラはぐるりと辺りを見回す。あたりにあるのは体育の授業で使うごく一般的なものしか置いていない。そもそもほとんどの備品が新体育館のほうへ移されていて、ここにあるのは錆びたハードルや、朽ちかけている跳び箱や汚らしいマットくらいしかなかった。これらのものを扉にぶつければ壊れるかと思ったが、そもそも今の彼女たちではそれらも持ち上げることさえ苦労するであろう。 「無理よ……きっとあたしたちはここで死んじゃうんだわ。きっとミイラになっちゃうの……」  大神はボロボロと涙を流しながら、膝を抱えて体操座りをして顔を伏せている。頭から生えている狼の耳は元気なく垂れ下がっていた。 「ふう、わしももう限界じゃ……」  さきほど大神とケンカしたせいかショコラも体力が無くなったのか、扉に背中をつけながらずるずると腰を下ろしていった。  気まずい沈黙が二人の間に流れる。  大神は相変わらず嗚咽交じりに泣いており、時たま鼻をすする音が聞こえてくるだけである。 「おいワンコ。これからどうするつもりじゃ。ずっとこのままここにいてもどうしようもないぞ」 「仕方ないでしょ。あたしたちに出来ることなんてないよ。助けが来るのを待つしかないの。うう、ぐす……。だいたいこんなことになったのも全部あんたが……えぐえぐ……」  大神はもう罵る言葉も出てこないようで、寒々とした体育倉庫の片隅で震えているだけである。  さすがのショコラも困ったようで、ふうっと溜息をつき、ぼんやりと暗闇の天井を見つめた。 「……まいったのう」  ※ ※ ※  平和だ。  瀬賀は昼休みに大神もショコラもやってこないことに感謝し、束の間の平穏を満喫していた。ベッドの上で眠ったり、ショコラの眼を気にせずにすむのでジーンズのポケットから取り出したゴールデンバットに火をつけ、満ち足りた表情でその煙を吸い込んでいた。そんなことを毎日繰り返していたため保健室の天井はタバコのヤニでどんどん黄色くなっていく。  そうこうしているうちに、保健室の窓からは夕日が差し始め、一日の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いていた。 (ふう、これだよこれ。これが俺の日常だよ)  瀬賀は生徒から取りあげた熟女エロ雑誌を広げなら時間を潰していた。だが、そんな平和は長くは持たず、保健室に入ってきた人物に破られることになった。 「やあ瀬賀先生。相変わらずいい男ですね。おっと、そんな本なんか読んで……。溜まってるなら俺が解消してあげますよ」  そう言って保健室に足を踏み入れてくる人物に瀬賀は視線を向け、頭を抱えた。 「何しに来たスカトロ野郎。お前が保健室に何の用だよ。怪我や病気をするたまには見えねーぞ」  瀬賀はうんざりとしながらその男子生徒、カストロビッチに悪態をついた。彼もまた瀬賀の苦手とする人物である。  カストロビッチは瀬賀の言葉を聞き流しながらきょろきょろと視線を動かし、保健室の中を見つめていた。 「なんだ? なんか探しものか?」 「いや、探し物というか、探し人」 「探し人?」  瀬賀は雑誌をベッドの上に放り、カストロビッチの顔を見る。 「ショコラちゃんとワンコちゃんですよ。昼に二人で教室を出て行ってから午後の授業もさぼって全然戻ってこないんですよ」 「大神とショコラが? いや、見てないぞ。あの二人のことだ、どっかでケンカでもしてんだろ。ほっとけほっとけ」  そう言って瀬賀はしっしと手を振り、カストロビッチを追い出そうとする。 「ひどい人だな先生は」 「あいつらがいないほうが静かでいいだろ。腹減れば戻ってくるんじゃないのか? 犬とガキだぞ」  瀬賀はそう適当に言い、大きくタバコの煙を吐く。だが、保健室の扉から顔を覗かせている新たな人物を見て、瀬賀は慌ててタバコの火を消した。 「あの~……瀬賀先生……。うちのクラスの大神さんとショコラちゃん見ませんでした?」  おずおずと扉の影から顔を出してそう尋ねているのは大神たちの担任である練井晶子であった。 「い、いやあ見てないですよ。あいつらどこ行ったんでしょうね!」  瀬賀はベッドから飛び起き、姿勢を正して練井と対面する。カストロビッチは自分と練井の扱いの差に呆れながら肩をすくめていた。 「あの子たち昼からずっといなかったんですよ……。五時限目の私の授業も出てきませんでしたし……私、心配で心配で……あの子たちに何かあったらと思うと……」  練井は目に涙を浮かべ肩を震わせている。どうやら本気で心配しているようだ。瀬賀はそんな練井を放ってはおけなかった。 「今、有葉くんと清純さんと雨申くんも探してくれてます……。下駄箱に靴が残ってるから学内にいると思うんですけど……瀬賀先生何か知りませんか?」 「いやあ、見てないですね。俺も一緒に探します。任せてください!」 「現金な人だなぁ、瀬賀先生」 「うるせえ。いいからお前も手伝えよイワン」 「俺は最初から探してますよ。春部のやつも千乃ちゃんについてってグダグダ文句言いながらも探し回ってるみたいですし」  瀬賀は春部がうんざりしながら有葉のあとをついていく姿が容易に想像できた。有葉が関わっていなければまず春部はこういうことをしないであろう。 「じゃあ行きましょうか練井先生」 「……はい。ありがとうございます」 瀬賀は革ジャンを着込んで保健室を飛び出た。 「はぁ。なんで私がこんなことしないといけないのよ」  誰に言うでもなくそう呟き、金色に染まる空を見ながら春部里衣は大きく溜息をつく。放課後は有葉と一緒に買い食いしたりして楽しい放課後ライフを楽しもうとしていたのだが、どういうわけかクラスメイトの大神とショコラが昼から教室に戻ってはこず、彼女たちを探すはめになってしまったのである。 「何か言った~? 春ちゃん」  有葉は率先して彼女たちを探そうと言いだし、今もゴミ箱の中を調べているようであった。有葉を置いて帰ることなんて春部にできるわけがなく、仕方なくつきあっているようである。 「なんでもないわ。ってさすがにあのチビもそんなところに入れないと思うわよ千乃……」  有葉と春部は校舎裏付近を捜しまわっていた。だがやはりどこにも彼女たちの姿は見えない。どこに行ってしまったのだろうかと有葉は心配そうである。 「いないね……どうしちゃったんだろ」 「大方二人でケンカしてどっかで倒れてるんじゃないのかしらね。バカだから後先考えなさそうだし」  二人はそう話しながらとにかくしらみつぶしに探しまわる。  そしてふと、人のいないはずの校舎裏から人の声が聞こえてきた。 「まったくあの犬女とクソガキはすげー笑えたな」  犬娘とクソガキという単語に反応し、春部はその声のするほうへと聞き耳を立てる。その声は校舎裏の角を曲がったところから聞こえてきて、女のようであるが妙にドスがきいているようだ。  ふっとその角から顔を少しだけ覗かせ、春部はその先にいる人物たちを見た。 「だよなー。今頃ぴーぴー泣いてるんじゃねーの。ざまーみろだよ」 「あいつらに邪魔されたからようやくここで一服できますね竹沢さん」  そこには二年で有名な不良の竹沢という女子が、十人ほどの子分たちを従えてタバコをふかしていたのだ。 (犬女とクソガキってまさか……。こいつらが――)  間違いないであろう、それは大神とショコラのことだ。そう思い春部は彼女たちから話を聞こうかと思っていた。 「ねー。みんなショコちゃんとワンちゃんがどこにいるのか知りませんかー?」  だが、その前にあろうことか有葉が彼女たちのところへ行き、そう尋ねていた。相変わらずニコニコと笑っており、状況を理解していないようである。 「んだぁ、このちっこいのは」  またもや喫煙タイムを邪魔されたことに怒りを覚えた竹沢は、ぎろりと有葉を睨みつけた。だが有葉はまったく動じていない――というか気にしていないようである。 「狼の耳が生えてる女の子と、金髪ふわふわーの女の子なんですけどぉ~」 「知るかよ、うっとおしいチビだな……」 「ちょっと千乃! 行くわよ!」  春部は慌てて駆け寄り、有葉を抱きかかえる。だがそんな春部を見た竹沢たちはにやりと笑っていた。 「誰かと思ったらH組の春部じゃねーか。ってことはそのちっこいのが噂の有葉千乃か……」  ぎろりと竹沢は春部を睨みつける。竹沢は春部のことを疎ましく思っている人間の一人であった。彼女は男のくせに女の格好をしている有葉も同じように嫌っている。 「なによ」 「別に。ただよくそんな変態といつも一緒にいるよな。感心するぜ」  竹沢はニヤニヤと笑い、手に持っていた金属バットを肩に担ぐ。それを合図に子分たちも立ちあがり、それぞれ手に持った凶器を構え始めた。鉄パイプにダンベルにシャベルにバールのようなものをそれぞれ手に持っている。 「……千乃が変態ですって? これは芸術よ。美しい、可愛い存在なら何を着ても許されるのよ。あんたたちのその無駄に長いスカートや短くカットされてる制服やバツの字が書かれたマスクとかのほうがよっぽど変態ね」 「んだとてめえ!」 「それよりあんたたちがバカ犬と金髪どチビをどっかにやったんでしょ。白状しなさいよ。私だって早く帰りたいんだから」  春部にそう言われても、竹沢たちは白を切るように肩をすくめているだけであった。 「それを聞きたかったら力づくで答えさせてみろよネコ女! 大体てめーは昔から気に食わなかったんだよ!!」  そう叫び、竹沢たちは春部へと向かってきた。 [[後編へすすむ>【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:後編】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/2355]] [[前編へもどる>【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:前編】]] (もう、なんで瀬賀先生はこんなチビと夫婦なんかに……)  大神は瀬賀のことで頭がいっぱいであった。  出席をとり、授業が始まったあともずっと瀬賀のことを考えているようである。机に頬づえをつきながらぽーっと頬を赤く染め、愛しい人を想う時間は何よりも幸福であろう。だがいつもと違い、ショコラという異物が自分と瀬賀の関係の間に入ってきたことで、やはり大神は気分が良くなかった。  自分はいつも瀬賀にアタックして、それでも振り向いてもらえなかったのに――それなのに昨日今日やってきた少女にすべてを奪われてしまったようで、大神は心から悲しんでいた。 (私は、あの時からずっと――)  大神は初めて瀬賀と出会ったころのことを思い出していた。  彼女がまだこの学園に来る前、ある事情により人狼族の集落で大神は重傷を負い、死の際をさまよっていた。だが、そんな彼女を救いだしてくれたのが瀬賀であった。  大神にとって瀬賀は命の恩人であった。医療関係者の瀬賀としては当たり前の行為であったが、それでも大神は今の自分があるのは瀬賀のおかげだと思っている。  それ以来彼女は瀬賀のことが好きで好きでしょうがなくなってしまったようだ。 (きっと瀬賀先生は覚えてないんだね) 「――神」 (あの時あたしが――) 「大神!」 「は、はい!」  突然名前を呼ばれ、大神は席を立って大声で返事をした。なんだろうかと教壇へ視線を向けると、イライラしたように数学教師の字元がこちらを睨んでいる。どうやら今は数学の授業の時間なのだと理解する。 「おい大神。私の授業でぼーっとするなんていい度胸じゃないか。それだけ余裕なんだな。じゃあこの問の三を黒板の前で解いてもらおうか」  字元はメガネをしきりにくいくいっと上げ、ゴゴゴという怒りをあらわす擬音が後ろに見えるようだ。大神は慌てて机の上の教科書とノートを手に取るが、それは一時限目の国語のものであった。数学の授業は四時限目だ。いったいいつから自分はぼーっとしてたんだろう。またバカにされるんじゃないかとちらりとショコラのほうを見るが、ショコラはよだれをたらしながら爆睡してしまっている。その大胆さに思わず大神はすっ転びそうになった。 「ちょ、ちょっとチビ吸血鬼! 字元せんせー! あたしよりもこいつのほうが――!」 「そいつはもう諦めた。というかこの吸血鬼はまず九九から教えんとダメだ。バカ過ぎて話にならん。いいから前でてこい」 「ううー。ひーき!」  結局大神は問題が解けず、笑い物になってしまったが、ようやく苦痛な数学の時間が終わり、昼のチャイムが鳴り響いた。 「よし。今日はこれくらいで勘弁してやる。ちゃんと宿題やってこいよ」  字元はそう言って教室をあとにし、大神は地獄から解放されたかのように安堵の表情を浮かべた。 (よーし。昼は瀬賀先生と一緒に食べようかな♪ 朝は全然お話しできなかったし)  気合いを入れるように両拳をぐっと握り、大神はがたりと席を立つ。だが隣にいたショコラも、チャイムを聞くと同時に席を立ち、まったく同じタイミングで立ちあがってしまったことに二人の間に気まずい沈黙が流れた。 「ちょっと。あんたさっきまであれだけ熟睡しといてお昼にはちゃんと起きるのね。吸血鬼のくせに」  大神はそうショコラに嫌味を言ってやるが、彼女お腹が突然ぐるるるると鳴ってしまい、赤面しながら慌ててお腹を押さえるがもう遅かった。ショコラはにやにやと笑っている。 「ふふん。お主こそずいぶんとがっついておるではないか。やはり人狼族はいやしい種族じゃの」 「あー! 種族差別よ! 差別! 双葉学園には差別はあっちゃダメなのよ! そんなこと言うと黒マントのピエロがすっ飛んで来るわよ!」 「ワンワンワンとうるさいのう。少しは静かにするのじゃ」  二人の間にはまたもや火花が散っているようである。そんな二人の方へ、空気をまったく読んでいない有葉がちょこちょこと近寄ってきた。 「ねーショコちゃん。ワンちゃん。一緒にご飯食べ行こうよぉー」  そう言う有葉の後ろには、カストロビッチと、がっくりと肩を落としている春部の姿も見えた。だが二人は、 「ごめんね千乃ちゃん。昼は瀬賀せんせーと一緒に食べようと思うの」 「すまんのチノ。昼はアルの血を飲もうと思うのじゃ」  そう同時に言い、ばっと顔を見合わせた。 「ちょっと。いい加減にしなさいよ。瀬賀先生を貧血にする気? ちょっとは遠慮しなさいよこのチビ吸血鬼!」 「何を言うか。それがわしとアルとの契約じゃ。そのためにわしはアルに尽くしておるのじゃからな。炊事洗濯に、夜のご奉仕(子守唄)ものう」 「うう、あたしだってそのくらいできるもん! ……料理はできないけど。でもでも、あんたなんかよりずっとあたしのがいい身体してるんだもん!」  二人はそう言いあいながら睨み合っているが、会話がぴたりと止まった瞬間、弾けるようにその場から走り始め、ぽかんとしていた有葉の横を通りすぎ、そのまま教室から飛び出していった。 「ちょっと、ついてこないでってば! あたしと瀬賀先生の幸せな一時を邪魔しないで!」 「ふん。お主こそ。わしは保健室に行くんじゃ。大体朝お主が邪魔をするから悪いんじゃぞ。おかげでわしは腹ペコじゃわい」  さすがは吸血鬼と人狼と言うべきか、言い争いながらも二人は凄まじいスピードで廊下を駆けていく。時折走りながら殴ったり蹴り合ったりしているため、他の生徒のいい迷惑である。 「このぉ! いい加減にしなさいよチビ!」 「それはこっちの台詞じゃ!」   二人の疾走しながらのケンカはどんどん激しくなり、もはや二人の意識はケンカに向いているためどこを走っているのかわからなくなってきている。しかし二人はバカなのでそのことにまったく気付けないでいた。  途中なぜか帯刀している風紀委員長に「廊下を走るな!」と怒鳴られたが、それすらも耳に入らずにひたすら走っていく。 「ああ、もう駄目。お腹減っちゃった……」 「だめじゃぁ……血が足りん……」  そう言って二人は突然失速し、がくりと膝をついて息を切らしていた。どうやら大神は空腹で、ショコラは朝飲んだ血の効力が消えてしまったようで、全力を出すことができなくなってしまったようである。 「はぁ……はぁ……。なんでご飯食べるのにこんな苦労しなくちゃいけないのよ」 「余計空腹になるだけじゃ……。ふらふらしてきたわい。お主のせいじゃぞ犬っころ」 「何よ、大体あんたが――って、ちょっとまって。ここどこ?」  ようやく周囲の景色が学内と違うことに気付き、大神は周りをぐるりと見まわした。そこはもう使われなくなっている旧体育館の体育倉庫であった。ケンカすることに集中しすぎて、どうやらこんなところまで来てしまったらしい。 「ぬう。ここはどこじゃ犬っころ。わしは来たことないぞ」 「まあ転校生のあんたじゃ知らないでしょ。まったく。あんたなんかに関わるからこんなところへ来ちゃうのよ」  やれやれとわざとらしく溜息をつき、大神はショコラを睨んだ。だがショコラはそれを意にも介さず物珍しそうに旧体育館を眺めている。その瞳の輝きはまるで街徘徊を探検と称する幼稚園児のようである。 「お化け屋敷みたいじゃの!」  ショコラはなぜか楽しそうに手を上げ、キラキラとした目で大神を見つめてきた。 「お化け屋敷じゃないわよ。旧体育館! まあお化けが出るとか変なうわさ話が多いけど……って、だいたいあんたお化け屋敷が珍しいの? 吸血鬼なのに?」 「吸血鬼だからじゃ。わしの国では幽霊もモンスターもクラシックなものばかりでな。どうにも怖くなくてのう。日本の幽霊や妖怪にわしは興味あるのじゃ」 「クラシックモンスター代表の吸血鬼が良く言うわよ。だいたい自分がモンスターなんだから何見ても怖くないでしょ?」 「クラシックモンスターはお主も一緒であろう。もっとも、狼男は吸血鬼やフランケンに比べるとマイナーじゃがのう。やはり吸血鬼が一番じゃな!」 「何よ、吸血鬼なんてむしろ飽和状態じゃない。珍しくともなんともないわ」 「ふん。なんとでも言っておれ。とにかくわしはこの旧体育館が気に入った。面白そうじゃ、ゆくぞワン公」  そう言ってショコラは手招きをしていた。 「は? マジありえないし! なんであたしがついてかなきゃいけないの!」 「なんじゃお主怖いのか? 犬なのにチキンなのか?」 「うっさいバーカ、この……バーカ!」  大神は強がってそう言うが、その足はかすかに震えているようだ。実際大神はすぐに引き返したかったが、ショコラが勝手に奥へ進んでしまい、一人で来た道を戻るのが恐ろしく、その後をついていく。  どうやらこの二人は当初の目的をすっかり忘れてしまっているようだ。 しかしその体育倉庫の角から煙がもくもくと上がっているのを二人は見つけた。ショコラは不思議そうにそれを見ていたが、大神はさっと顔を青くする。 「うそ、まさか火事……!!」  大神はすぐに最悪の事態を想像し、恐怖で身がすくんだ。もし本当に家事なら大変だ。火が旧体育館に映ったら大惨事である。 「ちょっと、チビ。見に行くわよ」  大神は恐る恐るショコラの背に隠れるようにして、その角の向こうへ行くように促した。そうして二人がひょっこりと体育倉庫の角から顔を覗かせると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。 「へ?」  そこには幽霊よりも怪物よりも妖怪よりも恐ろしいものがいたのである。 「ああん、なんだおめーら。何見てんだよ」  そこには、不良たちがいた。しかも十人ほど。 (う、うそでしょ~~~~~~~!)  これならお化けなどのほうがどれだけましだっただろうか。大神は涙目になりながらぎゅっとショコラの肩を強く掴んでいる。  どうやら火事だと思ったその煙はタバコの煙であったようだ。不良と言ってもそこにいるのは全員女子である。ガラの悪い格好をして、全員そこでタバコをふかしていた。どこからどうみても不良である。  不良女子たちは大神たちに気付き、舌打ちをしてこちらに近寄ってきた。 「ちょ、ちょっとチビ。逃げるわよ!」 「なぜじゃ。何から逃げるのじゃ?」  クエスチョンマークを頭に浮かべているショコラを、大神はガクガクと必死に揺すっているが、そうしているうちに不良の親玉がその目の前に立った。 「あ、お前H組の犬女。それにそっちのガキは例の転校生か」  口にくわえているタバコの火が顔に付きそうなほどに近い距離で、不良はそう睨んできた。ようやくそれで大神はその不良が、二年のすけ番の親玉である竹沢だと理解した。竹沢は髪の毛を紫に染め、眉をそっていて恐ろしい顔立ちをしている。彼女は大神のようなちゃらちゃらして、男に媚びているような女が大嫌いだということを大神は知っていた。 「あ、あの。竹沢さん……。大丈夫ですよ、あたしたちこのこと言いませんから……」  大神は無理に笑顔を作りそう言うが、竹沢は恐ろしい顔のままである。 (ううー。怖いよぉ。助けて瀬賀先生……里衣ちゃん……!)  早く学校へ戻りたい。こんなことになったのも全部ショコラのせいだと恨めしそうに大神はショコラを睨むが、ショコラはまったく表情を変化させず、竹沢の顔を見上げていた。 「ああ? なんだクソガキ。アタシの顔になんかついてんのか?」  竹沢はタバコの煙をふうっと吐き、ショコラの顔に吹きかけた。するとショコラは竹沢が手に持っていたタバコを思い切りはたいて地面に落してしまった。 「ちょ、バカ!」 「クソガキ、何しやがる!」  竹沢は眉間に皺を寄せ、大声で怒鳴るが、むしろショコラは誇らしげに腰に手を当てて怒鳴り返した。 「タバコは二十歳《はたち》になってから!」 そんなショコラの背景からばばーんという効果音が聞こえてきそうである。そのあまりに正論で、あまりに堂々とした言葉に、一瞬その場が凍りつく。  大神は顔を青ざめさせているが、竹沢はぷっと笑い、やがて大声で笑い始めた。それにつられて他の不良女子たちも盛大に笑い始める。 「なんじゃ。なにがおかしい」  不良たちに笑われてショコラは首をかしげていた。だが、竹沢は唐突に笑うのをぴたりと止め、ショコラの胸倉を掴み上げる  竹沢は背が大きく、ショコラは完全に地面から足が浮いてしまっている。 「なめるなよクソガキ。そんなことは百も承知なんだよ」  竹沢は鬼のような形相でショコラを睨みつける。だが、それでもショコラは一切動じてはいなかった。 「触るな下郎。わしは偉大なるロックベルトの吸血鬼の末裔じゃぞ!」  竹沢に負けじと、ショコラはその青い瞳でキッと睨み返していた。そのあまりに威風堂々としているショコラの言葉に、竹沢は少しだけ驚いていたようである。 「ちっ……。生意気なガキだ。お仕置きが必要だな、おい!」  竹沢は子分たちに呼びかけ、体育倉庫の扉を開かせていた。そしてそのままショコラの身体を担ぎあげ、開かれた体育倉庫の中へと放り投げてしまった。 「ち、チビ吸血鬼!」  大神は慌てて体育倉庫の扉に近寄り、そこから中を覗く。ショコラは痛そうに尻もちをつきながら、体育倉庫の中で「何するのじゃ!」と怒鳴っていた。 「おいバカ女。お前もこの中に入れ」  そんな大神を竹沢はドスのきいた声でそう促す。空腹状態の今の大神では、人狼としての力はほとんど出せない。今の彼女はただの泣き虫の女子高生だ。大神は今この状況で自分が何をできるのか考えていた。恐らくショコラも血が足りず自分と同じように力が出せないのだと悟る。  ならば―― 「ま、待っててよチビ! 今誰か呼んでくるから!」  力がなければ力のある人間に頼ればいい。それは教師でも、心強い級友たちでもいい。とにかく誰かを呼ばなくては、そう思い大神は走り逃げようとしていた。 「おっと。犬女。友達置いて一人だけ逃げるなんて卑怯じゃないか」  にやり竹沢は笑い、ポケットからゴムボールを取り出した。それを見た瞬間大神はそのボールに目が釘付けになる。 「え?」  身体の動きもぴたりと止まり、大神は竹沢のボールを目で追う。 「ほらよ、取ってこい犬っころ!」 「ワンワンワオーン!!」  竹沢はボールを体育倉庫の中へと投げ込み、大神は正気を失ってそのボールを追いかけて体育倉庫の中へと入っていってしまった。 「あはははは、バーカ! おい、早く閉めちまえ!」  大神は体育倉庫の中に転がったボールをくわえ、嬉しそうに尻尾を振っていた。それを見てショコラは呆れかえっている。だがそうしている間に、体育倉庫の扉は不良女子たちによって閉められてしまった。慌ててショコラは扉の方へと駆け寄るが、時すでに遅く、外側からつっかえ棒でもされたのか、取っ手を引っ張っても扉が開くことはなかった。 「おい! 開けぬか馬鹿者! こんなことをしてただで済むと思っておるのか!!」  がんがんと扉を叩いてみるが、外からは笑い声が聞こえ、その声も段々と遠ざかって行くのがわかった。 「うぬぬぬぬ。閉じ込められたか。卑劣な!」 「――――はっ、あたしは何を!」  ようやく我に返った大神は今自分が置かれている現状をようやく理解したようであった。 「このバカ犬! お主がそんな手に引っ掛かるからじゃ!」 「な、何よ。あたしのせいだって言うの? もとはと言えばあんたが――」  そう叫ぼうとした瞬間、またもや大神のお腹はぐるるるるると大きな音を立ててしまっている。怒鳴る力も無いようで、大神はその場にへたりこんでしまった。 「お腹減ったー! ここから出してよー!」  大神はすんすんと情けなく泣き始め、際限なく零れてくる涙を袖で何度も拭っている。ショコラはそんな大神を見てどうしたものかと腕を組んだ。  この体育倉庫の中に灯りは一切なく、普通の人間からすれば闇に包まれているだけであるが、夜の眷属である吸血鬼のショコラと人狼の大神はこの暗闇の中でも十分に目がきくようで、お互いの顔もよくわかるようである。 「さてどうするかのう……」 「なんとかならないの? あんた吸血鬼でしょ、霧になったりしてその扉の隙間から出たりできないの?」 「無茶を言うでない。わしらロックベルトの吸血鬼は究極の生命力の代わりにそのような吸血鬼の特殊能力は失われておるのじゃ 。お主こそ人狼の馬鹿力でこの扉を破壊してみるのじゃ!」 「無理よ。フルパワーなら出来ると思うけど、空腹状態じゃあたしなんにもできないもん……」 「ふむ。それはわしも同じじゃ。血を飲まなければ力を出すこともできぬ」 「……じゃあ、あたしの血を飲めばいいじゃない」  大神はちらりとショコラの顔を窺うように見る。嫌いな相手に血を飲まれるなんて屈辱だが、わがままを言っている場合ではない。しかし、帰ってきた返事は予想外のものであった。 「嫌じゃ」 「な、なんでよ。あたしが人狼だから? 人狼の血は飲めないって言うの!」  大神は憤慨してそう言うが、闇の中に見えるショコラの表情は茶化しているものではなく、じっとこちらを見つめ、真剣な表情であった。 「そうではない。わしらロックベルトの吸血鬼は、生涯ただ一人の血しか吸わないのじゃ。それがわしらの掟であり、宿命とも言えるものじゃ」 「な、なんでよ……」  その言葉を聞き、大神はなぜショコラが瀬賀を夫呼んでいるのか、少しだけ察した。二人はもう離れることが出来ない関係なのだろう。 「それが人間との契約じゃからじゃ。わしらロックベルトは人間を襲い、生き血を啜る俗な吸血鬼とは違う。無暗に人を襲う吸血鬼は人間側に狩られることになる。これはお互いに共存するためにそう進化を遂げてきた結果じゃ。じゃからこれは破ってはいけない掟なのじゃ」 「ふ、ふうん……」  なんだかよくわからないが、きっとこれはどうしても譲れないことだということが、大神の弱い頭でもよくわかった。だがそれは脱出の手立てがなくなってしまったことも意味する。 「そうだ、ケータイ!」  ふと大神は思いだした。自分は携帯電話を持っているではないか、これなら誰かに連絡をとって助けを呼べるはず。そう思い急いでポケットから携帯電話を取り出す。じゃらじゃらとついているストラップが今は鬱陶しく感じる。顔をほころばせながらぱかりと開いて画面を開く。だが、それはぬか喜びにしかならず、画面を見るとアンテナが一本も立っていなかった。どうやらここは電波の状況が異常に悪いらしい。これではメールも電話も意味がないであろう。 「そ、そんなぁ~~~」  大神は情けない声を上げてがくりと手を地面について項垂れてしまう。 「どうにかしてここから脱出できないものかのう……」  ショコラはぐるりと辺りを見回す。あたりにあるのは体育の授業で使うごく一般的なものしか置いていない。そもそもほとんどの備品が新体育館のほうへ移されていて、ここにあるのは錆びたハードルや、朽ちかけている跳び箱や汚らしいマットくらいしかなかった。これらのものを扉にぶつければ壊れるかと思ったが、そもそも今の彼女たちではそれらも持ち上げることさえ苦労するであろう。 「無理よ……きっとあたしたちはここで死んじゃうんだわ。きっとミイラになっちゃうの……」  大神はボロボロと涙を流しながら、膝を抱えて体操座りをして顔を伏せている。頭から生えている狼の耳は元気なく垂れ下がっていた。 「ふう、わしももう限界じゃ……」  さきほど大神とケンカしたせいかショコラも体力が無くなったのか、扉に背中をつけながらずるずると腰を下ろしていった。  気まずい沈黙が二人の間に流れる。  大神は相変わらず嗚咽交じりに泣いており、時たま鼻をすする音が聞こえてくるだけである。 「おいワンコ。これからどうするつもりじゃ。ずっとこのままここにいてもどうしようもないぞ」 「仕方ないでしょ。あたしたちに出来ることなんてないよ。助けが来るのを待つしかないの。うう、ぐす……。だいたいこんなことになったのも全部あんたが……えぐえぐ……」  大神はもう罵る言葉も出てこないようで、寒々とした体育倉庫の片隅で震えているだけである。  さすがのショコラも困ったようで、ふうっと溜息をつき、ぼんやりと暗闇の天井を見つめた。 「……まいったのう」  ※ ※ ※  平和だ。  瀬賀は昼休みに大神もショコラもやってこないことに感謝し、束の間の平穏を満喫していた。ベッドの上で眠ったり、ショコラの眼を気にせずにすむのでジーンズのポケットから取り出したゴールデンバットに火をつけ、満ち足りた表情でその煙を吸い込んでいた。そんなことを毎日繰り返していたため保健室の天井はタバコのヤニでどんどん黄色くなっていく。  そうこうしているうちに、保健室の窓からは夕日が差し始め、一日の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いていた。 (ふう、これだよこれ。これが俺の日常だよ)  瀬賀は生徒から取りあげた熟女エロ雑誌を広げなら時間を潰していた。だが、そんな平和は長くは持たず、保健室に入ってきた人物に破られることになった。 「やあ瀬賀先生。相変わらずいい男ですね。おっと、そんな本なんか読んで……。溜まってるなら俺が解消してあげますよ」  そう言って保健室に足を踏み入れてくる人物に瀬賀は視線を向け、頭を抱えた。 「何しに来たスカトロ野郎。お前が保健室に何の用だよ。怪我や病気をするたまには見えねーぞ」  瀬賀はうんざりとしながらその男子生徒、カストロビッチに悪態をついた。彼もまた瀬賀の苦手とする人物である。  カストロビッチは瀬賀の言葉を聞き流しながらきょろきょろと視線を動かし、保健室の中を見つめていた。 「なんだ? なんか探しものか?」 「いや、探し物というか、探し人」 「探し人?」  瀬賀は雑誌をベッドの上に放り、カストロビッチの顔を見る。 「ショコラちゃんとワンコちゃんですよ。昼に二人で教室を出て行ってから午後の授業もさぼって全然戻ってこないんですよ」 「大神とショコラが? いや、見てないぞ。あの二人のことだ、どっかでケンカでもしてんだろ。ほっとけほっとけ」  そう言って瀬賀はしっしと手を振り、カストロビッチを追い出そうとする。 「ひどい人だな先生は」 「あいつらがいないほうが静かでいいだろ。腹減れば戻ってくるんじゃないのか? 犬とガキだぞ」  瀬賀はそう適当に言い、大きくタバコの煙を吐く。だが、保健室の扉から顔を覗かせている新たな人物を見て、瀬賀は慌ててタバコの火を消した。 「あの~……瀬賀先生……。うちのクラスの大神さんとショコラちゃん見ませんでした?」  おずおずと扉の影から顔を出してそう尋ねているのは大神たちの担任である練井晶子であった。 「い、いやあ見てないですよ。あいつらどこ行ったんでしょうね!」  瀬賀はベッドから飛び起き、姿勢を正して練井と対面する。カストロビッチは自分と練井の扱いの差に呆れながら肩をすくめていた。 「あの子たち昼からずっといなかったんですよ……。五時限目の私の授業も出てきませんでしたし……私、心配で心配で……あの子たちに何かあったらと思うと……」  練井は目に涙を浮かべ肩を震わせている。どうやら本気で心配しているようだ。瀬賀はそんな練井を放ってはおけなかった。 「今、有葉くんと清純さんと雨申くんも探してくれてます……。下駄箱に靴が残ってるから学内にいると思うんですけど……瀬賀先生何か知りませんか?」 「いやあ、見てないですね。俺も一緒に探します。任せてください!」 「現金な人だなぁ、瀬賀先生」 「うるせえ。いいからお前も手伝えよイワン」 「俺は最初から探してますよ。春部のやつも千乃ちゃんについてってグダグダ文句言いながらも探し回ってるみたいですし」  瀬賀は春部がうんざりしながら有葉のあとをついていく姿が容易に想像できた。有葉が関わっていなければまず春部はこういうことをしないであろう。 「じゃあ行きましょうか練井先生」 「……はい。ありがとうございます」 瀬賀は革ジャンを着込んで保健室を飛び出た。 「はぁ。なんで私がこんなことしないといけないのよ」  誰に言うでもなくそう呟き、金色に染まる空を見ながら春部里衣は大きく溜息をつく。放課後は有葉と一緒に買い食いしたりして楽しい放課後ライフを楽しもうとしていたのだが、どういうわけかクラスメイトの大神とショコラが昼から教室に戻ってはこず、彼女たちを探すはめになってしまったのである。 「何か言った~? 春ちゃん」  有葉は率先して彼女たちを探そうと言いだし、今もゴミ箱の中を調べているようであった。有葉を置いて帰ることなんて春部にできるわけがなく、仕方なくつきあっているようである。 「なんでもないわ。ってさすがにあのチビもそんなところに入れないと思うわよ千乃……」  有葉と春部は校舎裏付近を捜しまわっていた。だがやはりどこにも彼女たちの姿は見えない。どこに行ってしまったのだろうかと有葉は心配そうである。 「いないね……どうしちゃったんだろ」 「大方二人でケンカしてどっかで倒れてるんじゃないのかしらね。バカだから後先考えなさそうだし」  二人はそう話しながらとにかくしらみつぶしに探しまわる。  そしてふと、人のいないはずの校舎裏から人の声が聞こえてきた。 「まったくあの犬女とクソガキはすげー笑えたな」  犬娘とクソガキという単語に反応し、春部はその声のするほうへと聞き耳を立てる。その声は校舎裏の角を曲がったところから聞こえてきて、女のようであるが妙にドスがきいているようだ。  ふっとその角から顔を少しだけ覗かせ、春部はその先にいる人物たちを見た。 「だよなー。今頃ぴーぴー泣いてるんじゃねーの。ざまーみろだよ」 「あいつらに邪魔されたからようやくここで一服できますね竹沢さん」  そこには二年で有名な不良の竹沢という女子が、十人ほどの子分たちを従えてタバコをふかしていたのだ。 (犬女とクソガキってまさか……。こいつらが――)  間違いないであろう、それは大神とショコラのことだ。そう思い春部は彼女たちから話を聞こうかと思っていた。 「ねー。みんなショコちゃんとワンちゃんがどこにいるのか知りませんかー?」  だが、その前にあろうことか有葉が彼女たちのところへ行き、そう尋ねていた。相変わらずニコニコと笑っており、状況を理解していないようである。 「んだぁ、このちっこいのは」  またもや喫煙タイムを邪魔されたことに怒りを覚えた竹沢は、ぎろりと有葉を睨みつけた。だが有葉はまったく動じていない――というか気にしていないようである。 「狼の耳が生えてる女の子と、金髪ふわふわーの女の子なんですけどぉ~」 「知るかよ、うっとおしいチビだな……」 「ちょっと千乃! 行くわよ!」  春部は慌てて駆け寄り、有葉を抱きかかえる。だがそんな春部を見た竹沢たちはにやりと笑っていた。 「誰かと思ったらH組の春部じゃねーか。ってことはそのちっこいのが噂の有葉千乃か……」  ぎろりと竹沢は春部を睨みつける。竹沢は春部のことを疎ましく思っている人間の一人であった。彼女は男のくせに女の格好をしている有葉も同じように嫌っている。 「なによ」 「別に。ただよくそんな変態といつも一緒にいるよな。感心するぜ」  竹沢はニヤニヤと笑い、手に持っていた金属バットを肩に担ぐ。それを合図に子分たちも立ちあがり、それぞれ手に持った凶器を構え始めた。鉄パイプにダンベルにシャベルにバールのようなものをそれぞれ手に持っている。 「……千乃が変態ですって? これは芸術よ。美しい、可愛い存在なら何を着ても許されるのよ。あんたたちのその無駄に長いスカートや短くカットされてる制服やバツの字が書かれたマスクとかのほうがよっぽど変態ね」 「んだとてめえ!」 「それよりあんたたちがバカ犬と金髪どチビをどっかにやったんでしょ。白状しなさいよ。私だって早く帰りたいんだから」  春部にそう言われても、竹沢たちは白を切るように肩をすくめているだけであった。 「それを聞きたかったら力づくで答えさせてみろよネコ女! 大体てめーは昔から気に食わなかったんだよ!!」  そう叫び、竹沢たちは春部へと向かってきた。 [[後編へすすむ>【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:後編】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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