【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~終編4】

「【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~終編4】」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~終編4】」(2010/02/24 (水) 20:37:05) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

[[ラノでまとめて読む>http://rano.jp/2361]]  一班、二班、三班、そしてレンジャー五班による誘導迎撃が順調に進み、機動七班の百や死斑の奴らがこまめに取りこぼしを拾っている間、慧海は海を見ながら無線機をいじくっていた。  幇緑林《パン・ルーリン》の騎するスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》に跨った慧海は特定の相手を呼び出すクローズ回線で、双葉学園のある重要人物への通信を開くべく頑張っていた。  さっきから何度も電話をかけている、まるでヤンデレっ娘が恋人に電話するみたいに発信を繰り返した後、ヤンデレに巻き込まれるエロゲ主役には決定的に足りないモノを数多く持っている少女が、やっと無線機を取ってくれた。  こんな健気な真似は慧海に将来好きな女…もしかしてそれ以外…が出来た時まで二度と御免だろう。  もしかして慧海にいつか可愛い彼女…それ以外ありえない…が現れた時にはこんなこともまた楽しみになるのかもしれない。 「…おはよう…ございま…」ドサッ  慧海は骨伝導カナル無線機のマイクを喉の声帯上に装着した状態で怒鳴った。 「起きろカンナギ!ご自慢のハナでさっさとデカラルヴァの場所を観桜しやがれ!」  神那岐観古都は学園内の喧騒を余所に、醒徒会棟の一室で誰にも邪魔させぬ趣味であるお昼寝の時間を過ごしていた。 「…すぅ~…」 「寝るな!」  すぐ近くで行われている砲戦の轟音で窓がビリビリと震える中、電話越しに怒鳴られた神那岐観古都はしょうがねぇなといった感じで銀髪を掻きながら、昼寝のお気に入りアイテムである彼女専用のハンモックから起き上がると、おっとり刀で自らの異能、観桜能力の発動準備をはじめた。 昼寝のパジャマ替わりに着ていた巫女服姿で醒徒会棟の屋上にえっちらおっちら登ると、砲声響き火薬の臭い漂う屋根の上で前置きも無く詔を唱え、神楽を舞う。 「♪さ~く~ら~、さ~く~ら~卒業しても変わ~らない~第二ボタンの誓い~」  舞も詔も毎回異なる神那岐観古都の神楽、その能力は広範囲の異能を知覚する"観桜"能力。  中等部の一生徒ながら、本来なら風紀委員長に過ぎない慧海が叩き起こして動かすことなど許されぬ双葉学園の重大人物。 「見えました、この島に花びらを舞わせる桜の木は、ここより牛未未の方角に遥か五百三拾里ほど離れた空の上、三里ほどの高さです」  神那岐観古都と繋がった慧海の無線機に、聞いてるこっちが脱力しそうな声が響き渡る。  さっき慧海が発した怒鳴り声など子供の駄々に等しくなるような破壊力。 「こんなん出ましたけど~♪」  観桜の神楽を舞う神那岐観古都の姿は護衛として傍についた風紀委員会の諜報十班が研究資料として映像に収めたが、その神楽舞には教育的配慮によるモザイクがかけられることとなった。  神那岐観古都が詔で大まかな方位と距離を唱え、神楽舞の中で行った指差しでズビっ!と精密な場所を観桜した地点は、電子課によって座標に変換されて送信されてくる。  ナヴィゲーションソフトに入れたにしては早いと思ったら、電子課のSEが私物の六文儀で指差し方向を測り、距離数値を暗算で変換していた。  少し遅れて届いた表計算ソフトによる検算との誤差は無い。  位置情報を脳内と電子生徒手帳のフォルダに叩き込んだ慧海は手帳の革カバーを閉じると、慧海の前で背を伸ばしたまま騎乗している幇緑林の肩に顔をちょこんと乗せ、話しかける。 「ルー、あたしらも給料分働いてくるか」 「是《シ》(うん)」  幇緑林は友達の肩を叩くように、馬型《スティード》・ラルヴァの腹に布靴の踵を当てた。  紅髭《ホンホー》がニ、三度砂を蹴った後、突然駆け出す。  片腕を幇の胴にしっかりと回した慧海を振りほどかんばかりの急発進。  二人の少女を乗せた漆黒のスティード・ラルヴァは、人工の砂浜を海に向かって駆けていく。  モンゴルの騎馬武者と府中の競馬騎手の中間のような軽い前傾姿勢で漆黒の馬を駆る幇の背後にしっかりと捕まりながら慧海は体を横に傾けると、荒い息ひとつせず草でも食みそうな穏やかな顔のまま疾走《ギャロップ》するスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》の耳に話しかける。 「よ~HO-HO、久しぶりにアレ見せてくれ」  馬の耳に念仏という言葉があるが、この高い知能を有するスティードラルヴァには無用の指図。  紅髭《ホンホー》は既に準備を終えていた。  乾いた砂浜から海水が押し寄せる濡れた砂の上、陸と海の境目を越えた瞬間にこの馬《スティード》ラルヴァの異能は発動した  一歩、紅髭の蹄が波打ち際の砂を蹴る、濡れた砂が逞しい足に掻き上げられて散った。  二歩、寄せる海の水が跳ね飛ばされる。  三歩、浅い海に微かな飛沫が王冠の雫を作る。  四歩、蹄の通った海面に波紋が広がる。  五歩目で水深一メートル少々の海上を駆けた後、スティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》の体が浮き上がった。  見えない階段を駆け上るように高度をぐんぐんと上げていく紅髭、二人の少女を乗せたまま逞しい蒼黒の馬体が強く輝く。  光の中から現れたのは純白の体。  銀色がかった鬣《たてがみ》。  その身を黒から白へと変えたスティード・ラルヴァはその背から白い翼を生やした。  かつてペガサスや千里馬《チョリマ》という名で神話のモチーフにもなったスティード・ラルヴァは、陸上形態から空中形態へと変化した。 「飛《フェイ》」  幇の掛け声と共に、翼を羽ばたかせて上昇する。  紅髭が離陸した南西海岸に隣接した南岸埠頭から逢州等華が慧海に向かって声を上げた。 「おーいデンジャ~、どこ行くんだ~?」   「コンビニ行ってくる~~!」  逢州とコンビを組んでいた神楽二礼も空に向かって「行ってらっしゃいっす~」と手を振る。  スパイラル・ラルヴァの主力が布陣する双葉島南岸の結界は先ほど破られ、抜刀した逢州等華と神楽二礼は背中合わせのまま十数体のスパイラル・ラルヴァに囲まれていた。  二人の少女を乗せて空へ昇る純白の天馬。  飛行能力者の全速上昇を何度か見た異能の生徒たちも、これほどに速く、かつ美しく飛ぶモノなんて見たことない。  白いペガサスがたなびかせる白銀色の鬣《たてがみ》が伸び、馬上の二人を覆い始める。  鬣はほとんど肉眼では目視できない透明度を持つ強固な繭となり、二人を風圧や空気摩擦熱、急上昇による気圧、気温の変化から守った。  繭の中にあっても激しい風切り音は両耳を襲う、雲は凄い速度で前方から後方に飛び去った、体全体でスピードを感じる。  急上昇するスティード・ラルヴァの馬上、幇は久しぶりに二人乗騎《タンデム》する慧海の手に、自分の手を重ねた。 「慧海、怕呀?」(慧海、怖くないか?)  海兵隊時代から慧海を背後に乗せた時、幇緑林が必ず発する決まり文句  怖いなどと口が裂けても言わぬ相手への意味の無い言葉のやりとりだが、パイロットとコ・パイが滑走路上の機中で交わすインカム通信のように、フライト時には必ず互いのコンディションを確認する。  要不要はともかく、幇緑林は自分の体にしっかりとしがみつく慧海の強がる姿が大好きだった。  慧海の心は背中に感じる体温と鼓動でわかる、慧海もまた自分の背から氣を感じ取っているのだろうかと思いながら、慧海の返答を確かめる。 「へ…へへっ、あたしがこないだ乗ったNASAの空飛ぶ鉛筆《ペンシル》に比べればオモチャみたいなもんだぜ」  その言葉を聞いたスティード・ラルヴァは、アメリカ製のロケットになど負けるかとばかりに、上昇速度を増した。  慧海は幇緑林の細く強靭な腰に回した手の力を強め、幇の背中にしっかりとしがみつく、幇の背中に感じる小さな体は震えていない。  幇緑林と慧海と紅髭、相互のインターフェイスとフィードバックに問題がないことを三者は確かめた。    遠くに羽田あたりに行くらしき旅客機が見えたが、パイロットには純白の飛翔体は気流に乗って流れる雲の欠片にしか見えないだろう。  レーダーに反応する金属部分や熱源の無いスティード・ラルヴァ  白い体は空中で最も視認性が低く、ある程度の高度を取れば地上から肉眼で発見するのはまず不可能。  先ほど幇緑林が砂浜で読み上げた座標情報を承知しているらしきスティード・ラルヴァは急上昇で高度を確保した後、巡航を開始した。  旅客機や軍用機の航路が密集する東京湾沖、彼らの邪魔をしない高度を維持しつつ、ほぼ真南に近い方向へと飛んでいく。  幇緑林が離陸前に電子生徒手帳のメール機能と北米航空宇宙局《シャイアン・マウンテン》へのコネで調べた限り、この空域で偵察機や無人機が高高度飛行を行うフライトプランは無い。  対気速度計など無いが、流れる雲の速さと鬣の風防が発する風切り音で大体の速度はわかる、慧海がつい最近乗ったF-35plus複座戦闘機とどっこいのマッハ3少々。  慧海が今まで知っているスティード・ラルヴァHO-HOの速さからすれば、まだまだお散歩程度。  保温性に優れ、軍用の閉鎖呼吸装置のように酸素を透過する特性のある鬣《たてがみ》の繭《まゆ》は短時間ならば零下の高空でもある程度の内部温度と酸素濃度を保てる。  ラルヴァの中には複数の能力を持つ者も居ると聞くが、このスティード・ラルヴァの能力はただひとつ「高機動」  地球という三次元空間における、線で構成される二次元的移動を自在に行う能力を人間の騎乗によって発揮する。  天駆けるスティード・ラルヴァが自分と一心同体の存在として選んだのは、かつて馬と鋼で地を統べた者の末裔、満州馬賊の幇緑林。  幇もまた己が身を預ける無二の愛馬として、いかなるものにも敗ることのないスティード・ラルヴァを騎した。  そして自らを黒き者と名乗る少女、幇緑林は共に生き、黒を共有する証として紅髭という名をプレゼントした。  幇緑林がアメリカから日本に来る時も紅髭で空を渡ればさほど時間はかからなかったが、彼女達の能力を知り、命を狙うべく待ち伏せていた色んな機関の裏をかくために民間航空機で日本入りした  神那岐観古都によって観桜された、スパイラル・ラルヴァの母種が存在する太平洋公海上一万二千mの座標地点。  紅髭《ホンホー》は一部が変数で表示されていた目標の経度、緯度、そして高度数値に対応できるように、高度に余裕を持って接近していった。  全ての生ける者にとってとても愚かな、そして最も付き合いの長い営みを成すために、天空の騎兵が空と宇宙の境目を駆けていく。  これから始まる戦いという行為がとても狭い範囲でほんの短い間のみ有効なひとつの答えを出す。  人間、動物、植物、そして一部の人間が勝手にラルヴァと名づけた生物群。  地球という多様な生命が息づく惑星でこの空を制し、この地を統べるのはヒトか馬《スティード》か、あるいはスパイラルか。  【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~終編】おわり。   完結編に続く。
[[ラノでまとめて読む>http://rano.jp/2361]]  一班、二班、三班、そしてレンジャー五班による誘導迎撃が順調に進み、機動七班の百や死斑の奴らがこまめに取りこぼしを拾っている間、慧海は海を見ながら無線機をいじくっていた。  幇緑林《パン・ルーリン》の騎するスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》に跨った慧海は特定の相手を呼び出すクローズ回線で、双葉学園のある重要人物への通信を開くべく頑張っていた。  さっきから何度も電話をかけている、まるでヤンデレっ娘が恋人に電話するみたいに発信を繰り返した後、ヤンデレに巻き込まれるエロゲ主役には決定的に足りないモノを数多く持っている少女が、やっと無線機を取ってくれた。  こんな健気な真似は慧海に将来好きな女…もしかしてそれ以外…が出来た時まで二度と御免だろう。  もしかして慧海にいつか可愛い彼女…それ以外ありえない…が現れた時にはこんなこともまた楽しみになるのかもしれない。 「…おはよう…ございま…」ドサッ  慧海は骨伝導カナル無線機のマイクを喉の声帯上に装着した状態で怒鳴った。 「起きろカンナギ!ご自慢のハナでさっさとデカラルヴァの場所を観桜しやがれ!」  神那岐観古都は学園内の喧騒を余所に、醒徒会棟の一室で誰にも邪魔させぬ趣味であるお昼寝の時間を過ごしていた。 「…すぅ~…」 「寝るな!」  すぐ近くで行われている砲戦の轟音で窓がビリビリと震える中、電話越しに怒鳴られた神那岐観古都はしょうがねぇなといった感じで銀髪を掻きながら、昼寝のお気に入りアイテムである彼女専用のハンモックから起き上がると、おっとり刀で自らの異能、観桜能力の発動準備をはじめた。 昼寝のパジャマ替わりに着ていた巫女服姿で醒徒会棟の屋上にえっちらおっちら登ると、砲声響き火薬の臭い漂う屋根の上で前置きも無く詔を唱え、神楽を舞う。 「♪さ~く~ら~、さ~く~ら~卒業しても変わ~らない~第二ボタンの誓い~」  舞も詔も毎回異なる神那岐観古都の神楽、その能力は広範囲の異能を知覚する"観桜"能力。  中等部の一生徒ながら、本来なら風紀委員長に過ぎない慧海が叩き起こして動かすことなど許されぬ双葉学園の重大人物。 「見えました、この島に花びらを舞わせる桜の木は、ここより牛未未の方角に遥か五百三拾里ほど離れた空の上、三里ほどの高さです」  神那岐観古都と繋がった慧海の無線機に、聞いてるこっちが脱力しそうな声が響き渡る。  さっき慧海が発した怒鳴り声など子供の駄々に等しくなるような破壊力。 「こんなん出ましたけど~♪」  観桜の神楽を舞う神那岐観古都の姿は護衛として傍についた風紀委員会の諜報十班が研究資料として映像に収めたが、その神楽舞には教育的配慮によるモザイクがかけられることとなった。  神那岐観古都が詔で大まかな方位と距離を唱え、神楽舞の中で行った指差しでズビっ!と精密な場所を観桜した地点は、電子課によって座標に変換されて送信されてくる。  ナヴィゲーションソフトに入れたにしては早いと思ったら、電子課のSEが私物の六文儀で指差し方向を測り、距離数値を暗算で変換していた。  少し遅れて届いた表計算ソフトによる検算との誤差は無い。  位置情報を脳内と電子生徒手帳のフォルダに叩き込んだ慧海は手帳の革カバーを閉じると、慧海の前で背を伸ばしたまま騎乗している幇緑林の肩に顔をちょこんと乗せ、話しかける。 「ルー、あたしらも給料分働いてくるか」 「是《シ》(うん)」  幇緑林は友達の肩を叩くように、馬型《スティード》・ラルヴァの腹に布靴の踵を当てた。  紅髭《ホンホー》がニ、三度砂を蹴った後、突然駆け出す。  片腕を幇の胴にしっかりと回した慧海を振りほどかんばかりの急発進。  二人の少女を乗せた漆黒のスティード・ラルヴァは、人工の砂浜を海に向かって駆けていく。  モンゴルの騎馬武者と府中の競馬騎手の中間のような軽い前傾姿勢で漆黒の馬を駆る幇の背後にしっかりと捕まりながら慧海は体を横に傾けると、荒い息ひとつせず草でも食みそうな穏やかな顔のまま疾走《ギャロップ》するスティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》の耳に話しかける。 「よ~HO-HO、久しぶりにアレ見せてくれ」  馬の耳に念仏という言葉があるが、この高い知能を有するスティードラルヴァには無用の指図。  紅髭《ホンホー》は既に準備を終えていた。  乾いた砂浜から海水が押し寄せる濡れた砂の上、陸と海の境目を越えた瞬間にこの馬《スティード》ラルヴァの異能は発動した  一歩、紅髭の蹄が波打ち際の砂を蹴る、濡れた砂が逞しい足に掻き上げられて散った。  二歩、寄せる海の水が跳ね飛ばされる。  三歩、浅い海に微かな飛沫が王冠の雫を作る。  四歩、蹄の通った海面に波紋が広がる。  五歩目で水深一メートル少々の海上を駆けた後、スティード・ラルヴァ紅髭《ホンホー》の体が浮き上がった。  見えない階段を駆け上るように高度をぐんぐんと上げていく紅髭、二人の少女を乗せたまま逞しい蒼黒の馬体が強く輝く。  光の中から現れたのは純白の体。  銀色がかった鬣《たてがみ》。  その身を黒から白へと変えたスティード・ラルヴァはその背から白い翼を生やした。  かつてペガサスや千里馬《チョリマ》という名で神話のモチーフにもなったスティード・ラルヴァは、陸上形態から空中形態へと変化した。 「飛《フェイ》」  幇の掛け声と共に、翼を羽ばたかせて上昇する。  紅髭が離陸した南西海岸に隣接した南岸埠頭から逢州等華が慧海に向かって声を上げた。 「おーいデンジャ~、どこ行くんだ~?」   「コンビニ行ってくる~~!」  逢州とコンビを組んでいた神楽二礼も空に向かって「行ってらっしゃいっす~」と手を振る。  スパイラル・ラルヴァの主力が布陣する双葉島南岸の結界は先ほど破られ、抜刀した逢州等華と神楽二礼は背中合わせのまま十数体のスパイラル・ラルヴァに囲まれていた。  二人の少女を乗せて空へ昇る純白の天馬。  飛行能力者の全速上昇を何度か見た異能の生徒たちも、これほどに速く、かつ美しく飛ぶモノなんて見たことない。  白いペガサスがたなびかせる白銀色の鬣《たてがみ》が伸び、馬上の二人を覆い始める。  鬣はほとんど肉眼では目視できない透明度を持つ強固な繭となり、二人を風圧や空気摩擦熱、急上昇による気圧、気温の変化から守った。  繭の中にあっても激しい風切り音は両耳を襲う、雲は凄い速度で前方から後方に飛び去った、体全体でスピードを感じる。  急上昇するスティード・ラルヴァの馬上、幇は久しぶりに二人乗騎《タンデム》する慧海の手に、自分の手を重ねた。 「慧海、怕呀?」(慧海、怖くないか?)  海兵隊時代から慧海を背後に乗せた時、幇緑林が必ず発する決まり文句  怖いなどと口が裂けても言わぬ相手への意味の無い言葉のやりとりだが、パイロットとコ・パイが滑走路上の機中で交わすインカム通信のように、フライト時には必ず互いのコンディションを確認する。  要不要はともかく、幇緑林は自分の体にしっかりとしがみつく慧海の強がる姿が大好きだった。  慧海の心は背中に感じる体温と鼓動でわかる、慧海もまた自分の背から氣を感じ取っているのだろうかと思いながら、慧海の返答を確かめる。 「へ…へへっ、あたしがこないだ乗ったNASAの空飛ぶ鉛筆《ペンシル》に比べればオモチャみたいなもんだぜ」  その言葉を聞いたスティード・ラルヴァは、アメリカ製のロケットになど負けるかとばかりに、上昇速度を増した。  慧海は幇緑林の細く強靭な腰に回した手の力を強め、幇の背中にしっかりとしがみつく、幇の背中に感じる小さな体は震えていない。  幇緑林と慧海と紅髭、相互のインターフェイスとフィードバックに問題がないことを三者は確かめた。    遠くに羽田あたりに行くらしき旅客機が見えたが、パイロットには純白の飛翔体は気流に乗って流れる雲の欠片にしか見えないだろう。  レーダーに反応する金属部分や熱源の無いスティード・ラルヴァ  白い体は空中で最も視認性が低く、ある程度の高度を取れば地上から肉眼で発見するのはまず不可能。  先ほど幇緑林が砂浜で読み上げた座標情報を承知しているらしきスティード・ラルヴァは急上昇で高度を確保した後、巡航を開始した。  旅客機や軍用機の航路が密集する東京湾沖、彼らの邪魔をしない高度を維持しつつ、ほぼ真南に近い方向へと飛んでいく。  幇緑林が離陸前に電子生徒手帳のメール機能と北米航空宇宙局《シャイアン・マウンテン》へのコネで調べた限り、この空域で偵察機や無人機が高高度飛行を行うフライトプランは無い。  対気速度計など無いが、流れる雲の速さと鬣の風防が発する風切り音で大体の速度はわかる、慧海がつい最近乗ったF-35plus複座戦闘機とどっこいのマッハ3少々。  慧海が今まで知っているスティード・ラルヴァHO-HOの速さからすれば、まだまだお散歩程度。  保温性に優れ、軍用の閉鎖呼吸装置のように酸素を透過する特性のある鬣《たてがみ》の繭《まゆ》は短時間ならば零下の高空でもある程度の内部温度と酸素濃度を保てる。  ラルヴァの中には複数の能力を持つ者も居ると聞くが、このスティード・ラルヴァの能力はただひとつ「高機動」  地球という三次元空間における、線で構成される二次元的移動を自在に行う能力を人間の騎乗によって発揮する。  天駆けるスティード・ラルヴァが自分と一心同体の存在として選んだのは、かつて馬と鋼で地を統べた者の末裔、満州馬賊の幇緑林。  幇もまた己が身を預ける無二の愛馬として、いかなるものにも敗ることのないスティード・ラルヴァを騎した。  そして自らを黒き者と名乗る少女、幇緑林は共に生き、黒を共有する証として紅髭という名をプレゼントした。  幇緑林がアメリカから日本に来る時も紅髭で空を渡ればさほど時間はかからなかったが、彼女達の能力を知り、命を狙うべく待ち伏せていた色んな機関の裏をかくために民間航空機で日本入りした  神那岐観古都によって観桜された、スパイラル・ラルヴァの母種が存在する太平洋公海上一万二千mの座標地点。  紅髭《ホンホー》は一部が変数で表示されていた目標の経度、緯度、そして高度数値に対応できるように、高度に余裕を持って接近していった。  全ての生ける者にとってとても愚かな、そして最も付き合いの長い営みを成すために、天空の騎兵が空と宇宙の境目を駆けていく。  これから始まる戦いという行為がとても狭い範囲でほんの短い間のみ有効なひとつの答えを出す。  人間、動物、植物、そして一部の人間が勝手にラルヴァと名づけた生物群。  地球という多様な生命が息づく惑星でこの空を制し、この地を統べるのはヒトか馬《スティード》か、あるいはスパイラルか。  【danger zone6~黒白黒~hei bai hei~終編】おわり。   完結編に続く。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。