【神託】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/2473]]  神託  昼休み、留学生のン・ダニーヌ・ルレルリリリ・クム・エムオレイト(以下長いのでエムオと呼ぶことにする)は高等部の中庭の芝生に座り込みながら、大きな溜息をついていた。  堀の深い顔立ちに、青色の瞳をもつ彼は高校生というよりは、まるで映画俳優に見える。だがその表情からは疲れの色が伺え、時たま手で頭を押さえていた。  彼の母国はクヌト共和国と言い、とても小さな国だが内戦が絶えない。  エムオが日本の双葉学園に留学を始めた一年後、クヌト共和国の内戦はさらに過激なものになっていき、恐ろしく酷い状況なのだという。母国がそのような状態になってしまい、エムオはもう勉強どころではない。  母国に残した家族が心配なエムオは、近々クヌト共和国に戻ることになっていた。  自分を育ててくれた母、過労で年々痩せ細っていく父、そしてまだ幼い弟妹たち。異能を見出され、日本の双葉学園に留学が決まった時、家族たちは自分を快く見送ってくれた。自分たちの国にいては勉学に励むのも難しい。だから遠い異国である日本の学校、しかも特殊な子供たちを集めている特殊な学校となれば母も父も大喜びであった。クヌト共和国にはまだ日本の双葉学園や先進国の異能機関のようなものはない。ゆえにクヌト共和国の異能者は、希望する者に限り先進国の異能機関の所属できることになっている。  そうしてエムオは日本にやってきたのだ。  そのことについては後悔していない。  日本の学校の授業は楽しいし、何より自分の身になっていくのが実感でき、それはとても有意義であった。生徒たちもエムオに優しく接し、たくさんの友人が彼にはできた。  刺激的な娯楽や生活に行き届いた施設等、それはクヌト共和国には無いものであった。ラルヴァ討伐の任務にでも出ない限りはここ以上に安全なところもないだろう。日本は平和の国だと聞いていたが、それは本当のようであった。  しかし、それでも家族のもとへ帰らなければならない。  名残惜しいが家族の身に危険が及ぶ可能性があるなら、長男である自分がいなければならないだろう。そう考えエムオは帰国を決意した。  異能と言ってもスプーンを曲げる程度しか出来ないサイコキノであるエムオが母国に戻ってもできることなどたかが知れているだろう。だがそれでいい。下手に強大な力を持っていたら軍事利用されかねない。それにもしかしたらそんな大きな力があったら自分は増長し、内戦に参加して多くの人を傷つける人間になっていたかもしれない。自分は決して強い精神力を持ってはいない。自分に見合わない力を持てば、人は思い違いをする。自分もそうなっていたに違いないと、エムオは考えていた。  だが、もしも母国の争いを止めることが出来るなら、自分は犠牲になっても構わないとエムオは思った。  何か内戦を止める方法は無いのだろうか。  長い戦争を終わらせることはできないだろうか。  そう必死に考えてエムオはまたもや大きな溜息をつく。 「ク・ニル」  そこでエムオは奇妙な言葉を呟いた。  それは日本語ではなくエムオの母国語である。クヌト共和国では独自の言葉が発展しており、そのクヌト語は極めて短い言葉で色んな意味を現しているのが特徴的だ。  例えば今の「ク・ニル」を日本語に訳すと「自分には解決方法がわからない」という言葉になる。不安と焦燥で思わずエムオは独り言を呟き始めたようだ。  エムオは首から下げている奇妙な形の十字架を握りしめ、母国が信仰する神へと祈りを捧げる。 「ルニエ(日本語で『神よ。どうか知恵をお授け下さい』の意)」  エムオが手を重ね、目を瞑り、そう言葉を口にした瞬間、それは起こった。 ――よろしい。なんでも答えてやろう。  そんな声がどこからか響いてきたのであった。いや、それは声とは少し違う。自分の頭の中に直接響いている。まるで誰かに心の中で語りかけているかのような、そんな印象を受けた。  信じられない。もしや本当に神が自分に応えてくれているのだろうか。  エムオは歓喜のあまり体を震わせる。 「ルダブ(日本語で『神よ。どこにいるのでしょうか。姿をお見せください』の意)」  エムオはきょろきょろとあたりを見渡すが、どこにも人影は見えない。隠れるようなところも無く、誰かが悪戯で声を出しているという可能性は無いようだ。  すると、再びエムオの頭に声が響く。  ――私はお前のすぐそばに居る。だが姿を見せることはできない。  そう答えが返ってきた。  エムオは確信する。きっとこれは本当に神なのだ。  国を救うための神託なのだと、そう思わずにはいられない。  なんという奇跡。まさか異国の果てで神の言葉を聞くことになろうとは思ってもいなかった。  エムオは神に感謝し、膝を地面につきながら言葉を続ける。 「ドルプ(日本語で『国の争いを収めるためにはどうしたらいいのでしょうか』の意)  エムオがそう質問するが、しばしの間沈黙が流れた。  神でも人間同士の争いを止める方法はわからないのだろうか。そう思っていると、エムオの頭の中に声ではなくイメージが流れ込んできた。  それは膨大な情報だった。内戦を食い止め、国を復興させるための情報が彼の頭の中にまるで洪水のように溢れていく。  それは今まで誰も思いつかなかったような方法で、しかしそれならば必ず争いをやめさせることができるだろう。  エムオは感動のあまり大粒の涙を流して神に感謝した。 「ル・ニル・アアフト・ズク(日本語で『神よ。あなたのおかげで国はきっと良い方向へと進むでしょう。私にこれを行えということなのですね』の意)」  そうエムオは感謝の言葉を告げるが、それに対しての反応は返ってこなかった。自分に伝えることはもうない、ということなのだろう。そうエムオは理解した。  こうしてはいられない。一日でも早く帰国し、国の争いを止めるのだ。神から教えられた方法を行えばきっとすべて上手くいくに違いない。  エムオはばっと立ちあがり、決意の表情でその場から走り去って行った。  ◇◆◇◆◇◆◇ 「ううむ。どこ行ったんだろうか|アレ《・・》は……」  エムオが立ち去った高等部の中庭を、白衣姿の少年が歩いているのが見えた。青白い顔をしていて、先ほどまで全速力で走っていたのか、ぜえぜえと息を切らしている。  そうして中庭の草むらをかきわけ、何かを探している。 「ああ、なんだ。こんなところに落ちていたのか」  少年はほっと安心したように溜息をつく。そうして探していたそれを草むらから取り出した。  それはマイクであった。一目見ただけではごく普通の、カラオケボックスにでも置いていそうな何の変哲も無さそうなマイクである。  白衣の少年はそれを大事そうにポケットにしまいこんだ。 「部長―! ありましたかー?」  少年が安堵の表情を浮かべていると、校舎の窓から年下の男子生徒が少年に話しかけてくる。 「ああ、あったよ伊藤君。まったく、あの露助は人の作品を投げ捨てるなんて野蛮人だねぇ」  と言いながら少年はやれやれと手を上げる。  すると、男子生徒の後ろに立っていた金髪碧眼の美形男子が苛立った顔を覗かせた。筋骨隆々としたロシア人の男だ。 「うるせーよ松戸《まつど》。大体そんなの何の役にも立たないだろ。三文字で質問なんてどう考えても無理だ」 「まあそうだけど投げることはないだろ。確かに三文字の質問内容なんて思いつかないけど、僕にとって発明品は子供のようなものだからね。それに三文字内での質問なら絶対に天啓がどんな質問にも答えてくれるんだよ。それは保証するさ」  白衣の少年はにやりと自慢げに笑い、そんな彼を見て男子生徒と美形男子は呆れたように肩を落とす。彼の珍妙な発明品には毎度振り回されており、げんなりしているようであった。 白衣の少年はポケットの中のマイクを撫でまわしながら部室へと戻って行った。  その後クヌト共和国の内戦が、一人の少年の活躍によって終結したというのはまた別のお話である。  (了) めしあき作の[[【科学部の暇な昼休み】]]とリンクさせていただきました。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/2473]]  神託  昼休み、留学生のン・ダニーヌ・ルレルリリリ・クム・エムオレイト(以下長いのでエムオと呼ぶことにする)は高等部の中庭の芝生に座り込みながら、大きな溜息をついていた。  堀の深い顔立ちに、青色の瞳をもつ彼は高校生というよりは、まるで映画俳優に見える。だがその表情からは疲れの色が伺え、時たま手で頭を押さえていた。  彼の母国はクヌト共和国と言い、とても小さな国だが内戦が絶えない。  エムオが日本の双葉学園に留学を始めた一年後、クヌト共和国の内戦はさらに過激なものになっていき、恐ろしく酷い状況なのだという。母国がそのような状態になってしまい、エムオはもう勉強どころではない。  母国に残した家族が心配なエムオは、近々クヌト共和国に戻ることになっていた。  自分を育ててくれた母、過労で年々痩せ細っていく父、そしてまだ幼い弟妹たち。異能を見出され、日本の双葉学園に留学が決まった時、家族たちは自分を快く見送ってくれた。自分たちの国にいては勉学に励むのも難しい。だから遠い異国である日本の学校、しかも特殊な子供たちを集めている特殊な学校となれば母も父も大喜びであった。クヌト共和国にはまだ日本の双葉学園や先進国の異能機関のようなものはない。ゆえにクヌト共和国の異能者は、希望する者に限り先進国の異能機関の所属できることになっている。  そうしてエムオは日本にやってきたのだ。  そのことについては後悔していない。  日本の学校の授業は楽しいし、何より自分の身になっていくのが実感でき、それはとても有意義であった。生徒たちもエムオに優しく接し、たくさんの友人が彼にはできた。  刺激的な娯楽や生活に行き届いた施設等、それはクヌト共和国には無いものであった。ラルヴァ討伐の任務にでも出ない限りはここ以上に安全なところもないだろう。日本は平和の国だと聞いていたが、それは本当のようであった。  しかし、それでも家族のもとへ帰らなければならない。  名残惜しいが家族の身に危険が及ぶ可能性があるなら、長男である自分がいなければならないだろう。そう考えエムオは帰国を決意した。  異能と言ってもスプーンを曲げる程度しか出来ないサイコキノであるエムオが母国に戻ってもできることなどたかが知れているだろう。だがそれでいい。下手に強大な力を持っていたら軍事利用されかねない。それにもしかしたらそんな大きな力があったら自分は増長し、内戦に参加して多くの人を傷つける人間になっていたかもしれない。自分は決して強い精神力を持ってはいない。自分に見合わない力を持てば、人は思い違いをする。自分もそうなっていたに違いないと、エムオは考えていた。  だが、もしも母国の争いを止めることが出来るなら、自分は犠牲になっても構わないとエムオは思った。  何か内戦を止める方法は無いのだろうか。  長い戦争を終わらせることはできないだろうか。  そう必死に考えてエムオはまたもや大きな溜息をつく。 「ク・ニル」  そこでエムオは奇妙な言葉を呟いた。  それは日本語ではなくエムオの母国語である。クヌト共和国では独自の言葉が発展しており、そのクヌト語は極めて短い言葉で色んな意味を現しているのが特徴的だ。  例えば今の「ク・ニル」を日本語に訳すと「自分には解決方法がわからない」という言葉になる。不安と焦燥で思わずエムオは独り言を呟き始めたようだ。  エムオは首から下げている奇妙な形の十字架を握りしめ、母国が信仰する神へと祈りを捧げる。 「ルニエ(日本語で『神よ。どうか知恵をお授け下さい』の意)」  エムオが手を重ね、目を瞑り、そう言葉を口にした瞬間、それは起こった。 ――よろしい。なんでも答えてやろう。  そんな声がどこからか響いてきたのであった。いや、それは声とは少し違う。自分の頭の中に直接響いている。まるで誰かに心の中で語りかけているかのような、そんな印象を受けた。  信じられない。もしや本当に神が自分に応えてくれているのだろうか。  エムオは歓喜のあまり体を震わせる。 「ルダブ(日本語で『神よ。どこにいるのでしょうか。姿をお見せください』の意)」  エムオはきょろきょろとあたりを見渡すが、どこにも人影は見えない。隠れるようなところも無く、誰かが悪戯で声を出しているという可能性は無いようだ。  すると、再びエムオの頭に声が響く。  ――私はお前のすぐそばに居る。だが姿を見せることはできない。  そう答えが返ってきた。  エムオは確信する。きっとこれは本当に神なのだ。  国を救うための神託なのだと、そう思わずにはいられない。  なんという奇跡。まさか異国の果てで神の言葉を聞くことになろうとは思ってもいなかった。  エムオは神に感謝し、膝を地面につきながら言葉を続ける。 「ドルプ(日本語で『国の争いを収めるためにはどうしたらいいのでしょうか』の意)  エムオがそう質問するが、しばしの間沈黙が流れた。  神でも人間同士の争いを止める方法はわからないのだろうか。そう思っていると、エムオの頭の中に声ではなくイメージが流れ込んできた。  それは膨大な情報だった。内戦を食い止め、国を復興させるための情報が彼の頭の中にまるで洪水のように溢れていく。  それは今まで誰も思いつかなかったような方法で、しかしそれならば必ず争いをやめさせることができるだろう。  エムオは感動のあまり大粒の涙を流して神に感謝した。 「ル・ニル・アアフト・ズク(日本語で『神よ。あなたのおかげで国はきっと良い方向へと進むでしょう。私にこれを行えということなのですね』の意)」  そうエムオは感謝の言葉を告げるが、それに対しての反応は返ってこなかった。自分に伝えることはもうない、ということなのだろう。そうエムオは理解した。  こうしてはいられない。一日でも早く帰国し、国の争いを止めるのだ。神から教えられた方法を行えばきっとすべて上手くいくに違いない。  エムオはばっと立ちあがり、決意の表情でその場から走り去って行った。  ◇◆◇◆◇◆◇ 「ううむ。どこ行ったんだろうか|アレ《・・》は……」  エムオが立ち去った高等部の中庭を、白衣姿の少年が歩いているのが見えた。青白い顔をしていて、先ほどまで全速力で走っていたのか、ぜえぜえと息を切らしている。  そうして中庭の草むらをかきわけ、何かを探している。 「ああ、なんだ。こんなところに落ちていたのか」  少年はほっと安心したように溜息をつく。そうして探していたそれを草むらから取り出した。  それはマイクであった。一目見ただけではごく普通の、カラオケボックスにでも置いていそうな何の変哲も無さそうなマイクである。  白衣の少年はそれを大事そうにポケットにしまいこんだ。 「部長―! ありましたかー?」  少年が安堵の表情を浮かべていると、校舎の窓から年下の男子生徒が少年に話しかけてくる。 「ああ、あったよ伊藤君。まったく、あの露助は人の作品を投げ捨てるなんて野蛮人だねぇ」  と言いながら少年はやれやれと手を上げる。  すると、男子生徒の後ろに立っていた金髪碧眼の美形男子が苛立った顔を覗かせた。筋骨隆々としたロシア人の男だ。 「うるせーよ松戸《まつど》。大体そんなの何の役にも立たないだろ。三文字で質問なんてどう考えても無理だ」 「まあそうだけど投げることはないだろ。確かに三文字の質問内容なんて思いつかないけど、僕にとって発明品は子供のようなものだからね。それに三文字内での質問なら絶対に天啓がどんな質問にも答えてくれるんだよ。それは保証するさ」  白衣の少年はにやりと自慢げに笑い、そんな彼を見て男子生徒と美形男子は呆れたように肩を落とす。彼の珍妙な発明品には毎度振り回されており、げんなりしているようであった。  白衣の少年はポケットの中のマイクを撫でまわしながら部室へと戻って行った。  その後クヌト共和国の内戦が、一人の少年の活躍によって終結したというのはまた別のお話である。  (了) めしあき作の[[【科学部の暇な昼休み】]]とリンクさせていただきました。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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