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【恋の話をしてみようと思う】
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パタパタと廊下に響く足の音。
カンカンと空に響く階段の音。
誰にも言ったことがないので恥ずかしい限りなのではあるが今現在においてもあの胸の高鳴りを現す他の言葉を見つけることはできない。だから今日はその日のことを話してみようと思う。
いつものことなのだが私の隣の席が空になっていた。この席の主が居なくなるなんてことはよくあることなのだが今回は違った。恐るべきことに朝のHRで先生からのアナウンス。
「よくあることだが欠食児童は休みだ。朝、使いのなんか白いのが必死に説明に来たんだが腹を壊したそうだ。暖かくなってきたからと言ってお前らも古くなったものは食べるなよ」
教室に戦慄が走る。
笑えるものなどいない。いるはずがないのだ。“あの”アクリスが“お腹を壊す”なんて異常事態を。ついでに欠席報告することも異常事態なのだがこの際はおいておこう。あと、普通にラルヴァのシロちゃんが職員室に出入りしていることに誰も疑問を持たなかったのだろうか。まあ、彼の容姿は愛らしいので仕方がない。
HRが終わるとクラスは騒然となった。そこかしこから聞こえてくるのはアクリスの話ばかり。
「地球が終わるんじゃないか?」
「あいつが飲んでた水道の水を俺も飲んだんだけど大丈夫だよな? な?」
「なんか食い物が怖くなってきた」
「どっかの国が生物兵器を使ったのか?」
良かった。話題にのぼった人が居ないと陰口が出るなんて悪癖もあるこんな世の中だから悪口なんて聞こえてきたらどうしようかと思ったけれどこのクラスなら心配はないようだ。みんなアクリスを心配している。ちょっと嬉しくなる。けれどやはり心配だ。
「シリカゲルっておいしいよね」
「ラルヴァのお肉って人型のほうが柔らかくておいしいんだよ?」
「腐葉土って響きがおいしそうだよね!」
走馬灯のように思い浮かぶのはアクリスとの楽しい会話。おかしい胸がむかむかしてきた。
それにしても昨日までは元気だったので放課後別れてから何かあったのだろうか。怪しげなものを作っていることで有名な科学部が小型ラルヴァを殲滅するための青酸カリ団子がなくなったとかで大騒ぎをしていたり、購買部では仕入れた王水がなくなったとかやはり大騒ぎをしていたけど、まあ、多分、恐らく、きっと、おおよそ、関係のないことだろう。そもそも購買部で王水とかこの学園はなにを考えているのだろうか。王水は保管の安全性を考えて仕入れるものではなく随時作るべきだと思う。
そんなことを考えながら、気がつけば昼休み。最近は一緒に食事をとることが多くなった久遠さんに呼びかける。この“自分から”という行動力を数年前の私に見せてやりたいほどの勇姿だ。
「あ、ごめん。今日ちょっと用事があって……」
見事に撃沈。後ろでは以前の私が亡霊のように立って笑っている。そんな気がしたので振り向けない。
よほど茫然自失の様相だったのか、むしろ間違いなかったのだが、久遠さんがしきりに呼びかけてくれていたようで気付いたのは三十秒ほど経ってからだった。以前なら立ち直れなかったかもしれないのでやはりこれも成長していると実感できて心嬉しい限りだ。
「学内のラルヴァ捕獲用の毒入り罠肉がなくなってたらしいんだけどね、その周辺に死体もなければ痕跡もなくてちょっと不審だから見に来てくれないかって。ほら、私の能力コレでしょ?」
そう説明して眼鏡をずらす仕草が少し可愛いのだが本人の言うと怒りそうなのでここは黙っておこう。
そして一人となった。昔と一緒で、昔のことならいつものことで、いつものことなら泣かなかった。
泣きそうだった。
そこで思い出す。もう一人いたことを。思わず私は走り出す。
廊下を持てる限界速度で走りぬける。先生が注意してもなんのその。
階段を慎重にゆっくり降りる。飛び降りれるほど運動神経は信じれない。
裏庭に出てあまり手入れのされていない林を駆け抜ける。木の手入れもされていないこの場所はどこか薄暗く気味が悪い。けれど構わず走り抜ける。居ると信じて。
少しだけ闇に慣れた眼に日差しが刺さる。
居た。
「キュ?」
「あ、あの!」
思わず声を張り上げる。どうしてか胸の高鳴りが押さえられない。もしかするとこれは私の知らない感情なのかもしれない。
「キュキュ?」
「あのね!」
今の私なら簡単に言える一言を言うのに声が詰まる。肩で息をしてしまうほど息苦しい。
「キュ」
「い、一緒に、その、お昼ご飯とか……どうかな?」
そういって私はお弁当を差し出す。アクリスの分も作ってあるので二人分だ。
「キュー!」
どうやら喜んでもらえたようだ。そして私の胸の高鳴りもどうにか収まる。
テクテクと私に近寄ってくるシロちゃん。適当なところを見つけて座ると膝に乗ってきたが、ふわふわとした感触が心地よい。さっきのドキドキとした感覚も相まって凄く安らいだ気分になれた。そして普段、枕にしたりされたりしているアクリスを少しうらやましく思った。これは嫉妬だろうか。いや、私には、私たちにはそんな感情はないはずだ。だからきっと気のせい。そんな感情は知らないし知っちゃいけない。
お弁当のほうではあるが、気に入ってくれたようでアクリスより上手に箸を使って米粒一つ残さず食べてくれたのは嬉しくはあったがアクリスの友人としては少し複雑な気分になった。今度しっかりとしたお箸の持ち方を教えてあげよう。きっとそれがいい。
もう少し一緒に居たかったけれど名残惜しさをどうにか切り捨て、私はその場を後にする。手を振る姿が愛らしいシロちゃんが見えなくなって、林を出たところでチャイムが鳴った。次の授業は少し遅れてくる先生だ。今ならまだ走れば間に合う。けれどどうしてかそんな気にはならなかった。ほんのさっきまでしていた胸の高鳴りの意味をもう少し考えていたかったからかもしれない。どこか不思議な気持ちだった。
明けて翌日。クラスからは元気な声。
「おっはよう!」
いつものアクリスだった。
「おはよう、昨日は大丈夫だった?」
一日で快復したとはいえやはり心配だ。
「帰る途中で拾った緑色に光るお煎餅食べたのが悪かったみたい。すっごくおいしそうに見えたのにずるいよね!」
プンプンと怒っているが、どの辺りで食べたのだろうか。あとでガイガーカウンターを借りてこようかと本気で考えてみたけれど、まあアクリスがこの様子なら杞憂に終わるだろう。……余計に心配になってきた。
さて、長くなったがこれが初めて私の胸が高鳴った話。でもそれ以来、あんな胸の高鳴りは起きていない。変な話だ。
―了―
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