【テスト勉強と気怠い午後】

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 テスト勉強と気怠い午後 ――2019年2月20日 16時 図書館。 「眠いな」 「寝るなよ設楽」  放課後の図書館の場末にて、2人の男子生徒と1人の女子生徒が教科書とノートを広げて勉強に勤しんでいる。  一週間後に学年末テストが控えている為に、普段勉強するイメージの無い生徒も、集中して勉強に勤しむ光景がいたる場所で伺える。  外は島と言う事もあり二月と言う現在は、低い気温とそれを広く深く行き渡せるような強い風に煽られて寒いのだが、高等部の図書館は書物こそ太陽光から守られているものの、彼等の座る机と椅子が並ぶ広間には天井から太陽光が入り、加えて窓は閉め切られているためとても暖かく、昼寝をするには絶好の場所とも言える。 「でも無理はないですよ~日村君、今日は太陽が良い感じに暖かくてぇ~……寝ちゃいそうです……うぅん」  水瀬 律(みなせ りつ)は、対面に座る2人の男子生徒にオットリとした口調で言っては見るものの、がくんがくんと頭が上下に不自然に動く。 「そう言いながら寝るなよ水瀬、お前もう寝てるじゃねーかよ」  睡魔に呆気なく負けた水瀬に、呆れ顔で日村と呼ばれた男子生徒はツッコミを入れる。 「尻触っても気付かれないかな? 水瀬の尻はこの学園でかなり大きいんで有名らしい。俺、胸よりも尻派なんだよ」 「おいおい、設楽それは流石に気付くだろ……確かに水瀬の後ろ姿は腰からヒップ辺りが、こう……モデルみたいに揺れながら歩く様は……勃つな」  水瀬本人が寝ていることを良いことに、設楽と日村は宙に両手でジェスチャーを交えながら下品極まりない会話に花が咲く。その間にも横を下級生と思しき女子生徒が、顔を赤くしながら横切るなど周囲に全く気付かなかった。  そして、遠くからまるで汚物を見るような突き刺す視線を2人に送るヘンシェル・アーリアに気付くと、やっと状況を理解したのかようやく口をつぐむ。 「……それにしても本当に尻派か? お前の『アレ』は尻よりも胸強調しているだろ」 「尻派なんだから仕方ない。女の子の腰回りから尻に流れる曲線美はセクシーなんだ」  ヘンシェルの無言の圧力に一度は口をつぐんだものの、睡魔に負けそうだった男達の猥談は留まることを知らなかったようだ。気が付けば再び下品な会話に花が咲いてしまった。  この猥談に気が付いて眉を顰めた同い年の弥坂 舞は、一つ咳払いをすると席を立ち、さり気なく彼等の座る席の横に向かって歩いた。ふたりは全く気が付いていなかったりする。 「……設楽君に日村君そろそろ、エロトークは止めにしたほうがいいわね」  横を通りがかりながら弥坂が一言だけ口にしてその場を後にすると、流石に設楽と日村は口をつぐむ。見れば幸せそうな寝顔を見せる水瀬を除くと、頬を赤く染めている面々の視線と冷ややかな視線、汚らわしい物でも見るかのような突き刺さる視線を送る者が居ることが分るからだ。 「駄々漏れ?」 「駄々漏れだな。俺達は下手すれば尻マニアになっちまうな」  周囲を見渡しながら、にやけて戯けつつも狼狽えた様子で日村は言う。この設楽と日村はこの学園ではある意味有名で、常に駄々漏れるこうした下品で下世話な話は真面目な女子の眉を顰めさせる事は勿論の事、時折男子ですら引く程の破壊力を持つ。  このような有様なのだが、どういう訳か何時もつるんでいる水瀬 律の存在は不思議らしく、彼女に至っては『2人に舞い降りた女神』や『悪戯されないか心配』等と言われている。 「……そう言えばよ、お前のあの『ダッチワイフ』何処行ったんだ?」  弥坂の注意に再び口をつぐんだ2人だが、日村の『ダッチワイフ』という言葉には激しく反応した。 「シモネタじゃねーか、俺の『戦乙女』はダッチワイフじゃねぇぞ」  日村の言葉に思わず声を荒げる設楽だったが、一気に集中する冷ややかな視線に口を勢い良く両手で塞ぐ。 「設楽君、ダッチワイフって何かな? かな?」  設楽が洩らした言葉にまるで合わしたかの如く、たまたま図書館にいた春奈・C・クラウディウスが引きつった笑顔と共に設楽を見上げるように見つめながらこ、こんな事を口走る。 「い…いえ春奈ちゃ…春奈先生、何でもありません、何でもありませんって……痛っ! 痛いですって!!」  春奈にボールペンで軽く小突かれながら、冷や汗と共に弁明する設楽。普段平時では余り見られない春奈の『攻め』の姿勢と、説教という画を見た図書館に居た生徒達は、流石に笑いを堪えることが出来ずに方々で吹き出していた。 「春奈ちゃんはウチの名物だからな。良かったじゃねーか、こういう経験はレアなんだぜ」  設楽が小突かれつつ説教されている横で、日村はニヤニヤしながら眼前に広がる画にこう言うが、春奈は日村を見逃してはいなかった。 「君もよー? 日村君。ダッチワイフって何かな? かな?」 「痛っ! ちょっ…やめっ……痛っ!!」  余計な一言が災いを生む。『ビシッ ビシッ』と効果音を付けると似合うくらいに、日村は春奈からボールペンで小突かれていた。そんな状況でも、水瀬は気持ちよさそうにうたた寝していた。 「怒っている春奈ちゃん初めて見たぜ」 「お前がダッチワイフなんて言うからだろうが」  3分程春奈に小突かれながら説教された2人は、流石に下品な会話は自重して学園末テストの勉強を再開した。目の前に座る水瀬は春奈の説教中ずっと寝ていたままだが、今も尚気持ちよさそうに微睡みの中を彷徨っている。 「よく寝るなぁ水瀬……話を戻すが、お前の『ツレ』はどうしたんだ? 大抵お前の背後にいるじゃん?」 「ああ、ちょっとジュース買いに行って貰った。女子用制服着せて」  日村の質問にさっと答える設楽。日村は思う、設楽自慢の『戦乙女』は、どう見ても日本人には見えない容姿をしている。多分設楽の体裁若しくは性癖から来る行動なのだろうが、ヘンシェル・アーリアなどの数が少なく只でさえ目立つ『外人』みたいなキャラクターに、今更制服着せてもどうしようもないじゃないか。 「あの戦乙女に制服着させているのか」 「ああ、普段から西洋鎧ガチガチで学園内歩かせるのもアレだからな。召喚した時鎧の類しか服無かったんで、化粧と一緒に色々と買ってあげたら凄く喜ばれたよ」  設楽の戦乙女には意志や感情がある。プレゼントをしたりおだてたり、褒めたりすれば当然喜ぶし、酷いことを言ったり酷い状況になれば泣いたりもすれば怒ったりもする。  500メートル程しか離れられない事や、ダメージの共有がなされている事を除けば、見た目も内面も何処にでも居るような女の子である。 「衣類の購買で売られている位だからそれ程高くはないのだが、売店のおばちゃんには怪訝な表情をされたっけかな」  設楽の言葉に、日村はニヤニヤしながら話を聞いている。設楽にとって戦乙女は、体の良い着せ替え人形なのだなと。 「何ニヤニヤしてんだ、気持ちが悪いぞ」 「何でもない。じゃ、続きをするか」  気を取り直して2人は教科書とノートに目を落とす。馬鹿な事をやっていても、学年末テストは“それなりの”成績でパスしたいからだ。二年の最後の最後で赤点なんて誰しも御免被りたい物だろう。 「設楽先輩っ!」  しかし2人は勉強に集中することが出来なかった。図書館という場所にも関わらずお構いなしに、館内を元気一杯な声が響く。久留間 走子や弥坂 舞、安達 凛が恐ろしい形相で声の方向を睨み付けているが、声の主は気にせず設楽に絡み始める。  設楽の腕に自分の腕を絡めつつ、大人びた顔の造詣から鑑みるに些か不釣り合いな、無邪気な笑顔で設楽を見つめた 「今井か……お前よ、ここ図書館だぞ。怖い怖ーい先輩から、お仕置きされるぞ?」 「大丈夫! 久留間先輩や弥坂先輩は優しいし、安達先輩は可愛いから!」  周囲を見渡しながら設楽は言うものの今井と呼ばれた女生徒は全く気にせず、何を根拠に言っているのかは分らないが胸を張ってこう言い放った。残念ながら女性のシンボルとも言える胸部は目立たないのだが、ミニスカートから延びる腰回りからスラッとした脚線美は、高校生とは思えない色艶を放っていた。  また顔の造詣も平均的な高校一年生を基準にすれば大人びており、立ち振る舞いを気をつければ年齢相応には見えない妖しい魅力を放っている。 「『魔女研』の恋多き魔女、今井智秋様じゃないか。まだ春には少し遠いぞ?」 「日村先輩酷い! 私の事を淫乱みたいに言うの止めて下さい!」 「「「 五月蠅い今井さん! 静かになさい!! 」」」 「ひゃあっ! ごめんなさい!!」  日村のからかい半分の言葉に対して声を張り上げて全力で反論する今井に、普段温厚であろう久留間に弥坂、安達の三名にどやされると、元気一杯だった彼女もしゅんとして静かになった。 「……私はそれ程恋多くはないです、設楽先輩はマジで一目惚れなんですよ」  この宛ら脳天気で明るい女子は今井智秋と言い、設楽達の一つ年下の学生である。元々微々たる制御不能の浮遊力が確認されて中等部からこの学園に編入してきた今井だが、中々才能開花することが無く『魔女式航空研究部』、通称『魔女研』に試しに入った途端に才能が開花して、今では『魔女研』の主力魔女の1人となっている。  ただ、真面目に振る舞わなくてはいけない場面を除くと、普段の元気一杯を通り越した天真爛漫な立ち振る舞いとそれに纏わる言動は、『魔女研』の部長の椎名レイや副部長の柊キリエが頭を抱える事柄の一つらしい。その上、日村の言うとおり男子との交友が多い彼女が、女子寮に男子を連れ込んだり(勿論他の女子も居るのだが)する事は、如月 千鶴とは違った意味で久留間や弥坂等の先輩女子生徒は眉を顰めさせている(魔女研は恋愛推奨の為にレイとキリエは気にしない)。 「だからって、図書館で設楽に絡むのはどうかと思うぞ……久留間や弥坂に安達が睨んでいるし……それと何だ、もうじき『奴』が来るし……」 「大丈夫ですよ日村先輩、気にしませんから」 「大丈夫じゃねーって、『奴』が相当嫉妬深いの知っているだろうに」  日村の言葉を半ば無視しつつ、今井は腕を組んだまま設楽の横の席に座る。 「今井、気持ちは嬉しいんだが……そろそろ『アイツ』も帰ってくるし……離れよ? な?」  気にせず腕を組む今井に、設楽も日村も宥めつつ止めさせようと今井を説得したのだが、彼女は意に介さずに設楽にデレデレと腕を組み続けた。 「本当に、マジで相性悪いんだからちょっとは考えて……あ、おいでなすった!! 帰ってきた!!」  今井を窘めながら入り口の方を見た日村は、青ざめながら口をあんぐりと開けて言い放つ。釣られて設楽と今井も入り口の方を向くと、幾つかの缶ジュースが入った袋を持った双葉学園女子用制服を着ている、光沢のある美しい金髪に自己主張する胸部の大きな双丘をはじめとした、女性なら誰しも羨むプロポーションを持った『女子』が、名状しがたい程の凄んだ表情で設楽達の座っている席を睨み付けた。  この『女子』こそが設楽の『戦乙女』であり、本来は凛とした表情と共に純白の鎧を纏っているのだが、平時は設楽から貰った服を着て過ごしている。 『OH Shit!!』  戦乙女が口にした言葉はそれだけだが、目立つ外見と凄む表情で見据える様子に、勉強していた面々は思わず顔を上げて戦乙女を見る。風を切って一目散に設楽達の座る席に歩み寄り、一瞥しつつ周囲をさらに睨み付けるように見渡した。 『何をしているの?』  そして彼女は肩をわなわなと震わせながら、明らかに今井の方を見据えて一言こう言った。 「やぁ、居たんだ? 私はお堅い貴女と違って自由に恋愛を謳歌しているの」  だが今井も含み笑いと共に、まるで挑発でもするかの様に言い放った。 『そんな事を聞いてるんじゃないわ。私は御主人に触れている、その淫らで汚らわしい手を放せと言っているのよ』  腹の底から出ているような重く震えた声と共に今井を睨み付けながら、売り言葉に買い言葉とばかりに言い返した。 「淫らで汚らわしい? 結構! 一度しかない人生だもの、恋に遊びに勉強に楽しむのは当然じゃない。こんな『さげまん』と一緒だと設楽先輩が可哀想だわ」 『何ですって!? ……日村様、『さげまん』って何です?』  極めて反応に苦慮する状況で話を振られた日村は、流石に聞かれた言葉の意味なんて答えられる筈もなく、 「さ……流石に俺の口からは……言えんな」  口を濁して誤魔化した。戦乙女は更に表情を引きつらせ、近くに座っていた久留間の近くに素早く歩み寄る。 『久留間様、『さげまん』って何でしょうか?』  真顔で、極めて真面目に女性である久留間にこんな事を尋ねた。流石の久留間も口をあんぐりと開けながらも、戦乙女の肩と腕を掴んで自分の密着するように寄せて、そっと耳打ちをする。  そして一分後、戦乙女は肩を更にわなわなと震わせて設楽達の座る席に振り返り、最早『般若』と言うべき表情で今井を睨み付けた。 『……おのれ腐れ○○○!! 私を……この私をこの魔女は……許さないわ!!』  戦乙女は極めて下品で口汚く今井を罵りながら、ゆらりゆらりと近寄ってきた。  戦乙女というものは、本来は闘う男の勇気を司ると言われている。闘う男が悪戯に覚える『死』を恐れさせず、勇気と共に戦いに臨ませると言うのが本質なのに、それを『一緒に居る男の運気が下がる』等とは戦乙女からしてみれば、侮辱以外の何者でもない。 「あ…やべっ、本気で怒らせちまった」 「……もう知らん!」  流石の今井も戦乙女を本気で怒らせた事に気付いたのだろう。だが、日村に設楽も呆れる状況ではあるものの、この今井は懲りていなかった。 「そう熱くならないで……ねぇアンタさ、もしかして処女だよね?」 『な!? ななな!? いきなり何を言うか破廉恥な!!』  衝撃的とも言える今井の言葉に戦乙女は一気に顔が紅潮し、脂汗と共にあたふたと落ち着かない様子で今井に反論する。 「……はぁ。私も経験豊富かと言われれば少ないけどさ、アンタのその嫉妬深さは誰が見ても異常だと思うんよ」  表情が紅潮し落ち着かない状態を必死に振り払いつつも、さり気ない今井の指摘に戦乙女は目を見開いて、じっと彼女を見据えた。 「設楽先輩に近づいてきた女の子をことごとく駆逐してさ? かと言って何かしているのかと言えば、何もしている様子がないし。このまま行くと設楽先輩は一生『童貞』だよ」 『童貞……? 童貞ってな……』 「「 聞くなバカ!! 話の流れで理解できるだろ!! 」」  久留間や弥坂の方向を見て『教えてくれ』と言わんばかりの表情を察したのか、彼女達は一斉に口を開く。流石に戦乙女は察したのか顔を向き直し、今井の居る方を再度見据える。 「本来の意味は男女両方を指す言葉だったんだが……童貞って言うのはな、『女性経験』……つまりだ、女を抱いたことない男を指すんだよ」  深い溜息を付きながら、日村は簡潔ではっきりと戦乙女に言い放つ。その一言に再度戦乙女の表情が一気に紅潮した。 「そんな大きなオッパイやお尻見せつけて、アレもしない、コレもしないじゃ先輩可哀想」  面白いくらいに動揺する戦乙女に、今井は下品な仕草と共に極めて面白がってからかい、そして挑発する。様子を見ている男女問わず生徒達は、流石に『もう止めて方が良いんじゃないのか?』と眉を顰めて彼女達の遣り取りを見つめていた。 「その内アンタのアソコ、処女膜の前に蜘蛛の巣張るわよ」  そして今井は、戦乙女の股間に視線を落としつつ、下品極まりない言葉を口にした。 『なっ…なんて下品な!! それにわっ…私はっ! そ…そんな事考えた事も無かったわ!!』  今井の下品な罵りに、目を見開いて必死に反論する。 「うそーん、設楽先輩から化粧とか洋服とか貰った時、照れながら喜んでいたじゃない」 『あ…あれは……はうぅ……だ、だけど! 御主人は変態じゃありません!!』  事実を突かれ、口では圧倒的に押しきられた戦乙女は、目を瞑って照れを隠しながらムキになって言い返す。 「あ、言い切っちゃったよこの娘」  だが、ポコポコと出てくる今井の言葉に、彼女は徐々にサンドバックと化していった。生真面目な性格の戦乙女が気の利いた言葉を考えつく筈もなく、ここに至っては一方的に今井から言葉を浴びせ続けられた。 「男の子はね、女の子の魅力的なオッパイやお尻は大好きなんよ。触りたいな、抱きたいな、ヤりたいなって普通は思うよ? そんな素晴らしい体型の女が『お触り禁止』で毎日側にいるんだからさ」 『……おっ…『お触り』……!』  戦乙女は本当に純情な性格だったようだ。今井の口から駄々漏れて紡がれる、下品な言葉の数々に顔を真っ赤に紅潮させて聞いている事しかできなかった。 「ま! アンタには出来ないよね? なら、設楽先輩と居ても文句ないよね? 彼女でもないんだしさ」  そして今井はこれだけ言い終えると、戦乙女の目の前で設楽の腕に自分の腕を絡め、悪戯な微笑と共に彼女に見せつけるように身体を密着させる。一方の設楽は呆れ顔と共に『もう、どうにでもなれ』と言わんばかりの一種の諦めた表情と共に、目の前で起こっている有様を静かに眺めていた。 『なっ!? はっ…放せ!! 御主人からその汚れた手を放せ!』 「嫌だよ、邪魔しないで」  ウインクしながら舌を出して一言こう言い放つ。 『くっ!! おのれ!! もう我慢できない……この腐れ○○○!!』  今井の下品な言葉の更にその上を行く、口汚い罵声と共に紅潮していた表情と一転して怒髪天を突き、般若のような表情と共に今井を鋭く睨み付けた。 「お、キレやがった!」 『私はふしだらに身体は開かない! 然るべき時が来たら私だって!!』  今井はまだ余裕のある表情で、鋭く睨み付ける戦乙女に見つめていた。 「嘘だ、そんな勇気もないクセに。おばあちゃんになるまで後生大事に処女取っておくんだね」 『……貴女は私を本気で怒らせました……この報いは死によって償わせます』 「あちゃー……本気で怒っちゃったわ。全く、冗談の欠片も通じないんだから」  今井の言葉がトドメになったらしく、般若のような表情をそのままに、静かに震える声と共に前に一歩踏み込む戦乙女だが、察知した今井は軽い身のこなしで設楽と組んでいた腕をするりと解いて、素早くバックステップを踏んだ。 『逃げるな魔女! そこへなおれ!!』 「怖い怖い、待てと言われて待つバカは居ますか」  思いっきり舌を出して挑発する今井を見て、怒り心頭の戦乙女は獣の如く飛び掛かるように襲いかかっていった。だが、今井はバック転で向かってくる戦乙女の突撃をするりと躱す。 「逃げた方が良いぞ、今井」 「ううーん…仕方ない! じゃあ設楽先輩に日村先輩また後ほど。アデュー♪」  設楽の進言に従い、今井は素早く掃除用具入れに近寄って片手用の箒を手に取るとそれに跨り、精神を軽く集中させた。 『逃がすか! ああっ!!』  今井まですぐに飛び掛かれる程の間合いまで詰めた戦乙女が脚を踏み込んだ瞬間、周囲を巻き込む空気圧と共に、勢い良くVTOL機の様に今井の身体が宙に浮く。脚を踏み込んだ戦乙女は巻き起こった空気圧を腕で顔を押さえたものの、一瞬動きを止められ立ちすくんでしまった。  双葉学園の図書館は3階建ての中央部分が吹き抜けになっており、魔女が浮遊しようと思えば容易に飛べてしまう。戦乙女が立ちすくんでいる内に、今井は10メートル程の高さまで高度を上げ、平穏に水平飛行できるだけの浮力を得ると、一度戦乙女の方を向く。 「怖い怖い、飛び掛かられたら危なかったわねぇ。じゃあね」 『逃がさない!!』  闘う女のプライドだろうか、歯ぎしりしながら今井を見据える戦乙女は一歩大きく踏み込み、そのまま力一杯脚に力を入れると脚をバネにしてハイジャンプ、再度今井に向かって突っ込んだ。 『覚悟なさい魔女、叩き落としてあげるわ!!』  人間では真似できないハイジャンプに目を丸くする今井だが、 「魔女のプライドに賭けて、そうはさせなくてよ」  戦乙女の手が届く僅かな所で急速旋回し、箒で彼女の伸ばした手を叩いて阻止をする。 『くっ! おのれっ!!』 「そんなお堅くっちゃ、面白くないよ。気楽に行こうよ?」  素早く箒で弾かれた手とは逆の手を出して掴もうとするが、すでにそこには今井の姿はなく、戦乙女の手は空を切る。急速回転後の今井は速やかに水平飛行で滑空し、青白い光の尾と共に素手による戦乙女の射程から離れ、そのまま窓から騎乗したまま抜けていった。 『あああっ!!』  一方の完全に攻撃が空振った戦乙女は、体勢を崩したまま10メートルの高さから落下し始めた。本来なら設楽の疲労と引き替えに『翼』を展開して軟着陸できたのだが、体勢を崩した状況ではそれもままならなかった。 「……まったく無茶しやがって!」  落下を目の当たりにした設楽は、椅子を蹴飛ばしつつ急いで戦乙女の落下地点に走る。 「助けるか」 「自業自得だがな」  事の成り行きを見守っていた勉強していた面々――取り分け二階堂兄弟や大道寺 天竜は設楽と共に落下地点に追いつき、全員で落下する戦乙女を受け止めて事無きを得ることには成功した……。 『すみません、すみません、本当にすみません……』 「ねぇ設楽君、どうしてくれるの?」 「君の『彼女』と『愛人』の所為で滅茶苦茶になったよ」  今井が逃げ出した後、久留間や安達に詰め寄られている設楽の姿があった。図書館の自習スペースは色々なノートやルーズリーフ、教科書が辺り一面にぶちまけてあり、宛ら嵐でも通り過ぎたような惨状が広がっている。 「……俺にもサッパリだよ」  言わずもかな、今井が小さい片手で扱う箒で浮力を得て、VTOL機の様に宙に浮いた時に発生した、空気圧が吹き飛ばした所為である。机上に広げられていた色々な生徒のノートやルーズリーフに教科書等、今井が発生させた空気圧によってぶちまけられた事で、最早勉強どころではなくなってしまったからだ。  戦乙女は正座させられ、円陣を組むように囲んだ生徒達から小一時間説教されている。何時もの凛とした表情からは、最早変わり果てた姿と言って良い程に、しゅんとなって小さくなっていたのが印象的だった。 「……今井さんは魔女研で説教して貰おう。椎名さんと柊さんに通報しておくか」  表情こそ平静を保っているものの、心底では堪忍袋の緒が切れている弥坂は、携帯電話を取り出すと魔女研に連絡を入れた。この日、今井智秋は魔女研で椎名と柊に1時間ほど説教されたという。 「まったく、こうなるんじゃないかなって思っていたよ。結局全部設楽がしわ寄せ被ってるんだよなぁ」  喧喧囂囂としている図書館の自習室内で、呆れ顔と共に日村は言葉を洩らす。 日村は元々戦乙女と今井の相性の悪さを知っていて、設楽にべたべたする今井を窘めた訳なのだが、結局こうなった事に深い溜息をつく。 「しかしまぁ……水瀬は凄いね。こんな状況でよくまぁ幸せそうな寝顔で寝られるよ」  そして目の前に座して、よだれと共に幸せそうに寝に入っている水瀬を見ながら、日村は溜息混じりに呟いた。  此処にいた生徒達の学年末テストは無事に通過し、何事もなかったかのように進級できた事は、せめてもの救いだったのかも知れない。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
 テスト勉強と気怠い午後 ――2019年2月20日 16時 図書館。 「眠いな」 「寝るなよ設楽」  放課後の図書館の場末にて、2人の男子生徒と1人の女子生徒が教科書とノートを広げて勉強に勤しんでいる。  一週間後に学年末テストが控えている為に、普段勉強するイメージの無い生徒も、集中して勉強に勤しむ光景がいたる場所で伺える。  外は島と言う事もあり二月と言う現在は、低い気温とそれを広く深く行き渡せるような強い風に煽られて寒いのだが、高等部の図書館は書物こそ太陽光から守られているものの、彼等の座る机と椅子が並ぶ広間には天井から太陽光が入り、加えて窓は閉め切られているためとても暖かく、昼寝をするには絶好の場所とも言える。 「でも無理はないですよ~日村君、今日は太陽が良い感じに暖かくてぇ~……寝ちゃいそうです……うぅん」  水瀬 律(みなせ りつ)は、対面に座る2人の男子生徒にオットリとした口調で言っては見るものの、がくんがくんと頭が上下に不自然に動く。 「そう言いながら寝るなよ水瀬、お前もう寝てるじゃねーかよ」  睡魔に呆気なく負けた水瀬に、呆れ顔で日村と呼ばれた男子生徒はツッコミを入れる。 「尻触っても気付かれないかな? 水瀬の尻はこの学園でかなり大きいんで有名らしい。俺、胸よりも尻派なんだよ」 「おいおい、設楽それは流石に気付くだろ……確かに水瀬の後ろ姿は腰からヒップ辺りが、こう……モデルみたいに揺れながら歩く様は……勃つな」  水瀬本人が寝ていることを良いことに、設楽と日村は宙に両手でジェスチャーを交えながら下品極まりない会話に花が咲く。その間にも横を下級生と思しき女子生徒が、顔を赤くしながら横切るなど周囲に全く気付かなかった。  そして、遠くからまるで汚物を見るような突き刺す視線を2人に送るヘンシェル・アーリアに気付くと、やっと状況を理解したのかようやく口をつぐむ。 「……それにしても本当に尻派か? お前の『アレ』は尻よりも胸強調しているだろ」 「尻派なんだから仕方ない。女の子の腰回りから尻に流れる曲線美はセクシーなんだ」  ヘンシェルの無言の圧力に一度は口をつぐんだものの、睡魔に負けそうだった男達の猥談は留まることを知らなかったようだ。気が付けば再び下品な会話に花が咲いてしまった。  この猥談に気が付いて眉を顰めた同い年の弥坂 舞は、一つ咳払いをすると席を立ち、さり気なく彼等の座る席の横に向かって歩いた。ふたりは全く気が付いていなかったりする。 「……設楽君に日村君そろそろ、エロトークは止めにしたほうがいいわね」  横を通りがかりながら弥坂が一言だけ口にしてその場を後にすると、流石に設楽と日村は口をつぐむ。見れば幸せそうな寝顔を見せる水瀬を除くと、頬を赤く染めている面々の視線と冷ややかな視線、汚らわしい物でも見るかのような突き刺さる視線を送る者が居ることが分るからだ。 「駄々漏れ?」 「駄々漏れだな。俺達は下手すれば尻マニアになっちまうな」  周囲を見渡しながら、にやけて戯けつつも狼狽えた様子で日村は言う。この設楽と日村はこの学園ではある意味有名で、常に駄々漏れるこうした下品で下世話な話は真面目な女子の眉を顰めさせる事は勿論の事、時折男子ですら引く程の破壊力を持つ。  このような有様なのだが、どういう訳か何時もつるんでいる水瀬 律の存在は不思議らしく、彼女に至っては『2人に舞い降りた女神』や『悪戯されないか心配』等と言われている。 「……そう言えばよ、お前のあの『ダッチワイフ』何処行ったんだ?」  弥坂の注意に再び口をつぐんだ2人だが、日村の『ダッチワイフ』という言葉には激しく反応した。 「シモネタじゃねーか、俺の『戦乙女』はダッチワイフじゃねぇぞ」  日村の言葉に思わず声を荒げる設楽だったが、一気に集中する冷ややかな視線に口を勢い良く両手で塞ぐ。 「設楽君、ダッチワイフって何かな? かな?」  設楽が洩らした言葉にまるで合わしたかの如く、たまたま図書館にいた春奈・C・クラウディウスが引きつった笑顔と共に設楽を見上げるように見つめながらこ、こんな事を口走る。 「い…いえ春奈ちゃ…春奈先生、何でもありません、何でもありませんって……痛っ! 痛いですって!!」  春奈にボールペンで軽く小突かれながら、冷や汗と共に弁明する設楽。普段平時では余り見られない春奈の『攻め』の姿勢と、説教という画を見た図書館に居た生徒達は、流石に笑いを堪えることが出来ずに方々で吹き出していた。 「春奈ちゃんはウチの名物だからな。良かったじゃねーか、こういう経験はレアなんだぜ」  設楽が小突かれつつ説教されている横で、日村はニヤニヤしながら眼前に広がる画にこう言うが、春奈は日村を見逃してはいなかった。 「君もよー? 日村君。ダッチワイフって何かな? かな?」 「痛っ! ちょっ…やめっ……痛っ!!」  余計な一言が災いを生む。『ビシッ ビシッ』と効果音を付けると似合うくらいに、日村は春奈からボールペンで小突かれていた。そんな状況でも、水瀬は気持ちよさそうにうたた寝していた。 「怒っている春奈ちゃん初めて見たぜ」 「お前がダッチワイフなんて言うからだろうが」  3分程春奈に小突かれながら説教された2人は、流石に下品な会話は自重して学園末テストの勉強を再開した。目の前に座る水瀬は春奈の説教中ずっと寝ていたままだが、今も尚気持ちよさそうに微睡みの中を彷徨っている。 「よく寝るなぁ水瀬……話を戻すが、お前の『ツレ』はどうしたんだ? 大抵お前の背後にいるじゃん?」 「ああ、ちょっとジュース買いに行って貰った。女子用制服着せて」  日村の質問にさっと答える設楽。日村は思う、設楽自慢の『戦乙女』は、どう見ても日本人には見えない容姿をしている。多分設楽の体裁若しくは性癖から来る行動なのだろうが、ヘンシェル・アーリアなどの数が少なく只でさえ目立つ『外人』みたいなキャラクターに、今更制服着せてもどうしようもないじゃないか。 「あの戦乙女に制服着させているのか」 「ああ、普段から西洋鎧ガチガチで学園内歩かせるのもアレだからな。召喚した時鎧の類しか服無かったんで、化粧と一緒に色々と買ってあげたら凄く喜ばれたよ」  設楽の戦乙女には意志や感情がある。プレゼントをしたりおだてたり、褒めたりすれば当然喜ぶし、酷いことを言ったり酷い状況になれば泣いたりもすれば怒ったりもする。  500メートル程しか離れられない事や、ダメージの共有がなされている事を除けば、見た目も内面も何処にでも居るような女の子である。 「衣類の購買で売られている位だからそれ程高くはないのだが、売店のおばちゃんには怪訝な表情をされたっけかな」  設楽の言葉に、日村はニヤニヤしながら話を聞いている。設楽にとって戦乙女は、体の良い着せ替え人形なのだなと。 「何ニヤニヤしてんだ、気持ちが悪いぞ」 「何でもない。じゃ、続きをするか」  気を取り直して2人は教科書とノートに目を落とす。馬鹿な事をやっていても、学年末テストは“それなりの”成績でパスしたいからだ。二年の最後の最後で赤点なんて誰しも御免被りたい物だろう。 「設楽先輩っ!」  しかし2人は勉強に集中することが出来なかった。図書館という場所にも関わらずお構いなしに、館内を元気一杯な声が響く。久留間 走子や弥坂 舞、安達 凛が恐ろしい形相で声の方向を睨み付けているが、声の主は気にせず設楽に絡み始める。  設楽の腕に自分の腕を絡めつつ、大人びた顔の造詣から鑑みるに些か不釣り合いな、無邪気な笑顔で設楽を見つめた 「今井か……お前よ、ここ図書館だぞ。怖い怖ーい先輩から、お仕置きされるぞ?」 「大丈夫! 久留間先輩や弥坂先輩は優しいし、安達先輩は可愛いから!」  周囲を見渡しながら設楽は言うものの今井と呼ばれた女生徒は全く気にせず、何を根拠に言っているのかは分らないが胸を張ってこう言い放った。残念ながら女性のシンボルとも言える胸部は目立たないのだが、ミニスカートから延びる腰回りからスラッとした脚線美は、高校生とは思えない色艶を放っていた。  また顔の造詣も平均的な高校一年生を基準にすれば大人びており、立ち振る舞いを気をつければ年齢相応には見えない妖しい魅力を放っている。 「『魔女研』の恋多き魔女、今井智秋様じゃないか。まだ春には少し遠いぞ?」 「日村先輩酷い! 私の事を淫乱みたいに言うの止めて下さい!」 「「「 五月蠅い今井さん! 静かになさい!! 」」」 「ひゃあっ! ごめんなさい!!」  日村のからかい半分の言葉に対して声を張り上げて全力で反論する今井に、普段温厚であろう久留間に弥坂、安達の三名にどやされると、元気一杯だった彼女もしゅんとして静かになった。 「……私はそれ程恋多くはないです、設楽先輩はマジで一目惚れなんですよ」  この宛ら脳天気で明るい女子は今井智秋と言い、設楽達の一つ年下の学生である。元々微々たる制御不能の浮遊力が確認されて中等部からこの学園に編入してきた今井だが、中々才能開花することが無く『魔女式航空研究部』、通称『魔女研』に試しに入った途端に才能が開花して、今では『魔女研』の主力魔女の1人となっている。  ただ、真面目に振る舞わなくてはいけない場面を除くと、普段の元気一杯を通り越した天真爛漫な立ち振る舞いとそれに纏わる言動は、『魔女研』の部長の椎名レイや副部長の柊キリエが頭を抱える事柄の一つらしい。その上、日村の言うとおり男子との交友が多い彼女が、女子寮に男子を連れ込んだり(勿論他の女子も居るのだが)する事は、如月 千鶴とは違った意味で久留間や弥坂等の先輩女子生徒は眉を顰めさせている(魔女研は恋愛推奨の為にレイとキリエは気にしない)。 「だからって、図書館で設楽に絡むのはどうかと思うぞ……久留間や弥坂に安達が睨んでいるし……それと何だ、もうじき『奴』が来るし……」 「大丈夫ですよ日村先輩、気にしませんから」 「大丈夫じゃねーって、『奴』が相当嫉妬深いの知っているだろうに」  日村の言葉を半ば無視しつつ、今井は腕を組んだまま設楽の横の席に座る。 「今井、気持ちは嬉しいんだが……そろそろ『アイツ』も帰ってくるし……離れよ? な?」  気にせず腕を組む今井に、設楽も日村も宥めつつ止めさせようと今井を説得したのだが、彼女は意に介さずに設楽にデレデレと腕を組み続けた。 「本当に、マジで相性悪いんだからちょっとは考えて……あ、おいでなすった!! 帰ってきた!!」  今井を窘めながら入り口の方を見た日村は、青ざめながら口をあんぐりと開けて言い放つ。釣られて設楽と今井も入り口の方を向くと、幾つかの缶ジュースが入った袋を持った双葉学園女子用制服を着ている、光沢のある美しい金髪に自己主張する胸部の大きな双丘をはじめとした、女性なら誰しも羨むプロポーションを持った『女子』が、名状しがたい程の凄んだ表情で設楽達の座っている席を睨み付けた。  この『女子』こそが設楽の『戦乙女』であり、本来は凛とした表情と共に純白の鎧を纏っているのだが、平時は設楽から貰った服を着て過ごしている。 『OH Shit!!』  戦乙女が口にした言葉はそれだけだが、目立つ外見と凄む表情で見据える様子に、勉強していた面々は思わず顔を上げて戦乙女を見る。風を切って一目散に設楽達の座る席に歩み寄り、一瞥しつつ周囲をさらに睨み付けるように見渡した。 『何をしているの?』  そして彼女は肩をわなわなと震わせながら、明らかに今井の方を見据えて一言こう言った。 「やぁ、居たんだ? 私はお堅い貴女と違って自由に恋愛を謳歌しているの」  だが今井も含み笑いと共に、まるで挑発でもするかの様に言い放った。 『そんな事を聞いてるんじゃないわ。私は御主人に触れている、その淫らで汚らわしい手を放せと言っているのよ』  腹の底から出ているような重く震えた声と共に今井を睨み付けながら、売り言葉に買い言葉とばかりに言い返した。 「淫らで汚らわしい? 結構! 一度しかない人生だもの、恋に遊びに勉強に楽しむのは当然じゃない。こんな『さげまん』と一緒だと設楽先輩が可哀想だわ」 『何ですって!? ……日村様、『さげまん』って何です?』  極めて反応に苦慮する状況で話を振られた日村は、流石に聞かれた言葉の意味なんて答えられる筈もなく、 「さ……流石に俺の口からは……言えんな」  口を濁して誤魔化した。戦乙女は更に表情を引きつらせ、近くに座っていた久留間の近くに素早く歩み寄る。 『久留間様、『さげまん』って何でしょうか?』  真顔で、極めて真面目に女性である久留間にこんな事を尋ねた。流石の久留間も口をあんぐりと開けながらも、戦乙女の肩と腕を掴んで自分の密着するように寄せて、そっと耳打ちをする。  そして一分後、戦乙女は肩を更にわなわなと震わせて設楽達の座る席に振り返り、最早『般若』と言うべき表情で今井を睨み付けた。 『……おのれ腐れ○○○!! 私を……この私をこの魔女は……許さないわ!!』  戦乙女は極めて下品で口汚く今井を罵りながら、ゆらりゆらりと近寄ってきた。  戦乙女というものは、本来は闘う男の勇気を司ると言われている。闘う男が悪戯に覚える『死』を恐れさせず、勇気と共に戦いに臨ませると言うのが本質なのに、それを『一緒に居る男の運気が下がる』等とは戦乙女からしてみれば、侮辱以外の何者でもない。 「あ…やべっ、本気で怒らせちまった」 「……もう知らん!」  流石の今井も戦乙女を本気で怒らせた事に気付いたのだろう。だが、日村に設楽も呆れる状況ではあるものの、この今井は懲りていなかった。 「そう熱くならないで……ねぇアンタさ、もしかして処女だよね?」 『な!? ななな!? いきなり何を言うか破廉恥な!!』  衝撃的とも言える今井の言葉に戦乙女は一気に顔が紅潮し、脂汗と共にあたふたと落ち着かない様子で今井に反論する。 「……はぁ。私も経験豊富かと言われれば少ないけどさ、アンタのその嫉妬深さは誰が見ても異常だと思うんよ」  表情が紅潮し落ち着かない状態を必死に振り払いつつも、さり気ない今井の指摘に戦乙女は目を見開いて、じっと彼女を見据えた。 「設楽先輩に近づいてきた女の子をことごとく駆逐してさ? かと言って何かしているのかと言えば、何もしている様子がないし。このまま行くと設楽先輩は一生『童貞』だよ」 『童貞……? 童貞ってな……』 「「 聞くなバカ!! 話の流れで理解できるだろ!! 」」  久留間や弥坂の方向を見て『教えてくれ』と言わんばかりの表情を察したのか、彼女達は一斉に口を開く。流石に戦乙女は察したのか顔を向き直し、今井の居る方を再度見据える。 「本来の意味は男女両方を指す言葉だったんだが……童貞って言うのはな、『女性経験』……つまりだ、女を抱いたことない男を指すんだよ」  深い溜息を付きながら、日村は簡潔ではっきりと戦乙女に言い放つ。その一言に再度戦乙女の表情が一気に紅潮した。 「そんな大きなオッパイやお尻見せつけて、アレもしない、コレもしないじゃ先輩可哀想」  面白いくらいに動揺する戦乙女に、今井は下品な仕草と共に極めて面白がってからかい、そして挑発する。様子を見ている男女問わず生徒達は、流石に『もう止めて方が良いんじゃないのか?』と眉を顰めて彼女達の遣り取りを見つめていた。 「その内アンタのアソコ、処女膜の前に蜘蛛の巣張るわよ」  そして今井は、戦乙女の股間に視線を落としつつ、下品極まりない言葉を口にした。 『なっ…なんて下品な!! それにわっ…私はっ! そ…そんな事考えた事も無かったわ!!』  今井の下品な罵りに、目を見開いて必死に反論する。 「うそーん、設楽先輩から化粧とか洋服とか貰った時、照れながら喜んでいたじゃない」 『あ…あれは……はうぅ……だ、だけど! 御主人は変態じゃありません!!』  事実を突かれ、口では圧倒的に押しきられた戦乙女は、目を瞑って照れを隠しながらムキになって言い返す。 「あ、言い切っちゃったよこの娘」  だが、ポコポコと出てくる今井の言葉に、彼女は徐々にサンドバックと化していった。生真面目な性格の戦乙女が気の利いた言葉を考えつく筈もなく、ここに至っては一方的に今井から言葉を浴びせ続けられた。 「男の子はね、女の子の魅力的なオッパイやお尻は大好きなんよ。触りたいな、抱きたいな、ヤりたいなって普通は思うよ? そんな素晴らしい体型の女が『お触り禁止』で毎日側にいるんだからさ」 『……おっ…『お触り』……!』  戦乙女は本当に純情な性格だったようだ。今井の口から駄々漏れて紡がれる、下品な言葉の数々に顔を真っ赤に紅潮させて聞いている事しかできなかった。 「ま! アンタには出来ないよね? なら、設楽先輩と居ても文句ないよね? 彼女でもないんだしさ」  そして今井はこれだけ言い終えると、戦乙女の目の前で設楽の腕に自分の腕を絡め、悪戯な微笑と共に彼女に見せつけるように身体を密着させる。一方の設楽は呆れ顔と共に『もう、どうにでもなれ』と言わんばかりの一種の諦めた表情と共に、目の前で起こっている有様を静かに眺めていた。 『なっ!? はっ…放せ!! 御主人からその汚れた手を放せ!』 「嫌だよ、邪魔しないで」  ウインクしながら舌を出して一言こう言い放つ。 『くっ!! おのれ!! もう我慢できない……この腐れ○○○!!』  今井の下品な言葉の更にその上を行く、口汚い罵声と共に紅潮していた表情と一転して怒髪天を突き、般若のような表情と共に今井を鋭く睨み付けた。 「お、キレやがった!」 『私はふしだらに身体は開かない! 然るべき時が来たら私だって!!』  今井はまだ余裕のある表情で、鋭く睨み付ける戦乙女に見つめていた。 「嘘だ、そんな勇気もないクセに。おばあちゃんになるまで後生大事に処女取っておくんだね」 『……貴女は私を本気で怒らせました……この報いは死によって償わせます』 「あちゃー……本気で怒っちゃったわ。全く、冗談の欠片も通じないんだから」  今井の言葉がトドメになったらしく、般若のような表情をそのままに、静かに震える声と共に前に一歩踏み込む戦乙女だが、察知した今井は軽い身のこなしで設楽と組んでいた腕をするりと解いて、素早くバックステップを踏んだ。 『逃げるな魔女! そこへなおれ!!』 「怖い怖い、待てと言われて待つバカは居ますか」  思いっきり舌を出して挑発する今井を見て、怒り心頭の戦乙女は獣の如く飛び掛かるように襲いかかっていった。だが、今井はバック転で向かってくる戦乙女の突撃をするりと躱す。 「逃げた方が良いぞ、今井」 「ううーん…仕方ない! じゃあ設楽先輩に日村先輩また後ほど。アデュー♪」  設楽の進言に従い、今井は素早く掃除用具入れに近寄って片手用の箒を手に取るとそれに跨り、精神を軽く集中させた。 『逃がすか! ああっ!!』  今井まですぐに飛び掛かれる程の間合いまで詰めた戦乙女が脚を踏み込んだ瞬間、周囲を巻き込む空気圧と共に、勢い良くVTOL機の様に今井の身体が宙に浮く。脚を踏み込んだ戦乙女は巻き起こった空気圧を腕で顔を押さえたものの、一瞬動きを止められ立ちすくんでしまった。  双葉学園の図書館は3階建ての中央部分が吹き抜けになっており、魔女が浮遊しようと思えば容易に飛べてしまう。戦乙女が立ちすくんでいる内に、今井は10メートル程の高さまで高度を上げ、平穏に水平飛行できるだけの浮力を得ると、一度戦乙女の方を向く。 「怖い怖い、飛び掛かられたら危なかったわねぇ。じゃあね」 『逃がさない!!』  闘う女のプライドだろうか、歯ぎしりしながら今井を見据える戦乙女は一歩大きく踏み込み、そのまま力一杯脚に力を入れると脚をバネにしてハイジャンプ、再度今井に向かって突っ込んだ。 『覚悟なさい魔女、叩き落としてあげるわ!!』  人間では真似できないハイジャンプに目を丸くする今井だが、 「魔女のプライドに賭けて、そうはさせなくてよ」  戦乙女の手が届く僅かな所で急速旋回し、箒で彼女の伸ばした手を叩いて阻止をする。 『くっ! おのれっ!!』 「そんなお堅くっちゃ、面白くないよ。気楽に行こうよ?」  素早く箒で弾かれた手とは逆の手を出して掴もうとするが、すでにそこには今井の姿はなく、戦乙女の手は空を切る。急速回転後の今井は速やかに水平飛行で滑空し、青白い光の尾と共に素手による戦乙女の射程から離れ、そのまま窓から騎乗したまま抜けていった。 『あああっ!!』  一方の完全に攻撃が空振った戦乙女は、体勢を崩したまま10メートルの高さから落下し始めた。本来なら設楽の疲労と引き替えに『翼』を展開して軟着陸できたのだが、体勢を崩した状況ではそれもままならなかった。 「……まったく無茶しやがって!」  落下を目の当たりにした設楽は、椅子を蹴飛ばしつつ急いで戦乙女の落下地点に走る。 「助けるか」 「自業自得だがな」  事の成り行きを見守っていた勉強していた面々――取り分け二階堂兄弟や大道寺 天竜は設楽と共に落下地点に追いつき、全員で落下する戦乙女を受け止めて事無きを得ることには成功した……。 『すみません、すみません、本当にすみません……』 「ねぇ設楽君、どうしてくれるの?」 「君の『彼女』と『愛人』の所為で滅茶苦茶になったよ」  今井が逃げ出した後、久留間や安達に詰め寄られている設楽の姿があった。図書館の自習スペースは色々なノートやルーズリーフ、教科書が辺り一面にぶちまけてあり、宛ら嵐でも通り過ぎたような惨状が広がっている。 「……俺にもサッパリだよ」  言わずもかな、今井が小さい片手で扱う箒で浮力を得て、VTOL機の様に宙に浮いた時に発生した、空気圧が吹き飛ばした所為である。机上に広げられていた色々な生徒のノートやルーズリーフに教科書等、今井が発生させた空気圧によってぶちまけられた事で、最早勉強どころではなくなってしまったからだ。  戦乙女は正座させられ、円陣を組むように囲んだ生徒達から小一時間説教されている。何時もの凛とした表情からは、最早変わり果てた姿と言って良い程に、しゅんとなって小さくなっていたのが印象的だった。 「……今井さんは魔女研で説教して貰おう。椎名さんと柊さんに通報しておくか」  表情こそ平静を保っているものの、心底では堪忍袋の緒が切れている弥坂は、携帯電話を取り出すと魔女研に連絡を入れた。この日、今井智秋は魔女研で椎名と柊に1時間ほど説教されたという。 「まったく、こうなるんじゃないかなって思っていたよ。結局全部設楽がしわ寄せ被ってるんだよなぁ」  喧喧囂囂としている図書館の自習室内で、呆れ顔と共に日村は言葉を洩らす。 日村は元々戦乙女と今井の相性の悪さを知っていて、設楽にべたべたする今井を窘めた訳なのだが、結局こうなった事に深い溜息をつく。 「しかしまぁ……水瀬は凄いね。こんな状況でよくまぁ幸せそうな寝顔で寝られるよ」  そして目の前に座して、よだれと共に幸せそうに寝に入っている水瀬を見ながら、日村は溜息混じりに呟いた。  此処にいた生徒達の学年末テストは無事に通過し、何事もなかったかのように進級できた事は、せめてもの救いだったのかも知れない。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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