【今日を夢見て】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/2750]]  耳元で不快な電子音をけたたましく鳴らし続ける目覚まし時計のスイッチを殴りつけるようにして止めると、僕はまだ眠気で閉じようとする瞼をなんとか開きながら、その液晶画面に表示される文字を確認する。  七時十五分  そう表示されていた。なるほど、起きるにはちょうどよい頃合いだ。  二度寝しそうな欲求から逃れるため、まだ自分の温もりが残るベッドから断腸の思いで飛び起きると、テーブルの中央に置いてあるテレビのリモコンを手に取り、電源のボタンを押す。  画面が瞬き、明るい声でアナウンサーが今日の天気を伝えている。 『――昨日の大雨とはうって変わって、今日は雲ひとつない、いいお天気になるでしょう。それでは各地の最高気温と最低気温ですが……』  いつものように画面の右上の時刻を見ると、六時十六分と表示されている。  またこれだ……。腹立たしくなり、僕はベッドの横にある一時間も早く起こした忌々しい目覚まし時計を手に取り、窓を豪快に開け放って外へと放り投げる。  ふう、これで多少のウサも晴れるというものだ。  とはいっても起きてしまったものはしょうがない。着替えるのは後回しに、ケトルをコンロに掛け、棚から食パンを二枚取り出すと、トースターに放り込む。  本来なら、和食党の僕はご飯に納豆、味噌汁にお漬物といきたいところだったが、あいにくお米の買い置きが切れていて、ご飯を炊くことができない。もちろん、二十四時間営業の牛丼屋で朝定食を頂くというのもアリだが、朝はゆっくり自分の部屋で食べたい。  冷蔵庫からバターと卵を二個取り出し、お湯が沸くまでの間にスクランブルエッグを作ることにする。温まったフライパンにバターを一欠けら落とし、十分にバターを馴染ませたあと、塩コショウで軽く味付けた卵を投入。即座に菜箸でバターと卵を絡ませ、半熟くらいになったところで皿に取り分ける。ベーコンも欲しいところが、それは贅沢というものだろう。第一、冷蔵庫にはそんなものは欠片も入っていないのだから。  スクランブルエッグが出来ると同時に、ケトルの注ぎ口に付属する笛がお湯が沸いたのを耳障りに知らせ、ガチャンという音と共にトースターからトーストが飛び上がっていた。  実にいいタイミングだった。  のんびりとした朝食を終えると、僕はいつものようにいつもの制服に着替え、歯を磨き、髪を整え、教科書を鞄に詰め込む。普段と変わりのない登校の準備をしていく。まさにいつも通りだった。  寮を出ると、管理人のおじさんが玄関先を掃除していた。軽く会釈をし、挨拶を済ませると、学園の方へと向かう。路面はまだ昨日の大雨の影響が残っていて、所々に水溜りが出来ていた。それを避けながら歩いていくと、その先に一人の女性が見えてくる。隣のクラスの山下《やました》さんだった。 「おはよう! 山下さん!!」  僕は彼女に届く以上に大きな声で挨拶する。それに驚いたのか、彼女は一瞬立ち止まりこちらに振り返る。  その瞬間、彼女の横をクルマが通り過ぎ、一メートルほど先にあった水溜りをタイヤが踏みつけ盛大な水しぶきを上げていた。 「……え、えーと? 誰だったかしら」  僕に声を掛けられたのが不思議なのか、彼女は怪訝そうな表情をする。そりゃまあ、当たり前だろう。 「隣のクラスの比留間《ひるま》だよ。といってもきみは僕をしらないだろうけど。ゴメン、天気がいいから、ちょっと挨拶をしたくなっただけさ」 「そ、そう……?」  僕は彼女に軽く手を振って横を通り過ぎていく。おそらく、彼女は僕の後姿を狐につままれたような表情で見ているに違いない。まあ、良くあることだ。  その後も、僕は財布を忘れて困っているクラスメイトにお金を貸し、クルマに轢かれそうになっている猫を助けるなどしながら、学園へとのんびり向かっていった。 「比留間くん……比留間玲《ひるまれい》くん」  ポカポカと頭叩く感触がする。早起きが祟ったのか、一時限目から居眠りをしてしまっていたのだ。目を開けると、先生が出席簿を手に持ってこちらを睨んでいる。 「随分と気持ちよく寝てたみたいだけど、今の問題に答えてちょうだい」 「問題にですか?」 「というか、問題自体が分からないわよね? 駄目よ、授業中に寝てちゃ」  クラス中からドッと笑いが起きる。 「いや分かりますよ。一問目がX=3、二問目が………」  僕は今日の授業に出た問題の答えをお経のようにすべて呟いていく。 「これでいいですか?」  先生は呆気に取られた様子で、僕の顔を覗き込んでいた。そして、僅かなタイムラグがあった後「せ、正解です。でも居眠りはだめですよ」と言って、黒板の方へとツカツカと戻っていった。  放課後、僕は校舎裏にある焼却炉の近くに来ていた。この時間、人気は殆どなく、居るのは僕と真っ黒な子猫だけだ。  僕は昼飯の残りを上げながらしばらくその子猫と戯れていると、こちらに走ってくる人影が見える。  学園という場所にしては実に奇異な格好をした人物。もちろん、今日がハロウィンや仮装パーティーでも行われていれば変でもなんでもないのだが、あいにくと、今日は普通の木曜日だ。   僕の目の前を通り過ぎようとするその人物に声を掛ける。 「ジョーカーさん?」  声を掛けられたのに驚いたのか、それともその名前を告げられたのに驚いたのかは分からなかったが、彼は足を止めると僕の方に振り向き、まるで、何かを探るような表情で僕の顔を睨みつけていた。 「キミは誰だ?」 「僕は知っているよ。きみの能力も、今日、ここに現れることも。さすがに正体まではまだ分かってないけどね」 「だから、なんだ?」  僕の言葉に反応してか、急に剣呑な語気になる道化師姿の少年。それを無視して、言葉を続ける。 「単刀直入に言うよ。僕の能力を消して欲しいんだ」 「何故?」 「もう飽き飽きだからさ」  まるで、ハリウッド映画の三流役者のように両手を開いて大げさなリアクションをしながらそう答える。道化師はボクの言葉に一瞬逡巡するも、ゆっくりと口を開きはじめる。 「しかし、キミの能力は“世界の歪み”じゃない。ボクに感知されてないからね。それでも……というなら、明日のこの時間のここにきてくれ。キミにだって十分に考える時間は必要だろ?」 「それじゃあ間に合わないんだ! 考える時間だって嫌というほど味わったよ!!」 「大丈夫、キミは世界の歪みじゃない。明日、もう一度ここで」  そう言って、道化師姿の少年は僕の前から何かに追われるように走り去っていく。  しばらくすると、風紀委員らしき人たちが現れ『おかしな装束の男がこちらにこなかったか?』とスゴイ剣幕で詰問する。  僕は「知らない」と一言だけ告げると、校門へと歩き出していた。  帰宅途中、僕は商店街で新しい目覚まし時計を買うことにした。アナログなベルで鳴るタイプである。あの不快な電子音に比べれば、幾分ましだろう。  その晩、翌日の宿題も放り出し、ただ怠惰にTVを見る。そして、就寝。明日こそは……と願いながら。  耳元で不快な電子音をけたたましく鳴らし続ける目覚まし時計のスイッチを殴りつけるようにして止めると、僕はまだ眠気で閉じようとする瞼をなんとか開きながら、その液晶画面に表示される文字を確認する。  七時十五分と表示されていた。僕は忌々しいその目覚まし時計を壁に叩きつける。  まただ、また、僕の能力が発動していたのだ。永遠に繰り返される二〇一九年五月二日木曜日。  そう、昨日がまた始まるのだ……。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/2750]]  耳元で不快な電子音をけたたましく鳴らし続ける目覚まし時計のスイッチを殴りつけるようにして止めると、僕はまだ眠気で閉じようとする瞼をなんとか開きながら、その液晶画面に表示される文字を確認する。  七時十五分  そう表示されていた。なるほど、起きるにはちょうどよい頃合いだ。  二度寝しそうな欲求から逃れるため、まだ自分の温もりが残るベッドから断腸の思いで飛び起きると、テーブルの中央に置いてあるテレビのリモコンを手に取り、電源のボタンを押す。  画面が瞬き、明るい声でアナウンサーが今日の天気を伝えている。 『――昨日の大雨とはうって変わって、今日は雲ひとつない、いいお天気になるでしょう。それでは各地の最高気温と最低気温ですが……』  いつものように画面の右上の時刻を見ると、六時十六分と表示されている。  またこれだ……。腹立たしくなり、僕はベッドの横にある一時間も早く起こした忌々しい目覚まし時計を手に取り、窓を豪快に開け放って外へと放り投げる。  ふう、これで多少のウサも晴れるというものだ。  とはいっても起きてしまったものはしょうがない。着替えるのは後回しに、ケトルをコンロに掛け、棚から食パンを二枚取り出すと、トースターに放り込む。  本来なら、和食党の僕はご飯に納豆、味噌汁にお漬物といきたいところだったが、あいにくお米の買い置きが切れていて、ご飯を炊くことができない。もちろん、二十四時間営業の牛丼屋で朝定食を頂くというのもアリだが、朝はゆっくり自分の部屋で食べたい。  冷蔵庫からバターと卵を二個取り出し、お湯が沸くまでの間にスクランブルエッグを作ることにする。温まったフライパンにバターを一欠けら落とし、十分にバターを馴染ませたあと、塩コショウで軽く味付けた卵を投入。即座に菜箸でバターと卵を絡ませ、半熟くらいになったところで皿に取り分ける。ベーコンも欲しいところが、それは贅沢というものだろう。第一、冷蔵庫にはそんなものは欠片も入っていないのだから。  スクランブルエッグが出来ると同時に、ケトルの注ぎ口に付属する笛がお湯が沸いたのを耳障りに知らせ、ガチャンという音と共にトースターからトーストが飛び上がっていた。  実にいいタイミングだった。  のんびりとした朝食を終えると、僕はいつものようにいつもの制服に着替え、歯を磨き、髪を整え、教科書を鞄に詰め込む。普段と変わりのない登校の準備をしていく。まさにいつも通りだった。  寮を出ると、管理人のおじさんが玄関先を掃除していた。軽く会釈をし、挨拶を済ませると、学園の方へと向かう。路面はまだ昨日の大雨の影響が残っていて、所々に水溜りが出来ていた。それを避けながら歩いていくと、その先に一人の女性が見えてくる。隣のクラスの山下《やました》さんだった。 「おはよう! 山下さん!!」  僕は彼女に届く以上に大きな声で挨拶する。それに驚いたのか、彼女は一瞬立ち止まりこちらに振り返る。  その瞬間、彼女の横をクルマが通り過ぎ、一メートルほど先にあった水溜りをタイヤが踏みつけ盛大な水しぶきを上げていた。 「……え、えーと? 誰だったかしら」  僕に声を掛けられたのが不思議なのか、彼女は怪訝そうな表情をする。そりゃまあ、当たり前だろう。 「隣のクラスの比留間《ひるま》だよ。といってもきみは僕をしらないだろうけど。ゴメン、天気がいいから、ちょっと挨拶をしたくなっただけさ」 「そ、そう……?」  僕は彼女に軽く手を振って横を通り過ぎていく。おそらく、彼女は僕の後姿を狐につままれたような表情で見ているに違いない。まあ、良くあることだ。  その後も、僕は財布を忘れて困っているクラスメイトにお金を貸し、クルマに轢かれそうになっている猫を助けるなどしながら、学園へとのんびり向かっていった。 「比留間くん……比留間玲《ひるまれい》くん」  ポカポカと頭叩く感触がする。早起きが祟ったのか、一時限目から居眠りをしてしまっていたのだ。目を開けると、先生が出席簿を手に持ってこちらを睨んでいる。 「随分と気持ちよく寝てたみたいだけど、今の問題に答えてちょうだい」 「問題にですか?」 「というか、問題自体が分からないわよね? 駄目よ、授業中に寝てちゃ」  クラス中からドッと笑いが起きる。 「いや分かりますよ。一問目がX=3、二問目が………」  僕は今日の授業に出た問題の答えをお経のようにすべて呟いていく。 「これでいいですか?」  先生は呆気に取られた様子で、僕の顔を覗き込んでいた。そして、僅かなタイムラグがあった後「せ、正解です。でも居眠りはだめですよ」と言って、黒板の方へとツカツカと戻っていった。  放課後、僕は校舎裏にある焼却炉の近くに来ていた。この時間、人気は殆どなく、居るのは僕と真っ黒な子猫だけだ。  僕は昼飯の残りを上げながらしばらくその子猫と戯れていると、こちらに走ってくる人影が見える。  学園という場所にしては実に奇異な格好をした人物。もちろん、今日がハロウィンや仮装パーティーでも行われていれば変でもなんでもないのだが、あいにくと、今日は普通の木曜日だ。   僕の目の前を通り過ぎようとするその人物に声を掛ける。 「ジョーカーさん?」  声を掛けられたのに驚いたのか、それともその名前を告げられたのに驚いたのかは分からなかったが、彼は足を止めると僕の方に振り向き、まるで、何かを探るような表情で僕の顔を睨みつけていた。 「キミは誰だ?」 「僕は知っているよ。きみの能力も、今日、ここに現れることも。さすがに正体まではまだ分かってないけどね」 「だから、なんだ?」  僕の言葉に反応してか、急に剣呑な語気になる道化師姿の少年。それを無視して、言葉を続ける。 「単刀直入に言うよ。僕の能力を消して欲しいんだ」 「何故?」 「もう飽き飽きだからさ」  まるで、ハリウッド映画の三流役者のように両手を開いて大げさなリアクションをしながらそう答える。道化師はボクの言葉に一瞬逡巡するも、ゆっくりと口を開きはじめる。 「しかし、キミの能力は“世界の歪み”じゃない。ボクに感知されてないからね。それでも……というなら、明日のこの時間のここにきてくれ。キミにだって十分に考える時間は必要だろ?」 「それじゃあ間に合わないんだ! 考える時間だって嫌というほど味わったよ!!」 「大丈夫、キミは世界の歪みじゃない。明日、もう一度ここで」  そう言って、道化師姿の少年は僕の前から何かに追われるように走り去っていく。  しばらくすると、風紀委員らしき人たちが現れ『おかしな装束の男がこちらにこなかったか?』とスゴイ剣幕で詰問する。  僕は「知らない」と一言だけ告げると、校門へと歩き出していた。  帰宅途中、僕は商店街で新しい目覚まし時計を買うことにした。アナログなベルで鳴るタイプである。あの不快な電子音に比べれば、幾分ましだろう。  その晩、翌日の宿題も放り出し、ただ怠惰にTVを見る。そして、就寝。明日こそは……と願いながら。  耳元で不快な電子音をけたたましく鳴らし続ける目覚まし時計のスイッチを殴りつけるようにして止めると、僕はまだ眠気で閉じようとする瞼をなんとか開きながら、その液晶画面に表示される文字を確認する。  七時十五分と表示されていた。僕は忌々しいその目覚まし時計を壁に叩きつける。  まただ、また、僕の能力が発動していたのだ。永遠に繰り返される二〇一九年五月二日木曜日。  そう、昨日がまた始まるのだ……。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]

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