【眠り姫の見る夢 -Ayana- 後編】

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  [[ラノで読む>http://rano.jp/2879]]  [[戻【眠り姫の見る夢 -Ayana- 前編】>【眠り姫の見る夢 -Ayana- 前編】]]  ◇五 「ちょっ、なにいきなり……」 「アヤナさん、ちょっと持ってて」  眠り姫は私の言葉を無視して上着を手渡してきた。そして両腕を交差させる形でロングTシャツの 裾を持つと、 「んっ」  裏返す要領で一気に脱ぎ捨てる。反動でキャミソールを持ち上げているその豊かなおっぱいがぷる んと大きく揺れた。  太陽君の異能で再び差し込んだ朝日がドームの横穴から降り注ぎ、それはさながらスポットライト のように、露わになった眠り姫の華奢な肩のラインやその白い肌を照らしだし、不覚にも私は言葉も なく見惚《みと》れてしまっていた。  ……私の隣で眠り姫を見上げていた太陽君が小さく「ぅわっ」と感嘆の声をあげたのが聞こえたが 、彼の保身のためにもそれは黙っておこう。  眠り姫は続けてジーンズを絞めていたベルトをカチャカチャと外しにかかり、 「待って、年頃の女の子としてここでそれは待って」  私は慌てて彼女を制止した。何をいきなりストリーキングを始めようとしてるんだこの子は。 「えー、でも汚れちゃうよ」 「汚れるってなんで……まさか」  嫌な予感が脳裏を過《よ》ぎる。  彼女は私へにこりと微笑むと、その視線を蛇ラルヴァへと向け、小さく呟いた。 「うん。私が、おとりになる。その間にアヤナさんはこの子たち連れてここから離れて……あ、出来 れば助けを呼んで欲しい、かな」  予感的中か、しかも悪い意味で。 「……それで姫音さんはどうするの? だからって『はいそうですかお願いします』なんて言えない よ」  私は何とか思い留まらせようと彼女の手を引いた。しかし、眠り姫は無言のまま私を見ると、一瞬 だがちょっとだけ困ったような表情を浮かべた。 「――俺が行く。いくら年上だからって女の人におとり役なんてやらせられないよ」  私たちの間に、太陽君が一歩入り込んできた。ちっちゃくてもやはり男の子か。さっき異能を使っ たことで相当疲れているだろうに、彼はその拳を強く握りしめ真っ直ぐ私たちを見上げていた。  しかし、眠り姫はそんな彼に小さく首を振って答える。 「駄目、だよ。太陽君には太陽君にしか出来ないことがある、から」 「俺にしか……?」  眠り姫は太陽君のスポーツ刈りの頭を優しく撫で、そして両手で彼の肩を取ると、くるりと虹子ち ゃんの方へと向け、 「前に虹子ちゃんがあのラルヴァに――れた時、太陽君は何を思った? どう感じた? もし太陽君 に万が一のことがあったら、今度は虹子ちゃんがそんな思いをしなきゃならなくなる。だから……」  太陽君と眠り姫に見つめられた虹子ちゃんが、眠り姫の言葉に今にもまた泣き出しそうな複雑な表 情を浮かべながら、それでもじっと二人を見つめ返していた。 「だから、太陽君はもしも……もしも私が失敗してあのラルヴァが三人に襲いかかってきたときに、 その時は太陽君が虹子ちゃんを守ってあげて……あ、あとアヤナさんも一緒に」  って! 眠り姫の台詞《セリフ》の最後で私は心の中で盛大にずっこけた。うわーおまけ扱いか。 話の流れ上しょうがないとはいえちょっと凹むなぁ。 「……で、姫音さんはどうするつもり?」 「足止め出来そうな方法が一つあるんだ。上手くいけば絶対に二度と誰にも襲って来れないくらいに 、ね」  眠り姫は私へと振り向き互いに見つめ合う形になる。彼女の表情にもう笑顔は、ない。 「それじゃアヤナさん、後はよろしくね。もし私にどんなことがあったとしても、二人を連れてここ を離れることを最優先にして」 「ちょっ、それって……」  そして私の言葉を遮るように、眠り姫は振り向くことなくドームの横穴に手を掛けると一気に表へ 出た。辺りを探っていた蛇ラルヴァも彼女に気付いたのか、真っすぐこちらへ再びのしのしと歩み寄 り始める。  嫌な予感、すごく嫌な予感がどんどん大きくなっていく。  さっきまでのおちゃらけムードはどこへやら、心臓の鼓動が急激に早くなり、私はちびっこたちを 引き寄せ両脇に抱え込む。二人もまた小さく震えているのが感じ取れた。  眠り姫が一歩また一歩と蛇ラルヴァへと近づいていく。  ――あの子、普段は昼行灯を気取りながら、実はあんなラルヴァなんか一瞬で倒せるようなすごい 異能を秘めているとか……?  私は無理矢理良い方へと思考を巡らせた。  そうだ、眠り姫はきっと私の知らない何らかの勝算があるからこそ、自分から「おとり役」をかっ て出たんだ。  両手で二人を支えながら、歩みを進める眠り姫の後ろ姿を見つめ、私は考えうる最良の可能性に期 待せざるを得なかった。  しかし。  それは一瞬。私が余計なことを考えている間の、ほんの一瞬のことだった。  さっきまでの鈍重《どんじゅう》な動きと打って変わり、自身の間合いへと踏み込んだ人間を、蛇 ラルヴァの巨大な口が即座に捕らえ――  それはまるでさっきの私の浅はかな希望をいとも簡単に打ち砕くかのように、そして想像してしま った最悪な予感の通りに「おとり役」の眠り姫は蛇ラルヴァの口に捕らえられてしまった。 「ひっ……!!」  私は咄嗟に両腕を伸ばし、二人の両目両耳を塞ぐように自身の両脇へと押し付け抱き込んだ。  この子たちにあんな光景は見せられない。あんな酷い音は聞かせられない。  ぐむりぐむりと喉を鳴らし、眠り姫が飲み込まれていく。蛇ラルヴァの口からはみ出た眠り姫の足 がバタバタと暴れている。    私は両腕に込められた力を抜くことすら忘れ、ただただ声を殺しこみ上げる嘔吐感を堪え、クラス メートがラルヴァに飲み込まれていく姿に目を背けられずにいた……。 「お姉さん、痛い……」  くぐもった声が耳に届く。太陽君が私の腕から抜け出そうともぞもぞ動き、私は我に返った。 「おっと、ごめんねぇ」  ……もうすでに『惨劇』は終わっている。眠り姫を嚥下《えんげ》した蛇ラルヴァは満足したのか 、太陽君の異能で再び差し込んだ朝日の中で胡座《あぐら》をかくと、その大きくなった胴をまるめ 陽だまりにトグロを巻き眠るように横になっていた。  ……太陽君に異能を使ってもらったのはこのため? いやまさか……。  私は腕を緩め二人を離す。 「あっちのお姉さんは……?」  虹子ちゃんの質問に、私は答えられず不意に目線を逸らしてしまった。  即座に「しまった」と思ったが時すでに遅し。私の対応によくない空気を感じたのか二人はすぐに ドームの横穴から外の様子を覗いた。 「まさか、あれって……」 「そんな……」  その先で日向ぼっこして休んでいる、人一人分の体積が増えた蛇ラルヴァの姿に二人は絶句した。  ――急がないと。  私はわずかに震えるに力を込め立ち上がり、ドームの壁面に手をかけ表情を陰らせたままの二人に 声をかける。 「行こう」 「……でも! あっちのお姉さんがあのままでいいのかよ!?」 「だから、だよ。早くあの子を……姫音さんを助けてあげないと!!」  声を荒げ二人の手を取ると、私は力任せに二人を引き連れ、ドームを抜け中央広場へと駆けだした 。  ◇六  中央広場の入り口で、運よく虹子ちゃん達の友達四人(虹子ちゃん太陽君も含めて男女三人ずつの 六人班だったようだ)と合流することができた私は、すぐさま彼らに学生証を持ってないか確認した 。  運良くそのうちの一人が持っていたので、奪うかのように半ば無理矢理借りるとバッテリーを取り 外し眠り姫の学生証のそれと交換する。ほどなくして再起動した眠り姫の学生証の端末を立ち上げる と……私は電話帳からある人の名を探し出し、急いで通話ボタンを押した。 「もしもーし、リムっちおはよー」  電話の相手は、私たちと同じクラスの醒徒会書記、加賀杜《かがもり》紫穏《しおん》。今の私が まっさきに思い浮べることのできた『この状況をなんとか打開できる唯一の人選』だった。 「紫穏ちゃん! 私、彩七《あやな》だけど、今すぐ助けにきて!!」 「あやな……ってスーさん? でもこれリムっちの学生証番号……何かあったの?」  私は急かすように口早に叫ぶ。 「双葉公園にラルヴァが! 姫音さんが私たちをかばってあいつに……食べられちゃったの!!」 「なっ……スーさんちょっと待ってて!」  急に電話口の空気が変わり、そこで一端会話が途切れた。紫穏ちゃんが電話口の向こうで誰か複数 人と会話をしている声が受話口からこぼれてきている。 「わかった、今アタシ醒徒会室にいるから……こっち何人か連れてすぐ行くね!」  電話を切ってから数分と経たない間に、紫穏ちゃんは赤いマフラーをした男子中学生に背負われて 中央公園入り口へと到着した。 「はやはや、ありがとっ。スーさんお待たせ! リムっちは!?」  紫穏ちゃんは少年の背から飛び降りると私たちの元へと駆け寄った。少し遅れて紫穏ちゃんを背負 っていた少年が息を切らしながらその後に続く。しかし、 「なんだこいつー」 「十円傷つけちゃえー」 「ちょっ、こらこらやめないかキミたち」  いつのまにか太陽君の男友達二人がその赤マフラーの少年に集《たか》っていた。少年はひとまず 笑顔であしらっていたが明らかにこめかみへと青筋を立てているのがはっきりとわかった。  ってそんなの見てる場合じゃないっ。 「紫穏ちゃん、こっち! 遊具広場のほう!! あいつ今は姫音さんを――てお腹いっぱいになったの か眠ってるみたいなんだけど……」  私はあわてて蛇ラルヴァが寝ている広場へと指さし、簡潔に状況を伝えた。 「ラルヴァが眠ってる? まさか……」  紫穏ちゃんは私の言葉にちょっと考え込むと、すぐに赤マフラーの少年へと振り返り、 「はやはや、ちびっ子たちの保護を優先して、区の公園管理局にラルヴァ発生を通達。あとは姉御の 到着を待って指示を仰いで」 「え。ラルヴァ倒すなら俺も一緒に……」  はやはやと呼ばれた赤マフラーの少年が一歩踏み出す。しかし紫穏ちゃんは手のひらで彼を制止す ると、 「ごめんねはやはや。お願い、ここは私にまかせて」 「――わかった。あの子たちと水分《すいぶん》先輩を待つよ……」  そして、少年は身を翻すと子供たちの方へと向かっていった。  紫穏ちゃんは彼の後姿を少しだけ寂しそうな表情で見つめていたが、ぐっと拳を握り私へと振り返 る。 「スーさん、行こう!」  その表情は真っ直ぐに力強く。 「うん! 紫穏ちゃんこっち!」  私は遊具広場の方を指差すと紫穏ちゃんと二人、急ぎ足で駆けだした。  紫穏ちゃんを連れて遊具広場へと再び戻ると、蛇ラルヴァは相変わらず太陽君の作った日向《ひな た》で眠るように丸まったままの姿だった。 「やっぱり……」  紫穏ちゃんが呟く。 「え?」  なにが「やっぱり」なのか。尋ねる間もなく紫穏ちゃんが蛇ラルヴァに向かって歩を進めた。 「紫穏ちゃん待って、危ないよ!?」 「大丈夫だよ、あのラルヴァはきっと|も《・》う《・》起《・》き《・》な《・》い《・》から」 「……え?」 「スーさんはちょっと離れててね」  言葉の真意がわからなかった……が私は言われた通り数歩離れた位置で足を止める。  確かに彼女の言うとおり、蛇ラルヴァの枕元に紫穏ちゃんが立ってもいっこうに目を覚ます様子は なかった。  紫穏ちゃんは無言のままスニーカーの爪先でラルヴァの小さな肩をつついてみるがまるで反応がな い。そのままその肩を蹴り上げると蛇ラルヴァを仰向けにさせた。  続けて彼女はポケットから既に用意してあったのかカッターナイフを取り出すと、刃を一枚分だけ 出してその腹部へと押し当て……、まるで段ボールを塞いでいるガムテープを切り開くかのように、 その腹部の皮一枚にだけ縦一本に切り込みを入れ、そしてその切り口に両指をかけると、左右へと一 気に引き裂いた。  紫穏ちゃんはその返り血で赤く染まっていくがいっさい気にせず、そのまま露わになった胃袋に手 をかけ、ブチブチと引き千切っていった。  さすがは醒徒会役員といったところか、紫穏ちゃんが黙々と蛇ラルヴァを解体していく。私たちは その蛇ラルヴァから逃げ惑うことしかできなかったというのに。  そして、その蛇ラルヴァの残骸の中から、体液まみれで苦しそうな表情のまま眠っているキャミソ ール姿の姫音さんが救出された。 「リムっち、起きて」  紫穏ちゃんが眠り姫の頬をペチペチと叩く。眠り姫は小さく呻き声をあげ、ゆっくりと体を身を起 こした。 「ん、ベタベタしてる……。あれ? シオンさんだぁ」  眠り姫は紫穏ちゃんを確認するなり、ドロドロになりながらもヘラリといつものゆるんだ表情に戻 っていた。 「リムっち、やっぱりこいつ自身を?」 「うん、でも美味しくなかった、よ。それにラルヴァの夢の中は、そこにいるだけで気持ち悪いねぇ 」 「無茶しちゃダメだよ。リムっち食べてお腹いっぱいで眠るかどうかも賭なのに、それでこいつがも し夢を見なかったら……と」  こちらで聞き取れるかギリギリの声で二人が何やら会話をしていた。てか夢? 何の話だ?  しかし紫穏ちゃんはそこで一旦区切ると、私の方へ振り返り、 「スーさん、リムっち無事だったよー」  その血にまみれた姿で私へと手を振ってみせた。  ◇七  ほどなくして先ほどの赤マフラーの少年と先輩らしき女性――あの人が姉御? そして区の役員っ ぽい人たちが私たちのいる遊具広場へと駆け付けた。 「スーさん、このこと黙っていてもらえると助かるかな。できればタナちゃんにも」  タナちゃん……とは私の相方|田中《たなか》雛希《ひなき》のことだ。そういえば紫穏ちゃんが 以前「タナちゃんが浜《はま》なんとかって名字だったらスーさんハマちゃんで良いコンビ名だった のになぁ。そしたら絶対一緒に釣りへと誘うのに」と言っていたのを思い出す。紫穏ちゃんが釣り好 きなのは聞いていたが、その時は言葉の意味がわからず愛想笑いしか出来なかった。 「わかった、ヒナキにも言わないでおく……っていうかこれはさすがにネタにできないや」  返り血や体液でドロドロになったままの二人の姿に私はそう言わざるを得なかった。 「ごめんねー。姉御たちも来たみたいだからアタシ向こうでこの件の話済ませてくるねー」  数歩駆けだして何かに気付いたのか、紫穏ちゃんは急に足を止めると再びこちらへ振り返り、 「そうだ、リムっちー。姉御に頼んでこの汚れ流して貰おう」 「うん、え? うん」 「それじゃスーさん、ばいば~い」 「ごめんねアヤナさん、また明日、ね」  そして紫穏ちゃんは眠り姫の手を引くと、二人は赤マフラーの少年と一緒に来た女性のもとへと駆 けて行った。  ぽつんと一人取り残され、辺りを見回してみる。紫穏ちゃんが解体した蛇ラルヴァは役員っぽい人 たちの手によって、すでに元々何もなかったかのようにほとんど処理が終わっていた。 「うーん、なんだったんだかなぁ。帰るかぁ……」  ひとりごちる。吹きこんだ風に身を震わせ、私は空を見上げた。  太陽君の作った青空のもと、中央広場から虹子ちゃんの綺麗な|虹の掛け橋《レインボーロード》 が伸びていた。  【眠り姫の見る夢 -Ayana-】終 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]
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どう感じた? もし太陽君に万が一のことがあったら、今度は虹子ちゃんがそんな思いをしなきゃならなくなる。だから……」  太陽君と眠り姫に見つめられた虹子ちゃんが、眠り姫の言葉に今にもまた泣き出しそうな複雑な表情を浮かべながら、それでもじっと二人を見つめ返していた。 「だから、太陽君はもしも……もしも私が失敗してあのラルヴァが三人に襲いかかってきたときに、その時は太陽君が虹子ちゃんを守ってあげて……あ、あとアヤナさんも一緒に」  って! 眠り姫の台詞《セリフ》の最後で私は心の中で盛大にずっこけた。うわーおまけ扱いか。話の流れ上しょうがないとはいえちょっと凹むなぁ。 「……で、姫音さんはどうするつもり?」 「足止め出来そうな方法が一つあるんだ。上手くいけば絶対に二度と誰にも襲って来れないくらいに、ね」  眠り姫は私へと振り向き互いに見つめ合う形になる。彼女の表情にもう笑顔は、ない。 「それじゃアヤナさん、後はよろしくね。もし私にどんなことがあったとしても、二人を連れてここを離れることを最優先にして」 「ちょっ、それって……」  そして私の言葉を遮るように、眠り姫は振り向くことなくドームの横穴に手を掛けると一気に表へ出た。辺りを探っていた蛇ラルヴァも彼女に気付いたのか、真っすぐこちらへ再びのしのしと歩み寄り始める。  嫌な予感、すごく嫌な予感がどんどん大きくなっていく。  さっきまでのおちゃらけムードはどこへやら、心臓の鼓動が急激に早くなり、私はちびっこたちを引き寄せ両脇に抱え込む。二人もまた小さく震えているのが感じ取れた。  眠り姫が一歩また一歩と蛇ラルヴァへと近づいていく。  ――あの子、普段は昼行灯を気取りながら、実はあんなラルヴァなんか一瞬で倒せるようなすごい異能を秘めているとか……?  私は無理矢理良い方へと思考を巡らせた。  そうだ、眠り姫はきっと私の知らない何らかの勝算があるからこそ、自分から「おとり役」をかって出たんだ。  両手で二人を支えながら、歩みを進める眠り姫の後ろ姿を見つめ、私は考えうる最良の可能性に期待せざるを得なかった。  しかし。  それは一瞬。私が余計なことを考えている間の、ほんの一瞬のことだった。  さっきまでの鈍重《どんじゅう》な動きと打って変わり、自身の間合いへと踏み込んだ人間を、蛇ラルヴァの巨大な口が即座に捕らえ――  それはまるでさっきの私の浅はかな希望をいとも簡単に打ち砕くかのように、そして想像してしまった最悪な予感の通りに「おとり役」の眠り姫は蛇ラルヴァの口に捕らえられてしまった。 「ひっ……!!」  私は咄嗟に両腕を伸ばし、二人の両目両耳を塞ぐように自身の両脇へと押し付け抱き込んだ。  この子たちにあんな光景は見せられない。あんな酷い音は聞かせられない。  ぐむりぐむりと喉を鳴らし、眠り姫が飲み込まれていく。蛇ラルヴァの口からはみ出た眠り姫の足がバタバタと暴れている。    私は両腕に込められた力を抜くことすら忘れ、ただただ声を殺しこみ上げる嘔吐感を堪え、クラスメートがラルヴァに飲み込まれていく姿に目を背けられずにいた……。 「お姉さん、痛い……」  くぐもった声が耳に届く。太陽君が私の腕から抜け出そうともぞもぞ動き、私は我に返った。 「おっと、ごめんねぇ」  ……もうすでに『惨劇』は終わっている。眠り姫を嚥下《えんげ》した蛇ラルヴァは満足したのか、太陽君の異能で再び差し込んだ朝日の中で胡座《あぐら》をかくと、その大きくなった胴をまるめ陽だまりにトグロを巻き眠るように横になっていた。  ……太陽君に異能を使ってもらったのはこのため? いやまさか……。  私は腕を緩め二人を離す。 「あっちのお姉さんは……?」  虹子ちゃんの質問に、私は答えられず不意に目線を逸らしてしまった。  即座に「しまった」と思ったが時すでに遅し。私の対応によくない空気を感じたのか二人はすぐにドームの横穴から外の様子を覗いた。 「まさか、あれって……」 「そんな……」  その先で日向ぼっこして休んでいる、人一人分の体積が増えた蛇ラルヴァの姿に二人は絶句した。  ――急がないと。  私はわずかに震えるに力を込め立ち上がり、ドームの壁面に手をかけ表情を陰らせたままの二人に声をかける。 「行こう」 「……でも! あっちのお姉さんがあのままでいいのかよ!?」 「だから、だよ。早くあの子を……姫音さんを助けてあげないと!!」  声を荒げ二人の手を取ると、私は力任せに二人を引き連れ、ドームを抜け中央広場へと駆けだした。  ◇六  中央広場の入り口で、運よく虹子ちゃん達の友達四人(虹子ちゃん太陽君も含めて男女三人ずつの六人班だったようだ)と合流することができた私は、すぐさま彼らに学生証を持ってないか確認した。  運良くそのうちの一人が持っていたので、奪うかのように半ば無理矢理借りるとバッテリーを取り外し眠り姫の学生証のそれと交換する。ほどなくして再起動した眠り姫の学生証の端末を立ち上げると……私は電話帳からある人の名を探し出し、急いで通話ボタンを押した。 「もしもーし、リムっちおはよー」  電話の相手は、私たちと同じクラスの醒徒会書記、加賀杜《かがもり》紫穏《しおん》。今の私がまっさきに思い浮べることのできた『この状況をなんとか打開できる唯一の人選』だった。 「紫穏ちゃん! 私、彩七《あやな》だけど、今すぐ助けにきて!!」 「あやな……ってスーさん? でもこれリムっちの学生証番号……何かあったの?」  私は急かすように口早に叫ぶ。 「双葉公園にラルヴァが! 姫音さんが私たちをかばってあいつに……食べられちゃったの!!」 「なっ……スーさんちょっと待ってて!」  急に電話口の空気が変わり、そこで一端会話が途切れた。紫穏ちゃんが電話口の向こうで誰か複数人と会話をしている声が受話口からこぼれてきている。 「わかった、今アタシ醒徒会室にいるから……こっち何人か連れてすぐ行くね!」  電話を切ってから数分と経たない間に、紫穏ちゃんは赤いマフラーをした男子中学生に背負われて中央公園入り口へと到着した。 「はやはや、ありがとっ。スーさんお待たせ! リムっちは!?」  紫穏ちゃんは少年の背から飛び降りると私たちの元へと駆け寄った。少し遅れて紫穏ちゃんを背負っていた少年が息を切らしながらその後に続く。しかし、 「なんだこいつー」 「十円傷つけちゃえー」 「ちょっ、こらこらやめないかキミたち」  いつのまにか太陽君の男友達二人がその赤マフラーの少年に集《たか》っていた。少年はひとまず笑顔であしらっていたが明らかにこめかみへと青筋を立てているのがはっきりとわかった。  ってそんなの見てる場合じゃないっ。 「紫穏ちゃん、こっち! 遊具広場のほう!! あいつ今は姫音さんを――てお腹いっぱいになったのか眠ってるみたいなんだけど……」  私はあわてて蛇ラルヴァが寝ている広場へと指さし、簡潔に状況を伝えた。 「ラルヴァが眠ってる? まさか……」  紫穏ちゃんは私の言葉にちょっと考え込むと、すぐに赤マフラーの少年へと振り返り、 「はやはや、ちびっ子たちの保護を優先して、区の公園管理局にラルヴァ発生を通達。あとは姉御の到着を待って指示を仰いで」 「え。ラルヴァ倒すなら俺も一緒に……」  はやはやと呼ばれた赤マフラーの少年が一歩踏み出す。しかし紫穏ちゃんは手のひらで彼を制止すると、 「ごめんねはやはや。お願い、ここは私にまかせて」 「――わかった。あの子たちと水分《すいぶん》先輩を待つよ……」  そして、少年は身を翻すと子供たちの方へと向かっていった。  紫穏ちゃんは彼の後姿を少しだけ寂しそうな表情で見つめていたが、ぐっと拳を握り私へと振り返る。 「スーさん、行こう!」  その表情は真っ直ぐに力強く。 「うん! 紫穏ちゃんこっち!」  私は遊具広場の方を指差すと紫穏ちゃんと二人、急ぎ足で駆けだした。  紫穏ちゃんを連れて遊具広場へと再び戻ると、蛇ラルヴァは相変わらず太陽君の作った日向《ひなた》で眠るように丸まったままの姿だった。 「やっぱり……」  紫穏ちゃんが呟く。 「え?」  なにが「やっぱり」なのか。尋ねる間もなく紫穏ちゃんが蛇ラルヴァに向かって歩を進めた。 「紫穏ちゃん待って、危ないよ!?」 「大丈夫だよ、あのラルヴァはきっと|も《・》う《・》起《・》き《・》な《・》い《・》から」 「……え?」 「スーさんはちょっと離れててね」  言葉の真意がわからなかった……が私は言われた通り数歩離れた位置で足を止める。  確かに彼女の言うとおり、蛇ラルヴァの枕元に紫穏ちゃんが立ってもいっこうに目を覚ます様子はなかった。  紫穏ちゃんは無言のままスニーカーの爪先でラルヴァの小さな肩をつついてみるがまるで反応がない。そのままその肩を蹴り上げると蛇ラルヴァを仰向けにさせた。  続けて彼女はポケットから既に用意してあったのかカッターナイフを取り出すと、刃を一枚分だけ出してその腹部へと押し当て……、まるで段ボールを塞いでいるガムテープを切り開くかのように、その腹部の皮一枚にだけ縦一本に切り込みを入れ、そしてその切り口に両指をかけると、左右へと一気に引き裂いた。  紫穏ちゃんはその返り血で赤く染まっていくがいっさい気にせず、そのまま露わになった胃袋に手をかけ、ブチブチと引き千切っていった。  さすがは醒徒会役員といったところか、紫穏ちゃんが黙々と蛇ラルヴァを解体していく。私たちはその蛇ラルヴァから逃げ惑うことしかできなかったというのに。  そして、その蛇ラルヴァの残骸の中から、体液まみれで苦しそうな表情のまま眠っているキャミソール姿の姫音さんが救出された。 「リムっち、起きて」  紫穏ちゃんが眠り姫の頬をペチペチと叩く。眠り姫は小さく呻き声をあげ、ゆっくりと体を身を起こした。 「ん、ベタベタしてる……。あれ? シオンさんだぁ」  眠り姫は紫穏ちゃんを確認するなり、ドロドロになりながらもヘラリといつものゆるんだ表情に戻っていた。 「リムっち、やっぱりこいつ自身を?」 「うん、でも美味しくなかった、よ。それにラルヴァの夢の中は、そこにいるだけで気持ち悪いねぇ」 「無茶しちゃダメだよ。リムっち食べてお腹いっぱいで眠るかどうかも賭なのに、それでこいつがもし夢を見なかったら……と」  こちらで聞き取れるかギリギリの声で二人が何やら会話をしていた。てか夢? 何の話だ?  しかし紫穏ちゃんはそこで一旦区切ると、私の方へ振り返り、 「スーさん、リムっち無事だったよー」  その血にまみれた姿で私へと手を振ってみせた。  ◇七  ほどなくして先ほどの赤マフラーの少年と先輩らしき女性――あの人が姉御? そして区の役員っぽい人たちが私たちのいる遊具広場へと駆け付けた。 「スーさん、このこと黙っていてもらえると助かるかな。できればタナちゃんにも」  タナちゃん……とは私の相方|田中《たなか》雛希《ひなき》のことだ。そういえば紫穏ちゃんが以前「タナちゃんが浜《はま》なんとかって名字だったらスーさんハマちゃんで良いコンビ名だったのになぁ。そしたら絶対一緒に釣りへと誘うのに」と言っていたのを思い出す。紫穏ちゃんが釣り好きなのは聞いていたが、その時は言葉の意味がわからず愛想笑いしか出来なかった。 「わかった、ヒナキにも言わないでおく……っていうかこれはさすがにネタにできないや」  返り血や体液でドロドロになったままの二人の姿に私はそう言わざるを得なかった。 「ごめんねー。姉御たちも来たみたいだからアタシ向こうでこの件の話済ませてくるねー」  数歩駆けだして何かに気付いたのか、紫穏ちゃんは急に足を止めると再びこちらへ振り返り、 「そうだ、リムっちー。姉御に頼んでこの汚れ流して貰おう」 「うん、え? うん」 「それじゃスーさん、ばいば~い」 「ごめんねアヤナさん、また明日、ね」  そして紫穏ちゃんは眠り姫の手を引くと、二人は赤マフラーの少年と一緒に来た女性のもとへと駆けて行った。  ぽつんと一人取り残され、辺りを見回してみる。紫穏ちゃんが解体した蛇ラルヴァは役員っぽい人たちの手によって、すでに元々何もなかったかのようにほとんど処理が終わっていた。 「うーん、なんだったんだかなぁ。帰るかぁ……」  ひとりごちる。吹きこんだ風に身を震わせ、私は空を見上げた。  太陽君の作った青空のもと、中央広場から虹子ちゃんの綺麗な|虹の掛け橋《レインボーロード》が伸びていた。  【眠り姫の見る夢 -Ayana-】終 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]

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