【High tension! スクールライフ 2】

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 High tension! スクールライフ  P組の脅威!? Q組のアイツ編 http://rano.jp/3142  気温が上がり、汗ばむ季節。あのドッジボール武闘会から日数が経っていた。  男子も女子もブレザーの上着を羽織らず、みんな冬服の真っ白なブラウスだけ で過ごしている。べこべこ安物の下敷きを扇ぎ、誰もかもが来月の衣替えを待ち 遠しく思っていた。 「確かに俺たちはQ組に負けた」  教卓の上なんかで胡坐をかき、亮太が何か言っている。 「しかしな、体育祭、秋季球技大会・・・・・・。逆襲のチャンスはいくらでもあるん だ。必ずや、にっくき奈月どもQ組を撃破し我々P組が学園の頂点に君臨するの だ!」 「バカやってねーでとっとと宿題写してくんないかなぁ? お前には見せないぞ もう」  それは困る、と亮太は俺のノートを開いた。やってこなかった宿題を急いで丸 写しする。  この男は俺の親友・新井亮太だ。国内の金融や不動産にめっぽう強い、新井財 閥のドラ息子である。お祭り騒ぎが大好きな男で、先日の球技大会は大いにハッ スルして長野県の村にかけあい、球技大会前ドッジボール研修旅行なんて企画を ぶちあげてみせた。たかだがP組の球技大会のためだけにその村はインフラやス ポーツ施設の緊急整備がなされ、全て新井家の金で選手村として改修されてしま った。今やJR飯田線の特急も停まる立派な山間都市に発展してしまったらしい 。  そうまでして力を入れた球技大会であったが、Q組に敗れ、トーナメント途中 で敗退となってしまった。 「今や廊下でQ組の人間に鼻で笑われる始末・・・・・・! こんな屈辱あってたまる か! あの大会で見事に散って星になってったクラスメートのためにも、俺は絶 対にP組を逆転勝利に導いてみせる!」 「死んでないみんな死んでない」  そう、俺が焦ってフォローを入れたときだった。 「やめときなさい亮太。無理な話よ」 「奈月」  聞き捨てならないと、亮太はカチンときた様子でその女のほうを振り向いた。  彼女は開きっぱなしのドアに寄りかかり、両腕を組んだ体勢で俺たちに厳しい 視線を投げかけている。  清水奈月。現社長の暴力的とも言える強行で強引な手腕により、平成の不況下 のなか数々の大手銀行を吸収したすえ、今や日本有数の国内銀行にまで上り詰め た清水銀行フィナンシャルグループ。その社長の一人娘が目の前にたたずむ奈月 嬢だ。奈月もまた将来の日本を背負う人間として徹底した教育が叩き込まれてい るが、彼女もやはりその実力を全て学園生活のくだらないことに活用してしまう 、お祭り騒ぎ大好きの女の子であった。  亮太と奈月は両親の決めた「いいなずけ」の関係にある。と、そのような事情 があるので、当の本人たちは日ごろ学校で意地の張り合いばかりをしているのだ 。 「フン。何かと思えば大きなお世話かい? 暇人なんだなお前も」  おめーが言うな、と俺は亮太に聞えないように言う。 「別に冷やかしに来たわけじゃないわ。よく聞きなさい亮太。うちのクラスには ね、あんたたちじゃ到底太刀打ちできない『とんでもない男』がいんの」 「とんでもない男?」と、思わず俺も顔を上げてしまった。 「そうよ。・・・・・・私も色んな修羅場をくぐりぬけてきたけど、『あの男』はヤバ い。キケン。つくづくこの学園は恐ろしいと思ってしまった」  奈月は真剣な眼差しをして俺たちに静かに語る。本当に、亮太に冷やかしを入 れにやって来たわけではないようだ。彼女は真面目に俺たちに忠告しているので ある。曽祖父様の墓石にドッジボールを何度もぶつけ、「炎のシュート」を会得 した凶暴女が、である。たかだかお祭り騒ぎのためだけに一週間血の滲むような 修行に明け暮れたバカ女が、である。  だが亮太はへっと笑い、まるで相手にしない様子で両手をぺらぺら上げて、奈 月にこう言ってみせた。 「強盗社長の鬼畜娘とまで恐れられた奈月様が、腐ったもんだねぇ。何情けない 顔してんだ。この学校には変態ロリコンおっぱい狂い、色んな輩がいんだ。今更 どんなメガトン級の奇人が出てきたって、もう驚きやしねーよ」 「そこまで言うんなら、来なさい」  奈月はそう言うと、無言でP組の教室から出て行こうとする。亮太も「よっと 」と跳ねるように教卓から飛び降り、彼女の後を追おうとした。 「ヨータ、おめーも行こうぜ。悪いけどノート借りとくからな」 「また勝手なことを・・・・・・!」  俺もため息交じりに椅子から立ち上がって、渋々とQ組の教室に向かった。  俺たちは奈月に連れられ、Q組の教室に到着した。廊下で幼馴染の森野あさひ に会い、「珍しいね、よーくんがここに来るなんて」とお目目をキラキラされて 喜ばれた。 「で、どこにいんだよ。Q組のとんでもなく恐ろしい男とやらはよ」  亮太はニヤニヤしながら奈月に言った。目が据わっている。出る杭は打って潰 そうとする、勝ち組の目。こいつは先手を打って件の人物にヤキを入れる気なの だ。 「P組の亮太様が殴りこみに来てやってんだ。早く紹介しろ」 「焦らないで亮太。あそこに・・・・・・いるから・・・・・・」  奈月は力の抜けた声で指を差す。人差し指が細かく震えている。  ――リーゼント頭の男。  しかもだたのリーゼントではない。妙に長いのだ。  その長さは大雑把に見て一メートルぐらい。大量の整髪料で固めているせいか 、てかてかと教室の蛍光灯に反射して輝いていた。重さに耐え切れず、リーゼン ト部分の半分から先が下に垂れ下がってしまっている。当の男はりんごジュース を無言でちゅーちゅー吸い、何事の無い平和でのどかなお昼時を満喫していた。 「勝 て っ こ ね ぇ 」  亮太はそう言うと両手を地に着き、がっくりうなだれてしまった。 「でしょ? ありえないでしょあれ? 何なの? 何なのあの頭?」 「俺に聞かれても知らねーよ! 何でリーゼント長いんだよ! 長くしてんだよ ! 垂れ下がっちゃってるじゃねえか!」 「廊下で騒ぐんじゃねえ亮太! 落ち着け!」 「よーくん落ち着いて! それは次の生物で使う人体模型さんだよ!」  すっかり取り乱した奈月が大きなため息をついて、どうにか冷静さを取り戻す 。亮太はというと脂汗をダラダラ流し、りんごジュースの空になったパックを丁 寧に潰しているリーゼントのことを見つめている。 「私にもクラスのみんなにもわからないのよアイツが! どうしてリーゼントを あんなに伸ばしてるのか、あとどういうキャラなのか!」 「恐ろしいぜ。普通科連隊Q組恐るべしだぜ。特に目立った生徒がいねーから、 盲点すぎた」 「あ、くしゃみしてリーゼントが床に衝突した」 「たまに友達の女の子が牛乳吹いちゃうんだよね・・・・・・」  絶対に笑ってはいけないQ組教室などという企画があったら、絶対に勝ち残れ ない。生き残れる者などいない。「あんたのせいでまたこの子牛乳吹いちゃった じゃない! このモップ借りるわよ!」「やめろそれは俺のリーゼントだ」など という会話が繰り広げられていた。この光景に亮太はムシャクシャと自分の頭を かきむしる。 「ああもう、何なんだよアイツは! 一体何がしたいってんだ!」 「知らないわよ! 亮太が見たいって言ったから連れてきたんじゃん!」 「あんなん勝てっこねぇって言ってんだろ! もうQ組自体アイツに食われてん じゃねーか! せっかくキャラ二人置いといた作者も『勝てっこねぇ』って嘆い てたわ!」 「亮太さん、作者の叫びを声に出しちゃだめ!」 「とにかくだ」混乱の収拾がつかない亮太と奈月に、俺は言う。「まだあの男子 生徒がとんでもない男かどうかは、よく見てみないとわからない・・・・・・。ここは 冷静になって、昼休みの間だけでも観察してみるのはどうだろう」  この忠告に、ようやく亮太も熱が引いたようにおとなしくなる。そう、もしか するとあのギャグみたいなリーゼントが見せかけであって、実は大したことのな い人間かもしれないのだ(そう言っては失礼だが)。人は見かけさえ良ければ、 どうとでも解釈が利いてどこまでも凶悪に見えるものなのだ。 「お前の言う通りだヨータ。俺としたことが取り乱しすぎた。よし、あの謎に満 ちたリーゼントを観察してみよう。今後強敵として我々の前に立ちふさがるかも わからん」  亮太と俺と奈月とあさひは四人で固まり、じっと廊下からリーゼントを見つめ ている。双葉学園に彗星の如く参上した、並々ならぬ人物。気にならないわけが ない。そしてそんな真剣な俺たちのことを、Q組の人間たちが不審げに横目に見 ながら教室を出て行ったり、入ったりしていくのであった。  リーゼントは次の授業に備えているのか、生物の教科書や参考書、ビジュアル 資料集を取り出している。最後に自分の筆記用具を机に置き、真面目な顔つきに なって黒板のほうを向いた。  彼が前を向いたとたん、一メートルはあるリーゼントの先っぽが前の席の女子 学生の頭上にぽふっと落下し、落ち着いてしまった。 「ちょっと牧野くん? リーゼント頭に乗っけないでって言ってんでしょ!」 「あ、いつも申し訳ない」 「しかも牛乳臭いし! やめてよ!」  俺と亮太はたまらず廊下に崩れ落ちてしまい、クックックとよくわからない苦 笑をしながら震えていた。奈月はどうしたらいいかわからず、困った声で俺たち に言った。 「とまあ、これがQ組の日常なのよ亮太」 「やっぱわけわかんねーよ! ああああああああああああああああああああ!」  亮太はとうとう暴走を起こしてしまい、廊下に設置されている掃除用具入れの ロッカーにガンガン頭突きを始めてしまった。  気持ちは痛いぐらいにわかる。俺は暴れる亮太を羽交い絞めにし、何とかP組 の教室に連れて帰ったのであった。  何だか今日はすごく疲れた気がする。お昼にひどくしょうもない出来事があっ たような気がしたが、あえて思い出さないでおく。  この場にいる四人の誰もが全く同じことを思っていることだろう。俺と亮太と あさひと奈月は、学校帰りに双葉島中央公園のベンチでぐだぐだと時間を潰して いた。夕刻前だが気温は依然として下がらず、蒸暑い。ついコンビニでアイスバ ーを買ってしまい、こうしてみんなで休憩していたところだった。 「よーくん。いつ弓道場に顔出してくれんのよ。のぞみちゃん、ずっと待ってる わよ?」 「あっ・・・・・・この場で部活の話題はNGでお願いしま・・・・・・」  ボキィとアイスの棒を片手で握りつぶしてしまう音。ひゃあと悲鳴を上げなが ら横を向くと、あさひさんがぎりぎり拳を奮わせつつ笑顔で俺にこう言う。 「何のお話かなよーくん? 誰のお話なのかなよーくん。よかったら私にも聞か せてくれないかなぁ」  必死になってあさひをなだめる俺。あさひの異能は嫉妬力だ。俺が、例えば部 活の後輩と仲良くしているところ見ただけで怒髪天を突き、地割れを引き起こし 、地獄谷に引きずり込んでこんこんと恐怖を味わわせるという、とんでもなく恐 ろしい異能者なのである。  あさひのお味噌汁おいしいよとか、俺はあさひと一緒にいられて嬉しいよとか 、そういう台詞を唐突でも言いから言っておけば、とりあえずは機嫌を直してく れる。と、そういつものように恥ずかしい台詞をべらべら垂れ流していたときだ 。俺は見てしまった。見つけてしまった。 「亮太・・・・・・」 「あんだよ、もう助太刀してやんねーぞ」 「あれ、あれ・・・・・・」 「あん?」  アイスを口に含んでいる亮太の首が、俺の指差す方を向く。  その瞬間亮太の両目がぐっと丸くなった。堅苦しすぎる無表情になり、眼球が プルプル奮え――。  不意に空から降りてきた一羽の鳩が、そいつのリーゼントに着陸し、「クルッ ポー」と鳴いたとき。とうとうこらえきれず亮太の口からアイスが噴射された。  昼休みに俺たちを大混乱の渦に陥れたあのリーゼントが、この公園でひとりた たずみ、携帯なんぞをポチポチ打っているところを見つけてしまったのだ。亮太 はゲホゲホ激しくせきこみ、奈月がハンカチを当てたりあさひが背中をさすった りした。 「もうなんなん? なんなんアイツ! 俺を殺しに来てんじゃねえのか!」 「何しに来たんだろう牧野くんは・・・・・・」 「わからないわ。あの人が一人でいるとこ、初めて見た」 「すげぇ、鳩とかすずめとか集まってきたぞ」 「鳥さんの重さでいっそう下がってくね・・・・・・」  野鳥たちが憩いの場を求めて降りてきても牧野は表情一つ変えず、微動たりし ない。さすがにカラスのつがいがあーあー喚きながら針金ハンガーをくわえてや ってきて、リーゼントに巣作りを始めようとしたとき、牧野はシッシと両手で払 っていた。 「帰ろうヨータ! 俺はもう疲れた! 家に帰ってゆっくり寝たい!」 「珍しいじゃねえか、いつもはしゃぎっぱなしのお前がそんなこと言うなんて」  ところが、亮太が鞄を持ってベンチから立ち上がったそのときだった。  ビー、と各人のモバイル学生証が鳴動したのである。ラルヴァセンサーだ。 「やべ、ラルヴァだ」と俺はつぶやく。 「マズいわね。一刻も早く逃げないと」 「奈月ちゃん、あれ見て!」  あさひはリーゼントを指差した。牧野は真剣な顔つきになっていて、パチンと モバイル学生証を畳みポケットに収納した。どうやら戦う気なのだ。 「あの人戦えるのか? でもどうやって倒すんだ」 「まさかあのリーゼントに秘密が・・・・・・?」  俺と奈月が何となくそう言ったとき。亮太がニッと笑ってこんなことを言って きた。 「見に行くぞ、お前ら」 「えー! 本気かよ!」と俺はシャウトする。 「私たちは戦えないから、危ないですよぅ亮太さん」 「今日はもうアイツにメチャクチャにされっぱなしだ。このエンターテイナー亮 太様が、だ!」 「だから牧野の秘密を探ってやろうってわけね!」  奈月も意地悪そうな笑顔になって言った。頼もしい亮太は、彼女が大好きなも のの一つ。 「おうよ。このままじゃずっと負けた気がして、夢ん中でもリーゼントに苦しめ られるんだろうな。俺はアイツの戦いを見に行く。ヨータもあさひちゃんも着い てこい!」  相変わらずだなお前は、と苦笑する俺。「行こ、よーくん」。あさひが俺の右 手を強く握る。温かみに満ちたその手のひらを感じたとき、俺は意を決した。  リーゼントの牧野徹はラルヴァの駆除を任されていた。だからこの時に備えて リーゼントを伸ばし、固めていたのである。 「あの敵は俺にしか倒せないからなぁ」  牧野は今回の宿敵を睨み上げた。首を上に向ける。  人間の顔を模した縦長のモニュメントが、何十段にも重なってタワーになって いる。カテゴリー審議中のラルヴァ『トーテムポール』だ。  出現ごとにてっぺんの「顔」が入れ替わり、空高くから多様な攻撃を繰り広げ てくる強敵だ。前回は汚臭。前々回は雹。そして学者の報告によれば、てっぺん から無差別にビーム攻撃を乱発する凶暴な「顔」もいるというのだ。  放置しておけばいつか町が破壊されてしまう。島が滅んでしまう。弱点は、て っぺんの頭が毎回装着しているルビーの宝石だ。  ルビーは地上二十階ぐらいの高さにあった。双葉学園でほぼ唯一といってよい 航空部隊の魔女研は、別任務で不在。ならば地上から遠距離攻撃で叩くしかない 。様々な異能を持った学園生から今回リストアップされたのが、リーゼント・キ ャノンの牧野であったのだ。 「しかし、今日このときまで苦難の連続だった・・・・・・」  牧野は濁った魚の目になり、悲しいこれまでの出来事を振り返る。  砲身となるリーゼントを前方向に長くし、命中精度を上げるつもりでいた。だ からあえてリーゼントを馬鹿みたいに長くしていたのだが、数々の冷たい視線や 好奇のまなざしを頂戴してきたものである。  教室にいるだけで噴出すクラスメートが続出。前を向けばついつい前の席の女 子をど突いてしまい、こっぴどく怒られる。黒板に宿題の答えを書き終えて春奈 せんせーの方を振り向いたとき、ついついリーゼントで真横にぶっ飛ばしてしま ったときは大変だった。せんせーさんはわけがわからずびっくりして泣いてしま い、怒り狂った女子陣から物を投げつけられた。  しかも今日はP組の人間に指をさされて色々言われてしまう始末。聞えていな いわけではないのだ。でももう慣れっこ。慣れっこであるはず・・・・・・だ。なのに 、どうしてか涙が流れ落ちてくる・・・・・・。 「すごいラルヴァだね。あんな大きいの見たことないよ・・・・・・」 「ふむふむ、トーテムポールっていうんだってさ。まんまなネーミングねぇ。あ のてっぺんにある赤い宝石が弱点らしいわよ」 「けどよ、どうやってあのリーゼントがやっつけるんだ? あいつは遠距離攻撃 の異能者なのか?」  俺たちは垣根の影に潜み、牧野の戦闘をこっそり観察していた。巨大なラルヴ ァが鎮座している様子は圧巻で、恐怖で、終末的な光景とも言えたが、眼前のロ ングリーゼントのインパクトや出オチ感がすさまじくて、さほど脅威に映らない のが困る。 「まさかよ、あの長いリーゼントが大砲だった、ってオチはねえよな?」  亮太がついそう呟いてしまう。俺は真顔になってこう返す。「え? あれただ のファッションじゃないの? あの人は好きであんな格好してんじゃないの?」 「そうだよな。そうに決まってんよなぁ」  がははと二人で笑っていたときだ。 「あ、髪の毛が輝きだしたよよーくん」  あさひがそう言ったとき、俺たちは絶句してリーゼントのほうを向いた。  冗談だろ? もうあのリーゼントってだけで勝てっこないのに、あれから強力 な弾が発射されるとでも言うのか? 見た目は変人奇人にしか見えないあいつが 、とんでもないリーサルウェポンだったとでも言うのか? 「双葉学園ってすごいとこだなぁ」 「ヨータ、同感だ。今回ばかりは俺の負けだ。うまい賞賛の仕方が思いつかない 」 「馬鹿なこと言ってないでちゃんと見ときなさいよ! ほら、リーゼントにどん どんエネルギーが集中していくわ!」  リーゼントが金色に輝いている。長い砲身が金色に身を包んでいる。まことに わけのわからない光景が繰り広げられているが、当人はいたって真面目だ。俺た ちも固唾を呑んで、牧野の繰り広げんとする必殺技が・・・・・・リーゼントが火を吹 く瞬間を見守っていた。 「FIRE!」  トーテムポールの頂点をしっかり狙い、牧野は異能「リーゼント・キャノン」 を炸裂させる! 牧野が叫んだ瞬間、爆音が島中を揺らす!  ・・・・・・だが砲身一メートルの武器を扱うには、体勢が悪すぎた。牧野は強い反 動で「うわー」と後ろにひっくり返った。金色の弾も上方向にズレてしまい、夕 闇へ吸い込まれてしまう。このあんまりな結果に俺たち四人は盛大にズッコけた 。 「ちくしょう、支えきれなかったか!」などと悔しそうに呟いている牧野に、奈 月がつかつか近づいてガツンとぶん殴る。リーゼントがたわんでぶるぶる揺れる 。 「あんた何なのよもう! いい加減にして! 真面目にやりなさいよ!」 「お前はクラスメートの清水奈月じゃないか。どうしてこんな場所に」 「どーも、ちーっす」  そしてニタニタしながらやってきた亮太。それに続いて、いよいよ俺とあさひ が牧野の前に出る。牧野は俺たちの登場にぽかんとした様子だったが、亮太の次 の一言で目の色が変わった。 「手伝ってやるぜ。そのリーゼント、俺たち四人が支えてやるよ!」 「そうしてくれるのなら助かるぜ!」  牧野はトーテムポールのほうを向き、しっかりと方膝をついてしゃがんだ。俺 とあさひが長いリーゼントを支え、亮太は牧野が後ろに吹き飛ばないよう背中合 わせに密着する。整髪料の香りがどぎついなか、奈月はどうしてか何もしない。 フォーメーションの一番後ろに立ち、こう吼える。 「今よ、ローリング・バルカン!」 「OK!」  何かこう意味のわからないことをおっぱじめられ、牧野は「?」頭上に疑問符 を浮かべ怪訝そうな顔をしている。だが空気を読んで魂源力を充填してくれた。 ありがとう。  こういうときの俺たちは非常に連携が良いのだ。関係者のことなどまるで意に 介さず、好き勝手始めてしまう。特に奈月と亮太はすっかり楽しそうなご様子だ 。 「亮太、サーチ!」「オーケイ!」  背中合わせになっている亮太が、トーテムポールの弱点であるルビーを注視す る。捉えた。あとは俺とあさひが力を合わせてしっかり支えていれば、ローリン グ・バルカンもといリーゼント・キャノンは命中する。  牧野はおもちゃ扱いに慣れきっているのか、「もう好きにして」といった風に 無表情でいた。いじられ尽くされて達観へと至ったむなしい無表情が、砲身の金 色に照らされてボウと青白く浮かび上がっていた。  最後、奈月は両腕を前に突き出し、大きく勇ましく叫ぶ。 「ローリング・バルカン!」  牧野のリーゼントが金色に輝き、巨大な砲弾を発射させた。本当にリーゼント から弾が跳んでいって、改めてびっくりした。リーゼント・キャノンの強力な一 発はトーテムポールの頂点にまっすぐ飛んでいき、真っ赤なルビーを見事に打ち 抜いたのである。  そしてトーテムポールは生命が抜けたように灰色となってしまう。ただの土と なったラルヴァは夕刻の風に煽られて、ぼろぼろ崩れ落ちてしまった。五人のチ ームプレイらしき必殺技は大成功だった。 「やった! やるじゃねぇかよ、リーゼント!」  亮太が、人との距離感などまるで考えない失礼な態度で言った。 「何かすっげぇ複雑だけど、ありがとうな! 助かったぜ!」  あさひも微笑を浮かべながら亮太と牧野のやりとりを見守っている。俺も楽し かった。リーゼントが実はすごい奴で、最後にみんなで協力して強い敵を倒せて 。 「ちょっと待ちなさいよ・・・・・・」  怒りに震える声。牧野は奈月のほうを振り向くと、「しまった」といった顔つ きを見せた。  清水奈月は真っ黒焦げになっていた。ゲラゲラ笑い出した亮太を即座に裏拳で 沈め、黙らせる。その瞬間メガネのブリッジが「バキッ」と折れて落っこちた。  リーゼント・キャノンは発射と同時に強烈なバックブラストを炸裂させる。亮 太は背中合わせになってかがんでいたので辛うじて喰らわなかったが、フォーメ ーションの後ろに立ってフラッシュマンごっこを楽しんでいた奈月は、それをも ろに顔面に浴びてしまった。 「なんか出てくんなら先に言いなさいよこの変態リーゼントぉ――――ッ!」  牧野を追い掛け回す凶暴女・清水奈月。「さ、帰ろうか」「うん!」。俺とあ さひは、あの二人と地面に転がる亮太を放っておき、家路に着いた。  楽しかった。こういうドタバタがあるから双葉学園は楽しくてたまらないのだ 。  おまけ  六谷彩子は不敵な笑みで夜の公園を駆けていた。  あのタワー型ラルヴァ「トーテムポール」が出現したと聞いては、この彩子様 が黙っちゃいられない。トーテムポールは地上二十階付近の高さに弱点を持って いた。ということは。 「私の『ファランクス』の出番ってことね。ふふ、久々に活躍しちゃうわ」  愛用の竹刀を背に、素早く園内を駆け抜ける。  しかし、トーテムポールはすでに撃破されていた。  モバイル学生証によるラルヴァ反応が一切なく、それ以前にあれだけ目立つ体 がいっこうに見えてこない。どうみても手遅れだった。 「あーあ! せっかく日ごろの鬱憤を晴らそうとおもってたのにナ!」  両手を頭の後ろに回して、両頬を膨らまし子供っぽく言う。彼女は二年C組の 生徒である。数々の自己主張もむなしく、委員長に怒られ、星崎真琴にいいよう に操られ、美作聖に気づかぬうちに言いように操られ、瑠杜賀羽宇に振り回され る毎日。調子に乗って暴れ出せば春部里衣がやってきて、瞳からハイライトが無 くなるまでシメられてしまう。  やることがなくなったので、一人ふらふらと園内の散歩を始める。男に絡まれ ればボコボコにするつもりでいた。 だが、池の周りを走るサイクリングロードにて、ふと何者かが倒れているのを見 つけてしまう。彩子はびっくりしてその人のところに寄っていった。 「あのー、・・・・・・って何よ、男じゃない」  彩子は露骨に態度を変え、竹刀の先で行き倒れの高等部男子をゴスゴスつつく 。 「んなとこで寝てると財布とか盗られるわよ? 起きなさいよ」  しかし、彼はなかなか目を覚まさない。ムカッときたので足蹴にしてやろうと した、そのときだった。 「・・・・・・あ、すまねえ、ありがとう」  男がむっくり起き上がり、こっちを向いたと思ったら――。  ばちーん。 「ぐ ぇ っ」  彩子は彼の持つ長いリーゼントに顔を払われ、吹き飛んでしまった。  牧野は「やべえ!」と焦る。あのあと清水奈月に追い掛け回され、なんとか振 り切ることができた。しかしすでに魂源力をリーゼント・キャノンに費やしてい たため、この場で力尽きてしまっていたのである。  固めていたリーゼントは汗と湿気に負けてしまい、すっかり垂れてしまってい た。まるで鞭のようになってしまったそれは、牧野がくるんと振り向いた瞬間し なやかな動きでもって応え、彼に接近していた彩子をふっ飛ばしてしまったので ある。 「いきなり何すんのよ固羅ァ――――――――――――――――――――ッ!」  今度は彩子がドロップキックで牧野をブッ飛ばす。TVの漫才コンビが見せる とてもいい動きだ。そのまま竹刀を振りかざして追い討ちをかけようとするが、 仰向けの牧野は何とか竹刀をキャッチできた。彩子は鬼のごとき猛烈な形相で牧 野を殺しにかかる。  ぐぐぐ、と彩子が竹刀を押し付け、牧野が負けじと押し返す。  やがて二人は取っ組み合いになり、お互いに投げ飛ばそうとやりあう。そうし て勢いあまって、二人とも池にドボンと落下していった。  双葉島は今晩も平和で穏やかな夜を迎えていたのであった。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
 High tension! スクールライフ  P組の脅威!? Q組のアイツ編 http://rano.jp/3142  気温が上がり、汗ばむ季節。あのドッジボール武闘会から日数が経っていた。  男子も女子もブレザーの上着を羽織らず、みんな冬服の真っ白なブラウスだけで過ごしている。べこべこ安物の下敷きを扇ぎ、誰もかもが来月の衣替えを待ち遠しく思っていた。 「確かに俺たちはQ組に負けた」  教卓の上なんかで胡坐をかき、亮太が何か言っている。 「しかしな、体育祭、秋季球技大会・・・・・・。逆襲のチャンスはいくらでもあるんだ。必ずや、にっくき奈月どもQ組を撃破し我々P組が学園の頂点に君臨するのだ!」 「バカやってねーでとっとと宿題写してくんないかなぁ? お前には見せないぞもう」  それは困る、と亮太は俺のノートを開いた。やってこなかった宿題を急いで丸写しする。  この男は俺の親友・新井亮太だ。国内の金融や不動産にめっぽう強い、新井財閥のドラ息子である。お祭り騒ぎが大好きな男で、先日の球技大会は大いにハッスルして長野県の村にかけあい、球技大会前ドッジボール研修旅行なんて企画をぶちあげてみせた。たかだがP組の球技大会のためだけにその村はインフラやスポーツ施設の緊急整備がなされ、全て新井家の金で選手村として改修されてしまった。今やJR飯田線の特急も停まる立派な山間都市に発展してしまったらしい。  そうまでして力を入れた球技大会であったが、Q組に敗れ、トーナメント途中で敗退となってしまった。 「今や廊下でQ組の人間に鼻で笑われる始末・・・・・・! こんな屈辱あってたまるか! あの大会で見事に散って星になってったクラスメートのためにも、俺は絶対にP組を逆転勝利に導いてみせる!」 「死んでないみんな死んでない」  そう、俺が焦ってフォローを入れたときだった。 「やめときなさい亮太。無理な話よ」 「奈月」  聞き捨てならないと、亮太はカチンときた様子でその女のほうを振り向いた。 彼女は開きっぱなしのドアに寄りかかり、両腕を組んだ体勢で俺たちに厳しい視線を投げかけている。  清水奈月。現社長の暴力的とも言える強行で強引な手腕により、平成の不況下のなか数々の大手銀行を吸収したすえ、今や日本有数の国内銀行にまで上り詰めた清水銀行フィナンシャルグループ。その社長の一人娘が目の前にたたずむ奈月嬢だ。奈月もまた将来の日本を背負う人間として徹底した教育が叩き込まれているが、彼女もやはりその実力を全て学園生活のくだらないことに活用してしまう、お祭り騒ぎ大好きの女の子であった。  亮太と奈月は両親の決めた「いいなずけ」の関係にある。と、そのような事情があるので、当の本人たちは日ごろ学校で意地の張り合いばかりをしているのだ。 「フン。何かと思えば大きなお世話かい? 暇人なんだなお前も」  おめーが言うな、と俺は亮太に聞えないように言う。 「別に冷やかしに来たわけじゃないわ。よく聞きなさい亮太。うちのクラスにはね、あんたたちじゃ到底太刀打ちできない『とんでもない男』がいんの」 「とんでもない男?」と、思わず俺も顔を上げてしまった。 「そうよ。・・・・・・私も色んな修羅場をくぐりぬけてきたけど、『あの男』はヤバい。キケン。つくづくこの学園は恐ろしいと思ってしまった」  奈月は真剣な眼差しをして俺たちに静かに語る。本当に、亮太に冷やかしを入れにやって来たわけではないようだ。彼女は真面目に俺たちに忠告しているのである。曽祖父様の墓石にドッジボールを何度もぶつけ、「炎のシュート」を会得した凶暴女が、である。たかだかお祭り騒ぎのためだけに一週間血の滲むような修行に明け暮れたバカ女が、である。  だが亮太はへっと笑い、まるで相手にしない様子で両手をぺらぺら上げて、奈月にこう言ってみせた。 「強盗社長の鬼畜娘とまで恐れられた奈月様が、腐ったもんだねぇ。何情けない顔してんだ。この学校には変態ロリコンおっぱい狂い、色んな輩がいんだ。今更どんなメガトン級の奇人が出てきたって、もう驚きやしねーよ」 「そこまで言うんなら、来なさい」  奈月はそう言うと、無言でP組の教室から出て行こうとする。亮太も「よっと」と跳ねるように教卓から飛び降り、彼女の後を追おうとした。 「ヨータ、おめーも行こうぜ。悪いけどノート借りとくからな」 「また勝手なことを・・・・・・!」  俺もため息交じりに椅子から立ち上がって、渋々とQ組の教室に向かった。  俺たちは奈月に連れられ、Q組の教室に到着した。廊下で幼馴染の森野あさひに会い、「珍しいね、よーくんがここに来るなんて」とお目目をキラキラされて喜ばれた。 「で、どこにいんだよ。Q組のとんでもなく恐ろしい男とやらはよ」  亮太はニヤニヤしながら奈月に言った。目が据わっている。出る杭は打って潰そうとする、勝ち組の目。こいつは先手を打って件の人物にヤキを入れる気なのだ。 「P組の亮太様が殴りこみに来てやってんだ。早く紹介しろ」 「焦らないで亮太。あそこに・・・・・・いるから・・・・・・」  奈月は力の抜けた声で指を差す。人差し指が細かく震えている。  ――リーゼント頭の男。  しかもだたのリーゼントではない。妙に長いのだ。  その長さは大雑把に見て一メートルぐらい。大量の整髪料で固めているせいか、てかてかと教室の蛍光灯に反射して輝いていた。重さに耐え切れず、リーゼント部分の半分から先が下に垂れ下がってしまっている。当の男はりんごジュースを無言でちゅーちゅー吸い、何事の無い平和でのどかなお昼時を満喫していた。 「勝 て っ こ ね ぇ 」  亮太はそう言うと両手を地に着き、がっくりうなだれてしまった。 「でしょ? ありえないでしょあれ? 何なの? 何なのあの頭?」 「俺に聞かれても知らねーよ! 何でリーゼント長いんだよ! 長くしてんだよ! 垂れ下がっちゃってるじゃねえか!」 「廊下で騒ぐんじゃねえ亮太! 落ち着け!」 「よーくん落ち着いて! それは次の生物で使う人体模型さんだよ!」  すっかり取り乱した奈月が大きなため息をついて、どうにか冷静さを取り戻す。亮太はというと脂汗をダラダラ流し、りんごジュースの空になったパックを丁寧に潰しているリーゼントのことを見つめている。 「私にもクラスのみんなにもわからないのよアイツが! どうしてリーゼントをあんなに伸ばしてるのか、あとどういうキャラなのか!」 「恐ろしいぜ。普通科連隊Q組恐るべしだぜ。特に目立った生徒がいねーから、盲点すぎた」 「あ、くしゃみしてリーゼントが床に衝突した」 「たまに友達の女の子が牛乳吹いちゃうんだよね・・・・・・」  絶対に笑ってはいけないQ組教室などという企画があったら、絶対に勝ち残れない。生き残れる者などいない。「あんたのせいでまたこの子牛乳吹いちゃったじゃない! このモップ借りるわよ!」「やめろそれは俺のリーゼントだ」などという会話が繰り広げられていた。この光景に亮太はムシャクシャと自分の頭をかきむしる。 「ああもう、何なんだよアイツは! 一体何がしたいってんだ!」 「知らないわよ! 亮太が見たいって言ったから連れてきたんじゃん!」 「あんなん勝てっこねぇって言ってんだろ! もうQ組自体アイツに食われてんじゃねーか! せっかくキャラ二人置いといた作者も『勝てっこねぇ』って嘆いてたわ!」 「亮太さん、作者の叫びを声に出しちゃだめ!」 「とにかくだ」混乱の収拾がつかない亮太と奈月に、俺は言う。「まだあの男子生徒がとんでもない男かどうかは、よく見てみないとわからない・・・・・・。ここは冷静になって、昼休みの間だけでも観察してみるのはどうだろう」  この忠告に、ようやく亮太も熱が引いたようにおとなしくなる。そう、もしかするとあのギャグみたいなリーゼントが見せかけであって、実は大したことのない人間かもしれないのだ(そう言っては失礼だが)。人は見かけさえ良ければ、どうとでも解釈が利いてどこまでも凶悪に見えるものなのだ。 「お前の言う通りだヨータ。俺としたことが取り乱しすぎた。よし、あの謎に満ちたリーゼントを観察してみよう。今後強敵として我々の前に立ちふさがるかもわからん」  亮太と俺と奈月とあさひは四人で固まり、じっと廊下からリーゼントを見つめている。双葉学園に彗星の如く参上した、並々ならぬ人物。気にならないわけがない。そしてそんな真剣な俺たちのことを、Q組の人間たちが不審げに横目に見ながら教室を出て行ったり、入ったりしていくのであった。  リーゼントは次の授業に備えているのか、生物の教科書や参考書、ビジュアル資料集を取り出している。最後に自分の筆記用具を机に置き、真面目な顔つきになって黒板のほうを向いた。  彼が前を向いたとたん、一メートルはあるリーゼントの先っぽが前の席の女子学生の頭上にぽふっと落下し、落ち着いてしまった。 「ちょっと牧野くん? リーゼント頭に乗っけないでって言ってんでしょ!」 「あ、いつも申し訳ない」 「しかも牛乳臭いし! やめてよ!」  俺と亮太はたまらず廊下に崩れ落ちてしまい、クックックとよくわからない苦笑をしながら震えていた。奈月はどうしたらいいかわからず、困った声で俺たちに言った。 「とまあ、これがQ組の日常なのよ亮太」 「やっぱわけわかんねーよ! ああああああああああああああああああああ!」  亮太はとうとう暴走を起こしてしまい、廊下に設置されている掃除用具入れのロッカーにガンガン頭突きを始めてしまった。  気持ちは痛いぐらいにわかる。俺は暴れる亮太を羽交い絞めにし、何とかP組の教室に連れて帰ったのであった。  何だか今日はすごく疲れた気がする。お昼にひどくしょうもない出来事があったような気がしたが、あえて思い出さないでおく。  この場にいる四人の誰もが全く同じことを思っていることだろう。俺と亮太とあさひと奈月は、学校帰りに双葉島中央公園のベンチでぐだぐだと時間を潰していた。夕刻前だが気温は依然として下がらず、蒸暑い。ついコンビニでアイスバーを買ってしまい、こうしてみんなで休憩していたところだった。 「よーくん。いつ弓道場に顔出してくれんのよ。のぞみちゃん、ずっと待ってるわよ?」 「あっ・・・・・・この場で部活の話題はNGでお願いしま・・・・・・」  ボキィとアイスの棒を片手で握りつぶしてしまう音。ひゃあと悲鳴を上げながら横を向くと、あさひさんがぎりぎり拳を奮わせつつ笑顔で俺にこう言う。 「何のお話かなよーくん? 誰のお話なのかなよーくん。よかったら私にも聞かせてくれないかなぁ」  必死になってあさひをなだめる俺。あさひの異能は嫉妬力だ。俺が、例えば部活の後輩と仲良くしているところ見ただけで怒髪天を突き、地割れを引き起こし、地獄谷に引きずり込んでこんこんと恐怖を味わわせるという、とんでもなく恐ろしい異能者なのである。  あさひのお味噌汁おいしいよとか、俺はあさひと一緒にいられて嬉しいよとか、そういう台詞を唐突でも言いから言っておけば、とりあえずは機嫌を直してくれる。と、そういつものように恥ずかしい台詞をべらべら垂れ流していたときだ。俺は見てしまった。見つけてしまった。 「亮太・・・・・・」 「あんだよ、もう助太刀してやんねーぞ」 「あれ、あれ・・・・・・」 「あん?」  アイスを口に含んでいる亮太の首が、俺の指差す方を向く。  その瞬間亮太の両目がぐっと丸くなった。堅苦しすぎる無表情になり、眼球がプルプル奮え――。  不意に空から降りてきた一羽の鳩が、そいつのリーゼントに着陸し、「クルッポー」と鳴いたとき。とうとうこらえきれず亮太の口からアイスが噴射された。  昼休みに俺たちを大混乱の渦に陥れたあのリーゼントが、この公園でひとりたたずみ、携帯なんぞをポチポチ打っているところを見つけてしまったのだ。亮太はゲホゲホ激しくせきこみ、奈月がハンカチを当てたりあさひが背中をさすったりした。 「もうなんなん? なんなんアイツ! 俺を殺しに来てんじゃねえのか!」 「何しに来たんだろう牧野くんは・・・・・・」 「わからないわ。あの人が一人でいるとこ、初めて見た」 「すげぇ、鳩とかすずめとか集まってきたぞ」 「鳥さんの重さでいっそう下がってくね・・・・・・」  野鳥たちが憩いの場を求めて降りてきても牧野は表情一つ変えず、微動たりしない。さすがにカラスのつがいがあーあー喚きながら針金ハンガーをくわえてやってきて、リーゼントに巣作りを始めようとしたとき、牧野はシッシと両手で払っていた。 「帰ろうヨータ! 俺はもう疲れた! 家に帰ってゆっくり寝たい!」 「珍しいじゃねえか、いつもはしゃぎっぱなしのお前がそんなこと言うなんて」  ところが、亮太が鞄を持ってベンチから立ち上がったそのときだった。  ビー、と各人のモバイル学生証が鳴動したのである。ラルヴァセンサーだ。 「やべ、ラルヴァだ」と俺はつぶやく。 「マズいわね。一刻も早く逃げないと」 「奈月ちゃん、あれ見て!」  あさひはリーゼントを指差した。牧野は真剣な顔つきになっていて、パチンとモバイル学生証を畳みポケットに収納した。どうやら戦う気なのだ。 「あの人戦えるのか? でもどうやって倒すんだ」 「まさかあのリーゼントに秘密が・・・・・・?」  俺と奈月が何となくそう言ったとき。亮太がニッと笑ってこんなことを言ってきた。 「見に行くぞ、お前ら」 「えー! 本気かよ!」と俺はシャウトする。 「私たちは戦えないから、危ないですよぅ亮太さん」 「今日はもうアイツにメチャクチャにされっぱなしだ。このエンターテイナー亮太様が、だ!」 「だから牧野の秘密を探ってやろうってわけね!」  奈月も意地悪そうな笑顔になって言った。頼もしい亮太は、彼女が大好きなものの一つ。 「おうよ。このままじゃずっと負けた気がして、夢ん中でもリーゼントに苦しめられるんだろうな。俺はアイツの戦いを見に行く。ヨータもあさひちゃんも着いてこい!」  相変わらずだなお前は、と苦笑する俺。「行こ、よーくん」。あさひが俺の右手を強く握る。温かみに満ちたその手のひらを感じたとき、俺は意を決した。  リーゼントの牧野徹はラルヴァの駆除を任されていた。だからこの時に備えてリーゼントを伸ばし、固めていたのである。 「あの敵は俺にしか倒せないからなぁ」  牧野は今回の宿敵を睨み上げた。首を上に向ける。  人間の顔を模した縦長のモニュメントが、何十段にも重なってタワーになっている。カテゴリー審議中のラルヴァ『トーテムポール』だ。  出現ごとにてっぺんの「顔」が入れ替わり、空高くから多様な攻撃を繰り広げてくる強敵だ。前回は汚臭。前々回は雹。そして学者の報告によれば、てっぺんから無差別にビーム攻撃を乱発する凶暴な「顔」もいるというのだ。  放置しておけばいつか町が破壊されてしまう。島が滅んでしまう。弱点は、てっぺんの頭が毎回装着しているルビーの宝石だ。  ルビーは地上二十階ぐらいの高さにあった。双葉学園でほぼ唯一といってよい航空部隊の魔女研は、別任務で不在。ならば地上から遠距離攻撃で叩くしかない。様々な異能を持った学園生から今回リストアップされたのが、リーゼント・キャノンの牧野であったのだ。 「しかし、今日このときまで苦難の連続だった・・・・・・」  牧野は濁った魚の目になり、悲しいこれまでの出来事を振り返る。  砲身となるリーゼントを前方向に長くし、命中精度を上げるつもりでいた。だからあえてリーゼントを馬鹿みたいに長くしていたのだが、数々の冷たい視線や好奇のまなざしを頂戴してきたものである。  教室にいるだけで噴出すクラスメートが続出。前を向けばついつい前の席の女子をど突いてしまい、こっぴどく怒られる。黒板に宿題の答えを書き終えて春奈せんせーの方を振り向いたとき、ついついリーゼントで真横にぶっ飛ばしてしまったときは大変だった。せんせーさんはわけがわからずびっくりして泣いてしまい、怒り狂った女子陣から物を投げつけられた。  しかも今日はP組の人間に指をさされて色々言われてしまう始末。聞えていないわけではないのだ。でももう慣れっこ。慣れっこであるはず・・・・・・だ。なのに、どうしてか涙が流れ落ちてくる・・・・・・。 「すごいラルヴァだね。あんな大きいの見たことないよ・・・・・・」 「ふむふむ、トーテムポールっていうんだってさ。まんまなネーミングねぇ。あのてっぺんにある赤い宝石が弱点らしいわよ」 「けどよ、どうやってあのリーゼントがやっつけるんだ? あいつは遠距離攻撃の異能者なのか?」  俺たちは垣根の影に潜み、牧野の戦闘をこっそり観察していた。巨大なラルヴァが鎮座している様子は圧巻で、恐怖で、終末的な光景とも言えたが、眼前のロングリーゼントのインパクトや出オチ感がすさまじくて、さほど脅威に映らないのが困る。 「まさかよ、あの長いリーゼントが大砲だった、ってオチはねえよな?」  亮太がついそう呟いてしまう。俺は真顔になってこう返す。「え? あれただのファッションじゃないの? あの人は好きであんな格好してんじゃないの?」「そうだよな。そうに決まってんよなぁ」  がははと二人で笑っていたときだ。 「あ、髪の毛が輝きだしたよよーくん」  あさひがそう言ったとき、俺たちは絶句してリーゼントのほうを向いた。  冗談だろ? もうあのリーゼントってだけで勝てっこないのに、あれから強力な弾が発射されるとでも言うのか? 見た目は変人奇人にしか見えないあいつが、とんでもないリーサルウェポンだったとでも言うのか? 「双葉学園ってすごいとこだなぁ」 「ヨータ、同感だ。今回ばかりは俺の負けだ。うまい賞賛の仕方が思いつかない」 「馬鹿なこと言ってないでちゃんと見ときなさいよ! ほら、リーゼントにどんどんエネルギーが集中していくわ!」  リーゼントが金色に輝いている。長い砲身が金色に身を包んでいる。まことにわけのわからない光景が繰り広げられているが、当人はいたって真面目だ。俺たちも固唾を呑んで、牧野の繰り広げんとする必殺技が・・・・・・リーゼントが火を吹く瞬間を見守っていた。 「FIRE!」  トーテムポールの頂点をしっかり狙い、牧野は異能「リーゼント・キャノン」を炸裂させる! 牧野が叫んだ瞬間、爆音が島中を揺らす!  ・・・・・・だが砲身一メートルの武器を扱うには、体勢が悪すぎた。牧野は強い反動で「うわー」と後ろにひっくり返った。金色の弾も上方向にズレてしまい、夕闇へ吸い込まれてしまう。このあんまりな結果に俺たち四人は盛大にズッコけた。 「ちくしょう、支えきれなかったか!」などと悔しそうに呟いている牧野に、奈月がつかつか近づいてガツンとぶん殴る。リーゼントがたわんでぶるぶる揺れる。 「あんた何なのよもう! いい加減にして! 真面目にやりなさいよ!」 「お前はクラスメートの清水奈月じゃないか。どうしてこんな場所に」 「どーも、ちーっす」  そしてニタニタしながらやってきた亮太。それに続いて、いよいよ俺とあさひが牧野の前に出る。牧野は俺たちの登場にぽかんとした様子だったが、亮太の次の一言で目の色が変わった。 「手伝ってやるぜ。そのリーゼント、俺たち四人が支えてやるよ!」 「そうしてくれるのなら助かるぜ!」  牧野はトーテムポールのほうを向き、しっかりと方膝をついてしゃがんだ。俺とあさひが長いリーゼントを支え、亮太は牧野が後ろに吹き飛ばないよう背中合わせに密着する。整髪料の香りがどぎついなか、奈月はどうしてか何もしない。フォーメーションの一番後ろに立ち、こう吼える。 「今よ、ローリング・バルカン!」 「OK!」  何かこう意味のわからないことをおっぱじめられ、牧野は「?」頭上に疑問符を浮かべ怪訝そうな顔をしている。だが空気を読んで魂源力を充填してくれた。ありがとう。  こういうときの俺たちは非常に連携が良いのだ。関係者のことなどまるで意に介さず、好き勝手始めてしまう。特に奈月と亮太はすっかり楽しそうなご様子だ。 「亮太、サーチ!」「オーケイ!」  背中合わせになっている亮太が、トーテムポールの弱点であるルビーを注視する。捉えた。あとは俺とあさひが力を合わせてしっかり支えていれば、ローリング・バルカンもといリーゼント・キャノンは命中する。  牧野はおもちゃ扱いに慣れきっているのか、「もう好きにして」といった風に無表情でいた。いじられ尽くされて達観へと至ったむなしい無表情が、砲身の金色に照らされてボウと青白く浮かび上がっていた。  最後、奈月は両腕を前に突き出し、大きく勇ましく叫ぶ。 「ローリング・バルカン!」  牧野のリーゼントが金色に輝き、巨大な砲弾を発射させた。本当にリーゼントから弾が跳んでいって、改めてびっくりした。リーゼント・キャノンの強力な一発はトーテムポールの頂点にまっすぐ飛んでいき、真っ赤なルビーを見事に打ち抜いたのである。  そしてトーテムポールは生命が抜けたように灰色となってしまう。ただの土となったラルヴァは夕刻の風に煽られて、ぼろぼろ崩れ落ちてしまった。五人のチームプレイらしき必殺技は大成功だった。 「やった! やるじゃねぇかよ、リーゼント!」  亮太が、人との距離感などまるで考えない失礼な態度で言った。 「何かすっげぇ複雑だけど、ありがとうな! 助かったぜ!」  あさひも微笑を浮かべながら亮太と牧野のやりとりを見守っている。俺も楽しかった。リーゼントが実はすごい奴で、最後にみんなで協力して強い敵を倒せて。 「ちょっと待ちなさいよ・・・・・・」  怒りに震える声。牧野は奈月のほうを振り向くと、「しまった」といった顔つきを見せた。  清水奈月は真っ黒焦げになっていた。ゲラゲラ笑い出した亮太を即座に裏拳で沈め、黙らせる。その瞬間メガネのブリッジが「バキッ」と折れて落っこちた。  リーゼント・キャノンは発射と同時に強烈なバックブラストを炸裂させる。亮太は背中合わせになってかがんでいたので辛うじて喰らわなかったが、フォーメーションの後ろに立ってフラッシュマンごっこを楽しんでいた奈月は、それをもろに顔面に浴びてしまった。 「なんか出てくんなら先に言いなさいよこの変態リーゼントぉ――――ッ!」  牧野を追い掛け回す凶暴女・清水奈月。「さ、帰ろうか」「うん!」。俺とあさひは、あの二人と地面に転がる亮太を放っておき、家路に着いた。  楽しかった。こういうドタバタがあるから双葉学園は楽しくてたまらないのだ。  おまけ  六谷彩子は不敵な笑みで夜の公園を駆けていた。  あのタワー型ラルヴァ「トーテムポール」が出現したと聞いては、この彩子様が黙っちゃいられない。トーテムポールは地上二十階付近の高さに弱点を持っていた。ということは。 「私の『ファランクス』の出番ってことね。ふふ、久々に活躍しちゃうわ」  愛用の竹刀を背に、素早く園内を駆け抜ける。  しかし、トーテムポールはすでに撃破されていた。  モバイル学生証によるラルヴァ反応が一切なく、それ以前にあれだけ目立つ体がいっこうに見えてこない。どうみても手遅れだった。 「あーあ! せっかく日ごろの鬱憤を晴らそうとおもってたのにナ!」  両手を頭の後ろに回して、両頬を膨らまし子供っぽく言う。彼女は二年C組の生徒である。数々の自己主張もむなしく、委員長に怒られ、星崎真琴にいいように操られ、美作聖に気づかぬうちに言いように操られ、瑠杜賀羽宇に振り回される毎日。調子に乗って暴れ出せば春部里衣がやってきて、瞳からハイライトが無くなるまでシメられてしまう。  やることがなくなったので、一人ふらふらと園内の散歩を始める。男に絡まれればボコボコにするつもりでいた。 だが、池の周りを走るサイクリングロードにて、ふと何者かが倒れているのを見つけてしまう。彩子はびっくりしてその人のところに寄っていった。 「あのー、・・・・・・って何よ、男じゃない」  彩子は露骨に態度を変え、竹刀の先で行き倒れの高等部男子をゴスゴスつつく。 「んなとこで寝てると財布とか盗られるわよ? 起きなさいよ」  しかし、彼はなかなか目を覚まさない。ムカッときたので足蹴にしてやろうとした、そのときだった。 「・・・・・・あ、すまねえ、ありがとう」  男がむっくり起き上がり、こっちを向いたと思ったら――。  ばちーん。 「ぐ ぇ っ」  彩子は彼の持つ長いリーゼントに顔を払われ、吹き飛んでしまった。  牧野は「やべえ!」と焦る。あのあと清水奈月に追い掛け回され、なんとか振り切ることができた。しかしすでに魂源力をリーゼント・キャノンに費やしていたため、この場で力尽きてしまっていたのである。  固めていたリーゼントは汗と湿気に負けてしまい、すっかり垂れてしまっていた。まるで鞭のようになってしまったそれは、牧野がくるんと振り向いた瞬間しなやかな動きでもって応え、彼に接近していた彩子をふっ飛ばしてしまったのである。 「いきなり何すんのよ固羅ァ――――――――――――――――――――ッ!」  今度は彩子がドロップキックで牧野をブッ飛ばす。TVの漫才コンビが見せるとてもいい動きだ。そのまま竹刀を振りかざして追い討ちをかけようとするが、仰向けの牧野は何とか竹刀をキャッチできた。彩子は鬼のごとき猛烈な形相で牧野を殺しにかかる。  ぐぐぐ、と彩子が竹刀を押し付け、牧野が負けじと押し返す。  やがて二人は取っ組み合いになり、お互いに投げ飛ばそうとやりあう。そうして勢いあまって、二人とも池にドボンと落下していった。  双葉島は今晩も平和で穏やかな夜を迎えていたのであった。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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