「【双葉学園忌憚研究部 第四話「ドッペルゲンガー」 後編】」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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相変わらず旧校舎は埃まみれで、天井には蜘蛛の巣が光っている。蒼魔はできるだけ大きく息を吸わないようにしながら、そっと歩く。
……別に、疑ってるわけじゃないさ。と自分に言い聞かせるが、もしもの時のためにできるだけ物音を立てないようにしていた。
忌憚研究部の部室を通り過ぎて、突き当たりまで歩く。そこから一つずつ、教室をしらみつぶしに開けて探すつもりだった。
古ぼけた木製のドアを静かに引く。しかしドアはいくら力を入れてもびくともしなかった。
(鍵がかかってるのか)
蒼魔はなんだか肩透かしをくらったような気持ちになって、隣の教室に移動した。
(まあ、旧校舎だしな。誰も使わないからそりゃあ、鍵くらいかけるよな)
となると、響が部室以外の教室に捕らえられているとして、どうやって鍵を開けたのだろう?
忌憚研究部の人間なら、簡単だ。部室が使えなくなって隣の教室を使うから鍵を貸してほしい、などと言えばすぐに貸してもらえるだろう。
(でも、同じ事をドッペルゲンガーだってできるはずだ)
蒼魔は今一度、頭を振る。いやな考えを振り切るように、ドアに手をかけた。
(えっ……開いた?)
期待せずに力をいれたら、ドアはすんなりと、ガタガタと音を立ててスライドしていく。
教室の中は長年使われていなかったのだろう、机やら椅子やらが窓際に全て寄せて積み上げられていた。床やロッカーに大量の埃が散っている。
その中心で、静かに響が立っていた。
「……水無瀬?」
蒼魔はそっと、体を半分だけ教室に入れて響を呼ぶ。しかし響は振り向かなかった。蒼魔は強い違和感を感じていた。
彼女の体には縛られた跡はない。それどころか、鍵もかかっていなかった。鍵の開いた教室の中に、一人で佇んでいる響。最早何がなんだか、蒼魔には理解が及ばなかった。
「水無瀬……お前は水無瀬なのか?」
蒼魔の言葉に、響は小さく笑う。
「どういう意味……? 私は、一人しかいないよ」
「じゃあ、なんでさっき逃げたんだ? それになんで、こんなところにいるんだ」
「……二人きりで話がしたかったから。誰も来ないところで……」
「それなら普通に言えばよかっただろ。それに、俺がお前の携帯に電話をかけなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時は私からかけたよ。それに……屋上には人がいたような気がして、旧校舎に行こうなんて言ったら変な噂が立っちゃうと思って」
理屈に無理がありすぎる。蒼魔はため息をついた。
「……下手な嘘ばっかりつくのはやめろよ。お前はツーマンセルの事を知らなかった。俺や水無瀬は緊急招集を頻繁に受けてて、調査がツーマンセルで行われる事は常識になっていた。それを知らないなんてありえない」
「あの時ね、本当は私、一人じゃなかったんだ」
響の表情はまるで能面のように硬いままだった。口調もどことなく冷ややかで、いつもの穏やかな話し方ではない。蒼魔は違和感を感じたまま、響の言葉に耳を傾ける。
「斑鳩先輩と一緒に儀式があったらしい場所を調査していたんだけど、斑鳩先輩が急に……お腹が痛いって言い出して。先に帰るから、後は軽く調査だけして私も帰ってくれって言われたの。斑鳩先輩も女の子だから、やっぱりこういう事、あんまり人に言ってほしくないかなと思って。私一人で調査していたことにしたの」
「嘘だな。それなら途中で体調が悪くなったから別れたとでも言えば済む話だ。忌憚研究部の原則を無視してまで隠すほどの事じゃない」
即座に看破されて、響は初めて顔色を変えた。悔しそうに唇を噛んでいる。
「なあ、水無瀬。いい加減、嘘をつくのはやめてくれ。俺に……本当の事を言ってくれよ」
「本当の事?」
「お前はドッペルゲンガーなんだろ。ドッペルゲンガーの都市伝説が実体化したラルヴァ」
「ドッペルゲンガー? 私が、ラルヴァだっていうの?」
響は可笑しそうにクスクスと笑う。
「ラルヴァにだって人語を解するヤツはいる。皆のドッペルゲンガーに対する思念が現実化して、お前を生み出したんだ」
「馬鹿なこといわないで。もし私がドッペルゲンガーだとして、何の目的でこんな事をしているの?」
「水無瀬になりすまして、学園生活を送る為に」
響はさも可笑しそうに鼻で笑い飛ばす。
「そんな事、本当にできると思っているの? それに、そうする事で一体そのラルヴァに何のメリットがあるの?」
「都市伝説が実体化したんだから、ただ単にそれをなぞるのが目的なんだろ? ラルヴァっていうか、幽霊みたいな、そんな存在だ」
「じゃあ、私は幽霊なワケね。その幽霊が、今こうして君と話している。水無瀬 響のフリをして。今後そのまま、水無瀬 響のまま、生活を続けるのね。皆と一緒に都市伝説を解決して。ねえ、これっておかしくないかな? ドッペルゲンガーは、人と会話なんてできないって言われてる。それにドッペルゲンガーを見た本人は死ぬか、ドッペルゲンガーに殺されるかしてもう二度と姿を現さなくなるっていう噂なのよ。そもそも、ドッペルゲンガーなんて噂がここ最近で急に流行ったりしたの? 何故このタイミングで都合よく実体化するの?」
蒼魔はそう言われて、言い返せなかった。ドッペルゲンガーという噂について詳しく調べたわけではない。ただ単に未央から聞いて、そうかもしれないと、都合よく真実をなすりつけただけだ。
だが違うとしたら、一体今ここにいる、目の前で話している彼女は何者なのか?
「そもそも、貴方の言う本当って何? 本当の私って何? 水無瀬 響って、一体何者?」
「哲学の話かよ」
「そうじゃない。貴方は私を疑ってる訳だよね。ドッペルゲンガーというラルヴァにしろ、そうでないにしろ、『私が本物の水無瀬 響かどうか』を君は今疑ってる。じゃあ、本物の水無瀬 響って何? 何をもって、本物とするの?」
「それは……」
「そもそも、水無瀬 響って何? 魂? 体? 性格? 言動? もしくは、これら全て? ……私を疑う理由は、忌憚研究部の原則であるツーマンセルを知らなかった、と言ったけど。私がウッカリ忘れていたって事はないかな? 本当にあの時、斑鳩先輩がお腹をこわして、それを隠す為に私は慌てて緊急招集が、と君に言った。その後、急に君に問い詰められて慌てた私はウッカリ忘れていて一人で大丈夫だったから……と下手な言い訳をしてしまった。それを更に問い詰められて、恥ずかしくなって逃げ出した。そんなことを私がするはずないかな?」
「……」
蒼魔は押し黙ってしまう。確かに、聡明で常に冷静な彼女がそんなことをするはずがない、とは思う。でも、彼女だって人間だ。そういうミスもするかもしれない。
ただ。それを目の前にいる「水無瀬 響」に言うのは、何故かいけない気がした。彼女という人間の実像を他人の蒼魔が決めてしまう事に、躊躇しているのか。響はその様子を見て、静かに微笑んだ。
「私という人間を確証づけるものなんて存在しないよね。東堂 蒼魔ってなんなの? この問いに、君だって答えられないはず。アイデンティティなんて、自己満足の域を出ないでしょう? 自分を位置づけるのは自分でしかないのよ。他人の位置づけなんて、他人にとっての都合のいい虚像でしかないんだから……」
その通りだと思った。自分の存在がなんなのか、まるで分からない蒼魔にとってその質問は鬼門だった。決して、絶対に答えられない永遠の命題。おそらくは死ぬまで解けることのない難題。
自分は間違っていたのだろうか。ただ単に彼女を疑って、その連鎖にハマって全ての物事を疑った。ただ単に、自分が醜かっただけなのか……。
「東堂君。一つだけ……自分が自分のままでいられる方法があるよ」
響は邪悪な笑みを浮かべて、ゆっくりと蒼魔に向かって歩き出す。青ざめたまま笑みを浮かべる彼女のその顔は、まるで生気が宿っておらず、不気味だった。
彼女は感情がこもっていない声で静かに言葉を続ける。
「ここで終わらせればいい。今あるもの全て失う前に、ここで自分という存在を確定させればいい」
そう言って響は、すうっと右手を背中に回し、制服の中に手を差し込む。するりと取り出したそれは、銀色に光る刃物だった。
(出刃包丁……?)
「全てを終わらせましょう」
その言葉で蒼魔は、ハッと自分の頭が一つの真実を掴むのを感じた。彼女の狙いは自分だ。あの時襲ったのも、彼女自身になりすます為ではなく、蒼魔が狙いだったのだ。
つまり本物の水無瀬 響は、やはり別に存在する。こいつは偽者だ!
「お前、やっぱり偽者か!」
蒼魔がそう叫ぶと、響(の姿をした何か)は口元を更に歪めた。しかし瞳は何の色も示さない。
「アハハハハ! バカだなあ、東堂君。私は、アンタとは違うのよ。普通だの特別だのとウジウジして、自分の存在意義を自ら捨てて不幸ぶってるアンタとは、違うのよ!」
響は出刃包丁を天高く振り上げると、蒼魔の首筋に向かって勢いよく振り下ろした。蒼魔は慌てて後ろに下がる。
「お前……何だ。一体、なんなんだ。ラルヴァなのか?」
「さあね。でも、キミもバカだよねえ。オレをラルヴァだと疑っているなら、何で一人で来たんだ? 殺してくれって言ってるようなもんじゃないか……」
響の姿をした何かが放つ口調は、最早男のものになっていた。声だけは彼女のままで、荒々しい口調と過激な発言を繰り返す様は見ていて非常に気味が悪い。
「それとも……オレを倒すつもりだったのか? オマエ一人でさあ。ハハハッ、そんなの、できる訳、ないよなあ」
「……どうかな。でも、お前を探してるのは俺一人じゃないぜ。他の忌憚研究部のメンバーも探してる。もうすぐ、こっちにも来るかもな」
「なんだよ、情けねえなあ。ハッタリでもオレ一人で充分だとか何とかいえねえのか? まぁ、お人形遊びしかできないんだから、それもしょうがねえか」
響の姿をした何か、はこちらを見るとまた邪悪な笑みを浮かべた。
「奏(かなで)」
「え?」
「俺の名前だよ。名前がなけりゃ、アンタは不安で不安で仕方なくなっちゃうだろ? 響に奏、いいセンスだとおもわねえか? ハハッ」
奏と名乗った彼女は、面白おかしそうに笑いながら、出刃包丁を構えて蒼魔を捉える。その表情には殺気も生気も感じられない。
「つまり、オマエはラルヴァだったんだな。水無瀬のフリをして、俺を殺そうとした……そういう事か?」
「ククク、そんなに答えが欲しいのか? オレから与えられた答えを知って、オマエはどうするんだ? 敵の言う事を信じられるのか? 自分で答えも導き出せない、誰かに言われないと行動できない、弱い人間だな。」
「……そんなんじゃないさ。ただ、その方が正当防衛って事で後味悪くならないだろ」
蒼魔は静かにそう言うと、奏に向かって魂源力を送り込む。今にも蒼魔に襲い掛かろうとしていた奏の動きが止まった。
「へえ……いいのか? オレに同調(シンクロニシティ)なんてつかっちまって。オレとオマエの魂源力は同等だ。オレがオマエを逆に乗っ取る事もできるんだぜ」
「負けないさ」
蒼魔は強く、奏を睨んで右手を振り上げる。
「水無瀬の姿をしなければ俺を倒せない、お前には決して負けない」
奏は蒼魔が何をするつもりなのか、瞬時に理解したらしい。すぐさま自らの腹につきたてられるであろう右手の動きを止めるべく意識を集中させる。
蒼魔が右手を自らの腹に振り下ろした時、奏の腹にはその出刃包丁が突き刺さっている事だろう。おそらく彼女がラルヴァだとして、カテゴリーデミヒューマンであることは間違いない。
出刃包丁を持っているところを見ると、実体はあるはずだ。したがって物理的な攻撃も通用する。蒼魔は右手に強く籠められた奏の魂源力を振り切ってじわじわと振り下ろしていく。
「ぐっ……」
奏の顔が徐々に余裕のないもになっていく。やはり、ダメージはあるのだ。蒼魔は更に魂源力を籠めた。少しずつ彼女の魂源力が弱まっていくのを感じた。
蒼魔は一気に押し切る。パァン、と弾ける音と共に、蒼魔と彼女の右手が振り下ろされた。どすん、と蒼魔の腹に衝撃が走る。
「……くっ、ククククク」
しかし奏は、不気味な笑みを浮かべるのみだった。見ると、包丁は確かに彼女の腹を貫いている。しかし、そこには血液も傷跡も見当たらなかった。
「オレが焦ったから、本当に包丁が刺さってダメージになると思ったか? つくづく、お前は人の反応を見なけりゃ何もできねえんだなあ?」
奏は疲労した蒼魔の同調を弾いて、出刃包丁をゆっくり構えなおす。彼女を振り切るのに力を使いすぎた蒼魔は、そのまましりもちをついて動かない体を必死に動かそうとしていた。
「悩むのにも、もう疲れたんじゃないのか? 自分を探すのにも、もう飽きたんじゃないのか? オレが終わらせてやるよ……東堂 蒼魔のまま、お前をここに残してやる。喜べよ、アハハハハハハハ!」
奏は心底嬉しそうに笑いながら、一歩、一歩と蒼魔に近づいた。出刃包丁がまた、天高く振り上げられる。くるりと回転して、今度は蒼魔の胸に突き刺せるように逆手持ちに持ち替えた。
(……俺は死ぬのか、ここで)
彼女の言葉に、蒼魔はなんら否定できなかった。弱い自分を、自ら不幸を被ろうとしている自分を、彼女は逆に看破したのだ。
(これは完全な負けだ。力でも、精神でも、俺は奏に勝てなかった。奏の正体を突き止めるなんて、俺には不可能だったんだ……)
何もかもを成し遂げられずに、蒼魔の人生はここで終わる。後悔と、憎しみを残したままで。
しかしそれも、蒼魔には当然の結末だと感じられた。奏の言うとおり、蒼魔は自らを否定し続けていたのだ。父親からの虐待、という根拠だけで。
そうして自らが傷つけ続けた自分が、幸せになどなれるはずもない。……こうして迎える終わりは、至極当然なのかもしれない。
薄笑いを浮かべたまま、振り下ろされる奏の右手を見て、蒼魔は目を閉じた。このまま死ぬのも、俺が俺を辞めていた結果だ、と。
その刹那に、ドアの向こうで、凛とした声が響いた。あの時、悪夢から自分を救ったあの声だった。
「光よ……っ!」
言葉と同時に光が放たれる。数秒後に蒼魔が目を開くと、奏の姿は忽然と消えていた。宙に取り残された出刃包丁が、カラリと床に落ちる。
「……水無瀬!?」
そこには響が立っていた。蒼魔を見ると、彼女は申し訳なさそうな、複雑な表情で顔を俯ける。
「ごめんね……東堂君。もう、大丈夫だから」
「いや……俺は平気だけど。水無瀬こそ大丈夫なのか?」
「うん、私は大丈夫」
響はそう言って、蒼魔に手を差し出す。白くて細い彼女の手は、思ったよりも暖かかった。
「……水無瀬。どこかに、捕らえられていたのか? さっき俺の電話に出たのは、お前だよな?」
「ううん。拍手君達と別れた後、女子トイレで捕まったの。気を失って、気がついたら旧校舎の教室にいた。この一つ横の、突き当たりの教室ね」
蒼魔が先程あけようとして、鍵がかかっていた教室だ。やはりあそこに響は居たのだ。
「目が覚めたら、最初はどこの教室か分からなかったけど、隣から東堂君と私みたいな声が聞こえて。縛られたりはしてなかったし、内鍵がしまってるだけだったから」
奏には実体がなかった。となると、内鍵をかけてそのままドアをすり抜ける、なんてこともできるかもしれない。
出刃包丁を持っていたのは、右手にだけ魂源力を集中させて実体化させたのだろう。そして響の霊具から放たれる光で消滅したところを見ると、彼女はカテゴリーエレメントだったのだろうか?
「じゃあ、昨日の裏山のは……」
「東堂君を助けたのは私。実はね、あの時、私の姿をした誰かがいるって事が分かって、斑鳩先輩からメールをもらったの。緊急招集って言ったのは、その方が分かりやすいと思って……似たようなものだったし」
そうだったのか。つまり、裏山に蒼魔を誘い出したのは「奏」で、それを追って消滅させたのは紛れもなく「響」だったと。
「なら、あの時の攻撃は……」
「多分、そのラルヴァの攻撃じゃないかな。私が光を放つと、ぱっと消滅したから……」
蒼魔は尻についた埃を払って、響を見る。響は穏やかな笑みを浮かべている。いつもの響だった。
「もう大丈夫、これであのラルヴァは倒した。……東堂君、戻りましょう? 忌憚研究部の皆にも、無事を伝えないと」
そう言って響は廊下を歩いていった。彼女の背中をみながら、蒼魔は複雑な感情をくすぶらせていた。
(でもな、まだ……まだ解けてない謎があるんだよ、水無瀬)
それは彼女に対する疑問だ。裏山で精神攻撃を受けた蒼魔を救った時、彼女は蒼魔の義理の父、白川 総司郎からの虐待の事を口走った。
夢壊しの事件の時、確かに蒼魔の過去、虐待の過去は忌憚研究部のメンバーに知れ渡ってしまった。だが、「忌憚研究部の顧問白川 総司郎が、蒼魔の義理の父である」という事は知られていなかった。
蒼魔がその事実を話したのはただ一度、奏に連れられて裏山に向かっていたときだ。
奏しか知りえない事実を、響が知っていた。更に、彼女は「忌憚研究部の皆にも、無事を伝えないと」と言ったが、先程まで捕まっていた彼女が何故、忌憚研究部のメンバーが響を探している事を知っていたのだろうか?
ぼんやりとした意識のまま、蒼魔と奏の会話を聞いていたのだろうか。隣の教室とはいえ、そこまでくっきりと会話が聞こえるものなのだろうか?
それに、精神攻撃が奏のものなのだとしたら、何故先程の戦闘では出刃包丁をつかってきたのだろう。精神攻撃を仕掛けて、その隙に刺し殺せば済む話ではないか?
この謎にどんな意味があるのか、蒼魔には検討もつかない。だが、彼女に直接問いただすのは、得策ではないように思えた。
自分にはまだ、知らない事がたくさんある。この忌憚研究部で、それを明らかにしていく必要がある。
そうすることで自分を否定してきた過去を、洗い流せるような気がするから。
埃まみれの廊下を走って、蒼魔は響の背中をおいかけた。
つづく
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相変わらず旧校舎は埃まみれで、天井には蜘蛛の巣が光っている。蒼魔はできるだけ大きく息を吸わないようにしながら、そっと歩く。
……別に、疑ってるわけじゃないさ。と自分に言い聞かせるが、もしもの時のためにできるだけ物音を立てないようにしていた。
忌憚研究部の部室を通り過ぎて、突き当たりまで歩く。そこから一つずつ、教室をしらみつぶしに開けて探すつもりだった。
古ぼけた木製のドアを静かに引く。しかしドアはいくら力を入れてもびくともしなかった。
(鍵がかかってるのか)
蒼魔はなんだか肩透かしをくらったような気持ちになって、隣の教室に移動した。
(まあ、旧校舎だしな。誰も使わないからそりゃあ、鍵くらいかけるよな)
となると、響が部室以外の教室に捕らえられているとして、どうやって鍵を開けたのだろう?
忌憚研究部の人間なら、簡単だ。部室が使えなくなって隣の教室を使うから鍵を貸してほしい、などと言えばすぐに貸してもらえるだろう。
(でも、同じ事をドッペルゲンガーだってできるはずだ)
蒼魔は今一度、頭を振る。いやな考えを振り切るように、ドアに手をかけた。
(えっ……開いた?)
期待せずに力をいれたら、ドアはすんなりと、ガタガタと音を立ててスライドしていく。
教室の中は長年使われていなかったのだろう、机やら椅子やらが窓際に全て寄せて積み上げられていた。床やロッカーに大量の埃が散っている。
その中心で、静かに響が立っていた。
「……水無瀬?」
蒼魔はそっと、体を半分だけ教室に入れて響を呼ぶ。しかし響は振り向かなかった。蒼魔は強い違和感を感じていた。
彼女の体には縛られた跡はない。それどころか、鍵もかかっていなかった。鍵の開いた教室の中に、一人で佇んでいる響。最早何がなんだか、蒼魔には理解が及ばなかった。
「水無瀬……お前は水無瀬なのか?」
蒼魔の言葉に、響は小さく笑う。
「どういう意味……? 私は、一人しかいないよ」
「じゃあ、なんでさっき逃げたんだ? それになんで、こんなところにいるんだ」
「……二人きりで話がしたかったから。誰も来ないところで……」
「それなら普通に言えばよかっただろ。それに、俺がお前の携帯に電話をかけなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時は私からかけたよ。それに……屋上には人がいたような気がして、旧校舎に行こうなんて言ったら変な噂が立っちゃうと思って」
理屈に無理がありすぎる。蒼魔はため息をついた。
「……下手な嘘ばっかりつくのはやめろよ。お前はツーマンセルの事を知らなかった。俺や水無瀬は緊急招集を頻繁に受けてて、調査がツーマンセルで行われる事は常識になっていた。それを知らないなんてありえない」
「あの時ね、本当は私、一人じゃなかったんだ」
響の表情はまるで能面のように硬いままだった。口調もどことなく冷ややかで、いつもの穏やかな話し方ではない。蒼魔は違和感を感じたまま、響の言葉に耳を傾ける。
「斑鳩先輩と一緒に儀式があったらしい場所を調査していたんだけど、斑鳩先輩が急に……お腹が痛いって言い出して。先に帰るから、後は軽く調査だけして私も帰ってくれって言われたの。斑鳩先輩も女の子だから、やっぱりこういう事、あんまり人に言ってほしくないかなと思って。私一人で調査していたことにしたの」
「嘘だな。それなら途中で体調が悪くなったから別れたとでも言えば済む話だ。忌憚研究部の原則を無視してまで隠すほどの事じゃない」
即座に看破されて、響は初めて顔色を変えた。悔しそうに唇を噛んでいる。
「なあ、水無瀬。いい加減、嘘をつくのはやめてくれ。俺に……本当の事を言ってくれよ」
「本当の事?」
「お前はドッペルゲンガーなんだろ。ドッペルゲンガーの都市伝説が実体化したラルヴァ」
「ドッペルゲンガー? 私が、ラルヴァだっていうの?」
響は可笑しそうにクスクスと笑う。
「ラルヴァにだって人語を解するヤツはいる。皆のドッペルゲンガーに対する思念が現実化して、お前を生み出したんだ」
「馬鹿なこといわないで。もし私がドッペルゲンガーだとして、何の目的でこんな事をしているの?」
「水無瀬になりすまして、学園生活を送る為に」
響はさも可笑しそうに鼻で笑い飛ばす。
「そんな事、本当にできると思っているの? それに、そうする事で一体そのラルヴァに何のメリットがあるの?」
「都市伝説が実体化したんだから、ただ単にそれをなぞるのが目的なんだろ? ラルヴァっていうか、幽霊みたいな、そんな存在だ」
「じゃあ、私は幽霊なワケね。その幽霊が、今こうして君と話している。水無瀬 響のフリをして。今後そのまま、水無瀬 響のまま、生活を続けるのね。皆と一緒に都市伝説を解決して。ねえ、これっておかしくないかな? ドッペルゲンガーは、人と会話なんてできないって言われてる。それにドッペルゲンガーを見た本人は死ぬか、ドッペルゲンガーに殺されるかしてもう二度と姿を現さなくなるっていう噂なのよ。そもそも、ドッペルゲンガーなんて噂がここ最近で急に流行ったりしたの? 何故このタイミングで都合よく実体化するの?」
蒼魔はそう言われて、言い返せなかった。ドッペルゲンガーという噂について詳しく調べたわけではない。ただ単に未央から聞いて、そうかもしれないと、都合よく真実をなすりつけただけだ。
だが違うとしたら、一体今ここにいる、目の前で話している彼女は何者なのか?
「そもそも、貴方の言う本当って何? 本当の私って何? 水無瀬 響って、一体何者?」
「哲学の話かよ」
「そうじゃない。貴方は私を疑ってる訳だよね。ドッペルゲンガーというラルヴァにしろ、そうでないにしろ、『私が本物の水無瀬 響かどうか』を君は今疑ってる。じゃあ、本物の水無瀬 響って何? 何をもって、本物とするの?」
「それは……」
「そもそも、水無瀬 響って何? 魂? 体? 性格? 言動? もしくは、これら全て? ……私を疑う理由は、忌憚研究部の原則であるツーマンセルを知らなかった、と言ったけど。私がウッカリ忘れていたって事はないかな? 本当にあの時、斑鳩先輩がお腹をこわして、それを隠す為に私は慌てて緊急招集が、と君に言った。その後、急に君に問い詰められて慌てた私はウッカリ忘れていて一人で大丈夫だったから……と下手な言い訳をしてしまった。それを更に問い詰められて、恥ずかしくなって逃げ出した。そんなことを私がするはずないかな?」
「……」
蒼魔は押し黙ってしまう。確かに、聡明で常に冷静な彼女がそんなことをするはずがない、とは思う。でも、彼女だって人間だ。そういうミスもするかもしれない。
ただ。それを目の前にいる「水無瀬 響」に言うのは、何故かいけない気がした。彼女という人間の実像を他人の蒼魔が決めてしまう事に、躊躇しているのか。響はその様子を見て、静かに微笑んだ。
「私という人間を確証づけるものなんて存在しないよね。東堂 蒼魔ってなんなの? この問いに、君だって答えられないはず。アイデンティティなんて、自己満足の域を出ないでしょう? 自分を位置づけるのは自分でしかないのよ。他人の位置づけなんて、他人にとっての都合のいい虚像でしかないんだから……」
その通りだと思った。自分の存在がなんなのか、まるで分からない蒼魔にとってその質問は鬼門だった。決して、絶対に答えられない永遠の命題。おそらくは死ぬまで解けることのない難題。
自分は間違っていたのだろうか。ただ単に彼女を疑って、その連鎖にハマって全ての物事を疑った。ただ単に、自分が醜かっただけなのか……。
「東堂君。一つだけ……自分が自分のままでいられる方法があるよ」
響は邪悪な笑みを浮かべて、ゆっくりと蒼魔に向かって歩き出す。青ざめたまま笑みを浮かべる彼女のその顔は、まるで生気が宿っておらず、不気味だった。
彼女は感情がこもっていない声で静かに言葉を続ける。
「ここで終わらせればいい。今あるもの全て失う前に、ここで自分という存在を確定させればいい」
そう言って響は、すうっと右手を背中に回し、制服の中に手を差し込む。するりと取り出したそれは、銀色に光る刃物だった。
(出刃包丁……?)
「全てを終わらせましょう」
その言葉で蒼魔は、ハッと自分の頭が一つの真実を掴むのを感じた。彼女の狙いは自分だ。あの時襲ったのも、彼女自身になりすます為ではなく、蒼魔が狙いだったのだ。
つまり本物の水無瀬 響は、やはり別に存在する。こいつは偽者だ!
「お前、やっぱり偽者か!」
蒼魔がそう叫ぶと、響(の姿をした何か)は口元を更に歪めた。しかし瞳は何の色も示さない。
「アハハハハ! バカだなあ、東堂君。私は、アンタとは違うのよ。普通だの特別だのとウジウジして、自分の存在意義を自ら捨てて不幸ぶってるアンタとは、違うのよ!」
響は出刃包丁を天高く振り上げると、蒼魔の首筋に向かって勢いよく振り下ろした。蒼魔は慌てて後ろに下がる。
「お前……何だ。一体、なんなんだ。ラルヴァなのか?」
「さあね。でも、キミもバカだよねえ。オレをラルヴァだと疑っているなら、何で一人で来たんだ? 殺してくれって言ってるようなもんじゃないか……」
響の姿をした何かが放つ口調は、最早男のものになっていた。声だけは彼女のままで、荒々しい口調と過激な発言を繰り返す様は見ていて非常に気味が悪い。
「それとも……オレを倒すつもりだったのか? オマエ一人でさあ。ハハハッ、そんなの、できる訳、ないよなあ」
「……どうかな。でも、お前を探してるのは俺一人じゃないぜ。他の忌憚研究部のメンバーも探してる。もうすぐ、こっちにも来るかもな」
「なんだよ、情けねえなあ。ハッタリでもオレ一人で充分だとか何とかいえねえのか? まぁ、お人形遊びしかできないんだから、それもしょうがねえか」
響の姿をした何か、はこちらを見るとまた邪悪な笑みを浮かべた。
「奏(かなで)」
「え?」
「俺の名前だよ。名前がなけりゃ、アンタは不安で不安で仕方なくなっちゃうだろ? 響に奏、いいセンスだとおもわねえか? ハハッ」
奏と名乗った彼女は、面白おかしそうに笑いながら、出刃包丁を構えて蒼魔を捉える。その表情には殺気も生気も感じられない。
「つまり、オマエはラルヴァだったんだな。水無瀬のフリをして、俺を殺そうとした……そういう事か?」
「ククク、そんなに答えが欲しいのか? オレから与えられた答えを知って、オマエはどうするんだ? 敵の言う事を信じられるのか? 自分で答えも導き出せない、誰かに言われないと行動できない、弱い人間だな。」
「……そんなんじゃないさ。ただ、その方が正当防衛って事で後味悪くならないだろ」
蒼魔は静かにそう言うと、奏に向かって魂源力を送り込む。今にも蒼魔に襲い掛かろうとしていた奏の動きが止まった。
「へえ……いいのか? オレに同調(シンクロニシティ)なんてつかっちまって。オレとオマエの魂源力は同等だ。オレがオマエを逆に乗っ取る事もできるんだぜ」
「負けないさ」
蒼魔は強く、奏を睨んで右手を振り上げる。
「水無瀬の姿をしなければ俺を倒せない、お前には決して負けない」
奏は蒼魔が何をするつもりなのか、瞬時に理解したらしい。すぐさま自らの腹につきたてられるであろう右手の動きを止めるべく意識を集中させる。
蒼魔が右手を自らの腹に振り下ろした時、奏の腹にはその出刃包丁が突き刺さっている事だろう。おそらく彼女がラルヴァだとして、カテゴリーデミヒューマンであることは間違いない。
出刃包丁を持っているところを見ると、実体はあるはずだ。したがって物理的な攻撃も通用する。蒼魔は右手に強く籠められた奏の魂源力を振り切ってじわじわと振り下ろしていく。
「ぐっ……」
奏の顔が徐々に余裕のないもになっていく。やはり、ダメージはあるのだ。蒼魔は更に魂源力を籠めた。少しずつ彼女の魂源力が弱まっていくのを感じた。
蒼魔は一気に押し切る。パァン、と弾ける音と共に、蒼魔と彼女の右手が振り下ろされた。どすん、と蒼魔の腹に衝撃が走る。
「……くっ、ククククク」
しかし奏は、不気味な笑みを浮かべるのみだった。見ると、包丁は確かに彼女の腹を貫いている。しかし、そこには血液も傷跡も見当たらなかった。
「オレが焦ったから、本当に包丁が刺さってダメージになると思ったか? つくづく、お前は人の反応を見なけりゃ何もできねえんだなあ?」
奏は疲労した蒼魔の同調を弾いて、出刃包丁をゆっくり構えなおす。彼女を振り切るのに力を使いすぎた蒼魔は、そのまましりもちをついて動かない体を必死に動かそうとしていた。
「悩むのにも、もう疲れたんじゃないのか? 自分を探すのにも、もう飽きたんじゃないのか? オレが終わらせてやるよ……東堂 蒼魔のまま、お前をここに残してやる。喜べよ、アハハハハハハハ!」
奏は心底嬉しそうに笑いながら、一歩、一歩と蒼魔に近づいた。出刃包丁がまた、天高く振り上げられる。くるりと回転して、今度は蒼魔の胸に突き刺せるように逆手持ちに持ち替えた。
(……俺は死ぬのか、ここで)
彼女の言葉に、蒼魔はなんら否定できなかった。弱い自分を、自ら不幸を被ろうとしている自分を、彼女は逆に看破したのだ。
(これは完全な負けだ。力でも、精神でも、俺は奏に勝てなかった。奏の正体を突き止めるなんて、俺には不可能だったんだ……)
何もかもを成し遂げられずに、蒼魔の人生はここで終わる。後悔と、憎しみを残したままで。
しかしそれも、蒼魔には当然の結末だと感じられた。奏の言うとおり、蒼魔は自らを否定し続けていたのだ。父親からの虐待、という根拠だけで。
そうして自らが傷つけ続けた自分が、幸せになどなれるはずもない。……こうして迎える終わりは、至極当然なのかもしれない。
薄笑いを浮かべたまま、振り下ろされる奏の右手を見て、蒼魔は目を閉じた。このまま死ぬのも、俺が俺を辞めていた結果だ、と。
その刹那に、ドアの向こうで、凛とした声が響いた。あの時、悪夢から自分を救ったあの声だった。
「光よ……っ!」
言葉と同時に光が放たれる。数秒後に蒼魔が目を開くと、奏の姿は忽然と消えていた。宙に取り残された出刃包丁が、カラリと床に落ちる。
「……水無瀬!?」
そこには響が立っていた。蒼魔を見ると、彼女は申し訳なさそうな、複雑な表情で顔を俯ける。
「ごめんね……東堂君。もう、大丈夫だから」
「いや……俺は平気だけど。水無瀬こそ大丈夫なのか?」
「うん、私は大丈夫」
響はそう言って、蒼魔に手を差し出す。白くて細い彼女の手は、思ったよりも暖かかった。
「……水無瀬。どこかに、捕らえられていたのか? さっき俺の電話に出たのは、お前だよな?」
「ううん。拍手君達と別れた後、女子トイレで捕まったの。気を失って、気がついたら旧校舎の教室にいた。この一つ横の、突き当たりの教室ね」
蒼魔が先程あけようとして、鍵がかかっていた教室だ。やはりあそこに響は居たのだ。
「目が覚めたら、最初はどこの教室か分からなかったけど、隣から東堂君と私みたいな声が聞こえて。縛られたりはしてなかったし、内鍵がしまってるだけだったから」
奏には実体がなかった。となると、内鍵をかけてそのままドアをすり抜ける、なんてこともできるかもしれない。
出刃包丁を持っていたのは、右手にだけ魂源力を集中させて実体化させたのだろう。そして響の霊具から放たれる光で消滅したところを見ると、彼女はカテゴリーエレメントだったのだろうか?
「じゃあ、昨日の裏山のは……」
「東堂君を助けたのは私。実はね、あの時、私の姿をした誰かがいるって事が分かって、斑鳩先輩からメールをもらったの。緊急招集って言ったのは、その方が分かりやすいと思って……似たようなものだったし」
そうだったのか。つまり、裏山に蒼魔を誘い出したのは「奏」で、それを追って消滅させたのは紛れもなく「響」だったと。
「なら、あの時の攻撃は……」
「多分、そのラルヴァの攻撃じゃないかな。私が光を放つと、ぱっと消滅したから……」
蒼魔は尻についた埃を払って、響を見る。響は穏やかな笑みを浮かべている。いつもの響だった。
「もう大丈夫、これであのラルヴァは倒した。……東堂君、戻りましょう? 忌憚研究部の皆にも、無事を伝えないと」
そう言って響は廊下を歩いていった。彼女の背中をみながら、蒼魔は複雑な感情をくすぶらせていた。
(でもな、まだ……まだ解けてない謎があるんだよ、水無瀬)
それは彼女に対する疑問だ。裏山で精神攻撃を受けた蒼魔を救った時、彼女は蒼魔の義理の父、白川 総司郎からの虐待の事を口走った。
夢壊しの事件の時、確かに蒼魔の過去、虐待の過去は忌憚研究部のメンバーに知れ渡ってしまった。だが、「忌憚研究部の顧問白川 総司郎が、蒼魔の義理の父である」という事は知られていなかった。
蒼魔がその事実を話したのはただ一度、奏に連れられて裏山に向かっていたときだ。
奏しか知りえない事実を、響が知っていた。更に、彼女は「忌憚研究部の皆にも、無事を伝えないと」と言ったが、先程まで捕まっていた彼女が何故、忌憚研究部のメンバーが響を探している事を知っていたのだろうか?
ぼんやりとした意識のまま、蒼魔と奏の会話を聞いていたのだろうか。隣の教室とはいえ、そこまでくっきりと会話が聞こえるものなのだろうか?
それに、精神攻撃が奏のものなのだとしたら、何故先程の戦闘では出刃包丁をつかってきたのだろう。精神攻撃を仕掛けて、その隙に刺し殺せば済む話ではないか?
この謎にどんな意味があるのか、蒼魔には検討もつかない。だが、彼女に直接問いただすのは、得策ではないように思えた。
自分にはまだ、知らない事がたくさんある。この忌憚研究部で、それを明らかにしていく必要がある。
そうすることで自分を否定してきた過去を、洗い流せるような気がするから。
埃まみれの廊下を走って、蒼魔は響の背中をおいかけた。
つづく
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