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夜の町を私は走っています。
住宅街。もちろん誰も外を歩いてはいません。
いいえ、きっと私の正体を知っているから出てこないのでしょう。
私の罪をみんな知っているから、助けてくれないのでしょう。
ドンと、背後の上空から音がします。
あの人のバズーカ砲です。前に飛んで、転がって回避します。
交差点の真ん中に着弾し、爆発音が町を揺るがします。
(威力は並以下。でも食らったら死ぬね)
私の中の、もう一人の私が言いました。彼女は私とは違い、ニタニタと余裕たっぷりの笑顔を浮かべていることでしょう。
当然でしょう。この女の性格の悪さときたらありません。今のこの極限的な状況を楽しんでいるのです。彼女が口癖にするところの、
(「宿命」、だよ。立浪みき)
です。私は嫌な顔をして、
「宿命、ねぇ」
と呟きました。
開けた空き地に出てしまいました。まずい、と思ったときには、もうあの人は私の真上にいました。
見たことも聞いたこともない攻め方をしてきます。この私でも戸惑ってしまうような、新しいタイプの異能者です。
(空を飛ぶ異能者かぁ。初めて見た)
そう、私の分身――ミキも興味深そうに、夜空を旋回している異能者を見上げています。
彼は背中にグライダーのような横に長い翼を背負っていました。素人目に見ても、それは異能なのではなく手作りのものであることはわかります。
そんな彼が普通のバズーカ砲を私に向け、空から発射してきます。
横に飛びながら、私は思います。
「今日こそ死ぬのかな」
(さぁね。でも文句は言えないわよね)
「ええ。甘んじて受けるよ」
空き地の土がめくれ上がり、私に襲い掛かります。砂煙が晴れてから、私はとても焦りました。
「あれ、どこに消えたの」
(みき! 上だよ!)
「え――」
まさに私の頭に照準を合わせ、翼人のバズーカが火を吹いたのです。
「避けたか!」
背中に翼を背負った男の人は、そう叫びながら降りてきました。
私は痛みに耐え、震えながらも立ち上がります。
右肩から私の命が零れ落ちていきます。爆風を避けきれず、腕を失ってしまったのです。
「教えてください」
もう、むやみやたらと命乞いをする気は起きませんでした。私には、この人にこうまでされる理由が、だいたい見当がついています。
「どうしてこんなことを・・・・・・?」
「泰利のカタキだ」
関川泰利。
私が殺した異能者です。
黒い血に染まった私は、今年の夏場にたくさんの学生を殺し、島中を恐怖に陥れました。
二番目に手にかけたのが関川泰利という、同じ一年生の生徒だったのです。
事前に私は彼の恋人の命を奪うという、惨たらしいことをしてしまいました。彼の怒りようは恐ろしいものでした。憎しみという感情で、あそこまで人は怖い顔をするものなのかと、体を乗っ取られていた私は感じたものです。
結局私は関川という異能者を鞭で縛り上げ、地面に叩きつけて、そのまま彼の体を粉々に下してしまいました。
「もうみんな、お前の正体がわかってんだよ。『血塗れ仔猫』ぉ!」
太いひとさし指を私につきつけ、断罪するよう声を張り上げました。
私ももう、昔みたいに『血塗れ仔猫と呼ばないで』とは言いません。
私が黒ずくめの殺人鬼であることは、すでに割れてしまっているのです。オメガサークルの手先に襲われたとき、クラスメートの前で暴露されたのですから。
私の中で、ミキがくすくす笑いました。
(こうなることは予測できてましたってとこぉ? 悲しいねぇ)
悲しいとは思わない。
事実、私は七人も人を殺した。私は私が生んだ悲しみや憎しみのぶんだけ、罰を甘んじて受けなくてはなりません。
彼らの憎しみや悲しみと、今一度直面すること。
これが私の最後の「試練」。
「どうして泰利を殺したんだよ! 瑠子ちゃんと付き合って幸せだったのに! しかも特別部隊に選抜されてたってのに!」
「・・・・・・ごめんなさい」
「謝って済むと思ってんのか!」
その人はやや体格のいい、がっちりとした男の人でした。そんな体系と相容れぬ、子供みたいな顔つきをしています。
「何でお前なんかが学園にいられるんだよ!」
私はそれを聞いてショックを受けました。
そして、自分でもおかしな話だと笑ってしまうのです。
なぜ七人の生徒が殺されてしまったのに、私はのうのうと生きながらえて学校に通うことができるのだろう。
それは醒徒会が私のことを許してくれたからです。
私の事情を理解して温かい措置を下してくれたからです。
でも、私は周りの生徒からは許してもらえることはないのです。
この男子学生のように、絶対に許してくれない人が双葉学園にはいるのです。
本当に、何で私はこの学校にいられるのだろう?
おかしくてたまらなくて、涙がにじんできます。
「ふっふっふ・・・・・・。あっはっはっは・・・・・・」
突然私が甲高い笑い声を上げたので、相手の方が驚いてしまいました。私が笑ったわけではありません。泣いてしまった私に代わり、ミキ――血塗れ仔猫が彼の前に顕現したのです。
「そうだねぇ、私が殺しちゃったねぇ。恋人ともども」
「て、てめぇ!」
彼は怒りの炎を目のうちに宿します。当然でしょう、相手にしてみれば親友の仇がいよいよ本性を顕したように見えるのだから。
「楽しかったぁ。狂ったようにお顔真っ赤にして、突っ込んできたんだから。最後は高く飛んで空から襲ってきたんだけど、結局このムチに捕まっちゃった。
あとはもうぐるぐる巻きにして、首とかお腹とか、バッチンってね」
「う、う、うおおおおおおおおおおおお!」
「汚いビーフシチューの出来上がりってわけ。きゃはっ」
ミキは彼を手ひどく悲しませます。煽ります。怒りを引き出そうとしています。
絶叫し、血の涙を流していた彼は、やがてバズーカを私に向けてきました。殺す気でしょう。
(優しいね、ミキ)
(はぁ? 何のことぉ?)
(私にできることはもう、彼の仇として、憎しみを浴びながら倒されることなんだよね)
(もちろんだよ。何度も言ってるでしょ? それが立浪みきの『宿命』だって)
「殺してやる――――――――――――――っ!」
案の定、彼は悪魔に乗っ取られたかのようなすごい形相をして、私に照準を合わせてきました。
私の立っている位置から彼の立つ位置まで、数メートルしか離れていません。
至近距離で食らったら、私はまずバラバラになってしまうでしょう。
醒徒会には申し訳ない話ですが、彼が私を殺してしまっても、血塗れ仔猫に対する復讐として周囲から理解されることでしょう。
もう、こうして事実を受け止めることが、私が彼らのためにできること。
私に幸せになる権利など、ないのです。
(そっか、もうここまでか)
(諦めた? ま、私は最高の死に方だと思ってるけどぉ?)
(生まれ変わったら、今度はちゃんと一つになろうね)
そして、私とミキは、両目を紅く輝かせて、彼に言った。
「そうさ私は血塗れ仔猫。七人を殺した学園の人殺し。子供を叩いて血に染める呪われた黒猫さ。また忘れた頃に出てきてやるから! あははははははははっ!」
その一押しで、彼は一思いに引き金のようなものを引くことができたのです。
殺したくてたまらない憎たらしい相手を、彼はどんな気持ちで倒すことができるのでしょう? これが彼の戦いにとって一区切りになれば幸いです。
私を殺したくてたまらない人たちにとって、これで一区切りになってもらえれば幸いです。
ところが、目の前を白いレーザーが横切っていったのです。
バズーカの実弾はそれによって消滅されました。私は処刑されませんでした。
「嵐・・・・・・!」
闇の中から声が聞えました。
それは、あの人と同じように、背中に翼らしきものを背負った人たちだったのです。
色は白、黒、そして青。白の人が、大型のランチャーを構えています。
そしてその人は、毅然とこう言いました。
「嵐、俺たちの翼は『復讐』をするためにあるんじゃないんだ」
そう言われた体格のいい人は、くっと下を向きました。
白い翼の人と黒い翼の人が、私を襲った人を両側から囲み、その場から浮遊します。背中からビロードを噴出させると、流れていくように夜空へ吸い込まれていきました。
最後、残った青い翼の子が私を見ています。
髪の長い、私よりも年上の女子生徒です。
「あなたも、大変なのですね」
同情の念を込めて、私にそう言いました。
「いつか、みんなわかり合える日が来るのです。だから我慢するのです。私も頑張って生きていくですよ・・・・・・」
少し悲しげな横目をこの場に落としてから、彼女も飛び立ちました。
取り残された私は、しばらく動くことができませんでした。
(生き延びれたってこと? しぶといねぇ私たち)
ミキはもう私の中にいます。なかなか変わった経験をできて、さぞやご機嫌なことでしょう。
私はというと、一つの覚悟が出来上がりつつありました。
憎しみにまみれた、彼の瞳。
そんな視線で言われたあの台詞。
もう、潮時でした。
私は小さなナップザックを背負って、双葉大橋までやってきました。
中身はお金と飲み物、そして小物ぐらいしか入っていません。
大掛かりな荷物は、すでに全部送ってあります。後は私が移動さえすれば引越しは全て終了するのです。
学園では今頃、終了式をやっていることでしょう。
春奈せんせーがどう、私のことについてクラスメートに語っているのか。
正直言って想像したくありません。
申し訳ないことをさせているような気がしてならないからです。
(まだ春奈せんせーのこと考えてんの?)
(そだよ。お世話になったからねぇ)
(どーでもいい。血祭りに上げられなくて悔しいったらありゃしない)
(そんなあなたのことも、春奈せんせーは・・・・・・?)
(フン)
ミキは機嫌を損ねてしまったせいか、何も語ることはありませんでした。
双葉大橋を渡り終え、島内住人の証明書を橋の係員に渡します。
彼はそれにパンチで穴を開けました。これでこの証明書は「無効」です。
「今日で島とお別れかい?」
「はい。転校することになりました」
「そう。元気でね」
それからは歩きでJRの駅を目指します。
表の町は普通に人が歩いていて、普通に人が生活していて、普通に車が走っています。
みんな穏やかな顔をしてのんびりとお昼の陽気に心を弾ませていました。
東京駅からは地方に向かって高速バスが出ています。
割安なので私のような学生には定番の移動手段です。バスターミナルに着いてから少し時間を潰し、定刻を待ちます。
福井行きのバスが入線しました。
切符を取り出します。自分の乗車するバスであることを確認します。
ドアが開いて運転手さんが案内をしてくれます。帰省客でしょうか、私と同じ町に向かう、大学生とおぼしき人も見られます。
「彼が、何のわだかまりもなく私を迎えてくれますように」
ふとそんなことを思い、目を閉じます。
昨晩は寂しくて、寝られなかったから。
** キャンパス・ライフ2+ 完
蛇足の蛇足
「では入ってきてください」
胸元のスカーフを揺らして、私は教卓の前に出ます。
制服も以前と違って、ピカピカのセーラー服です。
緊張していましたが、しっかりと前を見据えます。
男子も女子も海辺で育っているせいか、やや色黒であるように見えます。
無邪気に白い歯を向けて私のことを見ている、みんなに私は口を開きます。
「立浪みき、東京の高校から転校してきました」
拍手が沸き起こります。するとすぐに、私の右腕に視線が集まります。
色合いも不自然ですから、すぐにバレてしまうだろうと思っていました。苦笑します。
「みきさんは腕を大怪我してしまったので、義腕を着けているんですよね」
そう、確認するように担任の先生がきいてきました。
「はい、そうです」
きっとみなさんは交通事故とか、そういった恐ろしい想像をしているのでしょう。でも私はというと、どうして怪我したのかなんて、もう忘れてしまいました。
高校二年生になる年、私は強い希望で双葉学園から福井の県立高校に転校しました。
こういう強引な措置も、あの学園だからできることでしょう。ともあれ私は生まれ変わったような気持ちで新しい生活を始めることとなりました。
できることなら逃げ出すことなく、異能者として、人殺しとして生きたかった。
でも、それでは許してくれない人たちがいる。
それだけでは済まされないことを、私はしてしまった。あの異能者の男子生徒が私を殺しにきた日、自分の反省の足りなさをいたく感じたのです。
私が血塗れ仔猫だと周囲に広まっていく以上、こうするしかありません。死ぬのも本望でしたが、彼らだって人殺しになるのは嫌でしょう。
(第一、死なせてもらえなかったしね)
・・・・・・そういうことです。
「きれい」
日本海は、気のせいでしょうか、太平洋よりも緑っぽく見えます。
安っぽい表現を使えばエメラルドのような色で輝いています。
それはまさに、私の姉さんのイメージカラーです。
階段を降りて、砂浜に下ります。
靴も脱いで、裸足になります。
スカートを押さえて腰を落とし、その場に座ります。そういえば双葉島も、海に面していました。
さざなみの音に耳を澄ますと、双葉学園での思い出がたくさん蘇ってきます。
私を支えてくれた姉さんのこと。
あんまり子供らしく生きられなかったみくちゃのこと。
そして、島に残してきたあの人のこと。
あの人は、殺戮衝動に苦しんでいた私を救い出してくれた忘れられない人。
異能に自信をなくして異能が使えなくなるという、大きな挫折を乗り越えた強い人でした。それなのに、その先に待っていたのは、相方の死という非情な展開。
それでも、彼は言いました。
「みくがいたからこそ僕はここまで来れた。だからこれからも彼女のために、そしてあなたのために立派な異能者を目指すよ」
そんな彼に一切黙って、私は福井に来たのですけどね。
涙がひとつ流れていきました。
(泣いてんの? いつまでメソメソしてんのよ)
(何でもないよ。そういうときもあるよ)
(だから一言ぐらい言っておけばよかったのに)
「そんなこと・・・・・・できないよぉ」
あの人の側にいたいという気持ちが、最後まで抵抗していた。
まるで姉さんみたいに頼もしかったあの人のそばに、ずっといたかった。
でもあの人はみくちゃの相方だし、主従の契約を交わした人。私がこうして彼から離れていかなければならないのは、当然のこと・・・・・・。
(本当はマサの飼い猫として力を使うのが、あなたのハッピーエンドだったものね)
「うわぁあああ・・・・・・!」
ここまでこらえてきた寂しさが、一気に噴出します。
姉さんはいない。
みくちゃも死んだ。
周りにいてくれた先生や友達ももういない。大好きな人もいない。
けど、私は一人ぼっちで歩き出さなければならなかった。
本当は我慢しなくちゃいけないのに、私はとうとう自分の感情に負けてしまい、泣いてしまうのです。
たくさん人を殺しておいて、とんでもないワガママな人です。
義手にたくさん涙を染み込ませながら、私はしばらくうつむいていました。
猫の鳴き声が聞えます。この辺りの野良猫でしょう。私には彼女のしゃべる言葉がわかります。「どうしたの?」ときいているのです。
(気が済んだ?)
「うん・・・・・・」
(悪いけど何度もそういうの繰り返すのは嫌よぉ。あんたの出した結論が、コレでしょ?)
「うん・・・・・・」
この漁船の音や、海鳥の声。エメラルドグリーンの海。
これが私の新しい世界。
これまでいた場所から抜け出して、歩んでいかなければならない道。
それを、私はこれから一人で歩くのだ。
(一人? 本当に?)
と、意地悪そうな声でミキが言います。
「あ、ごめん。ミキもいるから二人か」
(本当にぃ?)
「え? どゆこと?」
(よく耳を澄ますといいよ)
言われたように、私はよく周りに耳を傾けることにします。
「おーい!」
誰か、男の人の声が私を呼んでいるのです。私はそれが信じられませんでした。
遠くから階段を降りてきて、私のところまで走ってきました。緑色のパーカーを着た、大学生ぐらいの人です。
お母さん譲りの前髪や、大きなプラスチックのケース。中には三匹の仔猫がいます。
よく見てみたら、さっきの猫も野良猫じゃなく、黒猫のアイでした。
「まったく、黙って行くんだから!」
「マサさん!」
びっくりして私は立ち上がります。彼はかなり遠くから走ってきたせいか、苦しそうに息をしています。
「どうしてここに」
「引っ越した」
マサさんが何を言い出すのか理解できません。
「休学申請したんだ。僕もしばらく福井で暮らすことにする」
「どうして? 何のために!」
「みきを一人にはしたくないんだよ」
えへへへ、とマサさんは頭の後ろに手を当てて朗らかに笑いました。
(ほら、甘えちゃえばぁ?)
(でも・・・・・・)
(マサだって寂しいに決まってるでしょ? そういうことだよ)
そういえば、みくちゃは私によく話してくれました。
マサさんも一人ぼっちで双葉島に来た人でした。お母さんと離れ離れになり、実家とは不仲で孤立していたそうです。
「まぁ、みくのこともあったし、みきまで寂しい生き方をしてほしくないんでね」
と、マサさんは言います。
私は駆け出しました。永久に封じたはずの耳も、尻尾もさらけ出して、ありのままの姿でマサさんを目指します。
ほんの少しだけ、幸せになってもいいようです。
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