【怪物記 第十話】

「【怪物記 第十話】」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

【怪物記 第十話】」(2010/12/22 (水) 23:51:18) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

 [[ラノで読む>http://rano.jp/3360]]  怪物記  おばけにゃ学校も試験も何にもない           ――ゲゲゲの鬼太郎  それは日常と言って差し支えない時間だった。  ある日の昼下がり、私はレポート執筆の休憩にリビングで日本茶を啜っていた。隣では八雲が少し欲張りに日本茶とジュースの両方をテーブルに置いて、のり煎餅をぽりぽりとかじりながらTVを見ている。  TV画面に流れるCMは国内最大の某魔法の王国のものだ。クリスマスの楽曲をバックに個性的なキャラクター達がライトアップされた山車に乗ってパレードしている。 『東京ディズニーランド・クリスマスファンタジー☆』  懐かしい。随分と昔の、物心ついて間もない頃の話だが家族で行ったはずだ。おぼろげだが兄と揃ってホログラムのお化け屋敷を随分と怖がっていた覚えがある。姉が私を絶叫マシンに乗せようとして係員に止められていたのも記憶にある。本当に懐かしい。恐ろしい、姉が。  それにしても、もうクリスマスになるのか。月日の過ぎるのは早いものだ。あれからそれほど経過してないように感じるのは気のせいだろうか。  そんな感想をぼんやり考えていると、トントン、というノックの音が我が家の玄関から聞こえてきた。  どうでもいいことだがドアをノックする客は初めてかもしれない。  ドアの向こうにいたのは、久留間戦隊のメンバーの一人で夏の兎狩りでも一緒だった伊緒君だった。 「こんにちは学者さん! すごく困ってます! 【幽霊事件】です! 幽霊が出たから助けてください!」  伊緒君は小柄な体の身振り手振りの自己主張と「!」の乱発で用件を伝えてきた。  私は「幽霊は少し時期外れだな」と思いつつ返答した。 「うちはゴーストスイーパーじゃないんだが」 「知ってます! でもラルヴァの学者さんです! だから何とかしてください!」  幽霊は人じゃない→ラルヴァは人外の総称→幽霊はラルヴァの三段論法である。  まぁ、幽霊が人じゃないかどうかは判断の分かれるところだが。 「いまいち話がわからないので詳細を聞きたいんだが、上がっていくかね?」 「はい! あ、おやつ時なので何か出してください! 飲み物は牛乳で!」  ……この子は奔放な性格が少し助手に似てるな。  将来心配だ。  十分後、伊緒君が牛乳と煎餅を平らげたところでようやく話を聞くことが出来た。 「要するに旧教育施設に幽霊が出た、と?」 「はい! 出たんです!」  旧教育施設。それは双葉学園、いやこの学園都市が建設され始めて間もないころに建てられた施設である。  学問を中心とした校舎ではなく双葉学園に通う学生――異能力者の訓練を専門とした教育施設であり、既に廃棄された施設だ。  同様の施設は学園都市の地下から山中に至るまで無数にある。だが、その旧教育施設は1999年からの大量出生直後、入学する異能力者の試算が正確でなかった2000年始め頃に突貫で建築されたものであった。そのため今は御役御免となり使われなくなった代物だ。 「たしか新しい施設を建てるために取り壊されると聞いていたが……」  この学園都市は東京湾上の埋立地。土地は有限であり、新たに何かを建設しようとすれば不要な建物を潰してその上に建てる必要がある。 「ボクたちがアルバイトで取り壊してました!」 「なるほど」  学園都市では技術を要さない土木作業は稀に異能力者の学生に回ってくることがある。  何分、異能やラルヴァなど一般社会にばれたらまずいもので溢れ返っているので建設会社をホイホイと学園都市に入れるわけにはいかない。  学園都市には建設部や大工部といった学園都市内の建築業代行機関も存在するが彼ら彼女らの人数は限られている。  そのため、単に『壊す』『運ぶ』といった作業は一般の身体強化系や超能力者、超科学のロボット使いに回ってくることがある。【家袋】の一件のように異能力者の力をもってすれば大抵の建築物はバラバラにできるし、その方が安く済むというのもあるだろう。 「その作業中に幽霊が出てきたのかね?」 「はい! それはもうおどろおどろしかったり可憐だったりエイリアンだったりスーパーロボットだったりバリエーション凄まじい幽霊だったみたいです!」 「待て。ちょっと、待て」  途中からおかしい。明らかにおかしい。 「エイリアンとスーパーロボットは幽霊じゃないだろう」 「でも半透明でスゥッと消えてしまったそうです! だから幽霊だって言ってました! きっと施設の事故で亡くなった生徒とか学園都市を建設するときに潰したお墓や神社やUFOやロボット秘密基地の祟りです!」  生徒はともかく、UFOや秘密基地は祟るのだろうか。  そもそもこの学園都市は海上の埋立地だからそういった土地のあれこれとは無縁に思える。まぁ、知らず知らずのうちに海神やら旧支配者やらの祠を埋めてましたくらいはありそうな世の中だが。 「見鬼や霊能の生徒は尋ねてみたかね?」 「はい! でも入っていった見鬼の人は『気配はありそうだけど姿は見当たらない』って言ってました!」 「……ふむ」  微妙なところだが……行ってみるか。ひょっとしたら珍しいケースの幽霊かもしれない。 「わかった。なら現場を見に行こう」 「ありがとうございます! さっそく行きましょう! 案内します!」  そう言って伊緒君はリビングと繋がる玄関から先に外へと出て行った。……まぁ、案内されなくても場所は知っているのだが。 「八雲、少し出かけてくるから留守番をしていてくれ。夕飯までには帰ってこれるだろうがもし遅くなったら大車輪かピザハットの出前でも取ってほしい。お金はいつもの場所に置いてある」 「わかった。いっしょにおるすばんしてる」  第十話 【幽霊】    ・・・・・・  状況の整理。  本日の午後一時過ぎ、旧訓練施設の解体作業を請け負っていた学生一同は旧施設第二訓練場の解体に着手した。  彼らは手始めに自分たちで施設内の調査を行ったらしい。もちろん事前調査は学園側で済ませているのだが念のためだ。もしも近所の子供でも入り込んでいたら大事になりかねない。それはなくても猫の多いこの学園都市のこと、内部で猫が巣を作っている可能性も大いにあった。   そうした理由で彼らは内部に入って調査をしたのだがそこには予想外の存在《モノ》がいた。  幽霊。日常でも簡単に見受けられる言葉、そしてこの学園都市では実在も珍しくはない存在だ。  しかし彼らが遭遇したのは幽霊にしては多種多様の……と言うよりは何でもかんでもと言った方がしっくりくるモノであったらしい。人型、獣型、ロボット型、エイリアン型。訳も区別もまるでわからぬほどの幽霊の群れ。むしろ本当に幽霊であるかも疑わしいほどであったという。  しかし遭遇した生徒の投げた物品や振るった手足はそれらが存在しないかのようにすり抜け、それら自身も存在していなかったように消えうせたという証言がそれらが幽霊である証左となった。  かくして現場は騒然とし、見鬼の異能力者に協力を要請するも詳細はわからず、混乱は増し、作業従事者の一人であった伊緒君が割合独断で私を呼んできた、という顛末になったらしい。  伊緒君から聞いたそれらの情報を脳内でここまで咀嚼するうちに(伊緒君の証言は量こそ多いものの要領は得ないものがほとんどだった)、私の運転する車は旧訓練施設に到着した。  旧教育施設は思ったよりも自宅マンションに近く、その気になれば歩いてでも一時間せずに往復できそうな距離にあった。  施設の周りには十数人の生徒が見受けられ、その何人かの傍らには二、三台の重機紛いの何かが鎮座している。  一方でそれと同数ほどの生徒や重機モドキは施設のほぼ反対側に取り付き、壊し、破片をトラックへと運んでいる。解体されている建物は壁のコンクリートや木材が剥がされて鉄骨が剥き出しになっていた。 「作業は進んでいるらしいな」 「あっちは幽霊が出なかった棟です! ボクらの担当場所でだけ幽霊が出ました!」  なるほど。 「現場の第二訓練場は?」 「あの体育館みたいな建物です! あれが幽霊の出た場所です! 幽霊屋敷です!」  彼女が指した建物の外観は確かに体育館に似ている。だから幽霊屋敷という呼び方がミスマッチのしようすらないほど似合っていなかった。 「ふむ」  しかし旧施設の第二特殊訓練場か……前にも聞いた覚えがある。うろ覚えだが那美君からだったはずだ。  たしかあの建物は……ああ、なるほど。 「これは……現場に入る前にあらかた解けてしまった、のか?」 「え?」 「まあ、いいか」  いま私が考えている通りだとは思うが確証を得るためにはやはり現場に入った方がいいだろう。 「では入ってみよう」 「はい! あ、見鬼の人とか呼びますか?」 「恐らく手を煩わせるまでもないだろう。これはそういう事件だ」  事件と言えるかは判断の割れるところだが。  伊緒君が現場の責任者に話を通し、渋々ながらも許可をもらい、我々は施設の中へと足を踏み入れた。  第二特殊訓練場へは隣接した施設の二階から渡り廊下で進入する必要があったのでまずは隣の福祉棟を通ることとなった。  福祉棟は医療施設や休憩室などが集まっており、訓練による負傷の治療や合間の休息に使われていたらしい。当然だが今となっては使用者は皆無で、掲示板に張られた十年近く前の日付が書かれた催し物の告知ポスターが放置されてからの年月の経過を物語っている。  ここは第二特殊訓練場だけでなく、現在解体中の第一特殊訓練場とも隣接しており、施設の地図と衛星写真では両端が丸いTの字に 「ここって上から見ると男の人のチ○コみたいですね!」 「…………」  女の子が堂々とそれを言うのは如何なものか。しかも語気強めで。 「じゃあ右の金○を目指して進みましょう!」  ……決して悪い子ではなさそうだが自宅でのことといい発言内容に難あり。  変な形でテンションを落としながら歩いていると、廊下や天井の端々からピシリ、ピシリという音が聞こえてきた。 「こ、これは! 噂の怪奇現象ラップON!」 「その発音だとまるでサランラップをかけていそうだが」  それにこの音は隣で工事をしている影響で怪奇現象とは無関係だろう。  しかしよくわかっていないらしい伊緒君はどこか怯えている様子だ。 「うぅ! やっぱり幽霊は苦手です! 殴れませんボコれませんプチッできません! 何より死んでるから殺せません!」  ……怯えている、か? 「まぁ、死んでるから殺せない……とも限らんがね。別に幽霊は死んで幽霊になったものだけではない」 「? どういう意味ですか?」 「では簡単に説明しよう」  私は歩きながら話すネタとして幽霊についての解説をすることにした。 「幽霊と呼ばれているものは大まかに分けて四種類ある。一つ目は生まれたときから幽霊だったラルヴァだ」 「それすごく矛盾してません!?」 「かもしれない。ただラルヴァにはそうとしか言いようのないラルヴァはそれなりにいる。どちらかと言えば【オバケ】に当たる。おばけのホーリーやゴーストバスターズのスライマーあたりがいい例かもしれない」 「なんですかそれ?」  …………ああ、うん。ジェネレーションギャップして当たり前のネタだったよ。 「まぁそれは置いておくとして二つ目は人間が死んだ後に霊魂と魂源力のみの存在になることで生まれる幽霊、一番わかりやすい意味での幽霊だ」 「四谷怪談ですね!」 「四谷怪談に限らんがね。これは出自が出自なのでラルヴァと言うかは難しい」  ラルヴァ学会でも意見が割れていたはずだ。 「三つ目は人間や動物の死骸を用いて生み出されたあれこれだ。二つ目の幽霊と違い自然発生でなく人為的な……ネクロマンシーや僵尸術、フランケンシュタイン作成法によるものだ」 「それ幽霊っぽくないですね!」 「実体はあるし魂も入っていたりいなかったりで、不謹慎な言い方をすればホラー映画ではなくパニックムービーの域だから余計にらしくない、っと……」  そう言えばマシンモンスターやメルカバもこれに当たるのか。本当に不謹慎だ。 「それで四つ目は?」 「四つ目は……まぁ後で言わせてもらう。恐らく今回の件は四つ目だろうからな」  解説している間に渡り廊下も渡り終え、私と伊緒君は第二特殊訓練場に足を踏み入れた。  第二特殊訓練場の中はうっすらと埃が積もっているものの老朽化などはまだあまり見られない。建設されてから二十年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、見た目は今でも十二分に使用に足る印象だ。  入り口横の施設内地図を見ると中心に厚い壁を挟んで二つの大部屋があり、その周囲に通路や関係した部屋が配置されているようだ。  どうやらここにある二つの扉の先を通ってそれぞれの大部屋にいけるらしい。 「幽霊は大部屋で?」 「そうです! 右と左のどっちに出たのかは聞いたけど忘れちゃいました!」  忘れるな。 「仕方ない。手分けして両方とも調べよう」 「え? 学者さん雑魚なのに一人で大丈夫ですか!?」 「……まぁ、大丈夫だろう」  エレメンタル幽霊相手なら君だって手も足も出ないだろうに。いや、手足は出ても箸にも棒にもかからないのか。  そんなやりとりをして私と伊緒君は右と左それぞれの大部屋へと向かった。  大部屋へと通じる通路は隣の福祉棟と大差なかった。強いて言えばここには掲示板などないし告知ポスターも貼っていない。代わりに埃だらけの壁にいくつもの小さな手形がくっきりと見て取れる。おまけに床にはちらほらと黒い髪の毛が落ちていた。  ……はて、もしかするとこれはかなり怖いんじゃないか? 「いや、今回の件の真相に怖い要素などないはずだ。ないはずだ」  私は自分の推測の確かさを信じて浮かびかけた「怖い」という感情を抑え込んだ。しかしまだ少し抑え込みが足りない。こういうときはどうすれば……そうだ。 「歌おう」  怖いときは(まだ怖くなどないが)歌えばいいと子供のころ誰かに聞いた気がする。  という訳で歌う。選曲は陽気な曲だ。 「あったまてっかてーか」  お? 「さーえてぴっかぴーか」  これはいい。一気に気分が楽になってきた。こうすれば良かったのか 「そーれがどーしーた」 「ぼくドラえもん!」  ぎゃあああ!?  バァン!と勢いよく開かれた扉と思わぬ合いの手に私は心底仰天した。  扉から登場したのは……。 「……………………何だ伊緒君か。君の担当は左側の部屋のはずだが」 「こんな場所で急にドラえもんの歌が聞こえてきたら気になって飛んできますって!」  ……危ない。本当に危ない。危うく悲鳴が口から飛び出すところだった。さすがにそれは少しみっともない。 「でも25にもなって怖いからドラえもんの歌を熱唱とかみっともないですね学者さん!」  やはりこの子は自由に酷い。そして穴があったら入りたい。  いや、違うんだ。普段はこんなに恐怖心は抱かない。ラルヴァの巣窟に放り込まれてももっと落ち着いている自信と落ち着いていた記憶がある。  今回のこの場所の雰囲気はいつもと系統が違うと言うか幼いころのトラウマを刺激されると言うか……。  などという脳内言い訳を並べているうちに伊緒君はひょいひょいと先へ進んでいく。 「ボクの行った方は通路にこんな手形や髪の毛はありませんでしたし、こっちが当たりですね!」  だそうだ。  なるほど、それならこちらが事件のあった場所だろう。  そしてきっとこの手形や髪の毛はここを調査しに入った作業従事者のものだ。明らかに小さな子供のものだが異能力者ならばおかしくはない。そうであってくれ。私の推測と心身のバランスのために。  通路を進んだ先の扉を開けると、そこはまるで体育館のような広い空間だった。この施設の外観は体育館に近かったが中身も同様であったらしい。  しかし床の材質は一目見ただけでも木やリノリウムとは異なった。どこか透明感があり、屈んで手で触れてみると硬質ながらも微かに柔らかい感触が返ってきた。  壁には窓がなく完全に密閉され、見上げれば天井には何がしかの機械が設置されている。なるほど、そういったところを見るとここはやはり体育館ではなく訓練場、もしくは実験場、あるいは……。  と、そこまで頭の中で考えを巡らせてようやく窓のないこの部屋に機械が設置されているのが分かる程度には明かりがついていることを理解した。廃墟とされながらも電気は変わらず通っているらしい。  となると、私がここを訪れて最初に打ち立てた推測の確度はぐんと上がった。 「さて、推測が当たっているか試してみるか」  私は伊緒君に先んじて大部屋の中央へと歩き出す。  室内を歩く私を察知して――あるいは私に反応して――薄暗闇に某かの幻像が浮かび上がった。  幻像はおどろおどろしい化物であり、エイリアンであり、ロボットであった。  多種多様というよりは雑多に、統一性も無く、幽霊と呼ばれた幻像はそこに立っていた。  しかしその幻像は……。 「やはりこれは」 「キャーーーーーーッ!」  一拍遅れて、幻像が何であるかに気づいた伊緒君が絶叫を上げる。  ――それと同時に私は気づいた。  彼女の絶叫が先ほど私の上げかけた驚愕恐怖の絶叫ではなく……絶叫マシンに乗ったときのそれだということに。  振り返れば既に彼女は両手を振り上げて跳躍している。  跳躍の着地点は幻像の群れの真っ只中であり、私の眼前だ。  私が慌てて後方に駆け出すのと、彼女が着地代わりに両手を振り下ろしたのは同時であり  ――次の瞬間には大部屋の床は完全に粉砕されていた。  ・・・・・・  かつて【家袋】の事件の折に久留間君に質問したことがある。  その事件で私は彼女の率いる久留間戦隊のメンバー、藤乃君の尋常ならざる防御力を目にし、気になって聞いてみたのだ。「他のメンバーも同様に何かに特化しているのかね」、と。  そこでメンバーの能力について色々と聞いたのだが、その中でも伊緒君について久留間君はこう語っていた。 「伊緒ですか? メンバーの中でも一番幼いですけど、単純な腕力なら戦隊でもピカイチですね。私と藤乃はこの屋敷のラルヴァを解体するのに十分くらいかかっちゃいましたけど、伊緒なら三分でやれます。車を叩けば百メートルくらい飛んだ後で爆発しますね。アラレちゃんみたいだと思いません?」  ・・・・・・  笑う久留間君に「それは腕力ではなく破壊力だ」とつっこんだのを思い出したところで私の回想は終了し、私は目を覚ましていた。  どうやら少し気絶していたらしい。 「学者さーん! 生きてますかー! 意識ありますかー!」 「……そういうことを確認しなければならない事態だったのが分かる程度には」  自分の意思と関係なく寝転がった姿勢になっていた私は寝転がったまま視線を巡らせる。しかし、先刻はうっすらと見えていたはずの室内の様子が暗闇ですっかりわからなくなっている。どうやら崩れた際に光源をなくしたようだ。 「学者さーん! どこにいますかー! ぐりぐりぐりぐり!」 「痛い痛い痛い痛い、伊緒君踏んでる、私を思いきり踏んでる」 「あ! すみません! 暗いからわかりませんでした!」  本当か? 「兎に角、こう暗くては確認のしようもない。伊緒君、壁のどこかを壊してくれ。それで外の光が入ってくるはずだ」 「はい! てやぁ~~~~……イタッ!?」  伊緒君の悲鳴と、ガラガラという壁の崩れる音が響く。外光が室内に差し込み、視界が回復する。伊緒君は額を押さえていた。どうやらパンチか何かで穴を開けようとしたが暗闇で距離を誤って顔面をぶつけたらしい。……顔面でも壁を崩せているのが恐ろしいところである。  次いで私は自身と周囲の様子を確かめる。幸いなことに床は崩れてもそう深くは落ちていなかったようだ。そうでなければ重傷を負うか生き埋めになっていただろう。いや、それでも下半身が埋まっていた。幸い砕かれて小さくなった床の破片ばかりで重くも痛くもないが……頭の横に突き立っている尖った残骸を見てぞっとする。 「…………次からは周囲の人間にも気をくばってくれ」 「学者さんがあの程度も自力じゃどうにもできないへっぽこ人間なの都合よく忘れてました!」 「突然床が吹っ飛んだら一般人の99%はどうにもできないと思うのだが……」  私は伊緒君に引き起こされて小生き埋めから抜け出た。 「それで学者さん!」 「なにかね?」 「これ、何ですか!」  伊緒君は一面に広がる残骸をざっと指差した。  先刻も少し触れたようにそれらは床の破片だ。よくわからない材質で出来た不思議な質感の破片である。  しかしそれは床の表面だけの話だ。  床の内側、カバーとなっていた表面の内側には機械が並べられていたらしい。砕けているものが多いのでよくわからなくなっていた。しかし日の光で崩れる前よりも明るくなった室内で天井を見上げれば、天井に設置されていた機械がその残骸と似た形をしているのがわかった。 「……やはりな」  こうして確認するまでは本《・》物《・》の可能性もあったが、結局は私の推測どおりだったらしい。 「伊緒君、これが何か……そしてここが何だったのか。両方の答えがこれだ」  私は床に落ちていた残骸の中で比較的分かりやすく、かつ私が持てる程度に小さいものを選んで伊緒君に渡した。 「これって……カメラ?」  彼女の言うとおり、それはカメラのレンズ部分によく似ている。しかし、ある意味では真逆だ。なぜならそれは写すものではなく映すものだからである。 「プロジェクターだよ。昔の超科学技術で作られた立体プロジェクターだ。色々なものを映せる。幽霊も、だ」 「……へ?」  さすがに二十年近くも前の代物だし画像も荒かったな。目撃者が本物と間違えたのは、この双葉学園の生徒だから、といったところか。 「あの、結局どういうことですか!?」 「要するに、ここは幽霊屋敷ではなく……遊園地のお化け屋敷だ」  ・・・・・・  私が那美君から聞いていたこの施設の概要は以下のようなものだった。  この双葉区、学園都市、そして双葉学園が設立されたころ、この街を設立した異能力者や日本政府は様々な苦悩を抱えていた。苦悩の多くは今回の件に関係ないが、一つ大いに関係がある苦悩があった。  それは、『子供たちをどう訓練すればいいかわからない』ということである。  二十世紀末に起きた異能力者の爆発的な増加により生まれた多くの幼い異能力者の受け入れ先であり、異能の制御とラルヴァとの戦い方を教える双葉学園にとってこの苦悩は不可避であった。  増加以前の日本にも異能力者の組織と訓練のノウハウはあったが、それらのノウハウはあまりにも多様であった新しい異能力者に対応し切れなかったのだ。  超能力、身体強化、魔術、超科学の四系統。さらには個人個人であまりにも異なる資質。古くからの訓練方法では多様すぎる生徒を持て余したのである。例えると野球やサッカーのコーチしかいなかったのにアメフトやセパタクローの選手を教えることになったようなものだ。  ゆえに設立者達はまず『どんな異能でも幅広く対応できそうな訓練施設』を目標に施設の設計と建築を行うことにした。先のスポーツの例えに繋げて例えると、技術ではなく基礎トレーニングに該当する施設の建設だ。  その一つが第二訓練場であり、施設のテーマは『ラルヴァと戦う心構えを身につける』である。  訓練をつんでラルヴァの討伐や撃退を行うよりも前に、予めラルヴァと戦えるだけの精神力を身につけさせるため第二訓練場は当時最新の立体ホログラフィを使って本物さながらのラルヴァを相手に訓練をつませようとした、のだが……。  設計者の目論見は失敗に終わった。  その理由は当時を知る那美君曰く、 「立体3Dだったのはすごいし、ちょっと感動した。だけど、触れもしないし画像荒いし半透明だし明らかに偽物だとわかってるもの相手に緊張感の欠片もない訓練して精神力が身につくわけないでしょ? きっとまだお化け屋敷に入ったほうが訓練になったんじゃない?」  とのことらしい。  それから後、与田技研の訓練ロボットの導入もあり、第二訓練場は使われることもなくなって閉鎖された。    今回の事件は閉鎖されて使われなくなった施設を解体する際に施設の詳細を教えていなかった学校側の不手際と、何らかの偶然によって施設の電源が入ってしまったことが原因だ。  幽霊などいなかったが、幽霊に見えるものがそこにあった。  目撃者の学生達が幽霊だと誤解したのは本物を知っているゆえに、である。一般人と違って本物の幽霊がいるのは周知の事実である彼らにしてみれば、それらしいものは幽霊に見えやすい。しかして正体は幽霊ではない。  幽霊の正体見たり枯れ尾花  それが幽霊と呼ばれるものの、四つ目である。  ・・・・・・  事件が解決し、自宅に帰るころには夕飯の支度ができる時間を過ぎていた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「今日は何かあったか?」 「シズクとあそんでた」 「シズク?」 「おともだち」 「……そうか、それはよかったな」  いつの間にか八雲にも個人的な友人が出来たらしい。それを嬉しく思うのは親心のようなものだろうか。  リビングを見れば、二人分のコントローラが刺さったゲーム機と対戦ゲームの画面が見える。  シズクという友達の姿は見えないからもう帰ってしまったらしい。 「っと、八雲、遊び終わったならちゃんと電源を切っておかないと駄目だぞ」 「うん、わかってる。あそびおわったらでんげんをきる。…………あ」  リビングに戻ろうとした八雲はふと何かを思い出したように立ち止まった。 「でんげん、きりわすれてた」 「? だから今から」 「ゲームじゃなくて、えっと……どこだっけ? うん、うん、きゅうきょういくしせつのだいにくんれんじょう、でんげんきりわすれてた」  ……何だって? 「シズクとあそんでて、あそこのスイッチいれたけど、けしわすれてた」 「…………なるほど」  閉鎖されていた施設の電源が入るなど妙な偶然もあったものだと思ったが、そうか八雲があそこの電源を入れたのか。考えてみればあそこはこのマンションから歩いていける距離だ。  つまり昨日以前か今日の午前中のうちに八雲が中に入って電源を入れてしまい、それが原因で今日の昼に事件が起きた、と。通路の手形や落ちていた髪の毛も八雲のものか。 「けしてこなきゃ」 「どの道もう取り壊しているからな……」  というか、伊緒君が壊したからな、床ごと。 「今回は済んだことだが次からは気をつけるんだ。それと、あまり人気のない建物に入ってもいけない」 「気をつける。シズクもごめんなさいって」  ? 「え? ……うん、わかった。言う。えっとね、シズクがあそこで暮らしてたんだけど、住むばしょがなくなっちゃったからどこかあめかぜをしのげるいいばしょはありませんか、って」 「…………待て、八雲。ちょっと、待て」  ――心なしか部屋の気温が下がった気配がする。  心臓が早鐘を打つ。  第二訓練場の廊下に一人立っていたときよりも早く、強く、耳に音となって聞こえるほどに。  それでも、私は尋ねなければならなかった。 「そのシズクって子は……どこにいるんだ?」 「ハイジの後ろ」  怪物記  第十話  了
 [[ラノで読む>http://rano.jp/3360]]  怪物記  おばけにゃ学校も試験も何にもない           ――ゲゲゲの鬼太郎  それは日常と言って差し支えない時間だった。  ある日の昼下がり、私はレポート執筆の休憩にリビングで日本茶を啜っていた。隣では八雲が少し欲張りに日本茶とジュースの両方をテーブルに置いて、のり煎餅をぽりぽりとかじりながらTVを見ている。  TV画面に流れるCMは国内最大の某魔法の王国のものだ。クリスマスの楽曲をバックに個性的なキャラクター達がライトアップされた山車に乗ってパレードしている。 『東京ディズニーランド・クリスマスファンタジー☆』  懐かしい。随分と昔の、物心ついて間もない頃の話だが家族で行ったはずだ。おぼろげだが兄と揃ってホログラムのお化け屋敷を随分と怖がっていた覚えがある。姉が私を絶叫マシンに乗せようとして係員に止められていたのも記憶にある。本当に懐かしい。恐ろしい、姉が。  それにしても、もうクリスマスになるのか。月日の過ぎるのは早いものだ。あれからそれほど経過してないように感じるのは気のせいだろうか。  そんな感想をぼんやり考えていると、トントン、というノックの音が我が家の玄関から聞こえてきた。  どうでもいいことだがドアをノックする客は初めてかもしれない。  ドアの向こうにいたのは、久留間戦隊のメンバーの一人で夏の兎狩りでも一緒だった伊緒君だった。 「こんにちは学者さん! すごく困ってます! 【幽霊事件】です! 幽霊が出たから助けてください!」  伊緒君は小柄な体の身振り手振りの自己主張と「!」の乱発で用件を伝えてきた。  私は「幽霊は少し時期外れだな」と思いつつ返答した。 「うちはゴーストスイーパーじゃないんだが」 「知ってます! でもラルヴァの学者さんです! だから何とかしてください!」  幽霊は人じゃない→ラルヴァは人外の総称→幽霊はラルヴァの三段論法である。  まぁ、幽霊が人じゃないかどうかは判断の分かれるところだが。 「いまいち話がわからないので詳細を聞きたいんだが、上がっていくかね?」 「はい! あ、おやつ時なので何か出してください! 飲み物は牛乳で!」  ……この子は奔放な性格が少し助手に似てるな。  将来心配だ。  十分後、伊緒君が牛乳と煎餅を平らげたところでようやく話を聞くことが出来た。 「要するに旧教育施設に幽霊が出た、と?」 「はい! 出たんです!」  旧教育施設。それは双葉学園、いやこの学園都市が建設され始めて間もないころに建てられた施設である。  学問を中心とした校舎ではなく双葉学園に通う学生――異能力者の訓練を専門とした教育施設であり、既に廃棄された施設だ。  同様の施設は学園都市の地下から山中に至るまで無数にある。だが、その旧教育施設は1999年からの大量出生直後、入学する異能力者の試算が正確でなかった2000年始め頃に突貫で建築されたものであった。そのため今は御役御免となり使われなくなった代物だ。 「たしか新しい施設を建てるために取り壊されると聞いていたが……」  この学園都市は東京湾上の埋立地。土地は有限であり、新たに何かを建設しようとすれば不要な建物を潰してその上に建てる必要がある。 「ボクたちがアルバイトで取り壊してました!」 「なるほど」  学園都市では技術を要さない土木作業は稀に異能力者の学生に回ってくることがある。  何分、異能やラルヴァなど一般社会にばれたらまずいもので溢れ返っているので建設会社をホイホイと学園都市に入れるわけにはいかない。  学園都市には建設部や大工部といった学園都市内の建築業代行機関も存在するが彼ら彼女らの人数は限られている。  そのため、単に『壊す』『運ぶ』といった作業は一般の身体強化系や超能力者、超科学のロボット使いに回ってくることがある。【家袋】の一件のように異能力者の力をもってすれば大抵の建築物はバラバラにできるし、その方が安く済むというのもあるだろう。 「その作業中に幽霊が出てきたのかね?」 「はい! それはもうおどろおどろしかったり可憐だったりエイリアンだったりスーパーロボットだったりバリエーション凄まじい幽霊だったみたいです!」 「待て。ちょっと、待て」  途中からおかしい。明らかにおかしい。 「エイリアンとスーパーロボットは幽霊じゃないだろう」 「でも半透明でスゥッと消えてしまったそうです! だから幽霊だって言ってました! きっと施設の事故で亡くなった生徒とか学園都市を建設するときに潰したお墓や神社やUFOやロボット秘密基地の祟りです!」  生徒はともかく、UFOや秘密基地は祟るのだろうか。  そもそもこの学園都市は海上の埋立地だからそういった土地のあれこれとは無縁に思える。まぁ、知らず知らずのうちに海神やら旧支配者やらの祠を埋めてましたくらいはありそうな世の中だが。 「見鬼や霊能の生徒は尋ねてみたかね?」 「はい! でも入っていった見鬼の人は『気配はありそうだけど姿は見当たらない』って言ってました!」 「……ふむ」  微妙なところだが……行ってみるか。ひょっとしたら珍しいケースの幽霊かもしれない。 「わかった。なら現場を見に行こう」 「ありがとうございます! さっそく行きましょう! 案内します!」  そう言って伊緒君はリビングと繋がる玄関から先に外へと出て行った。……まぁ、案内されなくても場所は知っているのだが。 「八雲、少し出かけてくるから留守番をしていてくれ。夕飯までには帰ってこれるだろうがもし遅くなったら大車輪かピザハットの出前でも取ってほしい。お金はいつもの場所に置いてある」 「わかった。いっしょにおるすばんしてる」  第十話 【幽霊】    ・・・・・・  状況の整理。  本日の午後一時過ぎ、旧訓練施設の解体作業を請け負っていた学生一同は旧施設第二訓練場の解体に着手した。  彼らは手始めに自分たちで施設内の調査を行ったらしい。もちろん事前調査は学園側で済ませているのだが念のためだ。もしも近所の子供でも入り込んでいたら大事になりかねない。それはなくても猫の多いこの学園都市のこと、内部で猫が巣を作っている可能性も大いにあった。   そうした理由で彼らは内部に入って調査をしたのだがそこには予想外の存在《モノ》がいた。  幽霊。日常でも簡単に見受けられる言葉、そしてこの学園都市では実在も珍しくはない存在だ。  しかし彼らが遭遇したのは幽霊にしては多種多様の……と言うよりは何でもかんでもと言った方がしっくりくるモノであったらしい。人型、獣型、ロボット型、エイリアン型。訳も区別もまるでわからぬほどの幽霊の群れ。むしろ本当に幽霊であるかも疑わしいほどであったという。  しかし遭遇した生徒の投げた物品や振るった手足はそれらが存在しないかのようにすり抜け、それら自身も存在していなかったように消えうせたという証言がそれらが幽霊である証左となった。  かくして現場は騒然とし、見鬼の異能力者に協力を要請するも詳細はわからず、混乱は増し、作業従事者の一人であった伊緒君が割合独断で私を呼んできた、という顛末になったらしい。  伊緒君から聞いたそれらの情報を脳内でここまで咀嚼するうちに(伊緒君の証言は量こそ多いものの要領は得ないものがほとんどだった)、私の運転する車は旧訓練施設に到着した。  旧教育施設は思ったよりも自宅マンションに近く、その気になれば歩いてでも一時間せずに往復できそうな距離にあった。  施設の周りには十数人の生徒が見受けられ、その何人かの傍らには二、三台の重機紛いの何かが鎮座している。  一方でそれと同数ほどの生徒や重機モドキは施設のほぼ反対側に取り付き、壊し、破片をトラックへと運んでいる。解体されている建物は壁のコンクリートや木材が剥がされて鉄骨が剥き出しになっていた。 「作業は進んでいるらしいな」 「あっちは幽霊が出なかった棟です! ボクらの担当場所でだけ幽霊が出ました!」  なるほど。 「現場の第二訓練場は?」 「あの体育館みたいな建物です! あれが幽霊の出た場所です! 幽霊屋敷です!」  彼女が指した建物の外観は確かに体育館に似ている。だから幽霊屋敷という呼び方がミスマッチのしようすらないほど似合っていなかった。 「ふむ」  しかし旧施設の第二特殊訓練場か……前にも聞いた覚えがある。うろ覚えだが那美君からだったはずだ。  たしかあの建物は……ああ、なるほど。 「これは……現場に入る前にあらかた解けてしまった、のか?」 「え?」 「まあ、いいか」  いま私が考えている通りだとは思うが確証を得るためにはやはり現場に入った方がいいだろう。 「では入ってみよう」 「はい! あ、見鬼の人とか呼びますか?」 「恐らく手を煩わせるまでもないだろう。これはそういう事件だ」  事件と言えるかは判断の割れるところだが。  伊緒君が現場の責任者に話を通し、渋々ながらも許可をもらい、我々は施設の中へと足を踏み入れた。  第二特殊訓練場へは隣接した施設の二階から渡り廊下で進入する必要があったのでまずは隣の福祉棟を通ることとなった。  福祉棟は医療施設や休憩室などが集まっており、訓練による負傷の治療や合間の休息に使われていたらしい。当然だが今となっては使用者は皆無で、掲示板に張られた十年近く前の日付が書かれた催し物の告知ポスターが放置されてからの年月の経過を物語っている。  ここは第二特殊訓練場だけでなく、現在解体中の第一特殊訓練場とも隣接しており、施設の地図と衛星写真では両端が丸いTの字に 「ここって上から見ると男の人のチ○コみたいですね!」 「…………」  女の子が堂々とそれを言うのは如何なものか。しかも語気強めで。 「じゃあ右の金○を目指して進みましょう!」  ……決して悪い子ではなさそうだが自宅でのことといい発言内容に難あり。  変な形でテンションを落としながら歩いていると、廊下や天井の端々からピシリ、ピシリという音が聞こえてきた。 「こ、これは! 噂の怪奇現象ラップON!」 「その発音だとまるでサランラップをかけていそうだが」  それにこの音は隣で工事をしている影響で怪奇現象とは無関係だろう。  しかしよくわかっていないらしい伊緒君はどこか怯えている様子だ。 「うぅ! やっぱり幽霊は苦手です! 殴れませんボコれませんプチッできません! 何より死んでるから殺せません!」  ……怯えている、か? 「まぁ、死んでるから殺せない……とも限らんがね。別に幽霊は死んで幽霊になったものだけではない」 「? どういう意味ですか?」 「では簡単に説明しよう」  私は歩きながら話すネタとして幽霊についての解説をすることにした。 「幽霊と呼ばれているものは大まかに分けて四種類ある。一つ目は生まれたときから幽霊だったラルヴァだ」 「それすごく矛盾してません!?」 「かもしれない。ただラルヴァにはそうとしか言いようのないラルヴァはそれなりにいる。どちらかと言えば【オバケ】に当たる。おばけのホーリーやゴーストバスターズのスライマーあたりがいい例かもしれない」 「なんですかそれ?」  …………ああ、うん。ジェネレーションギャップして当たり前のネタだったよ。 「まぁそれは置いておくとして二つ目は人間が死んだ後に霊魂と魂源力のみの存在になることで生まれる幽霊、一番わかりやすい意味での幽霊だ」 「四谷怪談ですね!」 「四谷怪談に限らんがね。これは出自が出自なのでラルヴァと言うかは難しい」  ラルヴァ学会でも意見が割れていたはずだ。 「三つ目は人間や動物の死骸を用いて生み出されたあれこれだ。二つ目の幽霊と違い自然発生でなく人為的な……ネクロマンシーや僵尸術、フランケンシュタイン作成法によるものだ」 「それ幽霊っぽくないですね!」 「実体はあるし魂も入っていたりいなかったりで、不謹慎な言い方をすればホラー映画ではなくパニックムービーの域だから余計にらしくない、っと……」  そう言えばマシンモンスターやメルカバもこれに当たるのか。本当に不謹慎だ。 「それで四つ目は?」 「四つ目は……まぁ後で言わせてもらう。恐らく今回の件は四つ目だろうからな」  解説している間に渡り廊下も渡り終え、私と伊緒君は第二特殊訓練場に足を踏み入れた。  第二特殊訓練場の中はうっすらと埃が積もっているものの老朽化などはまだあまり見られない。建設されてから二十年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、見た目は今でも十二分に使用に足る印象だ。  入り口横の施設内地図を見ると中心に厚い壁を挟んで二つの大部屋があり、その周囲に通路や関係した部屋が配置されているようだ。  どうやらここにある二つの扉の先を通ってそれぞれの大部屋にいけるらしい。 「幽霊は大部屋で?」 「そうです! 右と左のどっちに出たのかは聞いたけど忘れちゃいました!」  忘れるな。 「仕方ない。手分けして両方とも調べよう」 「え? 学者さん雑魚なのに一人で大丈夫ですか!?」 「……まぁ、大丈夫だろう」  エレメンタル幽霊相手なら君だって手も足も出ないだろうに。いや、手足は出ても箸にも棒にもかからないのか。  そんなやりとりをして私と伊緒君は右と左それぞれの大部屋へと向かった。  大部屋へと通じる通路は隣の福祉棟と大差なかった。強いて言えばここには掲示板などないし告知ポスターも貼っていない。代わりに埃だらけの壁にいくつもの小さな手形がくっきりと見て取れる。おまけに床にはちらほらと黒い髪の毛が落ちていた。  ……はて、もしかするとこれはかなり怖いんじゃないか? 「いや、今回の件の真相に怖い要素などないはずだ。ないはずだ」  私は自分の推測の確かさを信じて浮かびかけた「怖い」という感情を抑え込んだ。しかしまだ少し抑え込みが足りない。こういうときはどうすれば……そうだ。 「歌おう」  怖いときは(まだ怖くなどないが)歌えばいいと子供のころ誰かに聞いた気がする。  という訳で歌う。選曲は陽気な曲だ。 「あったまてっかてーか」  お? 「さーえてぴっかぴーか」  これはいい。一気に気分が楽になってきた。こうすれば良かったのか 「そーれがどーしーた」 「ぼくドラえもん!」  ぎゃあああ!?  バァン!と勢いよく開かれた扉と思わぬ合いの手に私は心底仰天した。  扉から登場したのは……。 「……………………何だ伊緒君か。君の担当は左側の部屋のはずだが」 「こんな場所で急にドラえもんの歌が聞こえてきたら気になって飛んできますって!」  ……危ない。本当に危ない。危うく悲鳴が口から飛び出すところだった。さすがにそれは少しみっともない。 「でも25にもなって怖いからドラえもんの歌を熱唱とかみっともないですね学者さん!」  やはりこの子は自由に酷い。そして穴があったら入りたい。  いや、違うんだ。普段はこんなに恐怖心は抱かない。ラルヴァの巣窟に放り込まれてももっと落ち着いている自信と落ち着いていた記憶がある。  今回のこの場所の雰囲気はいつもと系統が違うと言うか幼いころのトラウマを刺激されると言うか……。  などという脳内言い訳を並べているうちに伊緒君はひょいひょいと先へ進んでいく。 「ボクの行った方は通路にこんな手形や髪の毛はありませんでしたし、こっちが当たりですね!」  だそうだ。  なるほど、それならこちらが事件のあった場所だろう。  そしてきっとこの手形や髪の毛はここを調査しに入った作業従事者のものだ。明らかに小さな子供のものだが異能力者ならばおかしくはない。そうであってくれ。私の推測と心身のバランスのために。  通路を進んだ先の扉を開けると、そこはまるで体育館のような広い空間だった。この施設の外観は体育館に近かったが中身も同様であったらしい。  しかし床の材質は一目見ただけでも木やリノリウムとは異なった。どこか透明感があり、屈んで手で触れてみると硬質ながらも微かに柔らかい感触が返ってきた。  壁には窓がなく完全に密閉され、見上げれば天井には何がしかの機械が設置されている。なるほど、そういったところを見るとここはやはり体育館ではなく訓練場、もしくは実験場、あるいは……。  と、そこまで頭の中で考えを巡らせてようやく窓のないこの部屋に機械が設置されているのが分かる程度には明かりがついていることを理解した。廃墟とされながらも電気は変わらず通っているらしい。  となると、私がここを訪れて最初に打ち立てた推測の確度はぐんと上がった。 「さて、推測が当たっているか試してみるか」  私は伊緒君に先んじて大部屋の中央へと歩き出す。  室内を歩く私を察知して――あるいは私に反応して――薄暗闇に某かの幻像が浮かび上がった。  幻像はおどろおどろしい化物であり、エイリアンであり、ロボットであった。  多種多様というよりは雑多に、統一性も無く、幽霊と呼ばれた幻像はそこに立っていた。  しかしその幻像は……。 「やはりこれは」 「キャーーーーーーッ!」  一拍遅れて、幻像が何であるかに気づいた伊緒君が絶叫を上げる。  ――それと同時に私は気づいた。  彼女の絶叫が先ほど私の上げかけた驚愕恐怖の絶叫ではなく……絶叫マシンに乗ったときのそれだということに。  振り返れば既に彼女は両手を振り上げて跳躍している。  跳躍の着地点は幻像の群れの真っ只中であり、私の眼前だ。  私が慌てて後方に駆け出すのと、彼女が着地代わりに両手を振り下ろしたのは同時であり  ――次の瞬間には大部屋の床は完全に粉砕されていた。  ・・・・・・  かつて【家袋】の事件の折に久留間君に質問したことがある。  その事件で私は彼女の率いる久留間戦隊のメンバー、藤乃君の尋常ならざる防御力を目にし、気になって聞いてみたのだ。「他のメンバーも同様に何かに特化しているのかね」、と。  そこでメンバーの能力について色々と聞いたのだが、その中でも伊緒君について久留間君はこう語っていた。 「伊緒ですか? メンバーの中でも一番幼いですけど、単純な腕力なら戦隊でもピカイチですね。私と藤乃はこの屋敷のラルヴァを解体するのに十分くらいかかっちゃいましたけど、伊緒なら三分でやれます。車を叩けば百メートルくらい飛んだ後で爆発しますね。アラレちゃんみたいだと思いません?」  ・・・・・・  笑う久留間君に「それは腕力ではなく破壊力だ」とつっこんだのを思い出したところで私の回想は終了し、私は目を覚ましていた。  どうやら少し気絶していたらしい。 「学者さーん! 生きてますかー! 意識ありますかー!」 「……そういうことを確認しなければならない事態だったのが分かる程度には」  自分の意思と関係なく寝転がった姿勢になっていた私は寝転がったまま視線を巡らせる。しかし、先刻はうっすらと見えていたはずの室内の様子が暗闇ですっかりわからなくなっている。どうやら崩れた際に光源をなくしたようだ。 「学者さーん! どこにいますかー! ぐりぐりぐりぐり!」 「痛い痛い痛い痛い、伊緒君踏んでる、私を思いきり踏んでる」 「あ! すみません! 暗いからわかりませんでした!」  本当か? 「兎に角、こう暗くては確認のしようもない。伊緒君、壁のどこかを壊してくれ。それで外の光が入ってくるはずだ」 「はい! てやぁ~~~~……イタッ!?」  伊緒君の悲鳴と、ガラガラという壁の崩れる音が響く。外光が室内に差し込み、視界が回復する。伊緒君は額を押さえていた。どうやらパンチか何かで穴を開けようとしたが暗闇で距離を誤って顔面をぶつけたらしい。……顔面でも壁を崩せているのが恐ろしいところである。  次いで私は自身と周囲の様子を確かめる。幸いなことに床は崩れてもそう深くは落ちていなかったようだ。そうでなければ重傷を負うか生き埋めになっていただろう。いや、それでも下半身が埋まっていた。幸い砕かれて小さくなった床の破片ばかりで重くも痛くもないが……頭の横に突き立っている尖った残骸を見てぞっとする。 「…………次からは周囲の人間にも気をくばってくれ」 「学者さんがあの程度も自力じゃどうにもできないへっぽこ人間なの都合よく忘れてました!」 「突然床が吹っ飛んだら一般人の99%はどうにもできないと思うのだが……」  私は伊緒君に引き起こされて小生き埋めから抜け出た。 「それで学者さん!」 「なにかね?」 「これ、何ですか!」  伊緒君は一面に広がる残骸をざっと指差した。  先刻も少し触れたようにそれらは床の破片だ。よくわからない材質で出来た不思議な質感の破片である。  しかしそれは床の表面だけの話だ。  床の内側、カバーとなっていた表面の内側には機械が並べられていたらしい。砕けているものが多いのでよくわからなくなっていた。しかし日の光で崩れる前よりも明るくなった室内で天井を見上げれば、天井に設置されていた機械がその残骸と似た形をしているのがわかった。 「……やはりな」  こうして確認するまでは本《・》物《・》の可能性もあったが、結局は私の推測どおりだったらしい。 「伊緒君、これが何か……そしてここが何だったのか。両方の答えがこれだ」  私は床に落ちていた残骸の中で比較的分かりやすく、かつ私が持てる程度に小さいものを選んで伊緒君に渡した。 「これって……カメラ?」  彼女の言うとおり、それはカメラのレンズ部分によく似ている。しかし、ある意味では真逆だ。なぜならそれは写すものではなく映すものだからである。 「プロジェクターだよ。昔の超科学技術で作られた立体プロジェクターだ。色々なものを映せる。幽霊も、だ」 「……へ?」  さすがに二十年近くも前の代物だし画像も荒かったな。目撃者が本物と間違えたのは、この双葉学園の生徒だから、といったところか。 「あの、結局どういうことですか!?」 「要するに、ここは幽霊屋敷ではなく……遊園地のお化け屋敷だ」  ・・・・・・  私が那美君から聞いていたこの施設の概要は以下のようなものだった。  この双葉区、学園都市、そして双葉学園が設立されたころ、この街を設立した異能力者や日本政府は様々な苦悩を抱えていた。苦悩の多くは今回の件に関係ないが、一つ大いに関係がある苦悩があった。  それは、『子供たちをどう訓練すればいいかわからない』ということである。  二十世紀末に起きた異能力者の爆発的な増加により生まれた多くの幼い異能力者の受け入れ先であり、異能の制御とラルヴァとの戦い方を教える双葉学園にとってこの苦悩は不可避であった。  増加以前の日本にも異能力者の組織と訓練のノウハウはあったが、それらのノウハウはあまりにも多様であった新しい異能力者に対応し切れなかったのだ。  超能力、身体強化、魔術、超科学の四系統。さらには個人個人であまりにも異なる資質。古くからの訓練方法では多様すぎる生徒を持て余したのである。例えると野球やサッカーのコーチしかいなかったのにアメフトやセパタクローの選手を教えることになったようなものだ。  ゆえに設立者達はまず『どんな異能でも幅広く対応できそうな訓練施設』を目標に施設の設計と建築を行うことにした。先のスポーツの例えに繋げて例えると、技術ではなく基礎トレーニングに該当する施設の建設だ。  その一つが第二訓練場であり、施設のテーマは『ラルヴァと戦う心構えを身につける』である。  訓練をつんでラルヴァの討伐や撃退を行うよりも前に、予めラルヴァと戦えるだけの精神力を身につけさせるため第二訓練場は当時最新の立体ホログラフィを使って本物さながらのラルヴァを相手に訓練をつませようとした、のだが……。  設計者の目論見は失敗に終わった。  その理由は当時を知る那美君曰く、 「立体3Dだったのはすごいし、ちょっと感動した。だけど、触れもしないし画像荒いし半透明だし明らかに偽物だとわかってるもの相手に緊張感の欠片もない訓練して精神力が身につくわけないでしょ? きっとまだお化け屋敷に入ったほうが訓練になったんじゃない?」  とのことらしい。  それから後、与田技研の訓練ロボットの導入もあり、第二訓練場は使われることもなくなって閉鎖された。    今回の事件は閉鎖されて使われなくなった施設を解体する際に施設の詳細を教えていなかった学校側の不手際と、何らかの偶然によって施設の電源が入ってしまったことが原因だ。  幽霊などいなかったが、幽霊に見えるものがそこにあった。  目撃者の学生達が幽霊だと誤解したのは本物を知っているゆえに、である。一般人と違って本物の幽霊がいるのは周知の事実である彼らにしてみれば、それらしいものは幽霊に見えやすい。しかして正体は幽霊ではない。  幽霊の正体見たり枯れ尾花  それが幽霊と呼ばれるものの、四つ目である。  ・・・・・・  事件が解決し、自宅に帰るころには夕飯の支度ができる時間を過ぎていた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「今日は何かあったか?」 「シズクとあそんでた」 「シズク?」 「おともだち」 「……そうか、それはよかったな」  いつの間にか八雲にも個人的な友人が出来たらしい。それを嬉しく思うのは親心のようなものだろうか。  リビングを見れば、二人分のコントローラが刺さったゲーム機と対戦ゲームの画面が見える。  シズクという友達の姿は見えないからもう帰ってしまったらしい。 「っと、八雲、遊び終わったならちゃんと電源を切っておかないと駄目だぞ」 「うん、わかってる。あそびおわったらでんげんをきる。…………あ」  リビングに戻ろうとした八雲はふと何かを思い出したように立ち止まった。 「でんげん、きりわすれてた」 「? だから今から」 「ゲームじゃなくて、えっと……どこだっけ? うん、うん、きゅうきょういくしせつのだいにくんれんじょう、でんげんきりわすれてた」  ……何だって? 「シズクとあそんでて、あそこのスイッチいれたけど、けしわすれてた」 「…………なるほど」  閉鎖されていた施設の電源が入るなど妙な偶然もあったものだと思ったが、そうか八雲があそこの電源を入れたのか。考えてみればあそこはこのマンションから歩いていける距離だ。  つまり昨日以前か今日の午前中のうちに八雲が中に入って電源を入れてしまい、それが原因で今日の昼に事件が起きた、と。通路の手形や落ちていた髪の毛も八雲のものか。 「けしてこなきゃ」 「どの道もう取り壊しているからな……」  というか、伊緒君が壊したからな、床ごと。 「今回は済んだことだが次からは気をつけるんだ。それと、あまり人気のない建物に入ってもいけない」 「気をつける。シズクもごめんなさいって」  ? 「え? ……うん、わかった。言う。えっとね、シズクがあそこで暮らしてたんだけど、住むばしょがなくなっちゃったからどこかあめかぜをしのげるいいばしょはありませんか、って」 「…………待て、八雲。ちょっと、待て」  ――心なしか部屋の気温が下がった気配がする。  心臓が早鐘を打つ。  第二訓練場の廊下に一人立っていたときよりも早く、強く、耳に音となって聞こえるほどに。  それでも、私は尋ねなければならなかった。 「そのシズクって子は……どこにいるんだ?」 「ハイジの後ろ」  怪物記  第十話  了

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。