【続 虹の架け橋 本編01】

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 六年B組の教室は、賑やかなお昼のときを迎えていた。  B組では給食のとき、机を移動させて、仲のいい子同士で食べている。邪魔な教卓は脇にどかされ、教室の前のほうでは、配膳台が置かれている。  一人の少年が、B組の教室を出て行った。 「めんどくさいなー」  給食当番の朝倉太陽は、食缶が配られている小部屋へと向かっていた。  真っ白な給食エプロンと、髪を覆う、かっこ悪い帽子を着用している。たどり着いた小部屋では、同じ格好をした児童たちがわらわら集まっていた。 「熱いから気をつけてね」  エレベーターで上がってきた大食缶を、おばちゃんから受け取った。匂いからして、今日は卵のたっぷり入ったわかめスープだろう。両方の取手を握って持ち上げるが、一クラス分のスープが入っている食缶は、とても重たい。  そこに、太陽と同じ格好をした少女がやってきた。 「手伝うよっ」  首を横に傾け、微笑む虹子。太陽はどきっとする。どうしてか恥ずかしくなってしまい、そわそわと周囲の目を気にしだす。  そのことに気付かない虹子は、いつものように、笑顔のまま彼の隣についた。 「こっち持つから、太陽くんがそっちを」 「いいよ、俺一人で持つから」  太陽は背を向けた。虹子は、どうして朝からそんな意地悪な態度をされるのかわからず、困ってしまう。 「でも、二人で持ったほうが安全だよ?」 「いいって!」  しつこい虹子を、太陽は強い口調で拒絶した。  しばらく、その場で固まった虹子。やがて肩を落とし、サラダの入っている軽い食缶を取りに行った。一方、太陽は無理をして、重たい食缶を運び出していった。 (何でいっつも、俺につきまとうんだよ)  本当は嬉しくてしょうがない気持ちを押し殺し、少年はそんなことを思いながら、教室へと戻って行った。  昼休み。太陽はボールを借りに、一足早く表に飛び出していた。エメラルドグリーンに白線の入った、二号サイズのボール。  今朝はサッカーをしたので、昼休みはドッジボールをすることになった。汚れ一つ無いボールを抱えて、コートを描き終えているだろう、みんなのところへ走っていこうとした。 「朝倉くん」  そこを誰かに呼び止められた。太陽は振り返る。  眼鏡をかけた、長い三つ編みの少女。  彼女はクラスの中でもずば抜けて頭が良く、塾では既に中等部の数学を習っているらしい。異能は、小学六年生にしてまだ判明していないが、超科学系の素質が非常に高いようだ。夢は「タイムマシンを作ること」。  中里郁美。虹子の親友だ。  意外な人物の登場に、彼はきょとんとした。 「何?」 「どうしてにじちゃん泣かしたの」  その低い声に、太陽は思わずたじろいでしまう。郁美は怒っている。弱虫でおとなしい地味な女の子が、激怒している。  すぐに給食のときの一件に思い至った彼は、とてもやりづらそうな表情を浮かべた。 「泣かしてなんかねーよ」  彼は別に虹子に対して、意地悪がしたかったわけでも、悪気があったわけでもない。ただ、照れくさいから避けただけのことだった。  そんなことを女の子相手に説明しようがないし、恥ずかしすぎて、打ち明けたくもない。 「あんぐらい一人で持てるから、俺は」 「そういうことじゃないよ! にじちゃん、可哀想じゃない!」 「俺は別に!」  可哀想とまで言われてしまい、カチンと来た。怒った顔を向けると、郁美は怖気づいて視線を落とす。そして涙ながらに、静かに言った。 「にじちゃん、あんなに朝倉くんのこと……」 「え?」  太陽を取り巻くすべてが、すっと静かになる。どこかの教室から、誰かがオルガンを弾いているのが聞こえてきた。太陽は、郁美が何か言うのを待っていた。  郁美はそれ以上何も言わない。言ってくれない。  太陽も黙り込み、次の言葉を待つ。それ以上のことを郁美から聞きたかった。郁美が虹子の何を知っているのか、とても聞きたいと思った。  早まっていく心臓の音。はっきりと聞こえてきた胸の鼓動。頭の中が熱くなり、やがて太陽の中で、周囲の喧騒がほとんど聞えなくなってしまう。 「おい太陽、早く来いよ!」  声をかけられ、太陽は正気に戻る。郁美は走って逃げてしまった。 「ちょ、おい!」 「ん、どうしたんだ中里のヤツ?」  野球仲間の村田が首をかしげる。 「知らねーよ……」  力なくそう返した。  何となく落ち込んでしまったサウスポーは、ボールを村田に投げて渡す。彼が一番知りたかったことを、あと少しのところで知り損ねてしまった。   ボールは相手まで届かず、何度もバウンドしてころころ転がり、ようやく村田の足元にまでたどり着いた。  短パンでは凍えるぐらい、寒い季節に差しかかっていた。  朝方から昼にかけては、よく晴れていて暖かかったのだが、下校時になると雲が出てきて、今、町全体が薄暗くなっている。  安定しない天気が続いていた。東京は発達した前線が接近しつつあり、今後もしばらくは曇りのままの、先行きの見えない空模様が続くという。  太陽は両手をポケットに突っ込み、浮かない顔で下校していた。 「はあ~……」  じめじめとした、重いため息を一つ。 「調子狂うなあ」  いつからか、太陽は虹子の顔がまともに見られなくなっていた。  彼女は笑顔が愛らしく、甘える猫のような可愛い声を聞いただけで、太陽はそわそわと落ち着かなくなってしまう。  ろくに目も合わせられない、おかしくなってしまった自分。そんな様子を悟られたくなくて、いつの間にか、太陽は虹子を避けるようになっていた。彼女が近寄ってきても冷たくあしらい、遠ざけるようなことをしてしまう。別に虹子が嫌いなわけではなく、ただ二人で一緒にいるのが、恥ずかしくてたまらないだけのことである。 (虹子、かわいくなったなあ)  そんなことを唐突に思ってしまい、顔から火が噴き出た。わしわし頭をかきむしった。 「自分にとって、森田虹子はどういう存在になってしまったんだろう?」 「虹子は俺のこと、どう思っているんだろう?」  そんなことを、悶々と延々と考え込んでいた。 「ちくしょう」  路上の小石を強く蹴る。  小石は真っ直ぐ転がっていき、誰かがそれをガッと踏み潰したことで止まった。女の子が履くような、白地にピンクのラインが走った可愛らしいスニーカー。  俯いていた太陽は、頭を上げた。 「ふふ」  そこには、ぱっちりとしたつり目の女の子がいた。  派手な模様のトレーナーに、ピンクのフードつきフリースを重ねている。下は高そうなミニスカートで、黒のオーバーニッソックスを履いていた。髪はやや茶色っぽく、左右に箇所に小さくまとめ、ピンクのリボンで結んでいる。  そのような衣服に身を包んでいるあたり、親からかなり可愛がられているようだ。そんな印象を受けた。  彼女は太陽を指差し、こう言ってきた。 「捜したわよ~?」 「誰?」  唐突な登場人物に、太陽は気おくれしてしまう。  すると、不敵な笑みの少女は大またで急接近し、顔を間近に寄せてきた。太陽はびっくりする。 「な、何だよ?」 「ちょっと失礼♪」  何と太陽のジャージのジッパーを下ろし、中のシャツを捲り上げてしまった。 「うぉおい?」  道端でとんでもない行為だ。彼は胸から腹にかけて、上半身をまるまる見られている。くりくり左右に動く少女の瞳は、何かを探しているらしかった。 「おい、こら、やめろよバカぁ!」 「あった」少女はニヤリとする。「んじゃ間違いないね。――アサクラタイヨーくん?」  一瞬にして、太陽は言葉を失った。  この面識の無い謎の少女が、いきなり自分の名前を告げてみせたのだから。 「右の胸板にバカでかいホクロ。うん、間違うはずない」  にっこり笑顔で言う。嫌な汗がたっぷり、背中を流れ落ちていった。  彼女の言ったことは、正しかった。太陽の胸にはとても特徴的なホクロがある。  でも彼にはわからない。自分の体のことを知る人間はとても限られていて、両親すらもホクロのことを知っているか、微妙なところだった。その他に知っていそうな人物といえば、小学三年生まで一緒に入浴していた虹子ぐらいだ。  太陽はいよいよ、この少女が恐ろしくなってきた。 「お前、なんなんだよ!」 「わぁ。そのカッカする性格、全然変わってない」 「意味わかんねーよ!」 「太陽くん……?」  そのとき彼は、上半身がまるごと吹っ飛ばされたような衝撃を受けた。  恐る恐る振り向く。すると、そこには黒いショートカットで薄いピンクのワンピースも可愛らしい、紛れもない彼のガールフレンド、森田虹子が立ち尽くしている。 「いつからいたんだ?」 「体を見せてたあたり」 「ちげーよ! そーいうわけじゃねーよ!」  陰りのある表情に、どろどろとよくわからないものが渦巻いている虹子の瞳。そんな彼女の姿に、あの太陽が恐れおののく。だが、その視線の先にあるものは太陽ではない。 「あなた、誰?」  疑念たっぷりの眼差しで、虹子は謎の少女にきいた。 「あかりって呼んでね、たいよ!」  虹子の問いかけを無視し、あかりと名乗った少女は、あろうことか太陽の腕に「ぎゅっ」と抱きつく。太陽は思わず飛び跳ね、虹子の口からは「ひっ」と乾いた声が出た。 「おい、何すんだよ!」 「いいじゃん。私、あんたに会いに来たんだよ?」  ぴょこんと二つのリボンが跳ねる。調子づいて、真正面からキスをせがんできた。太陽も必死こいて、抵抗する。 「お前なんて知らない、離れろ!」 「やーだー! いっぱいお話したいことあるんだもーん!」 「良かったね太陽くん。仲のいい子がいて」 「違うんだ虹子、そういうわけじゃない。俺はこんな奴知らない」  機嫌を損ねた虹子に、太陽はますます動揺した。  恐怖を感じていた。これまで積み重ねてきた二人の関係にヒビが走り、もろく砕け散ってしまいそうな、そんな嫌な予感がしていた。  するとあかりは太陽から離れ、ずんと虹子の前に出る。 「あんた何よ、太陽とどういう関係なの?」 「大事なお友達だよ?」  負けじと、虹子も面と向かって言い返す。 「うんうん、そうだよな!」  太陽は安心して虹子に同調する。少なくとも間違ったことは言っていない。 「なら良かった」そのときあかりは、虹子に不敵な笑みを送った。「太陽の好きな子は、森田虹子なんだからね」 「ああそうだ、ったりめーだろ?」  と、太陽は強く同意する。間違ったことは言っていない。  それを聞いた虹子は「えっ?」と、ぽっと顔を赤らめた。  すーっと静寂が降りてきて、この場の三人を包み込んだ。自信満々であった太陽も、遅れて異変に気付く。 「ん、どうした虹子。何も間違ってないぞ?」  そう言ってやると虹子はいっそう顔を真っ赤にし、もじもじ両手をこすり合わせる。やはり何かおかしい。彼はあかりの意地悪そうな顔を見て、思った。 (あれ、こいつさっき何て言ったんだっけ?)  冷静になって、数秒前の出来事を再生する。 『太陽の好きな子は、森田虹子なんだからね』  そうすることでつい先ほどこの場で爆弾発言が飛び出し、それが自分や虹子にとって、甚大な被害を及ぼすことを理解した。彼の視界が一瞬で真っ白になる。あかりはよりにもよって虹子本人の前で、太陽が虹子のことを好きだということを暴露してしまったのだ。 「ぎゃ――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」  絶叫した。あちこち走り回り、頭をがしがし掻き毟る。住宅のブロック塀をごんごん蹴りまくる。 「何もバラすことないじゃないかーっ!」  一心不乱になって叫び、喚いていた。 「たいようくぅん……?」  聞いたことも無いような声色の、虹子の声。それだけで太陽の理性はもう一段階吹っ飛び、跡形も無くなる。もう、この事態をどう収拾つけたらいいのかわからない。 「おいあかり! てめーなんてことを!」 「私は事実を述べただけ。もっと言うと、太陽の将来のお嫁さんは虹子だよ」 「ごふっ」  次から次へと出てくる衝撃的な発言に、太陽の口から変な空気が漏れた。 「そういうわけだから、あんたはすっこんでなさい。二人の恋路を邪魔するのは、あかりが許さないんだからね!」  びしっと指をさし、あかりはそんなことを虹子に言った。もう我慢の限界だった。泣き出す一歩手前のメチャクチャな心境で、怒りを大爆発させる。 「変なこと言ってんじゃねえ、なわけねえだろ!」 「全然変じゃないよ! それとも何、あんた虹子のこと好きじゃないの?」  ドキンと、飛び跳ねる小さな心臓。  太陽はほんの少しだけ、自分が試されているような感覚を覚えた。男の子としてきちんと自分の気持ちを言わなければならないような気も、しないでもなかった。  だけど、もうそれ以上、そういう話を虹子本人の前でしてほしくなくて、ついムキになってしまった。 「ったりめーだろ? だぁーれぇーがあーんなノーテンキな女と!」  半ばヤケクソな気持ちで喚き散らす。取り乱している自分自身がますます嫌になってきて、 「虹子なんて好きでもなんッッッでもねーんだからな、わかったかぁ!」  出せる限りの大声で、偽りの気持ちをぶちまけてしまった。  この場で死んでしまいたいぐらいだった。男の子は彼ぐらいの歳になると、まず素直になるということができなくなる。恋愛に関しては、ことさら。  だからこそ太陽は、今のが破滅へと向かう選択肢であったことが、わからなかった……。 「ぐすっ」  誰かが泣いていた。虹子だ。  歯を食いしばり、いっぱい涙を流している。こんな悲しみに打ちのめされた泣き顔など、見たこともない。太陽はショックで青ざめる。 「虹子、どうした」 「私だって、太陽くんのこと好きでもなんでもないんだから」  彼女の口から出た発言に、今度は太陽が絶望の淵へと叩き込まれた。  彼が何か言い返すその前に、虹子もまた、島中に聞えるぐらいの声を響かせる。 「太陽くんなんてだいっきらい!」  とんでもない威力の雷が、太陽に落っこちた。脳みそにドスンと、ぐらぐらときた。虹子は涙粒をその場に置いて残し、背中を向けて走り去る。 「にじこ……さん……?」  そして放心状態になる太陽。そんな彼の肩を、とんとんと小さな指先が触れる。 「ねーねー?」 「何だよ」 「まさか、あの子が虹子?」 「……」  小さく首肯する。あかりの表情が一変した。 「まずいことになったわ」  強張るあかりの声。あれだけ自信満々だった顔が青くなっている。  いつも強気な少年の頬を、一筋の涙が流れおちていった。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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