【カラフル】

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  [[http://rano.jp/]]   三周年企画作品   お題「三年後の世界」   From 鈴木|彩七《あやな》     件名 目覚めた!!     本文 ヒナキまだ起きてる!? 「…………」  まもなく日付変更されるような時間、そろそろ寝ようかと思ってベッドに潜り込み、程なくして鈴木彩七から久しぶりに届いたメールを覗き、田中|雛希《ひなき》は眉間を押さえ深くため息をついた。  二0二一年度も今日で終わり。この三月に高等部を無事卒業し、新年度へと切り替わった来月からは双葉学園大学部へと進学するというのに、あの天性のアソビ人である彩七は相も変わらずにこの春休みのほとんどを好き勝手に過ごしているのだろう、と雛希は約一週間ぶりの短い|連絡《メール》から予測を立てる。大方、昨晩から今朝がたまでオールナイトで遊び呆けて、今し方このメール送ってくるまで今日丸一日爆睡でもしていたに違いない。     To 鈴木彩七     件名 Re:目覚めた!!     本文 おはよう。寝る、おやすみ。  雛希は学生証を操作して彩七へ適当にメールを返信する。この本文で返しておけばいくら彩七でも察してくれるだろう……と思った矢先に再びメールが届く。   From 鈴木彩七     件名 Re:Re:目覚めた!!     本文 今行く起きてて  いくら彩七でも察してくれる、などと買い被った自分が馬鹿だったと雛希は頭を悩ませるも、 「昔っから何も変わっちゃいない……、|あいつ《アヤナ》のことだから、どこかで人に話したいような面白いネタでも小耳に挟んだんだろうな」  ひとりごちる。彩七が噂話をし始める時、必ずまず一人目に雛希を選ぶことをこれまでの経験上よく理解している。もちろん雛希自身もまた噂話が大好きであることを彩七が知っているから、というのも大きな要因ではあるが。 「しかたない、高等部生最後の晩だ、付き合ってやるか」  気づけば時計の針は既に十二時を回っている。雛希は来訪を宣言した自分勝手な|幼なじみ《くされえん》のため、両親を起こさないよう静かに階下へ降りて行った。  【カラフル】  程なくして彩七は、愛用のクリーム色をしたロングコートに淡いピンクのトートバッグ、そして緩くパーマのかかった肩丈の茶髪を珍しくツインテールにまとめ上げた格好で現れた。 「やっほぉヒナキ、おっひさぁ」 「……いらっしゃい」  鈴木家から、田中家「スイーツ&ベーカリーTANAKA」までは歩いて数分とかからない。彩七から到着の連絡を受けた雛希は、ダークブラウンをした樫造りの一枚扉を開け彼女を店内へ迎え入れると、素早く鍵をかけ直す。 「あんたと顔合わすの卒業式ぶりじゃね? ってかメール貰ったのすら久しぶりな気がする」 「うーん、言われてみれば、そうかも?」  自分から開口一番「おっひさぁ」と言っておきながら、約一ヶ月ぶりに会う幼馴染を前に首を傾げる彩七の間抜け面に雛希は辟易したが、平静を装いマグカップを手に取り彩七へ向かう。 「さて、あんたはいつもどおり紅茶でいい?」 「うん。ミルクたっぷりでよろしく~」  必要最低限の照明を点けただけの薄暗い店内。家の方へ招いてもよかったのだが、隣の部屋で眠っている両親を起こしてしまい明日の仕事に影響してしまうわけにいかないからと、雛希は今夜のように彩七が夜遅くに遊びに来る場合は店の方へ呼ぶようにしていた。  雛希は、淹れたての紅茶と余り物のドーナツをトレイに乗せ、コート姿のままの彩七が腰掛ける奥のテーブルへと向かう。そしてティーカップを二つ並べ紅茶を注ぐと、 「お待たせ、はいどうぞ」 「ありがと~」  彼女の対面の椅子へと腰を下ろした。  彩七は差し出された紅茶へ砂糖やミルクをドバドバ投入している。 「あんたコートも手袋も脱がないの? 寒い? エアコン入れる?」 「ううん、ありがとう、大丈夫~。ヒナキは明日も手伝ぃ?」 「――の予定で早めに寝ようと思ってたんだけどね。日付変更時刻過ぎてなお遊びに来るような友人の話し相手をする羽目になって遅くなった分、明日は昼の営業開始時間から手伝うことにするかも」  長期休暇の間、スイーツ&ベーカリーTANAKAにおいて、営業のシフトの中へ雛希の名は自然と組み込まれているが、朝の仕込みや開店準備はあくまで任意ということになっている。一応の名目は「お店を手伝いしてくれるのはうれしいけど、これから大学生になるんだからそっちの準備とかもいそがしいでしょう」ということだったが。 「で?」  雛希はホットのストレートティを啜りながら彩七へ尋ねる。  「え?」 「『え?』じゃないよ。いつものように私に何か話したいことがあったから来たんじゃないの? 面白そうな噂話でも入手したの?」 「うん、そう。でも今日は噂話じゃなくてぇ、実は私自身のことなんだけどねぇ」 「お? 大学部進学を期にようやく男を一人に絞る決心でもしたのか? あ、まさかビョーキもらった? それともデキちゃった?」 「ちがっ。も~……ヒナキは私のことどう見てるのさ」  言って、彩七がワザとらしく頬を膨らませる。雛希は内心ウザいなぁと思いつつも表情には出さないまま、 「だってあんたそういう奴でしょ、何年も前から何も変わっちゃいない」 「それはそうかもだけど、そうじゃなくってぇ。今日は本当にマジメな話で来たんだよぉ」 「ほぉ」 「私、目覚めたんだ」  いつになく真面目な表情で、彩七が力強く言った。 「うん、昼間ずっと寝こけて、さっきのメールの頃に起きたんでしょ?」 「だからそうじゃなくってぇ」  が、真面目な表情はその一瞬だけ。彩七は雛希の抉るような物言いに対し困り顔で、立て続けに「そうじゃなくて」が飛び出す。 「いい? ちょっと見てて」  彩七はニヤリと笑い、淡いピンク色のトートバッグから髪飾り――リボンやレースや鳥の羽根や造花やハートや星形などやたらと装飾過多で派手な――を取り出し頭へ留《と》める。  そして椅子から立ち上がり、フロアの広く空いた場所に陣取ると、バサリとクリーム色のロングコートと手袋を脱ぎ捨て、 「じゃーん! 魔法少……じゃなくて、異能少女カラフルあやなちゃん、さっんじょ~~~ぅ!!」  彩七は目を覆いたくなるほど奇抜な衣装姿で、左手を目元へ横からこちら向きにピースで構え、右手は腰へ。片足に重心をかけビシっと決めたモデル立ちに、満面の笑みでウィンクしてきた。  彼女のそれは少女向け変身ヒロインアニメのバトルドレスを模した格好だった。太腿まで伸びるオーバーニーソックスにひざ上のロングブーツ。ゆったりと膨らんだスカートは裾にレースがあしらわれ、指先から肘の上までの長手袋。肩や襟、胸元や腰回りなどには髪飾りと同様に様々なデコレーションが施され、暖房から吹き出た温風にヒラヒラとなびいている。  そして、それが少女向け変身ヒロイン物を忠実にモチーフとして用いた物であれば、そのコスチュームも各キャラクターのパーソナルカラーで彩られるのだが、彼女の衣装はその全てのパーツが、赤橙黄緑青藍紫白黒金銀その他様々なカラーリングとなっており、あまりに派手でまとまりがなく、可愛さや可憐さや、格好よさを逆に失ってしまっている。  そんな彩七――彼女の言うところの異能少女カラフルあやなちゃん――を目の当たりにし、雛希はポカンととして動けないままでいたが、ゆっくりと自身の頬を撫でるとそのまま力任せに抓《つね》った。 「痛たい……これ夢じゃないんだな」 「もっちろん。まごうことなく現実なんだな。それじゃヒナキ、感想プリーズぅ」 「夜中に突然訪れてわけわからないこと好き勝手やりだしたあんたのソレに、私が何かコメントをつけなきゃならんのか?」  雛希は眉間にしわを寄せ、椅子の背もたれへ体重をかけた。 「ちょ、目の前で引かれるとガチで凹むんだけど」 「……で、その奇抜な服はなんなの? 私らもう十八だぞ? 来月から大学生になるんだぞ?」  雛希の問いに、彩七はモデル立ちの姿勢を保ったままグッと親指を立てた拳を突き付け、 「今日丸一日かけて作った! ……なにその顔!?」  眉間のしわが更に深まった雛希の表情に彩七が嘆いて見せる。 「察しろ、ガチで引いてんだ。それキュアシリーズのあれか、えーっと『ドリームキュア、ドレスアップ!』みたいな」 「あ、それ三年くらい前のヤツだね。日曜早朝にやってるキュアシリーズの。えっと今期のは何キュアだったかなぁ。マジョキュア、ドリキュア、えーっとその次は……って、ヒナキってキュアシリーズとか見てたの?」  続けて、彩七は一つ一つ解説付きで歴代ピュアシリーズキャラクターの決めポーズをいくつか真似て見せる。その派手な格好も相まって、雛希はまたしてもウザいなぁという気持ちを表情の影に隠した。 「んー。まぁ、ぼちぼち。うちの店のお得意さんの中には、初等部生とかそれよりもっとちっちゃい子とか連れてくるお母さん方もいるからな。例えば三年前――私らが高一の頃ならそのドリキュアとかあと男子向けならセイバーギアとか、その子らと同じ目線で話相手になれる程度には知識として知ってるよ。……なにその目は?」  粛々と語っていた雛希は、感心しているような珍しい物を見ているような彩七を、訝しげに見つめ返す。 「いやぁ。ヒナキってそういうの好きだったんだ、知らなかったなぁ。っていう目」 「そうか? 見てると結構おもしろいぞ。流石に今年は勉強忙しかったからほとんど見てなかったけどな。っていうか、そんな格好して来るようなヤツにとやかく言われる筋合いはないんだが」  目の前の「そんな格好」をした幼馴染を指差し、雛希はフッと鼻で笑って見せる。彩七は唇を尖らせると、 「ふんだ、異能少女カラフルあやなちゃんはそういうコスプレじゃなくてオリジナルだもん。そりゃちょっとは参考にしたりしたけどさぁ」 「ん、って『異能少女』……!?」  そのコスチュームのインパクトに気を取られ過ぎていたが、雛希は口上にあった『異能』という単語の存在に遅れて気付く。 「そう! やっとそっちにツッコんでくれた。私ね、異能者として目覚めたの!」 「目覚めたってそういうこと……? って、あんたが?」  雛希はまるで信じられないといった強い疑いの目で彩七をじっと見つめ、 「……あんたいったいどんな異能に目覚めたってのよ?」  場の空気的にこの質問せざるを得ない流れだと、雛希はため息混じりに問いただした。 「えーっと、なんて言うかねぇ、色が見える異能みたい」 「色が見える……って、それは目の構造として当たり前のことなんじゃないの?」  人の視覚は光の反射を視認することで脳へとその情報が送られる、とかなんとかそんな感じだったはずだと雛希は思い返す。 「そういえばそうかぁ。うーんっとぉ、普通じゃ見えない色が見えるっていうか……なんて言うの、気? オーラ? そんな感じの光の粒が見えるし触れるの。そんな異能なんだってば」  言うと、彩七は雛希周辺の空間から|何《・》|か《・》を両手ですくう動作をとり、 「ほらこれ、紫色」  手の中にあるらしい|そ《・》|れ《・》を雛希へ見せてきた。 「……あのさ、普通じゃ見えないんなら、私に見えるわけないじゃん」 「あ、そういえばそっか」  言って「てへっ」と小さく舌をだし照れ笑いを浮かべた彩七に、雛希は目を細め汚物を見るかのような一瞥を与えた。 「ヒナキ。その目、今ゼッタイ私のことバカにしてるよね」 「よくわかったね」 「嬉しくないけど以心伝心ってヤツかなぁ」 「いや待て、以心伝心の前にまず私の表情で気付け」 「うんごめん」  一切悪びれもせず彩七が謝罪する。雛希はしばらく冷ややかな目で彩七を見つめていたが、 「……まぁいいや、話を戻そう」 「おーけー。で?」  はたから見れば険悪そうな雰囲気も、彼女らにとってはそのほとんどが日常茶飯事であり、話が切り替わればまるで何事もなかったかのように空気までもが元へと戻っていった。 「で、あんたに見えるその光ってのは実際なんなの?」 「これ? これね、見えた色の種類によっていろいろ種類があるみたい――ってヒナキのその目また私のことバカにしてるでしょ!」 「……それじゃさっきの紫色ってのは?」 「二回目はツッコミなしかぁ。えっと紫はねぇ……疑いの色」 「なるほど、とりあえずそれは当たってるね」 「あと、赤は情熱とか、黄色は愉快とか、青は悲観とか、緑は努力とか。それと同じ色でも白っぽいとポジティブで黒に近いとネガティブとか」  彩七は指を折り数えながら、上下を指差しながらと身振り手振りで説明する。 「で、それが見えて触れるだけ?」 「うんそう」  あっさり答え、手を開いてお手上げのポーズをして見せる。 「だけかぁ……。でもさ、そういう系統の異能だったら、例えば、手が光ったりとかあとレーザーやらビームやらが出たりとか、触れた物の色が変化するとか、あとほら、高一の秋にアヤナが会ったっていう初等部生の子みたいな虹の架け橋を出すとか。なんて言うか、目に見える変化がないとどうにも理解しがたいな」  そして、長々と様々な例を挙げた雛希を今度は彩七が鼻で笑う。 「ヒナキはあいかわらずベタだなぁ……。下手に戦闘能力なんて身につけちゃったらラルヴァ討伐に参加させられちゃうかもしれないから絶対ヤダだしぃ。痛いのとかヤバいのとかチョー無理ぃ。でも――」  彩七は手のひらを天井へ掲げすっと目を細めると、その長手袋に覆われた指先を見つめる。 「でも?」 「――でも、虹子ちゃんみたいに、あんな綺麗な虹を生み出せるような異能だったら、ホントに目覚めてもいいなぁ」  あり得ないほど奇抜な衣装に、説明を聞く限りではあまりに信じられない異能力。雛希はまるで冗談のようなこの状況の中、一瞬だけ彩七の本音を捉えた感じがした。――が、 「でも、あんたのその異能じゃそんなこと出来ないんでしょ?」 「うん、出来ないねぇ。見えるだけなんだなぁ」  腕を下ろし目線を雛希の方へと戻し、ヘラヘラといつもの間抜けな笑顔を浮かべる彩七に、雛希は更にため息をついた。それに合わせて彩七は雛希の口元を指さし、 「ほらそこ。ヒナキのため息、こげ茶色」 「汚いな!! その辺はもっとマシなカラーリングにしろよ!」 「そんなこと言われたって私にはそう見えるんだから仕方ないじゃん」 「だから、こっちこそそんなこと言われたってだよ。何にせよ、私には見えないモノが見えてるって言葉を信じろってほうが難しいわ」 「う~ん」  彩七は指先を顎に当て深く考え込むポーズをとった。それが本当にただのポーズだけなのを雛希は理解していた。 「…………じゃあ、百歩譲ってアヤナのその異能がそういうものだとして――」 「そうなんだって言ってるのにぃ……」 「うん。まぁその『アヤナにだけ見える光を触れる』ってのはわかった。……まだよくわからないけどわかったことにする。……で、それってどんな意味があるの?」 「ないよ」  彩七は即答した。 「ないの!? これだけ散々語っておいて!?」 「だってそりゃぁ……、……えーっと、さっきも言ったじゃん、見えて触れるだけだって」 「別の人に赤色の光を押しつけたら突然熱狂的になるとか青色を擦り付けたら急に凹みだすとかそんなこともできないの?」 「うん。っていうか、そんな他人の感情操作なんかできちゃったら超万能なチート異能になっちゃうよ」  彩七に突っ込まれ雛希は頭を抱えた。 「それもそうか……。んー……うーん……それじゃあもう一つ。ところであんたその異能、どうやって身についたのさ?」 「どうやってって?」  アヤナが首を傾げる。 「だから、例えば『絶対絶命のピンチに陥った』とか『心の底から守りたい誰かがいた』とか『抑え切れないほどの怒りで目覚めた』とかよくある話じゃん? なんかそういうキッカケみたいなのもののこと」 「んー……そうだなぁ、えーっと。そうそう、ちょっと前の朝に目が覚めたら視界が変だった」 「……それだけ?」 「うん、それだけ」  まさに今考えたといった口調の彩七に、雛希はしばらく疑いの目を向けたままでいたが、 ついに観念したのか今晩最大級の深いため息をつき、 「はぁ……。わかったわかった、じゃあアヤナが異能者に目覚めたってことでいいよ」 「お、ホントに? 認めるね?」  彩七の目がぱっと輝く。 「はいはい、目覚めた目覚めた。おめでとう」 「ありがとう。ねぇヒナキ、アヤナちゃんの勝ちって言って」 「……アヤナの勝ち」 「うん、もう一回」 「あぁもう、私の負けです。アヤナ大勝利」 「……よし」  雛希に無理矢理持ちあげさせて満足したのか彩七は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ゴソゴソとトートバッグを漁り出す。そして中からA4サイズのプラカードを取り出し、 「ドッキリ、大成功ぉ~! 今日はなんと、エイプリルフールでしたぁ!!」 「……は」  彩七は両手を腰に当て勝ち誇った表情で、椅子に座ったままの雛希を見下ろし、でかでかと『ドッキリ大成功!!』と書かれたプラカードを突き付けた。  二人の間に沈黙が流れる。しかし雛希はそんな彩七の心の内を見透かしたかのように、 「うわー、やられたー。アヤナの嘘にまんまと騙されたわー」 「何その棒読み!?」 「九分九厘嘘だってわかってたからな。つまり何、さっきまでの異能の解説とか、紫が疑心の色とか溜め息がこげ茶色とかもってことか?」 「うん、そんなの嘘に決まってんじゃん。見た目だけじゃわからない異能って設定だけ考えて、あとは適当行き当たりばったりだったよぉ」  言って彩七はまたヘラヘラと笑って見せる。 「……だから後半ネタ切れて歯切れわるくなってたのか。じゃあそのド派手な衣装は?」 「ん? こんだけ手込めればマジっぽく見えるっしょ?」 「そこまで……たかがエイプリルフールのためだけにか」 「たかがエイプリルフール、されどエイプリルフールってねぇ。へっへっへ。さすがのヒナキも四月一日の日付変更と同時に嘘つきにくるとは思わなかったでしょぉ?」  彩七に言われ、雛希はふっとレジ脇きに掛けられたカレンダーへ目を遣る。まだめくられず三月のままになっているカレンダーをしばらく見つめたまま、 「……|明《・》|日《・》だぞ、エイプリルフールは」 「うん。だから気付かれにくいように夜中のうちに――」 「そういう意味で|今《・》|日《・》|が《・》|ま《・》|だ《・》三月三十一日の深夜なんだって」  カレンダーから視線を逸らさず、雛希は淡々と、しかしはっきりと言いきった。 「えぇ……え? そんなばかなぁ、何言ってんのヒナキ? 確かにさっき日付変更して四月ついた……ち? あれ、今日ってさっきまで三月三十日だったっけ? いやでも……あれ?」  さっきまで自信満々に大きく胸を張っていた彩七も、淡々と語る雛希の言葉によって徐々に不安を浮かべ疑心暗鬼に陥っていった。その変化に気づいた雛希は間髪入れず一気に畳みかける。 「うわ、だっせ! こいつ一日間違えてエープリルフールの嘘つきに来てやんの」 「ださくないもん!」 「こんだけ手間暇かけて体張って衣装まで作って仕込んでおいて、本番前に自らネタばらしにくるとか馬鹿にもほどがあるな」 「だって私は今日がエイプリルフールになったと思ったからこうやってヒナキに……」 「だーかーらー、それは明日だって言ってんじゃん」  雛希はニヤニヤと笑いながらテーブルから立ち上がり、カレンダーへ歩み寄ると三月のページを勢いよく破り取った。 「え、なんで? まだあと一日残ってるのに――」 「だってもういらないもん。三月は今日で終わったから」 「……へ?」  雛希は手元の三月のページをクルクル巻き、店内の壁掛け時計へ向ける。針は一時十五分頃を指している。 「今はまだ三月三十一日の深夜二十五時過ぎだからな」 「もしかして……ってもしかしなくても、さっきの嘘?」 「嘘はついてないぞ。夜遊びしまくってるあんたと違って私はちゃんと規則正しい生活を送ってるからな。夜に就寝するまでが前日、朝に起床したら翌日の始まりなんだ」  彩七は呆気にとられた顔で雛希を見つめた。 「な……いやいやいや。深夜0時過ぎて日付変更したんだからもう次の日じゃん!」 「あんたにとっては四月一日かもしれないけど、私にとってはまだ三月三十一日ってこと。例えばカレンダーの一番左の行に書かれてる日曜日は一週間の始まりか、それとも週末って言うから一週間の終わりか、みたいな価値観の違いみたいな感じだね」 「むぅ……」  そして無理矢理言い包められた雰囲気に彩七は小さく呻いた。 「ま、あんたの言ったとおり『そんなばかな』さ。まさかちゃんと日付変更時刻過ぎてからついた嘘を、屁理屈でつき返されるとは思わなかっただろ。エイプリルフールって直訳すると『四月の嘘』なのに、日本だと『四月馬鹿』って言うじゃん? たぶんこの訳を思いついた人は『相手のことをばかにしても許される日』って解釈をしたんだと思うよ」  そして雛希は諌めるように諭すように、彩七へゆっくりと言い聞かせた。  彩七はしばらく俯いたままじっといしていたが、急に面を上げ声を張り上げた。 「ばーかばーか! ヒナキのばーーか!!」 「ちょ……あんた何泣いてんのよ」 「なっ、泣いてないよ!」 「いやほら、泣いてるじゃん」 「こっ……これは、汗!!」 「三月なのに?」 「あー! あー!! 聞こえなーい!!」  目を潤ませグスグスと鼻を鳴らしながら、彩七は大声をあげ両手を強く耳に押し当てた。 「――ちっくしょぅ……ヒナキぃ、|明日《あした》覚えとけよぉ!?」 「あんた、この期に及んでに何をやらかす気なんだよ!」 「ふんっだ。お揃いの色違いで『パステルひなきちゃん』のコス作って、ヒナキに無理矢理着せてやる!!」 「なんだそりゃふざけんな! 誰が着るかそんなもん!!」  雛希の制止も余所に彩七は鞄とコートを手に取ると、勝手に店の扉の鍵を開け、 「うわぁぁぁん! ヒナキのばかぁぁぁあ!!」 「なっ、え!? アヤナ待てよ、待てって!!」  深夜の配慮なぞ一切ない絶叫をあげ、手に持ったままの濃い黄緑色のコートと真っ青な鞄を振りまわし、薄暗い照明の灯された商店街を、そのカラフルな衣装のまま全力で走り去っていった。 「ちょっ…………嘘だろ、これ……?」  一人取り残された雛希は最後の最後に起こった事態に驚愕した。  ダークブラウンだった樫造りのドアが、彩七が最後に触れた瞬間にして痛々しいほど鮮やかな深紅色に染め上げられたからだった。 「あいつ……たった今この場で、さっき私が例えで挙げたような――その中でも一番役に立たなそうな異能に目覚めやがったってのか……?」  そして、雛希はこのどぎつい真っ赤なドアの処遇に頭を悩ませたのだった。  三周年企画作品 【カラフル】 終 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]
  [[http://rano.jp/4547]]   三周年企画作品   お題「三年後の世界」   From 鈴木|彩七《あやな》     件名 目覚めた!!     本文 ヒナキまだ起きてる!? 「…………」  まもなく日付変更されるような時間、そろそろ寝ようかと思ってベッドに潜り込み、程なくして鈴木彩七から久しぶりに届いたメールを覗き、田中|雛希《ひなき》は眉間を押さえ深くため息をついた。  二0二一年度も今日で終わり。この三月に高等部を無事卒業し、新年度へと切り替わった来月からは双葉学園大学部へと進学するというのに、あの天性のアソビ人である彩七は相も変わらずにこの春休みのほとんどを好き勝手に過ごしているのだろう、と雛希は約一週間ぶりの短い|連絡《メール》から予測を立てる。大方、昨晩から今朝がたまでオールナイトで遊び呆けて、今し方このメール送ってくるまで今日丸一日爆睡でもしていたに違いない。     To 鈴木彩七     件名 Re:目覚めた!!     本文 おはよう。寝る、おやすみ。  雛希は学生証を操作して彩七へ適当にメールを返信する。この本文で返しておけばいくら彩七でも察してくれるだろう……と思った矢先に再びメールが届く。   From 鈴木彩七     件名 Re:Re:目覚めた!!     本文 今行く起きてて  いくら彩七でも察してくれる、などと買い被った自分が馬鹿だったと雛希は頭を悩ませるも、 「昔っから何も変わっちゃいない……、|あいつ《アヤナ》のことだから、どこかで人に話したいような面白いネタでも小耳に挟んだんだろうな」  ひとりごちる。彩七が噂話をし始める時、必ずまず一人目に雛希を選ぶことをこれまでの経験上よく理解している。もちろん雛希自身もまた噂話が大好きであることを彩七が知っているから、というのも大きな要因ではあるが。 「しかたない、高等部生最後の晩だ、付き合ってやるか」  気づけば時計の針は既に十二時を回っている。雛希は来訪を宣言した自分勝手な|幼なじみ《くされえん》のため、両親を起こさないよう静かに階下へ降りて行った。  【カラフル】  程なくして彩七は、愛用のクリーム色をしたロングコートに淡いピンクのトートバッグ、そして緩くパーマのかかった肩丈の茶髪を珍しくツインテールにまとめ上げた格好で現れた。 「やっほぉヒナキ、おっひさぁ」 「……いらっしゃい」  鈴木家から、田中家「スイーツ&ベーカリーTANAKA」までは歩いて数分とかからない。彩七から到着の連絡を受けた雛希は、ダークブラウンをした樫造りの一枚扉を開け彼女を店内へ迎え入れると、素早く鍵をかけ直す。 「あんたと顔合わすの卒業式ぶりじゃね? ってかメール貰ったのすら久しぶりな気がする」 「うーん、言われてみれば、そうかも?」  自分から開口一番「おっひさぁ」と言っておきながら、約一ヶ月ぶりに会う幼馴染を前に首を傾げる彩七の間抜け面に雛希は辟易したが、平静を装いマグカップを手に取り彩七へ向かう。 「さて、あんたはいつもどおり紅茶でいい?」 「うん。ミルクたっぷりでよろしく~」  必要最低限の照明を点けただけの薄暗い店内。家の方へ招いてもよかったのだが、隣の部屋で眠っている両親を起こしてしまい明日の仕事に影響してしまうわけにいかないからと、雛希は今夜のように彩七が夜遅くに遊びに来る場合は店の方へ呼ぶようにしていた。  雛希は、淹れたての紅茶と余り物のドーナツをトレイに乗せ、コート姿のままの彩七が腰掛ける奥のテーブルへと向かう。そしてティーカップを二つ並べ紅茶を注ぐと、 「お待たせ、はいどうぞ」 「ありがと~」  彼女の対面の椅子へと腰を下ろした。  彩七は差し出された紅茶へ砂糖やミルクをドバドバ投入している。 「あんたコートも手袋も脱がないの? 寒い? エアコン入れる?」 「ううん、ありがとう、大丈夫~。ヒナキは明日も手伝ぃ?」 「――の予定で早めに寝ようと思ってたんだけどね。日付変更時刻過ぎてなお遊びに来るような友人の話し相手をする羽目になって遅くなった分、明日は昼の営業開始時間から手伝うことにするかも」  長期休暇の間、スイーツ&ベーカリーTANAKAにおいて、営業のシフトの中へ雛希の名は自然と組み込まれているが、朝の仕込みや開店準備はあくまで任意ということになっている。一応の名目は「お店を手伝いしてくれるのはうれしいけど、これから大学生になるんだからそっちの準備とかもいそがしいでしょう」ということだったが。 「で?」  雛希はホットのストレートティを啜りながら彩七へ尋ねる。  「え?」 「『え?』じゃないよ。いつものように私に何か話したいことがあったから来たんじゃないの? 面白そうな噂話でも入手したの?」 「うん、そう。でも今日は噂話じゃなくてぇ、実は私自身のことなんだけどねぇ」 「お? 大学部進学を期にようやく男を一人に絞る決心でもしたのか? あ、まさかビョーキもらった? それともデキちゃった?」 「ちがっ。も~……ヒナキは私のことどう見てるのさ」  言って、彩七がワザとらしく頬を膨らませる。雛希は内心ウザいなぁと思いつつも表情には出さないまま、 「だってあんたそういう奴でしょ、何年も前から何も変わっちゃいない」 「それはそうかもだけど、そうじゃなくってぇ。今日は本当にマジメな話で来たんだよぉ」 「ほぉ」 「私、目覚めたんだ」  いつになく真面目な表情で、彩七が力強く言った。 「うん、昼間ずっと寝こけて、さっきのメールの頃に起きたんでしょ?」 「だからそうじゃなくってぇ」  が、真面目な表情はその一瞬だけ。彩七は雛希の抉るような物言いに対し困り顔で、立て続けに「そうじゃなくて」が飛び出す。 「いい? ちょっと見てて」  彩七はニヤリと笑い、淡いピンク色のトートバッグから髪飾り――リボンやレースや鳥の羽根や造花やハートや星形などやたらと装飾過多で派手な――を取り出し頭へ留《と》める。  そして椅子から立ち上がり、フロアの広く空いた場所に陣取ると、バサリとクリーム色のロングコートと手袋を脱ぎ捨て、 「じゃーん! 魔法少……じゃなくて、異能少女カラフルあやなちゃん、さっんじょ~~~ぅ!!」  彩七は目を覆いたくなるほど奇抜な衣装姿で、左手を目元へ横からこちら向きにピースで構え、右手は腰へ。片足に重心をかけビシっと決めたモデル立ちに、満面の笑みでウィンクしてきた。  彼女のそれは少女向け変身ヒロインアニメのバトルドレスを模した格好だった。太腿まで伸びるオーバーニーソックスにひざ上のロングブーツ。ゆったりと膨らんだスカートは裾にレースがあしらわれ、指先から肘の上までの長手袋。肩や襟、胸元や腰回りなどには髪飾りと同様に様々なデコレーションが施され、暖房から吹き出た温風にヒラヒラとなびいている。  そして、それが少女向け変身ヒロイン物を忠実にモチーフとして用いた物であれば、そのコスチュームも各キャラクターのパーソナルカラーで彩られるのだが、彼女の衣装はその全てのパーツが、赤橙黄緑青藍紫白黒金銀その他様々なカラーリングとなっており、あまりに派手でまとまりがなく、可愛さや可憐さや、格好よさを逆に失ってしまっている。  そんな彩七――彼女の言うところの異能少女カラフルあやなちゃん――を目の当たりにし、雛希はポカンととして動けないままでいたが、ゆっくりと自身の頬を撫でるとそのまま力任せに抓《つね》った。 「痛たい……これ夢じゃないんだな」 「もっちろん。まごうことなく現実なんだな。それじゃヒナキ、感想プリーズぅ」 「夜中に突然訪れてわけわからないこと好き勝手やりだしたあんたのソレに、私が何かコメントをつけなきゃならんのか?」  雛希は眉間にしわを寄せ、椅子の背もたれへ体重をかけた。 「ちょ、目の前で引かれるとガチで凹むんだけど」 「……で、その奇抜な服はなんなの? 私らもう十八だぞ? 来月から大学生になるんだぞ?」  雛希の問いに、彩七はモデル立ちの姿勢を保ったままグッと親指を立てた拳を突き付け、 「今日丸一日かけて作った! ……なにその顔!?」  眉間のしわが更に深まった雛希の表情に彩七が嘆いて見せる。 「察しろ、ガチで引いてんだ。それキュアシリーズのあれか、えーっと『ドリームキュア、ドレスアップ!』みたいな」 「あ、それ三年くらい前のヤツだね。日曜早朝にやってるキュアシリーズの。えっと今期のは何キュアだったかなぁ。マジョキュア、ドリキュア、えーっとその次は……って、ヒナキってキュアシリーズとか見てたの?」  続けて、彩七は一つ一つ解説付きで歴代ピュアシリーズキャラクターの決めポーズをいくつか真似て見せる。その派手な格好も相まって、雛希はまたしてもウザいなぁという気持ちを表情の影に隠した。 「んー。まぁ、ぼちぼち。うちの店のお得意さんの中には、初等部生とかそれよりもっとちっちゃい子とか連れてくるお母さん方もいるからな。例えば三年前――私らが高一の頃ならそのドリキュアとかあと男子向けならセイバーギアとか、その子らと同じ目線で話相手になれる程度には知識として知ってるよ。……なにその目は?」  粛々と語っていた雛希は、感心しているような珍しい物を見ているような彩七を、訝しげに見つめ返す。 「いやぁ。ヒナキってそういうの好きだったんだ、知らなかったなぁ。っていう目」 「そうか? 見てると結構おもしろいぞ。流石に今年は勉強忙しかったからほとんど見てなかったけどな。っていうか、そんな格好して来るようなヤツにとやかく言われる筋合いはないんだが」  目の前の「そんな格好」をした幼馴染を指差し、雛希はフッと鼻で笑って見せる。彩七は唇を尖らせると、 「ふんだ、異能少女カラフルあやなちゃんはそういうコスプレじゃなくてオリジナルだもん。そりゃちょっとは参考にしたりしたけどさぁ」 「ん、って『異能少女』……!?」  そのコスチュームのインパクトに気を取られ過ぎていたが、雛希は口上にあった『異能』という単語の存在に遅れて気付く。 「そう! やっとそっちにツッコんでくれた。私ね、異能者として目覚めたの!」 「目覚めたってそういうこと……? って、あんたが?」  雛希はまるで信じられないといった強い疑いの目で彩七をじっと見つめ、 「……あんたいったいどんな異能に目覚めたってのよ?」  場の空気的にこの質問せざるを得ない流れだと、雛希はため息混じりに問いただした。 「えーっと、なんて言うかねぇ、色が見える異能みたい」 「色が見える……って、それは目の構造として当たり前のことなんじゃないの?」  人の視覚は光の反射を視認することで脳へとその情報が送られる、とかなんとかそんな感じだったはずだと雛希は思い返す。 「そういえばそうかぁ。うーんっとぉ、普通じゃ見えない色が見えるっていうか……なんて言うの、気? オーラ? そんな感じの光の粒が見えるし触れるの。そんな異能なんだってば」  言うと、彩七は雛希周辺の空間から|何《・》|か《・》を両手ですくう動作をとり、 「ほらこれ、紫色」  手の中にあるらしい|そ《・》|れ《・》を雛希へ見せてきた。 「……あのさ、普通じゃ見えないんなら、私に見えるわけないじゃん」 「あ、そういえばそっか」  言って「てへっ」と小さく舌をだし照れ笑いを浮かべた彩七に、雛希は目を細め汚物を見るかのような一瞥を与えた。 「ヒナキ。その目、今ゼッタイ私のことバカにしてるよね」 「よくわかったね」 「嬉しくないけど以心伝心ってヤツかなぁ」 「いや待て、以心伝心の前にまず私の表情で気付け」 「うんごめん」  一切悪びれもせず彩七が謝罪する。雛希はしばらく冷ややかな目で彩七を見つめていたが、 「……まぁいいや、話を戻そう」 「おーけー。で?」  はたから見れば険悪そうな雰囲気も、彼女らにとってはそのほとんどが日常茶飯事であり、話が切り替わればまるで何事もなかったかのように空気までもが元へと戻っていった。 「で、あんたに見えるその光ってのは実際なんなの?」 「これ? これね、見えた色の種類によっていろいろ種類があるみたい――ってヒナキのその目また私のことバカにしてるでしょ!」 「……それじゃさっきの紫色ってのは?」 「二回目はツッコミなしかぁ。えっと紫はねぇ……疑いの色」 「なるほど、とりあえずそれは当たってるね」 「あと、赤は情熱とか、黄色は愉快とか、青は悲観とか、緑は努力とか。それと同じ色でも白っぽいとポジティブで黒に近いとネガティブとか」  彩七は指を折り数えながら、上下を指差しながらと身振り手振りで説明する。 「で、それが見えて触れるだけ?」 「うんそう」  あっさり答え、手を開いてお手上げのポーズをして見せる。 「だけかぁ……。でもさ、そういう系統の異能だったら、例えば、手が光ったりとかあとレーザーやらビームやらが出たりとか、触れた物の色が変化するとか、あとほら、高一の秋にアヤナが会ったっていう初等部生の子みたいな虹の架け橋を出すとか。なんて言うか、目に見える変化がないとどうにも理解しがたいな」  そして、長々と様々な例を挙げた雛希を今度は彩七が鼻で笑う。 「ヒナキはあいかわらずベタだなぁ……。下手に戦闘能力なんて身につけちゃったらラルヴァ討伐に参加させられちゃうかもしれないから絶対ヤダだしぃ。痛いのとかヤバいのとかチョー無理ぃ。でも――」  彩七は手のひらを天井へ掲げすっと目を細めると、その長手袋に覆われた指先を見つめる。 「でも?」 「――でも、虹子ちゃんみたいに、あんな綺麗な虹を生み出せるような異能だったら、ホントに目覚めてもいいなぁ」  あり得ないほど奇抜な衣装に、説明を聞く限りではあまりに信じられない異能力。雛希はまるで冗談のようなこの状況の中、一瞬だけ彩七の本音を捉えた感じがした。――が、 「でも、あんたのその異能じゃそんなこと出来ないんでしょ?」 「うん、出来ないねぇ。見えるだけなんだなぁ」  腕を下ろし目線を雛希の方へと戻し、ヘラヘラといつもの間抜けな笑顔を浮かべる彩七に、雛希は更にため息をついた。それに合わせて彩七は雛希の口元を指さし、 「ほらそこ。ヒナキのため息、こげ茶色」 「汚いな!! その辺はもっとマシなカラーリングにしろよ!」 「そんなこと言われたって私にはそう見えるんだから仕方ないじゃん」 「だから、こっちこそそんなこと言われたってだよ。何にせよ、私には見えないモノが見えてるって言葉を信じろってほうが難しいわ」 「う~ん」  彩七は指先を顎に当て深く考え込むポーズをとった。それが本当にただのポーズだけなのを雛希は理解していた。 「…………じゃあ、百歩譲ってアヤナのその異能がそういうものだとして――」 「そうなんだって言ってるのにぃ……」 「うん。まぁその『アヤナにだけ見える光を触れる』ってのはわかった。……まだよくわからないけどわかったことにする。……で、それってどんな意味があるの?」 「ないよ」  彩七は即答した。 「ないの!? これだけ散々語っておいて!?」 「だってそりゃぁ……、……えーっと、さっきも言ったじゃん、見えて触れるだけだって」 「別の人に赤色の光を押しつけたら突然熱狂的になるとか青色を擦り付けたら急に凹みだすとかそんなこともできないの?」 「うん。っていうか、そんな他人の感情操作なんかできちゃったら超万能なチート異能になっちゃうよ」  彩七に突っ込まれ雛希は頭を抱えた。 「それもそうか……。んー……うーん……それじゃあもう一つ。ところであんたその異能、どうやって身についたのさ?」 「どうやってって?」  アヤナが首を傾げる。 「だから、例えば『絶対絶命のピンチに陥った』とか『心の底から守りたい誰かがいた』とか『抑え切れないほどの怒りで目覚めた』とかよくある話じゃん? なんかそういうキッカケみたいなのもののこと」 「んー……そうだなぁ、えーっと。そうそう、ちょっと前の朝に目が覚めたら視界が変だった」 「……それだけ?」 「うん、それだけ」  まさに今考えたといった口調の彩七に、雛希はしばらく疑いの目を向けたままでいたが、 ついに観念したのか今晩最大級の深いため息をつき、 「はぁ……。わかったわかった、じゃあアヤナが異能者に目覚めたってことでいいよ」 「お、ホントに? 認めるね?」  彩七の目がぱっと輝く。 「はいはい、目覚めた目覚めた。おめでとう」 「ありがとう。ねぇヒナキ、アヤナちゃんの勝ちって言って」 「……アヤナの勝ち」 「うん、もう一回」 「あぁもう、私の負けです。アヤナ大勝利」 「……よし」  雛希に無理矢理持ちあげさせて満足したのか彩七は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ゴソゴソとトートバッグを漁り出す。そして中からA4サイズのプラカードを取り出し、 「ドッキリ、大成功ぉ~! 今日はなんと、エイプリルフールでしたぁ!!」 「……は」  彩七は両手を腰に当て勝ち誇った表情で、椅子に座ったままの雛希を見下ろし、でかでかと『ドッキリ大成功!!』と書かれたプラカードを突き付けた。  二人の間に沈黙が流れる。しかし雛希はそんな彩七の心の内を見透かしたかのように、 「うわー、やられたー。アヤナの嘘にまんまと騙されたわー」 「何その棒読み!?」 「九分九厘嘘だってわかってたからな。つまり何、さっきまでの異能の解説とか、紫が疑心の色とか溜め息がこげ茶色とかもってことか?」 「うん、そんなの嘘に決まってんじゃん。見た目だけじゃわからない異能って設定だけ考えて、あとは適当行き当たりばったりだったよぉ」  言って彩七はまたヘラヘラと笑って見せる。 「……だから後半ネタ切れて歯切れわるくなってたのか。じゃあそのド派手な衣装は?」 「ん? こんだけ手込めればマジっぽく見えるっしょ?」 「そこまで……たかがエイプリルフールのためだけにか」 「たかがエイプリルフール、されどエイプリルフールってねぇ。へっへっへ。さすがのヒナキも四月一日の日付変更と同時に嘘つきにくるとは思わなかったでしょぉ?」  彩七に言われ、雛希はふっとレジ脇きに掛けられたカレンダーへ目を遣る。まだめくられず三月のままになっているカレンダーをしばらく見つめたまま、 「……|明《・》|日《・》だぞ、エイプリルフールは」 「うん。だから気付かれにくいように夜中のうちに――」 「そういう意味で|今《・》|日《・》|が《・》|ま《・》|だ《・》三月三十一日の深夜なんだって」  カレンダーから視線を逸らさず、雛希は淡々と、しかしはっきりと言いきった。 「えぇ……え? そんなばかなぁ、何言ってんのヒナキ? 確かにさっき日付変更して四月ついた……ち? あれ、今日ってさっきまで三月三十日だったっけ? いやでも……あれ?」  さっきまで自信満々に大きく胸を張っていた彩七も、淡々と語る雛希の言葉によって徐々に不安を浮かべ疑心暗鬼に陥っていった。その変化に気づいた雛希は間髪入れず一気に畳みかける。 「うわ、だっせ! こいつ一日間違えてエープリルフールの嘘つきに来てやんの」 「ださくないもん!」 「こんだけ手間暇かけて体張って衣装まで作って仕込んでおいて、本番前に自らネタばらしにくるとか馬鹿にもほどがあるな」 「だって私は今日がエイプリルフールになったと思ったからこうやってヒナキに……」 「だーかーらー、それは明日だって言ってんじゃん」  雛希はニヤニヤと笑いながらテーブルから立ち上がり、カレンダーへ歩み寄ると三月のページを勢いよく破り取った。 「え、なんで? まだあと一日残ってるのに――」 「だってもういらないもん。三月は今日で終わったから」 「……へ?」  雛希は手元の三月のページをクルクル巻き、店内の壁掛け時計へ向ける。針は一時十五分頃を指している。 「今はまだ三月三十一日の深夜二十五時過ぎだからな」 「もしかして……ってもしかしなくても、さっきの嘘?」 「嘘はついてないぞ。夜遊びしまくってるあんたと違って私はちゃんと規則正しい生活を送ってるからな。夜に就寝するまでが前日、朝に起床したら翌日の始まりなんだ」  彩七は呆気にとられた顔で雛希を見つめた。 「な……いやいやいや。深夜0時過ぎて日付変更したんだからもう次の日じゃん!」 「あんたにとっては四月一日かもしれないけど、私にとってはまだ三月三十一日ってこと。例えばカレンダーの一番左の行に書かれてる日曜日は一週間の始まりか、それとも週末って言うから一週間の終わりか、みたいな価値観の違いみたいな感じだね」 「むぅ……」  そして無理矢理言い包められた雰囲気に彩七は小さく呻いた。 「ま、あんたの言ったとおり『そんなばかな』さ。まさかちゃんと日付変更時刻過ぎてからついた嘘を、屁理屈でつき返されるとは思わなかっただろ。エイプリルフールって直訳すると『四月の嘘』なのに、日本だと『四月馬鹿』って言うじゃん? たぶんこの訳を思いついた人は『相手のことをばかにしても許される日』って解釈をしたんだと思うよ」  そして雛希は諌めるように諭すように、彩七へゆっくりと言い聞かせた。  彩七はしばらく俯いたままじっといしていたが、急に面を上げ声を張り上げた。 「ばーかばーか! ヒナキのばーーか!!」 「ちょ……あんた何泣いてんのよ」 「なっ、泣いてないよ!」 「いやほら、泣いてるじゃん」 「こっ……これは、汗!!」 「三月なのに?」 「あー! あー!! 聞こえなーい!!」  目を潤ませグスグスと鼻を鳴らしながら、彩七は大声をあげ両手を強く耳に押し当てた。 「――ちっくしょぅ……ヒナキぃ、|明日《あした》覚えとけよぉ!?」 「あんた、この期に及んでに何をやらかす気なんだよ!」 「ふんっだ。お揃いの色違いで『パステルひなきちゃん』のコス作って、ヒナキに無理矢理着せてやる!!」 「なんだそりゃふざけんな! 誰が着るかそんなもん!!」  雛希の制止も余所に彩七は鞄とコートを手に取ると、勝手に店の扉の鍵を開け、 「うわぁぁぁん! ヒナキのばかぁぁぁあ!!」 「なっ、え!? アヤナ待てよ、待てって!!」  深夜の配慮なぞ一切ない絶叫をあげ、手に持ったままの濃い黄緑色のコートと真っ青な鞄を振りまわし、薄暗い照明の灯された商店街を、そのカラフルな衣装のまま全力で走り去っていった。 「ちょっ…………嘘だろ、これ……?」  一人取り残された雛希は最後の最後に起こった事態に驚愕した。  ダークブラウンだった樫造りのドアが、彩七が最後に触れた瞬間にして痛々しいほど鮮やかな深紅色に染め上げられたからだった。 「あいつ……たった今この場で、さっき私が例えで挙げたような――その中でも一番役に立たなそうな異能に目覚めやがったってのか……?」  そして、雛希はこのどぎつい真っ赤なドアの処遇に頭を悩ませたのだった。  三周年企画作品 【カラフル】 終 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品保管庫さくいん]]

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