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「【ミドパニ!/『バトルランナー』】」(2012/10/27 (土) 23:14:50) の最新版変更点
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※忘れられてると思うので大まかなキャラ紹介↓
#region(close,主な登場人物)
#ref(魅土羽に.png,,right,width=500)
#endregion
人気のない道を中年の男性が走っていた。
彼は明朝にジョギングをするのが日課になっていた。とはいえ男もいい年である。運動不足を解消するためとはいえ過度の運動は心臓に負担がかかるため、いつもゆっくりとしたペースで走っていた。
――もっと。もっと走りたい。
そんな彼の耳元で声が聞こえた。
周囲を見ても人はいない。まだほとんどの住民が寝ている時間である。
空耳だろうか、とジョギングを再開する。だが彼の身体は言うことを聞かなくなっていた。意思とは反対に足が動くスピードは速まり、どんどんジョギング速度が上がっていく。
もはやジョギングではなく、全速力で男は疾走していた。
今では五十メートル走だっまともに走れないのに、男は何百メートルも全速力で走り続けたせいで心臓がバクバクと高鳴り、やがて破裂した。
「……うっ」
断末魔も上げることなく男は地面に倒れ、こと切れた。
――まだだ。まだ走りたりない。もっと、もっと。
男を操っていた声の主は、遠くへと飛んで行った。
☆ ☆ ☆
「タバコはうめーなー」
瀬賀が保健室でタバコをくゆらせていると、グラウンドの方からかけ声が聞こえてくる。
「そうか、もうすぐ体育祭か。もうそんな季節か」
やれやれ、また今年も大騒動になるんだろうな。
体育祭になれば校医である瀬賀は間違いなく駆り出される。体育体会は異能による物騒な競技も多々存在するせいで、無茶して怪我する生徒が何人も運ばれてくるのだ。
瀬賀の他にも多くの校医や治療系異能者がいるが、それでも人手が足りないぐらいに忙しくなる。
「まったく、ガキどもははりきってるな」
瀬賀は窓に立ち、放課後のグランドを眺めた。多くの生徒たちがそれぞれ思い思いに練習に励み、汗を流している。
「ん?」
ふと、窓に向かって丸い物が飛んでくるのが見えた。
球体はすぐさま視界を覆い、
ガシャーン!
と、窓を突き破って瀬賀の顔面に直撃したのだった。
「うぎゃあああああああああああ!」
その勢いのまま瀬賀は後方へ吹っ飛んでいく。球体は床にドスンっと音を立てて落ちた。それはあろうことか砲丸投げの玉である。
「わーごめんなさーい!」
パタパタと頭の上に生えた犬耳を動かして窓に駆け寄ってきたのは、二年H組の大神壱子だった。ジャージのお尻部分からはフサフサの尻尾が伸びている。
「いててて……」
「あっ、瀬賀先生! 砲丸投げの練習してたら暴投しちゃって……窓ガラス割ってごめんなさい!」
「窓ガラスより俺の顔を心配しろよ!」
せっかくのハンサム顔が台無しだぜ、と瀬賀は鏡を見て陥没した顔面の手当てを自分で施す。
「えへへへ。大丈夫ですよ。私は瀬賀先生がどんな顔になっても愛しますから!」
「ガキに愛される趣味はねえよ……そうだ、おい大神。ショコラの奴しらねーか? そろそろ俺も帰宅するからよ。連れて帰らないと」
瀬賀は吸血鬼のショコラと大人の事情で同居していた。置いて帰ったら泣きわめくのが目に見えている。
「あ~~。あいつなら一緒に体育祭の練習をしていますよ~~~」
「あいつが? ってそりゃそうか。あいつもここの生徒だしな」
「ほら、あそこです」
そう言って大神はグラウンドを指さした。
「はあ……はあ……なんで吸血貴族のこのわしがこんなに走らねばならんのじゃ~~~~~~~。嫌じゃ嫌じゃ。走りとうない!」
ショコラは愚痴をこぼしながらグラウンドを何周も走っている。元々小柄でスタミナがないのか、もはや歩いているのと同じぐらいに遅いペースで走っていた。白い肌は汗だくで、金の髪も鮮やかさを失っている。
「あのアホ吸血鬼ってばじゃんけんで負けて六百メートル走に出ることになったんですよ。でもあれじゃドベ決定ですよね~~~」
「あいつ足が短くて走るの糞おっそいからな」
そんな奴が六百メートル走なんて気の毒だな。まあ普段から俺のバイクに乗って通学しているんだからたまには運動した方がいいだろう。
タバコの吸い過ぎのせいで五十メートルもまともに走れない瀬賀は、己のことを棚に上げてそう思った。
「うわああ!」
グラウンドを眺めているとそんな悲鳴が聞こえてきた。慌てて視線を向けると、ショコラと同じように走っている男子生徒がいた。
「おいおいあんな全速力で校庭何周もしてたら……」
瀬賀の心配通り、男子生徒はパタリとその場に倒れてしまった。
あんな勢いで何百メートルも走り続けていれば心臓が発作を起こすに決まっている。
「大神! 医療班に電話をしろ!」
「は、はい!」
瀬賀はすぐさま窓から飛び降り、男子生徒の元へと駆け寄った。
「アル―! 大変じゃぞ! こやつ倒れおったわ!」
「わかってるよ、たくなんて無茶な走り方してんだよこいつは――“|医神の瞳《アスクレピオス》”発動!」
瀬賀の瞳が真っ赤に染まる。瀬賀の異能は人体を完全に把握することができ、病気や発作、怪我などの治療を適切に行うことができる。
瀬賀はすぐさま心臓マッサージを行い、大神に持ってこさせた救急セットの人工呼吸器を使って蘇生を行った。
「がはっ……げほげほ!」
「ふう。なんとか息を吹き返したか……」
瀬賀は駆けつけた医療班に男子生徒を引き渡し、救急車が去っていくのを見送った。
「体育祭始まる前から何やってんだか」
でもまあ大丈夫だろう。大事には至っていないはずだ。
「なあアル。さっきの男子生徒変じゃったぞ。なんか無理矢理走らされてるみたいじゃったわい」
「あんただって無理矢理走らされてるじゃない」
「ええい茶々を入れるなワンコ! 犬は黙っておれい!」
「なんですってー!」
ショコラと大神は取っ組み合いのケンカを始めた。こいつらは平和そうでいいな……しかし、確かに今の生徒は変だった。何かに憑りつかれたような――
「ははははは! まだだ、まだ俺は走り足りないぞ!」
突如そんな声が響き、空中に人影が現れた。
それはランニングシャツ姿の若い男で、身体が透けて足が無い。
「ゴースト系ラルヴァか!」
「俺はもっと、もっと走りたい。死ぬほど走りたいんだ!」
「おいアル、大変じゃぞ。幽霊じゃ! 幽霊怖い! ぎゃああああ!」
「お前は吸血鬼だろうが。さて、あいつはなんてラルヴァだ?」
瀬賀は電子端末を取り出して双葉学園のラルヴァデータベースにアクセスする。
『マラソンマン。カテゴリーエレメント。上級A―4。マラソン途中に命を落とした山田太郎が悪霊と化したもの。生きた人間に憑りつき、命がなくなるまで走るのをやめない。成仏させる以外に退治する方法は今のところ判明していない』
「ファック!」
かなり厄介な相手だぜ。戦闘力のない自分とここにいるヘボ吸血鬼とヘタレ人狼じゃ相手になるわけがない。専門家に助けを呼ぶしかないな。
「さあ、今度はどいつに憑りついてやろう!」
しかし救援を呼んでいる間はなかった。その間にまたマラソンマンは誰かに憑りついて犠牲者を出してしまうだろう。瀬賀の異能は体力を激しく消耗するせいで日に何度も使用できない。次に誰かが発作を起こしても助けられる保証はない。
「ど、どうするんですか先生!」
「どうするのじゃアル!」
「……わかった。おいマラソンマン! 望み通りお前に体を貸してやる。だから他の生徒に手を出すんじゃねえ!」
瀬賀はびしっとマラソンマンに指を指して宣言する。
「アル、お前という奴は。普段はろくでなしのクズ人間かと思っておったが、生徒のために自分の身体を差し出すなんて教師の鏡ではないか」
「お前にこの幼女の身体をくれてやるぜ!」
「……ほえ?」
瀬賀はちびっこいショコラの襟首を掴んで文字通りマラソンマンに差し出した。
「さあ、こいつの身体に憑りついて好きなだけ走るがいい!」
「アルウウウウウウウウウウウ貴様ああああ! このスーパーろくでなし! わしを生贄にするな~~~~~~~~~!」
ブチ切れて大暴れするショコラを押さえつけ、マラソンマンの憑依を待った。
「ふふん。俺も色んな者に憑りついてきたが、幼子に憑依するのは初めてだな。面白い。そいつの身体貰ったぞ!」
マラソンマンはひょいっとショコラの身体に入り、のっ取ってしまう。
ショコラの身体はブルブルと震え始め、突如グラウンドを走り始めた。
「うわ~~~~ん。誰か助けて欲しいのじゃ。走るのは辛いのじゃ~~~~~~!」
泣きながら助けを訴えるショコラを、瀬賀は安全地帯で眺める。
「あの、あれ大丈夫なんですか?」
心配するように大神が言った。
「ああ? 大丈夫なわけないだろ。そりゃ死ぬさ」
「え?」
目を丸くする大神は視線をショコラに移す。もとより体力のないショコラはもう息が上がっていたが、マラソンマンは容赦なく走らせ続けている。
数百メートルを全速力したところで、完全にショコラの心臓は止まった。
バタンっとさっきの男子生徒と同じようには倒れ込む。
「大変! 先生! 助けないと!」
「ほっとけばいいって。見てみろ」
ショコラの心臓は完全に止まり死亡していたが、ぴくり、と指先が動く。やがてむくりと起き上がってまたもや全力疾走する。
そしてまた心臓が止まって死亡する。
また蘇って走り出す。
また心臓が止まって死ぬ。
走る。
死ぬ。
走る
何度死んでもショコラは必ず蘇ってランニングをやめなかった。
「忘れたのか大神。あいつは絶対不死身の吸血鬼ショコラ―デ・ロコ・ロックベルトだぜ。弱点の銀細工を覗けば、あいつは何度殺しても死なないんだよ」
「……うわあ。まじ可哀相。生き地獄じゃん」
ショコラと犬猿の仲である大神ですら同情してしまうほどの外道行為である。いや、外道校医と言うべきだろうか。
「でも先生、あのまま放っておく気ですか? 永久にグルグル校庭を走らせちゃうんですか?」
「いや、そのうちあいつは“満足”はずだ」
「満足?」
「ああ。お前ランナーズハイって知ってるか? マラソンランナーが長時間走り続けていると脳内麻薬が溢れて気分が高揚して気持ち良くなるって奴だ。あのマラソンマンは走るのが好きなんじゃない。あいつはランナーズハイ状態が大好きな変態野郎だ。たまにいるんだよ、そういう奴がな。特に死ぬほどのランで出てくる脳内麻薬はたまらないものだろうな。いわばあいつは臨死の恍惚に浸っているのさ」
けれどショコラの身体ならばその臨死の恍惚が短時間に何度も何度も味わうことができる。
その結果――マラソンマンは満足し、成仏するはずだ。それが瀬賀の目論見だった。
瀬賀の読み通り、やがてふわっとショコラの身体からマラソンマンの霊体が出てきて、天に昇っていく。
「ああ。こんなに死ねるなんてもう満足だ。もう未練はない……」
恍惚の笑みを浮かべてマラソンマンは消滅していったのだった。
「きゅう~~~ばたん」
同時にまたもやショコラは死んだ。
「おーい。起きろショコラ。よくやった。お前のおかげで極悪非道なラルヴァが退治されたぞ。さすが不死身の吸血鬼」
「アルぅうううう貴様ぁああああああ」
ショコラは鬼の形相で瀬賀を睨み付けた。鋭い牙が光っており、思わずたじろぐ。
「悪かったよ。ああするしかあいつを成仏させる手段がなかったんだって。なんでも言うことを一つ聞いてやるから許してくれよ」
「なんでも?」
しばらく思案してから、ショコラはにっかりと笑った。
☆ ☆ ☆
「おらおらーもっと走るのじゃー! あと校庭百周じゃあ!」
「か、簡便してくれショコラ軍曹。俺もう死にそう……はあ……はあ」
瀬賀はぜいぜいと息を切らせながら校庭を走った。
喫煙のせいでスタミナはショコラ以下であり、数十メートル走っただけでもう限界が近づいている。
しかしサボることは許されず、泣き言を言えばショコラの鞭が飛んできた。
ショコラが提案した頼みごとは『体育祭で教師リレーに参加すること』というものだった。
そのための猛特訓を瀬賀は受けていたのである。
「くそう。もう走るのは嫌だ!」
「ほら走るのじゃ! そんなんじゃ一等賞とれないぞ!」
「いでえ! 鞭はやめろお!」
その後体育祭当日まで鬼のような走り込みを続けさせられたのだった。
自業自得である。
おわり
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#endregion
人気のない道を中年の男性が走っていた。
彼は明朝にジョギングをするのが日課になっていた。とはいえ男もいい年である。運動不足を解消するためとはいえ過度の運動は心臓に負担がかかるため、いつもゆっくりとしたペースで走っていた。
――もっと。もっと走りたい。
そんな彼の耳元で声が聞こえた。
周囲を見ても人はいない。まだほとんどの住民が寝ている時間である。
空耳だろうか、とジョギングを再開する。だが彼の身体は言うことを聞かなくなっていた。意思とは反対に足が動くスピードは速まり、どんどんジョギング速度が上がっていく。
もはやジョギングではなく、全速力で男は疾走していた。
今では五十メートル走だっまともに走れないのに、男は何百メートルも全速力で走り続けたせいで心臓がバクバクと高鳴り、やがて破裂した。
「……うっ」
断末魔も上げることなく男は地面に倒れ、こと切れた。
――まだだ。まだ走りたりない。もっと、もっと。
男を操っていた声の主は、遠くへと飛んで行った。
☆ ☆ ☆
「タバコはうめーなー」
瀬賀が保健室でタバコをくゆらせていると、グラウンドの方からかけ声が聞こえてくる。
「そうか、もうすぐ体育祭か。もうそんな季節か」
やれやれ、また今年も大騒動になるんだろうな。
体育祭になれば校医である瀬賀は間違いなく駆り出される。体育体会は異能による物騒な競技も多々存在するせいで、無茶して怪我する生徒が何人も運ばれてくるのだ。
瀬賀の他にも多くの校医や治療系異能者がいるが、それでも人手が足りないぐらいに忙しくなる。
「まったく、ガキどもははりきってるな」
瀬賀は窓に立ち、放課後のグランドを眺めた。多くの生徒たちがそれぞれ思い思いに練習に励み、汗を流している。
「ん?」
ふと、窓に向かって丸い物が飛んでくるのが見えた。
球体はすぐさま視界を覆い、
ガシャーン!
と、窓を突き破って瀬賀の顔面に直撃したのだった。
「うぎゃあああああああああああ!」
その勢いのまま瀬賀は後方へ吹っ飛んでいく。球体は床にドスンっと音を立てて落ちた。それはあろうことか砲丸投げの玉である。
「わーごめんなさーい!」
パタパタと頭の上に生えた犬耳を動かして窓に駆け寄ってきたのは、二年H組の大神壱子だった。ジャージのお尻部分からはフサフサの尻尾が伸びている。
「いててて……」
「あっ、瀬賀先生! 砲丸投げの練習してたら暴投しちゃって……窓ガラス割ってごめんなさい!」
「窓ガラスより俺の顔を心配しろよ!」
せっかくのハンサム顔が台無しだぜ、と瀬賀は鏡を見て陥没した顔面の手当てを自分で施す。
「えへへへ。大丈夫ですよ。私は瀬賀先生がどんな顔になっても愛しますから!」
「ガキに愛される趣味はねえよ……そうだ、おい大神。ショコラの奴しらねーか? そろそろ俺も帰宅するからよ。連れて帰らないと」
瀬賀は吸血鬼のショコラと大人の事情で同居していた。置いて帰ったら泣きわめくのが目に見えている。
「あ~~。あいつなら一緒に体育祭の練習をしていますよ~~~」
「あいつが? ってそりゃそうか。あいつもここの生徒だしな」
「ほら、あそこです」
そう言って大神はグラウンドを指さした。
「はあ……はあ……なんで吸血貴族のこのわしがこんなに走らねばならんのじゃ~~~~~~~。嫌じゃ嫌じゃ。走りとうない!」
ショコラは愚痴をこぼしながらグラウンドを何周も走っている。元々小柄でスタミナがないのか、もはや歩いているのと同じぐらいに遅いペースで走っていた。白い肌は汗だくで、金の髪も鮮やかさを失っている。
「あのアホ吸血鬼ってばじゃんけんで負けて六百メートル走に出ることになったんですよ。でもあれじゃドベ決定ですよね~~~」
「あいつ足が短くて走るの糞おっそいからな」
そんな奴が六百メートル走なんて気の毒だな。まあ普段から俺のバイクに乗って通学しているんだからたまには運動した方がいいだろう。
タバコの吸い過ぎのせいで五十メートルもまともに走れない瀬賀は、己のことを棚に上げてそう思った。
「うわああ!」
グラウンドを眺めているとそんな悲鳴が聞こえてきた。慌てて視線を向けると、ショコラと同じように走っている男子生徒がいた。
「おいおいあんな全速力で校庭何周もしてたら……」
瀬賀の心配通り、男子生徒はパタリとその場に倒れてしまった。
あんな勢いで何百メートルも走り続けていれば心臓が発作を起こすに決まっている。
「大神! 医療班に電話をしろ!」
「は、はい!」
瀬賀はすぐさま窓から飛び降り、男子生徒の元へと駆け寄った。
「アル―! 大変じゃぞ! こやつ倒れおったわ!」
「わかってるよ、たくなんて無茶な走り方してんだよこいつは――“|医神の瞳《アスクレピオス》”発動!」
瀬賀の瞳が真っ赤に染まる。瀬賀の異能は人体を完全に把握することができ、病気や発作、怪我などの治療を適切に行うことができる。
瀬賀はすぐさま心臓マッサージを行い、大神に持ってこさせた救急セットの人工呼吸器を使って蘇生を行った。
「がはっ……げほげほ!」
「ふう。なんとか息を吹き返したか……」
瀬賀は駆けつけた医療班に男子生徒を引き渡し、救急車が去っていくのを見送った。
「体育祭始まる前から何やってんだか」
でもまあ大丈夫だろう。大事には至っていないはずだ。
「なあアル。さっきの男子生徒変じゃったぞ。なんか無理矢理走らされてるみたいじゃったわい」
「あんただって無理矢理走らされてるじゃない」
「ええい茶々を入れるなワンコ! 犬は黙っておれい!」
「なんですってー!」
ショコラと大神は取っ組み合いのケンカを始めた。こいつらは平和そうでいいな……しかし、確かに今の生徒は変だった。何かに憑りつかれたような――
「ははははは! まだだ、まだ俺は走り足りないぞ!」
突如そんな声が響き、空中に人影が現れた。
それはランニングシャツ姿の若い男で、身体が透けて足が無い。
「ゴースト系ラルヴァか!」
「俺はもっと、もっと走りたい。死ぬほど走りたいんだ!」
「おいアル、大変じゃぞ。幽霊じゃ! 幽霊怖い! ぎゃああああ!」
「お前は吸血鬼だろうが。さて、あいつはなんてラルヴァだ?」
瀬賀は電子端末を取り出して双葉学園のラルヴァデータベースにアクセスする。
『マラソンマン。カテゴリーエレメント。上級A―4。マラソン途中に命を落とした山田太郎が悪霊と化したもの。生きた人間に憑りつき、命がなくなるまで走るのをやめない。成仏させる以外に退治する方法は今のところ判明していない』
「ファック!」
かなり厄介な相手だぜ。戦闘力のない自分とここにいるヘボ吸血鬼とヘタレ人狼じゃ相手になるわけがない。専門家に助けを呼ぶしかないな。
「さあ、今度はどいつに憑りついてやろう!」
しかし救援を呼んでいる間はなかった。その間にまたマラソンマンは誰かに憑りついて犠牲者を出してしまうだろう。瀬賀の異能は体力を激しく消耗するせいで日に何度も使用できない。次に誰かが発作を起こしても助けられる保証はない。
「ど、どうするんですか先生!」
「どうするのじゃアル!」
「……わかった。おいマラソンマン! 望み通りお前に体を貸してやる。だから他の生徒に手を出すんじゃねえ!」
瀬賀はびしっとマラソンマンに指を指して宣言する。
「アル、お前という奴は。普段はろくでなしのクズ人間かと思っておったが、生徒のために自分の身体を差し出すなんて教師の鏡ではないか」
「お前にこの幼女の身体をくれてやるぜ!」
「……ほえ?」
瀬賀はちびっこいショコラの襟首を掴んで文字通りマラソンマンに差し出した。
「さあ、こいつの身体に憑りついて好きなだけ走るがいい!」
「アルウウウウウウウウウウウ貴様ああああ! このスーパーろくでなし! わしを生贄にするな~~~~~~~~~!」
ブチ切れて大暴れするショコラを押さえつけ、マラソンマンの憑依を待った。
「ふふん。俺も色んな者に憑りついてきたが、幼子に憑依するのは初めてだな。面白い。そいつの身体貰ったぞ!」
マラソンマンはひょいっとショコラの身体に入り、のっ取ってしまう。
ショコラの身体はブルブルと震え始め、突如グラウンドを走り始めた。
「うわ~~~~ん。誰か助けて欲しいのじゃ。走るのは辛いのじゃ~~~~~~!」
泣きながら助けを訴えるショコラを、瀬賀は安全地帯で眺める。
「あの、あれ大丈夫なんですか?」
心配するように大神が言った。
「ああ? 大丈夫なわけないだろ。そりゃ死ぬさ」
「え?」
目を丸くする大神は視線をショコラに移す。もとより体力のないショコラはもう息が上がっていたが、マラソンマンは容赦なく走らせ続けている。
数百メートルを全速力したところで、完全にショコラの心臓は止まった。
バタンっとさっきの男子生徒と同じようには倒れ込む。
「大変! 先生! 助けないと!」
「ほっとけばいいって。見てみろ」
ショコラの心臓は完全に止まり死亡していたが、ぴくり、と指先が動く。やがてむくりと起き上がってまたもや全力疾走する。
そしてまた心臓が止まって死亡する。
また蘇って走り出す。
また心臓が止まって死ぬ。
走る。
死ぬ。
走る
何度死んでもショコラは必ず蘇ってランニングをやめなかった。
「忘れたのか大神。あいつは絶対不死身の吸血鬼ショコラ―デ・ロコ・ロックベルトだぜ。弱点の銀細工を覗けば、あいつは何度殺しても死なないんだよ」
「……うわあ。まじ可哀相。生き地獄じゃん」
ショコラと犬猿の仲である大神ですら同情してしまうほどの外道行為である。いや、外道校医と言うべきだろうか。
「でも先生、あのまま放っておく気ですか? 永久にグルグル校庭を走らせちゃうんですか?」
「いや、そのうちあいつは“満足”するはずだ」
「満足?」
「ああ。お前ランナーズハイって知ってるか? マラソンランナーが長時間走り続けていると脳内麻薬が溢れて気分が高揚して気持ち良くなるって奴だ。あのマラソンマンは走るのが好きなんじゃない。あいつはランナーズハイ状態が大好きな変態野郎だ。たまにいるんだよ、そういう奴がな。特に死ぬほどのランで出てくる脳内麻薬はたまらないものだろうな。いわばあいつは臨死の恍惚に浸っているのさ」
けれどショコラの身体ならばその臨死の恍惚が短時間に何度も何度も味わうことができる。
その結果――マラソンマンは満足し、成仏するはずだ。それが瀬賀の目論見だった。
瀬賀の読み通り、やがてふわっとショコラの身体からマラソンマンの霊体が出てきて、天に昇っていく。
「ああ。こんなに死ねるなんてもう満足だ。もう未練はない……」
恍惚の笑みを浮かべてマラソンマンは消滅していったのだった。
「きゅう~~~ばたん」
同時にまたもやショコラは死んだ。
「おーい。起きろショコラ。よくやった。お前のおかげで極悪非道なラルヴァが退治されたぞ。さすが不死身の吸血鬼」
「アルぅうううう貴様ぁああああああ」
ショコラは鬼の形相で瀬賀を睨み付けた。鋭い牙が光っており、思わずたじろぐ。
「悪かったよ。ああするしかあいつを成仏させる手段がなかったんだって。なんでも言うことを一つ聞いてやるから許してくれよ」
「なんでも?」
しばらく思案してから、ショコラはにっかりと笑った。
☆ ☆ ☆
「おらおらーもっと走るのじゃー! あと校庭百周じゃあ!」
「か、簡便してくれショコラ軍曹。俺もう死にそう……はあ……はあ」
瀬賀はぜいぜいと息を切らせながら校庭を走った。
喫煙のせいでスタミナはショコラ以下であり、数十メートル走っただけでもう限界が近づいている。
しかしサボることは許されず、泣き言を言えばショコラの鞭が飛んできた。
ショコラが提案した頼みごとは『体育祭で教師リレーに参加すること』というものだった。
そのための猛特訓を瀬賀は受けていたのである。
「くそう。もう走るのは嫌だ!」
「ほら走るのじゃ! そんなんじゃ一等賞とれないぞ!」
「いでえ! 鞭はやめろお!」
その後体育祭当日まで鬼のような走り込みを続けさせられたのだった。
自業自得である。
おわり
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