【LOTUS FLOWER】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/965]] (*)このSSに登場するキャラは、自作「danger zone」に登場するキャラ 山口・デリンジャー・慧海の原型となったものです 双葉学園内におけるパラレル世界、または名前の酷似した別人としてお楽しみ下さい SS「LOTUS FLOWER」 ~小原 蓮のお話~ 首都高速湾岸線 西行き。  浦安でシンデレラ城を回り込んで東関道に入る頃、道は少し空いてきた。  平日の陽が中天に達した頃の高速道路、外回りの営業車や配達車、タクシー、そしてトラックが昼休みに入る時間。  自由に休憩が取れる職種の人たちも、昼飯は正午に食べることが多いと、最近知った。  食堂に行けば誰かが居て、店の仕込みも出来ている、何より、生理学的見地からいって望ましいらしい。  昼食は"ながら"の多い俺には無縁の話、今日もキュウリのサンドイッチを咥えながら、都心環状線を走った。  東京と千葉を結ぶ高速道路は往還のルートが複数あって、事故でも起きない限り、昼間はめったに渋滞しないが、 それでも膨大な流量に負け、、昼前や午後には混み合って流れが遅くなる。  羊の走りを強いられる。  働く車の混雑が一瞬の凪ぎを見せる、正午過ぎの、ほんの短い刻。  俺は他車をすり抜け、追い抜いて自由に走れる交通量となった東関道を、西へと飛ばしていた。  京葉道路と名前が変わってから館山自動車道に入って少し走り、市原のインターで高速を降りる。  ETCのゲートを通過してすぐに赤信号、一旦、車を停止させた、ギアを抜き、頭の中で経路を組み立てる。  千葉県 袖ヶ浦市  高負荷走行の熱ダレで、アイドリングが少しバラつくエンジンを、右の爪先であやしながら左足でクラッチを踏み、 高く幅広いセンタートンネルに立った、ストロークの短いシフトレバーを、掌で一速に押し込む。  市原バイパスを海に向かって走った、この辺まで来ると、走る車の半分くらいは大型のトラックやローリーになってくる。  JRの陸橋を抜けて国道16号を渡り、海沿いの工業地帯に入って、いくつかの曲がり角を経由する。  道はいつのまにか一般車両通行禁止の道路になっていて、トレーラーに対応した道幅は、普通車では肩身が狭い。  ロータス・ターボエスプリ  英国の名門軽量スポーツカーメーカー、ロータスが1970年代に作ったフルサイズGTカー。  スーパーカー・ブームの頃、商品価値の高い車を作るべく開発されたと言われている。  平面で構成された外装と、ロータス伝統の直列4気筒を、ギャレットのターボで加給した動力源。  スーパーカーフリークからは非力と嘲われ、ベテランのロータスファンからはクソ重いと嫌われている。  14の時からずっと乗ってる 89年式のロータス、淡い黄色のボディを纏った、30年落ちのガイシャ。  俺の車  整地待ちの広い野っ原の向こうに海が見える、工業地帯の端に沿った道を走り、導入路へと曲がった。  コンクリ舗装の導入路はすぐに、ある重機レンタル会社の名が入ったゲートに突き当たる。  足場パイプの骨組みに汚れたシートをかけた、工事中区画の入り口に見えるゲートに車の鼻先を寄せると、 大手建設会社JVのヘルメットを被った作業着姿のおっちゃんが、脇のプレハブ小屋から出てきて、ゲートを開けてくれた。  ゲートを潜り、港湾工事の巨大な建材が積まれた敷地を、何度も曲がりながら奥へと向かうと、本来のゲートが姿を表す。  建築資材ヤードを偽装した設備の奥にある、大きいが奥行きの無いコンクリ作りの建物、正面には巨大な鉄の引き戸がある。  以前、爪で引っかいた時の感触を頼りにするなら、かなりの硬度と靭性を持つ高張力鋼、塗られたペンキは臭いも感触も俺の知る塗料には無い種類の物。  輸送機でも通れそうな引き戸の隣にある人間サイズのドアから、紺背広の男が現れ、車の右側、サイドウィンドを隔てて俺のすぐ横に立った。  俺がパワーウインドを下ろすと、無礼で無口な紺背広の男は、不躾に車内まで手を突っ込んでくる。  このまま奴の手を掴み、ロータスを急発進させて、この資材置き場を走り回ったら面白いかもしれないと思ったが、 この上等な紺背広を着た男が、さっき通った汚い外側のゲートを守る、コンビナート労働者風のオッチャンより、 ずっと下の地位にあると知り、俺はこの男、内部の門を守りながら、外門警護への昇進を夢見る男に同情した。  俺が首から下げたカードを掴み、ヒモを首から抜いて渡すと、男は内ポケットから出した機械にカードを通す。  クレジットカード偽造団が使うスキマーのような機械の表示を読んだ男は、カードを返すと手振りで行け、と指示する。  この無駄に偉ぶった紺背広は、俺がゲートを通るたびに酒焼けした人懐っこい顔で笑う、歯の欠けた外門の男より、 いい奴なのかもしれない、偽装の巧みな奴ほど怖いものはないことは、この学園に来てから知った。  犬のリードみたいなヒモのついたカードを、もう一度首にかける、ゲートの内側で、カードを掲示していない人間には何が起きるかわからない。  高張力鋼の引き戸がガシャシャと、重い物を引きずる音をたてて開き、ゲートの向こうの景色が広がる。  短いトンネル状になったゲートの向こうには海と青空と、一直線に伸びる道路、その先に青みががった建物の塊が、霞んで見える。  片側2車線、広い路肩のある海上道路、対面通行だが分離帯はない。  コンクリートの舗装はジェット機が離着陸するためだと聞いたが、長さ的に無理だと思う。  連絡道路にロータスを乗り入れ、用途不明の白線で一度停止してエンジンの回転数を4000くらいまで上げてから、 クラッチペダルを靴裏で滑らせ、ロッキードのツインプレートを加工して組み込んだ強化クラッチをトンっと繋いだ。  鋼のドアがビリビリと震える、ロータスの大音響を聞かされた紺背広の表情を想像して、頬が緩んだ。  ダンロップのSタイヤが鋭く鳴く、一速で8000まで回してシフトアップ、5速のレブリミットに当ててアクセルを抜く。  袖ヶ浦にある関東最大の石油コンビナート、その狭間にある、沖合いの人工島まで約1.5kmの専用道路。  俺はシャバの名残りとばかりにロータスのアクセルを踏んづけ、0-1000の加速を楽しんだ。    道路の入り口にある白線からキッチリ1kmの距離にある、人工島側の白線を良好なタイムで通過し、  新エリーゼから足周りごと移植したABSを作動させないギリギリの踏力でブレーキングしたロータスを、人工島内部の施設入り口寸前で停める。  停止したロータスの先にあるのは、陸地側の二重ゲートに比べれば簡素な、横にガラガラと開く、黒い格子の鉄門。  灰色の門柱には、この施設の名称が彫られたプレートがあった。  黒ペンキで塗られた鋳鉄の門、安物の成型大理石で出来た門柱、埋め込まれた真鍮のプレート。  まるで、学校のように見える。  プレートに記されていたのは。  双葉学園  東京魔法学園……俺ら生徒が、この双葉学園を呼ぶ通称。 教師連中はその名前で呼ばない、きっと住所は千葉なのに東京と呼んで恥をかくのは、浦安の遊園地で沢山なんだろう。  千葉県袖ヶ浦市のコンビナート地帯から、専用の海上道路で1.5km沖合いの埋立地に建てられた、この学校には、 「行政法人皐会 国際青少年海外ボランティア候補生職業技能訓練高等専門学校」という、長ったらしい名前がついている。  誰も一度では覚えられない部内名称に替わって、対外的な施設名として使われているのが、双葉学園という名前。  その学園は、来たるべき時代に備え、国際感覚と日本の伝統、熟練技能に優れた人間を友好国に派遣するために、 二十年ほど前、外務省所管の独立行政法人によって設けられた教育機関で、 全国の学校から引き抜かれた適格者が、先進的な施設と各分野のスペシャリストによって高いレベルの教育を受けるという。  海保大学や自衛隊の工科校のような、よほどの好き物でない限り入学しようとは思わない類の全寮制学校。  外務省のwebサイトにも情報は掲載され、グーグルアースで誰でも外見を見られる、秘密でも何でもない学園。  コンビナートの隙間にぽつんと佇む、羽田空港ほどの面積を持つ埋立地は、東京湾横断道路の工事で、オマケに作られたという噂の人工島。  専用の海上道路も、袖ヶ浦の巨大コンビナートを縦横に走る各社の連絡通路に紛れ、特に目を引くものでもない。  官僚やスポンサーの視察など、学園への来賓は、こんな手のこんだ入り口ではなく、 袖ヶ浦工業地帯のメインストリート沿い、産業会館の敷地にある正規のゲートから、地下トンネル経由で招くらしいが、 正式なゲートの高価な開閉設備と、もっと高価な通過者監視装置を起動させるには、コストがかかる。  そこで、俺のような特例の車通学生徒や、島の外に居住している職員は、この資材置場経由の入り口から橋を渡る。  遠隔操作で開閉する鋳鉄の門が油圧で開ききるのを待たず、ロータスを学園の敷地内に突っ込んだ。  袖ヶ浦の港湾工業地帯、周辺にいくらでもある工事中区画や資材ヤードに偽装して作られた二重のゲートに比べ、 人工島にある学園側のゲートはシンプルな物で、教師に替わり、委員会の人間が交代でゲートの係員を務めていた。  門を通ってすぐの所にある、1坪もない守衛室の前にロータスを停めると、ゲート係のクラス委員長が出てきた。  学園制服のブレザーを、セーラー服のような開襟シャツの上に羽織り、チェックのスカートを翻しながら寄ってくる。  紫ががった黒髪、低い背、青磁の肌、小さく黒目がちな瞳は、深遠の暗黒、きっとあの目はものを見るのではなく、吸い込むためにある。  本人申告によると日本的な美人とよく言われるらしいが、俺には髪の伸びる呪いの市松人形が動いてるとしか思えない。  奴だ。  この市松っさんの名は、川口 慧海 《かわぐち えみ》  この学園で、高等部1年の学年委員長を務める優等生、そして、俺がこの双葉学園に入学する元凶となった女。  校外実習から帰った生徒は、まず帰着の報告をするという校則を無視し、市松人形に向かって現在の心境を吐露する。  「ついてねぇな」  呪いのカラクリ人形は、口からカパっと音のしそうな笑顔を見せながら、低脳なガソリンスタンド店員のように不躾にドアを開ける。  「あなたがが帰って来るって知って、急いで替わってもらったのよ、だってそのうるさい車、1km先から音でわかるから」  アイドリングでは低く大人しいが、5000回転を超えるとBTCC(英国ツーリングカー選手権)競技車の、  サイドマフラーのような音を発するセブリングのチタン直管マフラーも、俺がこの学園で許されたものの一つだった。  ロータスの繊細なFRPのドアを慧海に引き開けられた俺は、キャラメル色の革シートから地上に降りた、裸になったような気分、 連続運転で少しフラつく足で、ロータスの低いフェンダーに寄りかかった俺の前に、慧海はカタカタと音がしそうな歩き方で寄って来る。  「茶でも運んでろ、人形女」  慧海はカラクリの茶汲み人形が運ぶ茶器のかわりに、俺が突き出した学生証を受け取ると、カタカタと守衛小屋に戻った。  自動車通学と学園敷地外の居住、教職員駐車場の使用、制服Yシャツの上に着ているルイスレザーの革ジャン、 その他、学園事務長決裁による色々な特例が俺には認められていた、実の父親と、目の前の人形女の差し金で。  海外ボランティアの要員を育成するという名目で東京湾に設けられた学園、その正体は、魔法学園という、俺ら学生の暗称の通り、 異能という、オーバーテクノロジー由来の特殊能力を使う人間を囲い込み、その能力を開発、利用する政府機関だった。  目的は、21世紀初頭、世界各国の政府と極秘の接触を開始した、ラルヴァと言われる、地球外からの移住種族への対抗と交渉。  そして、戦闘。  ラルヴァと呼ばれる未確認の生物は、出現後のごく短い期間に、人間界へと深く入り込み、その中の過激なラルヴァ組織が、 動物の形を有したラルヴァを、戦闘に用いるべく改造、使役し、人間に対する敵対、侵攻行為を行うようになった。  それ以前から、ラルヴァの発生と戦いは小規模ながら行われていて、人間は経験や伝承に則り、独自の能力でラルヴァと戦った。  異能の力。  現代兵器を使用しても、地球の人間や獣と同一の効果が望めないとされるラルヴァを、効率的に排除できる、今もなお出自が解明されていない力。  それはラルヴァの地球との接触と同時に、あらゆる人間が発症した能力、病原菌ラルヴァの一種で、異能者はそれに感染したという説もある。  結果、世界各国は、ラルヴァ出現以後、ラルヴァの個体数に呼応するように大量出生した、異能の力を顕した子供を囲い込んだ。  ラルヴァを殺す術を、教えるために。  未知の生物に触れた国家は恐怖を顕し、足並みを揃えて、接触してきた地球外の生命体、ラルヴァへの拒否反応を示した。  村から不具の無い子供を丸ごと攫って小銃を持たせる、発展途上国の不正規軍と、さして変わらぬ方法でラルヴァを殺し始めた。  人間との接触以後、殖民に効率的なようでいて、実は非効率な武力侵攻を早々にやめ、交渉のテーブルについたラルヴァも多く、 それらのラルヴァは、敵対ラルヴァと異能の人間が戦うための情報提供者やサポート人員として、異能の集団に混ぜこまれた。  人間と、未知の生命体ラルヴァの接触、映画や小説で長らく架空の物語だった、異種の知能生命体は、国家内部に秘匿された。  俺が異能の学科で学んだことはその一部、残りの大部分は、俺の親父の書斎にあった乱雑な書類が教えてくれた。  日本にもまた、ラルヴァ対策のための予算が秘密裏に計上され、俺を含めた異能の子供を収める函が作られた。  対ラルヴァ接触要員の養成、派遣をするために、俺から見れば、その目的にはあまり足りない予算で作られたのが、双葉学園。  東京湾の人工島に作られた学園は、非敵対のラルヴァを収監、監視し、使役する施設も兼ねられてた。  俺が見たゲートのおっちゃんはラルヴァで、人間の部下と共に門を守ってる。  この学園には定期の入学試験は無い、ただ全国の学校から、俺達には窺い知れない基準で、異能の適格者を探し出し、 接触の後、個々の状況に応じて概要を説明し、入学を承諾、希望した者の編入を受け入れるというシステムを採っている。  希望して学園に入学した生徒、多くは何らかの理由で普通の学校生活からあぶれた連中は、 袖ヶ浦沖を埋め立てた人工島の学園寮に居住させられ、少数の人間が生まれながらに持っているという異能の能力を研鑽する。  授業の内容はさして変わったものではない、中学、高校と大学の一般教養に相当するカリキュラムは、 文部省の学習指導要領に則ったもので、スカウトされてきた生徒は、各々の年齢に対応した学年に編入する。  少しだけ都立高校に通っていた俺にとっても、この学園の授業はずいぶんヌルい、偏差値は非公表となっている。  そして、この学園の普通じゃない部分は、授業の時間割に「異能」の科目が加わっていること。    異能といっても色々で、現実に俺らが学んでいる異能は、ハリーポッターの魔法ような突飛なものではない。  何もない所からごく小さな火が出たり、動物の形を成した物体を操作したり、物理法則からちょっと外れているが、 産業やら国家方針に変革を起こすような大層なものではなく、その利用については、国も民間機関も研究中らしい。  異能は、一般人の上位に君臨する特殊能力ではない、科学や物理に可能な事象を、現代科学の埒外にある方法で発現させる、 科学の世界では、実験の時に稀に出る異常数値のひとつとして切り捨てられる領域を広範に指した、曖昧な分野。  一日1時間の異能授業の半分を占める、異能の学科授業によれば、異能にラルヴァとの接触能力があることを知られたことで、 魔法の実用化は、一気に進んだという、つまり国が金を出した途端、架空物語の魔法は、異能という現実の国家事業になった。  現実の異能はフィクションの魔法とは大きく異なる、しかし、近年、18禁PCゲームとして発売されたいくつかの作品が、 この学園を始めとした、現在、政府や民間機関が研究している異能テクノロジーとラルヴァの姿を正確に描写してることから、 学園を含む魔法研究機関に属していた関係者の関与と、現在は公表されていないラルヴァ情報のリークが疑われている。 カネに釣られて喋くったのなら、それも無理はない、魔法学園の卒業者なんて、この不況の折、ろくな就職先なんてあるわけもない。  一応、無事に全カリキュラムを終えれば大卒扱いになるらしいが、多くの生徒が異能やラルヴァと関係ない業種に就職し、  少数の連中が政府や企業のラルヴァ対策機関に薄給で使われるか、うさんくさいラルヴァ絡みの何でも屋になるという。  俺の親父は、その後者に属する、金次第で魔法を使い、なんでもやる最低の親父。  慧海がまだ幼い頃、その魔法の才能に目をつけたラルヴァ系シンジケートに誘拐された時、親父は解決のために雇われ、異能で犯人を制圧した。  親父は当時の愛車ロータス・ヨーロッパで、人間の外見と知能を持ったラルヴァを傷つけ、人質の身柄を確保した。  奴はこの手の救出業務をよく行っている、人の命の弱みがあれば高い報酬を請求できるらしい。  この学園に在籍していれば、自衛隊学校のように小遣い程度の支給金が出る、それを家族に仕送りするために編入を選んだ人間も多い。  今年は月12万8千円くらいだったか、同級生はよく、公務員給与の最低額である一号俸より遥かに安いとこぼしている。  生活費もロータスの維持費も、親父のアメックスからいくらでも引き出していた俺には、そんな金で自分を売る奴の気持ちはわからない。  俺がこの学園に編入できたのは、親父の推薦と、親父に入れ知恵された慧海の学園内工作あってのことだったが、 面接で、俺の顔を見た事務長が「私の憧れだった、お父さまの若い頃に大層似ておられますね」と抜かした時は、 目の前の机を蹴り倒して、ロータスでゲートを突き破って、川崎市の浮島にある俺のウチに帰りたいと思った。  結局、この学園への編入は出来レースな面接で決まり、俺の要求した学園外居住とロータスでの通学はあっさり認められた。  この狂った学園に、親父の思惑通り入学したのは、慧海との約束、歯に挟まったチキンのように厄介な借りと引き換えの約束だった。  異能の種類は複数存在し、詠唱によって異能を発動させる、またはマジックアイテムと呼ばれる異能媒介によって発動する能力。  発動の物体は様々で、黒檀の杖だったり、旧い魔法書だったり、あるいはその辺に存在する日用品。  学生証には詠唱の言語系統か、マジックアイテムの名称を記述することが定められている。  俺は、首から下げた学生証を外した、名前と顔写真、スキンヘッドに近い刈り込み頭をした去年の俺。  生粋のウェールズ人である親父から受け継いだ、栗色がかった黒髪は、ずっと刈り落していたが、今は少し伸びている。  写真の横に俺の直筆による名前が書かれていた、書くたびに少々の苛立ちを覚える、俺の名前。  小原 蓮 《おはら れん》  オハラという最も平凡な姓を持つ、ウェールズ系アイルランド人の親父は、母との結婚を機にさっさと日本に帰化し、小原姓となった。  今は違法な二重国籍と二つの名前を持ちながら、ロンドンのベーカーストリートでラルヴァに関するトラブルの解決屋を開いている。  俺は、親父の意向で母から日本の名前がつけられ、死んだ母の祖国である日本での教育を受けさせられることとなった。  愛憎混じった名前の下には、俺のマジックアイテム、この学園で名前や偏差値と同じ意味を持つ、異能の種別を示す名称が記されていた。  ロータス・ターボエスプリ  俺が14の時、親父のコレクションから勝手に持ち出し、乗り回すようになって以来、ずっと乗っている俺の車。  親父の紹介状をロクに読みもしなかった入学手続きの担当官に、ただ「車」と書かれたので、即座に書き直させた。  この魔法学園の生徒は、自身のマジックアイテムを、自らの責任に置いて手元に管理することが定められている。  ロータスが俺のマジックハンドとなった時、偶然、車中にあった上着、正式な付属品となったルイスレザー社のシングルライダーズ・ジャケットを着て、  整備に必要な工具と設備を揃えている川崎の自宅から、ロータスで東京湾横断道路を渡って通学することは、何ら文句を言われる筋合いの物ではない。  この日本で自動車の免許年齢は18歳、しかし異能の発動とアイテムの携行については現行法に優先させるという内規がある  俺はロータスで、速度自動取締り機の前を280kmのまま駆け抜ける自由を得た替わりに、色々な物を失った。  親父の意向も、慧海との約束も、いまになって思えばすべて放り投げる術はいくらでもあったのかもしれない。  結局のところ、俺はこのロータス乗り続けたいがために、考えることをやめ、うさんくさくいかがわしい、異能の学園に入学した。  慧海は俺の学生証を、守衛小屋のデスクに設置してある、クレジットカードの会計機に似た機械に通すと、 続いて自分の学生証を通した、数秒後、機械が緑色のランプを点灯させると同時に、俺の足元から音と振動が伝わってくる。  俺は外を歩くのが恥ずかしい学園の男子制服、チェックのズボンをはいた左足を持ち上げ、足首に巻きついていたベルトを外した。  この双葉学園の生徒も、申請して許可されれば、放課後や週末には1km少々の海上道路を徒歩やバスで渡り、街に出ることができる。  その代償のひとつが、俺の足首にも巻きついていた、携帯GPS発信機。  アメリカでは保釈中の受刑者に着けられ、日本では認可されていないはずの、身体に装着する監視機械。  妙に分厚いバックルで留める、煙草の箱くらいの大きさの軽い発信機には、色々とつまらない機能がついているという。  無断で外せば警報が鳴り、事前に申告した場所から外れれば警報が鳴り、噂では会話のモニターもされているらしい。  このマニュアルミッション車のペダルワークを邪魔する発信機を、足首から毟り取って、何度東京湾に投げ捨てようかと思ったか。  外出手続きででGPS発信機を受け取った時、他人が足首に巻いていたベルトが臭くなってないかと思って、臭いを嗅いだ時、考えを改めた。  嫌味なくらいに洗浄されたナイロンベルトの消毒薬の臭いに混じっていた香り、親父の書斎にあったオモチャで覚えた、着臭剤の刺激。  GPS発信機が発するセムテックス高性能爆薬の臭いに、俺はこの学園に来たことを後悔した。  俺はGPS発信機を守衛小屋のデスクに置いた、学園総務本部と繋がった認証機から、俺と慧海の学生証が出てくる。  俺は機械が吐き出した自分の学生証を、革ジャンのシガレットポケットにしまい、ついでに慧海の学生証を投げ渡した。  慧海は学生の証明たるIDカードのぞんざいな扱いに、俺を咎めるような目で見てから、 委員会業務の規定に従って、開襟ブラウスの胸ポケットに、自分の学生証をクリップで留める。  奴の学生証には、名前と、マジで怖い市松人形顔の写真と一緒に、慧海のマジックアイテムの名称が記されていた。  日誌に記入するために前屈みになった慧海の、開襟ブラウスの隙間が覗く、肌は牛乳のように白いが、胸は貧相。  慧海はこの学園には珍しく、スカウトされる前に自分から接触してきて、入学を希望したらしい、聞きたくもないが親父の仲介だろう。  99年以後に大量出生した異能適性者、多くは普通の学校から弾かれたり、なりゆきや受験失敗で転がり込んでくる。  この娘は異能と縁の無い家庭に生まれ、異能と関係ない生活を送れる普通科学校の優等生でありながら、 早くから高い数値を示していた異能の力を認められ、入学が許可されるとすぐさま、親を説得してこの学園に編入してきた。  以後、学園では普通教科、異能理論、異能実習共に上位の成績を保ち、教師からクラス委員長への推薦を得て、 高等部の中では最年少学年ながら、中高の各委員長の中で事実上のナンバー2に相当する、高等部委員長の仕事を積極的にこなしている。  ナンバー1と言われる総委員長はほとんど学校には来ないという。  慧海は学生証も見ずに、日誌に俺の名前と学籍番号、クラスとマジックアイテムを記入している。  学園制服のの開襟シャツ、赤い縁取りがされた白い襟から、普段はシャツの中に隠している銀色の鎖がこぼれ出た。  首から純銀の鎖で吊るされ、クイックレリーズ・キーで繋がっているのは、 ブルガリかクロムハーツのアクセサリーと見間違えそうな、赤子の握りこぶしほどの、金属の塊。  続いて慧海は自分の名前と学年、クラスと学籍番号、そして自分のマジックハンドを書きこんでいた。  レミントン・デリンジャー  慧海のマジックアイテムは2連発の小型拳銃、慧海の異能は、全世界でも数人しか居ない、純粋なる攻撃の能力。  俺が慧海に、決して返しきれない重い借りを作ったとき、奴はその代償に、俺とふたつの約束を交わした。  ひとつは、自分の命の恩人である、お父さまの悪口を決して言わないこと。  もうひとつは、お父さまの望み通り、双葉学園に入学すること。  この二つの約束を守る限り、他に何をしようと貸しは帳消しにしてあげるという。  そして、慧海は、俺がもし約束を違えた時には、迷うことなく、俺を撃つ。  「蓮、職員用の駐車場に停めるんでしょ?そこまで乗せて」  慧海は、門際の花壇で作業をしていた別クラスの委員長、二年先輩の女子生徒を指でチョイチョイと呼ぶと、有無をいわさず残務を押し付けて、 ロータスの左ドアを開け、普通乗用車よりかなり低い助手席に、慣れた様子で小さな体を乗っけた。  学園敷地の、ゲートのある西側とは逆の、東棟裏にあるアスファルト敷きの駐車場、そのさらに奥 事務長の話によれば、高名な異能使いオハラ氏の、子息のために特別に設けた専用のマジックアイテム保管所。  俺から見れば、駐車場の整地にあぶれた余剰スペース、土剥き出しで木の茂った、ただの出来の悪い人工の森。  並ぶ木々に囲まれ、授業中にカーセックスも出来そうなほど、人目から隔絶されてる事に関してはありがたい。  もっとも、そんなことをするのは、このロータスに負けない魅力を持ったお相手と限られているが。  俺の今の状況は、きっとそれとは、最も遠い。  俺がロータスの、古臭いキャラメル色のレザーシートに落ち着くと、慧海は800mも無いドライブのため、律儀にウィラントの4点シートベルトを締めている。  「ねぇ、校外授業って何してたの?、申請書には『マジックアイテムの維持管理に関する重大な用件』としか書いてなかったけど」  今日の昼過ぎまでのドライブは、俺が常習しているサボリではなく、正式な校外活動、許可と引き換えにGPS発信機を足首に巻かれた。  「世田谷のショップから連絡があった、ロータス社からスタビライザー・リンクが通関、到着したって聞いてね それで週末まで待ってらんねぇ、ってことで朝イチでパーツ受け取って、川崎の俺んちで組みつけてたよ」  英国のメーカーは現行車種のパーツ供給は遅いくせに、時折、数十年前に製造中止した車のパーツを、思い出したようにデリバリーする。  去年、箱根のターンパイクでヘシ折れたロータスのスタビリンクは、俺が旋盤で自作した物と交換したが、精度が悪く、リアサスがずっとガタついてた。  新品交換で長らくの懸念が解決された今日、横断道路で真っ直ぐ帰るのも惜しかったので、湾岸を遠回りして帰ってきた。  事前申請した経路を外れたことで、足首に巻いたGPS発信機が爆発する可能性については、さほど重く考えてなかった。  正直、ついさっき、学園正門の手前まで、足に嵌められた枷の存在を綺麗に忘れていて、一瞬ゾっとした。  俺のロータスは、数年前のある事件を境に、マジックアイテムとなり、異能由来の自己修復機能によって故障もガス欠もなくなった。  それからは新製品のオイルを試したり、車の下に潜ってレンチを握る楽しみは失われた、と思っていたが、 結局のところ、異能とかいうものの有する、アイテムの維持機能は、人間の知覚には及ばないようだ。  ミッドシップ車の武器であるスッ飛ぶような車線変更で、他車を左右から抜いていく時に感じていた、 リアサスの僅かなガタつきに、異能は気づかなかった、俺は気づいた。  俺はアクセルをフォンフォンと煽って、気難しい強化クラッチを繋ぎ、ロータスを発進させた。  この魔法のアイテムにどんな能力があるのかは、まだわからないが、 走り続ける限り、人間のすることはさほど変わらない。  学園の敷地で無駄にスラロームし、リアサスの感触を楽しんでいた俺に、サイドシートの慧海が声をかける。  「このまま帰ろうってんじゃないでしょうね?これから6時間目の授業よ」  魔法の拳銃を首からブラ下げた、呪いの市松人形が何か言っている。  色々な事からの開放を望んでやってきた島、ここはここで、またやらなきゃいけないことはあるんだろう。  「わかってるっつーの」    異能の授業が、待っている                                    第一話おわり
[[ラノで読む>http://rano.jp/965]] (*)このSSに登場するキャラは、自作「danger zone」に登場するキャラ 山口・デリンジャー・慧海の原型となったものです 双葉学園内におけるパラレル世界、または名前の酷似した別人としてお楽しみ下さい SS「LOTUS FLOWER」 ~小原 蓮のお話~ 首都高速湾岸線 西行き。  浦安でシンデレラ城を回り込んで東関道に入る頃、道は少し空いてきた。  平日の陽が中天に達した頃の高速道路、外回りの営業車や配達車、タクシー、そしてトラックが昼休みに入る時間。  自由に休憩が取れる職種の人たちも、昼飯は正午に食べることが多いと、最近知った。  食堂に行けば誰かが居て、店の仕込みも出来ている、何より、生理学的見地からいって望ましいらしい。  昼食は"ながら"の多い俺には無縁の話、今日もキュウリのサンドイッチを咥えながら、都心環状線を走った。  東京と千葉を結ぶ高速道路は往還のルートが複数あって、事故でも起きない限り、昼間はめったに渋滞しないが、 それでも膨大な流量に負け、、昼前や午後には混み合って流れが遅くなる。  羊の走りを強いられる。  働く車の混雑が一瞬の凪ぎを見せる、正午過ぎの、ほんの短い刻。  俺は他車をすり抜け、追い抜いて自由に走れる交通量となった東関道を、西へと飛ばしていた。  京葉道路と名前が変わってから館山自動車道に入って少し走り、市原のインターで高速を降りる。  ETCのゲートを通過してすぐに赤信号、一旦、車を停止させた、ギアを抜き、頭の中で経路を組み立てる。  千葉県 袖ヶ浦市  高負荷走行の熱ダレで、アイドリングが少しバラつくエンジンを、右の爪先であやしながら左足でクラッチを踏み、 高く幅広いセンタートンネルに立った、ストロークの短いシフトレバーを、掌で一速に押し込む。  市原バイパスを海に向かって走った、この辺まで来ると、走る車の半分くらいは大型のトラックやローリーになってくる。  JRの陸橋を抜けて国道16号を渡り、海沿いの工業地帯に入って、いくつかの曲がり角を経由する。  道はいつのまにか一般車両通行禁止の道路になっていて、トレーラーに対応した道幅は、普通車では肩身が狭い。  ロータス・ターボエスプリ  英国の名門軽量スポーツカーメーカー、ロータスが1970年代に作ったフルサイズGTカー。  スーパーカー・ブームの頃、商品価値の高い車を作るべく開発されたと言われている。  平面で構成された外装と、ロータス伝統の直列4気筒を、ギャレットのターボで加給した動力源。  スーパーカーフリークからは非力と嘲われ、ベテランのロータスファンからはクソ重いと嫌われている。  14の時からずっと乗ってる 89年式のロータス、淡い黄色のボディを纏った、30年落ちのガイシャ。  俺の車  整地待ちの広い野っ原の向こうに海が見える、工業地帯の端に沿った道を走り、導入路へと曲がった。  コンクリ舗装の導入路はすぐに、ある重機レンタル会社の名が入ったゲートに突き当たる。  足場パイプの骨組みに汚れたシートをかけた、工事中区画の入り口に見えるゲートに車の鼻先を寄せると、 大手建設会社JVのヘルメットを被った作業着姿のおっちゃんが、脇のプレハブ小屋から出てきて、ゲートを開けてくれた。  ゲートを潜り、港湾工事の巨大な建材が積まれた敷地を、何度も曲がりながら奥へと向かうと、本来のゲートが姿を表す。  建築資材ヤードを偽装した設備の奥にある、大きいが奥行きの無いコンクリ作りの建物、正面には巨大な鉄の引き戸がある。  以前、爪で引っかいた時の感触を頼りにするなら、かなりの硬度と靭性を持つ高張力鋼、塗られたペンキは臭いも感触も俺の知る塗料には無い種類の物。  輸送機でも通れそうな引き戸の隣にある人間サイズのドアから、紺背広の男が現れ、車の右側、サイドウィンドを隔てて俺のすぐ横に立った。  俺がパワーウインドを下ろすと、無礼で無口な紺背広の男は、不躾に車内まで手を突っ込んでくる。  このまま奴の手を掴み、ロータスを急発進させて、この資材置き場を走り回ったら面白いかもしれないと思ったが、 この上等な紺背広を着た男が、さっき通った汚い外側のゲートを守る、コンビナート労働者風のオッチャンより、 ずっと下の地位にあると知り、俺はこの男、内部の門を守りながら、外門警護への昇進を夢見る男に同情した。  俺が首から下げたカードを掴み、ヒモを首から抜いて渡すと、男は内ポケットから出した機械にカードを通す。  クレジットカード偽造団が使うスキマーのような機械の表示を読んだ男は、カードを返すと手振りで行け、と指示する。  この無駄に偉ぶった紺背広は、俺がゲートを通るたびに酒焼けした人懐っこい顔で笑う、歯の欠けた外門の男より、 いい奴なのかもしれない、偽装の巧みな奴ほど怖いものはないことは、この学園に来てから知った。  犬のリードみたいなヒモのついたカードを、もう一度首にかける、ゲートの内側で、カードを掲示していない人間には何が起きるかわからない。  高張力鋼の引き戸がガシャシャと、重い物を引きずる音をたてて開き、ゲートの向こうの景色が広がる。  短いトンネル状になったゲートの向こうには海と青空と、一直線に伸びる道路、その先に青みががった建物の塊が、霞んで見える。  片側2車線、広い路肩のある海上道路、対面通行だが分離帯はない。  コンクリートの舗装はジェット機が離着陸するためだと聞いたが、長さ的に無理だと思う。  連絡道路にロータスを乗り入れ、用途不明の白線で一度停止してエンジンの回転数を4000くらいまで上げてから、 クラッチペダルを靴裏で滑らせ、ロッキードのツインプレートを加工して組み込んだ強化クラッチをトンっと繋いだ。  鋼のドアがビリビリと震える、ロータスの大音響を聞かされた紺背広の表情を想像して、頬が緩んだ。  ダンロップのSタイヤが鋭く鳴く、一速で8000まで回してシフトアップ、5速のレブリミットに当ててアクセルを抜く。  袖ヶ浦にある関東最大の石油コンビナート、その狭間にある、沖合いの人工島まで約1.5kmの専用道路。  俺はシャバの名残りとばかりにロータスのアクセルを踏んづけ、0-1000の加速を楽しんだ。    道路の入り口にある白線からキッチリ1kmの距離にある、人工島側の白線を良好なタイムで通過し、  新エリーゼから足周りごと移植したABSを作動させないギリギリの踏力でブレーキングしたロータスを、人工島内部の施設入り口寸前で停める。  停止したロータスの先にあるのは、陸地側の二重ゲートに比べれば簡素な、横にガラガラと開く、黒い格子の鉄門。  灰色の門柱には、この施設の名称が彫られたプレートがあった。  黒ペンキで塗られた鋳鉄の門、安物の成型大理石で出来た門柱、埋め込まれた真鍮のプレート。  まるで、学校のように見える。  プレートに記されていたのは。  双葉学園  東京魔法学園……俺ら生徒が、この双葉学園を呼ぶ通称。 教師連中はその名前で呼ばない、きっと住所は千葉なのに東京と呼んで恥をかくのは、浦安の遊園地で沢山なんだろう。  千葉県袖ヶ浦市のコンビナート地帯から、専用の海上道路で1.5km沖合いの埋立地に建てられた、この学校には、 「行政法人皐会 国際青少年海外ボランティア候補生職業技能訓練高等専門学校」という、長ったらしい名前がついている。  誰も一度では覚えられない部内名称に替わって、対外的な施設名として使われているのが、双葉学園という名前。  その学園は、来たるべき時代に備え、国際感覚と日本の伝統、熟練技能に優れた人間を友好国に派遣するために、 二十年ほど前、外務省所管の独立行政法人によって設けられた教育機関で、 全国の学校から引き抜かれた適格者が、先進的な施設と各分野のスペシャリストによって高いレベルの教育を受けるという。  海保大学や自衛隊の工科校のような、よほどの好き物でない限り入学しようとは思わない類の全寮制学校。  外務省のwebサイトにも情報は掲載され、グーグルアースで誰でも外見を見られる、秘密でも何でもない学園。  コンビナートの隙間にぽつんと佇む、羽田空港ほどの面積を持つ埋立地は、東京湾横断道路の工事で、オマケに作られたという噂の人工島。  専用の海上道路も、袖ヶ浦の巨大コンビナートを縦横に走る各社の連絡通路に紛れ、特に目を引くものでもない。  官僚やスポンサーの視察など、学園への来賓は、こんな手のこんだ入り口ではなく、 袖ヶ浦工業地帯のメインストリート沿い、産業会館の敷地にある正規のゲートから、地下トンネル経由で招くらしいが、 正式なゲートの高価な開閉設備と、もっと高価な通過者監視装置を起動させるには、コストがかかる。  そこで、俺のような特例の車通学生徒や、島の外に居住している職員は、この資材置場経由の入り口から橋を渡る。  遠隔操作で開閉する鋳鉄の門が油圧で開ききるのを待たず、ロータスを学園の敷地内に突っ込んだ。  袖ヶ浦の港湾工業地帯、周辺にいくらでもある工事中区画や資材ヤードに偽装して作られた二重のゲートに比べ、 人工島にある学園側のゲートはシンプルな物で、教師に替わり、委員会の人間が交代でゲートの係員を務めていた。  門を通ってすぐの所にある、1坪もない守衛室の前にロータスを停めると、ゲート係のクラス委員長が出てきた。  学園制服のブレザーを、セーラー服のような開襟シャツの上に羽織り、チェックのスカートを翻しながら寄ってくる。  紫ががった黒髪、低い背、青磁の肌、小さく黒目がちな瞳は、深遠の暗黒、きっとあの目はものを見るのではなく、吸い込むためにある。  本人申告によると日本的な美人とよく言われるらしいが、俺には髪の伸びる呪いの市松人形が動いてるとしか思えない。  奴だ。  この市松っさんの名は、川口 慧海 《かわぐち えみ》  この学園で、高等部1年の学年委員長を務める優等生、そして、俺がこの双葉学園に入学する元凶となった女。  校外実習から帰った生徒は、まず帰着の報告をするという校則を無視し、市松人形に向かって現在の心境を吐露する。  「ついてねぇな」  呪いのカラクリ人形は、口からカパっと音のしそうな笑顔を見せながら、低脳なガソリンスタンド店員のように不躾にドアを開ける。  「あなたがが帰って来るって知って、急いで替わってもらったのよ、だってそのうるさい車、1km先から音でわかるから」  アイドリングでは低く大人しいが、5000回転を超えるとBTCC(英国ツーリングカー選手権)競技車の、  サイドマフラーのような音を発するセブリングのチタン直管マフラーも、俺がこの学園で許されたものの一つだった。  ロータスの繊細なFRPのドアを慧海に引き開けられた俺は、キャラメル色の革シートから地上に降りた、裸になったような気分、 連続運転で少しフラつく足で、ロータスの低いフェンダーに寄りかかった俺の前に、慧海はカタカタと音がしそうな歩き方で寄って来る。  「茶でも運んでろ、人形女」  慧海はカラクリの茶汲み人形が運ぶ茶器のかわりに、俺が突き出した学生証を受け取ると、カタカタと守衛小屋に戻った。  自動車通学と学園敷地外の居住、教職員駐車場の使用、制服Yシャツの上に着ているルイスレザーの革ジャン、 その他、学園事務長決裁による色々な特例が俺には認められていた、実の父親と、目の前の人形女の差し金で。  海外ボランティアの要員を育成するという名目で東京湾に設けられた学園、その正体は、魔法学園という、俺ら学生の暗称の通り、 異能という、オーバーテクノロジー由来の特殊能力を使う人間を囲い込み、その能力を開発、利用する政府機関だった。  目的は、21世紀初頭、世界各国の政府と極秘の接触を開始した、ラルヴァと言われる、地球外からの移住種族への対抗と交渉。  そして、戦闘。  ラルヴァと呼ばれる未確認の生物は、出現後のごく短い期間に、人間界へと深く入り込み、その中の過激なラルヴァ組織が、 動物の形を有したラルヴァを、戦闘に用いるべく改造、使役し、人間に対する敵対、侵攻行為を行うようになった。  それ以前から、ラルヴァの発生と戦いは小規模ながら行われていて、人間は経験や伝承に則り、独自の能力でラルヴァと戦った。  異能の力。  現代兵器を使用しても、地球の人間や獣と同一の効果が望めないとされるラルヴァを、効率的に排除できる、今もなお出自が解明されていない力。  それはラルヴァの地球との接触と同時に、あらゆる人間が発症した能力、病原菌ラルヴァの一種で、異能者はそれに感染したという説もある。  結果、世界各国は、ラルヴァ出現以後、ラルヴァの個体数に呼応するように大量出生した、異能の力を顕した子供を囲い込んだ。  ラルヴァを殺す術を、教えるために。  未知の生物に触れた国家は恐怖を顕し、足並みを揃えて、接触してきた地球外の生命体、ラルヴァへの拒否反応を示した。  村から不具の無い子供を丸ごと攫って小銃を持たせる、発展途上国の不正規軍と、さして変わらぬ方法でラルヴァを殺し始めた。  人間との接触以後、殖民に効率的なようでいて、実は非効率な武力侵攻を早々にやめ、交渉のテーブルについたラルヴァも多く、 それらのラルヴァは、敵対ラルヴァと異能の人間が戦うための情報提供者やサポート人員として、異能の集団に混ぜこまれた。  人間と、未知の生命体ラルヴァの接触、映画や小説で長らく架空の物語だった、異種の知能生命体は、国家内部に秘匿された。  俺が異能の学科で学んだことはその一部、残りの大部分は、俺の親父の書斎にあった乱雑な書類が教えてくれた。  日本にもまた、ラルヴァ対策のための予算が秘密裏に計上され、俺を含めた異能の子供を収める函が作られた。  対ラルヴァ接触要員の養成、派遣をするために、俺から見れば、その目的にはあまり足りない予算で作られたのが、双葉学園。  東京湾の人工島に作られた学園は、非敵対のラルヴァを収監、監視し、使役する施設も兼ねられてた。  俺が見たゲートのおっちゃんはラルヴァで、人間の部下と共に門を守ってる。  この学園には定期の入学試験は無い、ただ全国の学校から、俺達には窺い知れない基準で、異能の適格者を探し出し、 接触の後、個々の状況に応じて概要を説明し、入学を承諾、希望した者の編入を受け入れるというシステムを採っている。  希望して学園に入学した生徒、多くは何らかの理由で普通の学校生活からあぶれた連中は、 袖ヶ浦沖を埋め立てた人工島の学園寮に居住させられ、少数の人間が生まれながらに持っているという異能の能力を研鑽する。  授業の内容はさして変わったものではない、中学、高校と大学の一般教養に相当するカリキュラムは、 文部省の学習指導要領に則ったもので、スカウトされてきた生徒は、各々の年齢に対応した学年に編入する。  少しだけ都立高校に通っていた俺にとっても、この学園の授業はずいぶんヌルい、偏差値は非公表となっている。  そして、この学園の普通じゃない部分は、授業の時間割に「異能」の科目が加わっていること。    異能といっても色々で、現実に俺らが学んでいる異能は、ハリーポッターの魔法ような突飛なものではない。  何もない所からごく小さな火が出たり、動物の形を成した物体を操作したり、物理法則からちょっと外れているが、 産業やら国家方針に変革を起こすような大層なものではなく、その利用については、国も民間機関も研究中らしい。  異能は、一般人の上位に君臨する特殊能力ではない、科学や物理に可能な事象を、現代科学の埒外にある方法で発現させる、 科学の世界では、実験の時に稀に出る異常数値のひとつとして切り捨てられる領域を広範に指した、曖昧な分野。  一日1時間の異能授業の半分を占める、異能の学科授業によれば、異能にラルヴァとの接触能力があることを知られたことで、 魔法の実用化は、一気に進んだという、つまり国が金を出した途端、架空物語の魔法は、異能という現実の国家事業になった。  現実の異能はフィクションの魔法とは大きく異なる、しかし、近年、18禁PCゲームとして発売されたいくつかの作品が、 この学園を始めとした、現在、政府や民間機関が研究している異能テクノロジーとラルヴァの姿を正確に描写してることから、 学園を含む魔法研究機関に属していた関係者の関与と、現在は公表されていないラルヴァ情報のリークが疑われている。 カネに釣られて喋くったのなら、それも無理はない、魔法学園の卒業者なんて、この不況の折、ろくな就職先なんてあるわけもない。  一応、無事に全カリキュラムを終えれば大卒扱いになるらしいが、多くの生徒が異能やラルヴァと関係ない業種に就職し、  少数の連中が政府や企業のラルヴァ対策機関に薄給で使われるか、うさんくさいラルヴァ絡みの何でも屋になるという。  俺の親父は、その後者に属する、金次第で魔法を使い、なんでもやる最低の親父。  慧海がまだ幼い頃、その魔法の才能に目をつけたラルヴァ系シンジケートに誘拐された時、親父は解決のために雇われ、異能で犯人を制圧した。  親父は当時の愛車ロータス・ヨーロッパで、人間の外見と知能を持ったラルヴァを傷つけ、人質の身柄を確保した。  奴はこの手の救出業務をよく行っている、人の命の弱みがあれば高い報酬を請求できるらしい。  この学園に在籍していれば、自衛隊学校のように小遣い程度の支給金が出る、それを家族に仕送りするために編入を選んだ人間も多い。  今年は月12万8千円くらいだったか、同級生はよく、公務員給与の最低額である一号俸より遥かに安いとこぼしている。  生活費もロータスの維持費も、親父のアメックスからいくらでも引き出していた俺には、そんな金で自分を売る奴の気持ちはわからない。  俺がこの学園に編入できたのは、親父の推薦と、親父に入れ知恵された慧海の学園内工作あってのことだったが、 面接で、俺の顔を見た事務長が「私の憧れだった、お父さまの若い頃に大層似ておられますね」と抜かした時は、 目の前の机を蹴り倒して、ロータスでゲートを突き破って、川崎市の浮島にある俺のウチに帰りたいと思った。  結局、この学園への編入は出来レースな面接で決まり、俺の要求した学園外居住とロータスでの通学はあっさり認められた。  この狂った学園に、親父の思惑通り入学したのは、慧海との約束、歯に挟まったチキンのように厄介な借りと引き換えの約束だった。  異能の種類は複数存在し、詠唱によって異能を発動させる、またはマジックアイテムと呼ばれる異能媒介によって発動する能力。  発動の物体は様々で、黒檀の杖だったり、旧い魔法書だったり、あるいはその辺に存在する日用品。  学生証には詠唱の言語系統か、マジックアイテムの名称を記述することが定められている。  俺は、首から下げた学生証を外した、名前と顔写真、スキンヘッドに近い刈り込み頭をした去年の俺。  生粋のウェールズ人である親父から受け継いだ、栗色がかった黒髪は、ずっと刈り落していたが、今は少し伸びている。  写真の横に俺の直筆による名前が書かれていた、書くたびに少々の苛立ちを覚える、俺の名前。  小原 蓮 《おはら れん》  オハラという最も平凡な姓を持つ、ウェールズ系アイルランド人の親父は、母との結婚を機にさっさと日本に帰化し、小原姓となった。  今は違法な二重国籍と二つの名前を持ちながら、ロンドンのベーカーストリートでラルヴァに関するトラブルの解決屋を開いている。  俺は、親父の意向で母から日本の名前がつけられ、死んだ母の祖国である日本での教育を受けさせられることとなった。  愛憎混じった名前の下には、俺のマジックアイテム、この学園で名前や偏差値と同じ意味を持つ、異能の種別を示す名称が記されていた。  ロータス・ターボエスプリ  俺が14の時、親父のコレクションから勝手に持ち出し、乗り回すようになって以来、ずっと乗っている俺の車。  親父の紹介状をロクに読みもしなかった入学手続きの担当官に、ただ「車」と書かれたので、即座に書き直させた。  この魔法学園の生徒は、自身のマジックアイテムを、自らの責任に置いて手元に管理することが定められている。  ロータスが俺のマジックハンドとなった時、偶然、車中にあった上着、正式な付属品となったルイスレザー社のシングルライダーズ・ジャケットを着て、  整備に必要な工具と設備を揃えている川崎の自宅から、ロータスで東京湾横断道路を渡って通学することは、何ら文句を言われる筋合いの物ではない。  この日本で自動車の免許年齢は18歳、しかし異能の発動とアイテムの携行については現行法に優先させるという内規がある  俺はロータスで、速度自動取締り機の前を280kmのまま駆け抜ける自由を得た替わりに、色々な物を失った。  親父の意向も、慧海との約束も、いまになって思えばすべて放り投げる術はいくらでもあったのかもしれない。  結局のところ、俺はこのロータス乗り続けたいがために、考えることをやめ、うさんくさくいかがわしい、異能の学園に入学した。  慧海は俺の学生証を、守衛小屋のデスクに設置してある、クレジットカードの会計機に似た機械に通すと、 続いて自分の学生証を通した、数秒後、機械が緑色のランプを点灯させると同時に、俺の足元から音と振動が伝わってくる。  俺は外を歩くのが恥ずかしい学園の男子制服、チェックのズボンをはいた左足を持ち上げ、足首に巻きついていたベルトを外した。  この双葉学園の生徒も、申請して許可されれば、放課後や週末には1km少々の海上道路を徒歩やバスで渡り、街に出ることができる。  その代償のひとつが、俺の足首にも巻きついていた、携帯GPS発信機。  アメリカでは保釈中の受刑者に着けられ、日本では認可されていないはずの、身体に装着する監視機械。  妙に分厚いバックルで留める、煙草の箱くらいの大きさの軽い発信機には、色々とつまらない機能がついているという。  無断で外せば警報が鳴り、事前に申告した場所から外れれば警報が鳴り、噂では会話のモニターもされているらしい。  このマニュアルミッション車のペダルワークを邪魔する発信機を、足首から毟り取って、何度東京湾に投げ捨てようかと思ったか。  外出手続きででGPS発信機を受け取った時、他人が足首に巻いていたベルトが臭くなってないかと思って、臭いを嗅いだ時、考えを改めた。  嫌味なくらいに洗浄されたナイロンベルトの消毒薬の臭いに混じっていた香り、親父の書斎にあったオモチャで覚えた、着臭剤の刺激。  GPS発信機が発するセムテックス高性能爆薬の臭いに、俺はこの学園に来たことを後悔した。  俺はGPS発信機を守衛小屋のデスクに置いた、学園総務本部と繋がった認証機から、俺と慧海の学生証が出てくる。  俺は機械が吐き出した自分の学生証を、革ジャンのシガレットポケットにしまい、ついでに慧海の学生証を投げ渡した。  慧海は学生の証明たるIDカードのぞんざいな扱いに、俺を咎めるような目で見てから、 委員会業務の規定に従って、開襟ブラウスの胸ポケットに、自分の学生証をクリップで留める。  奴の学生証には、名前と、マジで怖い市松人形顔の写真と一緒に、慧海のマジックアイテムの名称が記されていた。  日誌に記入するために前屈みになった慧海の、開襟ブラウスの隙間が覗く、肌は牛乳のように白いが、胸は貧相。  慧海はこの学園には珍しく、スカウトされる前に自分から接触してきて、入学を希望したらしい、聞きたくもないが親父の仲介だろう。  99年以後に大量出生した異能適性者、多くは普通の学校から弾かれたり、なりゆきや受験失敗で転がり込んでくる。  この娘は異能と縁の無い家庭に生まれ、異能と関係ない生活を送れる普通科学校の優等生でありながら、 早くから高い数値を示していた異能の力を認められ、入学が許可されるとすぐさま、親を説得してこの学園に編入してきた。  以後、学園では普通教科、異能理論、異能実習共に上位の成績を保ち、教師からクラス委員長への推薦を得て、 高等部の中では最年少学年ながら、中高の各委員長の中で事実上のナンバー2に相当する、高等部委員長の仕事を積極的にこなしている。  ナンバー1と言われる総委員長はほとんど学校には来ないという。  慧海は学生証も見ずに、日誌に俺の名前と学籍番号、クラスとマジックアイテムを記入している。  学園制服のの開襟シャツ、赤い縁取りがされた白い襟から、普段はシャツの中に隠している銀色の鎖がこぼれ出た。  首から純銀の鎖で吊るされ、クイックレリーズ・キーで繋がっているのは、 ブルガリかクロムハーツのアクセサリーと見間違えそうな、赤子の握りこぶしほどの、金属の塊。  続いて慧海は自分の名前と学年、クラスと学籍番号、そして自分のマジックハンドを書きこんでいた。  レミントン・デリンジャー  慧海のマジックアイテムは2連発の小型拳銃、慧海の異能は、全世界でも数人しか居ない、純粋なる攻撃の能力。  俺が慧海に、決して返しきれない重い借りを作ったとき、奴はその代償に、俺とふたつの約束を交わした。  ひとつは、自分の命の恩人である、お父さまの悪口を決して言わないこと。  もうひとつは、お父さまの望み通り、双葉学園に入学すること。  この二つの約束を守る限り、他に何をしようと貸しは帳消しにしてあげるという。  そして、慧海は、俺がもし約束を違えた時には、迷うことなく、俺を撃つ。  「蓮、職員用の駐車場に停めるんでしょ?そこまで乗せて」  慧海は、門際の花壇で作業をしていた別クラスの委員長、二年先輩の女子生徒を指でチョイチョイと呼ぶと、有無をいわさず残務を押し付けて、 ロータスの左ドアを開け、普通乗用車よりかなり低い助手席に、慣れた様子で小さな体を乗っけた。  学園敷地の、ゲートのある西側とは逆の、東棟裏にあるアスファルト敷きの駐車場、そのさらに奥 事務長の話によれば、高名な異能使いオハラ氏の、子息のために特別に設けた専用のマジックアイテム保管所。  俺から見れば、駐車場の整地にあぶれた余剰スペース、土剥き出しで木の茂った、ただの出来の悪い人工の森。  並ぶ木々に囲まれ、授業中にカーセックスも出来そうなほど、人目から隔絶されてる事に関してはありがたい。  もっとも、そんなことをするのは、このロータスに負けない魅力を持ったお相手と限られているが。  俺の今の状況は、きっとそれとは、最も遠い。  俺がロータスの、古臭いキャラメル色のレザーシートに落ち着くと、慧海は800mも無いドライブのため、律儀にウィラントの4点シートベルトを締めている。  「ねぇ、校外授業って何してたの?、申請書には『マジックアイテムの維持管理に関する重大な用件』としか書いてなかったけど」  今日の昼過ぎまでのドライブは、俺が常習しているサボリではなく、正式な校外活動、許可と引き換えにGPS発信機を足首に巻かれた。  「世田谷のショップから連絡があった、ロータス社からスタビライザー・リンクが通関、到着したって聞いてね それで週末まで待ってらんねぇ、ってことで朝イチでパーツ受け取って、川崎の俺んちで組みつけてたよ」  英国のメーカーは現行車種のパーツ供給は遅いくせに、時折、数十年前に製造中止した車のパーツを、思い出したようにデリバリーする。  去年、箱根のターンパイクでヘシ折れたロータスのスタビリンクは、俺が旋盤で自作した物と交換したが、精度が悪く、リアサスがずっとガタついてた。  新品交換で長らくの懸念が解決された今日、横断道路で真っ直ぐ帰るのも惜しかったので、湾岸を遠回りして帰ってきた。  事前申請した経路を外れたことで、足首に巻いたGPS発信機が爆発する可能性については、さほど重く考えてなかった。  正直、ついさっき、学園正門の手前まで、足に嵌められた枷の存在を綺麗に忘れていて、一瞬ゾっとした。  俺のロータスは、数年前のある事件を境に、マジックアイテムとなり、異能由来の自己修復機能によって故障もガス欠もなくなった。  それからは新製品のオイルを試したり、車の下に潜ってレンチを握る楽しみは失われた、と思っていたが、 結局のところ、異能とかいうものの有する、アイテムの維持機能は、人間の知覚には及ばないようだ。  ミッドシップ車の武器であるスッ飛ぶような車線変更で、他車を左右から抜いていく時に感じていた、 リアサスの僅かなガタつきに、異能は気づかなかった、俺は気づいた。  俺はアクセルをフォンフォンと煽って、気難しい強化クラッチを繋ぎ、ロータスを発進させた。  この魔法のアイテムにどんな能力があるのかは、まだわからないが、 走り続ける限り、人間のすることはさほど変わらない。  学園の敷地で無駄にスラロームし、リアサスの感触を楽しんでいた俺に、サイドシートの慧海が声をかける。  「このまま帰ろうってんじゃないでしょうね?これから6時間目の授業よ」  魔法の拳銃を首からブラ下げた、呪いの市松人形が何か言っている。  色々な事からの開放を望んでやってきた島、ここはここで、またやらなきゃいけないことはあるんだろう。  「わかってるっつーの」    異能の授業が、待っている                                    第一話おわり

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