【怪物記番外編 一】

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怪物記  &italic(){想像できたなら、現実となる。}  &italic(){夢見ることができたなら、そう成ることができる。}         &italic(){――ウイリアム・アーサー・ワード} 番外編 【3・45・83】  物語は現実になりたがっている。  自らが世界となるために空想は人の心と結びつき、欲望を叶え実体となる。  それが現象体ラルヴァであり現時点では分類不明のラルヴァ、【カテゴリー・グリム】だ。  カテゴリー・グリムは現実と幻想の境界を曖昧にする霧の中から現れる。  彼らは現実を侵食する夢だ。明確な自我はなく、彼らの意思は悪夢に似た歪んだ悪意のみ。  カテゴリー・グリムは人間に憑依し、童話や古典文学、都市伝説に噂話といった人間の心象を投影する形で憑依対象の願望を成就させ、広範囲にわたり狂った法則《ルール》で現実を歪ませる。  アメリカの地方都市セントフォーティス。   今、この町においてもカテゴリー・グリムによる現実の侵食は行われている。  町全体が霧に包まれ、内側の法則は既に世界と異なっている。  この町でカテゴリー・グリムに憑依された人間はごく普通の会社員だった。彼は仕事に追われてふとしたことから、しかし心の底から「誰かが代わりにやってくれないか」と願った。  そして願いは叶えられた。  カテゴリー・グリムが彼の望みを掬い取り、霧の異界を作り上げて叶えてみせた。  選ばれた物語は――【レプラコーン】  レプラコーンとは小人の妖精の名前だ。アイルランドの伝承に登場し、靴職人の老人が多くの靴を作るために忙しく働く様子を見かねて老人が眠っている間に素晴らしい靴を作り上げたと言われている。  各地の伝承や伝説の妖精、妖怪がラルヴァであったように、レプラコーンもラルヴァとして存在が確認されている。カテゴリーはデミヒューマン。等級は下級Aノ0。  しかし、セントフォーティスに出現したレプラコーンは本来のレプラコーンとは異なる。カテゴリー・グリムが伝承から引き出し、捻じ曲げた存在である【グリム・レプラコーン】とでも言うべきもの。  そして、歪んだ童話であるグリム・レプラコーンは眠った人間の代わりに仕事をする前提として――町中の人間を眠らせた。  セントフォーティスの住人全てが霧のある限り決して目覚めない深い眠りについている。  カテゴリー・グリムの世界侵食には四段階あり、グリム・レプラコーンは第一段階である活動段階《レベルアッシャー》で町中の人間を眠らせ、第二段階の形成段階《レベルイェツィラー》で擬似的なレプラコーンを生み出し、人間の代わりに仕事をし始めた。  しかし、第一段階のあと間隔を空けずに第二段階には入るわけではない。第二段階に入るまでにはいくらかの時間が必要であり、その間に……数千人の人間が死亡した。  最初に死んだ人々は事故死であった。町中が眠りについたため、町の各所で交通事故や火災が発生したが、全てが眠りについた町では怪我人を治療する者もいなければ火災を消し止める者もいない。被害は拡大するばかりだった。  次に死んだのは赤ん坊や病人、老人などの体の弱い者達だった。食事を取ることも、介護されることもなく衰弱して死んでいった。  数日が経過して、第二段階へと移行した。  グリム・レプラコーンは形成されると、眠っている人間がすべきだった仕事や怪我人の治療、眠っている人々の介護を住人の代わりにし始めた。しかし、それまでに死んだ者は帰ってなどこない。  グリム・レプラコーンは埋葬も代わりに行った。  そして霧に包まれたセントフォーティスは眠っている人間の代わりにグリム・レプラコーンが働く町となった。眠ったままの住人たちは、看護士や介護師がそうするように丁寧に生かされている。  無論、米軍や米軍所属の異能力者も何もしなかったわけではない。数回にわたり霧の内部へと突入作戦を行っていた。  それでもどうしようもなかった。霧の内側に入れば、異能力者であろうとグリム・レプラコーンの影響を受けて眠りについてしまう。しかも霧の外からそれを窺い知ることはできず、泥沼だった。  彼らの代わりに『グリム・レプラコーンを倒す』仕事を担ったグリム・レプラコーンも形成されたが、他のグリム・レプラコーンによって多勢に無勢で殴殺されている。  かくして人間に手出しできない霧の中で着々とグリム・レプラコーンの異界は創られていた。 ――或る赤き侵入者が霧の内側に現れるまでは  霧はグリム・レプラコーンそのもの。誰かが触れればすぐに分かる。これまでの米軍の突入もすぐに察知し、眠らせてきた。  しかし、その侵入者は今までと違った。  赤い鎧と外套を纏い、兜を被り、具足を履き、青い大剣を片手に提げている。  まるで別の時代、別の世界から迷い込んできたような出で立ち。  霧の中にあっても眠りにつくことなく、グリム・レプラコーンの中ではあってはならないことだ。  侵入者はグリム・レプラコーンの異界のルール『レプラコーン以外は眠り、レプラコーンが仕事をする』が適用されていない。  グリム・レプラコーンは知らない。  侵入者の纏う外套に精神干渉をはねのける効果があるなどとは。  グリム・レプラコーンの生み出した異界の法則に侵されず、侵入者は金属製の具足とアスファルトの擦れる音を響かせながら町を闊歩する。  侵入者は町の外縁で倒れている米軍の異能力者に歩みよる。  そして手を差し伸べて助ける――ことはせず右手に握っていた青い大剣でトドメを刺した。  次々に、淡々と、異能力者の息の根を止めていく。近くに倒れている一般人の兵士には目もくれず、異能力者だけを殺していく。  異能力者を殺し終えると次はレプラコーンだった。見つけた端から切り捨てていく。  赤い鎧の侵入者は虱潰しにレプラコーンを切り殺しながらセントフォーティスを闊歩する。  グリム・レプラコーンは侵入者が自身を、そして創りかけの異界を破壊する外敵と判断した。自らの体内の免疫機構を作動させ、外敵を排除するべく侵入者の前に新たなレプラコーンを展開した。  それらは先刻まで侵入者に狩られていたレプラコーンとは趣を異にする。顔は妖精というより小鬼であり、各々が手に剣や斧、弓矢、果ては銃器を携えている。  作業用ではない、外敵との戦闘用の防衛レプラコーン。  その数――優に八千。  まるで肉食蟻の大群が象に群がり骨となるまで食い尽くすように、八千匹の防衛レプラコーンは赤い侵入者に飛び掛る。  侵入者は青い大剣を振るって防衛レプラコーンを両断する。  手応えや抵抗を感じていないかの如く、青い大剣は易々とレプラコーンを屠っていく。大剣にとってレプラコーンなどあってないようなもの。なぜならこの大剣は、【赤壁】を両断するために創られた剣なのだから。  大剣の斬撃で数百の身体を失っても、防衛レプラコーンの残数は七千を超える。雪崩のように押し寄せる勢いのままに剣を、斧を、矢を、銃弾を、侵入者に叩きつける。  生身の人間ならば肉塊と化す攻撃の嵐を赤い鎧に包まれた侵入者は雨に降られたほどにも感じていない。それどころか、赤い鎧は傷の一つもついていない。  七千の防衛レプラコーンに組み付かれながら、その抵抗をものともせず侵入者は大剣でレプラコーンを次々に切り殺す。しかし、グリム・レプラコーンは次々に防衛レプラコーンを生み出して侵入者を押さえ込む。  埒が明かないとみたのか、侵入者は強く地を蹴り、空《・》中《・》ま《・》で《・》も《・》蹴《・》っ《・》て《・》霧の天蓋まで駆け上がる。組み付いていた防衛レプラコーンが振り落とされ、地面に激突して真っ赤な残骸と成り果てる。  地を這うレプラコーンには、天を駆ける侵入者を追う術はなかった。  侵入者は一直線に疾走する。  目指すはこの霧の中央、否、それよりもさらに先。グリム・レプラコーンの魂源力の核へと向かう。  なぜならば、カテゴリー・グリムを倒す手段は大きく分けて二つ。  憑依対象からカテゴリー・グリムを引き剥がすか、カテゴリー・グリムの範囲ごと、あるいは魂源力の核を――強大な破壊力で叩き潰す。  それを避けるためにグリム・レプラコーンは憑依した人間と魂源力の核を厳重に隠していたが、侵入者の兜が宿した感知能力はグリム・レプラコーンの核の位置を把握していた。  グリム・レプラコーンは、生まれて初めての危機感を抱き、なんとかこの迫り来る死から逃れようとした。  核を侵入者の進路からずらす。  侵入者はすぐさま針路変更して核を目指す。  多数の防衛レプラコーンを配備して時間を稼ぐ。  侵入者は一刀で進路を抉じ開けて核を目指す。  町の住人を盾にして防衛レプラコーンを並べる。  侵入者は住人を飛び越してレプラコーンを切り裂く。    逃げられない、防げないとグリム・レプラコーンの本能が告げていた。  侵入者の核への到達間近、グリム・レプラコーンは最後の手段に打って出た。  形成可能限りのレプラコーンを核の周囲に集め、作り上げ、配備し、核と結合させた。  侵入者が核へと到達したとき、巨大な異形が立ちはだかる。  正に、歪んだ童話を象徴するかのように……小人の妖精であったレプラコーンが数千数万と集まり、核を心臓とし――巨人と化した。  醜悪で暴力と強力を隠すことのない巨人。或いはそれは妖精の護り手、巨精【スプリガン】を模したものだ。その力もまた、スプリガンに準じているだろう。  そう、グリム・レプラコーンは、自らの全能力をもって作り上げた巨精で侵入者を迎えうち、打倒する最後の賭けへと出たのだ。  しかし、しかし、ここで誤算があった。  巨腕を振り回し侵入者へと叩きつけると、侵入者は面白いように吹き飛んでアパートメントに激突する。そればかりか勢いあまって倒壊するほどだ。  グリム・レプラコーンにとっての誤算は……この巨精の体があまりにも力強すぎたこと。  楽しい、とグリム・レプラコーンに感情に似た波が走る。無論、カテゴリー・グリムであるグリム・レプラコーンには自我も意思もない。だが、元よりカテゴリー・グリムとは歪んだ悪意の塊。それが強大な力で弱者をいたぶることに感じ入らない訳がない。  巨精の体を歩かせてグリム・レプラコーンは倒壊したアパートメントへと近づく。残骸の中には中で眠っていた人間たちの血塗れの手や足が転がっている。  侵入者ももう死んだだろうか? 強固な鎧に護られていようと、人間ならば伝わった衝撃だけで死んでも不思議ない。人間以外の生物、ラルヴァだろうと深手を負うはずだ。  しかし、しかし、しかし、ここで更なる誤算があった。  鎧を着た侵入者は――正確には生物ではなかった。  侵入者は瓦礫を吹き飛ばして巨精に肉薄し青い大剣を四度閃かせ――巨精の四肢を裂断する。  鎧兜の内側に、生身の体などありはしない。  鉄身の身体。銀の肌。目もなく口もなく耳もない。  腸もなく脳髄もない。  肌で六感を感じて動く金属生命体。  内にあるのは魂源力と目的のみ。  グリム・レプラコーンは知らなかった。  自分以外のラルヴァのことを殆ど知らなかった。  だから知る由もなかった。まさか、数百年間もの永きに渡り同族であるラルヴァと異能力者を狩るためだけに世界中を歩き回るラルヴァがいるなどとは。  誰とも馴れ合わず、誰にも従わず、ラルヴァと異能力者を狩り、魂源力を食らい、自らの身体を削り、武器を生み出す金属生命体。  カテゴリーデミヒューマン上級Cノ2  <ワンオフ>登録番号Ⅲ――【最強《メタル》】  メタルは鋼の思考に何の感慨も抱かず、大剣で巨精の胴ごと核を両断しグリム・レプラコーンを消滅させた。 ・・・・・・  北アメリカ大陸ラスベガスより北北西二百キロの地点にある基地、通称『エリア51』。アメリカ国内でも特に機密性が高く、人間以外の知的生命体との関係が噂される場所である。  ある意味でその噂は間違っていない。エリア51はたしかに人間以外の知的生命体の駐屯地となっている。ただし、知的生命体は宇宙人ではなくラルヴァだ。  カテゴリーデミヒューマン下級Sノ2  <ワンオフ>登録番号ⅩLⅤ――【機甲大将軍《歯車大将》】  歯車大将は様々な面で変わったラルヴァだと言われている。  第一に、人と戦争をしている。  人を食うために襲う、楽しむために殺すラルヴァは数多いが歯車大将のように戦争をするラルヴァはこれまでの歴史を紐解いても決して多くない。近代に入り、人が集団としての規模を拡大してからはなおさらだ。  ところが歯車大将は第二次世界大戦の終戦間際に生まれて以来、自らの能力により作り上げた軍勢を率い、人が隠蔽した歴史の裏側で戦争を続けていた。  現在は人間、歯車大将共に兵器の威力が強大化しすぎたため全面戦争は抑えられ、一種の冷戦状態になっている。しかし、米軍からは【HSW】と呼ばれる歯車大将オリジナル兵器の活動や人間側の新技術の奪取などは今も行われている。  もっとも、どちらも作戦行動よりむしろ歯車大将の趣味の面が大きい。  歯車大将の第二の特徴はその趣味である。  知能が高く人間に似た思考をもったラルヴァの中には何らかの趣味を持つ者がいるが、歯車大将もまた趣味をもっている。それは人間の作った機械を眺めることだ。兵器に限らず、玩具やリニアモーターカーなどにも興味を示す。  だから人間の新技術は積極的に取り込もうとするし、それを転用して【HSW】やロボット兵士など人間側がまだ到達していないレベルの新兵器も開発する。  本来なら見たままのものしか造れない能力を自らの努力で新たな兵器を創れるように発展・応用させた、ある意味ではそれが人間にとって最も恐ろしい歯車大将の力と言えるだろう。  しかし、数々の軍団を率いて人間と、そればかりかラルヴァとも戦っている歯車大将だが、人間やラルヴァに敵意があるわけではない。  それでも戦い続けるのは自衛でも、食うためでも、殺すのを楽しむためでもない。  なぜ戦うのか。あるラルヴァが、ある人間がかつてそれを聞いたことがある。 「何かを護って、何かと戦うのが兵士じゃ。生まれたときからそれは知っておる。しかしのぅ、儂はその何かが何なのか自分でもさっぱりわからんのじゃ」  理由も分からないのにラルヴァの集団の中でも指折りの規模である歯車軍隊を率いて戦い続ける。  それが歯車大将の最も変わっている点だった。    エリア51の司令室で歯車大将はセントフォーティス上空の偵察衛星から送られてくる映像を眺めていた。司令官席に座る歯車大将の隣には一人の少女がちょこんと並んで座っている。  やがてセントフォーティスを包んでいた霧が消滅し、町が元の姿を取り戻す。メタルがグリム・レプラコーンを撃破した瞬間だった。 「ふむ。メタルめ、あのカテゴリー・グリムを狩りおったか。グリムの持つ魂源力は膨大じゃ。奴はまた新たな武具を創りだしてしまう。こんなことなら儂があのラルヴァを倒しておくべきだったかのぅ」  メタルは殺したラルヴァや異能力者の魂源力を吸い取り、自らの身体を削って武具を創る。やがては材料である身体を使い尽くし、武具のみが残ると推測されているが、それまでにどれほどのラルヴァと異能力者が殺されるかは計り知れない。  歯車大将が顎を指で擦る仕草をしながら唸っていると、隣に座っていた少女が心配そうに歯車大将を見上げる。 「危ないこと……ダメ」 「大丈夫じゃよ。別に危なくはないからのぅ」  機械仕掛けの掌で、安心させるように少女の頭を撫でた。少女はくすぐったそうに首をすくめる。 「しかし妙じゃ。グリムの出現がこの三ヶ月の間に日本で三件、アメリカで四件、世界全体では二十件を超えた。目に見えて出現率が増加しておる。連中はそれぞれが独立した現象のはずじゃが……」  歯車大将はカテゴリー・グリムと同じラルヴァであるが、カテゴリー・グリムを危険視している。もっともラルヴァという名称自体が『人間以外の化け物』の総称であるので同じとは言えないかもしれない。蛇も猫も小鳥を食うが、蛇と猫の仲が良いわけはないのだから。  メタルによって滅ぼされたグリム・レプラコーンはカテゴリー・グリムの第二段階まで到達していた。カテゴリー・グリムの成長段階はあと二つあり、第三段階の創造段階《レベルブリアー》になれば完全な異世界と化して外界から完全に干渉不可能の閉じた異界となる。  そして、最終段階の原型段階《レベルアツィルト》まで到達したとき、世界がカテゴリー・グリムの異界のルールに完全に侵食されると言われている。  最終段階は人間だけでなく知能のあるラルヴァにとっても忌避すべき事態だった。現に歯車大将はカテゴリー・グリムを幾つか第三段階に入る前に撃破しているし、メタルも自動的にラルヴァや異能力者を捜し出して狩るその習性から何体かを倒している。他のラルヴァの中にも意識的・自動的は様々だがカテゴリー・グリムを排除する個体はいる。 ・・・・・ <パラッパッパパパヤッパパッパー♪>  霧に包まれたドイツのある都市で、陽気なラップに似た歌声が街中に響く。  その歌声は男の声であり、女の声であり、子供の声であり、老人の声だった。老若男女の声が、いや動物の鳴き声と機械音声すらも入り混じった複合音声は尖塔の上に立つ一人の怪人のから発せられていた。  その怪人はシルエットこそ人に近くとも決して人ではありえない姿の持ち主だ。音符や多種の擬音が固まって出来た、異形の人型。 <ワンオフ>登録番号LⅩⅩⅩⅢ――【音響怪人《ダダドムゥ》】  擬音の怪人は、別の異形と相対している。  漆黒の鱗を隙間なく貼り付けた巨体。  巨体を包み込むほどの翼膜。  白く鋭い爪牙、そして角。  それは竜だった。  カテゴリー・グリム【ファーブニル】。  金銭欲に溺れた男に取り憑き、戯曲ニーベルングの指輪の一幕のままにその身を竜へと変貌させたカテゴリー・グリム。  ファーブニルの異界のルールは『全ての財宝は竜の足元へと集まる』。  竜の足元にはこの街に住んでいた人々の所有していた全ての財産、それにカテゴリー・グリム打倒に現れた異能力者達の装備が積み重なっていた。だが、いずれも戦いの余波でボロボロになっている。  地には価値のなくなった財宝と、人間の痕跡だけが残っている。  ある人間の痕跡は炭の燃えカスであり、ある人間の痕跡は血だまりと塵だった。  突入した異能力者達は装備を奪われても竜と戦い、戦況は膠着しながらも異能力者側が優位だった。  そこに現れたのがダダドムゥだ。戦闘の只中に乱入したダダドムゥは異能力者、竜、建築物、一般人お構いなしに手当たり次第で攻撃を仕掛けた。  そのため事態は乱戦を通り越して混乱の一途となり……やがて連携を崩された異能力者は全滅した。周囲に生き残っている人間はもういない。 <アーキョッキョッキョ♪ パラッパー♪>  その有様を見て、ダダドムゥは歌い笑い転げている。  カテゴリーエレメント、上級Aノ4、ダダドムゥ。  殺人を愉しみとするラルヴァ。  もっとも、ダダドムゥが殺しを愉しむのは人間に限った話ではない。  ラルヴァであろうと、変わらない。 『キ、サマ、ヨクモ、オレノカネヲ、タカラヲ……!』  ファーブニルに憑かれ竜と化した男が怨みを込めて唸るも、ダダドムゥは笑い転げたままだ。 『グゥゥ……GWOOOOOOO!!』  竜が吼え、尾をダダドムゥに向けて振り回す。ダダドムゥに直撃し、立っていた尖塔が砕け散る。 <アプルルルルル♪>  ダダドムゥは無傷だった。エレメントに物理攻撃は通用しない。  それ以前に、力で音は殺せない。 『VOWHAAAAAA!!』  次いで竜は火球を吐き出す。灼熱の炎は触れれば人を一瞬で炭へと変え、鋼鉄を蒸発させる。  火球もまたダダドムゥに直撃するが……無傷。  炎でも、音は殺せない。 <シャーッシャッシャッ♪ シーッシッシッシッ♪>  竜の攻撃を、足元の死体を嘲笑ってひとしきり笑うと、 <シーッシッシッシニヤガレー♪>  ダダドムゥは効果音で模られた両掌を開き、日本の漫画のように上下に組み合わせ――衝撃波を放出した。  竜の鱗の頑丈さなど関係ない。  ダダドムゥの衝撃波は物体の原子構造を正確無比に揺さぶり、原子結合を崩壊させる。  それも、複数の構成物質全てに同時にだ。まともに受ければ 『Go、a……――』  竜であろうと一瞬で塵と化す。  竜が足元の人間の痕跡と同じ、塵と血だまりへと変貌した。  憑依対象である人間が死亡し、カテゴリー・グリムが引き剥がされたことでファーブニルの異界が終わり、霧が晴れて元の世界が戻ってくる。 <パッパッパー♪ イーイヒマツブシニナッタゼー♪>  最後にまた笑い、一陣の風が吹くと……ダダドムゥの姿は消失していた。  ダダドムゥが去った後には惨禍の爪痕が生々しい街の廃墟と、血と埃でボロボロになった財宝が残された。 ・・・・・・  歯車大将が確認した限り、最終段階に到達したカテゴリー・グリムはいない。  だがもしも、一つでも見逃して最終段階に到達してしまえば世界は一変してしまう。  あるいは、歯車大将を含むラルヴァ、異能力者でも敵わない強力なカテゴリー・グリムが生まれてしまった場合も同様だ。 「今は対処療法しかできんか。……ふん、連中に親玉でもいてくれれば其奴を片付けてケリをつけられるのにのう。本当にそんな存在がいたら儂と儂の軍団だけでは太刀打ちできんかもしれん。こうなるとかえすがえすも先日の失敗が惜しい。人間の創ったアツィルトエンジン……楽しみにしておったのだがのぅ」  人間側の施設にドッペルゲンガ―を忍び込ませ、アツィルトエンジンなる新造機関が組み込まれたバイクを奪取しようとしたのだが、人間側の妨害によって失敗していた。 「あれさえあればカテゴリー・グリム、はてはメタルや【メルカバ】と戦うときもいくらか助かっただろうに。いやまったく惜しいわい」  やはり自前の機械兵士《部下》以外は使うもんではないのうとぼやいた。鋼と水銀と超硬度金属と黒金で構成され、機械仕掛けの怪物としか思えない容姿をしながらその動作は奇妙に人間くさかった。  人間は多様であり、ラルヴァも多様である。  人間はラルヴァと出会い、戦い、殺し、殺され、研究し、共生し、様々な形で関係する。  ラルヴァの中でも強い力をもったワンオフも多様であった。  彼らと双葉学園の生徒達の出会いと関係はここでは語られない。  また、別の物語だ。
怪物記  &italic(){想像できたなら、現実となる。}  &italic(){夢見ることができたなら、そう成ることができる。}         &italic(){――ウイリアム・アーサー・ワード} 番外編 【3・45・83】  物語は現実になりたがっている。  自らが世界となるために空想は人の心と結びつき、欲望を叶え実体となる。  それが現象体ラルヴァであり現時点では分類不明のラルヴァ、【カテゴリー・グリム】だ。  カテゴリー・グリムは現実と幻想の境界を曖昧にする霧の中から現れる。  彼らは現実を侵食する夢だ。明確な自我はなく、彼らの意思は悪夢に似た歪んだ悪意のみ。  カテゴリー・グリムは人間に憑依し、童話や古典文学、都市伝説に噂話といった人間の心象を投影する形で憑依対象の願望を成就させ、広範囲にわたり狂った法則《ルール》で現実を歪ませる。  アメリカの地方都市セントフォーティス。   今、この町においてもカテゴリー・グリムによる現実の侵食は行われている。  町全体が霧に包まれ、内側の法則は既に世界と異なっている。  この町でカテゴリー・グリムに憑依された人間はごく普通の会社員だった。彼は仕事に追われてふとしたことから、しかし心の底から「誰かが代わりにやってくれないか」と願った。  そして願いは叶えられた。  カテゴリー・グリムが彼の望みを掬い取り、霧の異界を作り上げて叶えてみせた。  選ばれた物語は――【レプラコーン】  レプラコーンとは小人の妖精の名前だ。アイルランドの伝承に登場し、靴職人の老人が多くの靴を作るために忙しく働く様子を見かねて老人が眠っている間に素晴らしい靴を作り上げたと言われている。  各地の伝承や伝説の妖精、妖怪がラルヴァであったように、レプラコーンもラルヴァとして存在が確認されている。カテゴリーはデミヒューマン。等級は下級Aノ0。  しかし、セントフォーティスに出現したレプラコーンは本来のレプラコーンとは異なる。カテゴリー・グリムが伝承から引き出し、捻じ曲げた存在である【グリム・レプラコーン】とでも言うべきもの。  そして、歪んだ童話であるグリム・レプラコーンは眠った人間の代わりに仕事をする前提として――町中の人間を眠らせた。  セントフォーティスの住人全てが霧のある限り決して目覚めない深い眠りについている。  カテゴリー・グリムの世界侵食には四段階あり、グリム・レプラコーンは第一段階である活動段階《レベルアッシャー》で町中の人間を眠らせ、第二段階の形成段階《レベルイェツィラー》で擬似的なレプラコーンを生み出し、人間の代わりに仕事をし始めた。  しかし、第一段階のあと間隔を空けずに第二段階には入るわけではない。第二段階に入るまでにはいくらかの時間が必要であり、その間に……数千人の人間が死亡した。  最初に死んだ人々は事故死であった。町中が眠りについたため、町の各所で交通事故や火災が発生したが、全てが眠りについた町では怪我人を治療する者もいなければ火災を消し止める者もいない。被害は拡大するばかりだった。  次に死んだのは赤ん坊や病人、老人などの体の弱い者達だった。食事を取ることも、介護されることもなく衰弱して死んでいった。  数日が経過して、第二段階へと移行した。  グリム・レプラコーンは形成されると、眠っている人間がすべきだった仕事や怪我人の治療、眠っている人々の介護を住人の代わりにし始めた。しかし、それまでに死んだ者は帰ってなどこない。  グリム・レプラコーンは埋葬も代わりに行った。  そして霧に包まれたセントフォーティスは眠っている人間の代わりにグリム・レプラコーンが働く町となった。眠ったままの住人たちは、看護士や介護師がそうするように丁寧に生かされている。  無論、米軍や米軍所属の異能力者も何もしなかったわけではない。数回にわたり霧の内部へと突入作戦を行っていた。  それでもどうしようもなかった。霧の内側に入れば、異能力者であろうとグリム・レプラコーンの影響を受けて眠りについてしまう。しかも霧の外からそれを窺い知ることはできず、泥沼だった。  彼らの代わりに『グリム・レプラコーンを倒す』仕事を担ったグリム・レプラコーンも形成されたが、他のグリム・レプラコーンによって多勢に無勢で殴殺されている。  かくして人間に手出しできない霧の中で着々とグリム・レプラコーンの異界は創られていた。 ――或る赤き侵入者が霧の内側に現れるまでは  霧はグリム・レプラコーンそのもの。誰かが触れればすぐに分かる。これまでの米軍の突入もすぐに察知し、眠らせてきた。  しかし、その侵入者は今までと違った。  赤い鎧と外套を纏い、兜を被り、具足を履き、青い大剣を片手に提げている。  まるで別の時代、別の世界から迷い込んできたような出で立ち。  霧の中にあっても眠りにつくことなく、グリム・レプラコーンの中ではあってはならないことだ。  侵入者はグリム・レプラコーンの異界のルール『レプラコーン以外は眠り、レプラコーンが仕事をする』が適用されていない。  グリム・レプラコーンは知らない。  侵入者の纏う外套に精神干渉をはねのける効果があるなどとは。  グリム・レプラコーンの生み出した異界の法則に侵されず、侵入者は金属製の具足とアスファルトの擦れる音を響かせながら町を闊歩する。  侵入者は町の外縁で倒れている米軍の異能力者に歩みよる。  そして手を差し伸べて助ける――ことはせず右手に握っていた青い大剣でトドメを刺した。  次々に、淡々と、異能力者の息の根を止めていく。近くに倒れている一般人の兵士には目もくれず、異能力者だけを殺していく。  異能力者を殺し終えると次はレプラコーンだった。見つけた端から切り捨てていく。  赤い鎧の侵入者は虱潰しにレプラコーンを切り殺しながらセントフォーティスを闊歩する。  グリム・レプラコーンは侵入者が自身を、そして創りかけの異界を破壊する外敵と判断した。自らの体内の免疫機構を作動させ、外敵を排除するべく侵入者の前に新たなレプラコーンを展開した。  それらは先刻まで侵入者に狩られていたレプラコーンとは趣を異にする。顔は妖精というより小鬼であり、各々が手に剣や斧、弓矢、果ては銃器を携えている。  作業用ではない、外敵との戦闘用の防衛レプラコーン。  その数――優に八千。  まるで肉食蟻の大群が象に群がり骨となるまで食い尽くすように、八千匹の防衛レプラコーンは赤い侵入者に飛び掛る。  侵入者は青い大剣を振るって防衛レプラコーンを両断する。  手応えや抵抗を感じていないかの如く、青い大剣は易々とレプラコーンを屠っていく。大剣にとってレプラコーンなどあってないようなもの。なぜならこの大剣は、【赤壁】を両断するために創られた剣なのだから。  大剣の斬撃で数百の身体を失っても、防衛レプラコーンの残数は七千を超える。雪崩のように押し寄せる勢いのままに剣を、斧を、矢を、銃弾を、侵入者に叩きつける。  生身の人間ならば肉塊と化す攻撃の嵐を赤い鎧に包まれた侵入者は雨に降られたほどにも感じていない。それどころか、赤い鎧は傷の一つもついていない。  七千の防衛レプラコーンに組み付かれながら、その抵抗をものともせず侵入者は大剣でレプラコーンを次々に切り殺す。しかし、グリム・レプラコーンは次々に防衛レプラコーンを生み出して侵入者を押さえ込む。  埒が明かないとみたのか、侵入者は強く地を蹴り、空《・》中《・》ま《・》で《・》も《・》蹴《・》っ《・》て《・》霧の天蓋まで駆け上がる。組み付いていた防衛レプラコーンが振り落とされ、地面に激突して真っ赤な残骸と成り果てる。  地を這うレプラコーンには、天を駆ける侵入者を追う術はなかった。  侵入者は一直線に疾走する。  目指すはこの霧の中央、否、それよりもさらに先。グリム・レプラコーンの魂源力の核へと向かう。  なぜならば、カテゴリー・グリムを倒す手段は大きく分けて二つ。  憑依対象からカテゴリー・グリムを引き剥がすか、カテゴリー・グリムの範囲ごと、あるいは魂源力の核を――強大な破壊力で叩き潰す。  それを避けるためにグリム・レプラコーンは憑依した人間と魂源力の核を厳重に隠していたが、侵入者の兜が宿した感知能力はグリム・レプラコーンの核の位置を把握していた。  グリム・レプラコーンは、生まれて初めての危機感を抱き、なんとかこの迫り来る死から逃れようとした。  核を侵入者の進路からずらす。  侵入者はすぐさま針路変更して核を目指す。  多数の防衛レプラコーンを配備して時間を稼ぐ。  侵入者は一刀で進路を抉じ開けて核を目指す。  町の住人を盾にして防衛レプラコーンを並べる。  侵入者は住人を飛び越してレプラコーンを切り裂く。    逃げられない、防げないとグリム・レプラコーンの本能が告げていた。  侵入者の核への到達間近、グリム・レプラコーンは最後の手段に打って出た。  形成可能限りのレプラコーンを核の周囲に集め、作り上げ、配備し、核と結合させた。  侵入者が核へと到達したとき、巨大な異形が立ちはだかる。  正に、歪んだ童話を象徴するかのように……小人の妖精であったレプラコーンが数千数万と集まり、核を心臓とし――巨人と化した。  醜悪で暴力と強力を隠すことのない巨人。或いはそれは妖精の護り手、巨精【スプリガン】を模したものだ。その力もまた、スプリガンに準じているだろう。  そう、グリム・レプラコーンは、自らの全能力をもって作り上げた巨精で侵入者を迎えうち、打倒する最後の賭けへと出たのだ。  しかし、しかし、ここで誤算があった。  巨腕を振り回し侵入者へと叩きつけると、侵入者は面白いように吹き飛んでアパートメントに激突する。そればかりか勢いあまって倒壊するほどだ。  グリム・レプラコーンにとっての誤算は……この巨精の体があまりにも力強すぎたこと。  楽しい、とグリム・レプラコーンに感情に似た波が走る。無論、カテゴリー・グリムであるグリム・レプラコーンには自我も意思もない。だが、元よりカテゴリー・グリムとは歪んだ悪意の塊。それが強大な力で弱者をいたぶることに感じ入らない訳がない。  巨精の体を歩かせてグリム・レプラコーンは倒壊したアパートメントへと近づく。残骸の中には中で眠っていた人間たちの血塗れの手や足が転がっている。  侵入者ももう死んだだろうか? 強固な鎧に護られていようと、人間ならば伝わった衝撃だけで死んでも不思議ない。人間以外の生物、ラルヴァだろうと深手を負うはずだ。  しかし、しかし、しかし、ここで更なる誤算があった。  鎧を着た侵入者は――正確には生物ではなかった。  侵入者は瓦礫を吹き飛ばして巨精に肉薄し青い大剣を四度閃かせ――巨精の四肢を裂断する。  鎧兜の内側に、生身の体などありはしない。  鉄身の身体。銀の肌。目もなく口もなく耳もない。  腸もなく脳髄もない。  肌で六感を感じて動く金属生命体。  内にあるのは魂源力と目的のみ。  グリム・レプラコーンは知らなかった。  自分以外のラルヴァのことを殆ど知らなかった。  だから知る由もなかった。まさか、数百年間もの永きに渡り同族であるラルヴァと異能力者を狩るためだけに世界中を歩き回るラルヴァがいるなどとは。  誰とも馴れ合わず、誰にも従わず、ラルヴァと異能力者を狩り、魂源力を食らい、自らの身体を削り、武器を生み出す金属生命体。  カテゴリーデミヒューマン上級Cノ2  <ワンオフ>登録番号Ⅲ――【最強《メタル》】  メタルは鋼の思考に何の感慨も抱かず、大剣で巨精の胴ごと核を両断しグリム・レプラコーンを消滅させた。 ・・・・・・  北アメリカ大陸ラスベガスより北北西二百キロの地点にある基地、通称『エリア51』。アメリカ国内でも特に機密性が高く、人間以外の知的生命体との関係が噂される場所である。  ある意味でその噂は間違っていない。エリア51はたしかに人間以外の知的生命体の駐屯地となっている。ただし、知的生命体は宇宙人ではなくラルヴァだ。  カテゴリーデミヒューマン下級Sノ2  <ワンオフ>登録番号ⅩLⅤ――【機甲大将軍《歯車大将》】  歯車大将は様々な面で変わったラルヴァだと言われている。  第一に、人と戦争をしている。  人を食うために襲う、楽しむために殺すラルヴァは数多いが歯車大将のように戦争をするラルヴァはこれまでの歴史を紐解いても決して多くない。近代に入り、人が集団としての規模を拡大してからはなおさらだ。  ところが歯車大将は第二次世界大戦の終戦間際に生まれて以来、自らの能力により作り上げた軍勢を率い、人が隠蔽した歴史の裏側で戦争を続けていた。  現在は人間、歯車大将共に兵器の威力が強大化しすぎたため全面戦争は抑えられ、一種の冷戦状態になっている。しかし、米軍からは【HSW】と呼ばれる歯車大将オリジナル兵器の活動や人間側の新技術の奪取などは今も行われている。  もっとも、どちらも作戦行動よりむしろ歯車大将の趣味の面が大きい。  歯車大将の第二の特徴はその趣味である。  知能が高く人間に似た思考をもったラルヴァの中には何らかの趣味を持つ者がいるが、歯車大将もまた趣味をもっている。それは人間の作った機械を眺めることだ。兵器に限らず、玩具やリニアモーターカーなどにも興味を示す。  だから人間の新技術は積極的に取り込もうとするし、それを転用して【HSW】やロボット兵士など人間側がまだ到達していないレベルの新兵器も開発する。  本来なら見たままのものしか造れない能力を自らの努力で新たな兵器を創れるように発展・応用させた、ある意味ではそれが人間にとって最も恐ろしい歯車大将の力と言えるだろう。  しかし、数々の軍団を率いて人間と、そればかりかラルヴァとも戦っている歯車大将だが、人間やラルヴァに敵意があるわけではない。  それでも戦い続けるのは自衛でも、食うためでも、殺すのを楽しむためでもない。  なぜ戦うのか。あるラルヴァが、ある人間がかつてそれを聞いたことがある。 「何かを護って、何かと戦うのが兵士じゃ。生まれたときからそれは知っておる。しかしのぅ、儂はその何かが何なのか自分でもさっぱりわからんのじゃ」  理由も分からないのにラルヴァの集団の中でも指折りの規模である歯車軍隊を率いて戦い続ける。  それが歯車大将の最も変わっている点だった。    エリア51の司令室で歯車大将はセントフォーティス上空の偵察衛星から送られてくる映像を眺めていた。司令官席に座る歯車大将の隣には一人の少女がちょこんと並んで座っている。  やがてセントフォーティスを包んでいた霧が消滅し、町が元の姿を取り戻す。メタルがグリム・レプラコーンを撃破した瞬間だった。 「ふむ。メタルめ、あのカテゴリー・グリムを狩りおったか。グリムの持つ魂源力は膨大じゃ。奴はまた新たな武具を創りだしてしまう。こんなことなら儂があのラルヴァを倒しておくべきだったかのぅ」  メタルは殺したラルヴァや異能力者の魂源力を吸い取り、自らの身体を削って武具を創る。やがては材料である身体を使い尽くし、武具のみが残ると推測されているが、それまでにどれほどのラルヴァと異能力者が殺されるかは計り知れない。  歯車大将が顎を指で擦る仕草をしながら唸っていると、隣に座っていた少女が心配そうに歯車大将を見上げる。 「危ないこと……ダメ」 「大丈夫じゃよ。別に危なくはないからのぅ」  機械仕掛けの掌で、安心させるように少女の頭を撫でた。少女はくすぐったそうに首をすくめる。 「しかし妙じゃ。グリムの出現がこの三ヶ月の間に日本で三件、アメリカで四件、世界全体では二十件を超えた。目に見えて出現率が増加しておる。連中はそれぞれが独立した現象のはずじゃが……」  歯車大将はカテゴリー・グリムと同じラルヴァであるが、カテゴリー・グリムを危険視している。もっともラルヴァという名称自体が『人間以外の化け物』の総称であるので同じとは言えないかもしれない。蛇も猫も小鳥を食うが、蛇と猫の仲が良いわけはないのだから。  メタルによって滅ぼされたグリム・レプラコーンはカテゴリー・グリムの第二段階まで到達していた。カテゴリー・グリムの成長段階はあと二つあり、第三段階の創造段階《レベルブリアー》になれば完全な異世界と化して外界から完全に干渉不可能の閉じた異界となる。  そして、最終段階の原型段階《レベルアツィルト》まで到達したとき、世界がカテゴリー・グリムの異界のルールに完全に侵食されると言われている。  最終段階は人間だけでなく知能のあるラルヴァにとっても忌避すべき事態だった。現に歯車大将はカテゴリー・グリムを幾つか第三段階に入る前に撃破しているし、メタルも自動的にラルヴァや異能力者を捜し出して狩るその習性から何体かを倒している。他のラルヴァの中にも意識的・自動的は様々だがカテゴリー・グリムを排除する個体はいる。 ・・・・・ <パラッパッパパパヤッパパッパー♪>  霧に包まれたドイツのある都市で、陽気なラップに似た歌声が街中に響く。  その歌声は男の声であり、女の声であり、子供の声であり、老人の声だった。老若男女の声が、いや動物の鳴き声と機械音声すらも入り混じった複合音声は尖塔の上に立つ一人の怪人のから発せられていた。  その怪人はシルエットこそ人に近くとも決して人ではありえない姿の持ち主だ。音符や多種の擬音が固まって出来た、異形の人型。 <ワンオフ>登録番号LⅩⅩⅩⅢ――【音響怪人《ダダドムゥ》】  擬音の怪人は、別の異形と相対している。  漆黒の鱗を隙間なく貼り付けた巨体。  巨体を包み込むほどの翼膜。  白く鋭い爪牙、そして角。  それは竜だった。  カテゴリー・グリム【ファーブニル】。  金銭欲に溺れた男に取り憑き、戯曲ニーベルングの指輪の一幕のままにその身を竜へと変貌させたカテゴリー・グリム。  ファーブニルの異界のルールは『全ての財宝は竜の足元へと集まる』。  竜の足元にはこの街に住んでいた人々の所有していた全ての財産、それにカテゴリー・グリム打倒に現れた異能力者達の装備が積み重なっていた。だが、いずれも戦いの余波でボロボロになっている。  地には価値のなくなった財宝と、人間の痕跡だけが残っている。  ある人間の痕跡は炭の燃えカスであり、ある人間の痕跡は血だまりと塵だった。  突入した異能力者達は装備を奪われても竜と戦い、戦況は膠着しながらも異能力者側が優位だった。  そこに現れたのがダダドムゥだ。戦闘の只中に乱入したダダドムゥは異能力者、竜、建築物、一般人お構いなしに手当たり次第で攻撃を仕掛けた。  そのため事態は乱戦を通り越して混乱の一途となり……やがて連携を崩された異能力者は全滅した。周囲に生き残っている人間はもういない。 <アーキョッキョッキョ♪ パラッパー♪>  その有様を見て、ダダドムゥは歌い笑い転げている。  カテゴリーエレメント、上級Aノ4、ダダドムゥ。  殺人を愉しみとするラルヴァ。  もっとも、ダダドムゥが殺しを愉しむのは人間に限った話ではない。  ラルヴァであろうと、変わらない。 『キ、サマ、ヨクモ、オレノカネヲ、タカラヲ……!』  ファーブニルに憑かれ竜と化した男が怨みを込めて唸るも、ダダドムゥは笑い転げたままだ。 『グゥゥ……GWOOOOOOO!!』  竜が吼え、尾をダダドムゥに向けて振り回す。ダダドムゥに直撃し、立っていた尖塔が砕け散る。 <アプルルルルル♪>  ダダドムゥは無傷だった。エレメントに物理攻撃は通用しない。  それ以前に、力で音は殺せない。 『VOWHAAAAAA!!』  次いで竜は火球を吐き出す。灼熱の炎は触れれば人を一瞬で炭へと変え、鋼鉄を蒸発させる。  火球もまたダダドムゥに直撃するが……無傷。  炎でも、音は殺せない。 <シャーッシャッシャッ♪ シーッシッシッシッ♪>  竜の攻撃を、足元の死体を嘲笑ってひとしきり笑うと、 <シーッシッシッシニヤガレー♪>  ダダドムゥは効果音で模られた両掌を開き、日本の漫画のように上下に組み合わせ――衝撃波を放出した。  竜の鱗の頑丈さなど関係ない。  ダダドムゥの衝撃波は物体の原子構造を正確無比に揺さぶり、原子結合を崩壊させる。  それも、複数の構成物質全てに同時にだ。まともに受ければ 『Go、a……――』  竜であろうと一瞬で塵と化す。  竜が足元の人間の痕跡と同じ、塵と血だまりへと変貌した。  憑依対象である人間が死亡し、カテゴリー・グリムが引き剥がされたことでファーブニルの異界が終わり、霧が晴れて元の世界が戻ってくる。 <パッパッパー♪ イーイヒマツブシニナッタゼー♪>  最後にまた笑い、一陣の風が吹くと……ダダドムゥの姿は消失していた。  ダダドムゥが去った後には惨禍の爪痕が生々しい街の廃墟と、血と埃でボロボロになった財宝が残された。 ・・・・・・  歯車大将が確認した限り、最終段階に到達したカテゴリー・グリムはいない。  だがもしも、一つでも見逃して最終段階に到達してしまえば世界は一変してしまう。  あるいは、歯車大将を含むラルヴァ、異能力者でも敵わない強力なカテゴリー・グリムが生まれてしまった場合も同様だ。 「今は対処療法しかできんか。……ふん、連中に親玉でもいてくれれば其奴を片付けてケリをつけられるのにのう。本当にそんな存在がいたら儂と儂の軍団だけでは太刀打ちできんかもしれん。こうなるとかえすがえすも先日の失敗が惜しい。人間の創ったアツィルトエンジン……楽しみにしておったのだがのぅ」  人間側の施設にドッペルゲンガ―を忍び込ませ、アツィルトエンジンなる新造機関が組み込まれたバイクを奪取しようとしたのだが、人間側の妨害によって失敗していた。 「あれさえあればカテゴリー・グリム、はてはメタルや【メルカバ】と戦うときもいくらか助かっただろうに。いやまったく惜しいわい」  やはり自前の機械兵士《部下》以外は使うもんではないのうとぼやいた。鋼と水銀と超硬度金属と黒金で構成され、機械仕掛けの怪物としか思えない容姿をしながらその動作は奇妙に人間くさかった。  人間は多様であり、ラルヴァも多様である。  人間はラルヴァと出会い、戦い、殺し、殺され、研究し、共生し、様々な形で関係する。  ラルヴァの中でも強い力をもったワンオフも多様であった。  彼らと双葉学園の生徒達の出会いと関係はここでは語られない。  また、別の物語だ。

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