【村田淳博と播磨りむる】

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 小学三年生の播磨りむるには、どうにも気に食わない男子がいた。 「思いきりぶつけたな、バカ!」 「手加減したのに!」  放課後にクラスのみんなでドッジボールをしていたのだが、村田淳博(むらたあつひろ)が彼女の顔面にボールをぶつけてしまった。彼は十分に力を抜いて放ったのだが、運動オンチのりむるが捕球し損ねてしまったのである。  背中まである茶色い髪を振り乱し、りむるは村田を追いかけ回す。すると彼は上り棒にしがみつき、するするとてっぺんまで逃げてしまった。 「ちょっと、意地悪!」  村田は、りむるが高所恐怖症であることを知っていた。一人ほっと胸を撫で下ろす。  そしてその後、一緒に下校をしている女子たちの間で、村田のことが話題に出た。 「村田くんってかっこいいよね」 「全っ然そんなことないと思うな!」  聞いても無いのに悪態をついたのは、りむるである。 「ドッジボール上手だよね、野球やってるから?」 「あ、太陽くんが言ってた。一緒のクラブなんだって!」 「ふーん」  ちゃっかりとそういう情報に耳を傾けているのも、りむるである。 「週に三回、中央グラウンドで練習してるんだよ」  そう、クラスメートの森田虹子が言った。ちらりとりむるの方を見て。  双葉区の運営する中央グラウンドでは、りむるにとって別世界が広がっていた。  夕暮れ時の中、ユニフォーム姿の少年たちがシートノックを行っている。捕球に失敗したときはもちろんのこと、少しでももたつくと「しっかりやれコラァ!」と怒られている。想像以上の過酷な練習内容に、りむるは言葉を失っていた。  村田もこの普段とは違う服を着て、グラウンドのどこかで砂まみれになっているのだろうか? 気になって仕方ない彼女は、よく目を凝らして彼を捜していた。 「村田くんはあっちにいるよ」 「森田さん?」  いつの間にか隣に虹子がいた。彼女もたまに、少年野球クラブの練習を見に来ているそうだ。  りむるは虹子に連れられ、グラウンドの隅のほうへ案内された。そこでは三人の男子が、それぞれキャッチャーを相手に渾身の一球を投げ込んでいた。  その中に村田はいた。三人の中で一番肩幅が広く、「1」の番号がちっぽけに見えるぐらいである。彼がオーバースローで右腕を振りぬくと、白球は一直線に飛んでいき、キャッチャーのミットに刺さった。ズバンと気持ちのいい音が上がる。 「アイツ、ピッチャーだったんだ」  りむるは彼の豪快な一面に見とれていた。教室では絶対に見ることのできない勇姿。しばらくしてキャッチャーが立ち上がり、彼のところに近寄った。一言二言交わした後、村田は機嫌悪そうに土を蹴る。 「どうしたのかな」と心配になったときだった。 「村田くん、すごく調子が悪いんだって」  ぽつりと虹子がそう言う。  彼女が同じクラブの男子に聞いたところによると、先月からチームのエースはスランプに苦しめられているそうだ。負け試合が重なり、最近では自分から先発したがらないぐらい、精神的に追い詰められているらしい。  だが、このチームでナンバーワンのピッチャーは村田淳博である。彼の復調なくしてはチームの勝利はありえない。そんな絶大な期待と信頼が圧し掛かっているのも、彼にとってマイナス要因となっていた。 「村田……」  りむるは極度の苦しみにあえぐ、クラスメートの背中を眺めていた。  双葉島の球場にて、秋の少年野球大会が開催された。  結局、村田は調子を取り戻すことができず、やむなくチームは先発投手に朝倉太陽を起用した。  だが太陽はもともと制球が悪く、体も小柄なので安定した球威も球速も得られない。ピッチャーに不向きの選手なのだ。案の定毎回ランナーを出し続ける、苦しい試合展開となった。  そしてとうとう三点を先制され、監督は交代を告げた。もう一点もやれない状況なので、ついにエースの村田を投入する。  浮かない顔をし、しょんぼりとマウンドにやってきた村田。太陽はそんな彼を一目すると、「しっかりしろ!」と一喝した。 「すまん。でも」 「ここはお前しかいないんだよ!」  一死、ランナー三塁。しかも次のバッターは長打力がある。難しいところだ。  太陽はマウンドを離れ、そのまま守備固めでショートの位置に入る。村田は二、三球ほど投球練習をしてみるが、やはり思ったとおりにならないのか、表情が晴れることはなかった。  まず一球。いきなり変化球がすっぽ抜けてしまい、ど真ん中に入ってしまった。とてつもなく大きな快音が響く。「やられた!」と、この場の誰もが思った。  だが村田が振り向いたときには、ボールは横に切れていってスタンドに吸い込まれてしまい、ファールとなっていた。バッターが打ち損じたのだ。命拾いをした。  しかし、これで村田はますます自信を無くしてしまった。怖気づいてしまい、なかなかストライクが入らない。ボールが三つになる。 「やっぱ俺じゃダメなんだ」  村田が弱弱しく天を仰いだ、そのときだった。  バックネットの奥のほう、かなり高い位置にて、誰か女の子が立っている。よく見てみると、それは同じクラスの播磨りむるであった。思わず村田はびっくりした。 「村田、頑張って!」  彼女は声を震わせながら、大きな声を出した。りむるは高所恐怖症であるはずだ。それに耐えて、わざわざあのような場所で応援してくれているのだ。  そんな彼女の行動に、村田の魂が奮える。彼の瞳に本来あるべき力が宿った。  不利なカウントも気にならなくなった。この場で打者をねじ伏せればいいのだから。しなやかな動きで腕を振りぬき、まずインコースぎりぎりを攻める。これで二ストライク。  いきなり勢いの増した厳しいボールに、今度はバッターが驚いた。すかさず村田がアウトコースにフォークを放ったので、彼はついそれに手を出してしまい、三振を喫する。  村田はそのとき、りむるが微笑んだのを見逃さなかった。「なんだあいつ、あんな可愛い顔もできるんだ」。嬉しくなり、もっといいところを見せてやろうといっそう燃える。  そして次の打者もショートゴロに仕留め、ついに村田はこの難局を乗り越えることができた。白い歯を見せながらベンチに戻っていく彼の事を、りむるは頬を染めながら見守っている。  ところが不意に、彼がりむるの方を向いた。いきなりのことに彼女は飛び跳ねてしまうのだが。  村田はにっこり、「ピースサイン」を彼女に示してみせた。  りむるも嬉しそうに、ピースを返してやった。 「ほら、あと少しだから頑張れ」  りむるは汗を流しながら、一生懸命、上り棒にしがみついていた。先にてっぺんにいる村田が、彼女に手を伸ばしてやる。二人の手が一つになったとき、とうとう彼女は上り棒の頂上に到達することができた。  てっぺんから眺め下ろす校庭には、白線のあとがうっすらと見える。どこからかカレーの香りがする。木々がさーっと音を立てたとき、校舎のほうから音のこもったチャイムが聞えてきた。  生まれて初めて見る光景に、心を奪われているりむる。そんな彼女に村田は言った。 「怖くないの?」 「平気。何かもう、慣れちゃった!」 「おかしなヤツだな」 「なっ、あんたには言われたくないっ」  と、危うくバランスを崩しかけたりむるを、村田は抱き寄せることで支えてやる。彼女は顔を真っ赤にして声を荒げた。 「ちょっと、ひっつかないで!」 「落っこちるぞ?」 「やっぱ離れないで……」  目の前には夕暮れ空が広がっている。他に誰もいるはずのない、二人だけの景色。「ずっとこうしていたいな」と、りむるは思っていた。  そして村田も、こっそり同じ事を考えていたのであった。 本文 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
 小学三年生の播磨りむるには、どうにも気に食わない男子がいた。 「思いきりぶつけたな、バカ!」 「手加減したのに!」  放課後にクラスのみんなでドッジボールをしていたのだが、村田淳博(むらたあつひろ)が彼女の顔面にボールをぶつけてしまった。彼は十分に力を抜いて放ったのだが、運動オンチのりむるが捕球し損ねてしまったのである。  背中まである茶色い髪を振り乱し、りむるは村田を追いかけ回す。すると彼は上り棒にしがみつき、するするとてっぺんまで逃げてしまった。 「ちょっと、意地悪!」  村田は、りむるが高所恐怖症であることを知っていた。一人ほっと胸を撫で下ろす。  そしてその後、一緒に下校をしている女子たちの間で、村田のことが話題に出た。 「村田くんってかっこいいよね」 「全っ然そんなことないと思うな!」  聞いても無いのに悪態をついたのは、りむるである。 「ドッジボール上手だよね、野球やってるから?」 「あ、太陽くんが言ってた。一緒のクラブなんだって!」 「ふーん」  ちゃっかりとそういう情報に耳を傾けているのも、りむるである。 「週に三回、中央グラウンドで練習してるんだよ」  そう、クラスメートの森田虹子が言った。ちらりとりむるの方を見て。  双葉区の運営する中央グラウンドでは、りむるにとって別世界が広がっていた。  夕暮れ時の中、ユニフォーム姿の少年たちがシートノックを行っている。捕球に失敗したときはもちろんのこと、少しでももたつくと「しっかりやれコラァ!」と怒られている。想像以上の過酷な練習内容に、りむるは言葉を失っていた。  村田もこの普段とは違う服を着て、グラウンドのどこかで砂まみれになっているのだろうか? 気になって仕方ない彼女は、よく目を凝らして彼を捜していた。 「村田くんはあっちにいるよ」 「森田さん?」  いつの間にか隣に虹子がいた。彼女もたまに、少年野球クラブの練習を見に来ているそうだ。  りむるは虹子に連れられ、グラウンドの隅のほうへ案内された。そこでは三人の男子が、それぞれキャッチャーを相手に渾身の一球を投げ込んでいた。  その中に村田はいた。三人の中で一番肩幅が広く、「1」の番号がちっぽけに見えるぐらいである。彼がオーバースローで右腕を振りぬくと、白球は一直線に飛んでいき、キャッチャーのミットに刺さった。ズバンと気持ちのいい音が上がる。 「アイツ、ピッチャーだったんだ」  りむるは彼の豪快な一面に見とれていた。教室では絶対に見ることのできない勇姿。しばらくしてキャッチャーが立ち上がり、彼のところに近寄った。一言二言交わした後、村田は機嫌悪そうに土を蹴る。 「どうしたのかな」と心配になったときだった。 「村田くん、すごく調子が悪いんだって」  ぽつりと虹子がそう言う。  彼女が同じクラブの男子に聞いたところによると、先月からチームのエースはスランプに苦しめられているそうだ。負け試合が重なり、最近では自分から先発したがらないぐらい、精神的に追い詰められているらしい。  だが、このチームでナンバーワンのピッチャーは村田淳博である。彼の復調なくしてはチームの勝利はありえない。そんな絶大な期待と信頼が圧し掛かっているのも、彼にとってマイナス要因となっていた。 「村田……」  りむるは極度の苦しみにあえぐ、クラスメートの背中を眺めていた。  双葉島の球場にて、秋の少年野球大会が開催された。  結局、村田は調子を取り戻すことができず、やむなくチームは先発投手に朝倉太陽を起用した。  だが太陽はもともと制球が悪く、体も小柄なので安定した球威も球速も得られない。ピッチャーに不向きの選手なのだ。案の定毎回ランナーを出し続ける、苦しい試合展開となった。  そしてとうとう三点を先制され、監督は交代を告げた。もう一点もやれない状況なので、ついにエースの村田を投入する。  浮かない顔をし、しょんぼりとマウンドにやってきた村田。太陽はそんな彼を一目すると、「しっかりしろ!」と一喝した。 「すまん。でも」 「ここはお前しかいないんだよ!」  一死、ランナー三塁。しかも次のバッターは長打力がある。難しいところだ。  太陽はマウンドを離れ、そのまま守備固めでショートの位置に入る。村田は二、三球ほど投球練習をしてみるが、やはり思ったとおりにならないのか、表情が晴れることはなかった。  まず一球。いきなり変化球がすっぽ抜けてしまい、ど真ん中に入ってしまった。とてつもなく大きな快音が響く。「やられた!」と、この場の誰もが思った。  だが村田が振り向いたときには、ボールは横に切れていってスタンドに吸い込まれてしまい、ファールとなっていた。バッターが打ち損じたのだ。命拾いをした。  しかし、これで村田はますます自信を無くしてしまった。怖気づいてしまい、なかなかストライクが入らない。ボールが三つになる。 「やっぱ俺じゃダメなんだ」  村田が弱弱しく天を仰いだ、そのときだった。  バックネットの奥のほう、かなり高い位置にて、誰か女の子が立っている。よく見てみると、それは同じクラスの播磨りむるであった。思わず村田はびっくりした。 「村田、頑張って!」  彼女は声を震わせながら、大きな声を出した。りむるは高所恐怖症であるはずだ。それに耐えて、わざわざあのような場所で応援してくれているのだ。  そんな彼女の行動に、村田の魂が奮える。彼の瞳に本来あるべき力が宿った。  不利なカウントも気にならなくなった。この場で打者をねじ伏せればいいのだから。しなやかな動きで腕を振りぬき、まずインコースぎりぎりを攻める。これで二ストライク。  いきなり勢いの増した厳しいボールに、今度はバッターが驚いた。すかさず村田がアウトコースにフォークを放ったので、彼はついそれに手を出してしまい、三振を喫する。  村田はそのとき、りむるが微笑んだのを見逃さなかった。「なんだあいつ、あんな可愛い顔もできるんだ」。嬉しくなり、もっといいところを見せてやろうといっそう燃える。  そして次の打者もショートゴロに仕留め、ついに村田はこの難局を乗り越えることができた。白い歯を見せながらベンチに戻っていく彼の事を、りむるは頬を染めながら見守っている。  ところが不意に、彼がりむるの方を向いた。いきなりのことに彼女は飛び跳ねてしまうのだが。  村田はにっこり、「ピースサイン」を彼女に示してみせた。  りむるも嬉しそうに、ピースを返してやった。 「ほら、あと少しだから頑張れ」  りむるは汗を流しながら、一生懸命、上り棒にしがみついていた。先にてっぺんにいる村田が、彼女に手を伸ばしてやる。二人の手が一つになったとき、とうとう彼女は上り棒の頂上に到達することができた。  てっぺんから眺め下ろす校庭には、白線のあとがうっすらと見える。どこからかカレーの香りがする。木々がさーっと音を立てたとき、校舎のほうから音のこもったチャイムが聞えてきた。  生まれて初めて見る光景に、心を奪われているりむる。そんな彼女に村田は言った。 「怖くないの?」 「平気。何かもう、慣れちゃった!」 「おかしなヤツだな」 「なっ、あんたには言われたくないっ」  と、危うくバランスを崩しかけたりむるを、村田は抱き寄せることで支えてやる。彼女は顔を真っ赤にして声を荒げた。 「ちょっと、ひっつかないで!」 「落っこちるぞ?」 「やっぱ離れないで……」  目の前には夕暮れ空が広がっている。他に誰もいるはずのない、二人だけの景色。「ずっとこうしていたいな」と、りむるは思っていた。  そして村田も、こっそり同じ事を考えていたのであった。 本文 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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